【幻想庭園】ウィンチェスター陥落

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月06日〜10月15日

リプレイ公開日:2005年10月17日

●オープニング

 開け放った扉から足音も荒く入って来た数名の騎士に、冒険者達は胡乱な視線を向けた。
 見るからに友好的ではない空気を、彼らは纏っていた。
「ここに、ヒューイット・ローディンという男はいるか。隠し立てすると為にならんぞ」
 そう尋ねた騎士に、不快感が募る。口調も、態度も、冒険者を蔑んでいると隠そうともしない。あからさまに、騎士は冒険者達を見下していた。
「ヒューイット? いないけど?」
 出発前の打ち合わせに来ていたアレクシス・ガーディナーを制して、冒険者の1人が素っ気なく答えた。
 礼を失した相手に、こちらが下手に出る必要はない。他の仲間達も同様に、それぞれの話の輪の中に戻っていく。
 そんな冒険者の態度に、男は怒りに顔を赤黒く染めた。
「まったく。このような輩を重用される陛下や円卓の方々のお気持ちが分からぬな。‥‥まぁ、いい」
 ふんと鼻を鳴らした男は、1歩、前へと歩み出ると、室内を見回す。
「先日来、イーディスと名乗るバンパイアと思しき男に関して、我々は様々な情報を集めて来た。その結果、このギルドにバンパイアに似た男が出入りしている事を突き止めたのだ!」
 瞬間、音が消えた。
「銀の長髪、赤みがかった目の男が、ヒューイット・ローディンという名である事も分かっている」
「馬鹿な事を言うな!」
 制止を振り切って、アレクが男へと詰め寄った。その胸倉を掴みかけた彼を、冒険者達が寸前で押し留める。
「目撃者の語るバンパイアの容貌とヒューイットの容貌が酷似している事も、バンパイアが現れた時、ヒューイットがキャメロットを離れていた事も調べてある」
「だが、ヒューは‥‥太陽の下でも平気だぞ」
 アレクを羽交い締めにしていた冒険者が呆然と呟いた。反射的に振り返ったアレクの憤った表情を見つめながら、言葉を続ける。
「そうだ。この間もアレクを外に転がしてた‥‥」 
「かのバンパイアも、陽光の下で活動したとの報告がある」
 嘲りの混じった嫌な笑みを浮かべた男に、配下らしき騎士が耳打ちをした。一瞬、目を見開くと、男は口元を吊り上げる。
「今、ヒューイットはいないのだな?」
「国元へ帰っている!」
 念を押した男に、アレクは即答した。
「そうか。やはり今回もいないのだな」
 互いに見合う冒険者達の様子に、男は満足そうに頷いて獲物をいたぶる獣のような顔をして、ねっとりと絡みつくかの声で続ける。
「ウィンチェスターに、再びバンパイアが現れたそうだ。しかも、どうやらバンパイアはかの街を支配下においたらしい」
 冒険者達に衝撃が走った。
 ウィンチェスターといえば、つい先日まで聖人と聖壁を探してトリスタンと冒険者達が滞在していた街だ。
 確かに、イーディスと名乗ったバンパイアが聖女を狙って凄惨な事件を起こしたが、冒険者の手によって奴は退けられたはずである。
「支配下‥‥とはどういう‥‥」
 掠れる声で尋ねた冒険者に、男は歪んだ笑いを向けた。
「言葉通りだ。ウィンチェスターはバンパイアに支配されたらしい。街全体が閉ざされているとの事だから、詳細は分からんが‥‥だが、これであの街にヒューイットがいたならば、奴がバンパイアだという確率が高くなるわけだ」
 男の手が上がる。
 彼の背後に控えていた騎士達が、一斉に動き始めた。
「我々は、これからウィンチェスターへ向かう。万が一、ヒューイットが捕らわれたならば、どうする?」
「ヒューは国元へ帰ったと言っただろう! ウィンチェスターにいるはずがないっ!」
 きっぱりと言い切ったアレクに、男は頷く。
「では、ウィンチェスターで誰が捕らわれても、それはヒューイットではないのだな?」
「くどい!」
 外へと出ていく騎士の鎧の音に混じり、低い含み笑いがギルドに響いた。冒険者達に背を向けながら、男が手を振る。
「それを聞いて安心した。では、我らの報告を楽しみにするがいい」
 しばらくの間、アレクは怒りに震えながら、騎士達が去った扉を睨みつけたままであった。
「アレク、気にする事はない。騎士の中にも、たまにああいう連中がいるんだ。血とか家名とかを至高のものと考える輩が‥‥」
「依頼だ!」
 宥めるように肩に置いた手を掴み、アレクは自分よりも幾分背の高い冒険者を振り返った。怪訝そうな冒険者に苛立ったように、彼は続ける。
「俺は、今から依頼に出なくちゃならない。だから、俺の代わりに調べて来てほしい。ウィンチェスターの様子とバンパイアについて、出来るだけ詳しい情報が欲しい」
 ぐっと、彼は拳を握り締めた。
「ヒューを狙っている、あのちょび髭親父に好き勝手させてたまるものか! ヒューは俺の従者だ! 俺は、ヒューを守る義務があるんだからなっ!」

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●封鎖された街
「ウィンチェスターが陥落なんて、冗談にしても性質が悪過ぎると思っていたけな」
「聖ギルズの丘」と呼ばれている小高い丘から見下ろした街は、不自然な程に静まり返って見える。賑やかに商人や巡礼が行き交い、活気に満ちた街だと聞いていたが、今は廃墟のようだ。
 小さく舌打ちして、アリアス・サーレク(ea2699)は仲間達を振り返った。
 丘から、ほぼ街の中心にある聖堂まで半マイルといったところか。だが、その半マイルの距離が、とてつもなく遠くに感じられる。
 街へと続く道という道は封鎖され、出入りは厳しく制限されているようだ。
 要所、要所には見張りが立ち、街へと近付く者に目を光らせている。
「あいつらより先に着くようにって、急いで来たのにね」
 レムリィ・リセルナート(ea6870)が視線で示した先へと目を遣って、琥龍蒼羅(ea1442)が肩を竦めた。
 騎士達が着込んだ厳しい鎧が、太陽の光に反射して彼らの目を打つ。騎士達は、大門の前で立ち往生している。門が開かれる様子はない。ギルドへとやって来た、あのちょび髭騎士が顔を真っ赤にして怒鳴っている様が目に浮かぶようだ。
「彼らが来たとなると、色々と面倒ですね。我々も、はやく手を打たねばなりません」
 羊皮紙に書き込まれた街の見取り図に目を戻したアクテ・シュラウヴェル(ea4137)の声に焦りが滲む。それもそのはず。セブンリーグブーツや韋駄天の草履などを使って移動時間を短縮したにも関わらず、未だに彼女達はウィンチェスターへの潜入経路を見つけられずにいるのだから。
 与えられた時間には限りがある。残りの時間が少ない今、いくら自身に焦るなと言い聞かせても無理だ。
「サリと天ちゃんが何か方法を見つけて来てくれるといいんだけど。ね、レジーナ?」
 ずっと黙り込んで考えているレジーナ・フォースター(ea2708)を、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)は心配そうに覗き込んだ。
 反応は返らない。
 彼女が何を思い悩んでいるのか知っているから、そして、今は励ましの言葉も空しいだけだと分かっているから、ネティは項垂れて表情を隠す。
 そんなネティの頭を軽く叩いて、蒼羅は羊皮紙を覗き込んでいるアリアスとアクテへと向き直った。その時に。
「43!!」
 謎の叫びをあげて、レジーナがすくと立ち上がった。
 突き上げられた拳は、何故だか小指と薬指のみが立てられており、先ほどまで沈み込んでいたとは思えぬ程に生気と自信に満ちた表情で、彼女は高らかに笑う。
「愚問でした! ええ、愚問でしたとも! 考えてみれば愛に障害はつきもの。この展開もある意味おっけぇ!」
 ふふふふと不気‥‥もとい、謎めいた笑い声を漏らしてレジーナは肩にかかる金の髪を払った。
「そうと決まれば、まずは‥‥」
「あ、あの、レジーナ? もう大丈夫なの?」
 何がと視線で問うたレジーナに、ネティは言葉を選びながら続ける。
「その、ほら、ヒューに似たっていう、目撃談の‥‥。キャメロットからずっと気にして、考え込んでたみたいだったから」
「?? 私は、ただヒュー様の好きな所を数えていただけですけど?」
 出会いから今までを何度も何度も反復して。
 あが、と開いた口が塞がらないネティに代わり、蒼羅が額を押さえながら尋ねた。
「という事は、先ほどの雄叫びは」
「ええ、ヒュー様の好きな所です。43個ありました。これから、もっともっと増えるはずです!」
 高笑いを続けるレジーナの腕を引いて、蒼羅は口元に人差し指をあてる。
「静かに。見張りに気づかれたら面倒だ」
 蒼羅の言葉を聞いているのかいないのか。レジーナは再び妄想の世界へと戻っていってしまったようだ。
「好きな所はどうでもいいけど、もしもヒューが本当にあの街にいるなら、アレクの分まで怒っておかないとね」
 冗談めかしてはいるが、レムリィの目は本気だ。
 ヒューはレムパンチの1発や2発は覚悟しておかねばならないだろう。
 その様子を思い浮かべて苦笑した仲間達の中、ネティは1人、物憂げな表情を浮かべてウィンチェスターの街並みを眺める。太陽の力を借りて覗いてみても、人の流れが途絶えた街が見えるだけだ。それに‥‥。
「どうした? 何か気にかかる事でもあるのか?」
 仲間達の輪から抜けて来たアリアスに問われて、ネティは思わず零れそうになった涙を慌てて拭った。
「あっ、あのね、あたし、太陽神のお告げを受けたの。ヒューの居場所の‥‥。それから、太陽神の力を借りて占ってみたわ」
 アリアスの気遣うような視線に、ネティは笑顔を作る。
「結論から言うとね、ヒューはウィンチェスターにはいないみたい」
 安堵に頬を緩めたアリアスが、その結果を仲間達に告げるべく振り返った。そんな彼の腕を掴んで、ネティは泣きそうに顔を歪める。
「でもね、ヒューをイーディスやウィンチェスター、ちょび髭で占うと、真っ赤な血で染まった世界が見えるの。アンジェとバンパイアも同じだった!」
 占い‥‥フォーノリッヂの結果に愕然となったアリアスは、ざわついた仲間達の気配に背後を振り返った。
 どうやら、偵察に出ていたサリトリア・エリシオン(ea0479)と遊士天狼(ea3385)が戻って来たらしい。
「アクテの言う通りだった」
 笑みを浮かべたサリの言葉に、アクテは黙って頷くと羊皮紙を仲間達の前に広げる。
「ウィンチェスターの備蓄だけではとてもではありませんが住民の生活を賄えません。ですから、必ず外から荷が入っているだろうと思い、サリさんに調べて貰ったのです」
 サリの指先が、アクテが差し出した羊皮紙の上を滑る。
「真夜中、イッチン川を使って荷を運ぶ商人がいる。その商人と話をつけて来た」
 船に潜み、浅瀬で降りて街の中へ潜入する。今、街に潜入する手段はそれしかないのだ。
「真夜中だと、潜入した後にバンパイアの襲撃を警戒する必要がありますね。街の人に、スレイブになった方々が紛れている可能性もありますし」
 アクテの指摘に、サリは眉を寄せる。
「そうだな。それに、イーディスと名乗るバンパイアの事もある」
「イーディス、ヒュー兄ちゃに似てた‥‥のかな‥‥」
 この中で、唯一、イーディスと対峙した事がある天は首を傾げた。暗かったし、はっきりと見たわけでもない。だが、赤く光る瞳の男の姿は‥‥。
 天は、おもむろにアクテが使っていたペンを取り上げた。
 羊皮紙の隅に、思い出すがままにペン先を走らせる。
 彼の手元を覗き込み、仲間達は息を呑んだ。
「これがヒュー兄ちゃ。こっちがイーディスなの」
「こっ‥‥これは!」
 蒼羅が口元に手を当てて、1歩後退った。
「なるほど‥‥似ていない事もないわね。目が2つ、口が1つ、鼻が1つの所が」
「天、絵がうまくなったな」
 レムリィとサリに誉められて、天が嬉しそうに胸を張る。その姿を眺めながら、蒼羅は疲れたようにアリアスの肩へと額を預けたのであった。 

●ウィンチェスター潜入
「アンジェ! モニカさん!」
 駆け込んだ修道院に人の気配はない。
 しんと静まりかえった聖堂が、僧房が、ネティの不安をかき立てた。通りから人が消えたのは、禍を恐れて家の中に閉じこもっているのだと思っていた。
 だが、違う。
 そこに、人の姿はない。
 見張りに見つからぬように路地を駆けて、手近な家の扉を開けてみても、誰もいないのだ。
「アンジェ! モニカさん!」
 先日、知り合ったばかりの修道女達の名を呼び、彼女達の姿を探すネティは、衝立の影から伸びて来た手に悲鳴を上げかけた。
 彼女の異変に気づいて、アリアスが刀の柄に手をかける。
「静かにッ!」
 ネティの口もとを押さえて、その男は低く鋭く警告を発した。
「静かにせんと、奴らに気付かれるじゃろうが! まったく、最近の若者は後先も考えずに‥‥」
 ぶつぶつと悪態をつく男に気勢をそがれ、アリアスは刀に手をかけたままサリと顔を見合わせた。
「じーちゃ、だぁれ?」
 何の警戒もなく見上げる天に、男は相好を崩した。
「おお、なんじゃ、こーゆー坊主もおるのか。こんな細っこい娘っこもおるし、奇妙な組み合わせじゃのう」
 静かに、と念を押して、男はネティから手を離した。
 集まって来た冒険者達を見回し、やれやれと頭を掻く。
「興味本位で街に忍び込んだ‥‥というわけでもなさそうじゃな」
「我々は、冒険者です。依頼を受けて、ウィンチェスターの状況を調べに来ました」
 皆を代表して告げたアクテに、男は大仰な溜息をつく。
「冒険者か。奴らに気付かれずに街へ入れるわけじゃな」
 そっと僧房の扉を開けて、男は彼らを手招く。足音を立てぬように修道院の庭を抜け、裏口から抜けるといくつかの路地を越えて1件の家へと招き入れる。
「ここは、残った者達の隠れ家の1つでな。あまり音を立てるんじゃないぞ?」
 蝋燭の灯りが照らし出す室内には、何人かの老人達の姿があった。
「残った‥‥って、これだけの人しか?」
 レジーナの緊張を孕んだ声に、案内して来た老人が首を振る。
「街の中に、あと幾つか隠れ家があっての。この3倍ぐらいの連中が残っているのは確認しておるんじゃが」
 それにしても少なすぎる。
「後の連中は、自警団の奴らに連れて行かれたんじゃ。あの化け物の命令での」
 老人が告げた言葉の意味を反芻して、レムリィは瞼の裏が真っ赤になる程の憤りを覚えた。叫びかけた声を飲み込むと、わなわなと震える拳を握り込み、何度か深呼吸を繰り返す。
「つまり、それはバンパイアに魂を売り、仲間である街の人達を売った馬鹿な連中がいるって事?」
 息を整え、感情を押し殺した声で尋ねると、老人はややあって肯定を示した。
「あの化け物が襲って来た時、街を守ろうとした自警団の団長を不意打ちした男がおっての。今や、その男が自警団の団長となり、バンパイアに媚びへつらって街を仕切っておる。バンパイアの怖ろしさをかさに着て、やりたい放題じゃ」
 教会と修道院の聖職者達は、真っ先にどこかへ連れ去られた。
 そして、街の人々も次々に捕らえられていった。
「僅かに残った者達が、こうして身を寄せ合っておるがのぅ‥‥。それもいつまでの事か」
 噂では、捕らわれた者達はバンパイアの為に血を抜かれているという。その場で殺されぬだけマシとも言えるが、それが何の慰めになろう。
「だから、悪い事は言わん。お前さん達は街を出るんじゃ」
「しかし、貴方達は」
 蒼羅が口を開くと同時に、天が不意に顔をあげた。 
「何か音が聞こえゆの」
 天の呟きに、その場にいた者達は動きを止め、耳を澄ます。
 確かに、複数の怒鳴り声と、振動にも似た衝撃音が微かに聞こえて来る。
「何だ? 何が起きた?」
 武器を手に、立ち上がりかけた冒険者達の服を、老人の手が引いた。慌てて扉から飛び込んで来た老人が、早口で捲し立てる。
「どこかの騎士が、門を壊そうとしてる!」
「あのちょび髭達だわ!」
 レムリィの顔に喜色が過ぎる。いけ好かない男だったが、自警団の連中を引きつけてくれているなら感謝をしなければ。
「今のうちに、捕らえられている人達を助け出しましょう!」
「いや、今のうちに、お前さん達は逃げるんじゃ」
 老人とは思えぬ力でレムリィの手を引くと、彼は鎧戸で閉ざされていた窓を開いた。
 その下にあるのは、土嚢で封鎖された小道だ。
「この高さ、アンタらにゃどうという事もあるまい。ここから脱出するんじゃ」
「でも、じーちゃ達はどうするの!?」
 外の騒ぎが大きくなっていく。
 どうやら、門が打ち破られたようだ。
「さ、早く!」
「でもっ!」
 ぐいぐいと体を押されながらレムリィが首を巡らせると、乏しい灯りの中、老人は不敵に笑ってみせる。
「なに、心配はせんでええ。これでも、昔は自警団の奴らをまとめておったんじゃ。ここにいる連中ぐらいは守れるでな」
 豪快に笑う老人達と周囲の騒ぎとを見比べて、レジーナはきゅっと唇を噛んだ。
 覚悟を決めると、戸惑うレムリィの体をどんと押す。
「ちょっ、ちょっと!」
 抗議の声を上げたレムリィを追って、レジーナは自らも窓の外へと飛び出した。
「‥‥お言葉に甘えさせて頂きます」
 老人達に深々と頭を下げて、アクテが続く。
「気にする事はない。アンタらはアンタらの仕事を果たせばいい」
 視線を交わしたのは数秒。
 だが、互いの思いは確かに伝わった。
 無言で頷くと蒼羅はアリアスと目配せし合い、窓枠に足をかける。
「天、ネティを頼む。俺達は、ちょび髭達の様子を偵察してから戻る」
「にーちゃ‥‥」
 心配そうに見上げて来る天の頭を乱暴に撫でて、アリアスは外へと身を躍らせた。土嚢の上に着地すると、そのまま蒼羅と2人して駆けて行く。
 闇に紛れていく彼らの姿を見送って、天は室内に残る者達を振り返った。
 ネティをひょいと抱き上げると、サリを見上げる。
 円らな瞳で問いかけて来る天に、サリは微かに微笑んでみせた。
「ネティを。それから、先に降りた3人と一緒に、聖ギルズの丘へ。私はアリアスと蒼羅を待って、共に抜ける」
 その瞳の中にある確固たる意志を読み取って、天はこくりと頷いた。
「サリ‥‥」
「心配はしなくていい。自分達の身を守る術ぐらい、知っている」
 その言葉が終わらぬ内に、身軽に窓から飛び出していく天とネティ。ネティが身に纏うベールが風に靡いて消えていくのを確認して、サリは老人に向き直った。
「最後に教えて欲しい。イーディスと名乗るバンパイアがどこを根城にしているのか、そして、捕らわれた者達がどこにいるのか」
「それを聞いて、どうするおつもりじゃ?」
 サリの目が細められた。
 怒号が飛び交う闇を見据えてきっぱりと言い放つ。
「彼らを助け出し、イーディスを討つ。ウィンチェスターの現状を知って、手を引くような奴ではないからな、我らの依頼人は」
 1つ嘆息して、老人はゆっくりと口を開いた。