【恋歌】2つめの調べ
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 94 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月05日〜09月12日
リプレイ公開日:2004年09月13日
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●オープニング
「腹が立つったら!」
きぃっとタンガードを壁に投げつけて、女は男を振り返った。怒りに上気した頬と乱れた黒髪とが彼女の怒りの度合いを表しているかのようだ。
とばっちりを受けぬよう、部屋の隅に避難していた2匹のゴブリンが怯えて身を寄せ合う。
「このままじゃ、アタシの面目は丸つぶれよッ!」
何かれ構わず当たり散らす女に、男も俯いたまま唇を噛む。
「俺だって‥‥。まさか、アイツがギルドに依頼を出すなんて」
ヤツを婚約者から遠ざける為に、目の前の女に協力を要請したというのに、思惑は見事に外れた。それどころか‥‥。
「まさかとは思うけど、あの男、リリィにこ‥‥告白したとかって言わないでしょうね?」
真っ赤になって怒り狂っていた女の顔が一瞬にして青くなる。
「そっ‥‥それどころか、リリィもあの男を選んだ‥‥とか」
息を飲み、ふるふると顔を振った女は、口元に手を当てて「信じられない」と呟く。
「そんなの愛の導き手たる私が許さないわーーっっ!!」
絶叫する女に、恐怖が頂点に達したのだろう。ゴブリン達は弾かれたように飛び上がり、部屋の外へと脱出していった。
「お‥‥落ち着いて! まだロイスはリリィに想いを告げていないし、リリィも‥‥」
彼の脳裏に、あの日以来、ますます塞ぎ込むようになった婚約者の姿が過ぎる。彼とて、そんな彼女の姿を見るのは辛い。気が晴れるようにと、色んな贈り物をしてみても、寂しげな笑みを浮かべるだけ。昔のような無邪気な笑顔を見せてくれる事はない。
「なぁんだ。それなら、まだ方法はあるじゃない」
泣き叫んでいた女が、にんまりと紅い唇を吊り上げる。瞳はまだ涙で潤んでいるというのに、浮かべているのは妖艶な笑み。
ぞくり、と男の背に冷たいものが走る。
「いい事? これからアタシの言う通りにするのよ。そうすりゃ、アンタはリリィの心をがっちり掴んで、幸せになれるから」
まずは、と女は部屋の中を見回した。
「ポチ、タマ! アンタ達の出番だよ‥‥って‥‥ポチ!? タマ!? どこに行ったのさ!!!」
慌てた様子でギルドを訪れた男の姿に、彼らは軽く目を見開いた。
目配せし合う仲間達に、彼を知らぬ者達が首を傾げて小声で尋ねる。
「何者だ?」
「以前、受けた依頼でな。モンスターに付き纏われていた娘の婚約者だ‥‥」
視線で報告書を示せば、仲間はああ、と頷いた。
「ちらりと読んだ記憶はあるかな。確か、モンスターを退治して依頼は完了したんじゃなかったか?」
「そのはずだが‥‥」
受け付けへと向かう男の動きを目で追い、声を聞き取ろうと耳を澄ます。
微かに震える小さな声で、男は受け付けに己の用件を告げた。
「お‥‥お願いします。俺の婚約者を捜して下さい」
がたん、と椅子が倒れる音がした。
振り返った男が、見知った顔を見つけて安堵の表情を見せる。
「あなたは、先日リリィを助けてくれた方ですね! お会い出来てよかった‥‥。もう1度、リリィを助けて下さい! リリィが居なくなってしまったんです!」
「どういう事ですか?」
努めて冷静に尋ねた冒険者に、彼はか細い声で語り始めた。
「あの後、リリィの周囲にモンスターは出没しなくなりました。もう大丈夫だろうと、俺達は中断していた結婚の準備を再開したんです。なのに、リリィは突然にいなくなってしまった‥‥!」
感情が高ぶったのだろうか。男‥‥いなくなったというリリィの婚約者、ニールは体を大きく震わせる。自身の腕を握り締める手がぶるぶると震え、凍えているかのように歯の根が合わずにガチガチと音を立てた。
「リリィさんがいなくなった‥‥? それは、リリィさんご自身が姿を消されたという事でしょうか? それとも、何者かの手で連れ攫われたのでしょうか?」
「リリィが自分から居なくなるはずがないでしょう!? リリィは‥‥結婚を控えているんですよ!?」
それが嫌で‥‥という事も考えられる。
冒険者達は互いに視線を交わした。
「リリィは何者かに無理矢理に攫われたんです。彼女の家の扉は開いたままになっていましたし、室内も荒らされていましたし」
それだけで、リリィが誰かに攫われたと断定する事は出来ない。そんなものはいくらでも偽装出来るからだ。だが、敢えて言及せずに、彼らは質問を重ねる。
「では、リリィさんが攫われた前後の話をお聞かせ頂けますか? リリィさんが攫われたと思われる時間や、状況は?」
「‥‥いなくなった日、リリィは屋敷に来ていました。彼女の為に、叔母がヴェールをあつらえてくれて、その後、叔母と一緒にお茶を飲んで‥‥暗くなる前には帰りました」
「その後、リリィさんはいなくなってしまったのですね」
ニールは力なく肯定を示した。
「その後の事は分かりません」
なるほど、と彼らは考え込んだ。
暗くなる前に自宅に戻ったのであれば、ニールの屋敷を出た後の彼女を見ている者がいるかもしれない。その辺りは村人に尋ねれば、ある程度の情報が出て来るだろう。
「彼女と一緒に無くなったものとかはありますか?」
「‥‥叔母の渡したヴェールが。包みは床に落ちていましたけれど、ヴェールは無くなっていました」
という事は、彼女が一旦、自宅へ戻ったのは間違いなさそうだ。
「どうかお願いします。彼女が、リリィがどこに行ってしまったのか調べて欲しいんです。きっと、今頃、リリィは心細い思いをしています! 早く救い出してやりたいんです」
「分かりました。お受けしましょう。我々は、リリィさんの行方を探せばよいのですね?」
「はい。もしも、それ以上の事が‥‥例えば、救出する為に力を貸して頂く場合は、再度、依頼します」
頷いて受け付けに目をやると、ニールはあっと声を上げて、革袋を机に乗せた。ずしりと重そうな革袋だ。さすがは地主の息子である。
「依頼料は確かに。それで、後1つ、お聞きしたい事があるのですが」
そこで言葉を切り、ニールを真っ直ぐに見据える。
「ロイスさんは、今どちらに?」
一瞬だけ、ニールの表情に怯えに似たものが走った。だが、それはすぐに消え去る。
「ロイスなら、村に‥‥。彼もリリィの事はとても心配していました」
「そうですか」
聞くべき事は聞いた。後は、村に着いた後に情報を収集すればいい。
不安そうな表情で見上げてくるニールを残し、彼らは静かに席を立った。
●リプレイ本文
●接触
芳しい湯気の立つ茶器を戻して、セリア・アストライア(ea0364)は目の前で喋り続ける女に向かって笑みを見せた。感謝の気持ちを込めた風にも、疲れた風にも見える曖昧な笑みだ。
「ありがとうございます。大変参考になりましたわ」
隣に腰掛けていたユリアル・カートライト(ea1249)とネフティス・ネト・アメン(ea2834)とがあからさまな安堵の表情を浮かべるのを横目で見つつ、彼女は優雅に立ち上がる。
「あら、もうお帰りになるの? ようやく我が家がこの地を預かった時代にまで辿り着きましたのに」
「続きは、今度お会いした時の楽しみにとっておきますわ。仲間との約束の時間が近づいておりますので」
テキパキとそつなく答えるセリアに、ネティは女から見えない位置でこっそりと手を叩く真似をした。その気持ちは、ユリアルにも痛い程に分かる。何故なら、ニールの叔母が延々と語る一族の華やかなる歴史に、彼も辟易していたからだ。
「それから、後1つだけお伺いしたいのですが」
帰り支度の手を止めて、セリアは女を振り返った。いなくなったリリィと直接関係はないのかもしれない。だが、聞かずにはいられなかった。
「リリィさんを家族として迎える事を、あなたはどう思っておられますか?」
●違和感
広瀬和政(ea4127)は奇妙な違和感を感じていた。朧に霞んで見えないその正体を探るかのように彼は目を眇める。
「大漁、大漁。いい事だな」
何度も頷き、口元を吊り上げた御堂力(ea3084)の凄みのある笑顔に、幼子が見ていたら引き攣けを起こしただろうと頭の隅っこで思うあたり、何のかんのとまだ余裕があるようだ。
「だがしかし、あまりに事がうまく運び過ぎると猜疑心というものが芽生える」
力が何を言いたいのか、広瀬にも分かっていた。
「‥‥ああ。確かに」
刀を肩へと担ぎ上げた力が、ぽつり呟く。
「リリィ嬢の情報はぼろぼろと出て来るのに、五分厘どもが襲って来た際に魔法を放った者を誰も知らない、か」
独り言にしては大きな声だ。
「この村に黒の神聖魔法を使える人はいないみたいよ」
反射的に振り返った力と広瀬に、ニールを伴って村の教会を調べていたレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)が聞き込みの成果を告げる。司祭は聖なる母に仕える聖職者。レヴィが探す黒のウィザードではなかったようだ。
「そう言えば、気になる話を聞きましたわ」
不敵とも取れる微笑みで、レジーナ・フォースター(ea2708)はニールを凝視する。
「あの日、ヴェールをつけたリリィさんが怪しげな荷馬車の側にいたそうですのよ」
考え込んだ広瀬の袖を引き、レヴィはしゃがみ込んだ。膝を屈めた広瀬に、レヴィは木の枝を拾って地面を引っ掻く。
「ちょっと整理してみましょ。ニール君の家から帰宅するまでは、皆、似た事を言ってるのよね。『ヴェールの包みを抱えたリリィ』を見たって」
「それは確かにリリィだったのだろう。だが、レジーナの言う女はリリィではないかもしれない」
「そうですね」
いつの間にやって来ていたのか。
話に加わったユリアルに、広瀬とレヴィは一瞬、言葉を失う。
「おかしいんですよ。だって、結婚式のヴェールでしょう? ニールさんの家で結婚式の準備をしていたのに、ヴェールだけ持ち帰るなんて変じゃありません? その上、ヴェールをつけて出歩くなんて」
「‥‥それもそうね」
相槌を打ったレヴィに、ユリアルは声を潜める。
「あの日、ヴェールを持ち帰るように勧めたのはニールさんらしいんです。いつもはちゃんと保管するのに、ヴェールに限って持って帰れだなんて、どうしてでしょう? そう考えると、前回は動かなかったのに今回はギルドに依頼を出したのも少しおかしく感じてしまって‥‥」
1度生まれた疑惑は、そう簡単には消えない。
考えれば考えるほど、集めれば集めるほど、彼らの疑念は1人の人物の不審な行動を浮き上がらせる。
「セリアさんは、はっきりとした事が分かるまで信じてあげたいとおっしゃっていますけれど」
ニールを気遣うように歩み寄った神聖騎士に、ユリアルは視線を地面へと落とす。彼とて、確たる証拠もないのに人を疑いたくはない。だが、その結果、更に事態が悪化したらと警鐘を鳴らす自分もいる。
どうしたら‥‥と、彼は唇を噛む。
沈黙が3人を包んだ。
端から見れば、頭を付き合わせてコソコソと悪企みをしているような彼らの重い空気など全く気にも留めずに、レジーナは肩にかかる髪を手で払って、顔を上げた。
「難しい。難しいですわ。でも、この難事件、きっと解決してみせます! フォースター家の名にかけてッ!」
びしりと明々後日の方向を指さし、高笑いと共に宣言するレジーナに、慣れぬニールは困惑して硬直した。こうなった彼女を誰が止められようか。いや止められまい。
「おーい、戻ってこーい」
遠慮がちに掛けられたネティの声も、最早彼女には届いてはいない。
「‥‥何をしている」
がつん。
後頭部に走った衝撃に前のめりとなって、レジーナは恨めしそうに背後を振り返った。
「レ‥‥レディに何をなさるのですか」
「正気に戻してやっただけだ」
頭を押さえ、思わず涙ぐんでしまったレジーナの視線をあっさりと受け流して、広瀬は刀を腰に戻す。
「前回よりも痛い気が致しましたけれどっ」
「気のせいだ」
それよりも、と広瀬は集った仲間達を見回した。
「蛍の姿が見えないようだが」
「ロイスさんに聞きたい事があるって言ってましたけれど‥‥」
心配そうなユリアルの声に、ネティの表情もさえない。別行動を取っても、彼が定められた時間に遅れる事は、これまでなかった。特別な事情でもない限りは。
「何かあったのかもしれませんね」
真剣な顔をして、レジーナが呟く。
「例えば、全てはリリィさんを羨んだ魔女の罠で、リリィさんに関わる全ての者を破滅させようとして、ロイスさんを狙ったとか」
魔女って何?
苦笑を浮かべた者達の中で、ニールだけがびくりと体を震わせた。
「ニール」
そんな彼を見上げて、ネティはぎゅっと手を握りしめた。言うか言うまいかと迷っていた心を定め、ゆっくりと口を開く。
「あなた、自分が何をどうしたいのか分かってる? ねぇ、分かってる?」
「何の事か‥‥」
「誤魔化さないで!」
ニールの言葉をぴしゃりと封じて、ネティは続けた。
「あなたもロイスも馬鹿よ。リリィが辛そうだったのは、あなた達2人のせいだわ。リリィの為って言いながら、リリィの気持ちを考えてないあなた達は馬鹿よ!」
「ネティ‥‥」
そっと肩に手を置き、軽く揺すってやると、ネティはセリアにしがみついた。何かに耐えるように、体を小刻みに震わせて顔を隠すネティの髪を優しく撫でる。
「ニールさんも気づいておられるでしょう。前回の件と今回の騒動で貴方のご家族はリリィさんに対して不信感を抱いています。そんな状態でリリィさんは本当に幸せになれるのでしょうか」
静かなセリアの指摘に、ニールの顔が段々と下がる。
「想えば絶対に叶うのでしょうか。‥‥誤った道は明日へは続きませんよ?」
レヴィから離れて、ネティは項垂れたニールの手を取った。
「リリィが大切なら、皆が幸せになれる道を探しましょうよ。あたし達が、ちゃんとリリィを探し出してみせるから。リリィは、あなたもロイスも大事なんだもの。2人が幸せでなければ、リリィだって幸せじゃないのよ。あたしが言ってる意味、分かるわよね?」
●女
その頃、ロイスを訪ねていた橘蛍(ea5410)は、モンスターの集団と対峙していた。
正確に言えば、黒髪の女と、彼女が引き連れたモンスター達とだ。
「ロイスさんの護衛について正解でしたね。まさか、こんなモノが釣れるなんて思ってもみませんでしたよ」
にこにこにっこり笑った蛍の物言いに、女の顔が不愉快そうに歪められる。
「何言ってるのさ。お姉さんは、これからそっちの彼と大人の話があるの。坊やはお家に帰んな」
「どういったご用件でしょう?」
余裕の笑みを崩さずに、蛍は尋ねた。威嚇するモンスターは、いつでも彼らを襲えるように戦闘態勢に入っている。蛍は目だけを動かして周囲を窺った。
「坊や、横恋慕って言葉、知ってる? 幸せな恋人同士の間に割って入るのって悪い事よね」
背後へと移動しかけるモンスターを牽制し、ロイスの体を押した。正面には女とモンスター。だが、背後の囲みは薄い。強行突破出来そうだ。
「ロイスさん。このまま後ろを振り返らずに走って」
「しかし」
戸惑いを見せるロイスに、蛍は前を見据えたままで叱咤した。指し示すのは、仲間達と落ち合う約束になっていた森の奥だ。
「行って! ロイスさんに万が一の事があれば、リリィさんが悲しむ」
いなくなってしまったリリィ。
その彼女が悲しむから、と蛍は言った。
弾かれたように、ロイスは顔を上げた。示された先に向かって走り出す。
「君達の相手は僕がする!」
走り去るロイスを追おうとするモンスターの前に立ちはだかった蛍に、女は嘲りにも似た笑みを浮かべて腕を組んだ。
「人の幸せを踏みにじるような子は、お姉さん、嫌いよ?」
「結構。貴女に好かれようなんて思っていないから。それに‥‥」
じりと間合いを詰めて来るモンスターと、女との距離を測りながら、片手をぎゅっと握り締める。ぴくりと眉を動かした女が、背後へと飛び退った。ほんの数秒、僅かに遅れて爆風が周囲に吹き荒れる。
「人の幸せなんて、他人が決める事じゃないよね」
木の上から下を見下ろせば、吹き飛ばされたモンスターが倒れている。その中に、あの女の姿はない。どうやら逃がしてしまったようだ。
小さく舌打ちして、蛍は勢いをつけて枝から飛び降りた。
●囲み
ネティのサンワードを頼りに辿り着いた小屋の周囲には無数のモンスター。
「見張りというよりも、我々を待ちかまえていると言った方がよさそうだな」
「たかが五分厘。だが、あの数を片づけている間に、リリィ嬢に危害が加えられる可能性もある」
広瀬と力の会話に仲間達も頷く。
中の状況も黒幕も見えない状況で戦うのは得策ではない。
「一旦、退くぞ」
広瀬の小さく鋭い声に弾かれたように、仲間達は1人、2人と音を立てず来た道を戻っていく。
モンスターが幾重にも囲む小屋を見つめながら、そっと踵を返したレジーナは、成り行きに呆然と佇んでいたニールを見つけて動きを止めた。
「‥‥ニールさん」
名を呼ばれ、のろのろと顔を上げる依頼者を真っ直ぐに見て、彼女は淡々とした口調で告げた。「ギルドに再度依頼を出されますか?」と。