【騎士育成物語】巣立ち

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 14 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月25日〜05月02日

リプレイ公開日:2005年05月04日

●オープニング

 いつも通りざわめくギルドの中を見渡すと、彼は少女と見紛う細身の青年を探した。
 いくつかの卓の向こう、顔見知りとなった冒険者と談笑する騎士見習いの姿を見つけると、その名を呼ばわる。
「アリアス」
 顔を上げた青年を手招きながら、彼の成長ぶりに目を見張る。
 初めてギルドに来た時は、儚げにしくしくと泣いてばかりいたのに、いつの間にか、それなりの自信をつけ、冒険者としての風格も漂わせつつある。
 毎日のように顔を合わせていて気が付かない程に、ごく僅かではあるが。
−だが、まだまだだな
 心中呟いて、彼はやって来た青年に1枚の羊皮紙を見せた。
「依頼‥‥ですか?」
 声は、まだハスキーボイスの少女のそれである。
 それはまぁ、仕方がないとして。
 こほんと小さく咳払うと、彼は重々しく頷いた。
「そうだ。ここから北へ少し行った所にある森に、性悪なゴブリン共が居着いたそうだ。集団で無抵抗の者をいたぶっては悦に入っているらしい」
 森を行く旅人の前に、突如、褐色の肌にひしゃげた鼻、下顎から突き出た牙と子供ぐらいの背丈をした小鬼が1匹現れる。旅人が己の優位を信じ、強気に出て追い払おうした途端に、待ち構えていたかのようにゴブリン共が集団で現れる。そして、旅人を嬲るだけ嬲った後は、金品を巻き上げるという。
「ひどいですね」
「そう思うだろ? だから、このゴブリン共をなんとかしなければならない」
 はい、と応えた青年の顔に怯えはない。
 言いつけられた特訓も毎日欠かす事なく続け、今では課せられていた倍の量をこなせるようになったらしい。勿論、冒険者として、騎士としてはまだまだ足りないが、少しずつ、彼は1人前へと近づいている。
「それで、だ」
 急に改まった声に、依頼書を読んでいた青年は首を傾げて彼を見上げた。
「お前はこの数ヶ月の間に成長したと思う。親父の言いつけに途方に暮れ、ぴーぴー泣いていた頃とは違う」
 頬に朱をのぼらせ、気恥ずかしそうに俯いた青年に、彼は続ける。
「だが、まだ1人前の騎士、冒険者としては認められない」
 いつの間にか、周囲の話し声も止んでいた。
 息を詰めて、成り行きを見守る冒険者仲間の前で、彼は宣した。
「だから試験だ、アリアス。お前が見習いから卒業出来るかどうか、この依頼で見極める」
 口を開きかけたアリアスを制して、仲間達を見回す。
「この依頼に参加する者達に、それを見極めて貰おう」
 どういう事? と、近くにいた女冒険者が尋ねた。
「見極めると言っても、何を基準に判断するの?」
 冒険者になる為の試験などない。
 皆、己自身で腕を磨き、知識と経験を積んで来た。見習いの時期がいつまでで、いつから冒険者と呼ばれるようになったのか、覚えている者の方が少なかろう。
「初めての依頼からこの間の花嫁の試練まで、アリアスは確かに依頼をこなして来た。だが、それは誰かに指示され、フォローを受けての事だ。だから、今回は、アリアス自身に担当を振り分け、自分の判断で行動させる」
 冒険者達は顔を見合わせた。
「でも、それは‥‥」
「皆と同じだろう? 依頼を受けると、それぞれに役割を分担する。そして、自分で状況を判断して動いている。だが、自分だけで動けば、依頼の失敗どころか、仲間の命さえも危機に陥れる。常に全体と仲間の状況を把握し、より良い判断を下して行動出来るかどうか。それが、アリアスの試験だ」
 つまり、今までのようにアリアスのフォローをしつつ、依頼を完遂する事を考えるのではなく、アリアスを1人前の戦力と考え、自分達はいつもの依頼と同じように己に振られた役割を果たせばいいと言う事か。
「もし、アリアスが自分の役割を果たせず、また、何らかの失敗をして、依頼が果たせなかった場合は、アリアスはまだ1人前ではないとみなし、冒険者心得の1から鍛え直す」
「待て。それでは、万が一、依頼を完遂出来なかった時に、冒険者としての信頼が‥‥」
「だから、依頼を成功させろ」
 反論の言葉を遮って、彼は俯いたアリアスと仲間達へと羊皮紙を示した。
「このゴブリン共は森に入る人間を見張っていると思われる。たった1人で森に入った者だけを狙っているみたいだからな。数人で森に近づいた場合は、どこかに潜んで出てこない。誰かを囮にして、現れた時を狙うというのは無理だと考えるべきだな」
 では、森を囲んで殲滅するか。
 だが、そうするには人数が足りない。
「そんなに広い森じゃない。森の中を通る街道が1本と、後は獣道。小さな川が流れていて、森の外は山へと続く岩場と平地。逃げ道さえ押さえておけば、囲い込むのも誘い込むのも不可能じゃないだろ」
 後はお前達とアリアス次第だ。
 ぽんと、1つ肩を叩き、そう言って爽やかに去っていく背中を、残された者達は複雑な心境で眺める。
「そういや、あいつ、この間もうまい事言って逃げたっけな‥‥」
 誰のものかも分からない呟きに、ギルドの中を冷たい風が吹き抜けたような気がした。

●今回の参加者

 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5321 レオラパネラ・ティゲル(28歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
 ea5352 デュノン・ヴォルフガリオ(28歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●魔法の呪文
「探って来たよ〜! ベアりんの言う通‥‥あーっ!」
 偵察から戻るなり、けたたましい声を上げたカファール・ナイトレイド(ea0509)に、ヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)は思わず片耳を塞いでしまった。
 それでも、間近から食らった直撃は防ぎきれず、ヴォルフは頭の中で鳴り響く残響に呻く。
「ずるいずるいずるいーっ! おいらが仕事してるのに、皆だけずるいーっっ!」
 空中で手足をジタバタとさせ、ぐるぐると回っているカファに、デュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)は笑いながら手製のパンを取り出した。
「安心しろ。ちゃんとカファの分は取ってある」
「ホント!?」
 涙を浮かべたまま、顔を輝かせたカファがデュノンの傍らまで飛ぶ。ムーンシャドゥか微塵隠れでも使ったのかと思うくらいの素早さであった。
「わーい♪ デュノりん、だぁいすきー♪」
 ‥‥餌付け、だよな。
 誰かが心の中で呟いた言葉はさておき、デュノンのパンを美味しそうに頬張る傍ら、カファは自分が見て来た事を仲間達に報告する。
「ンで、ぎょぶでぃんば‥‥」
「いいよ、いいよ。食べてからにおし」
 呆れ顔で手を振って、ベアトリス・マッドロック(ea3041)はデュノンの肩の上にちょこんと座ったシフールの少女の口元のパン屑を指先で払ってやった。
「どうやら、村の連中が言ってた通りのようだね」
 事前に、森に近い集落で猟師達からの情報を集めていたベアトリスの言葉に、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)もパンを千切る手を止めて頷く。
「言われた通りに幾つか獣道を回ってみたが、奴らは気付かなかった」
「全ての道を見張っているわけではない、と言う事ですね」
 アルメリア・バルディア(ea1757)は口元に手を当てて考え込んだ。見張りのいない道をうまく利用すれば、ゴブリンに気付かれる事なく巣に近づけるかもしれない。
「でも、それが私達に有利となる‥‥わけではありません」
「見張りのいない道には罠を仕掛けてあるし、潜んで待ち伏せる事も出来る。だが、見張りのいる道‥‥整った街道や獣道には仕掛けられないからな。そこから逃げられる可能性も考えられる」
 淡々と指摘するゼファーに、ヴォルフは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「ま、何とかなるだろ。獲物を思った通りの場所に追いつめるのも狩りの手だろ?」
「‥‥そうだな」
 溜息のような笑い声を漏らして、ゼファーは鬼神ノ小柄を確認すると、地面に寝かせてあったスピアを手に取り立ち上がる。
「では、獲物を追い込めるのは狩人に任せて、私は配置につくとしよう」
「連中を退治出来たら、村からも謝礼を出すと言ってたよ。期待されてるんだ。頑張っといで」
 緊張した面もちで頷くアリアスの背を叩いたベアトリスを押し退け、レオラパネラ・ティゲル(ea5321)は彼の細い手を掴んだ。
「アリアス」
 大きな瞳でじっと見つめるレオラの何か言いたそうな表情に、アリアスは怪訝な顔で見返す。
 やがて、レオラは大きく息を吐き出した。同時に、肩からも力が抜ける。
「‥‥今までに学んだ事を思い出して、落ち着いてやるんだよ」
「はい」
 言いつつ、掴んだままのアリアスの手をぐいと自分の方へと引き寄せる。
「わわ!?」
「じっとしといで、アリアス。あたいが幸運と魔除けのおまじないをしてあげるからね」
 自身の紅を指先につけ、アリアスの白い頬に線を引く。右に3本、左に3本。
 猫ひげ?
 ‥‥猫ひげですね。
 囁き交わされる言葉も聞こえぬように、レオラはアリアスの体を更に引き寄せる。
「これで、完せ‥‥」
 頬に唇を寄せた彼女は、その言葉の全てを言い終える事が出来なかった。咄嗟にアリアスの体を放し、後ろへと飛び退る。
「何を」
「何って、そこにGがいたのよ、Gが」
 地面を抉ったGパニッシャーに、レオラは眉を寄せてレムリィ・リセルナート(ea6870)を見る。
「Gなどいなかった」
「そう? おかしいわね。逃げちゃったかしら」
 彼女達の間に火花が飛び散ったように見えたのは、気のせいだろうか。口を挟むタイミングを逸して固まったアリアスに、カファが励ましの言葉をかける。
「あのね、アリりん。依頼、難しそうだけど、おいら、体がちっちゃくて力もちょっとしかないけど、勇気はいっぱいあるもん。頑張るもん!」
 細くて小さな腕をぎゅっと曲げて、カファはアリアスの目の前で力こぶを作ってみせる。どうやら、彼女はアリアスが緊張していると思ったらしい。
 驚いた顔で目を瞬かせたアリアスは、息を詰め、顔を真っ赤にしてちょびっとの力こぶを保っているカファに、ふ、と微笑んだ。
「ありがとう」
「貴方は1人ではありませんから」
 仄かに匂い立つ香り袋をアリアスに差し出して、アルメリアはぜーはーと荒い息を吐いているカファに自分の肩を貸した。
「1人じゃない‥‥」
「騎士様は、強くて可愛いお姫様をお守りして下さいね」
 それは、魔法の呪文だった。
 1人前の騎士になりたかったアリアスを、緊張と劣等感から解き放つ呪文。
「はい。僕、頑張ります!」
 瞳に穏やかな表情を浮かべたアルメリアが、優しく微笑んで頷く。
 そんな心温まる光景を見ながら、ヴォルフは1人、悶々と悩んでいた。
「とうとうアリアスにも独り立ちの時が来たわけか。これまでのあいつの経験して来た事を思えば‥‥思えば‥‥思‥‥」
 到底、独り立ち出来るような状態ではないような?
 頭を抱え、肩を落としたヴォルフの様子に、ベアトリスはやれやれと額を掻いた。
「どうでもいいけど、さっさと配置におつき。ゼファーの嬢ちゃんとデュノンの坊主は、とっくに行っちまったよ!」

●作戦と戦闘
「ねぇ、アリー」
 ぽてぽてと、切り込み隊とは思えぬ足取りで進むレムリィの声に、アリアスは振り返った。こちらはレムリィと違って、やる気満々である。アルメリアの魔法の呪文が効いているらしい。
「どうかしたんですか? レムリィさん。あ、もしかして、僕と一緒だと怖いですか? 大丈夫です。僕が絶対にお守りしますから」
「‥‥アリーはこっち」
 守ってくれるという気持ちは有り難いけど、と上気した頬を隠すようにそっぽを向いて、レムリィはアリアスにライトシールドを差し出した。
「あたしが切り込むから、アリーは盾。もうすぐ、カファちゃんが調べてくれた地点に到達するから、気を‥‥」
 不意に騒がしくなった周囲に、レムリィはGパニッシャーを構えて気配を探る。何かが近づいて来る。猛々しい、興奮した気配と地面を蹴る規則的な足音。
 緊張が頂点に達しようとした時、茂みを掻き分ける音がしたかと思うと、レオラの姿が現れる。彼女の後ろから追いかけて来るのは、武装したゴブリンの一団だ。
「アリアス! 奴らを連れて来てやったよ!」
「連れてっ‥‥てぇ!?」
 もう少し巣に近づきたかったが仕方がない。レムリィは手早く松明に火を付けてゴブリンに向けて投げつける。散った火花が下草に燃え移るのを横目に見ながら、彼女は対G兵器を持ち直した。
 一方、ゴブリン達の逃げ道を塞いでいた冒険者達も、予定していた時間よりも早くに始まった戦闘の気配に対応の手段を変更せざるを得なくなっていた。互いの場所が離れているが故に、打ち合わせるのは不可能だ。
 それぞれに判断して、彼らは戦闘の音が激しくなる方角へと足を向ける。
「全く、後から後からーッ! もーっ!!」
 脳内でゴブリンどもを別の『敵』に置き換えて、レムリィは容赦なく制裁の鉄槌を下していた。アリアスのサポートはしない。ここで彼に手を貸しては、卒業試験の意味が無くなってしまうからだ。
「レオラ! あんたも手伝ってよ!」
「分かっているよ」
 レオラは、荷物の中から素早く弓を引き出した。
 だが、レムリィに彼女からの援護は来ない。
「レオラ!?」
「‥‥すまないね。矢を補充するのを忘れていたみたいだ」
「なにーっっ!?」
 援護が期待出来ない上に、この数を1人で相手にするとなると、かなりキツイ。たかがゴブリン、されどゴブリンだ。戦い慣れをしている分、その辺りのモンスターよりも手強い。
 Gパニッシャーをからくも躱したゴブリンの背後から、別のゴブリンがレムリィに襲い掛かる。アリアスのシールドも、ダガーを取り出したレオラの援護も間に合わない。
 ぎゅっと目を瞑ったレムリィに襲い掛かる寸前、ゴブリンが苦鳴をあげた。その背には1本の矢が刺さっている。
「矢‥‥って、事はヴォルフ!?」
 どうやら、仲間達が間に合ったようだ。
 何処からか飛んで来た矢は、ゴブリンに恐怖を植え付けたようだ。混乱した何匹かが我先にと木々の合間、闇の中へと身を隠そうとする。
 そんな彼らを黒い光が襲う。
 悲鳴を上げる間もなく、1匹が弾け飛んだ。
 闇に紛れた黒ずくめのデュノンが放ったディストロイだ。燃える火に照らし出されたデュノンは、ゴブリン達に怯む時間さえ与えず、鋭い大鎌で切り裂く。
「ゼファりん! こっち来るよ!」
 死神の鎌を逃れた数匹を確認して、カファはゼファーに耳打ちをする。小さく頷き、ゼファーは逃れて来たゴブリンに向けてスピアを投げつけた。
 濁った叫びが森に木霊する。
 恐慌に陥った残りのゴブリンが、向きを変えて逃げ出す。
「逃げちゃうよ!」
「いや、これでいいんだ」
 ロープを引き、戻って来たスピアを拾い上げると、ゼファーはカファの頬を指先で突っついた。ざわざわと茂みを揺らす気配が遠ざかったと思ったその時、驚愕と絶望の雄叫びが轟く。
「無駄にならずに済んでよかった」
 涼しげな顔で、ゼファーはゆっくりと歩き出した。
 その先には、彼女が仕掛けた罠に捕らえられたゴブリンがいるはずであった。

●怒り
 森の中から次々と聞こえて来るゴブリンの悲鳴。
「逃げた連中は、皆が何とかしてくれたみたいね」
 肩で息をしつつ、レムリィはアリアスを振り返った。如何に鍛えた冒険者とはいえ、全力でGパニッシャーを振り回していれば息も上がる。
「そ、そうですね」
 こちらは、シールドでゴブリンの攻撃からレムリィとレオラを守り続けていたアリアスだ。攻撃こそしなかったが、シールドを落とす事もなく、無事に任務を完了出来たようだ。
「っ! レムリィさん!」
 レムリィを振り返ったアリアスは、次の瞬間、切羽詰まった声を上げた。その声に、レムリィは咄嗟に身を捩った。彼女の頬をゴブリンのフレイルが掠める。
「っう!」
「レムリィさん!」
 頬を押さえたレムリィと彼女に駆け寄ったアリアスを背に庇い、レオラがダガーを構えた。
「毒が塗ってあったらまずいよ! 早く、レムリィをベアトリスの所‥‥へ‥‥」
 レオラの言葉が途中で途切れた。
 ゆらりと幽鬼のように立ち上がったアリアスが、フレイルを突き出したゴブリンへと歩み寄る。
「傷‥‥女の子の顔に‥‥傷を」
「ア‥‥アリア‥‥ス?」
 ごくりと生唾を飲み込んで、レオラは顔を引き攣らせた。怒りの波動と言うべきか、アリアスの周囲に声さえも掛け辛い気配が渦を巻いている。
 ゴブリンも彼の怒りに竦み上がり、動けなくなっている様子だ。
「あなたは、その責任を取る事が出来ると言うんですか!」
「取られてもねぇ‥‥」
 血が滴る頬を押さえて、レムリィが呟く。
 怒鳴りつけられたゴブリンは、彼の迫力に負け、フレイルを捨てて降参の意志を示した。
 その後、駆けつけた仲間達が最後の1匹を取り押さえている最中、緊張の糸がぷつりと切れたらしいアリアスは、ふぅらりとよろめき、地面に倒れ込んだのだった。

●卒業
「失敗したら、パン屋に仕込むつもりだったんだけどなぁ」
 本気か冗談か分かりかねるデュノンの言葉に曖昧な笑みを返して、アルメリアはアリアスの手を取った。
「本当に逞しくなられましたね。騎士様として立派にお勤めを果たされる日も、そう遠くはないでしょう。いつかまた、どこかでご一緒した折には、よろしくお願い致しますわ」
「あ、ありがとう‥‥ございます」
 微笑みかけるアルメリアの顔を直視出来ず、俯いて礼を述べたアリアスに、ゼファーはくすりと笑う。確かに、最初に比べて逞しくなったものの、まだまだ目を離せないというのが彼女の感想だ。だが、アルメリアの見習い卒業という判断に、否を唱えるつもりもない。
「アリアス、卒業祝いをやろう」
 荷の中から、リカバーポーションとヒーリングポーションを取り出すと、ゼファーは彼に投げ渡した。危地に赴く事が多い冒険者の必需品である。
「なら、俺からも。今後、一緒に冒険する時の為にな」
 ヴォルフは、ブラックアーマーをアリアスの傍らに置く。
「皆さん‥‥」
 じわりと目尻に涙を浮かべたアリアスに、ヴォルフはぽりと頬を掻いた。慣れたとは言え、未だに彼が泣くと居たたまれなくなるのだ。
「あー、折角の門出だ。泣くなって。後で、一緒にエールで祝おうな」
「うっし、それじゃあ俺は、アリアスの卒業記念に腕を奮いますか」
 腕を捲り上げたデュノンに、やったと声を上げたのはアリアスではなくカファだ。それだけでは悪いと思ったのか、カファはアリアスの肩まで飛び、おめでとうという言葉と共にお祝いのキスを贈った。
「これで、あんたも一人前だね」
 手作りのお守りを手渡したレオラは、頼りないアリアスが自分の手から飛び立って行くような心地を味わっているのだろう。どこか寂しげな表情をしている。
「ほら、あんたはいいのかい?」
 軽く肘で小突かれて、レムリィはぷいとそっぽを向いた。
「それならそれで構いやしないけどね、後悔しないように、今やるべき事はやっときな」
 厳しいが暖かみのあるベアトリスの言葉に、レムリィは手の中の物を握り締めた。意を決してアリアスに歩み寄る。
「アリアス。見習い卒業おめでとう。これ、あたしからのお祝い」
「ありがとうございます。何でしょう?」
 包みを開けようとした細い手を止めたレムリィの顔に、いつもの勝ち気な表情が浮かぶ。
「今は駄目。開けるのは半年経ってから。ね?」
 片目を瞑って念押ししたレムリィに、アリアスは首を傾げながらも頷く。
「? 分かりました。では、半年後に」
 未来への約束を交わす2人を見守っていた冒険者達は、互いに視線を交わし、キャメロットヘと戻る道を歩き出した。
 ようやく、見習いを卒業し、彼らと同じ位置に立つ事が出来たアリアスと笑い合いながら。