【魔影乱舞】Cross-check

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月05日〜04月11日

リプレイ公開日:2005年04月13日

●オープニング

●病の正体
 村が、1つ滅んだ。
 奇病の噂が流れて1月も経たぬ間だった。
 最期を看取ったのは、依頼で村へ訪れた冒険者達。
 語るべき事は多く、論ずべき内容も多い。
 だが、あまりに不確かな情報が多すぎて、何から始めてよいものか話しあぐねているというのが実情である。
 気まずく落ちた沈黙を破ったのは、裕福な商家に請われてキャメロットに滞在している司教だった。
「ほれ、依頼だ」
 卓の上、乱暴に叩きつけられた羊皮紙に、冒険者達は顔を上げた。
「依頼?」
 今の状況は、男とても分かっているはずである。彼らが何の為に、この卓を囲んでいるのかも。
 剣呑たる視線を平然と受けて、男‥‥アンドリュー・グレモンは鷹揚に頷いた。
「そう、依頼だ。俺からのな」
 不機嫌そうに、冒険者は卓に置かれた羊皮紙を見る。力強い筆跡で書かれたそれは、ギルドの書式に則った正式な依頼状だ。その内容は、と視線を走らせて、冒険者達の表情が改まった。
「この依頼って、まさか‥‥」
「あの村で何が起きたのか、それを明らかにして欲しい。だが、お前達が疑問に思っている事を調べろと言っているんじゃあない」
 村が1月足らずで滅びた理由は何だ?
 奇病と呼ばれたものの正体は?
 冒険者達の中でぐるぐると回っていた疑問に、アンドリューはあっさりと答えを与えた。
「1週間の高熱の後、死んでしまう奇病。これが何であるのか、お前達はもう知っているだろう。そして、死んだ者がどうなるのかも、漠然と分かっているはずだ」
「‥‥バンパイア」
 誰かの呟きに、アンドリューは「そう」と答える。
「バンパイアだ。だが、普通の人間が、突然バンパイアになる事はない。病のように感染しているように思えるが、厳密に言えば違う。人間がバンパイアになるとしたら、その理由はただ1つ、バンパイアに襲われたからだ」
 しばしの沈黙の後、アンドリューは絞り出すような声で呟いた。
「バンパイアに血を吸われ、1週間の高熱の後に死んでしまった人間は、その後、人に在らざる者として蘇る。村で襲って来た老人もその1人だ。そして、人でなくなった彼らを、バンパイアスレイブと呼ぶ」
 静まり返ったギルド内に、アンドリューの声は死を告げる声のように不気味に響く。
「バンパイアに血を吸われた人間が1人、村にいるだけで、1月も経たぬ間に村人の全てがバンパイアと化す」
 急に肌寒さを感じて、女冒険者は己の体を掻き抱いた。
 たった1人。
 たった1人の為に、あの悲劇が引き起こされたと言うのか。
「バンパイアスレイブ、か」
 噂や漠然とした知識として知ってはいたが、実際に出会う事などなかった存在。アンデッドを生み出す黒の魔法とは違う、血を吸う事で眷属を増やしていくモンスター‥‥。
 厄介だ。
「でも、ちょっと待って。村に奇病が発生したという噂が流れたのと同時期に、似た依頼があったわよね? それってまさか‥‥」
 彼女の言葉を肯定したのは、別の冒険者が漏らした独り言のような呟きだった。
「奇病は村の外から持ち込まれたという話もある」
 一時、ギルドから音が消えた。
 頭を掠める嫌な予感に、冒険者達の表情が強張る。
「俺の依頼は、そこだ。あの村にバンパイアスレイブが発生した時の状況を知りたい。いつ、どうやって、村にスレイブが発生したのか」
「だが、調べようにも村人は全員死んでいる。どうやって調べ‥‥」
 は、と彼らは隅に座る青年を見た。

●手掛かりを求めて
 全イギリス猫の会に届いたのは、母を亡くした哀れな子猫の引き取り手を捜して欲しいという救援要請だった。その子猫を引き受けたのが、共に卓を囲んでいる青年、クリスだ。
「貴方、確か、キトゥンは発病した子供と一緒に預けたって、そう言いましたよね?」
「‥‥はい」
 穏やかな笑顔を冒険者達に向けて、彼は静かに口を開く。
「彼女は助かったそうです。居場所も教えて頂きました。‥‥僕は、彼女の元へ行こうと思っています。キトゥンと子猫も迎えに行かなければなりませんし」
 冒険者達は、互いに顔を見合わせた。
「助かった? 発病していたのに?」
「そうみたいです。でも、今、どんな状態か分からないので‥‥せめて、栄養のつくものでも持って行ってあげようと思っています」
 ほやほやと微笑みながら語る青年の肩を叩くと、アンドリューは厳しい顔で告げた。
「子供は確かに村の生き残りだが、襲われた前後の事を覚えているとは限らない。下手をすると、心に傷を負わせる事にもなりかねん。子供から聞き出すつもりなら、細心の注意を払ってくれ」
 ともかくと、アンドリューは忌々しげに舌打ちすると、自身が書いた依頼状を手に取る。
「現状はあまりに情報不足だ。似た依頼があるのなら、どこで、どんな事件が起こり、どう対処したのかを徹底的に洗い出すのも手だ。後は、あの村へ通じる道沿いの村を虱潰しに当たるかだな。スレイブが村の外からやって来たのならば、何か手掛かりが残っているかもしれない。ある程度情報が掴めたなら、一度、ここに戻って来て欲しい」
 だが、冒険者達はまだ納得がいかないらしい。
 今、この瞬間にもスレイブと呼ばれるバンパイアが増殖しているかもしれない状況は理解出来るが、情報を集めるよりも、もっとやるべき事があるのではないか。
 彼らの目がそう語っていた。
「‥‥バンパイアを普通のモンスターと同じだと考えるな。倒せばいいだけなら、掃討依頼を出すさ。だがな、それでは根本的な解決にはならない」
 ゆっくりと、アンドリューはそこに集った者達の顔を1人、1人を見据えながら続けた。
「勿論、スレイブと遭遇したならば倒せ。でなきゃ、あっという間に犠牲者が増える。そして、新たなスレイブもな。だが、スレイブが発生した原因を見つけ出さない事には、ずっと同じ事の繰り返しになるだけだ」
 アンドリューの口調に混じるのは、焦りか、それとも別の感情か。
 乱暴に髪を乱し、1呼吸おいて、彼は改めて冒険者達に向き直った。


「少しでも詳しい情報が欲しい。手間と根気のいる仕事だが、受ける奴はいるか?」

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●報告書に埋もれて
 キャメロットのギルドには膨大な量の依頼報告書が保管されている。ここ1年程の資料を引っ張り出して来た段階で、沖田光(ea0029)は軽い眩暈を感じ、ルクス・ウィンディード(ea0393)は溜息を落としていた。
「これ全部に目を通すのかよ」
 卓の上に頬杖をついてウィンは一番上の羊皮紙を捲ってみる。何度見直してみても、それはぎっしりと文字で埋め尽くされた報告書。これが後何十、いや何百枚と考えると、憂鬱にもなって来る。
「当然です。僕達は、あの村の人達を助けられなかった‥‥。もう、絶対、あんな事を繰り返させるわけにはいかないんです!」
「‥‥別に村人が可哀想とかじゃねぇ。仲間増やす為に人間を巻き込んだ、事件の張本人が許せねぇ」
 ウィンは面白くなさそうな顔で決意に燃える光の言葉を軽くいなした。彼とて、この依頼に思う所はある。だが、熱く突っ走るだけでは駄目だという事も理解していた。
「バンパイアか‥‥。あー、クソめんどくせぇ」
 口汚く呟いてはいても、目は文字を追っている。そんなウィンに、光はくすりと笑って口を開いた。彼が知るバンパイアについての情報を、出来るだけ多く、正確に仲間に伝えなければならない。しかし、彼にとってもバンパイアは未知のモンスターだ。
 結局、一般に出回っている情報に彼なりの見解を入れた推測を語る事しか出来ない。
「バンパイア。ずっと昔に現れた事があるらしいんですけど、実態はあまり知られていません。鏡に映らないとか日光やニンニク、十字架が苦手とか、色々と聞きますが、どれが本当でどれが嘘なのかを確かめた人はいないんです」
 羊皮紙を捲り、光は続けた。
「でも、それでも痕跡を追いかけていけば、何か見えて来るかもしれない」
「その通り。さ、依頼情報洗いざらいだ。一緒に夜明けを迎えるから覚悟しとけ?」
 冗談めかしたウィンに、報告書を読み進めていたルクス・シュラウヴェル(ea5001)がちらりと視線を向けたが、今回は庇う相手もいないので、そのまま光に押しつけ、席を立つ。
「私は、この2件の事件が起きた地を調べて来る。報告書の分析は任せた」
「貴殿1人でか?」
 何やら考え込んでいたサリトリア・エリシオン(ea0479)が眉を寄せてシュラを見上げる。そんな彼女に、シュラは微笑みを浮かべて首を振った。
「事件は解決を見ている。大丈夫だ。それに、1人の方が早い」
 確かにフライングブルームを使えば、陸路を行くよりも早い。そう言われては、サリも黙るしかない。
「分かった。だが、気を付けてな」
 頷いてギルドを出て行くシュラを見送り、サリは椅子の背もたれに体を預ける。
 報告書の山と格闘している男2人の存在は、既に彼女の頭から消えていた。
『貴殿は、何故あの村にいた。もしやバンパイアがいる事を知っていたのか』
 先ほどから何度も何度も頭の中で繰り返されている会話。
『クリスから話を聞いたんだ。バンパイアがいると思って向かったんだが、スレイブしかいなかったな』
 おちゃらけた男だが、嘘をついている風には見えなかった。
『‥‥クリスが助けた少女に何をした? 聞いた話では、彼女にも兆候が現れていたはずだが』
『何って、スレイブになる前に適切な処置を施しただけだろ』
 それはつまり、スレイブになる前に処置すれば助かるという事だろうか。重ねて尋ねたサリに、アンドリューはあっさりと頷いた。
『ま、子供だったからな。彼女は運が良かったんだ』
 適切な処置とは、スレイブ化‥‥つまりアンデットになる前に、浄めてやる事だという。
 そこまで考えて、サリは不意に頭を抱えた。
 かの不道徳で不真面目な遊び人が彼女と同じく白の教えを守る者だと知った時のショックが再び襲って来たのだ。
「あいつのどこが、服従、貞節、清貧の教えに従う者なのだッ」
 だんっと卓を叩いたサリに、光とウィンはこそこそと会話を交わし合う。
「触らぬ神に祟りなし」というジャパンの言葉をウィンが覚えたのはこの時であった。

●消えた村
「さすがに疲れちゃったなァ」
 周辺の村を虱潰しに回り、事件に関わる情報を集めていたサーシャ・クライン(ea5021)は空を見上げて一人ごちた。
 冬のどこか重たい色に比べて、心まで軽く浮き立ちそうな美しい青。
 なのに、今の彼女にはその美しささえもが不満対象となる。
「あたしが遊びに行けない時に限って、こんなにいいお天気なんて、絶対ずるいよね!」
 呻いてみても仕方がない。今頃、仲間達もそれぞれに情報を求めて奔走しているはず。体は1つしか無いのだから、2つの事を同時並行させるのは不可能だ。潔く気持ちを切り替えて、サーシャは自分の頬を叩いた。
「ウィンやサリが合流するまでに、手掛かりを掴んでみせるから!」
 よし!
 気合いを入れて、サーシャは向かいからやって来た行商人らしき男に声を掛けた。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけどー」
 突然に声を掛けられて、男は警戒も顕わにサーシャの全身を睨め付ける。視線の鋭さにたじろぎながらも、サーシャは努めて明るく尋ねた。
「少し前に、この先の村で奇病が流行りましたよね? ご存じですか?」
「‥‥当然だろ」
 村への道が封鎖されて、彼も多大な迷惑を被ったらしい。サーシャもそんな人々をこれまでに何人も見て来ている。
「じゃあ、その奇病が流行る前後に変わった事があったとか、そういうのって何かご存じありません?」
 男はしばらく考え込むと、北を指さした。奇病が流行った村の方角だ。
「病気が流行ってるとかで道が封鎖されるちょっと前に、あっちの山の奥でも同じように熱出して何人かが倒れたって聞いた」
 サーシャは動きを止めた。だがそれも一瞬の事。すぐに、彼女は矢継ぎ早に男に詰問する。
「それって! 熱を出した人はどうなったの? その山の奥って、どうやって行くの?」
 勢いに面食らいつつも、男は彼女の問いに答えてくれた。
「北に向かう道に沿って行きゃ、辿り着けるが‥‥。でも、もう誰もいないぞ」
「どう言う事ですか?」
 荷物を担ぎ直して、男は肩を竦める。
「さあ? 元々10人ぐらいの小さな集落だったからな。全員死んじまったか、それともどこか余所に行ったんじゃないのか」
 男の言葉を口の中で繰り返す。
 その話が、今回の件と関係あるかどうか分からない。だが、調べてみる価値はありそうだ。より詳しい情報を求めて、サーシャは教えられた道を北へと向かった。

●来訪者
「つまり、子猫を受け取りに行ったら、村は全滅状態で、村人がスレイブになって襲って来たのね?」
 村から離れた山の中、崩れかけた小屋に少女は寝かされていた。アンドリューの知人の姿はない。
 当初はひどく怯えていた少女も、カレン・ロスト(ea4358)が施したメンタルリカバーが効いたのか、安らかな寝息を立てている。
 彼女を慮って声を潜めたネフティス・ネト・アメン(ea2834)の問いに、全イギリス猫の会に属する青年貴族、クリスは暗い顔で肯定を返した。親を亡くした子猫と、その傍らで、ただ1人、熱に魘されていた少女を連れて逃げるのが精一杯だったという。
 彼の話を聞いて、骨に皮を貼り付けたような老人に襲われた時の事を思い出し、ネティは体を震わせた。
「どうした? 怖いのか?」
 茶化すように尋ねたアンドリューに、ネティは強がり半分に声を励ます。
「太陽神に仕える私が、太陽を怖がるバンパイアにやられる訳ないじゃない。怖がってなんか、いられないわ! あ、そうだ」
 ふと思い出して、ネティはクリスの腕を引いた。
「この間は助けてくれてありがとう」
 ちょっと高い所にある頬にキスを贈ると、クリスは洗練された所作で軽く目礼を返す。
 重くなりがちな雰囲気を和ませた2人に冷やかしを投げたアンドリューが、眠る少女の枕元で沈鬱な表情を浮かべるカレンに気づき、声を掛けた。
「どうした? 体の調子でも悪いのか?」
「いえ、ただ‥‥」
 言い淀み、己の体を抱くようにそっと腕を回したカレンは、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「バンパイアスレイブ‥‥スレイブというのは奴隷を意味します。それは‥‥」
「まんま、バンパイアの奴隷って事だろうな」
 唇が微かに戦慄いた事に、アンドリューは気づいただろうか。
 表情を隠すように俯いて、カレンは立ち上がった。
「私、お茶を淹れて来ますね」
 震えそうになる声を抑え、物問いたそうなアンドリューを見ないようにして、カレンは自分の荷物を探る。
「カ‥‥ぐぇ」
 彼女に声をかけようとしたアンドリューが、突如、潰された蛙のような苦鳴をあげた。見ると、彼のローブの襟元を誰かが遠慮もなにもなく引っ張っていた。
「く‥‥びが絞まる」
「だらしのない。それでも白の司教ですか」
 その理不尽さを指摘しようとする者は誰もいない。当のアンドリューでさえも、反論しない。
 尤も、彼の場合は喉を圧迫されて声が出せなかったという事情もあるのだが。
「ご覧なさい、キトゥン。司教だ何だと偉ぶっていても、些細な事で音を上げる人間もいるのです。よろしいですか? 我ら、全イギリス猫の会は、メグ会長の元、気高く勇敢に困難に立ち向かって‥‥」
 クリスの膝の上で丸くなっていた深緑の猫は、突如として安眠を妨害して来た金の髪の人間を迷惑そうに見上げた。そんなキトゥンの非難も、眠っている少女と子猫とを気遣って、口元に指先を当てたネティにも気付かずに、レジーナ・フォースター(ea2708)は熱く熱く語り続ける。
「この哀れな子猫に救いの手を。その為には、猫が安眠出来る世の中にしなくては。安心して下さい、キトゥン。我ら猫の会のイギリス中に張り巡らされた情報網をもってすれば、手に入らぬ情報などありはしない」
 いや、ないから。
 無言で振られた3本の手は、レジーナの言葉を否定するもの。
 猫の会の会員であるクリスはおろか、ネティやカレンでさえも知る猫の会のお家事情。全イギリスと銘打ってはいても、所詮は猫好きの猫好きによる猫の為の組織。地道に会員は増えているようだが、情報網を張り巡らせるだけの組織力なんぞありはしない。
「メグ会長の元に戻ったら、まずは城や砦も入った、出来るだけ詳しい地図を融通して貰いましょう。私の勘では、バンパイアは古城に居着いているはず。‥‥ええ、分かっています。そんな地図、冒険者ギルドや一部の者しか持っていない。でも、猫の会のコネを使えば!」
 だから、無理です。
 再び、3本の手が振られる。しかし、レジーナの希望は、別の所から叶えられた。
 苦悶に喘ぎつつも、アンドリューが懐から取り出した地図を彼女の目の前で振ったのだ。
「こっ、これは!」
 始まった時と同じく唐突に拘束は解かれて、アンドリューは床に頭をぶつけて呻いた。頭を抱えた彼を気の毒そうに見て、カレンはレジーナの手にある地図を覗き込む。
「城や要所も入っています。こんな地図、どこで手に入れて来たのですか?」
「ひつようになるとおもってな」
 声が嗄れているのは、締められ続けていた為だろう。咳き込みつつ、アンドリューは身を起こした。
「あの村は‥‥ああ、もう印が入っているのね」
 そして、今、自分達がいる場所は‥‥と、ネティが地図の上に指を走らせたその時、クリスの膝の上で大人しくしていたキトゥンが、毛を逆立てた。尻尾の先まで膨らませ、低い声で威嚇するように唸る。
「キトゥン、どうしたの?」
 卓の上に置かれた蝋燭の火が揺れた。
 扉が開いたと気付いたのは、カレンだった。振り返った彼女の目に、旅装束の娘の姿が映る。白い肌、黒く艶やかな髪、幼さを残した容貌と気怠げな物腰。
 旅の娘が一夜の宿を求めてやって来たのかと、そう思った。
 だが、次の瞬間、彼女は違うと悟った。
 眠っている少女を庇うべく、反射的に寝台に駆け寄る。
「どちら様ですか」
 硬い声は、レジーナのものだ。
 その手は、自然とルーンソードへと伸びている。
「‥‥妾が何者か、知る必要はあるのかえ?」
 甘ったるい声だった。幼い少女のような、妖艶な毒婦のような、どちらとも判別のつかない声が歌うように続ける。
「今宵は、妾に恥を掻かせた者の始末に参ったのみ。そなた達に用はないわ」
 邪悪な笑い声を立てた娘が、床に小さな金具を投げ捨てる。意匠が施されたそれを見て、アンドリューの顔色が変わる。
「あ、あなたは‥‥」
 生唾を飲んで、ネティはそれだけを呟く。
「あやつは妾の僕となるよりも、火に巻かれる事を選びおったわ。馬鹿な男じゃ」
「許しませんっ!」
 歯ぎしりをしたアンドリューの隣から、レジーナが飛び出す。
 しかし、その剣が娘を貫く事はなかった。
「ほほほ。そなた達と遊んでやらぬ事もないが、興が乗らぬ。命拾いしたのぅ」
 空を切った剣の向こう、開け放たれた扉から聞こえて来た声は、嘲りを含んでいた。

●手掛かり
 キャメロットの卓に再度集った者達の表情は暗い。
「その娘さんはもしや‥‥」
 口に乗せかけて、光は小さく頭を振った。言霊、という故郷の思想が頭を過ぎる。言葉にすれば、それが現実になるような気がしたのだ。
 シュラは、厳しい表情で「美しい者」に送られたという手紙を卓の上に投げ捨てると、羽根ペンを手に取った。
 レジーナが広げていた地図の上に、幾つか書き込みを入れる。
「手紙が送られて来た者達の住んでいた村と、集められていた屋敷の位置だ。それから」
 そこから北西へとペン先を動かすと、2カ所に丸をつける。
「スレイブとなった花嫁の村、キャラバンを襲った場所」
「で、ここが、奇病が噂になる前に住人がいなくなった村」
 サーシャが指し示した場所にも、シュラは丸を入れた。
「なんつーか、こうして見ると範囲が限定されてるように見える‥‥よな?」
 目の下に隈を作ったウィンが口元を歪める。
「ああ。歪だが、三角を描いているようにも見える」
 ウィンに同意を示したサリは、仲間達の意見を求めて彼らを見回す。
「報告書の日付と内容から、花嫁さんがバンパイアと思しき旅人に襲われたのと、怪しい手紙が届き始めたのがほぼ同時期です。そして、「奇病」らしきものが発生した村から人が消え、キャラバンが襲われ、あの村に奇病が」
「全部、事件の場所を繋いだ三角の中の出来事だ。そして、この三角が完成する‥‥」
 地図の印をなぞっていたウィンが、サーシャの示した村の先へと指を伸ばした。
「この辺りに、何かある‥‥と」