【恋歌】4つめの調べ

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月09日〜10月16日

リプレイ公開日:2004年10月18日

●オープニング

「あんたにゃ関係ないだろ! その子をお返しったら!」
 長椅子に横たえたリリィと、吠え立てるサロメの顔とを交互に見て、男は薄く笑った。
「冒険者で遊ぶのも構わないがな、どうせならもっと有意義な事をすればよかろう」
「だから、あたしが何をしようと、あんたに関係ないんだよ!」
 叫んだ途端、サロメの顎に強い力から掛かる。
 外す事も出来ない強さで、彼女の顔は男の真正面へと固定された。
「っしょっ! 何だって言うのさ!」
「大きな口を叩くようになったものだな、サロメ。ゴブリンごときの上に納まっていると、目上への礼も忘れると見える」
 口答えは許さない。
 言外に告げられて、サロメは当初の勢いを失った。だが、リリィだけは何としても取り戻さなければならない。
「わ‥‥分かったよ。もう、遊びはおしまいにする。だから、その子を返しとくれ」
 男の眉が上がった。
「怪我をしているのだが」
 血を流すリリィの足元に翳した男の手を遮って、サロメはリリィと男の間に体を滑り込ませる。
「これぐらいの怪我なら、聖なる母の力を借りるまでもないさ」
 覚悟を決め、サロメは男を見上げた。
 膝をつき、礼を取って軽く頭を下げる。
「なんだ? 何がしたい」
「この子を、あたしに返して下さい。冒険者達との決着をつける為に、この子はどうしても必要なんだ」
 息を詰めて返答を待つ。
 否、と言われたら、それはリリィの人生に惨いエンドマークが打たれる事を意味する。ニールもロイスも知らない場所で、血の1滴も残さずに搾り取られて死んで行くしかないのだ。
 だが、可と言われても‥‥。
 背筋に冷たい何かが走り抜けていくのを感じて、サロメは身を震わせた。
 可と言ったとしても、この男は素直に引き下がるとは思えない。きっと‥‥。
「構いませんよ。ただし‥‥」
 ほら、見ろ。
 サロメは男に見えぬように眉を寄せた。どんな難題を吹っかけて来るつもりだろう?どうせ、ロクなものじゃない。
 続いた言葉に、サロメは己の予想が間違ってはいなかったと確信した。


「サロメ!? サロメが直接に?」
 はい、とニールは頷いた。
 自分が、これまでにもあの女と直接の接触があった事を打ち明けるのは勇気がいる事だったけれど、彼ら‥‥冒険者達の言う通り、このままではいつまで経っても前には進めない。
 震える声で、今までの経緯を語ったニールは、最後に、サロメから冒険者達への伝言を伝えた。
「次の満月の夜、太陽が沈んだ瞬間から勝負だ。時間通り、無事に自分のところまで辿り着いたならリリィは返してやろう。1秒でも遅れたならば、もう2度とリリィには会えないと覚悟しておけ‥‥そう言ってました」
「リリィの命を奪うつもりか。愛の使者が聞いて呆れる」
 吐き捨てた冒険者に、ニールに説明を任せていたロイスが口を開く。
「俺には、彼女はリリィに害を加えたいわけじゃ無さそうに見えた。だけど、時間通りに辿り着かなければ「会えなく」なると言っていた。‥‥何かが引っ掛かるんだけど‥‥」
 ロイスの言葉に気のない相槌だけ返して、冒険者達はリリィ救出の策を練り始めた。サロメの思惑がどうあろうと、制限時間内にリリィを取り戻せば良いだけ。それだけの事だ。
「当然、指定された丘までの道にはトラップが仕掛けられているだろう。奴の事だ、ゴブリン共を呼び寄せているに違いない。数が多ければ厄介だが、俺達も敵ではない」
「でも、それだけで終わるはずがないわ。2重3重‥‥ううん、4重5重ぐらいの罠が仕掛けられているかもね」
 仲間の指摘に、冒険者達は大きく頷いた。
「森の中は身を潜めやすいと同時に、相手の動きも分からなくする。十分気をつけろ」
 力強い返事を返して、冒険者達がそれぞれに席を立ち、支度を始める。
 慌しくなった周囲に取り残され、彼らの素早い決断と対応とを呆然と見ていたロイスは、同じように居心地悪そうにモゾモゾとしているニールの腹部を肘で突いた。
「‥‥そういえば、あの女が言っていた言葉を伝えた?」
 ニールは浮かない顔で首を振る。戯言をと笑われそうだったし、どこかピリピリしている彼らには話し辛かったのだ。
「そうか。‥‥確かに、愛を見せろと言われては、冒険者の皆さんも困るだろうね」
『いい? リリィを返して欲しけりゃ、あんた達の愛を見せてちょうだい。勿論、あんた達2人だけじゃ足りないわよ』
 だが、何故、サロメはそう言ったのか。
「愛と言われても‥‥」
 どうすればいいのだろう。
 難しい顔をして、ロイスは、溜息をついた。

●今回の参加者

 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3084 御堂 力(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5410 橘 蛍(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●乱舞
「いいかい? せーので切るよ」
 ロープの下に潜らせた刀を一旦止めて、橘蛍(ea5410)は遊士天狼(ea3385)を振り返った。少し離れた場所で、ロープの先を探して茂みに頭を突っ込んでいた天が、その言葉に元気良く片手を上げる。
「じゃあいくよ。せーの!」
 ざくりと小気味良い音がしたと同時に、木々の合間から無数の礫が2人を目掛けて襲い掛かった。
 予想通り。予め決まっていた動きであるかのように、蛍は後ろへと飛び退る。かたや、天はというと
「わあい♪」
 蛍とは逆に前へと飛び出して、襲い来る礫を楽しげに躱している。
 やれやれと、蛍は溜息をついた。
 天にかかると、罠も遊具であるかのようだ。
「もう大丈夫?」
 木の陰から顔を出したネフティス・ネト・アメン(ea2834)の問いに、注意深く周囲を探って頷きを返す。
「でも、気をつけてね。仕掛けられている罠の全てを解除したわけじゃ‥‥」
「あ!」
 蛍の言葉を遮るように、天が明るく声を上げる。
「天、さっきねぇ」
「うん?」
 相槌を打ちつつ、身を潜めていた木陰から足を踏み出したレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)を指差して、天はあっけらかんと笑った。
「そこにもロープを見つけちゃったの♪」
 レヴィの動きが瞬時に止まる。
 ぎこちなく足元に向けられた瞳が何を見たのか。つぅと、彼女のこめかみに汗が伝う。
「何が出て来りゅかな♪」
 今、この状況を楽しめる天は大物だ。
 そんな思いが頭の中を過ぎったのも束の間、重量物が落ちた音と振動にネティはおそるおそる背後へと視線を巡らせた。
 地面に広がる網と、その上で団子状態になって転がっているゴブリンと。
「やっぱりぃぃぃ!?」
 後衛が転じていきなり最前線である。
 自分の置かれている状況を把握すると、ネティは恐怖で固まっているロイスとニールの手を掴んで走り出した。一般人である彼らがいると、仲間達の動きが鈍る。そう判断しての事だった。
「随分と乱暴な罠だな」
 木の上にゴブリンを詰めた網を吊していた仕掛けに呆れながら、広瀬和政(ea4127)は刀を抜き放った。油樽を転がす爆弾は知っていたが、これはさながらゴブリン爆弾と言ったところか。
「このような事を考えるのは奴ではあるまい。‥‥あの女か」
 リリィを連れ去った男ならば、もっと慎重な手を使うに違いない。
「あの男、何者かは分からぬがサロメより力が上である事は確かだな」
 虚を突かれたとは言え、彼らを呪縛した男だ。数に物を言わせる攻撃など間違っても取りそうにない。
「相手が誰であろうと!」
 弓に矢をつがえて威嚇の一撃を放つと、蛍は怯んだゴブリン達の真ん中へと切り込んだ。十分に数を引きつけて、印を結び、呪を唱える。
 炸裂した微塵隠れに吹き飛ばされても、ゴブリンは後から後から湧いて出る。
「今度こそ、リリィさんは救ってみせます!」
 決意を込めた術が、再度放たれた。後の事は考えない。今は、目の前の敵を倒し、道を切り開くだけだ。
「こんな所で時間を取られるわけには!」
 ユリアル・カートライト(ea1249)の声に焦りが混じる。何度目かになる蛍の微塵隠れで、少しずつ前進しているとは言え、このままでは指定された丘に辿り着くまでにどれほどの時間がかかるか分からない。
「サロメさんは遅刻を許さないと言っています。私達は目の前でリリィさんを攫われてしまいました。あんな不覚は2度とごめんです」
 ユリアルの視線は、森を抜けた先に向けられている。
 そこにリリィが、そして、敵がいる。
「時間に間に合わなければリリィさんと2度と会えなくなるかもしれません。それだけは‥‥。助け出しましょう、私達で」
「その通りだ」
 襲い掛かるゴブリンを屠った御堂力(ea3084)は、血刀を下げたまま、ネティの傍らにいるニールとロイスを鋭い視線で貫いた。
「だから、てめぇらも死ぬ気でついてこい」
「しかし! しかし、我々は足手纏いにしか‥‥」
 与えられた時間は僅かだ。少しでも早く、サロメが指定した丘に辿り着かねばならない。
 戦いに慣れていない2人は、確かに足手纏いだ。その場にいた誰もが分かっている。だが、分かっていて敢えて彼らを同行させたのは、合理的に依頼を遂行するよりも必要であると感じたからだ。
「リリィさんは、貴方達が守らなければならないでしょう?」
 ロイスの握り拳を手に取り、ユリアルは彼の目を覗き込んだ。真剣なユリアルの眼差しと言葉に、ロイスは目を見開いた。
「愛する人は自分の手で守るんです。さもないと、ずっと‥‥」
 ロイスの拳に添えたユリアルの手に力が籠もる。噛み締めた唇が耐えるのは、彼の抱えた痛み。
 ぽんとユリアルの肩を叩いて、力は口元を引き上げた。
「くだらん企みの所為で事態が最悪の方向に進んでるんだ。文句は言わせんぞ。あぁ?」
 子供ならば即座に泣き出しかねない凄味のある笑顔を向けられて、2人が硬直する。肩にずしりと圧し掛かる重みに傾ぐ体を支えながら、頬を引き攣らせるユリアルと力とを交互に見て、セリア・アストライア(ea0364)は艶やかな黒髪を掻き上げた。
「ですが、一秒でも時間が惜しいのは確か。‥‥ですから」
 レヴィと頷き合って、セリアはレイピアを鞘に納めて地面を蹴る。同時に、レヴィが強烈な匂いのする保存食をゴブリンの群れへと放り投げる。
 その効果は覿面。
 奇声を上げてゴブリン達が逃げ惑っている隙に、セリアはレヴィのロバに積まれたラージクレイモアを受け取った。
「申し訳ありませんが、今回は少々荒っぽく行かせて頂きます!」
 ラージクレイモアの刃が月の光を冷たく反射する。
 燐光のような残像が、レヴィの目に焼き付く。
 そして、ゴブリンの壁は両断された。
「‥‥そーゆー事やってるから消耗が早いのね‥‥」
 ぽつり呟いたレヴィの声は、激しい戦いの音に紛れて誰の耳にも届く事はなかった。

●縛
「どうやら、ギリギリ間に合ったようだね」
 月明かりの下で笑うサロメに、肩で息をしていたネティが指を突きつける。
「あなたねぇ! 一体どういうつもりなのよ! 質より量って言っても加減ってものがあるでしょっ」
「ご苦労さまだったわねぇ」
 手にした扇でそよそよと風を送って来るサロメに、ネティの堪忍袋の緒は今にも切れそうだ。そんなネティを宥めて、セリアはサロメへと向き直った。
「私達は、貴女の指定した時間に間に合いましたわ。さあ、リリィさんをお返し下さい」
「ん〜?」
 首を傾げたサロメに、広瀬は無言で刀に手を掛ける。表情には出さないが、どうやら彼自身もかなりご立腹の様子だ。
「でも、アンタ達ってば、まだ全部クリアしてないのよねぇ」
「何?」
 サロメの相手を広瀬に任せて、レヴィは素早く周囲の状況を確認した。事前に調べていた周辺の地形から、この丘には大量の伏兵を隠す場所が無いと分かっている。そして、太陽が沈む直前にネティが確認した状況とを照らし合わせれば、相手の状態も見えて来る。
「ユリアルさん」
「分かっています」
 落ち着いた声に、レヴィは安堵した。
「‥‥これまでのサロメさんのやり方とは違いますから、気をつけて下さい」
 感覚を研ぎ澄ませて、周囲の気配を探る。ネティの話では、この丘にあの男の姿は無いというが油断は出来ない。
「分かっている」
 短く答えて、力は広瀬とネティに挟まれるように立つニールとロイスの背を見据えた。
「いい? あたしの出した条件を全部クリア出来ないなら、‥‥アンタ達はリリィに襲われる事になるわ」
「どう言う事だ」
 低い、怒りを抑えた広瀬の声に、サロメは木に括りつけられたリリィの姿を示し、薄く笑みを浮かべた。
「‥‥それが条件なのよ。さあ、リリィを取り戻したければ、愛の使者のあたしに、アンタ達の愛を見せて頂戴!」
 言い様、ブラックホーリーを放ったサロメに、広瀬は鞘を払った。
「愛とは、貴様ごときが試してよい安っぽいものではないッ!」
「そういうアンタの愛って何なのさ!」
 広瀬の剣を躱したサロメを、気配を殺して近づいた蛍が放った矢が襲う。
「愛は、僕の愛はただ1人の女性の為に、僕の全てをかけて捧げるもの。けれど、愛の有り様は1つきりじゃない」
 息を整える間も与えずに、セリアのレイピアがサロメの頬を掠めた。
「その通りです。私は、愛がどんなものであるのかはっきりと理解出来ていません。ですが、ただ1つだけ言えるのは、愛は心を温かく、強くしてくれるものです!」
 レイピアを突き出して踏み込んだセリアの体が、リリィへと駆け寄るニールとロイスの姿をサロメの目から隠す。
 ほんの一瞬、瞬きの間の出来事だった。
「これで形勢逆転ね」
 レヴィの宣告に、サロメはぎりと唇を噛んだ。周囲を囲まれ、退路を探すサロメの頭上で大きく木の枝が揺れる。
「ポチ? それともタマかい!?」
 配下の援護を期待して振り仰いだ彼女を、次の瞬間、衝撃が襲う。
「サロメのおばちゃん、つらーの?」
 頭上から降って来るなり、そんな事を問われては戦意も失せる。
「誰がおばちゃんですって?」
 地面に懐き、肩を落として吐き出した言葉は、どこか力無く。そんなサロメに向かって、天は小さな手を伸ばした。
「‥‥ちょっと」
 ぎゅむと頭を抱き込まれて、サロメの声が低くなる。
 抱擁とも、拘束とも判断し難い状況ではあるけれど、当の本人にはしっかり分かった。これは、むずかっている子供をあやすかのような愛情の籠もった抱擁である、と。
 けれど、子供に子供扱いされては、彼女の自尊心も大いに傷つくというもの。
「どういうつもりよ」
 不機嫌な彼女の声に動じる事なく、天はその頭を撫でた。
「いい子いい子」
「‥‥アンタねぇ‥‥」
 子供の体温が心地よく感じるのは何故だろう。しかも、それが妙に擽ったく、心の奥がほっこり温かくなる。
 息を吐き出して、サロメは天に「抱っこ」されたまま両手を挙げた。
「もう、いいよ。あたしの負けにしといてあげるよ」
 隙無く武器を構えていたセリアと力が顔を見合わせる。
「負けって‥‥」
「負けは負けだろ? ま、あいつらの答えはまだ出ていないみたいだけど」
 全身でリリィを庇うニールとロイスに顎をしゃくると、サロメは抱きつく天の体をぺりと剥がして広瀬へと放り投げる。
「アンタ達が余計な事をするから、計画が台無しじゃないか。本当なら、今頃、リリィは幸せな花嫁になっているはずだったのに」
 反論すべく口を開きかけたネティよりも先に、乱れた髪を撫でつけながら、彼女は素っ気なく言葉を続けた。
「でも、アンタ達のお陰で、あの子を殺さずに済んだ。それだけは礼を言っとく」
 思いも寄らぬ言葉に目を見開いた冒険者達を鼻で笑って、彼女は踵を返した。負けは認めたが、屈したとは思っていないのだろう。
 悠然と立ち去りかけたサロメが不意に歩みを止めた。冒険者達を振り返り、小さく囁く。
「せいぜい、気をつけるんだね。アイツは何食わぬ顔でアンタ達の中に入り込むよ」

●暗雲
「どのような答えを出そうとも、いつか、皆が幸せになって欲しいものですね」
 セリアの言葉に、帰路を辿る仲間達も頷いた。ようやく互いに向き合ったリリィ達の前途に幸あれと祈る心に、サロメが残した言葉が重く暗い影を落とす。
「だが‥‥」
 くすんだ冬の色の空を見上げて、広瀬は呟いた。
「何が起きようとも、我々はそれに立ち向かうまでの事」
 その頬に浮かぶ不敵な笑みに、レヴィの顔にも明るさが戻る。
「そうだよね。まだ起きてない事を今悩んでも仕方ないし! ねぇ、依頼料も入る事だし、後でぱぁっといきましょ♪ ぱぁっと!」
 その提案に沸き立つ冒険者達の眼前に、幾日かぶりに戻るキャメロットの町が広がっていた。