【姫君からの依頼】姫君の騎士
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:12 G 26 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月13日〜08月22日
リプレイ公開日:2008年08月21日
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●オープニング
●指名
キャメロットの冒険者ギルドには様々な依頼が持ち込まれる。
飼い猫が木から降りて来られなくなったというものから始まって、国や世界を賭けた大仕事まで、冒険者ギルドが扱う事件は多種多様だ。
それ故に、依頼を受け付け、冒険者へと斡旋する直接の窓口となる受付嬢は、ちょっとやそっとの事では動じない、肝の据わった女傑(本人には決して言ってはならない)が多い。
だがしかし、如何な女傑とても返答に窮する事も多くある。
世界を滅ぼす魔王が空から降って来る夢を見たというものや、ネズミが猫に噛みついたんだというどうでもいいものや、折角田舎から出て来たんだからアーサー王を一目拝んでおきたいというお年を召した方々の無茶などがその代表的なものだ。
今回、持ち込まれた依頼は、どちらかというと朴訥とした田舎のご年配の方々が、空気も読まずにニコニコ笑って要求する無理難題に近い。
「だから、冒険者のうち1名はこちらで指名したいと言ってるのよ」
ただし、依頼人は髪が白くなるまで、あと数十年を要するであろう女性だ。
「トリスという、やたら顔がいい冒険者よ。腕もそこそこ良いみたいだけど、愛想の無い。このギルドに属している冒険者なんでしょ?」
「それは‥‥その‥‥」
受付嬢の視線が泳ぐ。
確かに、その条件に当てはまる者には心当たりがある。だが、そう簡単に「ご指名」する事が出来ない事情もある。
「ちょっと! いるの? いないの? 私は主から、その冒険者をぜひに‥‥という命を受けて来ているのよ! ちゃんと答えてくれないと、困るの!」
娘の剣幕に、受付嬢は慌てて視線を戻す。いつもの応対手法を思い出しながら、彼女は笑みを作った。
「その冒険者に心当たりはございますが、ギルドに属する冒険者は多いもので、あなたのご主人様がご指名になった者と同一人物かどうかは」
「いいから、トリスを出して! 見れば分かるから!」
ひくり、と受付嬢の頬が引き攣る。
対する娘は、一歩も退かぬという気迫で受付嬢を睨み据えていた。
「私の心当たりの人物でしたら、よく旅に出られる方ですので‥‥現在、キャメロットにいらっしゃるかどうか」
形だけの笑みを崩さずに、受付嬢は告げた。
これは真実である。
かの人物は、よくふらふらと何処かへと出掛けてしまうらしい。
これで諦めるかと期待を込めて見返した受付嬢を、娘は鼻で笑った。
「ならば、確かめてちょうだい。キャメロットにねぐらがあるんでしょ」
「ねぐら‥‥」
そりゃもう、立派過ぎて本人が寄りつかないという噂のお屋敷が‥‥。
出かかった言葉を飲み込みながら、受付嬢は次の一手を探す。
「とにかく、重大で繊細な話なの。だから、この間の事を知っている人が1人でもいて欲しいの。そして、イゾルデ様はトリスをご指名なのよ。急いで彼‥‥」
「イゾルデ?」
ふいに響いた声に、受付嬢は顔を上げ、娘が振り返った。
旅姿の軽装で、そこに立っていたのは整い過ぎて冷たい印象を与える男、娘が名指した冒険者トリスであった。
●居なくなった騎士
「イゾルデ様のご婚礼支度の話を覚えているわね?」
娘ーーユーリアの問いに、トリスは頷く事で答えた。共に席についている者達の中にも、心得顔で頷いている者がいる。
近く嫁ぐ予定の、ユーリアの主イゾルデ。
彼女の元に持ち込まれた古い布が、不可解な事件の発端となった。すなわち、見晴らしの良い砦から犯人が消えたイゾルデ姫の誘拐事件である。
「姫様が「それ」を隠してしまわれたという事も話したかしら?」
「‥‥聞いた」
ユーリアは周囲を窺い見ると、躊躇いがちに口を開いた。
「そうね、‥‥そうだったわ。それで、その‥‥」
「婚礼道具」
「そう! その婚礼道具、姫様しか知らない場所に隠した‥‥はず。なんだけど」
またもや口ごもったユーリアを、視線で促す。渋々と、彼女は話を続けた。
「その隠し場所というは、姫様が「最も信頼する騎士」だったの。彼に預けておけば大丈夫だと、姫様は思っていらっしゃったわ。実際、彼はとても優秀で、姫様のご婚礼の品を持っている事を誰にも気付かれなかった」
けれど、とユーリアは声を潜める。話の核心に近づいているのだろう。囲む者達も息を詰め、彼女の言葉を聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
「姫様が屋敷に戻られた翌日から、その騎士‥‥ワット・オコーナーの姿が見えなくなったの。そして、4日前、彼の紋章が入った短剣が発見された‥‥。その短剣は、彼が騎士の叙任を受けた折、父親から贈られたもので、肌身離さず持っていた事を皆が知っていたから‥‥彼の身に異変が起きたに違いないと」
「姫君が預けた品はどうなったんだ?」
話に加わった冒険者に、ユーリアは首を振った。それで、彼らは全てを察した。
「短剣が発見されてすぐに、姫様は私にギルドへ行くようにとお命じになったの。貴方達への依頼は、居なくなったワットを捜し出し、安否を確認する事と、それから、姫様が彼にお預けになった品の確認よ。ワットが怪我などで動けなくなっているのであれば、彼とお品を保護し、連れて帰って来て。ワットに万が一の事があった場合は、お品だけでも。‥‥物が物だけに、出来る限り内密に事を運んでちょうだい」
ユーリアは1枚の羊皮紙を机の上に広げた。それは手書きの地図だ。サウザンプトン領内にあるビューロウを中心とし、サウザンプトンの河口の砦カルショットを含む簡単な地形と街の名が書き込まれている。
「ワットの短剣は、ビューロウを流れる川の岸辺で発見されました。状態からみて、川に落ちた短剣が流れついたようです。ご覧の通り、この川は曲がりくねった流れを持っていますが、流れは穏やかです。川の両岸には森が広がっています。また、姫様のお屋敷からも離れていません」
彼女は冒険者達をぐるり見回した。
「滞在中は、お屋敷の離れを提供してもいいとの許可を頂いているの。食事も提供するから、貴方達はワットとお品の捜索に集中して」
「それはいいとして」
見入っていた羊皮紙を机に戻して、冒険者の1人がこほんと咳払った。
「なんでトリスなんだ?」
「さあ? トリスしか名前を知らなかったんじゃない?」
何故、そんな質問をされるのか分からないといった様子で、ユーリアは首を傾げた。だが、すぐに気を取り直し、散った冒険者達の意識を集めるように、二度、手を打ち鳴らした。
「これで、一通りの説明は済んだわ。依頼を受けるなら、支度をして出来るだけ早くビューロウに来てちょうだい」
●今回の参加者
ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
ec0226 フォン・ラーマ・ルディア(14歳・♂・阿修羅僧・シフール・インドゥーラ国)
●リプレイ本文
●辿る先
悠然と身をくねらせながら流れる水は澄んでいた。
ここしばらく大雨が降る事もなかったらしく、川の流れは緩やかだ。
「そうすると‥‥」
片膝をついて水に手を浸し、流れの速度を測っていたレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は、勢いよく飛沫を跳ね上げて呟いた。
「短剣が流された距離は、存外短いものって事になるわね‥‥」
依頼人であるイゾルデ姫の婚礼の品を預かった騎士、ワット・オコーナーの短剣が見つかったのは、今、レオンスートがいる場所だ。上流からの土や石が堆積して出来た州は、それほど大きくはない。
でも、と目を眇めて立ち上がる。
ここからしばらく先まで州と呼べるほどのものは存在しない。川は森の中に切れ目を入れたように流れている。どこからでも、誰にも見咎められずに短剣を捨てる事が可能だ。
「短剣を捨てた場所を特定するのは、ちょっと骨が折れるかもしれないわねぇ」
「でもねぇ、森の皆は怖がってないみたいなんだよねぇ」
ん?
独り言に言葉を返されて、レオンスートは一瞬、動きを止めた。周囲に人影はない。レオンスートは辺りを見回した。けれど、右を見ても左を見ても、後ろを見ても誰もいない。
「‥‥川の中からだったらヤな感じぃ‥‥」
「だねぇ」
ひくりと口元が引き攣らせたレオンスートに、またも同意する声が返される。
レオンスートは、声がした方へ、そろりと視線を動かした。
「‥‥‥‥‥‥」
「でも、これが困った事に何の気配もしないんだぁ」
ふう。
立てた膝の上に頬杖をついて黄昏れる少年が1人。
「どうしよっかなぁ」
ほう。
重ねて溜息をついたフォン・ラーマ・ルディア(ec0226)に、レオンスートは激しく動揺した。
ーちょっ、何っ!? この可愛い生き物はっ!
はふう。
ぽてん、と大息と共にフォンの首が傾ぐ。
ーさ、触っていい? 触っていい?
「‥‥リョーカさん」
背に冷水を浴びせかけるような声が響く。どきどきしながら手を伸ばしたレオンスートは、そのまま固まった。にこやかに微笑みながら、川沿いに森を捜索していたユリアル・カートライト(ea1249)が近づいてくる。
「お疲れ様です、リョーカさん、フォンさん」
「あ。ユリアル。そっちはどうだったあ?」
「そうですね‥‥、きっとフォンさんと同じ結果ですよ」
ーな、なんでビビってるのよ! 悪い事はしてないぢゃないっ!
固まったまま、レオンスートは心の中で叫んだ。
ちゃんと調査をしていたのだ。自分の推察を元に、短剣が発見されるまでの経緯を。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ心がヨロめいた。それだけなのだ。
「可愛いものを可愛いと思って何が悪いのよっ!」
「「は?」」
不思議そうに自分を見るユリアルとフォンの視線に、我に返る。思わず声に出してしまっていたようだ。
「な、んでもないわ。で、結果は?」
「森の木々も草木も、それらしいものは見ていないようですね」
「動物達もだよ」
ぽり、とレオンスートは頭を掻いた。
「仕方がないわね。でも、川に短剣が流されて来たってのは事実みたいだから、森以外をーーー」
何かが引っ掛かって、言葉を止める。顔を上げると、ユリアルが笑みを深めていた。
「ええ、「森」で「短剣」を捨てた者はいなかったようですからね」
そういえば、とフォンがぽんと手を打つ。
「おいら、気になるんだ。お姫様のお屋敷が、川の近くって事‥‥」
沈黙が、落ちた。
●月下
「おかしいですわ」
「‥‥うむ」
閉ざされた扉の前で、常葉一花(ea1123)とエスリン・マッカレル(ea9669)は互いに顔を見合わせていた。
婚礼道具を巡ると思しき事件が起こり、誘拐までされたイゾルデ姫の身辺警護をと願い出た彼女達に返って来たのは、「必要なし」の一言だった。正体の分からぬ者達に狙われているかもしれないというのに、警護の必要がないと言う。
「見た感じ、屋敷の警護は一般貴族のお屋敷と同じですね。あんな事があって、今回の事件が起きたというのに、あまりに無防備です」
「それは、私も感じていた。屋敷の使用人達にも危機感がない」
若い女性だ。しかも、間近に結婚を控えている。本人も周囲も、過剰過ぎる程に警戒していてもおかしくはないのだが。
石畳の上、彼女達の足音が響く。
浮かび上がる庭の樹木に月の光が降り注ぎ、幻想的な陰影を作っている。どこからか甘く漂う花の香り。いつか聞いた、美しい姫君と若者の恋物語の舞台がこのような庭だった。
「‥‥ワット殿の事を聞いてみたのだが」
不意に浮かんだものを打ち消すように、エスリンは口を開いた。庭園の静寂を乱す事で、何故か安堵する。そんな自分に気付いているからこそ、口調が苦々しくなる。
「イゾルデ姫の信頼篤い騎士であった事は間違いないようだ。美丈夫で大らかで、誰にも優しい方だったとか」
「まあ。そうなのですか」
相槌を打つ一花の声も単調だ。
「うむ。だが、分からない事もある。姫が誘拐された折、ワット殿はご自身の従者と共に姫の捜索に当たっておられたとか。その間、焦っておられるようではあったが、おかしな素振りはなかったそうだ」
一花が歩みを止めた。
エスリンが言葉に込めた意味を悟らぬ彼女ではない。
「‥‥もしも、私が大切な方から大事な物を、誰にも内密にとお預かりしたら‥‥」
口元に手を当てて、一花は考え込む。
「きっと、落ち着かないでしょうね。誰にも知られないように、誰にも見つからないように。‥‥それが気になって気になって仕方がなくて」
例えば指輪のようなものであったなら、まだ人目につかず隠し通せるかもしれない。けれど、今回の品はそれほど小さくはない。ましてや、それが敬愛する姫君の婚礼の品であるならば。
「そういえば、一花殿。先の事件の折、トリス殿とイゾルデ姫との会話の内容はお確かめになられたのだろうか?」
エスリンの問いに、カルショットでの光景が一花の脳裏に蘇る。イゾルデ姫と会話を交わすトリスタンの一番近くにいたのが一花だった。話の内容は、はっきりと聞き取れなかったが「聖骸布」の話題であったように思われた。
「道中、お尋ねしましたところ、やはり聖骸布の事を話しておられたようです。姫がおっしゃるには、布にジーザスの最期の御姿が写し取られているとか」
「まさか!」
そんな馬鹿げた話があるものか。即座に否定したエスリンに、一花は同意を示す。でも、と彼女は声を潜めて続けた。
「トリス様は、興味を示されているようでした」
「まさか本物の聖骸布だと‥‥? いや、真贋が分からぬから興味を持たれているのか。しかし、トリス殿は‥‥」
言葉の途中で、エスリンは黙り込んだ。
一花も息を呑み、周囲を見回す。
どこからか、美しい音が聞こえて来る。月の光を紡いだように玲瓏で、それでいて柔らかな音色。
「この音は‥‥」
音色を辿り、一花とエスリンは庭園の更に奥へと足を踏み入れた。咲き乱れる花々が作る小道の先に、先ほど彼女達が辞して来た屋敷が見える。
装飾が施されたバルコニーが白く浮き上がっている。そこに佇んでいるのは、若い女性だ。遠目には分からないが、身なりからして高貴な女性。おそらくイゾルデ姫だろう。
そして、そのバルコニーの下で男が竪琴を奏でている。
月光を弾くその姿は、エスリンも一花もよく知る円卓の騎士、トリスタン・トリストラムのものであった。
●黒き敵
「知らぬ存ぜぬか」
ぼそりと呟いたオイル・ツァーン(ea0018)に、ルシフェル・クライム(ea0673)は苦笑した。
イゾルデ姫の仲介となっているユーリアからもたらされた返事は、どれも同じものばかり。姫は何も知らないと言う。本当に知らないのか、それとも何かを隠しているのか。
眉間に皺を寄せたオイルを宥めるように、ルシフェルは彼の肩を叩いた。
「仕方がないよ。普通のお姫様じゃ、そこまでの観察眼はないかもしれないよ?」
一部、兄の為に戦陣に舞い降りたりする姫もいるが、大抵のお姫様は自分の事で手一杯、周囲の事など気に掛けたりしない。多分。
ルシフェルの慰めに、オイルは首肯した。確かにそうだ。確かに。
だが、何かが違うと彼の勘が告げていた。
「‥‥姫からの情報は仕方がないとして、周囲の者達も聖骸布の事を知る者が少ない。誰が持ち込んだのか、そのツテとなったのは誰だったのか。出入りしている商人達も知らないというのは、どういう事だ‥‥」
他の婚礼道具については、すぐに調べがついた。
月道を通ってやって来た行商人を紹介したという者もいた。
だが、古い布を持って来た人物となると、誰もが首を捻る。
「話を聞く限り、怪しげな雰囲気があるよね」
「聖骸布」は本当に存在するのだろうか? そんな疑問が彼らの内に過ぎる。
「それに、ワット殿の事だけど」
ルシフェルの声に疲れが滲む。
ワットを探し、森に点在する小屋を片っ端から当たったルシフェルだったが、結局、これと言った結果は得られないで終わった。ワットが監禁されている可能性を考えたのだが、それらしい小屋は見つからなかったのだ。もっとも、この辺りの地理を完全に把握しているわけではないから、取りこぼしはある。
「仕方がないね。とりあえず、今日は帰ろうか。皆の話を‥‥っ!」
周囲を見回し、ルシフェルは素早く身構えた。
「だが、どうやら狂言ではないらしい」
シルバーダガーを構えたオイルに頷いて、ルシフェルは土を蹴る。月に照らし出された敵の懐に飛び込み、腹に拳を叩きつける。しかし、彼の一撃は期待していた効果をもたらさなかった。
衝撃で外れた黒い覆いから覗いたのは、腐敗した死者の顔。
伸ばされる死者の腕を躱したルシフェルと入れ替わり、オイルがダガーを突き立てる。
けれど、寸前、死者は身を翻した。
逃げ去っていく背に、咄嗟にダガーを投げたが間に合わない。
オイルとルシフェルは、ただ無言で互いを見合った。