【アニュス・ディ】争いの果てに
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月13日〜11月23日
リプレイ公開日:2009年12月12日
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●オープニング
●共闘
「俺も、関わっているからな」
そう言いながらギルドに現れたのは、サウザンプトン領主、アレクシス・ガーディナーだった。
「サウザンプトンでも、多くの血が流れた。この集団に加わった領民もいる。謎女とも関わったし、ツィアまで巻き込まれている」
依頼料の入った革袋と依頼状を受付台の上に置くと、彼は冒険者達を振り返った。
「デビルの中には、アンデッドを使役する者もいるというが、俺は、ツィアが俺達と結んだ絆を信じる。だから、お前達はお前達の思うように行動して欲しい。オレイとかいうデビルを倒し、奴に捕らわれた者達、日々の暮らしに絶望して、狂気の集団に加わった者達を救って欲しい。それが、例え‥‥俺の従者だった男を敵にまわしても、手にかける事になっても、だ」
アレクの表情に迷いはない。
【アニュス・ディ】、神の仔羊を名乗る集団が、テビルの姦計に乗せられた者達である事は、既に明らかになっている。
そして、彼らを率いていた「導師」と呼ばれる少年が、デビルの手の内にあり、同様にスカアハと名乗る女も捕らわれている事も。
今、彼らの居場所は分からない。
【アニュス・ディ】に従う者達も、しばらく根城にしていた村から移動しているらしい。
「やつらは集団行動をしている分、目立つからな。今、サウザンプトンの連中を総動員して行方を追っている。移動先が分かれば、ブリジットという女騎士を連絡役に立てるが、そこから先は任せたぞ」
力強く頷く冒険者達を見回した後、アレクは不自然に視線を逸らして、更に情報を付け足した。
「あー、それと、今回、協力を申し出ている奴がいるんだが‥‥。面倒だったら無視していいんで、遠慮なく捨てて行‥‥」
「どういう紹介ですか、それは」
ギルドの扉が開かれると同時に、声が響いた。
入口に立つのは、人の良さげな青年だ。
自称ルクレツィアの騎士であり、アレクの別邸付近の働くお母さんに大人気な子守のお兄さんで、ルクレツィアを隊長とする王都少年警備隊のお世話係‥‥な、ジェラールという青年だ。
「姫のお心に適う事であれば、喜んで皆さんに協力しますよ。‥‥手が必要ならば、夜だけしか動けませんが、それなりに役に立つ者達を集める事も出来ます」
爽やか笑顔で胡散臭い事を言う男に、アレクは不機嫌そうに口元を歪めながら肩を竦める。
「ま、使う使わないはお前達の判断に任せるさ」
●決意
冷たい岩の上に、子供が転がされていた。
呼びかけても、ぐったりとしていて反応がない。オレイが持ち去った白い玉が、この子供の生命だと言っていた。最初はまだ元気もあったのだがと、彼女は息を吐いた。
「オレイに騙されて、我らが同朋の眠る場を穢した子供。じゃが、見捨てる事など出来んの、ゲイボルグ」
膝の上に子供の頭を乗せ、長い時を共に過ごして来た彼女の相棒に語りかける。
古い砦のような、見慣れぬ石造りの建物に押し込められた時、オレイは彼女からゲイボルグも腰の短刀も奪う事はなかった。
「わしなど恐るるに足らぬという事か、それとも‥‥」
オレイの胸先三寸で命を奪われるであろう、この子供や、人形のようにオレイに従っていた者達を、彼女が見捨る事が出来ないと、あの男は知っているのだろうか。
「のぅ、ゲイボルグ。わしは、わしの志を受け継いでくれる者にお前を託せる日を待っておった。じゃが‥‥
このまま、あの男の元で飼い殺しになるのであれば‥‥共に滅んでくれるか」
手に馴染んだ愛槍を握り締めて、彼女は自嘲の笑みを浮かべた。
「敵でもない戦士をこの手にかける前に‥‥」
●闇の思惑
闇の中でオレイはほくそ笑んだ。
思いの他、スカアハを懐柔するのは簡単だった。自分の眠りを妨げ、同胞の眠る場を穢した者達でも、彼女は見捨てられないらしい。
うまく利用すれば、十分、戦力になる。
「後は、かの姫を手に入れれば‥‥」
あの男を従わせるだけでなく、もっと強大な勢力を己が手中に収める事が出来る。そうなれば、あの御方も、もう一度自分を認めて下さるだろう。
「さあ、早く私の元へ連れて来て下さい。ちゃんと約束を果たせたならば、貴女の望みを叶えて差し上げますよ‥‥」
●リプレイ本文
●貫く刃
「ぐっ‥‥」
限間時雨(ea1968)の体を刃先が貫き通す。思わず相手の肩を掴んだ手から、次第に力が抜け、ずるりと体が崩れ落ちて行く。
時雨を貫いた女は、頬に飛んだ返り血を拭う事もなく槍を抜き取る。
「はっ‥‥あっ!」
鮮血を吐いて地面に倒れ伏す体を、女はただ黙って見下ろした。
●一時の‥‥
遡ること、数時間。
「ルクレツィア様、足下に気をつけて下さ‥‥アイタ!」
真っ暗な森の中を歩く少女を気遣って、自分の前方確認が疎かになったファング・ダイモス(ea7482)は、木の枝にぶつけた頭を押さえて呻いた。
「まあ、大丈夫ですの?」
覗き込んで来るルクレツィアにドキリとする。
マロース・フィリオネル(ec3138)による変装にくわえ、リン・シュトラウス(eb7760)から渡された禁断の指輪によって、外見は少年の姿となっているにもかかわらず、だ。
「どこかお怪我でも?」
己を高める為、人々を守る力を得る為にと、日々、ひたすら研鑽して来た純真な青年の目に、彼女の瞳がきらきらと輝いて見えた。
「それは、お嬢がバ‥‥」
「鎮葉」
伏見鎮葉(ec5421)の肩にぽんと手を置いて、天城烈閃(ea0629)が首を振る。
そんな会話が繰り広げられている事にすら気付かず、ファングはツィアから差し出された手に煩悶していた。差し出された女性の手。取るべきか、取らざるべきか。
ーー取らなければ、ルクレツィア様に恥をかかせてしまう事になるのでは‥‥。だが、女性に助け起こされるなんて!
「わたくしは夜でもよく見えますのよ。こんな森の中では頭をぶつけてしまったり、躓いたりしますもの。さ、ご遠慮なさらずに」
「いえ、あの‥‥」
くすくすと笑って、ツィアはやや強引にファングの手を掴んだ。
「困っている方をお助けするのが、王都少年警備隊の務めですのよ」
あまりに楽しそうな彼女を無下に断るのは気が咎めると、ファングは仕方なく、彼女に手を引かれて歩き出した。
「微笑ましい光景ね」
テティニス・ネト・アメン(ec0212)の言葉に、傍らを歩いていたジェラールが肩を竦める。
「それで、あなたのお友達‥‥というべきなのかしら? お仲間はどうしているの?」
「周囲に潜んでいる雑魚と遊んでいますよ。姫の為ですから、彼らも死に物狂いです」
既に命を失っている彼らに「死に物狂い」という言葉が当てはまるのだろうか。
何とは無しに聞いていた時雨は、同じ事を考えていたらしい鎮葉と顔を見合わせた。
「‥‥ところで、本当にやる気なの?」
声を潜めて、鎮葉は問うた。
何を、とは聞かなかった。けれど、時雨は笑みを浮かべて片目を瞑ってみせる。
「皆を信じてるからね。三途の川のほとりをウロウロしながら待ってるわ」
「そう言えば」
声を潜めた会話に加わったのは、ヒルケイプ・リーツ(ec1007)だ。
「ツィアさんにお守りを幾つかお渡ししたのですが、七徳の花弁はジェラールさんに止められてしまいました」
「七徳の花弁って、デビルとアンデッドに効くってやつ?」
ヒルケイプと時雨の会話に、鎮葉が額を押さえた。
「あー、そりゃ、お嬢に触れさせたくなかったんだろうね」
「はあ」
怪訝そうに首を傾げながらも、ヒルケイプは続ける。
「ですが、囮の役目については、冷静に聞いて頂けました。‥‥というか、笑って頷かれました」
「肝が据わっているのか、分かっていないのか‥‥微妙な線だ」
ふ、と遠い目をするのは、鎮葉がかつて彼女の暴走っぷりを目の当たりにした経験があるからだ。
「肝が据わっていると言えば、先程の休憩の時、リンさんと2人で『至高の愛の書』を読んでおられました」
鎮葉よりも更に遠い目をするヒルケイプ。
正確に言えば、リンがツィアに読み聞かせていたのだが。
傍らで、力一杯耳を塞いでいたファングが哀れで哀れでならなかった事は、とりあえず伏せておく。
「裏物は排除していたのに‥‥」
溜息をついたのはテティだ。
乙女道でツィアの目から隠し通した、あの苦労は一体‥‥。
「いいじゃないか。乙女の夢物語なんだろう?」
快活に笑った烈閃が、ぼそり呟かれたヒルケイプとジェラールの言葉に凍り付く。
「‥‥デビルもバンパイアも餌食にされてるけどね」
「‥‥最近は冒険者物も人気で。有名な冒険者は結構ネタにされてますよ、‥‥烈閃さん」
最後に落とされた一言に、烈閃の中に言い知れぬ不安が押し寄せて来る。
「ちょっと待て。それは一体どういう‥‥」
「そろそろ情報にあった廃砦に着‥‥どうかされました?」
フードを深く被ったマロースが振り返り、場に流れる空気に戸惑ったように仲間を見回した。
「なに、ちょっとばかり烈閃が現実ってものを知っただけ。で、もう着くの?」
「はい。それで最後の仕上げをと思いまして」
マロースの手に握られているのは、理容道具一式。ツィアの太陽を知らない白い肌に健康的な色をつけ直し、マロースは自分の肌も白く塗り直す。
「デビルの気配は?」
「蝶が感知出来る範囲にはいないみたいですね」
注意深く石の中の蝶の動きを観察して、ヒルケイプが首を振る。
「だが、油断だけはするな。‥‥幸運を祈る」
互いに頷き合い、彼らは目的地を前にして、二手に分かれた。
●潜入班
「鎮葉さんの前にオレイが現れたみたいです」
大きく迂回して廃砦の裏側から潜入を試みていたリンが、突然に告げた。その言葉にテティとヒルケイプが動きを止める。気持ちは皆、同じだ。
「大丈夫です。皆を信じましょう!」
自分に言い聞かせるようなファングの言葉に頷いて、彼らは自分達の成すべき事の確認を始めた。
「スカアハは?」
「スカアハさんとも通じています。‥‥スカアハさんの情報によると、あの子と【アニュス・ディ】の人達は砦の中です。砦の中にはデビルがいるみたいですよ」
彼らが目の前にしている扉を開けば、デビル達が待ち構えているという事か。
表情を険しくした冒険者達の前に、ジェラールが立ち塞がる。
「ならば、ここは僕に任せて頂きましょうか。姫に醜いものを見せたくありませんからね」
「‥‥お願い出来る?」
テティに頷きを返すと、ジェラールは小さく指を鳴らした。
どこからともなく、ゆらりゆらりと現れた人影が彼らの前で膝を折り、砦の中へと消えて行く。
「彼らが数を減らしてくれるでしょう。その後、囚われている人達を救出しましょうか」
「オレイからあの子の魂を取り戻さなくちゃ」
その為には、オレイと対峙している者達との連携が重要になって来る。リンがスカアハにも粗方の作戦は伝えてあるが、微調整はその場で時雨が行うだろう。
後は、その瞬間を最良の状態で迎えるだけだ。
「じゃあ、行きますよ」
保護者を気取って先導していたツィアの手をテティに渡して、ファングは静かにテンペストを抜きはなった。
●茶番
「あんたのお望みのルクレツィアだよ」
鎮葉の言葉と同時に、烈閃は金色の柔らかな髪を持つ死体をオレイの前に放り投げた。オレイの背後には、愛槍を手にしたスカアハの姿がある。
「何の茶番ですか」
放り出された死体を、オレイは面白くなさげに一瞥した。
「やれやれ、さすがに騙せないか」
些か乱暴に肩を押すと、外套を被った娘がふらりとよろめく。
「さあ、ルクレツィアを連れて来てやったんだ。あんたが奪った生命の玉、返して貰おうか」
「そのルクレツィア姫が本物だったら、お返ししても構いませんが」
口元を歪めて笑うデビルに、鎮葉も苦笑する。まるで狐と狸の化かし合いのようだ。だが、ここで引くわけにはいかない。
「こっちは約束を守って、彼女を連れて来たんだ。そっちも約束を守るべきじゃないの!?」
表面上、冷静さを保ってオレイと対峙する鎮葉とは対照的に、時雨は感情でオレイを煽る。烈閃はさりげなく「ルクレツィア」を庇える位置に移動し、成り行きを見守った。
「デビルの約束を信じるとは愚かな」
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるんだけど?」
胸を張り、顎を反らせて時雨は更にオレイを挑発する。
「そうやって自信満々に無い胸を張られても、何の脅しにもなりませんが」
「なっ‥‥なんだってー!?」
うーむ。
鎮葉は指でこめかみを揉みほぐした。
ーー時雨とオレイが会話していると、漫才に聞こえる‥‥
しかし、今はそんな事に気を留めている場合ではない。リンから送られて来る情報によると、砦の中のデビルは制圧出来たようだ。
オレイも配下のデビルの気配が消えた事ぐらい、感じ取っているのであろうが。
ーーんじゃ、始めるよ?
ちらりと横目に見た時雨が視線で告げた。
同時に、怒り心頭に達したフリをした時雨が、村雨丸を振り上げてオレイに斬りかかる。
甲高い、金属がぶつかり合う音が響いた。
「すまんが、あやつをやらせるわけにはいかんのじゃ」
「スカアハ!」
叫んだ烈閃にスカアハが視線を向けたは一瞬のこと。
重たい一撃を受け止めた時雨が、ぐっと歯を食い縛る。ここで押し負けるわけには行かない。
「こっちだって、やられてやる訳にはいかないのよッ!」
気合いを込めた一撃に、スカアハが咄嗟に飛び退る。村雨丸の切っ先が彼女の腕を掠めていった。
「この世界に何も持たぬと思うておったが、戦士として蘇った理由があるのやもしれぬな」
言い放つと、スカアハは目を細める。
「許せ‥‥」
スカアハのゲイボルグが時雨の体を貫いたのは、次の瞬間の事であった。
●消滅
オレイの哄笑が響く。
耳障りなそれに、鎮葉は眉を寄せた。
「さあ、次はどなたですか? 本物のルクレツィア姫を連れて来ている事は分かっているんです」
「だから、ここにいるだろ」
外套を被った娘の腕を掴んだ鎮葉に、オレイはにぃと笑いかけた。
「それで隠し通せるとお思いですか。ならば、これはいかがですか」
手にした弓に指を掛け、弦を鳴り響かせる。何処から湧いて出たのか、無数のデビル達が鎮葉達へと迫る。
「ち」
舌打ちして、烈閃は襲い来るデビルを次々と打ち倒す。だが、異様な程、がむしゃらに突進して来るデビル達に、次第に圧され気味となる。
「まだ隠すつもりですか。では、こういうのはどうですか。この矢で射抜かれれば、彼女とて無事ではすみませんよ」
赤黒い羽根を持つ矢をつがえて、オレイはスカアハに狙いを定めた。間近から矢を向けられても、スカアハは時雨の血のついたままの槍を構える事もなく、ただオレイを見据えているだけだ。
「スカアハ!」
咄嗟に、烈閃はオレイ目掛けて光の槍を投げつけた。猛然と襲って来るデビル達の中で、それは自殺行為であったが、体が勝手に動いたのだ。
白銀の槍を間一髪で避けたオレイの袖口から、小さな白い玉が転がり出る。
「あれは!」
「天城! 受け取れッ!」
柄を向けて投げられたのは、スカアハの愛槍。腕を伸ばしてその柄を掴むと、烈閃はしっくりと手に馴染む槍を一閃し、デビルを薙ぎ払った。
「オレイ! その生命、返して貰います!」
白い玉を拾い上げたオレイの腕を、その機会を待っていたファングのテンペストが切り落とす。
「オレイ!」
駆け寄った鎮葉が、よろめくオレイの体を抱き留めるように腕を伸ばした。
「‥‥ぐ‥‥」
突き抜ける衝撃。
信じられないものを見るように、オレイは自分を抱き留めた鎮葉を見下ろした。
逆手に持った刀で、己の体ごと自分を貫いた鎮葉を。
「オレイ‥‥」
崩れる体を支える事も出来ず、鎮葉もその場に膝をついた。握っていた刀から手を離してオレイの体に腕を回す。
「あんたは私の敵だ。私だけの‥‥」
その言葉が届いたのか、オレイは薄く目を開いた。
「まるで‥‥睦言のように聞こえますね‥‥」
「最後まで夢、見てるんじゃないよ‥‥、デビルのくせに‥‥」
1つの刀で貫かれたまま、短く言葉を交わす。
やがて、オレイの輪郭が薄く淡く色を失い始めた。鎮葉の顔色も血の気を失い、土気色へと変わっていく。
「もう少し‥‥で‥‥うまく‥‥いく‥‥」
「そんな、こと」
させない。
そう続けかけた鎮葉は、突然に目を見開いたオレイの視線を追って顔を上げる。だが、薄れていく目には、何も映る事はなかった。
「アスタロト様‥‥」
消え行くオレイが呟く声が、遠く聞こえたような気がした。
「鎮葉さん!」
邪魔な外套を脱ぎ捨て、時雨の蘇生を行っていたマロースが悲鳴のような声を上げる。刀を体に突き立てたまま倒れかけた鎮葉の体を烈閃が支える。
「おい、死ぬなよ」
「まったく。お前達と来たら無茶ばかりしおって」
鎮葉から刀をそっと抜き取ると、烈閃は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「こういう奴らだからこそ、オレイを油断させて隙を作る事が出来た。それに、無茶はお互い様だ、スカアハ」
鎮葉が懐に仕込んでいた呪符が塵となって消えるのを確認した後、満身創痍の仲間達を見回し、烈閃は誇らしげに胸を張った。
●別れ
「これで、もう大丈夫」
冷たい体を抱え起こして、リンはそっと小さな白い玉を少年の口に含ませた。ファングが奪い返して来た彼の生命の玉だ。
彼の体が本来の温もりを取り戻すまではと、リンは自分の熱を分け与えるようにぎゅっと抱き締めた。
「目が覚めたら、今度こそ名前を聞かせてね」
他の【アニュス・ディ】の人々も、夢から覚めたような顔をして周囲を見回している。
「よかった‥‥」
安堵の表情を浮かべて呟いたファングが、不意に表情を険しくした。
「誰だ!」
闇の中に浮かび上がった男の姿に、ツィアが嬉しそうに手を叩く。
「まあ! ヒュー!」
丁寧に一礼した銀髪の青年に駆け寄ろうとしたツィアの手を掴むと、テティは探るような視線で彼、ヒューイットを見つめる。
「お別れを申し上げに参りました」
「ヒュー?」
「別の方にお仕えする事となりましたので」
寂しげな笑みを浮かべる青年の背後に、もう1人の影を見つけて、ヒルケイプは「あ」と声を上げた。印象的な黒髪と紫の瞳を忘れる事はない。乙女道で色付き卵をぶつけた青年だ。
「あなたは」
話しかけようとして気付く。
この異常な状況下に、彼らがいる事の不自然さに。
「行くよ、ヒュー」
「は。それでは、ルクレツィア様、これからもどうかお健やかに」
そう告げて去っていく彼らを、誰も追う事が出来なかった。
●闇の中に消ゆ
「出る幕が無かったね」
面白がるような主の言葉に、彼は小さく微笑んだ。
「これでよかったのです。それよりも、オレイ様が‥‥」
「あれはあれで役に立ってくれたよ」
酷薄な笑みを浮かべて、銀髪の青年を振り返る。
「この国は、例えるなら、まだ青い果実さ。でもいつか彼らは神を忘れ、人を憎み、嫉み、裏切って、国を腐敗させる。そうして、この国が熟れて腐り落ちる頃にはルシファー様の封印も緩んでいるだろう」
そっと手を開いて、彼は脈打つ心臓を掲げた。
「その時まで、僕達は待っていればいいのさ。その時の為の力は手に入れてあるのだから‥‥ね?」