【アニュス・ディ】策略の罠
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:13 G 14 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月06日〜07月16日
リプレイ公開日:2009年07月15日
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●オープニング
●駆け込んで来た女
「匿って下さい!」
冒険者ギルドに【アニュス・ディ】の一員だったという女が駆け込んで来たのは、冒険者達がかの集団の依頼で、遺跡に現れる槍の女と対面して数日後の事であった。
息も絶え絶えの女は近くにいた冒険者に縋りついて離れようとしない。
泣き叫び、混乱状態でギルドに飛び込んで来る者は珍しくないが、集団自決を推奨する狂信者集団の一員だった女というのは初めてだ。何しろ、現在、南方では冒険者は蛇蝎の如く嫌われており、かの集団からも目の敵にされているのだから。
「落ち着いて。何があったのか、どうして匿って欲しいのか、ちゃんと話して下さらないと分かりません」
だが、受付嬢も慣れたもの。
冒険者に縋りついている女を引き剥がし、椅子に座らせると、温かい香草茶のカップを女に握らせる。心を鎮める優しい香りと温もりと、そして背を撫でさする手に、女は落ち着きを取り戻していった。
受付嬢。彼女達は、ただ冒険者への依頼を取り次いでいるのではない。一緒に舞い込んで来る様々な者達を相手にし、彼らの状態に応じて対処する。冒険者とは違う経験値を、彼女達は日々積み上げているのだ。
「落ち着きましたか?」
静かな問いに、女はこくりと頷いた。
「では、何があったのか話して頂けますね?」
「はい」
と、女が語り出したのは、冒険者達が南方を去った後の話だ。
「私達の‥‥大切な儀式を邪魔している女の人を何とかして欲しいという依頼を、ギルドに出した人がいると‥‥言われました。誰がそんな事をしたんだと、1人1人、きつく問いつめられて‥‥」
「誰に?」
女は小さく頭を振った。
「名前は知りません。でも、いつも導師様の側にいる方です。全ての原因を作った冒険者をわざわざ呼び込んで、儀式を台無しにする気か‥‥と」
ぽたぽたと女の瞳から涙が零れ落ちる。緊張が解けて、それまで閉じこめていたものが溢れて来たのだろう。
「私‥‥は、神様に自らを捧げる仔羊なのだと思っていました。‥‥そのために、導師様に従っていたのですが、いざとなると怖くて‥‥いつまで経っても自分を神様にお捧げする事が出来ませんでした。そういう人も、【アニュス・ディ】には何人かいるのです。そんな人達が疑われました」
ぽつりぽつりと小声で語る女の話は聞き取り難く、聞き続けるにも根気がいる。だが、受付嬢は嫌な顔もせず、女の話に耳を傾け続けた。
「それで、皆を裏切っていないと‥‥私達は‥‥証明しなくてはいけなくなってしまったのです」
自分の体を抱え込むと、女は身を震わせた。声もだんだんと震えて来る。大丈夫よと声を掛けながら、受付嬢は女の肩に手をまわし、自分の側へと引き寄せる。
「ここは冒険者ギルドよ。あなた達は魔窟とか悪鬼の巣とか思っているかもしれないけれど、そんな場所じゃないわ。ちっちゃな女の子から子猫を探してって依頼が来る事もあるのよ。それを引き受ける冒険者だっている。ね? ここは困っている人が助けを求めに来る場所で、冒険者は困っている人を助ける為に全力を尽くしてくれちゃう何でも屋さんなの」
ちょっと待てい!
外野からそんな声が飛んだが、受付嬢は小さな事は気にしない。にっこり微笑んで、女の手を取った。
「だから、話して。大丈夫だから。ここにいれば安全だから」
こくりと女は頷いた。そして、再び口を開く。
「仲間に疑われた私達は、皆の前で仔羊の役目を果たすようにと言われたんです。そうすれば、裏切っていない、約束の地の為に、神様にこの身を捧げる仲間なのだと認める、と」
「それって‥‥」
受付嬢は冒険者達へと視線を向ける。冒険者達の表情も厳しいものに変わっていた。
「今まで仔羊は自分の意志で身を捧げてきました。でも、私みたいに勇気を持てない者に無理強いはしなかったんです。なのに‥‥」
「‥‥そんなの勇気じゃない」
ぽつり、誰かが呟く。
その言葉が女の耳に届いたのか、否か。
女は震える手を握り締めて残りの言葉を一気に続けた。
「導師様は反対しました。けれど、皆、次の遺跡で私達に仲間である事を証明しなければ、裏切り者として処分すると言い出したんです。それで、私は、1人で‥‥皆を見捨てて‥‥」
「ああ、分かったわ。もう言わなくていいわ」
女は袖口から小さな布袋を取り出した。中から金属が触れ合う音がする。
「困っている人を助けてくれるんですよね? これ‥‥これで他の人を助けて!」
布袋からばらまかれたのは、女の身なりには不釣り合いな大金だった。
「逃げるのを手伝ってくれた人が持たせてくれたんです」
金貨と自分とを見比べる視線に、何を問われているのか察したのだろう。女は俯き、金貨を見つめたまま呟いた。
「あの人がいなければ、私はここまで来る事が出来なかったと思います」
「逃げるのを‥‥手伝ってくれた人?」
はい、と女は頷いた。
「銀色の髪の、どこかの貴族様に仕えているような人でした」
●囁く声
草を踏む音に、スカアハは視線を動かした。
あの男かと思えば、そこに佇むのは別の男だ。
「お主‥‥」
目を眇めて、スカアハは男を凝視した。石に立て掛けてあった槍に手を伸ばす彼女に、男は無表情なままで一礼する。
「お初にお目にかかります。スカアハ」
「お主、何者じゃ? 人間のようじゃが人間ではないな? あやつの仲間か?」
男は静かに首を振った。銀色の髪が月の光を弾く。
「そのお言葉を彼が聞いたら、さぞや怒る事でしょう。私は、彼に厭われております故」
「じゃが、あやつは知っておる‥‥と」
男の顔に初めて微笑らしきものが浮かんだ。
「存じております。彼が、貴女の眠る遺跡を穢した事も、お仲間の寝所を穢している事も」
ぴくりと、スカアハの眉が動いた。槍を掴む手に力が籠もる。
「あやつが穢した? 我が寝所を穢したのは神の仔羊とか申す者達であろうが。そして、そのきっかけを作ったのは、冒険者と名乗る戦士達じゃ」
「それを貴女に告げたのはどなたですか?」
問われて、スカアハは黙り込んだ。同じような言葉を、先日、遺跡で会った冒険者達も言っていた気がする。
「お気をつけ下さい、スカアハ。毒は毒と気付かれぬうちに体に回っているものでございます」
「‥‥そういうお主の言葉が毒ではないと、言い切れるのか?」
さて、と男は首を傾げてみせた。
「全ては、貴女ご自身の目でお確かめになるべきではないでしょうか。もし、お確かめになられるのでしたら、【アニュス・ディ】が次に穢す予定の遺跡をお教えいたします。先日、【アニュス・ディ】から逃げ出した女性をお助けした時に、聞き出したものです。嘘か真か定かではありませんが‥‥」
ざわ、と風が草を揺らした。
静かに佇む男を見据えたままで、スカアハは考え込んだ。
月の光が、巨石の影を地面に落とす。
丁寧に頭を下げて、男が去っても身動ぎもせずに、彼女は佇み続けた。
●リプレイ本文
●男、2人
「遺跡に向かう前に教えて下さい」
リン・シュトラウス(eb7760)は依頼人に言った。
彼女の記憶を手繰り寄せ、その姿を仲間達の前に示す。
1人は朴訥とした青年だ。頑固で融通のきかない田舎の男といった感じである。この男が、彼女らに自殺を強要したのだという。
「この男、確か以前に‥‥」
テティニス・ネト・アメン(ec0212)は眉を寄せて考え込んだ。見覚えがある。どこかで。
「‥‥私もあるよ、見覚え」
嫌そうに吐き捨てた伏見鎮葉(ec5421)が、遺跡の位置を書き込んだ地図を仲間の前に広げる。
「前に遺跡を調べていた時、会った奴だね」
あの時は石の中の蝶を持っていなかったから確認は出来なかったけれど、単純そうな田舎男の癖に、鎮葉の挑発にも乗らず、やけに冷静だった。オレイの変わり身ではないかと疑った男だ。
「私も思いだしたわ。導師サマの少年に「ここには無い」と言っていた男ね」
2人の会話に、依頼人の女、ハナは不安そうに尋ねた。
「あの、この方をご存じなのですか」
冒険者に依頼を出した者を「裏切者」と呼ぶ者が、冒険者と接触していたとは思ってもいなかったようだ。
「知ってる‥‥のかもしれない。知らないのかも。私達にもよく分からないよ」
思い出すだけでも腹が立つ。
ぎりと爪を噛んだ鎮葉を宥めるように、テティが肩を叩く。
「ん。似顔絵は出来ました」
男の姿を羊皮紙に写し取っていたマロース・フィリオネル(ec3138)に頷いて、リンは次の人物の幻を示した。途端に、テティが息を呑む。まさかとは思っていたけれど、本当に彼なのか。
「どうかした?」
問うて来る限間時雨(ea1968)に、テティは呆然としたまま、幻として示された男の名を呟く。
「ヒューイット‥‥。彼は、サウザンプトン領主の従者よ」
「この男、知っているんだ?」
問いながら、時雨は心のどこかで納得していた。領主の従者なら、ハナが「どこかの貴族に仕えているような」と言った理由も分かる。だが、時雨は続いたテティの言葉に仰天する事になる。
「彼は、主である領主の元に身を寄せていたお姫様を連れ去ったと聞くわ。それも、円卓の騎士、トリスタン卿までも出し抜いて」
「はあ!?」
そのような事に関わっている男が、何故、ハナを助けたのだろうか。
困惑した時雨とテティに、天城烈閃(ea0629)は、ぱんと手を打った。
「その男が何者であろうと、今は関係ないだろう。それよりも、俺達にはやらねばならぬ事がある」
‥‥不自然な沈黙がおりた。
「ん? どうした?」
黙り込んでしまった仲間達を見回す烈閃に、遠い目をしたヒルケイプ・リーツ(ec1007)がふふ、と笑う。
「ええ、そうですね。やらなければいけない事、ありますね」
奇妙な空気に包まれた場で、ファング・ダイモス(ea7482)は黙々と羊皮紙にペンを走らせる。
ーすまない、天城さん。俺も命は惜しい‥‥
どんな危険にも勇敢に立ち向かい、何にでも首を突っ込むファングだが、今回は話が別だ。
触らぬ神に祟りなし、口の中で呪文のように呟いて、ファングは幻として浮かぶ男の姿を羊皮紙に書き写し続けた。
●導師
ハナの話では、儀式は満月の夜に行われるらしい。その前に、何としてでも【アニュス・ディ】の行動を止めなくてはならない。
儀式が行われる遺跡が分かれば、彼らが滞在している場所もすぐに突き止められた。
「私の声が聞こえますか?」
彼らが滞在している村に向けて、リンは声を送る。
もう眠っているのだろうか。だが、リンはひたすら語りかけた。以前に出会った少年、ハナの記憶の中に導師として存在している彼に。
答えは返らない。
それでも、リンは諦めなかった。
「辛い事があって、今もその悲しみが続いていて、何とかしたいという気持ちは分からなくもないけど、でも、君達がやろうとしている事は絶対に正しい事じゃないわ。遺された人の事を‥‥」
「リンさん!」
傍らに付き添っていたヒルケイプが鋭く警告する。
がさりと繁みを掻き分ける音がして、人の気配が近づいて来たのだ。
リンを庇うように前へ出たヒルケイプは、月の光に照らし出された者に気付いて、「あ」と声を上げた。
導師と呼ばれていた、あの少年だ。
「まったくもう。うるさくて眠れないじゃない‥‥ッ!?」
少年は最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。
飛び出したリンが、ぎゅうと力一杯、その体を抱き締めたからだ。
「ちょ、ちょっと、いきなり何するんだよッ!」
ジタバタ暴れていた少年も、華奢とはいえ冒険者であるリンの抱擁から逃れるのは困難だと判断したのだろう。ぐったりとその体から力を抜いた。
「あ、順番が逆になってしまいました」
「何の順番だよ」
つっけんどんに言葉を返す少年に、リンは改めて手を伸ばした。
子猫を撫でるように慎重に、優しく、その頭を撫でる。
「こ‥‥子供扱いすんな」
リンとヒルケイプは互いに見合って微笑んだ。
導師と崇められ、【アニュス・ディ】という狂信的な集団を指導していても、本質は年相応のようだ。
「私達、あなたにお願いがあって来ました」
きっと、この子なら大丈夫。
ヒルケイプは確信と共に口を開いた。
「次の満月の夜に、遺跡で命を絶つ人達がいますよね。私達は、それを止めに来ました。‥‥私達の話を聞いて貰えませんか?」
途端に、少年の表情が強張る。
それでも、ヒルケイプは言葉を止めなかった。
「自ら命を絶って、約束の地を目指すのではなく、生きて家族が安心して暮らせる‥‥それが一番なのではないでしょうか」
「そんな世界じゃないから、俺達は祈りを捧げなくちゃいけないんだろ」
ゆっくりと、ヒルケイプは頭を振った。
「そんな世界にする為に、冒険者は、私達は頑張っているんです。祈りを捧げて死ぬ事が出来るなら、その時まで生きて耐える勇気を持って貰えませんか?」
勇気、と少年が呟く。
「命を絶つ事が勇気じゃない。ね、一緒に皆を助けよう? だって、彼らを助けられるのは、彼らが信じた君だけなんだよ?」
膝を屈め、目線を合わせたリンの言葉に、彼は考え込んだ。
自分を信じ、約束の地を目指す仲間達と、リンやヒルケイプの言葉との間で彼は揺れるようだった。
やがて、彼はリン達から目を逸らしながら、呟いた。
「1つ、教えてやる。儀式は満月の夜じゃない。万が一の事があっては困るからという意見が出て、1日、早めたんだ‥‥」
リンとヒルケイプの唇から、声にならない悲鳴が漏れた。
●月夜の宴
巨大な石の上で、彼女は月を見ていた。
それはまるで、たった一匹だけで生きている孤高の獣のようで、声をかける事も躊躇われる。
「そこにいる者ども。いるのは分かっておる。さっさと出てこんか」
「隠れていたわけではないんだが」
月明かりの下に姿を見せた冒険者達に、スカアハは鼻を鳴らした。
「ふん。なんじゃ、お前達か」
「槍女さん‥‥もとい、スカアハ」
時雨の言葉を合図に、周囲の者達に緊張が走る。
石の上から見下ろして来る瞳を真っ直ぐに見返して、時雨は続ける。
「私達の話を聞く気はある? でも、その前に‥‥」
ざ、と仲間達が動いた。
「ん?」
ふと見回して、烈閃は自分が囲まれている事に気付いた。
「おい、一体どうし‥‥」
「すみません、天城さん」
申し訳なさそうに謝って、ファングが烈閃の退路を断つ。
「スカアハ」
怪訝そうな烈閃の頭を、鎮葉の手が押さえつけた。
「ごめん」
いきなり謝られて面食らったのはスカアハだ。石の上で硬直した彼女に構わず、鎮葉は話を続ける。
「この間の事もだけど、ここまで色々止められなかったこと‥‥ごめん」
「何の話じゃ。そこの命知らずはともかく」
ぐぐ、と押しつけられた頭を持ち上げて、烈閃が抗議の声を上げる。
「だから、俺は天城烈閃という名が‥‥」
「なんじゃ、命知らず」
とりつく島もなし。
更には自分を取り囲む女性陣の視線の冷たいこと。
「あー、その‥‥」
さすがに烈閃も自分の置かれた立場を悟る。
「分かった。後で俺の体を自由にしてくれて構わない。だから、付き合ってくれないか」
まだ言うか!
女性陣の総ツッコミと、額を押さえたファングの溜息を聞き流して、烈閃は言い募った。
「とにかく、そんな所にいては落ち着いて話も出来ない。こちらへ降りて来てくれ。‥‥俺も、色々用意をして来たんだ」
言葉が終わらぬうちに、烈閃はその場に花茣蓙を敷いた。その上にたっぷりと用意して来た菓子の詰まった重箱や、茶道具を手早く並べていく。
「‥‥‥‥」
そんなものを持って来ていたのか。
無言で立ち尽くす仲間達を促して花茣蓙の上に上げると、烈閃はスカアハに手を差し伸べた。
「さあ、真夜中の茶会としゃれ込もうじゃないか」
突っ込んでいい? 突っ込んでいい?
時雨とマロースが瞳で訴えかけて来るのに頭を抱えつつ、鎮葉は軽く手を振った。
「‥‥ごめん。私は用があるからちょっと外す。後は任せた」
額を押さえて去って行く鎮葉から何故か敷物の上で全員座って自分を見上げている者達へと視線を移すと、スカアハは息を吐き出した。そのまま、するりと石から降りる。
「で、わしに何をさせたいのじゃ?」
「まずは座ってくれ、スカアハ。別にこれでこの前の事を許してくれとは言わない。ただ、俺はスカアハに名前で呼んで欲しいんだ。だから、俺なりに考えてみた。‥‥ダメか?」
ふ、とマロースは月を見上げる。
「戦場では、皆を纏めて指揮を執ってる格好良い人だと思っていました」
過去形ですか。
思っても口に出さない。さすがのファングもそれぐらい心得ている。ただ、烈閃の背中に向かって手を合わせるのみだ。
「わしに名を呼んで欲しければ、行動で示せ。そう言うたはずじゃ」
「だな。で、女性にはこういうものが必要だと思って持って来たんだが」
烈閃が取り出したのは、理美容道具一式だ。
「あ、最近、流行ってる最新の型ですよ、あれ」
「‥‥私もまだ持ってないわね」
ふふふ、と笑うマロースとテティの気配が妙に怖いのは気のせいだろうか。背筋に走る冷たい感触に、ファングはごくりと生唾を呑んだ。
「それは何に使うものじゃ?」
興味を示したスカアハに、すかさず烈閃は白粉やブラシなどを取り出して見せた。どこかの店員を彷彿とさせる姿に、時雨はがくりと肩を落とした。だが、これでスカアハの関心が自分達に向くのであれば、店員様々だ。
「化粧の道具だよ。スカアハは化粧とかしないの?」
話題に乗っかってみた時雨に、スカアハは腕を組んだ。
「‥‥ふむ。祝祭などの際に顔や体に紋様を描いたりはするが‥‥」
「祝祭って‥‥。うーん。スカアハ、一度、キャメロットに来てみたらどう? 遺跡にやって来るような変わり者を眺めているより、よっぽど今の世の中の事が分かると思うよ」
するりと出た言葉に、時雨は表情を輝かせた。
想定していた状況ではないが、予定通りの展開に持ち込めそうな気配だ。
「スカアハ、私達はね、くっだらないコトに命張らせようとしているおばかさん達を止めに来たんだよ。命を捧げる事で、この世に理想の世界が訪れると信じているおばかさん達をね」
「‥‥それは【アニュス・ディ】とか言う連中の事か」
そう、と答えかけた時雨は、はっと顔を上げた。
今、届いたのはリンの声だ。
『アニュス・ディの儀式の決行日は、明日ではなく、今日です!』
確かに、そう聞こえた。
●夜明け前
木々の間から現れた者達は、遺跡で寛いでいた彼らに面食らったようだ。
だが、すぐに怒りを顕わに手にした松明を掲げ、棍棒を振り上げて襲い掛かって来る。この程度の者達は、冒険者の敵ではない。素早く避けて、マロースは呪を唱えた。
襲い掛かって来た者達の動きを順次封じていくと、マロースは事の成り行きに怯え、互いに抱き合うように震えている者達へと駆け寄ろうとした。
「こ‥‥来ないで!」
けれども、真夜中の遺跡に現れた者に、彼らは恐怖を感じたらしい。自分達の命を絶つはずだった短刀をマロースに向けて、ガタガタと震えている。
「私達は敵じゃないわ。信じて。貴方達を助けに来たの」
驚かさないようにゆっくりと、マロースは彼らに語りかけた。
「大地に血を捧げれば、神様が願いを叶えてくれるなんて妙な話だと思いませんか。そして、それを強要するのは人殺しと同義です。そんな事をして、本当に神様は願いを叶えて下さるの?」
マロースの説得に動揺を見せる彼らの手に握られていた短刀を叩き落としたのは、インビジブルで姿を消し、近づいたテティだ。
「こいつらの言う事に惑わされるな!」
叫んで剣を振り上げた男の腹に拳を叩き込んで、ファングはコアギュレイトされていた者達と一緒に、手早く拘束していった。
ここで無駄に戦い、血を流せば、何が起きるか分からない。
そして、歩み寄っていたスカアハの心も硬化してしまうかもしれない。
次々と武器を奪い、【アニュス・ディ】の者達を無力化していく彼らを、観察するように見つめていたスカアハに歩み寄ると、時雨は遺跡の場所を記載していた羊皮紙を彼女の手に押し込んだ。
「今、私達がいる遺跡はここ。そして、キャメロットはここ。私達はこのキャメロットの冒険者ギルドという所に所属しているんだよ」
突き返されない事に安堵して、時雨は後始末を始めた仲間達の元へと駆け戻った。
●悪魔の願い
「いるんだろ、オレイ。私が呼べば現れると言ったね。さあ、呼んだよ。姿を現したらどうだい」
ふわりと吹き抜けた風が鎮葉の髪を揺らす。
「ここは「始まりの場所」だ。逢い引きにはお誂え向きの場所だろう? それとも、呼べば来るというのは出鱈目かい?」
「まさか」
風に緑色の外套の裾が翻る。
「呼べば、いつなりと参上しますよ。ただし」
くすりと、彼は笑った。
「デビルを呼び出すのです。相応の対価が必要ですが」
「そんな事、この間は一言も言わなかったじゃないか」
そうですね、と彼は口元を引き上げた。
「相場は生命の玉ですか‥‥。もしくは、私の願いを1つ、叶えて下さい」
「願い? どうせロクなものじゃないだろ」
言い捨てた鎮葉の耳元で、オレイは囁いた。
『どちらを選ぶか、貴女の自由。心が決まったならば、私を呼んで下さい』
思いも寄らぬ言葉に、鎮葉は思わずオレイの顔を見返した。
怒りと焦り。いつも涼しげな顔で自分達を小馬鹿にして来たデビルの初めて見せる感情に、鎮葉は目を見開いたーー。