【魔影乱舞】Crossover

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 14 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月21日〜03月28日

リプレイ公開日:2005年03月29日

●オープニング

●行方不明の‥‥
 その日、ギルドの扉を開いた娘に、何人かの冒険者はあ、と驚いた素振りを見せた。わざわざ立ち上がって、彼女の肩を叩く者までいる。
「誰だ? あれ」
 気恥ずかしげに頬を染めて挨拶を返す娘の姿を怪訝そうに眺めて、傍らの仲間に問うのは、初対面となる者だ。
「ああ、彼女ね。ほら、アレだ。全イギリス規模で猫を愛でているとか言う自称団体の会長さん‥‥」
 そういえば、と冒険者は過去の依頼報告書を思い返した。
 猫に絡んだ依頼で見た事があるような、ないような‥‥。
「冒険者の中にも会員がいるんだよなぁ、確か」
 それならば、彼女が冒険者と親しそうなのも納得がいく。
「で、何だ? 今回は猫会議か何かのお誘いか?」
 その声が届いたのか、『全イギリス猫の会』会長、メグの表情が翳る。みるみるうちに涙ぐんだメグに、悪い事をしたわけでもないのに、軽口を叩いた冒険者が慌て出した。
「お、おい? どうしたんだ、一体‥‥??」
 非難の視線を浴びつつ、傍らに歩み寄った冒険者は彼女の顔を覗き込む。
「悪い。別に、アンタ達の活動を馬鹿にしているわけじゃ‥‥」
「‥‥て」
 言い訳と謝罪を兼ねて言葉を重ねていた冒険者の服を握り締めたメグが何事か呟く。聞き取り損なった冒険者が首を傾げるよりも早く、彼女は叫んだ。
「キトゥンを探してーーーッッ!!」
 鼓膜に突き刺さった金切り声に、冒険者は耳を押さえてその場に膝をついた。間近で食らったそのダメージは如何ばかりなものか。哀れな犠牲者に黙祷を捧げ、別の冒険者がメグに尋ねる。
「キトゥンって、確か、君の猫だったよね?」
 その猫を探せという事は、つまりの所、猫探し依頼?
 何人かの冒険者が興味を失ったかのように離れていく。そんな彼らの様子を気にも留めず、メグは鼻を啜りあげながら語り出した。
「ここから西へ3日程行った村に住む会員から、母猫が死んで困っている子猫がいるって連絡があったの。それで‥‥」
「猫の会で保護しようとしたんだ?」
 こくりと頷いて、メグは話を続ける。
「丁度、可哀想な境遇の猫達を引き取っておられる貴族様がお見えになっていて‥‥あ、勿論、その方も会員よ‥‥引き取るとおっしゃって下さって」
 冒険者達は顔を見合わせた。
 それもどこかで聞いた覚えがある。
 猫という共通項があるわけだから、両者に接点があってもおかしくはない。
 無理矢理に己を納得させて、冒険者達はメグの話に耳を戻した。
「でも、その方は村の場所をご存じではなかったので、あたし、キトゥンに案内につけたの」
 キトゥンという猫は一体何者‥‥いや、何猫だろうか。ふと頭を過ぎる疑問。だが、それは今、追及すべき事柄ではない。
「で、その猫が戻って来ないってわけだ?」
 浮かんだ涙を指先で拭って、メグは頷いた。
「キトゥンが帰って来ないなんて! あたしに黙って旅に出るなんて、キトゥンに限ってあり得なーーーいッッ」
 だんと机を強打して、よよと泣き崩れた娘に、冒険者達は焦って宥めにかかる。ギルドのど真ん中で酔っぱらいのようにくだを巻かれては、他の人の迷惑になるだけだ。
「た、例えばの話、その子猫が心配で貴族様とやらの所までついてった‥‥とか?」
 当たり障りない可能性を提示しながら、冒険者の1人が隣の仲間に同意を求める。だが、彼は難しい顔をして考え込んでいる様子だ。
「どうした? 何か心当たりがあるのか?」
「‥‥心当たりという程でもないが、その辺りの村でおかしな病が流行しているって噂を聞いた。なんでも、ある日突然倒れて、1週間程高熱を発する者が続出しているとか何とか‥‥」
「ただの風邪じゃないのか?」
 不安に顔を歪めたメグを気遣った冒険者に、噂話を持ち出した男は首を振った。
「いや、ただの風邪ではなさそうなんだ。亡くなった者もいるらしい。悪い流り病ではないかという事で、他の村の連中はその村への道を封鎖したらしい」
 村の名を告げた途端に、メグは息を呑んだ。どうやら、猫好き貴族と彼女の猫が向かった村であったらしい。
「お願いです!! キトゥンと貴族様を捜して下さい〜っっっ!!」
 いきなり縋りつかれ、バランスを崩した冒険者の腰が嫌な音を立てた。顔を顰めた冒険者の状態に構う事なく、メグは力任せに彼の体を揺さぶった。
「きっと、道を封鎖されていて戻れなくなっているんですッ! 助けて下さい〜ッッッ」
 色好い返事が貰えるまで放さないッ!
 鬼気迫るメグの様子に、彼らはただ頷くしかなかった。

●交錯
 だいぶ陽射しが春めいて来た。
 吹き抜ける風も穏やかだ。
 もう少しすれば、道端の草も緑を濃くし、小さな花をつける事だろう。旅をするには最適な季節となる。そうなったら、カムラッチ少年も連れて来てやろう。
 自分1人が旅に出るのを羨ましがって怒ってばかりいる少年を思い出し、彼は何度も頷いた。
「あいつもそろそろ、色んな楽しみを覚えてもいい年頃だし。‥‥そーいや、昨日の店はお姉ちゃんも酒も今イチだったなァ」
 姿形からすると聖職者らしいが、独り言は何とも背徳的である。
「やっぱ、酒も料理もお姉ちゃんも一流って店は滅多に‥‥ん?」
 足下にまとわりつく柔らかな感触に、彼は歩みを止めた。
 下を向くと、緑色の円らな瞳と視線が合う。
「どーした? 迷子か?」
 にゃぁう‥‥。
 光の加減で深い緑色にも見える艶やかな毛を持った子猫は、彼の足に頭を擦りつけては離れ、戻って来てはまた離れを繰り返している。
「何だ? どこかへ案内してくれるのか? 綺麗なお姉ちゃんがいる所なら大歓迎だぞ」
 軽口を叩きながら、彼は猫に導かれるまま道端の茂みを掻き分けた。
「おいおい、さすがにお兄ちゃんとお子様は守備範囲外だぞ?」
 倒れていたのは、濃い茶色の髪をした青年と幼い少女。青年の身なりが整っている所を見ると、ただの行き倒れではなさそうだ。
「おーい、大丈夫かー?」
 とりあえず、頬を叩いてみる。
 瞼が小さく痙攣して、青年はゆっくりと目を開いた。
 自分を覗き込む1人と1匹の視線に、彼はがばりと体を起こすと、傍らに倒れた少女の無事を確認し安堵の息を漏らす。
「お前、こんな所で何してんだ?」
 その問いに、青年から答えは返らなかった。
 倒れている少女を抱き起こし、懐の中に抱えていた子猫を黒猫へと託す。
「今は説明している暇はありません。この子達をお願いします。僕は、もう1度、あの村へ戻らなくては」
 少女を委ねると、青年はよろめきながら立ち上がった。
「おい、ちょっと待てよ」
「‥‥1人でも多く助けなければならないんです」
 呼び止める声に足を止めると、青年は呟きを残して走り去る。
「なんなんだ、一体‥‥ん?」
 少女の額に手を置くと、彼は眉間に皺を寄せた。かなりの高熱だ。
「仕方ないな」
 ホーリーシンボルを取り出し、少女を抱え直した彼の目に飛び込んで来たものがあった。
 呪文を唱える事すら忘れて、彼は食い入るようにそれを見つめる。
「‥‥いるか?」
 茂みが揺れて、灰色のフードを目深に被った男が姿を現す。
「この娘を治して、しばらくどこかへ隠しておけ」
 膝を折ると、男は少女を受け取った。
「俺は、あの男を追う。どうやら『当たった』ようだ」
「アンドリュー様‥‥」
 フードの男を一瞥すると、彼、アンドリュー・グレモンは、走り去った青年の後を追った。
 その先には、小さな村があるはずだった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●突破
 道を塞いでいるのは恐ろしく頑迷な男であった。
 調査に向かうのだという言葉に耳を貸さず、この先で悪い病が流行っている、行ってはならぬの一点張りだ。
「困ったわね」
 根気強く説得を続ける沖田光(ea0029)とサリトリア・エリシオン(ea0479)をちらり見て、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)は大仰な溜息をついた。
「折角、カレンが調べてくれたとっときの近道なのに」
 不意に聞こえた己の名に、交渉の成り行きを見守っていたエルフのクレリック、カレン・ロスト(ea4358)が振り返る。猫の会会長のメグを通じて近くに住む会員に繋ぎを取り、目的地への最短ルートたるこの道を調べて来たのは彼女だ。
 しかし、彼らが辿り着いた時には、公道から外れたこの裏道までもが封鎖された後だった。
「‥‥奇病」
 風に乱れた髪を右手で押さえながら、カレンは呟いた。
「確かに、何の予備知識もなく奇病が蔓延する地へ向かうのは自殺行為かもしれません」
「カレン」
 小声で窘めたネティに微苦笑を向けて、カレンは視線を戻した。
 封鎖された道の先に、その奇病に苦しむ人々がいる。言い知れぬ不安が彼女を急かす。
「けれど、一刻も早く村へ行かねば、取り返しのつかない事になってしまいそうな気がして」
 そうね、とネティは頷いた。いつも元気な彼女らしからぬ、沈鬱な表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに明るい口調で太陽の力を借りた遠見の結果を告げる。
「ホルスの眼‥‥えーと、こちら風に言うとテレスコープね。それによると、残っているのは遠回りの道だけよ」
「ここで足止めを食らうぐらいなら、遠回りでもそちらの方がよろしいのでは?」
 そう提案したレジーナ・フォースター(ea2708)に、カレンは首を振って、微かに表情を曇らせた。迂回ルートも、封鎖されるのは時間の問題だろう。ならば、このまま進む方がいい。
 再び、そうねと呟いたネティが爪を噛む。どことなく落ち着きもないように見えるのは、彼女もカレンと同様に焦っているからだろうか。
「こんな所で時間を取られている場合ではありませんっ」
 未だ悪戦苦闘している光とサリを、レジーナは窺い見た。
 ぐ、と拳が握り締められると同時に、その体から炎が吹き上がる。
 否。
 ピンクの光が彼女を包み込む。
「ジークお猫様っ! メグ会長の頼みとあらば火の中、疫病の中、何処となりと向かいましょう。猫の会会員No,4とフォースター家の名誉にかけて、この依頼、必ず成し遂げてみせますッ!」
「レジーナ様‥‥」
 ともすると悪い方へと流れていく想像を吹き飛ばすレジーナの勢いは、今のカレンには有り難い。湧き上がった感謝と同意の心をそのまま言葉にしようと、彼女は口を開きかけた。
「皆には言えませんが、これはキトゥンとの地位逆転のまたとない好機。逃す手はありません。ええ、ありませんとも!」
「‥‥」
「レジーナ、だだ漏れ、だだ漏れ」
 ネティの突っ込む声を背で聞きながら、サリはふ、と笑った。
 目の前には決して通さぬと頑張る頑固親父、後ろには野望に満ちた仲間。間に挟まれた己の身のなんと空しい事か。
「だって、放ってはおけないじゃないですか。今、この時にも泣いている人がいるんですよ?」
 サリが理詰めで話しても、光が情に訴えても、男は駄目だと突っぱねるばかりだ。どうしたものかと2人が顔を見合わせたその時、風が走り抜けた。
 一拍遅れて、ネティとカレンが驚愕の声を上げる。
 愛馬に跨ったレジーナが、木組みの柵を一気に跳び越えたのだ。
「レ、レジーナさん?」
 声が裏返った光の呼びかけに、レジーナは手綱を操り、柵の向こう側で馬の動きを止める。
「こちらには猫命救助という大義名分がありますので、失礼。はいよ! シルバー!!」
 愛馬と共に、あっと言う間に走り去ったレジーナに呆気に取られたのも束の間、サリは仲間達へと短く指示を出す。
 封鎖を突破するのは今しかない。
「すみません、許して下さい‥‥。僕達、やっぱり苦しんでいる人達を見捨てるなんて出来ないんです」
 光が男の体を羽交い締めにしている間に、ネティとカレン、そしてサリは次々と柵を越えて行った。

●発端
「いやぁ、あの酒場の女のコ、なかなか激しかったなぁ」
 目的の村へと向かう途上、春らしさを漂わせ始めた空を見上げてルクス・ウィンディード(ea0393)が呟く。
 何を思い出しているのか、うんうんと頷きを繰り返す彼に、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)は醒めた視線を向けると、さりげなくサーシャ・クライン(ea5021)を背に庇った。
「村で、一体何をしていらしたのでしょうね?」
 言葉に塗された霜の冷気に気づかぬ素振りで、ルクスは含み笑う。
「何って、仕事に決まってるじゃん」
 疑惑の眼差しを向けるルクスに、彼は軽く舌を鳴らして指を振ってみせる。
「仕事、仕事。本当だってば。その証拠に、いい情報仕入れて来たんだぜ?」
 情報との言葉に、ルクスはサーシャと顔を見合わせた。ルクスが周辺の村で集めた情報は、主に「奇病」の症状についてだ。噂程度で、どこまで効果のある薬を用意出来るか不安ではあったが、それでも出来る限りの薬草を揃えたのだ。ついでにと、村や封鎖された道の状態などを教えてくれる者もいたが、やはりそれも噂でしかなく。
 なのに、酒場の女性からいい情報?
 目を細めたルクスに、先を進む青年はあ、と声を上げた。
「ちぇ。やっぱり封鎖されてたか。後1、2日は大丈夫だって話だったんだけどなァ」
「ルクス」
 低くなった声に、サーシャは歩みを速めた。逃げるわけじゃない、先へ進めるかどうか確かめるだけ。そう自分に言い聞かせて、早歩きで彼らから遠ざかる。
「酒場の女性と楽しく過ごした結果、得られた情報とやらを教えて貰いたいのだが?」
 ああ、ルクスお姉様、目が本気だよ‥‥。
 ちらりと背後を窺ったサーシャは、更に歩みを速めようとした。
「んー? 酒場の女のコが言うには、奇病の原因は村の外から持ち込まれたものらしいぜ。なんでも、村に立ち寄った身元不明の男がひどい熱を出して、皆で介抱しているって客が話してた後に、奇病の噂が出回ったって」
 ぴたりと足が止まる。
「外から? 村で発生したものではないと?」
 尋ねる声に、軽い肯定が返る。立ち止まってしまった女性2人を追い越して、ルクスは道を塞ぐ木の柵へと歩み寄った。
「すまないが通してくれ。奇病の調査と対策の命を受けている」
 口調を改めたルクスを、柵の前に立ち塞がっていた男は胡散臭そうに眺めてからゆっくりと首を振った。
「駄目だ。さっきもそんな事を言って無理矢理に通って行った奴らがいた。もう、誰も通すものか」
 あいつらか。
 ちっと心の中で舌打ちして、ルクスは更に説得を試みる。だが、男の固い決意は、たとえアーサー王の言葉であっても受け付けそうにない。
「ルクス、どいてて!」
「へ? あ!? ちょ‥‥ちょっと待てッ」
 業を煮やしたサーシャが片手で結んだ印に、ルクスは慌てて柵から離れた。
「通してくれないなら、無理矢理に通るまでだよ!」
 サーシャの手から放たれた風の刃が、木の柵を呆気なく破壊する。
「さ、行こっ」
「なんて無茶を‥‥」
 額を押さえたエルフの神聖騎士の肩を叩き、ルクスは幾分引き攣った笑顔を浮かべる。
「ま、これで退路もばっちり確保だよな」
 これだけ派手に壊れてしまえば、木を切り出す所からやり直さなければならない。柵の傍らで呆然と立ち尽くしている男が躍起になって修復したとしても、1日か2日は掛かりそうだ。
「閉ざされたら、また吹き飛ばして貰えばいいし?」
「‥‥これからは、私が先行する」
 荷の中からフライングブルームを取り出して、ルクスは溜息を漏らした。
 とにかく、早く依頼を終わらせた方が得策である事を、彼女は悟ったのであった。

●絶えた村
 村の中は不気味に静まり返っていた。
 闇の色が混じりかけた日暮れ時、輪郭がぼやけ始めた村の景色は、合流を果たし、簡単な情報交換を終えた冒険者達の心に焦りにも似た不安を呼び起こす。
「あ、戻って来たわ」
 降りて来るフライングブルームに駆け寄ったネティは、気遣わしそうにルクスの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「あ‥‥ああ」
 口元を押さえた手を外し、ルクスはネティに向かって無理に微笑んで見せた。
「あの煙、何か分かりましたか?」
 尋ねたカレンに、ルクスは小さく頷きを返す。
「この先に広場がある。そこで‥‥」
 言葉を切り、ルクスは息を吸い込んだ。そして、一気に見たままの状況を語った。
「そこで、人を焼いていた。それも1人や2人じゃない」
 仲間達が息を呑む気配が伝わって来る。ルクス自身も、あの光景を見た瞬間、フライングブルームに乗っている事を忘れる程に動揺したのだ。仕事柄、悲惨な場面に居合わせる事は多々ある。しかし‥‥。
「体を焼いてしまったら、魂が現世に戻って来られなくなるのに‥‥!」
「奇病の蔓延を防ぐ為、か? という事は、まだ生存者がいるな」
 ネティの悲鳴のような叫びに、サリの冷静な呟きが重なる。
 状況は思っていたよりも悪いようだ。ルクスは頭の中で素早く考えを巡らせた。
「‥‥その生存者の中に探し人と探し猫がいればいいんだけどな」
「貴族のお方は分かりませんが、お猫様の気配は、この村にはありませんわ」
 暗くなった空を見上げて、レジーナがぼそりと告げた。
「危険を察して逃げたのでしょう。‥‥‥‥所詮は畜生」
 猫の会会員にあるまじきレジーナの言葉は、幸いにも誰の耳にも届かなかった。周囲を見回していた光が、建物の陰に倒れている男を見つけ、声を上げたからだ。
「大丈夫ですか? って、貴方は!」
 抱え起こした男の顔に、光は驚きながら乱暴に揺さぶる。
「綺麗なお姉さんが沢山いる街でお会いした方じゃありませんか! しっかりして下さい!!」
「‥‥光‥‥」
 そうか、光も男のコだったよな。たまに忘れそうになるけど。
「何を1人で頷いている、ルクス」
 誤解を招く不穏当な光の発言に、何故か深い理解を示しているルクスを冷たく見遣って、サリは男の傍らに膝をついた。途端に、その眉が寄る。
「アンドリュー・グレモン‥‥」
「とりあえず、何か手当を」
 またもグレモン、ゲットです。
 自嘲気味な乾いた笑い声を響かせて、光がサリを促す。仕方無さそうに男の額に手を置こうとしたサリは、次の瞬間、叫びかけ、寸での所で何とか留まった。
 光に抱えられていたアンドリューの頭が、ごろんとサリの膝の上に落ちて来たのだ。
「男よりお姉ちゃんのがいい」
 負傷者、負傷者‥‥と、呪文のように己に言い聞かせていたサリは、その小さな呟きに思わず立ち上がった。
 鈍い音を立てて、男の頭が地面に落ちる。
「‥‥ったぁ。ひどいよなぁ、もぅ」
「自業自得って言うよね」
「そうですよね」
 こそこそと囁き交わされるサーシャとカレンの声が聞こえないかのように、アンドリューは打った頭を撫でながら起きあがった。
「いいじゃないか。少しぐらい、いい思いをしても」
「そういう問題じゃありませんっ。大体、何で、貴方がここにいるんですか?」
 お説教モードに移行しかけて、はたと光は気づく。
「そんな事より! この村で貴方と正反対の誠実そうで優しそうな男の人と、可愛い黒い子猫を見かけませんでしたか?」
 今度は誰からも突っ込みが入らなかった。
「男と猫? それって俺と一緒に」
「上!」
 不意に掛けられた声に、レジーナは咄嗟にオーラシールドを作り、頭上から襲いかかって来たモノを防ぐ。だが、襲撃者の姿に、彼女は反撃の手を止めた。
「嘘でしょう?」
 手に痺れが残る程に重い攻撃を仕掛けて来たのは、骨と皮ばかりに痩せこけた老人だったのだ。
「油断するな! そいつは、もう人じゃない!」
 鋭く飛んだアンドリューの声に、レジーナはシールドを掲げた。弾き飛ばされた老人が、再びレジーナ目掛けて突進して来たのだ。
「レジーナ!」
 サーシャの手から巻き起こった風が、老人の動きを鈍らせる。その隙に、ルクスはロングスピアを構えて老人とレジーナの間に入った。
「普通の武器では駄目だ! 銀を使え! それと、魔法だ!」
 え、とカレンは指示を出したアンドリューと狂ったように暴れる老人とを交互に見た。ずっと蟠っていた不安と疑惑が、彼女の中で急激に大きくなる。
「で、でも、このおじいさんは‥‥ひゃあっ!」
 鼻先を掠めた老人の攻撃からネティを救ったのは、ぼろぼろの青年だ。最初に警告を発したのも彼だったと、抱えられたまま、ネティはぼぉと考えた。
「あ‥‥、あなた、猫の会の?」
「そんな事は後です。今は、あの人を」
 言いつつ、青年は小さく呪文を唱えた。作り出した石の壁の後ろにネティを下ろし、彼は苦しげな呟きを漏らす。
「彼を人として、眠らせてあげなくては」
「何? 何なの!? 一体、この村で何が起きていると言うの?」
 青年に掴み掛からんばかりの勢いのネティの疑問に答えたのは、どこか呆然としたカレンだった。
「ギルドに、依頼が出ていたのです。この村の人と同じように高熱を発した人の‥‥」
 シルバーナイフに持ち替えたルクスの一撃に、老人が獣のような苦鳴を漏らした。そこへ、サリのホーリーとサーシャのウインドスラッシュが打ち込まれる。
「その依頼では‥‥」
 断末魔の絶叫を残して倒れた老人に歩み寄ると、サリはアンドリューを見た。頷いて、男は彼女に何かを投げる。サリは唇を噛み締め、馬に積んであった火打ち石を取りだした。アンドリューから渡された壺の中身を老人の体に振りまき、火打ち石を打つ。
「サ‥‥サリ殿!」
 途端にルクスからあがった非難の声に、サリは小さく頭を振った。
「こうするしか、ない」
「しかし!」
 神聖騎士同士だ。ルクスの言いたい事は分かる。だが、仕方がない。この村を襲った禍は恐らく‥‥。
「熱を出した人は、バンパイアになってしまっていたんです」
 カレンの静かな声が、老人を包み込んで爆ぜる火に照らし出された冒険者達の間に流れた。

●行方
「そういえば、キトゥンはどこ?」
 尋ねたネティに、青年は最後の村人を弔っているアンドリューを指し示した。
「彼の連れの方と一緒だと思います。‥‥子猫と、発病した女の子と一緒に預けたので」
「発病‥‥」
 ネティの顔が見る見る青ざめる。
「大丈夫ですよ、きっと。キトゥンと女の子の情報は彼の元に届くはずですから、一旦、キャメロットに戻りましょう」
 安堵させるように微笑みかけて、青年は膝の土を払って立ち上がった。