【幻想庭園】鎖断ち切る時

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 14 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月04日〜01月13日

リプレイ公開日:2006年01月15日

●オープニング

●囚われて
 怖いと思った。
 最初は。
 けれど、銀色の髪をした青年は約束した通りに、アンジェを守ってくれている。
 ウィンチェスターからポーツマスまでの旅の間、何度かバンパイアの恐怖を感じたけれど、その度に彼が身代わりとなってくれた。
 バンパイアによく似た面差しの青年。彼の首筋にバンパイアの牙が食い込むのを幾度も見た。
「大丈夫です」
 流れる血を拭おうとすると、困ったような、泣いているような表情で笑った。
 そして、辿り着いたポーツマスの城で、彼女と出会った。
「ルクレツィア様!?」
 青年がそう呼んだのは、蜂蜜色のふわふわとした髪と大きな瞳が印象的な娘。
 ルクレツィアは嬉しそうに青年へと駆け寄ると、アンジェにも笑いかけた。
 無邪気な、天使の微笑みで。

●同時攻略
 その報せに、彼は一声唸ると頭を抱え込んだ。
「なんて事だ‥‥」
 助けにいった従者は、かの街の聖女を連れて諸悪の根源と共に去った。従者が苦心して残していった様々な手掛かりから行き先は知れたのだが、彼が受けた精神的ダメージは大きい。
 そこに、この報せである。
 ぐしゃりと髪を掻き回して、彼、アレクシス・ガーディナーは呻く。
 彼の従者がバンパイアと行動を共にしている理由は、彼にも何となく察する事が出来た。
 だからこそ、従者を信じて追撃の依頼を出すべく準備を整えたのだ。しかし。
「なんでツィアが‥‥」
 天然系脳天気娘な従妹の姿を思い浮かべ、溜息をつく。
 出来る事ならば、彼女は隠し遂したかった。
 この10数年、誰にも知られる事なく平和に暮らして来たのに。
 だが、今は嘆いている場合ではない。
「アレク、分かっているだろうが、今回は‥‥」
 古い馴染みの司教が、かつて見た事がない程真剣な顔で切り出した。
 彼が言いたい事は分かっている。
「一気に片付けないと、厄介な事になる。分かっているさ。イーディスとポーツマス領主は俺達が引き受ける。‥‥ツィアは任せた」
 書き上げた2枚の依頼書を受付嬢へと渡して、彼は冒険者達を振り返った。

●決意
「今度こそイーディスを討ち、ヒューとアンジェを助け出す」
 ウィンチェスターで逃したバンパイア、イーディス。
 狡猾で残忍な奴の事だ。彼らが後を追う事ぐらい予測済みだろう。
「知っての通り、今、ポーツマスにはアンデッドが徘徊している。バンパイアが長く居座っていた割にスレイブが少なかったウィンチェスターとは勝手が違う」
 ウィンチェスターでは、「人」が相手だったのだ。
 言葉も通じたから説得という手段もあった。
 しかし、アンデッドは本能のままに襲って来る。言葉など、当然通じない。
「銀の狼も、出て来るかもしれない」
 イーディスが消えると同時に、ウィンチェスターから姿を消したバンパイアウルフと呼ばれる銀の狼。住民の話では、それまで狼の害はなかったというから、イーディスに従うモンスターである可能性は高い。
「だが、今回は奴の逃げ場が少ない」
 ポーツマスの城には、領主として君臨していた女バンパイアがいる。アレクが出したもう片方の依頼は、その女バンパイアの駆逐だ。
 いくら太陽の光が入らないように窓を塞いだ城とて、双方が攻められれば、逃げ場は無くなってくる。その為の同時攻略なのだ。
「そして、俺達が動けば、ヒューも動く。ヒューの事だ。何らかの形で俺達を援護してくるはずだ。出来ればヒューと合流し、イーディスを倒すんだ。あいつを、イーディスの軛から解き放つ為にも」
 告げたアレクの顔が、険しくなる。
「アレク、ヒューとイーディスはどういう関係なんだ? 何故、ヒューはイーディスと‥‥」
 尋ねた冒険者に、アレクは視線を卓へと落とした。
「‥‥イーディスは、ヒューに似てるだろ‥‥」
 ぽつりと零れたアレクの呟き。
 だが、すぐに彼は冒険者達を真っ直ぐに見据えた。
「ヒューとイーディスがどんな関係でも、俺の知った事じゃない。俺は、俺の従者を取り戻す。それだけだ」

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●闇の城へ
 閉ざされたポーツマス城を見上げて、彼らは表情を改めた。
 あの中に、ずっと追って来た敵がいる。奴の為に、どれほど多くの人々が苦痛を味わい、恐怖に震えて来たか。
 時刻は、昼を少し過ぎた頃。
 街中を徘徊する不死者達の動きも未だ鈍い時間だ。
 城へと突入するのは、今をおいて他はない。
「どうぞ、皆様」
 アクテ・シュラウヴェル(ea4137)から、手渡されたそれぞれの得物。『フルングニルの砥石』と呼ばれる魔力をもった砥石で、丁寧に仕上げられた武具は、いつにも増して輝きと鋭さが増していた。
 まるで、宿敵を前にした彼らの心を表したかのように。
「今度こそ、奴を討つ」
 研ぎ澄まされた霞刀を太陽に翳して、琥龍蒼羅(ea1442)は目を眇めた。
「もう、逃しはしない。ここで決着をつける」
 蒼羅の決意に頷いて、「でも」とレムリィ・リセルナート(ea6870)は集った者達を見回す。
「でも、油断しないで。イーディスは面白けりゃ何でもおっけーだと思うの。ウィンチェスターを占拠したのも、あっさり捨ててたのも戯れだから。飽きれば、さっさと次に興味を引いた物に移るんだわ。だから‥‥」
「だから、今回も面白くないと思えば、さっさと消えてしまう‥‥と?」
 アクテが継いだ言葉を、レムリィは肯定した。
 彼女の推測は恐らく当たっている。
 細い眉を寄せて、サリトリア・エリシオン(ea0479)は胸元を押さえた。
 その「戯れ」で命を落とした人々。彼女が助けられなかった命。‥‥彼女に出来るのは、最早その魂が安かれと祈る事だけだ。
「いや、‥‥違う」
 鋭い眼差しをポーツマスの城へと向ける。
「イーディスを討ち、彼らの無念を果たすこと。それが、我らに出来る償いだ」
 硬い声と強い言葉、それはサリの決意の現れだろう。共に突入をかける者達と打ち合わせていたアリアス・サーレク(ea2699)は、軽くサリの背を叩いた。
「あまり、気負いすぎるなよ」
 それは、サリへ向けた言葉であると同時に、仲間達へ、何より自分自身へと向けた言葉だ。殊更ゆっくりと、彼は仲間を見回す。
「行くぞ。俺達が為すべき事はイーディスの駆逐。囚われているアンジェやルクレツィア嬢を発見したら保護して別班に委ねる。それから、ヒューの事だが」
 びくりと、アレクシス・ガーディナーの肩が揺れた。
 ヒューの素性に、彼らはもう気づいている。何と言われようとも仕方はない。覚悟は出来ている。決然とアレクはアリアスを見返した。
「ギルドでも言ったが、ヒューは俺の従者だ。誰に何と言われようが、俺にはあいつを助け出す義務がある」
 きっぱりと言い切ったアレクに、堪え切れないようにアリアスが吹き出す。
「? おい、何なんだ? アリアス」
 アリアスを中心に生まれた笑いの波紋は、次々と仲間達へと広がっていく。
「もー、アレクってば分かってないわね」
 笑い過ぎて浮かんだ涙を拭うと、レムリィは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「ヒューが何だろうとぶっちゃけ関係ないわよ。あたしの見てきたヒューが偽りでないのならね」
「お前ら‥‥」
 自分を囲む仲間達の視線が柔らかい事に気づいて、アレクが声を詰まらせる。何と言おうかと迷っているかの素振りに、レジーナ・フォースター(ea2708)は彼の手に拳を当てた。
「みなまで言うなよ、アレク。その程度で私が怯むとでも思ったら大間違いのこんこんちきの猫まっしぐら!」
 アレクの表情が緩んだ。
「レジーナ‥‥お前‥‥」
 びしりと城を指さしていたレジーナが振り返る。
「男前だなぁ」
 ピシリ、と何かにヒビが入る音がした。
「さてと。あれは放っておきましょ。ええと、何て言ったかしら? 触らぬ神に叩きなし?」
 突然に話を振られて、遊士天狼(ea3385)は首を傾げてレムリィを見上げた。仲間から少し離れた場所でずっとフォーノリッヂを繰り返していたネフティス・ネト・アメン(ea2834)を心配そうに覗き込んでいたから、話が見えない。
「いいんですよ、気にしなくて。それで、何か分かりましたか?」
 問われて、ネティは顔を上げた。
 今にも泣き出しそうな少女に、アクテは彼女が見た光景を推し量る。
「大丈夫。それは、決まった未来ではないのでしょう? 未来は、私達の力で変えて行けるものなのですよ」
 こくりと頷くと、アクテの腕に掴まりながら立ち上がり、口を開く。
「血の中に倒れていたの。アンジェもヒューも‥‥。その横に女の子が立っていたわ。女の子の後ろに女の人、それから、イーディス。場所は、薄暗くて広い部屋。壁に、大きなタペストリーが掛かってた」
 城に詳しい者達の話を元に書き留めた城の見取り図を広げて、アクテは眉を顰めた。
「それなりの広さがある場所となると、謁見の間か大広間、でしょうね」
「どちらを目指すかは、城に入ってから決めればいいさ。‥‥ヒューの位置なら、レジーナが愛の力で特定してくれるだろうからな」
 肩を竦めたアリアスに、蒼羅が笑みをこぼす。
 自信に満ちた仲間達の姿に、アクテもどこか安堵したように微笑みを返した。

●成長
 窓という窓を塗り込めたポーツマスの城内は、昼だというのに夕闇の世界だ。この中では、昼間であっても彼らの有利にはならない。
「来たようだ」
 いつの間に抜いていたのか、蒼羅の霞刀が物陰から襲い掛かって来たスレイブを一刀のもとに斬り捨てる。手探り状態で、風説を頼りに戦っていた頃とは違う。スレイブは、もはや彼らの敵では無い。
「狼が来たぞーっ」
 注意を促すレジーナの声に、ぴょんと飛び跳ねて兄ちゃ、ねーちゃ達と黒い群れの間に立ったのは天だ。
「黒いわんわん、天がめっすりゅの!」
 先に行けと、彼の目が告げていた。
「天‥‥」
 いつの間に、一人前の冒険者の‥‥いや、男の目をするようになっていたのか。
 交戦中だというのに、不覚にも感慨に耽ってしまったサリは、むちむちぷりんで艶々な壁に半ば埋もれる事となった。
「‥‥‥‥」
 これを「好き」と言える女性は少ないだろう。冷たい、濡れた皮膚の感触にサリはその場で硬直した。
「サリ! ここは天に任せるぞ! 」
 彼女が動けない理由を勘違いしたアリアスはサリの腕を取ると、廊下一杯に詰まった蝦蟇の壁に阻まれて姿すら見えなくなったスレイブに向かって叫ぶ。
「悪いが、今はお前達の相手をしている暇はない。後でまとめて天に還してやる。待っていろ!」
 湧き上がる呻きは、死してなお地上に、邪な縛られる不死者達の怨嗟の声か。
 春花の術で狼達を眠らせると、天は蝦蟇から飛び降りた。
「がぁくん、あとちょびっとだけ頑張りゅの!」
 ゲコと鳴いた蝦蟇で廊下の蓋をして、天は先に行った者の後を追った。

●鎖断ち切る時
 かつては無数の蝋燭が明るく照らし出していた大広間。太陽の光が差し込まなくても、饗される食事は温かい湯気をたてていた。明るい声が満ちていた。
 それが、まるで廃墟のようだ。
 楽しかった晩餐の記憶は、夢の中の出来事だったのかもしれない。あの時、優しく笑っていた女性が天を、仲間を、人々を欺いていたバンパイアだった事も、悪い夢なのかもしれない。
 でも、と天は懐のシルバーダガーをぎゅっと握り締めた。
 長椅子に身を預け、ゴブレットを傾けているあの男は夢の中の存在じゃない。
「イーディス!」
 やっと見つけた仇敵に、サリがワイナーズ・ティールを構えた。だが、イーディスは寛いだ姿のまま、動こうとはしない。
「覚悟しろ、イーディス! 犠牲になった者達の無念、今ここで晴らさせて貰う!」
 動じる様子もない姿に、滅多に感情を表に出さない蒼羅も苛立たしげに舌を打ち、眉を寄せる。知らず握る手に力を籠めていた霞刀を床へ置くと、素早く印を結ぶ。相手は、スレイブの比ではない。先手を打ち、反撃を防いで次の攻撃へと繋がねば、奴は倒せない。
「切り裂け、‥‥風刃!」
 蒼羅の周囲を包む空気が揺れた。
 彼の手から放たれた真空の刃が、長椅子のイーディスを切り裂いた‥‥かに見えた。しかし、切り裂かれたのは、長椅子だった。背に当てていたクッションが裂け、中に詰められていた綿が弾ける。
「煩い虫どもが。折角の美酒が台無しだ」
 床に転がったゴブレットから零れた赤い酒をちらりと見て、蒼羅は鋭くイーディスを睨みつけた。
「酒、だと? これを酒と言うのか!」
 続け様に放ったウインドスラッシュをものともせず、イーディスは唇を吊り上げた。軽く飛び退った彼に代わり、蒼羅へと襲いかかったのは、銀色の毛を持つ狼だ。
「にーちゃ!」
 牙を剥いた銀狼へと飛び掛かり、その首根にしがみついた天が必死に首を巡らせる。
「銀色わんわん、天がめっすりゅの! だから!」
「天!」
 オーラパワーを付与した霞刀を構えたアリアスは躊躇した。
 天を加勢すべきか、それともイーディスへと向かうか。だが、それも一瞬のこと。イーディスを討つこと、それが自分達の目的だと言ったのは、他ならぬアリアス自身だ。天の心意気を無駄にせぬ為にも、イーディスを討ち果たさねばならない。
「天、銀狼は任せた!」
 叫んで、アリアスは霞刀をイーディスヘと突き立てた。
 確かな手応えに、会心の笑みを浮かべたアリアスは、だがしかし、すぐに顔を強張らせた。イーディスの傷が、みるみる塞がっていく。
「再生する時間を与えるな! 皆で一気に‥‥」
 仲間へと指示を出したサリの言葉が途中で消えた。
 イーディスの背後に佇む青年の姿に気づいたのだ。
 暗い表情をした彼の手に握られているのは、抜き身の剣。
「こやつらを片付けておけ」
 当然の顔をして命じたイーディスに、ヒューは無言で剣を構える。
「ヒュー? お前、まさか操られて‥‥」
 面白がっているかのようなイーディスの邪笑と、虚ろな顔で剣を手に突進して来るヒューと、何かを叫んでいる仲間達の顔がめまぐるしく回る。
 そして、鈍い音が広間に響き渡った。
「‥‥お前‥‥」
 不快そうにイーディスがヒューの髪を鷲掴みにした。その尖った爪が、ヒューの頬を傷つける。
「ヒューさん!」
 レジーナの声に、イーディスの胸に剣を突き立てたままヒューは顔を上げた。
「早く、今のうちに!」
 ただの剣ではイーディスに致命傷を与える事など出来ない。それでも、剣が刺さった状態で組み付かれては動きも鈍る。
 アクテは己の手を見た。
 イーディスの動きが止まった今、マグナブローを使えば、イーディスにそれなりのダメージを与えられるだろう。しかし、このままではヒューも巻き込んでしまう。
 冒険者達の動揺を察したのか、ヒューは声を荒げる。
「このまま、この呪われた身ごとイーディスを滅ぼして下さい!」
 フューナラルを振り上げかけて、レムリィは固まった。自分ごと討てと言われて、はいそうですかと斬れるわけがない。
「‥‥分かりました。では、私、修道女になり、一生教会で過ごすことにします」
 ぽつり呟いたのは、レジーナだった。
 ルーンソードを握り直した彼女の表情は真剣そのものだ。
 なのに。
 なのに、何故だろう。
 彼女の決意に素直に反応出来ないのは。
 それは、イーディスを押さえ込んでいるヒューも同様のようだった。
 無言になった冒険者達の中、それまで隅で戦いを見守っていたネティが動いた。
「太陽神、力をっ」
 恐怖よりも強い衝動に駆られるままに、呪を唱える。彼女を気にも留めていなかったイーディスが振り返ると同時に、光が彼の目を焼いた。咄嗟に腕を上げて光を遮ったイーディスに生まれた隙を、冒険者達は見逃さなかった。
「街は人の手に、ヒューはアレクの元に、そしてお前らは闇へ還れ!」
 体ごとイーディスへとぶつかったアリアスに続き、蒼羅の手に生まれた雷刀が叩き込まれる。
「イーディスっ!」
 不死者を滅ぼすと言われるフューナラル、相棒であった者の形見の剣を構えたレムリィがイーディスと交差する。
 数瞬、音が消えたような気がした。
 その場の誰もが、息を呑んで成り行きを見守った。
 床に倒れたのは、銀色の髪を持つ男。
 信じられないと言いたげに目を見開いたバンパイアから、傍らで呆然と立つ青年に視線を移すと、天は銀狼を仕留めたシルバーダガーを彼に差し出した。
「天くん‥‥」
「ヒュー兄ちゃがやらなきゃ、めっなの」
 息を止め、ヒューは握り締めたダガーを自分と良く似た男の胸へとゆっくりと振り下ろした。

●And that's all?
 どのくらい、彼らはその場に佇んでいたのだろうか。
 やがて、アレクの従者はのろのろと顔を上げた。
「‥‥ツィアは?」
 労りの言葉も何もなく、アレクが素っ気なく尋ねる。
「救出に来られた方々の手に委ねました。恐らく、無事に脱出されているかと」
 対する従者も、疲れを滲ませながらもいつもと変わらぬ口調で応えた。
 そうか、と鷹揚に頷いて、アレクは踵を返す。
「アレク? 何よ、あなた! そんな態度で!」
 ぷんすかと怒り出したレムリィを押し止めて、サリが首を振った。
「レジーナ」
 決着がついてからずっと黙り込んでいたレジーナを、アリアスが促す。
 先に口を開いたのは、ヒューだった。
「レジーナさん? 私は貴女に謝らなければならない事が‥‥」
「私は!」
 き、とレジーナが顔をあげる。その勢いに呑まれて、ヒューは言葉を止める。
「私は、何者であるかなんて関係なく、貴方が愛する貴方であるから、ヒューイットを愛します!」
 きっぱりと宣言したレジーナに、ヒューは目を見開いた。
「ヒュー兄ちゃ、あのね、とと様が「今度、男同士の友情を深めような♪」って言ってたの」
 ぴきりと額に青筋を浮かべて動きを止めたのは、レジーナとアレク。
「ちょっとお待ちなさい! ヒューさんは私の‥‥」
「お前ら! 勝手な事を言ってんじゃないっ!」
 蒼羅と苦笑を交わし、アクテは、足に天をくっつけたままでおろおろ主とレジーナを取りなしているヒューへと歩み寄る。
「お帰りなさい、ヒューさん。ご苦労様でした。そして‥‥頑張って下さいね、これから」
「もう! アレクってば、そろそろヒュー離れしないと、ヒューもレジーナとお付き合い出来ないしっ! アレクにだって彼女が出来ないわよっ!」
 堪り兼ねたネティの雷が落ちる中、返って来たのは、ヒューが初めて見せる少し照れたような笑顔だった。