【幻想庭園】悪意の街

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月10日〜11月19日

リプレイ公開日:2005年11月19日

●オープニング

 ウィンチェスターの置かれた状況は、思っていた以上に悪い。
 冒険者からの報告を受けて、アレクシス・ガーディナーは厳しい表情で羊皮紙を卓に戻した。
「人間がバンパイアに膝を屈する、か」
 強い者に従い、己の利を得る者は多い。だが、まさかバンパイア‥‥人の血を啜り、生命を吸い尽くし、おぞましい不死者にしてしまうモンスターに媚びる者が出ようとは。ウィンチェスターの人々は、その男と、彼に従って保身を計った連中の手によって、いずこかに監禁されているようだ。
 彼らは、そのうち、ウィンチェスターを支配するバンパイアの為に血を絞り取られる事になろう。
「まずは囚われた人々を解放するべきなんだが‥‥難しいな」
 いけ好かないちょび髭騎士の突撃によって、ウィンチェスターの警戒は厳しくなっているようだ。街に近づく者は勿論の事、街に品物を運ぶ商人達にも制限がかかっていると聞く。前回使用した侵入手段は使えないと考えていいだろう。
「商人が品物を運ぶ回数も減ったという事は、ウィンチェスターの人々に回る食料や日用品も少なくなっているはず。‥‥これが、最悪の状況を意味しているなんて事がなけりゃいいんだが」
「最悪の状況‥‥つまり、ウィンチェスターの住民が食事や普通の生活を送る必要が無くなった状態か」
 深刻な顔で呟いたアレクに、冒険者の声も硬くなる。
 想像したくもない状況だ。
「スレイブは爆発的に増えるというからな。可能性が無いわけじゃない」
 街中に溢れるスレイブなんて、どうやって相手にすればいいのだろう。もしも、そいつらがウィンチェスターの外に出て来たりしたら‥‥。
 ぞくり、と冒険者の背筋を冷たい物が走った。
 そんな事になれば、大変な騒ぎになる。
「だが」
 青ざめた冒険者達の不安を打ち消すように、アレクは声に力を込めた。
「バンパイアの下についたという奴らが、今も我が物顔で闊歩している所を見ると、まだスレイブだらけではないと思いたいな」
 スレイブに人間の権力は関係ない。少なくとも、街でのさばっている奴らは人間であり、彼らが権勢を振るう相手が存在しているはずだ。
「でも、なんで奴は人間に好き勝手させるんだ? 血を吸ってスレイブにすれば、いくらでも配下は増えていくだろうに」
 ウィンチェスターを支配しているイーディスというバンパイアが何を考えているのか。
 それは、冒険者達にも分からない。
 分かっているのは、イーディスが人間の助力など必要としない者だという事。
「ちょび髭親父の部下達は、あっという間にやられちまったらしいな」
 正面突破を試みた騎士達は、守りを固めるウィンチェスターの自警団を相手に一時優勢となった。だが、勝敗は銀の髪を持つ男の登場によって、呆気なく決したのだ。騎士達は命からがら逃げのびたという。
「ま、ちょび髭はまだ諦めていないようだがな」
 詰まらなさそうに、アレクが肩を竦める。
 彼の従者に対するちょび髭騎士の疑惑はまだ晴れてはいない。今も、アレクの行動にはこっそりと監視がつけられているのだ。もっとも、貴族的な騎士達の監視など、実戦を積んで来た冒険者にとっては子供が隠れん坊をしているようなものだが。
「ヒューはウィンチェスターにいない。それは、はっきりとしている。だが‥‥」
 アレクの表情が曇った。
「‥‥イーディス、か。遠目に見た限りでは似ているとも似ていないとも判断出来なかったようだが?」
「ん? ああ、そうだな」
 上の空で返事を返して、アレクは再び羊皮紙を手に取った。
「とりあえず、このまま放ってはおけないだろ。対応にあたっている騎士がちょび髭じゃ、どうなるか分からん」
 報告書を見る限りでは、今も自警団の手を逃れている人々がいるようだ。彼らを保護しなければならないし、捕らわれた人々も助け出さなければならない。
 しかし、潜入の手段が失われた今、何も出来ない。
「‥‥中から、封鎖を解く事は出来ないかな」
 街に通じる道は封鎖されているが、その全てに監視がついているわけではない。外から攻め込むと力ずくとなり、ちょび髭の二の舞だ。だが、中から侵入口を開く事が出来たなら?
「だが、それは1回が限度だろう」
「それでも、1度は街に入る事が出来る。そうすれば、次に潜入する為の準備だって出来るだろう? まずは街へ入らなければ何も出来ない」
 アレクの言葉に、冒険者達は考え込んだ。
「街の人たちの安否を確認し、出来れば救出する」
 元自警団長だという老人の話では、囚われた人々は分散して監禁されているらしい。監視の厳しい街に潜入し、監禁場所を特定して人々を救い出す事は、ウィンチェスターの地理に詳しくない冒険者には難しいだろう。
 しかし、アレクの言う通り、このまま放ってはおけない。
「今のままじゃ次に打つ手もない。危険だが、やるしかないな」
 ああ、とアレクは頷いた。
 新しい羊皮紙に、ギルドに提出する依頼内容を記していく彼の手元を覗き込んで、冒険者は声を上げた。
「おい、お前も行くつもりなのか!?」
「お前達を危険な目に遭わせるのに、高みの見物をするつもりはない。それに‥‥」
 その後に続くはずの言葉を飲み込んで、彼は依頼状を書き上げた。
 苦しげに眉を寄せ、唇を噛んで。

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●襲撃
 その建物を見上げて、レジーナ・フォースター(ea2708)はき、と口を引き結んだ。
 近いとは言え、準備を整え、ここからウィンチェスターまで向かうのに半日は必要となる。レジーナに残された時間は少ない。短期決戦を制するには、先手必勝かつ相手の反撃を封じる事だ。
 ぐっと拳を握り、覚悟を決めて、レジーナは村で一番大きな宿の扉を開け放った。

●人の欲果てしなく
 聖ギルズの丘から見下ろした街は、あの日と同じように静まりかえっている。
 人々は無事だろうか。案じるのはその事ばかり。
「絶対に、街の人々は助ける」
 羊皮紙に走らせていたペンを止めると、アリアス・サーレク(ea2699)は呟いた。
 街の人々さえ無事ならば、助け出しさえすれば、何の気がかりもない。持てる力の全てでウィンチェスターに巣くったバンパイアと戦う事が出来る。
「お前は、街の外には出さない。決して」
 それは誓いの言葉だ。
 あの街のどこかに潜むイーディスを討つ。
 さもなくば、毒液が浸透していくように、闇がじわじわと広がっていくように、やがて世界が浸食されてしまう。愛しい者達を飲み込んで。
 描き上げた地図を手に、アリアスは仲間達を振り返った。
「全ての道は封鎖されている。これは変わらないが‥‥あのちょび髭のお陰で、見張りが厳しくなったようだな」
 これでは、前回脱出に使用した小道は使えないかもしれない。
 眉を寄せたサリトリア・エリシオン(ea0479)に、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)も沈鬱な表情で俯いた。
 正面突破を目論んだ騎士達の攻撃は、バンパイアに阿り、街を我が物顔で闊歩していた自警団の警戒心を呼び起こしたようだ。哨戒する自警団員の数が増えているし、道を封鎖していた土嚢も積み直されている。
「‥‥こっちが危ない橋を渡って助けようとしている人達が、バンパイアの支配に協力してますって‥‥切ないものがあるわよね」
 溜息と共に呟きを漏らしたレムリィ・リセルナート(ea6870)に、遊士天狼(ea3385)はその意味を計りかねて首を傾げた。
「自警団の人達もウィンチェスター市民でしょ。全員が全員、バンパイアに忠誠を誓っているわけじゃないかもしれないけど、それでもねぇ」
 生きる為に、イーディスに膝を折った者もいるかもしれない。
 だが、それも全てではない。
「今はともかく、隠れている市民を救出する事を第一に考えねばならない」
 アリアスの力強い声に、他の4人も頷く。と、天が何かに気付いたように立ち上がった。てけてけと駆けて行く姿に、身構えていたサリやアクテが体の力を抜く。どうやら、商人と接触した2人が戻って来たようだ。
「駄目だったわ」
 力なく首を振ったネフティス・ネト・アメン(ea2834)に、アクテはそっと微笑みかけた。商人も、危ない事には関わりたくないはずだ。説得出来なくとも、それはネティの責任ではない。
「ます、前回、力を貸してくれた商人に会ったのだが、彼は完全にウィンチェスターから手を引いていた」
 淡々と語る琥龍蒼羅(ea1442)に、レムリィが相槌を打つ。
「そうなのよね。キャメロットで隊商を探したんだけど、皆、避けてたわ。例え遠回りになったとしても、ウィンチェスターに近づきたくないみたい」
 ウィンチェスターを避けて、人は動いていく。そして、物も。
 このまま、ウィンチェスターは見捨てられてしまうのではないか。そんな馬鹿な事を考えてしまうぐらい、商人達の反応は冷たかったのだ。
 思い出して沈み込んだレムリィは、ネティが続けた言葉に目眩を感じた。
「でも、その人が教えてくれたの。ウィンチェスターに物を運んでいる商人は、今の自警団長デールが贔屓にしていた人なんですって! ずっと以前から、デールに賄賂を贈ってるって噂があったみたいよ」
 人がモンスターに膝を折り、そして、その状況下で私腹を肥やす者がいる。
 怒りと呆れと悲しみとが一気に押し寄せて来て、呼吸も出来なくなるかと思った。
「そんなのって!」
 急に立ち上がったレムリィに、ネティが驚いて瞬く。
「落ち着くんだ。今は、彼らの話をしている場合ではない」
 冷静なサリの声。
 分かっているが、感情は納得してくれない。
 それでも、レムリィは再び座った。顔を寄せ、今後の打ち合わせをする仲間達の輪の中に加わる。
 安堵の表情を見せたアクテは、真剣に話し合う仲間達が離れ、不自然な程に静まりかえったウィンチェスターの街を見下ろす男へと視線を向けた。
 今回の依頼人であるアレクシス・ガーディナーだ。
 依頼に同行した彼は、キャメロットを出発してからずっと気難しげな顔をしたままだ。
 いつもの、お祭り好きな彼とはまるで別人のようである。
「アレクさん」
 仲間達の邪魔をしないように、そっと輪から抜け出すと、アクテはアレクに声をかけた。
「ウィンチェスターについて、何かご存じの事はありませんか? 例えば、抜け道とか」
「悪いな。俺は、あまり詳しくないんだ」
 そうですか、と返して、アクテは彼の隣に並ぶ。
「アレクさん、今回は街の人達の救出が第一ですわね?」
 答えないアレクに、畳みかけるように問う。
「焦って、バンパイアの正体を確かめに行く‥‥などとは思っておられませんよね?」
 張りつめていたアレクの気配が、しばらくして不意に緩んだ。肩から力が抜けるのを確認して、アクテは穏やかな微笑みを浮かべた。

●先行潜入組
 警戒厳重な街に、全員で潜入するのは無理そうだった。
 相談の結果、彼らが選んだのは数名が先に潜入し、中から侵入口を開くこと。
 その役目を任されたのは、隠密行動には自信がある忍者、天であった。
「頼んだぞ、天狼」
 よい子のお返事をして、天はイッチン川へと飛び込んだ。
 仲間達が見守る中、彼は対岸目指して泳ぎ進んでいく。
 水面に顔だけを出して、ふよふよと泳いでいく姿はまるで、まるで‥‥。
「い‥‥犬かき?」
 たらりと、アリアスのこめかみに冷たい汗が伝った。
「水遁の術を使うと言っていた。大丈夫だろう。‥‥多分」
 自信無さげに、蒼羅が呟く。自分自身に言い聞かせるかの響きが混じっていた事に、当の本人も気付いていない。
 ここで自警団に見つかっては、天の身に危険が及ぶ。
 蛇行しながらゆっくりと進む天に、思わずネティは目を瞑り、彼女を守ってくれる太陽に祈りを捧げた。
 その祈りが通じたのか、天は何とか対岸に辿り着いたようだ。
 ぷるぷると体を震って水滴を落とすと、はらはらしながら見つめていた仲間達に、元気よく手を振る。
「いいから! いいから、早く行け!」
 大きな声は出せないから、身振り手振りで告げたアリアスの指示をどう受け取ったのだろうか。天は嬉しそうに飛び跳ねて、一層大きく腕を振る。
「あああ、見つかっちゃう」
「だ、いじょうぶだろう。たぶん」
 おろおろしているネティに同じ言葉を繰り返して、蒼羅は引き攣った顔を仲間見られぬように逸らしたのだった。
 その頃、見張りの死角となりそうな場所を選び、フライングブルームを使って侵入を果たしたサリは、前回、出会った老人達を捜していた。
 彼らが無事だという保証はない。
 捕らえられて、他の人々と共にどこかに押し込められているかもしれない。
 拭い切れない不安を抱きつつ、記憶を頼りに注意深く歩を進めていく。
 初めての街ではないが、あの時、周囲は暗闇に包まれていた。外からも、だいたいの見当をつけていたのだが、実際に街を歩いてみると小道が入り組んでいて油断をするとすぐに迷ってしまう。
 どのくらい歩いていたのだろうか。
 何度か、自警団の見回りに出くわしたが、相手が気付く前に身を隠す事が出来た。バンパイアの恐怖を借りて、街を掌握したと思っている自警団員達の警戒心が薄れているようだ。
「愚かな連中だな」
 身を隠した柱の前を、下卑た笑い声を響かせて通り過ぎる自警団員達に冷笑を浴びせ、サリは静かに踵を返した。

●陽動
「その話は本当だな?」
 じろりと睨んで来るちょび髭騎士に、レジーナは高笑いを返した。
 前回の件で少々懲りたのか、騎士達は慎重になっているようだ。
「あらあら、まだ私のヒューさんへの想いが信じられぬ、と?」
 笑いをおさめて横目で見ると、騎士は慌てたように首を振る。あら、残念とレジーナは本気で呟いた。
「708個めの好きな所をお話出来ると思ったのですが」
 騎士達の宿を襲撃してから、ここに到着するまでの間、ひたすらひたすら、彼女は語り続けたのである。自分がいかにヒューを信じているのか、ヒューがどんな人柄であるのかを。
 ちなみに、ヒューさま好き好きポイントの1つめは顔だそうで、身構え、息を呑んで彼女の言葉を待っていた騎士達を一気に脱力させたのだ。
 それ以来、何故だか彼女の手の上で転がされているような気がしてならない‥‥と、ちょび髭は首を捻った。
「ま、まあ、いい。とにかく日が暮れる前に攻め入る事さえ出来れば、あの化け物も前のように巫山戯た真似は出来んだろう」
「そういえば、貴方達をあっと言う間に撃退したと言うバンパイアは、どのような姿だったのですか?」
 突然に思い出したくもない屈辱の夜の話を振られて、ぐっと言葉に詰まる。ちょび髭の代わりに答えたのは、彼の腹心の騎士だ。
「銀色の髪を振り乱し、目は赤く爛々と光り、鋭い牙を剥き出しにした化け物でした」
 その瞬間、レジーナの頭に浮かんだのは、闇に紛れて彼女の元へと訪うヒューの姿。口元から牙を覗かせ、彼女の首筋へと唇を近づけ‥‥。
「‥‥血、吸われてもいいかも‥‥」
「こらこらこらこら」
 うっとりと目を閉じたレジーナに、騎士達から総突っ込みが入る。
 夢の中から戻ってこないレジーナを放置して、こほんとわざとらしく咳払うと、ちょび髭は部下達に命じた。
「今度こそウィンチェスターに巣くう化け物を排除するぞ。我らが攻め入れば、中に潜入している冒険者どもも騒ぎを起こすという事だからな。せいぜい、利用してやれ!」

●脱出へ
 天の手引きで、以前、脱出に使用した土嚢を越えると、彼らはまず集合場所とした修道院へと集まった。バンパイアの居城は目と鼻の先にあるのだが、それはそれで盲点となるかもしれない。
「街の人達が捕らえられている場所は、分かっているだけで3つだそうだ」
 そう告げたサリの傍らには、元自警団長だった老人がいる。
「あまり表立って調べる事が出来なんでのぅ」
「いや。それだけでも分かれば」
 3つ。
 あまりに厳しい数字だ。
 だが、アリアスは表情を崩す事なく、仲間達を見渡した。
「まずは、その3つを解放する。そこから他の場所も発見出来ればいいが、‥‥難しいな」
 捕らえられている人々を解放すれば、少なからず騒ぎが起きる。そうなれば、自警団員達も守りを固めてしまうだろう。
「ここからは時間と勝負だ。街の人々を救出出来たならば、速やかに天狼が壊した門から脱出する事」
 アリアスの指示に、アレクが付け加える。
「街の人々には、サウザンプトンへ向かうように言ってくれ。教会に駆け込めば、何とかしてくれるはずだ」
 頷いて、それぞれ動き出した直後に、どんと大地を揺らすような音が響いた。しばし間をあけて、無数の怒鳴り声と乱暴な足音が入り乱れる。
「‥‥また派手にやってくれるわね」
 呆れたレムリィと手を握って、天は慌ただしくなった街の中へと飛び出して行った。
 蒼羅も、ネティと頷き合って、修道院の裏口からそっと出ていく。
「ネティが占った「脱出の機会」‥‥のようだな」
「あいつらを連れて来るのは感心出来んが」
 肩を竦めて、アリアスも表へと向かう。通りがかった自警団員を建物の陰へと引き込み、叩きのめして服を奪う。裸になった男を手早く縛り上げて路地に転がすと、彼は何食わぬ顔で自警団員達に混ざって駆け去っていった。
「ご老人、貴方もご一緒に」
「いや、前にも言ったが、わしは街に残った奴らを守らにゃならん」
 残った隠れ家のうち、幾つかは自警団員に見つかり、人々は捕らえられたらしい。だが、僅かでも街に人がいる限り、彼はここに踏みとどまるつもりだと言う。
「‥‥分かった。我々は、今回助けられるだけの人を脱出させる事に集中しよう。後は‥‥。もうしばらく持ち堪えて欲しい」
 必ず、もう1度、助けに来るから。
 誓ったサリに、老人は笑って頷いた。
 一方、老人から聞き出した監禁場所へと向かった者達は、それぞれ、そこの見張りとして残っていた自警団員達と対峙していた。
 足の弱った老婦人を支えつつ走っていたレムリィが追って来る自警団員に舌打ちする。このままでは、追いつかれるのも時間の問題だ。
「姉ちゃ、先に行くの! がぁくん! わりゅい子にお尻ぺんぺんするの!」
 ぼんと白い煙と共に現れた巨大蝦蟇蛙に、一瞬、男達は動きを止めた。だが、すぐに蝦蟇目掛けて飛びかかって来る。
「がぁくんがお尻ぺんぺんされてりゅ〜っっ!」
 煩そうに身を震うと、すべすべの皮膚に取り付いていた男達が滑り落ちていく。むちむちぷりんの皮膚をたぷたぷと揺らして、蝦蟇は道の真ん中に座り込んだ。
 これで、しばらく時間稼ぎ出来そうであった。

●イーディス
「駄目だと申し上げたはずでしょう!?」
 小声で叱り飛ばしたアクテの口を押さえて、アレクはバンパイアの巣と化した城を見上げた。暗い空にぬっと突き出した城は、かつては他民族の侵入を防ぐ砦だったと言われている。それが、今や魔物の巣である。
 身を捩ってその手を逃れようとした時、アクテは見た。
 城の露台に翻る銀色の髪。
 整った顔立ちは、確かにどこかヒューイットに似ているようにも見える。
「アレクさん‥‥」
 アクテの肩に手が回される。アレクは銀髪の男を凝視したままだ。無意識の行動であるらしい。その手に、母に縋りつく子供のような頼りなさを感じたのは、僅かに震えていたからだ。
「似ていませんね」
 ゆるゆると、アレクが振り向いた。
「似ていません。ヒューさんは、あんな酷薄そうな男になんてちっとも似ていません。それは、アレクさんが一番よくご存じでしょう?」
 ああ、と力無い声を返したアレクを、アクテは急き立てる。わざと怒ったように。
「さ、参りましょう。こんな所で道草している暇なんて無いんですからね」
 アクテはアレクの腕を掴んで歩き出した。得体の知れぬ恐怖に背を向け、決して振り返らずに。