【姫君からの依頼】姫君、救出
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月08日〜09月18日
リプレイ公開日:2009年09月21日
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●オープニング
ーーだから、お前はもう二度と戻って来てはならない。それがお前の為であり、この国の為でもあるのだ。
●届いた手紙
コーンウォールでの最果ての地での、後味の悪い決闘から戻って来た冒険者達を待ち受けていたのは、あの時、モロルトが放った「姫の居場所を記した手紙」であった。
ギルドへと届けたのは、破格値で頼まれたというシフール。
頼んだのは、銀の髪と赤い眼を持つ青年だったと、そのシフールは言っていた。
「それで、姫の居場所をどこだと書いてある」
珍しく、少し苛立ったようなトリスタン・トリストラムの問いに、受付嬢は笑顔を強張らせながらモロルトの手紙を彼に渡した。
「バラの丘‥‥か」
トリスタンの表情が、更に険しくなる。
「ご存じなのですか?」
恐る恐る尋ねた受付嬢に、トリスタンは手紙を戻すと提出されたばかりの報告書へと視線を遣った。
「天使の島、そう呼ばれている島の対岸に位置する森だ。中心にある丘にバラの花が咲く事からそう呼ばれる」
「へぇ、そうなんですか‥‥あれ? 丘だけですか?」
バラの咲く丘にお姫様となれば、吟遊詩人の語る物語に出て来そうだ。だが、物語なら、お姫様も花園の中に住む事が可能だろうが、現実はそう甘くはない。夜露をしのぐ屋根のある家が必要だろうし、食事や、身の回りの世話をする者も必要だ。
「丘の上に、古い館があったはずだ。状態がどうなっているかまでは分からないが」
トリスタンは地図を広げた。
コーンウォールの地名が入った、簡素な地図だ。
「記憶を頼りに描いたものだ。ここが最果ての地。これが天使の島と呼ばれる島だ。潮がひいた時に、この島は地続きになる。そして、ここが」
天使の島の程近くを指さして、トリスタンはその名を告げた。
「バラの丘。天使の島を調べた者が周辺で聞き込んで来た話の中に、このバラの丘に続く森の中で、最近、頻繁にデビルが現れるようになったというものがあった」
デビルの出現は、各地で起きている。
バラの丘周辺に現れるデビルは、行きがけの駄賃に一掃出来る状態ではなかったらしい。話によると、下級のさほど力を持たぬデビルのようだが、数が多い。そのほとんどは森から出て来る気配がないので、周辺に住む者達は森に近づかなくなったそうだ。
「イゾルデ姫のいる丘に誰も近づかないように‥‥? でも、誰が何の為にそんな事を」
モロルトは聖骸布を知らなかった。
そして、決闘に敗れたモロルト達の、異様とも言うべき集団自決。
裏で糸を引く者の姿は、未だに見えない。
「‥‥ともかく、バラの丘の館に囚われているであろうイゾルデ姫を救出する。それが先決だ」
シフールに手紙を届けさせた銀髪の男が、サウザンプトン領主の従者であるなら、姫は劣悪な環境に置かれてはいないだろう。希望的な推測だが。
「戻って来たばかりだが、このまま再びコーンウォールへ向かう。今回も馬車は私が用意しよう」
馬車がキャメロットに到着してすぐに、彼は城へ登城した。
留守の間に起きた騒動は、噂として街道を伝って彼らの元にも届いていた。その騒動の詳細を確かめると同時に、今回の顛末を王へと報告したらしい。
らしいというのは、キャメロットは未だ騒然としており、王都に残っている円卓の騎士や王宮騎士が事態収拾の為に右往左往している中で、イゾルデ姫救出の為に再びキャメロットを離れる許可を得て来たからだ。
「王妃様にイゾルデ姫を重ねられたのだろう。どれほど怖い目をしたのかと、心配しておられた」
そうトリスタンは言うが、それが真実か否かは、王と、謁見したトリスタンのみが知る事だ。
「悪いが、すぐに人を集めてくれ。集まり次第、出立する」
常になく焦りの色を浮かべたトリスタンに気圧されて、受付嬢はこくこくと頷きながら依頼書に受諾の判を捺した。
●リプレイ本文
●秘めしもの
それぞれが得た情報を交換する為、騎獣や術を使用して移動していた者達が定められていた野営の地に集う。
「ギルドに依頼を運んだシフールから聞き出した、依頼人の似顔絵だ。宮廷図書館でも、この男が何年も前から頻繁に出入りしていた事を確認した。‥‥まあ、当時は領地の管理や様々な訴訟に関する書物を読み漁っていたようだが」
冒険者も出入り出来るが、宮廷図書館には貴重な書物が多い。男は書物を持ち出す事もなく、扱いも丁寧で、館員の印象は悪くなかったという。
アンドリー・フィルス(ec0129)が差し出した似顔絵を食い入るように見つめていたレジーナ・フォースター(ea2708)は、ふと顔を上げた。
「花園と犠牲の羊。悪意を砕くのはーー」
握り締めた拳に力を込め、いつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべて、きっぱりと宣言する。
「無論、愛ッ!」
途端に仲間達から漏れる苦笑。
‥‥色々あったけど、レジーナは元気です。
「愛は良いとして、薔薇の館にお姫様を助けに行くとは、何とも浪漫な話であるな。だがしかし」
仲間達の報告を聞いていたヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は腕を組み、足を組んで「浪漫」を鼻で笑い飛ばす。
「我々は餓鬼んちょでもウブな乙女でもなく冒険者! きっと何かの罠だろうと汚れた大人の詮索をするのだ!」
「「‥‥」」
その発言に複雑な表情を見せたのはエスリン・マッカレル(ea9669)とトリスタンだ。
「? どうかしたのであるか? 2人とも」
「‥‥いや‥‥」
ふ、と2人して目を逸らしてしまう。
大人になったなぁ、と歳月の流れに感傷的になってしまったなんて本人には言えない。
「ですが確かに、モロルト卿の異様な自決の様子から察しますに〜」
道中、ずっと考え込んでいたディディエ・ベルナール(eb8703)が口を開く。
「何か禍々しき力が彼の者を変えてしまったと考えるのが妥当。そして、イゾルデ姫も‥‥」
ディディエが濁した言葉の先は、仲間達も薄々と考えていた事だ。
「それもありますが、私にはもう1つ気がかりがあります」
常になく険しい表情で、エスリンはトリスタンを見た。
「トリスタン卿ご自身の抱えておられる事柄です」
それもまた、仲間達の内に蟠っていた疑問の1つだ。だが、トリスタンの様子から立ち入る事が憚られていた。それを真正面から本人に問いただしたエスリンの行動に、皆、仰天した。
常にトリスタンに対して控え目に接していたエスリンが、一歩も退かぬとばかりに詰め寄る。
「私も皆も、卿の御力になりたいと心から思っているのです。どうか、お1人で抱え込まず、私達と分かち合って下さい! もし、ご一族の秘事故に明かせぬのならば、私が御身に嫁ぎ、ご一族に加わります! 冗談などではありません。秘密云々に関わらず、以前より私は御身を愛して‥‥あ」
一気に言い募ったエスリンは、自分に注がれるトリスタンと仲間達の視線に我に返った。
自分が何を口走ったのかに思い至り、エスリンの顔がこれ以上ない程紅潮する。慌てて視線を逸らす仲間達の様子が嫌でも目に入り、エスリンは上がった血が音を立てて引いていくのを感じた。
卒倒したエスリンを支えたのは微苦笑を浮かべたオイル・ツァーン(ea0018)だ。
「‥‥さて、トリスタン卿はどうなさるおつもりか?」
声が僅かに震えてしまうのは仕方がないとオイルは自身に言い聞かせた。エスリンともトリスタンとも長い付き合いだ。ようやく、この2人の関係が進展するのかと思えば、このような状況下でも笑みが漏れるというもの。
「‥‥私も少し頭を冷やして来よう」
短く告げて、トリスタンが天幕から出て行く。
「待て。1人では危険‥‥」
引き留めかけたルシフェル・クライム(ea0673)に一礼して、常葉一花(ea1123)がトリスタンの後を追う。
「むむむ‥‥何やら波乱の予感がするであるな」
興味津々のヤングヴラドに、エスリンをレジーナに預けたオイルがこめかみを押さえた。
「‥‥獲物を見つけた乙女道の住人のような顔をしているぞ、ヤングヴラド」
「ん? オイルどのは噂の乙女道の住人に詳しいのであるか?」
ヤングヴラドの眼差しが少し冷たいのは、乙女道の一部がジーザス教の教義に反しているせいだ。
「詳しいというか‥‥」
自身も色々と被害を被ったのだが、それを告げる気はオイルにはなかった。
「その辺りの話は横に置いて、今は先に考えるべき事がある」
ルシフェルの言葉に、オイルもヤングヴラドも真剣な表情に戻って、改めて互いを見遣った。
●予言
野営地に定めた場所は、バラの丘まで1日と掛からぬ場所だった。風に乗って潮の香りが流れて来る。誘われるままに、トリスタンは進んだ。程なく辿り着いた海岸で、トリスタンは暗い海の上に浮かぶ異形を見つめた。
「トリスタン卿、野営地からあまり離れられては‥‥」
背後に従う一花の言葉に頷いたトリスタンは、海を見つめたまま、独り言のように呟く。
「‥‥私はずっと予言に縛られている気がしていた。だが、違ったのだな」
「トリスタン卿?」
「私は、予言を理由に逃げていただけだ。そう、ずっと‥‥」
一花は、しばらくの躊躇の後、トリスタンに伸ばしかけた手を握り締めた。
「‥‥戻るか」
「はい」
いつもの表情に戻って、一花は軽く膝を折る。ここしばらく、トリスタンの護衛兼メイドとして付き従って来た一花だが、もう何年もこうして共にいる気がした。それがおかしくて、一花は微かに口元を引き上げたのだった。
●薔薇の館
オイルの予想通り、バラの丘に巣食っているというデビル達は冒険者をすんなりと館へと通した。勿論、道々、姿を現しては戯れのような攻撃を仕掛けて来るものもいたが、そのような雑魚は彼らの敵ではない。陽動も何もあったものではない。
そう判断して、二手に分かれていた彼らは、途中で合流したのだが。
ーーやはりそうなのか?
前を行くトリスタンの背を見つつ、ルシフェルは1人、別ルートを辿るオイルとの会話を思い出す。
ーー迷いは隙を生み、心を鈍らせる。だが、真実は‥‥
「もうそろそろ潮が満ちる時間ですねぇ」
不意にかけられたディディエの言葉に、ルシフェルは空を見上げて太陽の位置を確認する。万が一に備えて、天使の島へ渡る事が出来る引き潮の時を避けて行動する事も決めた。島の者と接触する為にと引き潮の時間に向かったアンドリーはどうなったのだろうか。今はその結果を知る術がない。
「ふむ。どうやら館には聖なる母を信じる者が2人ほどいるのであるな。‥‥ただ、1人は信じていると言っていいものかどうか」
先頭に立っていたヤングヴラドが眉を寄せる。聖なる母を信じる者を探知出来るというテンプルナイト奥義を使ったのだろう。ルシフェルも確認の為にデティクトアンデッドを使ってはみたものの、周囲に群れるデビルが多すぎてどれが何やら判断がつかない。代わりにと、ディディエがブレスセンサーのスクロールを広げる。
「反応は2つのようですね〜」
「これはッ!」
その隣ではっと顔を上げたのはレジーナだった。
「間違いなくヒュー様の気配ッ!!」
駆け出したレジーナに慌てたのは仲間達だ。レジーナの後を追って、館へと向かうと、その入り口には1人の青年が立っていた。
レジーナのヒュー専用オーラセンサーの精度は相変わらず正確なようだ。
「お待ち申し上げておりました」
恭しく頭を下げると、彼は扉を開く。
「ヒュー様ッ!」
その腕を掴んだレジーナの手を静かに外して、イゾルデ姫を連れ去ったヒューイット・ローディンは困ったように笑った。
「今はお話をしている時間がありません。どうぞお早く姫の元へ。姫は中庭の薔薇園におられます。こちらへ」
先に立って館の中を案内するヒューに敵意はない。警戒しつつも、彼らはヒューの後について館へと足を踏み入れた。
薄暗い館の中、いきなり空間が開けた。目映い太陽の下、薔薇に囲まれて佇むのは紛れもなくイゾルデ姫だ。
「トリスタン卿」
トリスタンの前に出たルシフェルの視線が素早く周囲を確認する。デビルの気配はある。だが、それはこの丘に出没しているデビル達が何匹かこの館に紛れ込んでいるものだろう。現に、向かい側の廊下をグレムリンが走り去っていく。また、間近にある気配はヒューのものだ。
「姫君は聖なる母の信徒であるのは間違いがない‥‥」
ヤングヴラドの言葉を受けて、彼らは中庭へと足を踏み入れた。彼らに気付いた姫が振り返り、怯えたように後退る。
「姫、どうぞご心配なく。我らは姫をお助けに参った者。覚えておられませんか? 私はサウザンプトンで‥‥」
激しく頭を振るイゾルデ姫に、エスリンはどうしたものかと仲間を振り返った。
「姫は、度重なる環境の変化でご心労のあまり、声を発する事が出来なくなったご様子」
淡々と語るヒューに憤りかけて、ルシフェルはぐっと言葉を飲み込んだ。ヒューの真意は分からないが、姫の様子からして、声が出ないというのは真実かもしれない。視線を交わすと、ディディエはテレパシーのスクロールを懐から取り出した。
「姫はずっと貴方様が助けに来て下さると信じておられました」
「トリスタン卿、耳を貸すな。姫が真実イゾルデ姫であるか、モロルト同様、デビルの力で操られていないかを確認してからだ」
姫へと近づくトリスタンを止めて、ルシフェルは注意深くイゾルデ姫を見た。
ひどく怯えている。錯乱もしているようだ。激しく頭を振り続ける姫に、エスリンもレジーナも同情を寄せたようだ。だが、同情に流されて確認すべき事を怠るような事はしない。
「姫、御手をお借りしてもよろしいでしょうか」
礼を失しないように問うたエスリンの手を、逆に姫が掴む。その手の強さに、エスリンは眉を顰めた。
「いかがされましたか? 大丈夫です。我々は‥‥」
宥めるエスリンの言葉を激しく頭を振って拒絶すると、姫はもう片方の手で指を差す。その先へとエスリンが視線を向けるのと、館の2階の窓から身を乗り出すようにしてオイルが叫ぶのとはほぼ同時だった。
「ルシフェル! トリスタン卿を!!」
誰もがイゾルデ姫に注意を向けていたその一瞬の出来事だった。
静かに佇んでいたヒューの手が伸びたかと思うと、いとも簡単にトリスタンが纏っていた鎧を貫く。
「トリスタン卿ッ!」
駆け寄ろうとする一花を空いた手で制して、ヒューは笑った。
突然のヒューの凶行に息を呑んだレジーナがあっと声を上げる。
「それは、ヒュー様ではありませんッ!」
いつの間に入れ替わったというのか。ヒューの姿をした男が、銀の髪を掻き上げた。見る間に、その姿が金色の髪の美しい姫へと変わる。エスリンの傍らで震える姫とまるっきり同じ姿だ。
「この姿なら満足でしょうか?」
ゆっくりと、姫の手がトリスタンの胸から引き抜かれる。真っ赤な血に染まった手に握られているものに気付いて、一花は声にならない悲鳴を上げた。
「さあ、目覚めるがいい。お前の心臓はボクが取り戻した‥‥」
ぺろりと血を舐め取りながら、姫ーーいや、姫の形をしたモノが、掴んだものを高々と差し上げる。
「トリスタン卿ッ!!」
胸から鮮血を流しながら倒れ込んだトリスタンの体を抱き留めたルシフェルが、大地が揺れている事に気付く。揺れの原因を真っ先に見つけたのは2階の窓から飛び降りようと窓枠に足をかけたオイルだった。
「黒い‥‥竜‥‥!?」
丘から望む天使の島の、竜に似た形をした岩山から、ぽろぽろとウロコが落ちるように岩が剥がれ、中から黒い巨体を持つ竜が姿を現す。
「あははははははは!」
狂ったように笑い続ける姫の手から、それを取り戻そうと飛び掛かったヤングヴラドをひらりと躱すと、姫は再び姿を変えた。黒い髪の青年へと。
「まったく手間を掛けさせてくれたね。暇潰しにはなったけど。でも、こうして欲しいものも手に入ったし、キミ達には感謝するよ」
メキメキという音と共に、館が崩れ落ちる。天使の島から姿を現した黒い竜とは別のドラゴンが館を踏みつぶしたのだ。翼が巻き起こす風に飛ばされぬよう、身を低くするのが精一杯の冒険者達を嘲笑いながら、青年はドラゴンの背に飛び乗る。彼に続いて、銀の髪の青年もドラゴンへと駆け寄ろうとした。
その手を掴んだのはレジーナだ。
「貴方はっ! 貴方には貴方を想う者がいる! それを忘れ‥‥」
やんわりと、でも強い力でその手を拘束を解くと、ヒューはエスリンにしがみついて風圧に耐えている姫へと目を遣った。
「彼女は‥‥ユーリアさんは1日もすれば元の姿に戻るでしょう。‥‥これを」
レジーナの手に白い小さな玉を乗せると、素早くドラゴンに飛び乗る。
飛び立つ漆黒のドラゴンに続いて、天使の島から現れた黒い竜も空へと舞い上がると2匹揃って、何処かの空へと消え去って行ったのだった。
●真実
「遅かったか!」
息せきって駆け込んで来たアンドリーは、背負っていた小柄な老人を下ろすとトリスタンの傍で膝をつく。
「リカバーでは‥‥どうにもならん!」
魔力の続く限りリカバーをかけ続けていたルシフェルが大地に拳を叩きつけた。
エスリンはと言えば、魂が抜けたようにトリスタンを見つめたままへたり込んでいる。
「阿修羅神の力でも、失われたものを再生する事は出来ない‥‥」
老人へと場所を譲ると、アンドリーは感情を抑えた声で告げた。
「この方は、天使の島に住む一族の長、マルク殿だ。‥‥トリスタン卿の伯父上でもある」
枯れ木のような手で、生気の失せたトリスタンの頬を愛しげに撫でていた老人がアンドリーの言葉を受けて、冒険者達に頭を下げた。
「一体何故、このような事に‥‥」
悲痛な表情をしたディディエに問われて、マルクは辛そうにトリスタンを見た。
「この子の心臓には、かの悪しき竜‥‥クロウ・クルワッハの力が封じられておりました。それが、我ら一族の長子に課せられた定めだったのです。そうして、愛し子の心臓に悪しき力を封じる事で、我々はクロウが蘇るのを防いで来ました。誰にも知られぬよう、一族のごく一部だけが知る秘密として、長い長い時間、真実か否かも分からぬ伝承を守り続けて来たのです」
「それが、あの聖母子像の意味であるか!」
思い当たった物に、ヤングヴラドが思わず声を上げる。
「‥‥この子の事は、我々が。皆様はどうか、あの心臓を取り戻して下さい。あれはクロウを意のままに操る事が出来ます。邪悪なる者の手に渡してはどのような事が起きるか。そして、クロウに心臓が戻れば、この国どころか世界が滅びかねません」
悲しみに耐えつつ、マルクが告げた真実に、冒険者達はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。