【姫君からの依頼】葬られるもの

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月03日〜11月12日

リプレイ公開日:2008年11月11日

●オープニング

 サウザンプトンの領内、ビューロウに住まう姫、イゾルデ。
 彼女の周囲で起きた幾つかの不可解な事件は、婚礼の品にと古い布が持ち込まれた時から始まった。
 見晴らしの良い砦から、忽然と姿を消した黒づくめの男達。
 姫が信を置いていた騎士の失踪。
 川の岸辺で見つかった彼の短剣。
 そして、姫の屋敷近くに現れた死者と。
 姫の代理としてギルドに訪れた娘、ユーリアは一枚の羊皮紙を広げると、静かに口を開いた。
「過日、皆様のお仲間が遭遇した化け物が、領民達の間でも目撃されました。その化け物の退治をお願い致します」
 ゆったりと蛇行する川と森。その周辺には畑が広がり、幾つかの集落が点在している。
 羊皮紙記された地図で見れば小さく狭い世界だ。
 しかし、実際には森は深く、術を使ったところで限られた日数のうちに全てを確認するのは不可能だし、緩やかに見える川も水量が多くて川幅も広い。集落と集落の間と、背の低い果樹や手入れのされた畑を繋ぐ道では、人と行き交う事も稀だ。
 姫の屋敷の周囲は、辛うじて街と呼べるだけの体裁を整えているが、それでも夜ともなれば往来から人が消え、街の隅々までも闇が支配する。
「‥‥どこに出た?」
「前回、目撃された場所からは離れております。川を挟んだ向こう側の村に」
 ユーリアの指先が地図を辿った。
 先日の依頼で、冒険者が「それ」と遭遇したのはビューロウの中心でもある姫の屋敷近くの森の中だ。そして、一月以上経って、村の近くに。
「まあ、ビューロウの現状を考えると不自然ではないか」
 呟いた冒険者に、ユーリアは不快そうに眉根を寄せた。
「我らとて、何もせずに安穏と暮らしていたわけではありません。領内の騎士も、村々の自警団も、異常がないようにと四六時中、目を光らせておりました」
「だが、所詮は素人の仕事だしなぁ」
 呟いた冒険者は、鋭い眼差しで射抜かれて首を竦めた。
「ご婚礼を間近に控えた姫様に、これ以上、危険が及ぶ事がないようにと、皆で一致団結して警戒にあたっていたのです。夜も昼もなく、一定時間ごとに犬を連れて見回りもしておりました」
 でも、と言いかけた言葉を飲み込む。
 自分達の警戒に万全の自信を持っているらしい彼女に、何を言っても反感を買うだけだろう。
「ところで、その後、ワットという騎士について、何か分かったのか?」
 姫から預けられた古布を持ったまま失踪した騎士の足取りについて、前回の調査で判明したのは、川の両岸からは何の痕跡も発見されなかった事である。川で短剣が見つかったにも関わらず、だ。
 短剣の重さ、ワットの失踪期間を考えても、上流から流れて来たという可能性は低い。
ー‥‥ワットが、姫君から古布を預けられたという話も、本当の事か怪しくなっているしな‥‥。
 前回の報告書に目を通した感じでは、古布の存在自体も怪しげである。トリスタンが興味を示していたというが、彼はどのような見解でいるのだろうか。
「彼の行方は、未だに分かっておりません。姫様も大層ご心配になっておられますが、あまり大掛かりに捜索をするのは控えるべきとの忠言により、今は神にご無事を祈られるばかりで」
「‥‥ほう?」
 ワットが見つからないという事は、姫の婚礼道具であり、誘拐、失踪事件に関わる古布も見つかっていないという事だ。
 その忠言を入れた者は、それを知っているのかいないのか。
 冒険者は口元を軽く引き上げた。
 知らずに捜索中止を進言したのであれば忠心からとも考えられるが、知っての言ならば、何か思惑あっての事かもしれない。
「姫の外聞を慮って苦言を呈するなど、余程、姫の事を思っていなければ出来ない事だな。忠臣の鑑だ」
 大袈裟に感心してみせた冒険者に、ユーリアは苦笑を浮かべた。
「ご主人様や姫にお仕えしている方ではないので、遠慮などなく、大切な事を指摘してくださるのでしょう」
「ほほお?」
 興味深げに聞き返せば、ユーリアはにっこりと微笑んで知りたい名を答えてくれた。
「本当に、お優しい方ですね。トリス殿は」
「‥‥‥‥‥は?」
「トリス殿です。モンスターが現れ、姫が心細く思われるだろうと、あの後、すぐに訪ねて来て下さいまして」
 冒険者達は、目を瞬かせた。
 意外な名前を聞いた。いや、彼もこの件には関わりがあるのだから、意外ではないのだろうが。
「はあ、トリス‥‥が」
 ここのところ姿を見ないと思ったら、ビューロウにいたのか。
「ん? という事は、二月近く姫のお側に‥‥?」
「はいっ! 姫のお側近くでずっとお気遣い頂いて! 気が塞ぎがちな姫を優しい言葉や竪琴でお慰め下さったりっ! お屋敷の警備についてのご助言も頂きましたしっ! 最初、お会いした時には、顔だけはやたら綺麗な癖に無愛想で、本当に人間なのかとも思いましたがっ、私は誤解していたみたいですっ」
 ぐっと拳を握り締め、きらきらと瞳を輝かせながら熱く語り出すユーリア。心なしか、頬も赤くなっているような。
「トリス殿は、貴婦人に対して細やかなお心配りの出来る方だったのですねッ」
 冒険者達は、言葉を失った。
「‥‥そ、それって別人なんじゃ‥‥?」
 真っ先に気を取り直した冒険者の問いは、ユーリアによってきっぱりと否定された。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec0226 フォン・ラーマ・ルディア(14歳・♂・阿修羅僧・シフール・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●書
 身が引き締まるようだ。
 太陽の光が届く前の冷たい空気を深く吸い込むと、オイル・ツァーン(ea0018)はそっとバルコニーの扉を押し開けた。屋敷の警備体制は把握している。見る者が見れば穴だらけの警備だ。けれど、油断は出来ない。何しろ、この屋敷の警護には、あの男が関わっているのだから。
 夜目がきくとはいえ、暗闇の中、目的のものを探し出すのは難しい。
 手探りで壁際の棚へと歩み寄ったオイルは、ふと動きを止めた。
 近づいて来る足音。
 気のせいではない。間違いなく、それは近づいて来ていた。
 咄嗟に身を翻し、書机の陰に隠れる。息を殺し、気配を消して、彼は足音が過ぎるのを待った。しかし‥‥。
「‥‥で申し訳なく思っております」
「気にしないで欲しい。‥‥この年代記は、なかなかに興味深いものだ。楽しませて貰った」
 ぎいと音を立てて開かれた扉から光が延びる。
「さようでございますか。父も、きっと喜んでおりましょう」
「これは貴殿の父上が?」
「はい。代々、この家に伝わっておりました話を書として残すようにと先代様から承りまして」
 声の主が、オイルの潜む書机の側へと近づく。燭台はもう1人の男が持っているのだろう。室内がゆらゆらと揺れる光の中に浮かび上がった。
「なるほど」
 床を叩く硬質な音が、書机の横で不意に止まる。
 いつでも飛び出せるよう、オイルは身構えた。
「トリス様?」
「‥‥何でもない。続きを借りても構わないだろうか。‥‥聖なる宝を巡る争いの行方が気になって、姫に捧げる曲にも影響が出かねない」
「勿論でございます」
 蝋燭の灯りに浮かぶ優美な影‥‥トリスは棚に並ぶ書から何冊かを選び出すと、オイルには目もくれずに燭台を掲げて待つ男の元へと戻る。
「では、私はこれより朝の支度にかかります。よろしければ、本はトリス様のお部屋にお届け致しますが‥‥」
「いや、もうじき陽も昇る。見回りのついでに東の庭で昇る朝日を眺めながら読むのも一興。姫のご朝食までには戻る」
 再び闇が戻った室内の中、去っていく足音と会話を聞きながら、オイルはトリスが物色していた棚へと視線を向けた。

●見えぬ心
「‥‥2ヶ月の間に、トリス様は変わられてしまったのでしょうか‥‥」
 常葉一花(ea1123)は、真剣な面持ちでそう呟いた。
 周辺住民への指導と巡回を終わらせ、一旦、宿に戻って来た彼女を待っていたのは、数冊の書とオイルの報告だった。
「そうかもしれませんねぇ。その様子では、イゾルデ姫様の前でも社交辞令をすらすらと並べていそうな気が」
「もしかして別人では‥‥?」
 ユリアル・カートライト(ea1249)の言葉に、思い詰めた瞳をして一花が詰め寄る。
 折を見てイゾルデの屋敷に出入りしている一花だが、未だにイゾルデはおろかトリスにも会えていない。トリスが別人ではないと言い切るだけの証を、彼女は持っていない。
「ちょっと‥‥何気にひどくない?」
 さすがにトリスが可哀想だと、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は思わず目頭を押さえてしまった。仮にもお貴族様なのに。一応は、社交界とやらの一員で、噂では貴婦人方の間で人気があるはずなのに。
「日頃の行いって、大事だよねぇ」
 膝の上に乗せたフォン・ラーマ・ルディア(ec0226)が、ふ、と遠い目をして笑い、レオンスートは更にトリスへの同情心を強めた。
「ところで、その本、面白い?」
「んー‥‥。冒険物としてはありきたりかなぁ」
 オイルが手に入れて来た書をぱらぱらと読み終えると、フォンはぽいと机の上に戻した。感想を待つ仲間達の為に、その内容を要約して語り出す。
「むかしむかーし、イゾルデ姫のご先祖様は、数々の苦労を乗り越えてこの国に辿り着きましたーって話。ご先祖様には仲間がいて、彼らの協力無くしては、今の地位は築けなかったって」
 つまらんのう。
 口を尖らせたフォンに、レオンスートは苦笑した。
「トリスが言ってた聖なる宝の記述は?」
「ご先祖様が持って来たものみたい。故郷の教会をこの国に再現する為だって〜」
 大きく伸びをすると、フォンは畳んでいた羽根を広げ、ふわり宙に浮いた。
「おいら、見回りに行って来るね。エスリン達の班が巡回に出る時間だし。森を抜けるのを見届けたら帰って来るよ〜!」
 言うが早いか、元気よく窓から飛び出して行ったフォンに、ユリアルが「ああ」と呟いて立ち上がる。
「もうそんな時間でしたか。では、我々もそろそろ」
「そうね。捜索範囲も広いんだから、効率よくいかなくちゃね」
「‥‥そう、ですね。リョーカさんのお話の通りならば‥‥、出来るだけ早く「彼」を解放してあげたいですし」
 目撃者の記憶を掘り下げ、レオンスートが聞き出して来た内容から推測される事は、1つ。
 部屋の中に、気まずい沈黙が降りた。

●そして、女心
 出没するモンスターを警戒して見回りを行っている自警団のほとんどは、普段は農具を手に畑を耕す農民達だ。長時間、緊張状態を保つ事は出来ない。意識が散漫になる前に休憩を告げて、エスリン・マッカレル(ea9669)は自身も手頃な木の根本に腰を下ろした。
「ふう」
 溜息が漏れるのは、心が千々に乱れているから。
 心の振り子が右へ左へと大きく揺れる度に、悩みと葛藤が深くなる。
 せめて、物思いの原因であるトリスタンに会えればよいのだが、屋敷に頻繁に出入りしている一花ですら姿も見ていないという状態なのだ。
 悪い考えを払うように頭を振ると、エスリンは自分の頬を軽く叩いた。
「騎士たる私が、嫉妬に眼を曇らせてどうする!」
「そう! その通りですわッ!」
 突然に肩を叩かれ、己の膝の直撃を受けて息を詰まらせたエスリンを気にも留めず、どこからともなく、忽然と現れたレジーナ・フォースター(ea2708)は、ぐっと拳を握り締めて言葉を続ける。
「哀は愛より愛し! 優しいだけの愛よりもっ! 哀しみを経た愛は更に強く、美しく光輝くでしょうッ!」
 おーっほほほほほほっ!
 静かな森の中に響き渡る高笑い。
 彼女が担当している自警団のメンバーのみならず、エスリン班のメンバーまでもが、その力説に涙し、手を叩いて賞賛を贈った。軍馬に跨り、軍旗を翻すという、ド派手な登場の仕方で領民の度肝を抜いた後、唖然となった彼らをあれよこれよの間に己の配下‥‥もとい、協力者にしてしまっていたのだ。
「でもね」
 ふ、と儚い笑みを浮かべると、レジーナはエスリンの手を取った。
「な‥‥何だ?」
 目を細め、慈愛の籠もった眼差しを向けて来るレジーナに、エスリンの腰も引き気味になる。
「はい、忘れ物。エスリンちゃんったら、うっかりさん☆」
 そっと手渡されたのは藁で作られた人形だった。
「彼の髪の毛を2、3本毟って、この中に入れて、心を込めて呪うのです♪ あ、間違えた。お祈りするのです♪」
「‥‥気持ちだけ受け取っておく‥‥」
 女2人が手を握り合い、思いのすれ違った会話を繰り広げたその時に。
 がん、と。
 金属の打ち鳴らされる音が響いた。

●変わり果てたもの
「狼狽えるな!」
 鋭く言い捨てて、ルシフェル・クライム(ea0673)はルーンソードを抜き放った。
 その一喝に、手にした武器を放り出し、逃走しかけていた男達の足が止まる。
「合図を! 皆に知らせるんだ!」
 彼らを背後に庇いながら、ルシフェルは間合いを詰めた。薄暗い森の中、ぼろぼろになった黒い外套を纏った「それ」は、ここしばらく目撃が続いていたモンスターに間違いなかろう。
「落ち着け。我々が教えた事を思い出すのだ」
 冷静な声と言葉に、腰を抜かしていた男が落とした金物に手を伸ばす。震えながらも、彼はそれを短剣で叩いた。
 がん!
 金物と短剣を手にしたまま、男は待った。
 ががん!
 音の余韻が消える前に、同じように金属が鳴る音が聞こえて来る。続けて、違う音色の音が別方向からも。
「よくやった!」
 音が聞こえた方角に当たりをつけ、ルシフェルは土を蹴った。「それ」の目の前で素早く体を沈め、反対側へと飛ぶ。
 その動きを捉えきれず、「それ」は消えたルシフェルの姿を求めて周囲を見渡した。
「こちらだ!」
 手首を返し、ソードの柄で「それ」の腹を突く。
 よろけた瞬間を逃す事なく、足払いをかける。
 転倒した「それ」は、己の不利を悟ったのか、よろよろと体を起こすとルシフェルから逃れるかのように走り出した。
「?」
 怪訝そうに眉を寄せたのも束の間、ルシフェルは木々の合間を抜け、逃走する先へと回り込む。
 すると、「それ」はルシフェルを避けるように向きを変えた。
「悪いが、今回は逃亡させぬ。‥‥ユリアル!」
「万端整っています!」
 その先にいたのは、ユリアル。
 彼の姿が見えた途端に、「それ」の動きが鈍った。
「かかりましたね」
「さァ、もう袋のネズミ、いえ、結界の中のアンデッドですわっ!」
 ユリアルの傍らには、ユーリアから預かった短剣を手にしたエスリンと、ハリセンを肩に担いだ勇ましいレジーナの姿もある。
 合図の音を頼りに集まって来た仲間達に、ルシフェルは笑みを漏らした。
「自警団の皆は避難させたよー!」
 空から舞い降りて来たフォンに頷くと、レオンスートは三叉槍をぶんと一振りさせる。
「さて、そろそろ楽にしてあげるわね。‥‥ワット卿」

●傷心の姫
「動きはないようです」
 四阿の柱の影から屋敷の様子を窺っていた一花が呟く。
「そのようだな」
 応えるオイルの声は溜息混じりだ。
 爪弾かれる竪琴の美しい音色に混じり、女達の笑いさざめく声が聞こえて来る。
「商人や豪農の娘達が入れ替わり立ち替わり、お心をお慰めに参じているとか」 
 2ヶ月の間、姫は屋敷の奥に籠もったままだという。
 そして、姫の警護であるトリスもまた、屋敷の敷地内でその時間の大半を過ごしている。
「トリス様は、何をお考えなのでしょうか‥‥」
 ぽつり漏らされた言葉に、オイルは無言で首を振るだけだった。