【恋歌】1つめの調べ
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月07日〜08月14日
リプレイ公開日:2004年08月17日
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●オープニング
「あなたみたいなお坊ちゃんが、何の用?」
「金さえ払えば何でも力を貸してくれると聞いた! お願いだ、俺に力を貸してくれ。このままじゃ、彼女をアイツにとられてしまう」
闇の中で女が笑う。
女が何者であるのか、今の彼には関係のない事だ。
「お金なんか、どうでもいいのよ。お金も宝石も、あっちから転がり込んでくるのだもの。それが運命なのよ」
ころころと小さな鈴が転がるような笑い声。
長く艶やかな黒髪が揺れる。
「あなたに力を貸す、貸さないは話を聞いてからね。私の心を少しでも動かす事が出来たなら、貸してあげてもいいんだけど」
男は、神妙な面持ちで語り始めた。
自分が、領主から土地を預かる地主の息子である事。
小さい頃から、ずっと仲良しだった娘がいる事。
でも、その娘が最近、1人の男を気に掛けている事‥‥。
「ははぁん‥‥。つまり、あなたはその娘さんが好きで、娘さんの心を乱す男が許せない、と」
男は俯いた。言い難そうにぼそぼそと話を続ける。
「親を説き伏せて、リリィを俺の花嫁にすると決まりました。彼女の両親はうちの家で働いているので、反対されませんでした。なのに、リリィは‥‥」
「別の男を想って憂い顔。辛いわねぇ」
目の前の男にか、それともリリィという少女に向かってか、女はしみじみと呟く。
「結婚式はもうすぐです。それまでの間、奴が彼女に近づかないようにしたいんです!」
「家人に頼めば? その子の見張りだけなら‥‥」
男は激しく頭を振った。
「駄目です! 家の奴らはリリィに甘いから、すぐに逃がしてしまう。だから、貴女のモンスターをお借りしたいんです」
真剣な表情の男に、女は細い指先を口元に当てると、いつも傍らにいる2匹の名を呼んだ。
「ポチ、タマ」
駆け寄って来るゴブリンに、ほんの僅かの時間、女の動きが止まる。
「ごぶ?」
「私、こういう話に弱いのよね。わかったわ。このサロメが一肌脱ぎましょう! えーと‥‥ポチはどっちだったかしら。‥‥ま、いっか。ともかく、ポチ、仲間を集めておいで。結婚式まで、その娘さんに誰も近づけないように見てるんだよ」
その日、ギルドを尋ねて来た青年、ロイスは真剣な面持ちで冒険者達に頭を下げた。
「彼女を助けて下さい」
彼の幼馴染である娘の近辺に、ゴブリンやコボルトといったモンスターが出現するのだと。
冒険者達は顔を見合わせた。特定個人の周囲にモンスターが頻繁に現れるというのは、どういう事だろう? しかも、モンスターは娘に危害を加えたりしないという。
「モンスターが現れるようになったのはいつだ?」
「1ヶ月くらい前‥‥だったと思います。リリィの結婚が決まってすぐだったので」
苦しげに顔を歪め、ロイスは胸を押さえた。
「彼女の行く先々にモンスターが現れ、彼女に近づく者を襲うようになったんです。今では、リリィは家の外に出る事も出来ません。村の人達も、彼女に冷たく接するようになりました」
よからぬ噂を立てられて、リリィという娘が孤立している様は容易に想像がつく。
「本当なら、結婚も決まって幸せの真っ只中でしょうに‥‥。可哀想に」
ロイスに同情の視線を向けた女冒険者は、彼の表情に胸を衝かれた。苦しさと切なさとが入り混じった彼の表情は、心配から来るものだけではなさそうだ。
「‥‥あの?」
声を掛けられて、ロイスは我に返る。自分が冒険者達に説明をしていた事さえも瞬間的に頭から消えていたようだ。
「あ‥‥ああ、すみません。‥‥リリィは、僕と結婚するわけじゃないんです」
苦笑は悲しげで、冒険者達は彼の中にある苦悩を垣間見たような気がした。
しかし、すぐに彼は笑顔を作る。
「でも、僕にとっては大事な幼馴染なんです。彼女には幸せになって貰いたいんです。どうか、お願い致します」
再度、頭を下げたロイスに、彼らは何も言えず、ただ了承の意味を込めて頷くしか出来なかった。
●リプレイ本文
●葛藤
窓から周囲の様子を窺っていたユリアル・カートライト(ea1249)は、小さく息をついた。気配を探ってみても、不審な動きはない。リリィの家を尋ねた彼らに気づいているだろうが、今すぐにモンスターが襲撃して来るというわけでもなさそうだ。
「有り難いと言えば有り難いのですが」
張りつめていた気を僅かに緩めて、ユリアルは仲間達に笑みを向けた。
「色々と調べる時間が稼げますし」
潜められた声に、セリア・アストライア(ea0364)も頷いて、窓枠に置かれていた鉢植えの縁をなぞりながら視線だけを部屋の中へと戻す。ネフティス・ネト・アメン(ea2834)から占いの結果を真剣に聞いている部屋の主、リリィにはあまり聞かれたくはない話だ。
「村の人達は何と?」
小声で尋ねたレジーナ・フォースター(ea2708)に、ユリアルは難しい顔をして肩を竦める事で応えた。その仕草から、彼が得た情報があまりかんばしくはないと悟り、レジーナは首を振る。
「私達の予想が的中、ドンピシャリって感じのようですわね」
「ええ、まぁ」
ところどころ漆喰の剥がれかけた壁に背を預けると、レジーナは腕を組んだ。
幸せの絶頂にいるはずの娘の表情は寂しげだ。明るく人懐っこいネフティスに釣られて見せる笑みも、どことはなく儚い。
「私達が受けた依頼はモンスター退治。依頼人の私的な事情に口を挟むのは感心出来ませんが‥‥」
「あら? では、あなたは彼らを放っておけるのですか?」
ちらりとセリアを見たレジーナの瞳が挑戦的に光る。
「『愛』こそ、この世でもっとも壮大にして尊きもの! そこに『愛』ある限りッ! 私は‥‥むぎゅッ!?」
感情のままに声のトーンを上げたレジーナの口を塞ぎ、セリアは溜息をついた。
「誰も放っておくとは言っていないでしょう? 依頼で関わった方だとしても、やはり幸せになって欲しいと思いますし。ただ‥‥」
「こればっかりは本人同士の問題ですからねぇ」
女性2人の遣り取りを眺めていたユリアルが口を挟む。
彼が聞き込んで来た話では、依頼人のロイスとリリィ、そして彼女の婚約者のニールは幼い頃からいつも一緒で家族同然だったと言う。
家族に対する愛情が、いつしか恋愛感情へと変わっていったのは自然な事だろう。だが、そうなると3人一緒というわけにはいかなくなる。
「恋騒動かぁ。僕はいつになるのかな。ねぇ、レジーナさんはどうなの?」
初めての依頼に対する緊張を解すかのように話題を振った橘蛍(ea5410)に、レジーナの表情が変わる。
「私? 私は‥‥」
うっとりと宙に向けられた瞳は潤み、唇から漏れる吐息も熱い。
その変貌ぶりに、蛍は思わず後ろへと退った。
「え‥‥えーとぉ?」
「‥‥あなたもそのうち分かりますわ。それはともかくとして、モンスターが動かないのであれば、こちらから仕掛けてみましょう? リリィさん。お願いがあるのですけれど」
リリィがセリアを案内して別の部屋へ行ったのを確認し、ネフティスは物思いに耽るロイスへと声を掛けた。
「ね、ロイスさん。さっき、リリィさんを占ったんだけどね」
静かに聞いているロイスに、ネフティスは努めて明るく告げる。
「リリィさんの事、大切に想う人が2人いるみたい。リリィさんも、その2人の事がとても大切なんですって。でもね、幸せになるにはロ‥‥」
「リリィはニールと結婚した方が幸せだよね」
無理をしていると一目で分かるロイスの笑みに、ネフティスは一瞬、辛そうな顔をした。
「ロイスさんはリリィさんの事をどう思っているの?」
「リリィは僕の大事な幼なじみだよ」
俯いて、ネフティスは「嘘つき」と呟いた。
「占いはね、結果が大事なんじゃないの。より良い未来を導く為の指針なのよ。忘れないでね」
●疑惑
今のところ、怪しい動きはない。
身を潜めた広瀬和政(ea4127)は、眉を寄せた。無表情で、愛想の無い整った容貌が更に近寄り難い雰囲気を醸し出す。
「やっぱり怪しいわよ。絶対」
膝をついた広瀬の頭の上にどんと腕を乗せて、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)も唇を尖らせた。周囲を警戒する広瀬の様子にも頓着する様子はない。
「ネティとも話してたんだけど、婚約者がモンスターに付き纏われているのに、何の対応もしていないっておかしいわ」
リリィに危害を加えるわけではないと高をくくっているのか。それとも?
「‥‥父親の方は心配しているようだったがな。婚約者であろうが無かろうが、父親の荘園内でモンスターが出没しているのだ。ギルドに依頼するなり、傭兵を雇うなり、自衛策を講ずるのが普通だろう」
「それをしないって事は、つまり‥‥彼はモンスターの行動を把握していた‥‥?」
声を落として、レヴィは表情を険しくした。
彼女が何を言いたいのかを察して、広瀬は頷く。それは、彼自身も抱いていた疑惑だ。
家令を従え、にこやかに村を見回るリリィの婚約者を見つめ、広瀬は目を細めた。
「うぅむ?」
一点を食い入るように見つめる2人の後ろで、御堂力(ea3084)は唸りを上げて腕を組んだ。
建物の陰に隠れて並ぶ頭2つ。シルエットだけを見ると、親亀子亀だ。
本人達が至って真面目なのが笑いを誘う。
突っ込むべきか否か。
−俺もやるか?
レヴィの上に力が頭を出せば、3つ並んで何とやらである。
「もしも」
そんな力の心の内を知らぬ広瀬は、低く呟いた。
「奴が関わっているとしたら、一番目障りな男は依頼人だな」
「ロイスさんが危険って事?」
広瀬の頭に腕を乗せたまま、レヴィが爪を噛む。
「ああ。だが、まだ奴が関わっているという確たる証拠はない」
「そうね‥‥。じゃあ、確かめてみましょうよ」
腰に下げた刀を掲げ、並んだ2人の影に合わせていた力がレヴィの言葉に顔を上げる。
「おぬし、まさか‥‥」
力を振り返ると、彼女は意味深に片目を瞑った。
「手伝ってよね、御堂サン」
●動揺
予想通りに現れたモンスターに、深く布を被ったセリアは笑みを浮かべた。
簡単に引っ掛かったものだと拍子抜けもしたが、借りた服を着た彼女がリリィか否かを判別出来る程の知恵がまわらないのだろう。
立ち止まり、困惑した風を装って周囲を見回すセリアの視線をゴブリン達が追う。彼女が助けを求めた者を襲おうとでもいうのか。
遠巻きにする村人の中、セリアの目がレヴィと共にいる男に止まった。
リリィの婚約者、ニールだ。
「ねぇ! こんな時こそ彼女を守らないと!」
早口の小声で囁かれ背を押されて、ニールは2、3歩よろけて村人の輪から飛び出した。モンスター達の目が彼に集中する。
だが、ニールに刃を向けた何匹かのコボルトは、すぐにその動きを止めた。戸惑ったように互いの顔を見合わせているモンスター達の様子に、リリィの家から飛び出したレジーナは傍らのロイスを振り返った。
「ロイスさん。ここが男の決め所でしてよ?」
「僕は‥‥」
オーラエリベイションでいつも以上に気を高めているレジーナに、最早、何の怖い物はない。その上、依頼人とリリィの間に流れる微妙でいてどこかぎこちない雰囲気の持つ意味を察していた彼女は、ニールに対する配慮などお星様の彼方へ投げ捨てたも同然。
想い合う者同士が引き裂かれるなど言語道断。
「ロイスさん! 弱気は禁物です! いいですか? 貴方がそんなんじゃ、私の掲げている剣の行き場が無くなってしまうじゃないですか」
「‥‥おい」
ロイスの護衛に回っていた広瀬が、鞘に収めたままの刀でレジーナの後頭部を軽く突いた。
「ぼ‥‥僕は、リリィを‥‥」
「避けろ!」
広瀬がロイスの体を引き倒し、レジーナが盾を掲げる。闘気魔法で作られた半透明な盾は、その攻撃に何とか耐えた。
「今の黒い光‥‥ブラックホーリー?」
家の中で、リリィを守りつつ様子を窺っていたネフティスが呟く。
「敵はモンスターだけじゃないってこと?」
今回の1件には、リリィの婚約者が絡んでいると彼女達は睨んでいた。だが、ニールはレヴィの傍らで呆然と立ち尽くしているだけだ。
「ッ! まずは、こちらを何とかしましょう!」
突然の魔法攻撃に隙を突かれた形となった仲間達の中、ユリアルが印を結び、呪を唱える。放たれたグラビティキャノンがゴブリンを吹き飛ばした。
「その通りだね!」
村人達との距離を測ると、蛍は結びかけていた印を解いた。この距離で微塵隠れを発動すれば、村人や仲間を巻き込みかねない。持ち替えた弓から放たれる、モンスターの動きを牽制する矢に乗じ、力の刀が剣ごとコボルトを斬り伏せた。
「そのまま伏せていろ! ‥‥我が太刀、受けるがいい! ソニックスラッシュ!」
ロイスに言い置いて飛び出した広瀬の刀が、モンスターにソニックブームを叩き付ける。
彼らの攻撃の前に倒れていくモンスター達。
その光景に身を震わせるニールを、レヴィが探るような眼差しで見つめていた。
●見えない敵
「‥‥うぅ。あまり気持ちの良いものじゃありませんね」
倒したモンスターの数を数え、死骸を確認していたユリアルは、顔を顰めて呟いた。血の臭気と澱んだ水を思わせる悪臭とで吐き気がこみ上げて来る。
「ごめんね〜?」
離れた場所、しかも風上から響いたネフティスの声に肩を竦め、観念して再度モンスターの確認へと戻る。
「仕方がありません。これもリリィさんのためです。‥‥の、4の5‥‥あれ? 1匹足りない?」
「足りない? なんで?」
口元に布を当てて、ネフティスが1歩近づく。だがしかし、それ以上動こうとはしない。
「ひぃ、ふぅ、みぃ‥‥本当だ。1匹足りない」
予め、敵の数を数えていた蛍が首を傾げた。死骸の数は5つ。モンスターがセリアを囲んだ時は、確かに6匹だったのに。
おかしい、とユリアルは戦闘時の状況を思い返す。遠巻きに見ていた村人達の様子と、リリィとロイス、それからニール。おかしな動きをする者は誰もいなかった。ゴブリンやコボルトが村人の中に紛れ込んだと言う事も考え難い。
「変、ですよね」
「そうですね。ロイスさんを襲ったブラックホーリーも気になりますし」
ユリアルの声に応えたセリアの視線は、モンスターの死骸ではなく、青ざめたリリィを気遣うロイスとニールに向けられている。
血を拭った刀を鞘へと戻していた広瀬も、その言葉に一瞬だけ手を止めた。モンスターとブラックホーリーを放った者、そして、ニール。彼らを繋ぐ線を見定める事は出来なかったのが口惜しい。
「五分厘は退治した。だが、本当にこれで終わりだろうか」
ぼそりと落とされた力の呟きは、複雑な感情を抱えた3人を見守る冒険者に、不安の影を落とした。
本当に、
これで終わりなのだろうか‥‥?