【鮮血の村】悪夢の始まり

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月31日〜11月09日

リプレイ公開日:2005年11月07日

●オープニング

●人にあらざる者達の会話
「ほんに、男というものは好きじゃな」
「なにが?」
 誰もいないはずの空間から突如として掛けられた声に驚きもせず、イーディスは詰らなさそうに尋ね返すと、口元へゴブレットを運ぶ。中に満たされた液体は、赤い色をしていた。
「箱庭じゃ」
 彼の傍らへと歩み寄り、石の欄干に手を掛けて見下ろすのは、ちらちらと灯りが揺れるウィンチェスターの街。
 冷たさを増した風が、少女の艶やかな黒髪を揺らす。
「君だって好きだろう。美々しい男や女を侍らせて、お人形遊びするのが」
 くくっと鳩のように喉を鳴らし、少女は笑った。
「妾は、そなたのように「そんな気分だった」で壊したりはせぬぞ。要らなくなるまで可愛がってやるのじゃ」
 イーディスはわざとらしく肩を竦めて見せる。
 彼の態度が気に入らなかったのか、少女はむぅと細い眉を寄せた。
「どうせ、この街も飽きれば壊すのであろ。あの時のように」
 あの日からイーディスを目の敵にしている仲間も少なくはない。イーディスに出会った瞬間、八つ裂きにせんと襲い掛かってくる者もいるだろう。
 人間のように道徳だとか、騎士道だとかの綺麗事を持たぬバンパイアの間にも、いくつかのルールが存在する。
 だが、目の前の男は‥‥。
「気に入ったものが壊れていくのを見るのが好きでね」
 ふん、と少女は鼻を鳴らした。
「相変わらずじゃな。まぁ、よい。それよりも、妾は旅にも飽いた。しばらくは一所に留まろうと思うのじゃ」
「どこでも使うといい。‥‥それとも、屋敷を用意して欲しいのか?」
 ねっとりと絡みつくような声で問われて、少女はばさりと乱暴に扇を開いた。不機嫌そうに口元を歪める。
「は! 妾がどこに屋敷を構えようが妾の勝手じゃ。そなたの許可などいらぬ。ただ、妾の目につく所でうろちょろされるは不愉快じゃ。今日はその警告に参ったまでのこと」
 言い捨てると、少女は欄干へと飛び上がった。ふと思いつき、ゴブレットに赤い液体を注いでいる男を振り返る。禁忌を犯した男だが、彼の顔は少女の好みだったので忠告してやることにした。
「気をつけるがよいぞ。そなたが派手に動いている事は、既にあやつの耳に届いているであろう。あやつは執念深い。何がなんでもそなたを塵にするつもりじゃろうて」
「それは楽しみだ」
 どこまでもふざけた男だ。
 それが、あの者の怒りを煽るのだろう。
ー‥‥妾の知った事ではないわ
 とりあえず、忠告だけはしてやった。後は好きにすればよい。
 くるりと踵を返し、彼女は今度こそ夜の闇の中へと足を踏み出した。

●悪夢のはじまり
 依頼主は、アネットという名の娘であった。
 ギルドにやって来た時には、随分と怯え、震えていたが、ようやく落ち着いてきたらしい。何度か深呼吸を繰り返すと、彼女はゆっくりと視線を上げた。
 自分の言葉を待つ冒険者達を見つめて口を開く。
「兄は、冬が来る前に結婚するはずだったんです。なのに、今は婚約者を忘れて、その女性に求婚する事しか考えていません」
「心変わりというのは、別に珍しい事ではないだろう?」
 答えに詰まって俯いたのは一瞬の事。
 アネットは、すぐに首を振った。
「心変わりとか、そんなんじゃないんです! 兄だけじゃなくて、村全体がおかしいんです。どうすれば彼女に笑って貰えるのか、言葉を交わせるのか、そんな事ばっかり‥‥!」
 ある日、突然にふらりとやってきて、村はずれの森の朽ちかけた屋敷に住み着いたのは、幼さと妖艶さとを合わせ持った美しい少女だった。白く透き通る肌と闇の色をした髪、病弱らしく、屋敷の外に出る事は滅多にない。
 少女の体を心配した世話焼き婦人が訪ねたのが最初だった。
 結局、婦人は少女に会えなかったが、ちらりと姿を見る事だけは出来た。そして、村に帰って吹聴してまわったのだ。
 少女は「見た事もないぐらい綺麗な子」で、「療養に来たどこかの貴族の姫」に違いないと。噂は尾ひれ背びれをつけて、瞬く間に村中に広まった。
 その日から、少女見たさに薄暗い森の中の屋敷へと通う者が続出した。
 アネットの兄も、その1人だった。
 兄が好奇心から森へ出かけて行ったのを、アネットは知っている。だが、戻って来た時には少女に魅入られていた。婚約者を忘れる程に。
 兄のように、少女の虜となった者は少なくはない。中には、高熱を発して寝込む程に少女に恋い焦がれている者もいる。
 村人達の間で、流行り病のように少女への関心と好意が高まるのを見るにつけて、アネットは奇妙な違和感を感じていた。何の娯楽もない辺鄙な村が、突如訪れた「貴族の姫」に熱狂しているだけなのかもしれない。自分が少女に何の関心もないから、そう思うだけかもと言い聞かせても、ざらざらとした不安が拭いきれなかった。
「だから、私は確かめに行ったんです」
 鬱蒼と茂った木々が、太陽の光を遮って、昼でも暗い森の中に建つ朽ちかけた屋敷。
 そして、アネットは、恐ろしい物を見る事となった。
「陰気な顔をした召使いが数人いました。その人達は地面に穴を掘っていました。その穴に、誰かの荷物を埋めていたんです。そして、足下に‥‥」
 力なく投げ出された腕。
 旅装束の若い男に群がり、首筋や手首に噛みついていた召使い達の、口元を赤く染めた人とは思えぬ恐ろしい形相‥‥。
 恐怖のあまり動けなくなり、悲鳴すら上げられなかったのが幸いした。
 召使い達がアネットの存在に気付かずに、死んだようにぐったりとなった男を引き摺って屋敷の中に戻ると、彼女は震える足を宥めつつ森を出、そのままキャメロットへとやって来たという。
 アネットの話に、冒険者達は厳しい顔で互いを見合った。
「お願いです! あの化け物達を村から追い出して下さい!」
 彼女の願いが、全ての発端だった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3264 コルセスカ・ジェニアスレイ(21歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●長閑な村
 疫病が流行りだしていると告げたベアトリス・マッドロック(ea3041)の言葉を、村人達は一笑に付した。
「笑い事じゃあないんだよ。早く村から離れた方がいい。キャメロットの教会にアタシの知り合いがいるから、そこへ‥‥」
「いやいや、心配してくれてありがとよ。でも大丈夫だ」
 鎌を手にした農夫は、屈託無く笑うと仕事へと戻る。本当は疫病より質が悪い。だが、それを告げれば村人は混乱するだけだ。苛立ちを隠さずに、ベアトリスは首を振った。
「何が大丈夫なもんかい。一刻を争うんだよ?」
 何度説得を試みても、村人は取り合わない。
 ベアトリス同様に、病の調査、対処を掲げて村の中を回ったオイル・ツァーン(ea0018)や竜太猛(ea6321)も、村人達から相手にされずに体よく追い返されていた。
「どうするんじゃ?」
 尋ねた竜に、オイルは目を眇めて森を見た。依頼人の話だと、そこに朽ちかけた屋敷があるはずだ。この村を狂わせた元凶が、そこにいる。
「病なんぞ流行ってません‥‥か」
 答えぬオイルに、竜が独り言のように呟く。
 説得して回った村人達は、皆、明るく笑って否定した。不安なんぞ一欠片も抱えていない、曇りない笑みを浮かべて。それどころか、旅人である竜の健康を案じて林檎やら木の実やらを持たせてくれた老婆もいた。皆、ちゃんと鏡に映っていた。
「実際に熱を出して寝込んで者もいたらしいが‥‥」
 手の中の胡桃を玩んでいた竜が顔を上げる。
「病の者を心配した「お嬢さん」が屋敷に引き取ったそうだ。手厚い看護で元気になった者達は、今は屋敷で働いている」
『これから冬で、仕事も無くなるから有り難いねぇ』
 息子が屋敷で働き始めたという老婆の、心底嬉しそうな言葉に、オイルは何も言えなかった。
 苛立たしそうな舌打ちと共に、竜は己の手のひらに拳を叩きつけた。村は、その「お嬢さん」とやらに深い信頼と親愛の情を抱いている。表だった害もないから、誰も冒険者の言葉に耳を貸そうとはしないのだ。
「とりあえず、皆と合流しよう。対策を練り直す必要がありそうだ」
 短く告げて踵を返したオイルの後を追いかけ、竜は足を止めた。
 もう1度、鬱蒼とした森を振り返る。その静けさの中に潜むおぞましいモノへの憤りに、彼は握り込んだ拳に更なる力を込めた。

●血の館
 そぉっと屋敷の中を覗き込む。
 薄暗いとはいえ、今はまだ空に太陽がある時刻。
 何度かバンパイアと遭遇している者達からの情報によると、奴らは太陽から幾ばくかのダメージを受けるらしい。つまり、今は動きが鈍っているはずだ。それを裏付けるように、屋敷の中からは物音1つしない。
 まるで廃墟のようで、知らずカファール・ナイトレイド(ea0509)は体を震わせた。
「バンパイアのヒト、やっぱりお昼寝中かなァ」
 気味の悪い静寂に耐えかねて、思わずぽつりと漏らす。中に入る事が出来そうな隙間を探すのは難しい事ではなかった。崩れかけた壁の間から体を滑り込ませると、天井ギリギリの所を飛んで屋敷を探る。
 危険だが、一番確実に情報が得られる手段だ。
「村から来た人達もいるはずだよね‥‥」
 屋敷は思っていた以上に広い。1つ1つの部屋を確かめつつ、間取りを覚え込んでいたカファは、何気なく覗き込んだ部屋の有様に息を呑んだ。
 分厚い布が窓を覆い隠し、太陽の光を遮る部屋の中は生臭い臭気に満ちていた。
 重い音を立てて、男が床に倒れ込む。その様子を見て取ると、長椅子のゆったりと身を横たえていた少女は細く長い指先で片隅に控えていた女を差し招いた。
 呼ばれた女は、無表情に倒れた男の両脇に腕を差し込み、引き摺り始める。
「残りは、お前達の好きにするがよい」
 甘い毒を含んだ声で囁くと、少女は口元を拭った指を舌で舐めた。アネットが告げた通りの白く透き通る肌に、唇だけがやけに赤い。
「で」
 濡れて光る唇が、次の言葉を紡ぐ。
「そこな小鳥は、何ぞ面白いものでも見つけたか」
 はっとカファは身を翻した。
 少女の手に生まれた黒い光が、カファが身を潜めていた場所を襲う。一瞬でも判断が遅れていたら、カファも無事では済まなかっただろう。シフールでなければ通り抜けられない逃げ道へと飛び込んで、カファは屋敷の外へと飛び出した。

●忍び寄る闇の影に
「あいつだ!」
 偵察に出ていたカファから事の次第を聞いた沖田光(ea0029)は、思わずそう叫んで立ち上がった。
「やっと‥‥やっと見つけた‥‥!」
 いつもの光らしからぬ、思い詰めたような厳しい表情に、ミュール・マードリック(ea9285)は僅かに眉を寄せる。だが、深くは追及せずに仲間達を見渡した。
「このままでは被害は広がる。可能な限り、奴らを殲滅せねばならない」
 ベアトリスやオイル、竜と協力して村人を退避させるべく説得を試みた彼は、同時に助かる者と助からない者の見極めも行っていた。注意深く相手を観察し、噂を集めた彼は、村人達が『魅了』されているのではなく、純粋に屋敷の少女を新たな仲間として歓迎し、親しみを抱いている事にも気付いていた。
 村人達は、深くフードを被り、目すら合わさなかった彼にも気さくに声をかけ、食事のテーブルに招いてくれた。これまで盗賊やモンスターの被害に遭った事がないのだろう。警戒心が全くなく、他者を疑わず、好意を素直に表す。
 そんな村人達をじわじわと食い物にしているバンパイアに対して、ミュールは怒りを覚えた。
「我々がいくら避難を勧告しても、村人達は動かない。後はコルセスカの首尾に期待するしかないか」
「待って下さい! 今すぐにでも屋敷に乗り込んで、あいつを討たなければ! このままじゃ、被害はどんどん拡がります!」
 ミュールの言葉に、光が反論する。
 村人を退避させる事が出来ないならば、屋敷に巣くうバンパイアを討つ。これ以上、被害を出さぬ為にはそれが最善だと彼は主張した。
「落ち着くんじゃ。確かに沖田殿の言う通りじゃが、短慮はいかん。奴らは狡猾ぢゃ。わしらがただ乗り込んだところで、根絶やしに出来るとは限らんじゃろう」
 今にも走り出しそうな光の襟首を掴んで、竜は自分の傍らに押し止める。焦る気持ちは竜とて同じ事。だが、相手の力も、数も分からぬままに突入すれば、返り討ちにされる可能性もあるのだ。ここはじっくりと策を練らねばならない。
「‥‥コルセスカの嬢ちゃんが着いたようだよ」
 腕を組んで、仲間達の遣り取りを聞いていたベアトリスが、近づいて来る騎影を示した。1人、別行動を取っていたコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)が到着したのだ。
 駿馬から飛び降りると、コルセスカは仲間達の元へと駆け寄った。今にも倒れてしまいそうな程に消耗しきっているコルセスカを抱き留めて、ベアトリスはその背をゆっくりと叩いた。
「ご苦労さんだったね、嬢ちゃん」
「でも、でも‥‥駄目でした」
 キャメロットを出る時に別れてからまだ数日。見て分かる程に面窶れしたコルセスカに、仲間達はその不首尾を察していたのだが。
「周辺の騎士団の皆さんは、ウィンチェスターを警戒していて‥‥不確かな情報しかないこの村に割ける人手はないと‥‥」
 ウィンチェスター。
 その名に、冒険者達の表情が翳る。
 それは、イーディスと名乗るバンパイアに支配された街だ。今は街を閉ざしているが、いつ、バンパイア共が飛び出して来るか分からない、予断を許さない状況にある。当然、周辺騎士団もウィンチェスターを警戒している。
「アネットさんのお話だけでは、動いてくれる騎士団も教会もありません。バンパイアが相手では、少しの時間も命取りになるかもしれないのに!」
 悔しげに唇を噛んだコルセスカの顔を、光はそっと覗き込んだ。
「コルセスカさんは頑張りました。僕達は、ちゃんと分かってますから」
 ね? と笑いかけた光に、先ほどまでの動揺は見られない。
「あいつは、ウィンチェスターのバンパイアと違って、誰にも気付かれないように人の中に紛れ込んでくる。前の時もそうだったんです。気がつくと、村が壊滅していた‥‥」
 冒険者が痕跡を追い、あの女バンパイアの元に辿り着くまでに幾つの悲劇が起きたのか‥‥。握り締めた拳に力が籠もる。爪が手の皮を破り、血が滲んだ。
「もう、絶対に悲劇は繰り返したくない。繰り返させない‥‥っ」
 決意に満ちた光の肩に手を置いて、オイルは仲間達、1人1人の顔を見た。
「我々は‥‥退く事は出来ない。例え、不利な状況であろうとも、決して」
 淡々としたオイルの言葉が、仲間達の胸に刻み込まれていく。
 カファの侵入がばれたというのに、森は奇妙なぐらい静まり返っている。太陽が沈む前に、あの森に巣くう魔を、人ではないものにされてしまった人々を土に還さなければならない。
「さあ、坊主ども、嬢ちゃん達、アタシに聖なる母の護りと加護を祈らせとくれ! 必ず、皆、無事で戻って来るようにね!」

●誤解、そして‥‥
 バンパイアに血を吸われた者は1週間に渡って高熱を発した後、スレイブと呼ばれるバンパイアの眷属となる。彼らは意志を持たず、ただ、上位の者‥‥バンパイアノーブルやバンパイアロイヤルと呼ばれる者達の命ずるがままに動く生ける屍と化す。
 上位のバンパイアの支配下にないスレイブ達は、ただ本能のままに人を襲い、血を吸う。
 そして、スレイブと化した者達を救う手段は無い。
 高熱を発している間であれば、まだ手も打てるが、完全にスレイブとなった者は肉体を滅ぼし、その魂を解放してやるしかない。
「スレイブとなった者達を哀れと思うならば、斬り、死体を焼いてやる事だ」
 屋敷へと向かう道々、オイルは己に言い聞かせるように呟いた。
「もう、人には戻れないのですから、ただ静かに眠らせてあげるしか‥‥無いんですよね‥‥」
 俯くコルセスカに、オイルは頷く。
「そして、敵を討つしかないんです」
 きっぱりと言い切って、真っ直ぐに前を見据えた光に、肩に乗ったカファが複雑な視線を向ける。今は冷静に見えるが、あの少女を前にした時、光が暴走しないとは言い切れない。カファはそれが心配だった。
「もうすぐ屋敷だ。皆、打ち合わせた通りに」
 短く告げられたミュールの注意に、彼等はそれぞれ表情を引き締めた。
 この先、いつ、スレイブと化した村人達が襲ってくるか分からない。
 光の体が薄く発光を始めた。やがて、その光はカファも包み込んだ。
 ミュールにオーラパワーを付与すると、竜は調達して来た油壺を背から降ろした。屋敷を、中のスレイブごと燃やすには、これぐらいの油が必要だろうと、前もって村人から譲り受けていたのだ。隣人を焼く為の油を快く譲ってくれた村人の笑みに、竜の胸も痛んだが、今は敢えて感じない振りをした。
 気配を絶ち、息を殺して屋敷へと近づく。
 カファの事前調査で、屋敷の間取りは分かっている。
 注意深く、竜は油壺を傾けた。
 とくとくと流れていく油を無表情に見つめ、竜は懐から火打ち石を取り出す。戦いの時に備えて、コルセスカがホーリーフィールドを展開する。それぞれの得物を握り直して、彼らは「その時」を待った。
「あっ、あんた達っ! なんて事を!!」
 突然に、女の金切り声が響き渡った。
 咄嗟に剣を振り下ろしたミュールが、寸での所で動きを止める。
 鈍く光る刃の下、絶叫を放って座り込んだのは、彼を家族の食卓へと招いてくれた村の女だ。
「お屋敷に賊が忍び込んだと聞いて来てみれば、お前達か! 疫病だとか何だとか親切そうに言って、儂らを村から引き離してお嬢さんを襲うつもりだったんだなッ!」
 男が、鎌を振り上げて襲い掛かって来る。
「カファール嬢!」
「う、うんっ!」
 ミュールの要請に応え、素早く傍らをすり抜けたカファが男の首筋に一撃を加えた。意識を失い、崩れ落ちた男に、女が再び悲鳴を上げる。
 じりじりと農具を構えた村人達が包囲の輪を狭めて来る。
 コルセスカのホーリーフィールドを頼ろうにも限界がある。
 舌打ちして、光は背後の屋敷を振り返った。
 目指す敵は目の前だというのに、この状態ではどうする事も出来ない。
「一旦、退くしかないか」
 オイルの言葉に、仲間達が動揺した。
 バンパイアを前に退く気など無かったが、人間、しかも何の罪もない村人達が相手ならば話は別だ。彼らに対して振るう武器など持ち合わせてはいないし、全ての村人をスタンアタックで気絶させたところで、事態は好転しない。
 隙を見て、村人達へと突進した竜が突破口を開く。
 ここまで来てという悔しさと、純朴な村人達を利用するバンパイアの狡猾さに対する憤りとを胸に、冒険者達は次々と離脱していった。
「駄目です! 皆さんを助けないと! 守らないと!」
 ミュールに腕を掴まれたコルセスカの悲鳴にも似た叫びが、虚しく森に木霊した。