【アニュス・ディ】妨げる者

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月18日〜06月28日

リプレイ公開日:2009年06月25日

●オープニング

●懐古
 ここも‥‥だ。
 ここも、穢されている。
 足もとの土の上に残る、穢れの跡を踏みにじって、身の丈よりも巨大な石を見上げる。それからゆっくりと、周囲の景色に目を向ける。
 変わってしまった。
 何もかも。
 世界も、景色も。
「のぅ、聞こえておるか」
 石に背を預けて腕を組むと、彼女は口を開いた。ここに眠り、ここにはいないものへと声を送る。けれど、答えは返らない。
「ふむ。目覚めるほど穢れが染み込んだわけではないという事か」
 眠りの中、聞こえて来たか細い祈りの声と、滴り落ちた血。耳障りで不快なそれが幾度か続いた後に、我慢出来ぬ程の穢れが押し寄せて来た。いくつもの断末魔の叫びが彼女が眠る殻の中で木霊して、血の代わりに異臭を放つ不快な物で溢れた。
 目覚めた時、飛び散った穢れの残滓の中に立っていた男は言った。
 穢れを撒き散らしたのは、自分の部下達だと。
 では、この石の上で血を流したのは何者だ? 今も薄く残る血の跡から、あの男の部下ではあるまい。自分の所に何度もやって来た、あの祈りを捧げていた奴らか?
「どちらにしても、同胞の眠りを妨げるものは許さん‥‥」
「その血を流したのは、「アニュス・ディ」と名乗る者達ですよ、スカアハ」
 不意に現れた男に、彼女ーースカアハは眉を寄せた。
「アニュス・ディ」。聞き慣れない言葉だ。
 しゃく、と草を踏む音と共に、男が彼女の傍らへと立つ。
「神の仔羊という意味だそうです。仔羊の代わりに自分達の命を捧げて、神に願いを叶えて貰おうという集団のようですよ」
 ふん、とスカアハは男の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「自分の命を捧げて願うは何じゃ? わしらを眠らせるだけでは足りず、あやつらの神とやらの力で滅ぼし尽くそうというのか」
 彼女が踏みにじった穢れの跡を踏みつけて、男は語る。
「アニュス・ディ」が、彼女と、彼女の同胞の眠る地を穢すきっかけ、裏切りによって呪いと怒りが大気を満たし、血が大地を染めた事件を。
「冒険者‥‥とはなんじゃ?」
 途中、耳慣れぬ言葉にスカアハは男の話の腰を折って問うた。騎士というのは話の流れから理解出来た。この地を守護する軍団のようなものであろう。だが、冒険者というものが分からない。どこの軍団にも組みしない者達が、その戦いの場で何をしていたのか。
「冒険者というのは、‥‥そうですね、傭兵のようなもの‥‥と考えて頂ければよろしいかと。金で雇われ、何処へも顔を出す。貴女も一度、お会いになったはずですが」
「わしが?」
 スカアハは考え込んだ。目覚めて出会った者といえば、片手で足りる。勿論、我が者顔で彼女達の土地を闊歩する人間達はそれ以上に見て来た。だが、会った者となると‥‥。
「! あの戦士共か!」
 フォモールが無抵抗の者達を襲っているのを見過ごせず、介入した際に出会った戦士達。彼女の槍を受け止めた、あの若者。あれが、冒険者というものか。
「その通りです。彼らは金さえ貰えば何でもします。「アニュス・ディ」が世界に絶望して、自分達の命を捧げて神に祈るようになった事件は、裏で冒険者が糸を引いていたとも聞きます」
「なるほど」
 吐き捨てるように、スカアハは呟く。
「磨けばもっと良い戦士になるであろうが、そのような汚い事に手を染めておるのでは先は知れておるな」
 更に、男は続けた。
「そして、彼らが地を穢し、人々を絶望に駆り立てるのには理由があるようです」
 先を促すように向けられた視線に、男は頷いて静かに告げた。
「貴女がたもご存じの、あの強大な力を持つ者を目覚めさせようとしているのですよ」
 スカアハの目が見開かれる。
 目覚めてから見て来た、変わってしまった世界の中で、昔に戻ったかのように錯覚させるものがあった。それは、フォモール。かの一族とは何度も衝突を繰り返した。そして、彼らの王はーー。
「まさか‥‥」
 ええ、と男は神妙な顔で頷いてみせる。彼女が思い至ったものが、正解であると告げるように。
「駄目じゃ。あやつを目覚めさせるわけにはいかん! あやつの眠る場所はどこじゃ!? わしが行って、冒険者とやらを打ち払ってやる!」
「残念ながら、場所までは‥‥」
 盛大に舌打ちして、彼女は石に立て掛けてあった槍を手に取った。
「ならば、同胞が眠る場を穢す「アニュス・ディ」とやらを止めるまでじゃ!」

●妨げる者
 冒険者に対して警戒し、敵視すらしている南方から届いた依頼に目を通して、冒険者は首を傾げた。
「アニュス・ディって、最近、南で流行っているあれだよな?」
「あれとか、流行ってるとか言うな。自殺する事で神の「約束の地」をこの地上に造ろうとしている、ある種の狂信者だぞ」
 冒険者はまじまじと、その依頼状を見直した。
 何度見直してみても、それはアニュス・ディの一員からの依頼だ。
「遺跡に近づこうとすると、槍を持った女に追い払われるから、この女を何とかしろって?」
 何とかするどころか、謎の女、いいぞ、もっとやれーである。
 呆れ顔で依頼状を戻そうとした冒険者を、別の冒険者が止めた。
「待て。槍を持った女だなんて、そうそういるもんじゃないぞ? 何者だ? この女」
 冒険者崩れか、はたまたどこかの騎士か。だが、依頼状を読む限りでは、そんな雰囲気はない。ただ、遺跡に現れ、こう叫ぶのだ。
『我が同胞の眠りを妨げる者よ、去れ』と。
 現れたという遺跡を順番に繋げていくと、どうやら女は南西方面に向かっているらしい。その行動に意味はあるのだろうか。
「ええい、悩んでいても仕方がないか!」
 依頼状を掴んで、冒険者は受付台に叩きつけるように置いた。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1968 限間 時雨(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0212 テティニス・ネト・アメン(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5421 伏見 鎮葉(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●アニュス・ディという組織
 きらり、とリン・シュトラウス(eb7760)の目が光った。「アニュス・ディ」が関わる一連の経緯を聞いていた時の事だ。
「アニュス・ディ」‥‥「神の仔羊」を名乗る団体は、大切な者達が何の憂いもなく暮らせる「約束の地」の実現を願い、自らを神に捧げる仔羊に準えて命を捧げる狂信者の一種であると冒険者は認識している。その集団を率いているのは、まだ幼さの残る少年であり、その背後にはデビルの影も見え隠れしている。
 ‥‥という所までの説明を受けて、リンはヒルケイプ・リーツ(ec1007)の袖を引いた。
「ヒルケさん、ヒルケさん」
「? はい?」
 こしょこしょと耳打ちされて、ヒルケは「それくらいならば」と微笑んで頷き、リンはきゃあと嬉しそうに手を叩く。
「はい、そこ! 無駄話はしない!」
 教壇に立つ教師よろしく、伏見鎮葉(ec5421)から注意が飛ぶ。顔の真横を白墨も飛んで行ったように思ったのは、ファング・ダイモス(ea7482)の気のせいだろうか。だが、生徒‥‥もとい、リンはにっこり笑顔を鎮葉に向けた。
「あら、無駄話ではありませんよ? ファングさん、マロースさん、絵を描いて貰えますか?」
 そう告げて、彼女は小声で呪を唱えた。彼女の前にぼぉと浮かび上がるのは、どこにでもいそうな赤毛の少年、「アニュス・ディ」の指導者だ。
「こんな子供の言いなりになって、命を絶ってるわけ? アニュス・ディの大人達は」
 呆れた口調の限間時雨(ea1968)に、鎮葉は肩を竦める事で応えた。
「今回の依頼はこの子に従っている人達からなんですよね? 彼らは、私達冒険者とも敵対していたわけですよね? ‥‥この依頼、何か裏があるような気がします」
 絵筆を走らせていたマロース・フィリオネル(ec3138)に、テティニス・ネト・アメン(ec0212)も頷く。
「私達への敵対心が薄れて、また頼ってくれるようになったのなら嬉しいけれど。でも、セトの眷属が背後の居る以上、この槍の女性を巻き込んだ陰謀に私達を利用している‥‥という方がありそうな話ね」
 槍の女性という言葉に、ファングのペン先が止まる。
「その女性は遺跡に現れて、アニュス・ディの人達を『我が同胞の眠りを妨げる者』と言っている。‥‥同胞の眠り。遺跡に眠っているモノを同胞と呼んでいるという事は、つまり‥‥」
 テティの言葉を突拍子もない発言だと笑えたら、どんなにか良いだろう。
 けれど、彼らは人であらざるモノを既に知っていた。

●少年
「おはよう」
「アニュス・ディ」は特定の拠点を持っていない。行く先々の村で場所を借り、集会を開いている彼らの中に潜り込むのは、案外容易い。そして、素人ばかりが集まった集団であるが故に、警備も緩い。
 井戸の水で顔を洗う少年に声をかけて、リンは手布を差し出した。
「いいお天気ですね。昨日はお月様が綺麗だったのよ。知ってた?」
 昨日の夜、集会が開かれたという情報は得ていた。その集会が、次の「仔羊」を送り出す為のものだという事も。けれど、リンは屈託無い笑顔を少年に向けると、井戸端に腰掛ける。
 ちょいちょいと少年を手招くと、膝の上で雛あられの包みを開く。
「お腹すいてませんか? 一緒に食べましょ?」
 見ず知らずの娘の誘いに、少年は警戒したようにリンの前に立つ。
「君、誰? 僕に何か用?」
「‥‥私はリンです。あなたとお話がしたくて、ここに来ました」
 あっさり告げて、リンは雛あられを1粒、口の中へと放り込む。
 彼女の名乗りと同時に、ヒルケイプも姿を見せる。
「君は、どこかで‥‥」
「はい。お会いするのは2度目です」
 少年と相対する2人の姿を遠目に見ながら、テティは周囲の気配を探った。冒険者が彼に接触する事で、あの、デビルと思しき男がどう動くか分からない。何があっても対応出来るような距離を保って、成り行きを見守る。
「ずばり言っちゃいますが、私達、冒険者です」
 いきなりの先制攻撃。
 腹の探り合いを覚悟していたらしい少年は、目を瞬かせた。
「本当です。「アニュス・ディ」の人からの依頼を受けて、やって来ました」
 リンの暴露を補って、ヒルケイプも真実を告げる。
「‥‥そういえば、依頼を出したって聞いたっけ」
 濡れた赤毛を掻き上げて、少年は不機嫌そうに呟く。冒険者に依頼を出した事は、少年にとって不本意だったらしい。
「それで? 皆を煽動した罪とかで捕まえに来たの?」
 いいえ、とリンとヒルケイプが同時に首を振った。
「私、言いましたよ。あなたとお話がしたくて来たって。あなた達を蝕んでいる絶望という名前の死に至る病を、少しでも癒したくて」

●スカアハ
「次にその女が現れる可能性が高い遺跡はここ、か」
 アニュス・ディからの情報である。どこまで信じてよいものか疑問は残るが、これがデビルの策略であるなら、自分達とその女を鉢合わせさせる事が目的のはず。嘘を教えても何の得にもならないだろう。
 そう結論づけて、天城烈閃(ea0629)は目的の遺跡がある丘を見上げた。
「今のところ、デビルやアンデッドの気配はないみたいですね」
 マローネの報告に、烈閃は頷きを返す。
「‥‥我々の話を聞いてくれるでしょうか」
 依頼の女が先日の女性であるなら、武器を交えた自分を敵と認識してはいまいか。
 ファングに戦うつもりはないが、あちらがどう思うか、どんな行動に出るかによって状況は変わって来る。
 緊張しているのはファングだけではない。先を行く鎮葉と烈閃が不意に足を止めた。彼らの足下に落ちて来るのは青々と葉の茂った木。
「怪我をしたくなくば帰るがいい!」
 響く凛とした声。
 視界を遮る木の葉の先に、1人の女が立っていた。浅黒い肌、金色の瞳、そして手にした槍。
 フォモールとの戦いに介入して来た女だ。
「待って下さい。我々は戦う為に来たんじゃないんです!」
 走り出たファングに、女は目を細めた。
「お前は‥‥」
「先日は申し訳ありませんでした。貴女の邪魔をした事で、我々を敵だと誤解させてしまったかもしれません」
 女はファングへと槍を突きつけた。信じて貰えないのかと唇を噛んだファングは、それでも剣に手を掛けようともせず、じっと槍を、鋭い眼光を持つ女を見つめた。
「ねえ、私達に敵意を向けるなら、その理由があるよね? どうして? 私達はあんたの名前すら知らないんだけど」
 ファングの背後から、時雨が問いかける。ファングから時雨へと視線を移しても、槍先はファングの鼻先に突きつけられたままだ。
「誰かに何か聞いた? その言葉が真実か確かめた? 今、何が起きているのか、ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いて頭で考えた? その上で、その槍を奮ってるの?」
 時雨の言葉にも、女は揺るがない。ただ、全身に気を漲らせ、「敵」を見据えているだけだ。
「埒があかないな」
 ふぅ、と深く息をついて、烈閃は大地を蹴った。
「天城さんっ!?」
 真っ直ぐ女に向かって走り寄った烈閃の姿が、瞬間、消えた。
 烈閃を探す女と、仲間達。
 彼の姿は意外な所から現れた。女の真横だ。素早く駆け寄ると槍を握る女の手を押さえ、一気に間合いを詰める。
 接近戦に持ち込んだと思った彼らの判断は、すぐに覆された。
「〜〜〜っ!!」
 烈閃の体を押しのけて、女がわなわなと震える。
「こっ、この命知らずがッ!」
「眠れる姫を目覚めさせるのにはキスが必要だろう?」
 言い切った烈閃に、仲間達は思わずぱちぱちと拍手を送る。
ー勇者だ‥‥
ー勇者がいる‥‥
 烈閃の暴挙に呆気に取られていた鎮葉は、不意にばたつく気配を感じて指先に視線を向けた。石の中で蝶が羽ばたいている。
「マローネ!」
「え、あ、はい!」
 彼らを包むホーリーフィールドが完成するのと、矢が透明な壁面を揺らすのは同時だった。
「後、任せた!」
 刀を手に、鎮葉が飛び出して行く。
 目の前の女からは、先ほどまでの鋭く研ぎ澄まされた気迫は消えていた。その代わりとばかりに、額に青筋が浮かんでいる。
「おい、命知らず!」
 指差されて、烈閃は心外そうに息を吐いた。
「一応、俺には天城烈閃という名が‥‥」
「黙れ。お前は命知らずで十分じゃ! 呼び名を変えて欲しくば、態度で示せ! 態度で!」
「お、落ち着きなよ、槍女さん。気持ちは分かるけどさ」
 同情気味に声を掛けた時雨だが、それは女の怒りを増しただけだった。
「槍女と呼ぶな! わしにはスカアハという名があるわっ!」
「あ、お名前ゲット‥‥」
 ぽつり呟いたマローネに、スカアハと名乗った女のこめかみに再び青筋が浮かんだ。
「ええいっ、調子の狂う! 覚えておれ! 次に会った時には、この屈辱を晴らしてくれるッ」
 ざっと葉ずれの音を残して、スカアハは姿を消した。
 冒険者も驚く程に彼女の動きは素早い。
 その素早い彼女の懐に入り込んで、あまつさえ‥‥。
 集まる視線に気付いたのかいないのか、烈閃は仲間達を振り返った。
「鎮葉を探すぞ。恐らく、緑色を追っているはずだ」

●悪魔の囁き
 追いかけた鎮葉の前に男は現れた。緑色の外套、赤い羽根飾りの帽子。地獄で見た姿そのままだ。
「これはアンタの仕組んだ事?」
 微笑む男を睨み付けて、笑う。
「ようやく、会えたね」
「熱烈な愛の告白でもして下さるのですか?」
 頬に延ばされた青白い手を叩き落とす。
「ふざけるんじゃない」
 刀の柄に手をかけた鎮葉の手に、男の手が重なった。
「その強い執着、心地よいものですね」
 ふふふと笑う男が、鎮葉の耳元に囁きかける。
「それほど想って下さるなら、呼んで下さればよいものを」
「冗談ッ」
 腹に膝の一撃を食らわせようとした鎮葉に、男は笑って身を躱す。そして、そのまま景色と同化するように消えて行った。
ー冗談などではありませんよ。夜も昼も私の事を想っている貴女のお呼びとあらば、このオレイ、いつなりと参上しましょう‥‥