【嘆きの聖女】蜜の牢獄

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 70 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月08日〜08月18日

リプレイ公開日:2009年08月16日

●オープニング

●ポーツマスからの依頼
 ポーツマスから依頼が届いた。
 毎回、ポーツマス復興に関する依頼を出していた領主、ウォルターからではない。
 ポーツマスの裏社会を牛耳っている商人、ダンカンからだ。
 依頼状には、ポーツマスの現状が書かれていた。
 表面上、ポーツマスは以前と変わってはいないらしい。ただ、領主が代わり、ポーツマスの街の人々に「聖女」の恩恵が無くなった。それだけだ。
 だが、と自分の勘と才覚で商いを大きくして来た海の男は、静かに深く進む異変を感じ取っているらしい。
「前領主、ウォルター・ヴェントリスは軟禁状態、か」
 依頼状を眺めていた冒険者が難しい顔をして呟く。
 新しい領主は、何の問題もなく前領主の業務を引き継いだ。ずっと補佐をして来たのだから、職務内容は把握していて当然だ。だから、誰も異は唱えない。フランシス‥‥いや、エドガーの方が正当な領主の継承権があるというのだから尚更だ。
 だが、前領主は軟禁される程の失政を行っただろうか。
 誰よりもポーツマスの為を思い、力を尽くして来た。それは、ポーツマスの人々も認めている。
 そして、エドガーも分かっているはずだ。
 なのに、何故、彼は軟禁という処分を受けているのだろうか。
 しかも、軟禁されている場所は、ダンカンの情報網をもってしても不明なのだという。
「聖女の行方も分からない‥‥か。確かに変だな」
 聖女の側仕えであったマルクも、本当の名であるトム・カムデンを名乗り、新領主に仕えているらしい。相変わらず商人として商売もしているようだが、以前のように姿を隠す事はなくなった。
「聖女の館」では、変わらずに病人や怪我人が保護を受ける事が出来るようだ。だが、肝心の「聖女」がいない。
 領主の館に「聖女」の癒しを求める人々が訪れたりもしたらしいが、「聖女」は既にこの街から去ったのだと言われて引き下がるしかなかったそうだ。
 ダンカンの調べでは「聖女」が街を出た形跡はない。とすると、前領主ウォルターと同様に軟禁されている可能性が高い。
 だが、何の為に?
 新領主の行動に疑念を抱いたダンカンは、冒険者ギルドへの依頼を出す事を決断したのだ。
「今回の主目的は、前領主と聖女の居場所を突き止めること」
 けれど、ポーツマスの問題はそれだけではない。
 前領主の頃から頻発していた領民の失踪事件はまだ続いている。
 そして、カムデンの店の謎の荷も量は減ったらしいが、定期的に何処かへと送られているのだ。
「冒険者はポーツマスの新領主に顔を知られている。領主館への潜入は難しいだろう。何か手段を考えねばなるまいな」
 以前、冒険者の為に開放されていた館も、閉ざされている。
 代わって、ダンカンの経営する宿で食事と寝床を用意してくれるという。
「さて、どうすべきかな‥‥」
 冒険者は考え込んだ。

●密談
「約束ですよ」
 感情を押し殺した声が冷たい石の廊下に木霊する。
「分かっておる」
 答える声は女のものだ。月影に浮かんだ細い肢体。そして、背後には女を守るようにがっしりとした体つきの男が控えている。
「我らは対等な取引をした。一方的に反故になどせぬわ」
 くくく、と女は笑った。
 ふわりと重さを持たぬ者のように階段を一息に飛び下りて、男の隣に立つ。
「私はお前と同じ。大切なものを守りたい。ただそれだけ」
「それは認めましょう。約束さえ守っていただけるのならば」
 ふん、と鼻を鳴らして女は腕を組んだ。
「だから、約定が守られるか否か確認するまでは、渡せぬと言うわけか」
「そういう事です」
 かつん、と石の階段に硬い音が響く。女を守っていた男がゆっくりと降りて来る。外套の下、彼の腕では振り上げる事も困難であろう大きな剣が揺れて音を立てる。
 背筋に汗が伝うのを感じながらも、彼は言い放った。
「僕も約束は守ります。ですから」
 囁かれた声は小さくて、彼ら以外に届く事はなかった。

●今回の参加者

 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb9534 マルティナ・フリートラント(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●暗い未来
「どうして‥‥」
 ポーツマスへの潜入を果たし、依頼主であるダンカンの屋敷で、冒険者達はようやく人心地ついていた。
 そんな中で、マルティナ・フリートラント(eb9534)の口から言葉が漏れる。
 言っても詮無い事と心の内に留めていたのだが、一時的に緊張から解放されて、気が緩んだのかもしれない。慌てて口元を押さえたマルティナの気持ちは、他の仲間達も同じだったのだろう。
「何」が「どうして」なのか言ってもいないのに、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)とシータ・ラーダシュトラ(eb3389)がうんうんと相槌を打つ。
「ウォルターさんがポーツマスの為に一生懸命、領主の仕事をしてたの、一番近くで見てたくせに! その上、ウォルターさんとアンジェを閉じこめるなんて最低だよ!」
 ぷんすか、怒りを隠そうともしないシータを、ネティは一応、窘める。
「駄目じゃない、シータ。そんな風に言っちゃ。フラ‥‥ううん、エドガーさんはアンジェは街から出たって言ってるのよ。「閉じこめた」というのは確定事項じゃないんだから」
 駄目なの、そこなんですか?
 微笑みを浮かべたまま、マルティナの体が傾いだ。
「分かってるってば」
 頬を膨らませたシータに、ネティは仕方なさげに肩を竦めた。そのまま、彼女の視線はつまらなそうにちびちびと酒を飲んでいるミリセントへと移る。
「でもよかったわ。ミリセントやサクリャが無事で」
「よくないよ。夜、外で酒を飲むから夜遊びなんじゃない。宿で飲んで何が楽しいんだよ」
 そ、そこなんですか、問題は。
 更にマルティナの体が傾ぐ。
 不満たらたらのミリセントに、ヤケ酒で真っ赤な顔をしたサクリャが絡む。
「アタシはずぅぅぅぅっと昔からウォルターサマとフランシスサマのお世話をして来たのにゃ! にゃのに、にゃんでアタシまで〜っ!!」
 わっと机の上に泣き伏すサクリャに、ミリセントは酒のカップを口元に運びながら、はんと鼻で笑った。
「サクリャはフランシスの頭にカッパーハゲを作ったんだろ? トーゼンの成り行きじゃない」
「カッパーハゲ‥‥」
 新領主様のイケナイ秘密を知ってしまった気がする。
 マルティナは聞いてしまった情報を頭から追い払うように、ふるふると頭を振った。
「カッパーハゲじゃないにゃ! おでこの、ここン所に傷こさえただけだ!」
 それで、新領主様は前髪を長く伸ばしているのですね‥‥。
 ふふ、と視線を明後日に向けたマルティナの耳に、ネティの溜息が聞こえて来た。先ほどから、ネティはタロットカードを机の上に並べては同じように溜息をつくという行為を繰り返しているのだ。
「やはり、結果は変わりませんか」
「‥‥みたいね」
 肩を竦めたネティは、マルティナにカードを見せる。
「以前、未来見をした時に、がらんとした街が見えたの。それが何を意味するのか、ずっと分からなかった」
 ネティの話に、マルティナは相槌を打つように頷いてみせた。
「‥‥ポーツマスの人がいなくなっているから、ポーツマスの未来なんじゃないかって思ってたんだけど、でもポーツマスの街って感じじゃなくて。それで思ったの。トムの所からどこかに送られている建材や工具、そして、人。‥‥新しい街をどこかに作っているのかなって」
「新しい‥‥街ですか?」
 だが、その街の未来が無人というのはおかしい。
 マルティナが抱いた疑問を、ネティは察したらしい。口元を歪め、微かに体を震わせると、彼女はぽつりと呟く。
「以前、ワイト島って所で、似た光景を見たの。昼間は誰の姿もない島‥‥」
「昼間は‥‥ですか?」
 うん、とネティは頷いて爪を噛む。
「島に住む人達が全員、バンパイアスレイブにされた島だよ」
 マルティナは息を呑んだ。
 そういえば噂で聞いた事がある。誰も近づかない島、ワイトの話を。
「で、ですが‥‥もしも、そうだとしたら、この一件の裏には‥‥」
「バンパイアがいるかもしれないってこと」
 マルティナに見せたカードは「死」。その正位置が示すのは「破滅」、そして「死の予兆」。
「エドガー、トム、そしてバンパイアで太陽神のお告げを受けて、確信したの。見えたのが、誰もいない街だから。そして‥‥」
 もう1つの未来見の結果は‥‥。
「アンジェとツィア、そしてバンパイアで見えたのは‥‥このカードが示すものと同じ」
「アンジェ‥‥聖女とツィアさんとおっしゃる方の関係は?」
 マルティナの問いに、ネティは消え入りそうな小さな声で呟いた。
「ツィアは‥‥ポーツマスを過去に襲った災厄‥‥バンパイアの国の後継者なのよ。そして、正当な後継者となる儀式の為に選ばれた聖贄‥‥生贄が、聖杯探しに関わって、聖女と呼ばれたアンジェだったの」
 語られた真実に、マルティナは声を失い、唇を震わせる事しか出来なかった。

●潜入捜査
「うみゃああっ!!」
 暑気を払う為に開け放たれた窓から飛び込んで来た小さな影に、書類に目を通していたフランシス‥‥エドガーは咄嗟に身構えた。
 けれど、その影がボロボロになったシフールの少女だと知って、すぐにその緊張を解く。
「どうかしましたか? 小さなレディ?」
 体中、傷だらけのカファール・ナイトレイド(ea0509)の元へと歩み寄り、そっと手を差し伸べる。
「カラスにお弁当取られちゃったんだよ〜っ!!」
 ぴえぇん。
 頭を撫でる手が優しいのをいい事に、カファは大袈裟に泣いてエドガーに縋りついた。
「お腹すいた〜〜!!」
「それは大変な目に遭いましたね、レディ。でも、もう大丈夫ですよ」
 カファを抱き上げると、エドガーは机の上に置いてあったベルを鳴らした。すぐに女中らしき女が顔を出す。
「このレディに、何か食べる物を」
 丁寧に一礼して女中が去っていくと、エドガーはカファを机の上に座らせて、部屋の隅に置いてある棚へと歩み寄った。
「あ、あのね、えっと‥‥おいら、カファって言うんだ」
 その背に話しかけながらも、カファの視線は机の上に積まれてある書類へと向かう。けれど、それらは全てポーツマスの公共事業に関する書類などで、彼女が欲しい情報が記載された物は無さそうだ。
「カファさんですか。私はエドガーと申します」
 小瓶を手に戻って来たエドガーは、中に入っていた軟膏を指先に取ると、カファの傷にそっと塗り込んだ。怪我の手当てが済むと、今度は櫛を手に、縺れに縺れた髪を丁寧に梳かしてくれる。
 そんなエドガーの様子を、カファはじぃっと見つめていた。
 自分への対応を見る限りでは、アンジェや前の領主を捕まえた悪い人とは思えない。
「僕の顔に何かついていますか? レディ?」
「え!? ううん! 違うの。ただね」
 パンを一欠片、手に持ったままで、カファはエドガーに訴えかける。
「おいら、お礼がしたいんだ! 何かお仕事ない? お手紙を運んだり、高い所のお掃除をしたりするの、得意だよ!」
 くすりと、エドガーは笑ってカファの口元についたパン屑を拭った。
「そんな事は気にしなくても構いませんよ。困っている方を放っておくなんて出来ない。ただ、それだけですから」
「でも!」
 このまま追い返されたら、調べたい事も調べられない。
 カファは必死に言い募った。
「おいら、決めてるんだもん! 一日一膳の恩は絶対に返すんだよ!」
「困りましたね」
 うーん、とエドガーは考え込んだ。警戒しているわけではなく、本当に、カファに任せる仕事が何も思いつかないようだ。
「そう‥‥ですね。では、怪我が治るまで、ここに居て下さい」
 しばらく考えた後、エドガーはにこやかに微笑んで、そう告げた。
「え、でもそれって‥‥」
「またカラスに襲われて、レディが怪我をしたらと思うと、僕は心配で夜も眠れません。ですから、僕の眠りを守って下さるという事で」
 ね?
 邪気のない笑みで同意を求められて、カファは困惑しながら頷くしかなかった。
 本当は渡りに船だったけれど、なんだか素直に喜ぶ気にはなれなかったのだ。

●消えた2人
 カファからの連絡を受けて、マルティナは溜息をついた。
 カファは地下から天井裏まで冒険して来たらしい。頭に被り物をして、古くなった羽根ペンの羽根を貰い、掃除と称して、色んな所に入り込んだ。だが、軟禁されているはずのウォルターや、アンジェの姿を見つける事は出来なかったらしい。
「ダンカンさんは街から出た様子がないとおっしゃっていましたが‥‥」
 怪しいと睨んでいた旧領主館をネティの下調べを元に、ミラージュコートを着て潜入したシータも、ううんと頭を抱え込む。
「誰かが出入りした後はあったんだけど、2人が運び込まれた形跡はなかったんだよねぇ」
 埃の積もった床の上の残された足跡は、前の領主の執務室まで続き、過去の港整備の工事の資料が何冊か机の上に放置されていた。
 ダンカンの話によると、港の再整備の話が出ているというから、その下調べといったところだろう。
「‥‥調べれば調べるほど、良い領主様に見えるよね」
「‥‥そうですね」
 沈黙が満ちた部屋に、窓の外から威勢の良い声が飛び込んで来る。ダンカンの部下達が荷下ろしをしているようだ。
「「そういえば」」
 2人して、同時に顔を上げて言葉を紡ぐ。
「「トムの荷は‥‥」」
 どうやら同じ事を考えていたらしい。
 マルティナは表情を険しくして、シータと頷き合った。
「ダンカンさんが作ってた地図、まだあるか聞いて来る!」
 飛び出して行くシータを見送ると、マルティナは窓の外を見た。夕暮れのポーツマスの街には、以前と変わらない人々の姿がある。領主が誰に代わろうとも、彼らには関係ないようだ。
「では、何故、エドガーさんはあのように攻撃的な交代劇を演じてみせたのでしょう? そして、ウォルターさん達をどうされるおつもりなのでしょう‥‥」
 謎は、依然として謎のまま。
 それでも、1つ1つ明らかにしていくしか道はない。
 マルティナの表情に決意が宿った。