【恋歌】3つめの調べ
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 94 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月20日〜09月27日
リプレイ公開日:2004年09月28日
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●オープニング
「再度、依頼を出されますか」
尋ねられて、咄嗟に答えられなかった。
モンスターが囲む小屋の中に捕らわれているであろう彼女は、どれほど怖い思いをしているのだろう。心細くて泣いているかもしれない。
なのに、戸惑った。
頷けば、冒険者達がすぐにでも彼女を助け出してくれたかもしれないのに。
彼女の事が心配である事に嘘も偽りもない。
でも、彼女をこんな目に遭わせたのは自分。
後ろめたさが、体を縛り付け、喉を干涸らびさせた。
「お願いします」
項垂れ、凍りついたように動かないニールの代わりに冒険者達へと切り出したのはロイスだった。
再依頼の手続きをする為に、彼らは冒険者と共にキャメロットのギルドに訪れていた。
同行した冒険者から、村からキャメロットまでの道程、彼らは一言も喋らず、思い詰めたような表情をしていたと聞いていた者達が、その言葉に互いを見交わす。
慣れた冒険者が攻撃を思い留まる程のモンスターを見て、怖じ気づいたのかと案じていたのだが、その心配は無さそうだ。
「迷っている間にもリリィは辛い思いをしています。一刻も早く助けてあげたいんです。ニールも同じ気持ちのはずです」
「分かりました。お受け致しましょう」
攫われたリリィをすぐにでも助けたいのは彼らとて同じ。
だが、小さな小屋を何重にも取り囲むモンスターに対して下手に攻撃を仕掛けては、リリィの身に危険が及ぶ可能性がある。それ故に、彼らは一旦退いたのだ。
「そうと決まれば、早急に支度をしましょう。リリィさんの安全の為に、万全の策をたて、準備をして村へ戻るんです」
小屋は、村人が見張っている。とは言え、モンスターを恐れる彼らでは心許ない。リリィの身が別の場所に移される事も考えられる。なるべく早く村へ戻らなければならない。
「小屋は完全に包囲されていたな」
小屋を中心として徘徊していた無数のモンスター達。
戦いに時間が掛かれば、逆上して小屋を襲う者も出るだろう。リリィを無事に救出する為には、短時間のうちに奴らを殲滅するか、もしくは気づかれぬように小屋へと近づくかしかない。
後者は出来ないわけではないが、不可能に近い。
「モンスター共の統制が取れているのも気になる」
報告では、森の中でロイスを狙った女がいると言う。モンスターを連れた、黒髪の女だ。
「その女が黒幕だとして、何の為にリリィ嬢を狙う? リリィさんはごく普通の娘だ。狙った所で何の得にもなりはしないだろうが?」
びくりとニールの体が揺れた。
「それは本人に聞けばよかろう。‥‥出来るならば、リリィの救出と同時にその女も押さえたいが」
女の居場所は定かではない。
その風貌を知るのは、森で出会った者達だけだ。
「名前も顔も分からないんじゃ、魔法を使って探すとしても大変よね」
伝え聞く外見だけで、その女の居場所を特定出来るだろうか。
「そういえば、小屋の中にリリィさんがいると確認出来たわけではありませんよね」
冒険者達は押し黙った。
居場所は掴めたが、リリィの姿を確認したわけではないのだ。離れた小屋の中を覗く事は出来ようが、確認出来る範囲にリリィがいなければ、それ以上は分からない。小屋を透かして見る事が出来れば別だが。
「ともかく、考えよう。優先すべきはリリィさんの無事だよ」
決意を込めて、彼らは頷き合った。
「お願いします。協力出来る事は何でもしますから、リリィを助け出して下さい」
真剣な目をして、冒険者達に縋りつかんばかりに頼むロイスの肩を叩く。居ても立ってもいられない様子のロイスを宥めながら、冒険者達の目は彼とは対照的に座り込んだまま動かないニールに注がれていた。
「これだけ仕掛けておけば時間は稼げるわね」
自慢げに胸を張った女に向けられるのは、傍らのゴブリン達の怪訝そうな眼差しのみ。
ちゃんと反応を返してくれる相手が欲しいと思ってしまうのは、こんな時だ。
「『すっごいよ、サロメちゃん!』とかさぁ、『さすがは我が闇の女王云々』とか、歯の浮くような美辞麗句を並べてくるイケてる男はいないものかしらねぇ」
空しさを噛み締めながら、彼女は溜息をつく。
「ま、ともかく、これで冒険者達が来ても足止めは出来るし。その間にアイツを動かせば、あたしの筋書き通りに‥‥」
丁寧に磨かれた爪の先を紅い紅い唇にあてて、女は笑った。
●リプレイ本文
●誤った道
「醜きゴブリンよ、貴様らの相手はこの私だ」
大音声で挑発する広瀬和政(ea4127)に、知恵の回らないゴブリン達も即座に反応する。いくら統制が取れた一団であろうとも、敵が目の前に現れて命令を守り続けるはずもなく。狙いを広瀬に定め、ぞろりと動き出す。
奇声と共に剣を振り上げ、斬りかかったゴブリンの一撃をかわした広瀬の背後で、ユリアル・カートライト(ea1249)の詠唱が完了した。
ユリアルの手から一直線に伸びた魔法の黒い筋がゴブリン達を弾き飛ばす。
「さて、皆さん。私達の相手に‥‥なって下さいますよね?」
小屋との距離を測りながら、ユリアルはふわりと邪気なく笑う。言葉に込めた物騒なニュアンスなんて、まるで感じさせない微笑みだ。
「気合い入ってますね、ユリアルさん」
「あいつの頭ン中ァ、リリィ嬢を助け出す事で一杯なんだろうな」
ロイスとニールを警護していたネフティス・ネト・アメン(ea2834)の声に、御堂力(ea3084)は、先ほどユリアルがロイス達へと語りかけた言葉を思い返して視線を落とす。いつも穏やかでおっとりとしている彼にも、何らかの辛い過去がありそうだ。
「多かれ少なかれ、人にゃそれぞれ抱えたモンがある。自分の持ちモンも持てない野郎が他人のモンまで引き受けられるはずがねぇぞ、この青びょうたん」
低く呟かれた言葉は誰に対してのものか。
ネティはロイスとニールを窺った。どちらも、何も言わない。
「ねぇ、2人とも‥‥。リリィが戻って来たら、もう1度、ちゃんと3人で話し合って。過去じゃなくて、皆が幸せになれる未来だけを考えて」
「君は」
心の底から絞り出すように、ニールは苦しげに口を開いた。暗い瞳はネティへと向けられている。
「君達は、誰かを本気で好きになった事があるのか? どんな事をしても相手を手放したくない気持ちなんて、君達に分かるのか」
「あ‥‥あたしは‥‥」
彼の震える拳を軽く叩いて、ロイスはニールに首を振ってネティへと視線を移す。
「君の言う事は正論だと思う。でも、正論だけで全てがうまく行くわけじゃない。それが分かっていても、誤った道を選ぶ事だってあるんです」
悲しげな笑みに、ネティは居たたまれなくなって俯いた。
「でも、太陽の光は誰にでも等しく注がれるのよ。自分から日陰を作っては‥‥」
無言で肩に置かれたロイスの手が温かくて、ネティは泣きたくなった。
「‥‥誤った道たぁ、どういう事だ? まさかとは思うが、リリィ嬢に絡むモンスターの騒動を仕組んだのはてめぇらだなんて、言わねぇよな?」
凄みのある力の視線に射抜かれて、ニールは1歩、後退った。
怯えきっているニールと視線を逸らしているロイスとを見比べて、力は続ける。
「リリィ嬢の狂言か、てめぇらどちらかの企みじゃないかと思っていたが、どうやら‥‥」
「お‥‥俺は不安だったんだ! 小さい頃から、リリィはロイスの事が好きだったから。だから!」
「知ってたの?」
動揺するニールの様子に黙ったままのロイスを見上げてネティは尋ねた。答えは、辛そうな微笑み。
「いつ分かったの?」
「‥‥森で、あの黒髪の女に出会った時、かな。僕が横恋慕しているって言われて、ただのモンスター事件じゃないと気づいて」
胸に抱いていた疑問が解消されたというのに、遣りきれない。ぎゅっと胸元を掴んで、ネティは力無く尋ねる。
「それで、ロイスさんは心を決めたのね」
ロイスは頷いた。
「こんなにニールを苦しめていたなんて知らなかった。だから、僕は‥‥」
●接近遭遇
後方の様子を窺い見たセリア・アストライア(ea0364)は、一瞬だけ瞳を伏せた。
気を抜けば命にも関わる戦場で、油断にも繋がる行為である事を知っていながら、彼女は落胆する自分を止められずにいた。
彼女の気持ちは、ニールに届かなかったのだろうか。
想いを閉じこめているかに感じるニールに、過去と、彼女が常に胸に抱く決意とを告げたのは、彼に勇気を出して欲しかったからなのに。
「あの軟弱者。いつまでもうじうじと‥‥」
ゴブリンを1匹張り飛ばし、背中合わせになったレジーナ・フォースター(ea2708)の心底呆れ返った口調に、セリアは苦笑した。
「どうやら気合い入れが足りなかったみたいですね」
「漢同士なら、ぐーで語って分かり合うべきですッ」
恋する男の複雑な心境を差し引いてみても、奴は肝が小さすぎる。
襲って来たゴブリンを切り捨てて、セリアはぶつぶつと文句を並べるレジーナを振り返った。
「殴り合うはさておき、私も貴女と同意見ですけれど‥‥理屈では気持ちを納得させる事は出来ないのでしょう」
それでも、とレジーナは思う。
気持ちを吐露する事なく、互いに悶々と過ごしているよりも、ぶつかり合った方が理解し合えるはずだ。
「片頬だけじゃなくて、両方張り飛ばしておけばよかった‥‥」
ぱちんと掌に拳を打ち付けるレジーナに、セリアの笑みも引き攣ってしまう。その脳裏に浮かんだのは、ニールの頬に綺麗に決まった彼女の一撃。目測によるとクリティカル。
「あ、そうです。ネティさんのお告げ曰く、例の女が近くにいるようですから気を付けて下さいね」
レジーナの一言に、セリアは我に返った。
「きっと嫉妬団所属の寂しい独身年増女に違いありません。どんな姑息な手段を使って‥‥」
「誰が独身年増女ですって?」
1匹のゴブリンが突然にレジーナへと指を突き付けてきーきーと怒り出す。
呆気に取られた周囲を気にも留めず、レジーナはそのゴブリンをせせら笑った。
「あなたよ、あなた!」
「そういうあなたは幾つよ!」
「花も恥じらう19歳ですわ」
地団駄を踏んだゴブリンの姿が黒髪の女へと変わっても、レジーナは全く動じる事なく会話を続けていく。
「私はまだ17歳。ぴっちぴちよ!」
「きぃーっっっ!!」
何やら低いレベルの争いのようだ。しかも、これはどう見ても‥‥。
『『『‥‥同族嫌悪?』』』
戦っていたセリアやユリアル、果てはロイス達を警護していたネティや力までもが同じ言葉を思い浮かべたその時、
「おい。貴様ら‥‥いい加減にしないか」
ごちんと良い音が2回、周囲に響き渡った。
「まっ、また可憐な乙女の頭をどつきましたわねッ」
痛そうに蹲ったレジーナの頭を思わず撫でて、ユリアルは広瀬を見上げる。
「少し手加減してあげてもよかったのでは?」
「それではいつまで経っても終わらん」
「それはそうですが‥‥」
ごにょごにょと語尾を濁して、ユリアルはレジーナと同様に呻いている女の頭にも手を伸ばす。
「たんこぶ、出来てますよ」
「うっさいわねッ!」
乱暴に払い除けられた手に、ユリアルは思わず噴き出した。
涙目で強がられても迫力なんてありゃしない。
モンスターに関わる敵のはずなのに、自然に笑えた自分を不思議に思う。ふと目を上げると、仲間達も程度の差はあれ笑っていた。
−‥‥笑って、よかったんですよね
心の内で呟いて、ユリアルは己の胸にそっと手を当てたのだった。
●新手
「ねぇ」
「はい?」
今にも崩れそうな小屋の中、縛られたリリィの縄を解いていた橘蛍(ea5410)は、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)の声に顔を上げた。
「なんだか、あっち凄く楽しそう」
「だね。あ、壁に手をついちゃ駄目だよ? 倒れるとまずいから」
表で起きている乱闘(一部、口喧嘩)の様子を窺い、唇を尖らせながらレヴィは蛍に合図を送る。彼らだけ楽しそうに見えるのは、少々気に入らないが、リリィを連れ出すのは今をおいてない。陽動班が作ってくれた絶好の機会だ。
「レヴィさん‥‥」
小さな呼び掛けに視線を上げると、扉の外に嗄れた叫び声を発するゴブリンの姿がある。どうやら見つかってしまったらしい。
うんざりとした表情で蛍に肩を竦めると、レヴィはゴブリン達に向けて手を突きだした。
「それ以上近づかないで! 近づいたら‥‥」
鋭い叫びに一瞬怯んだものの、ゴブリン達は脅しだと判断してすぐに剣を手に近づいて来る。
蛍の攻撃が作った隙を逃さず、レヴィはリリィの手を引いて小屋の外へと走り出た。
「だから、近づかないでってば!」
手早く印を結ぶと、十分に距離を空けてローリンググラビティーを放つ。上空に舞い上がった後、地面へと叩き付けられたゴブリン達は混乱を来して逃げ惑った。見境を無くした数匹が、先ほどまでリリィが捕らわれていた小屋に体を打ち付けては倒れ、また駆け出す。それはひどく滑稽な光景だったが、朽ちかけた小屋は何度も加えられる衝撃に耐えられなかったようだ。
ぐらりと傾いだ小屋に、リリィが悲鳴を上げる。
「ヴェールが! 叔母様から頂いたヴェールが中に‥‥!」
「え!? ちょっ‥‥!」
止める間は無かった。
ゴブリンの襲撃を退けていたレヴィが振り返るよりも早く、リリィは小屋に引き返していたのだ。追いかけようとしたレヴィの前に、数匹のゴブリンが立ちはだかる。
「蛍!」
「分かってる!」
ゴブリン達を退けて駆け出した蛍に、事態に気づいた者達が息を飲んだ。
「っの馬鹿!」
レジーナの隣で女が叫ぶ。
「小屋が!」
悲鳴に近いネティの声が、喧噪を割いてやけによく聞こえた。
予想外の出来事に動きを止めた者達の前で、リリィを飲み込んだまま倒れていく小屋。
それは瞬きの間の出来事だった。
けれど、彼らの目にはその一瞬、一瞬の光景が止まっているかのように鮮明に焼き付いた。
「リリィ!」
真っ先に我に返ったロイスが倒れた小屋へと走り寄る。吸い込んだ粉塵に噎せつつ、瓦礫を掘り出した彼の姿に、ニールも続く。
「なんて事‥‥」
呆然と呟いた女に、自分も救出に当たるべく走りだそうとしたレジーナが足を止めた。きっ、と女を睨みつけ、その頬を叩く。目を見開いた女を見据えて、彼女は苛立たしそうに言葉を投げつけた。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! あなたも手伝うのよ!」
女の腕を掴み、小屋へと向かおうとしたレジーナは踏み出した足を再び止めた。
僅かに治まりを見せた土埃の中に、何者かの影を見つけたのだ。
瓦礫を取り除いていた者達も、その影に気づく。
刀に手を伸ばした広瀬の目に鋭い光が宿った。クリアになった視界の中、影は次第に形を現していく。体格からして男のようだ。そして‥‥
「リリィ‥‥さん?」
マントのフードを目深に被った男の腕に抱えられていたのは、気を失ったリリィの姿。
呟いたネティに、男の口元に笑みが浮かぶ。
「貴様、何者だ」
広瀬の誰何の声と共に、体に似合わぬ敏捷な動きで男の背後に回った力がその首もとに刀を突き付ける。
男は動じる様子も見せず、リリィを抱えたままで歩き出す。
「待て。どこへ行く気‥‥」
途端に、力の体が動けなくなった。それは、間合いを詰めていた広瀬も同じ。
泉に投げた小石が波紋を描くかのように、蛍が、セリアがレヴィがユリアルが動きを止めていく。
傍らを通り過ぎた男から聞こえた呪に、ユリアルは動かない首を必死に巡らせようと体に力を込めた。けれども、呪縛された体は彼の言う事をきいてはくれない。
その場にいた者達の動きを封じると、男は詠唱を止めた。
「この娘は俺が預かる。取り戻したくば後日、指定された場所に来る事だ。行くぞ、サロメ」
去って行く気配。
群れていたゴブリン達も、サロメと呼ばれた女もいつの間にか消えてしまっていた。
突然の予期もしていなかった展開に彼らは、ただ立ち尽くすだけだった。
呪縛が解けた後も。