【鮮血の村】悲劇は深く静かに

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 25 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月20日〜11月29日

リプレイ公開日:2005年11月29日

●オープニング

 そうですかと呟いたきり、アネットは俯いてしまった。
 村に住み着いた娘が恐ろしい化け物ではないかとギルドに駆け込んで来た彼女は、冒険者達から村の状況と娘の正体を聞かされ、その衝撃に打ちのめされたようだ。
「バンパイア‥‥って、お話の中だけのモンスターだと‥‥思ってました」
 嗚咽混じりの言葉に、励ましの言葉も、気休めの言葉も掛けられない。
 確実に、彼女の村はバンパイアによって滅びの道を進んでいるのだ。
「‥‥だが、気になる。今回は、以前の報告書にあった村よりも‥‥遅いような気がするんだが」
 泣いているアネットを気遣って言葉を濁したが、仲間達には分かった。
 彼女の村の住民達は、かのバンパイア娘に好意を抱き、村の仲間として守ろうとしている。
 数人は高熱を発した後、娘の屋敷に奉公に上がったというから、既にスレイブ化していると考えてもいいだろう。だが、冒険者達を気さくに迎え入れてくれた村人達は、どう見てもスレイブではなかった。
「銅鏡にも映ったしな」
 以前、報告が上がっていた村では、それこそ恐ろしい流行り病のように次々と村人達がスレイブとなった。
 今回との差は何なのだろう。
「以前の奴とは違うのか?」
 しかし、聞く限りでは、報告書に上がっていたバンパイアの特徴を備えている。
「そういえば、最近、旅人が消息を絶ったという話をよく聞くな」
「ああ、俺も聞いた。ウィンチェスターの近くは最近危ないからな。旅人も気をつけてはいるようだが‥‥」
 状況と情報とを照らし合わせ、頭を悩ませていた冒険者達の耳に、依頼から戻って来た者達の噂話が飛び込んで来た。
「おい! 今の話、もう少し詳しく聞かせてくれ!」
 戻って来たばかりの冒険者を捕まえて、彼らは無理矢理に自分達の卓へと座らせる。
 強制連行されて面食らった冒険者達も、彼らのただならぬ様子に何かを察したのだろうか。自分達が聞いた噂を事細かく語った。
 曰くー。
 ウィンチェスターから少し南下した付近を行く旅人が、何人も消息を絶っている事。
 盗賊の類は、ウィンチェスターを支配したバンパイアを恐れて周辺での活動を止めている為、被害に遭ったとは考えにくい事。
 旅人の中には、人間を担いで走り去っていく人らしきものを目撃した者がいるという事‥‥。
 冒険者達は苦しげに唸って額を押さえた。
 旅人が消息を絶った場所は分からないが、話を聞く限りは特定の地域で頻発しているようだ。
 特定の地域‥‥アネットの村を含む一帯である。
「このまま放ってはおけないな」
「ああ‥‥」
 だが、どうすればいいのだろうか。
 村人達を完全に敵に回した今、そう簡単に村に入る事は出来ない。あの薄暗い森の屋敷に近づく事も難しいのだ。周辺の騎士団、教会はウィンチェスターを支配したバンパイアを警戒して、小さな村に人員を割いてくれそうにない。誰の援助も期待出来ない状況で、あの忌まわしい女バンパイアと戦わねばならない。
 そして、最も大きな問題は、依頼人がいないという事である。
 アネットの所持金は、前回の依頼で使い果たしている。もう1度、冒険者を雇う事など出来そうにない。
 依頼人不在で、彼らが再びあのバンパイアと相まみえる事は出来ない。それが、ギルドの掟だ。
「あの‥‥もう1度、皆さんに村を救って下さいとお願いしてもいいですか?」
 冒険者達の雰囲気に気圧されながらも、アネットがおずおずと申し出る。
「しばらく村に帰れそうにないので、私、ここでお仕事を見つけたんです。そのお給金があるので‥‥もう1度‥‥。そんなに多くは出せないんですけど‥‥」
「いや、十分だ!」
 冒険者の1人が、受付へと走り寄り、依頼状の羊皮紙とペン、インクを抱えて戻って来る。
「バンパイアを倒して、村を救って下さい。これが私の依頼です」
 正式な依頼状を前にして、冒険者達の顔つきが変わった。
 こうしている間にも、旅人は消え、村人達にも危機が迫っているかもしれない。
 一刻も早く、元凶であるバンパイアを倒さねばならない。
「今度こそ、奴を仕留める‥‥」
 決意を込めて、彼らは策を練り始めた。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●深く静かに
 旅人が消える。
 ウィンチェスターの周辺、アネットの村に程近い場所で。
 それが何を意味しているか、彼らにはよく分かっていた。
「やっぱり、アネット嬢ちゃんの村の近くで頻発しているようだね」
 合流地点と決めた村の一角、古びた小屋の中で、聞き込みをして来たベアトリス・マッドロック(ea3041)が報告をそう締めくくる。その言葉に頷いて、オイル・ツァーン(ea0018)は目を閉じた。彼の脳裏に、アネットとの遣り取りが蘇る。
『皆さんを危険な目に遭わせてしまう事に変わりないのですから、どうか依頼料は受け取って下さい。その代わり、村を助けて‥‥』
 キャメロットで慣れぬ仕事を始めたアネットが、生活を切り詰めて貯めた依頼料だ。今度こそ、それに見合った結果を出さねばならない。
 せめてものお守りにと、ミュール・マードリック(ea9285)が渡そうとしたシルバーダガーも、彼女は固辞した。それは、貴方達にこそ必要なものだと言われて。
「しかし、村の連中があそこまで肩入れしてるたァね」
 独り言のように呟いたベアトリスに、沖田光(ea0029)は薄い壁に拳を打ち付けた。
「焦りすぎは駄目だって、分かっていたのに!」
 光の肩に乗って、心配そうにその髪の毛を引っ張ったのはカファール・ナイトレイド(ea0509)だ。
 カファの気遣いに、光は微かな笑みを返す。どこか痛々しい微笑みに、ベアトリスは眉を顰めた。
「なんだい、なんだい、光の坊主! そんなんじゃ、あの娘っこに気持ちで負けちまうよ!」
 勢いよく光の背を叩くと、巻き添えを食ったカファがつるりと肩から滑り落ちて奇声をあげる。
「おや、ごめんよ、カファの嬢ちゃん」
「もー!! 下にリュドりんが居なかったら、おいら、落ちて怪我しちゃうトコだったんだよ!」
 飛べるじゃないか、と何気なく聞き流していた仲間達は思った。しかし、カファには重大事故だったようだ。ぷんぷんと膨れて、友犬の「リュドりん」の首にしがみついた。もう1匹の友犬「エリりん」も、慰めようとしているのか、ぺろぺろと彼女の頬を舐めている。
ー‥‥食われとる‥‥
 ようにしか見えないのは、傍観者達だけであって、本人(犬)達は至って真面目にカファを慰めていた。
「もういいもん! リュドりんとエリりんと一緒に調べて来た事、教えてあげないもん!」
 その言葉は、無論、本気ではなかったが、ぷぅと膨れたほっぺはかなり本気っぽい。
「ごめんよ、カファの嬢ちゃん」
「カファール」
 膨れた頬を指先でちょんと突っついて、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)が取りなした。
「わざとではないのだ。そう怒らずに話してはくれまいか」
「‥‥ルクスりん」
「そうだぞ、カファ! 今、村の中に潜入出来るのはカファしかいないんだからな! カファの情報が無ければ、俺達は動きようがないぞ!」
 ここぞとばかりに、カファの友達、ヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)が大袈裟な身振り手振りでルクスを援護する。
「そうかな」
「そうとも!」
 大きく頷いたヴォルフに、カファは照れ照れと頭を掻いた。
「そうかなぁ〜」
 うんうん。
 頷きを返したルクスとヴォルフに、カファの機嫌は一気に上向いたようだ。ぴょんと飛び上がって、ルクスの肩に乗る。
「あのね、やっぱりスレりん、いっぱい増えてたの」
 館の中は、前回、カファが覗いた時よりもひどい状態になっていた。虚ろな顔をしたスレイブ達が太陽の光を避けるように暗がりで固まっている様子は、まるでお化け話に出てくるお化けのようで薄気味悪かったと、カファは身を震わせる。
「して、館から外に出る抜け道などは?」
 尋ねて来る滋藤柾鷹(ea0858)に、カファは腕を組むと首を傾げた。
「それがねぇ、わかんないの。リュドりんとエリりんがくんくんってしてたけど、そこは抜け道でもなんでもない場所だったし」
 詳しくその場所を聞き出して、オイルが唸る。
「そうか‥‥。スレイブとなった村人を、夜の見張りに立たせておけば、怪しまれる事なく出入りが出来る!」
「なかなか狡猾な敵でござるな‥‥」
 半ば感心したかに呟いて、柾鷹は頭を打ち振った。
「いや、感心している場合ではござらぬな。吸血鬼どもが自由に出入りしているとなると、早急に手を打たねば」
 柾鷹とオイルの視線を受け、ミュールは無言でフードを被り直した。

●闇夜の攻防
 新月の夜。
 暗い道を照らすのは手にしたランタンだけだ。
 最近の悪い噂もあって、この辺りを行く旅人の数はめっきりと減った。
 だが、どうしてもここを通らねばならぬ場合もある。太陽が出ているうちに越えたかったが仕方がない。心細い旅路の同道者は、深くフードを被った無口な男。
 1人きりよりはマシと思った直後、彼は見た。
 前方に立ち塞がる無数の影。その中心には女らしき姿もある。
「なんだ? お前た‥‥」
 彼が言葉を発するよりも早く、影が躍りかかって来た。その影の目が赤く爛々と輝いている事に、旅人は驚愕し、腰を抜かした。
「ほほほ。行儀の悪い。今宵は狩りの仕方を覚えるだけでよいのじゃぞ」
 口元を隠し、奥ゆかしく女が笑うと同時に、真っ先に飛びついた影‥‥スレイブが倒れる。
 女の笑いが止まった。
 旅人を囲んでいたスレイブ達が、じりと後退している。その中心、今の今まで襲われていた旅人の1人が剣を構えていた。
「ほぉ。何やら獲物に犬が紛れ込んでおったようじゃの」
 視界を遮るフードを取り払い、ミュールは鋭い視線を周囲へと走らせた。完全に囲まれている。一気に剣撃で屠ろうとも、これでは保たない。次々と襲い掛かって来るスレイブの攻撃を受けては斬り捨てるミュールの背後で、切羽詰まった叫びが響いた。
 仲間がミュールを攻撃している間に、別のスレイブが旅人の喉に喰らいついたのだ。
「しまった!」
 だが、すぐに旅人に喰らいついたスレイブは、飛んで来た矢に射抜かれて地面に倒れ込んだ。
 気取られぬよう、距離を置いていたヴォルフが放った矢だ。しかし、アンデッドであるスレイブにどれほどの打撃を与えたのか。刺さった矢もそのままに、スレイブはすぐさま立ち上がり獲物へと手を伸ばす。
「ミュール殿!」
 スレイブの囲みを切り崩したのは、追いついた柾鷹。
 気合いの籠もった刀の一閃が、ミュールを阻んでいたスレイブを切り裂く。
 その隙に、ミュールは失神した旅人へと群がるスレイブに剣撃を浴びせた。僅かに怯んだスレイブの群れを打ち払い、旅人の元へと駆け寄る。
「不甲斐ない事。まぁ、あやつらの手に余る相手のようじゃがな」
 呟いて、女は手にした扇を閉じた。
 それを合図に、彼女の周囲を囲んでいた生気のない男女がゆらりと動き出す。どうやら、スレイブとなって日数を経た者達らしい。ミュールと柾鷹に斬られては倒れ、倒れては起きあがる連中よりは手強そうだ。
「させん!」
 旅人を守り、囲まれた状態で戦うミュールと柾鷹への援護とばかりに、ルクスが素早く呪を唱える。動きを止めた1体を蹴り飛ばし、踏み台にしてスレイブの輪の中へと飛び込むと、ヴォルフは弓を引き絞った。
 つがえた銀の矢が、狙い違わず傍観を決め込む女の真正面に向かって飛んで行く。
「やったか!」
 会心の笑みを閃かせたヴォルフは、しかし、すぐに表情を強張らせた。
 射抜いたと思った矢は、盾となるべく動いたスレイブによって軌道を変えられ、女を掠めるのみにとどまったようだ。
「妾に傷を‥‥」
 切り裂かれたローブから覗く白い腕を押さえた女の口元から笑みが消えた。
「身の程知らずの虫けらが、よくも‥‥」
 即座に女の周囲を固めたスレイブ達と、旅人を庇った冒険者達とが対峙する。緊迫した空気が流れた。怒りに身を震わせた女から発せられるのは、凄まじいまでの殺気。
 手に汗が滲む。柄を握り直した柾鷹は唸り声を上げて飛び掛かって来たスレイブの腕を切り落とすと、その切っ先を女へと向けた。次はお前だと宣告するように。
「愚か者どもめ‥‥。妾を怒らせてただで済むと思うてか」
 女は手を挙げた。
 それを合図に、スレイブ達が一斉に動き出す。
 女を守り固め、じりじりと村へ向かって退去し始めるスレイブ達に、オイルが舌打ちした。
「村へと戻るつもりだ!」
「そんな事はさせないよっ!」
 ベアトリスが唱えた呪はピュアリファイ。
 浄化の力をもつそれは、冒険者の攻撃によりダメージを被っていたスレイブにトドメを刺した。だが、全てのスレイブを消し去るには足りない。
「逃がしはしない! 狩人はどちらか教えてやる!」
 矢をつがえようとしたヴォルフを、オイルの声が制する。
「深追いはするな。スレイブの数を減らしたところで、あいつに届きはしないだろう。それよりも‥‥」
 ミュールが抱えた旅人の首筋には、くっきりとスレイブの噛み跡が残っていた。このままでは、直に発熱するだろう。そして、1週間の後に彼もスレイブとなる。
「村人に真実を伝え、せめて我らに対する敵愾心を取り除いた方が得策か。‥‥もうじき夜明けだ。バンパイアの時間も終わる」
 悔しさを滲ませたルクスの言葉に、彼らも渋々と頷いた。 

●宣戦布告
 彼らが村へと辿り着く前に、旅人の発熱は始まった。
 高熱に魘される旅人を癒せるのは、彼の生命力を上回るピュアリファイを使える者だけ。だが、その前に少しでも手当てをしてやりたい。それに、とオイルは苦渋の表情を浮かべて、立ち塞がる村人達へと目を遣った。
「その病人の手当てをするだけなら、村に入ってもいい。だが、勝手にうろつかれちゃ困る」
 冒険者を警戒している村人達も、病人を連れた彼らを見捨てては置けなかったらしい。純朴な彼ららしい判断だ。
「助かる」
「一体何の傷なんだ、これは」
 旅人の首筋に残る跡に、水を浸した布を差し出した村人が驚愕の声を上げた。
「聞いた事はないのか? ウィンチェスターで起きている事を。この村の周辺で旅人を襲う禍いを」
 村人達の様子に、ルクスは声を上げた。どこか不快そうな響きが混じるのは、平和な村の中だけで暮らしている彼らへの苛立ちの現れか。
「この傷を負った者は、1週間の間、高熱に苦しむ事になる。彼を襲ったのは、人に似た形をした禍々しき存在。夜に蠢く者だ」
 何かに思い至ったらしい村人達を、ルクスはゆっくりと見回した。少なくとも、ウィンチェスターの異変ぐらいは聞き及んでいるようだ。
「この症状、見た事があるだろう?」
 ルクスの言葉を継いで、柾鷹も真剣な面持ちで言い募る。
「この村でも、同じ事が起きなかったか。高熱を発し、屋敷に行った者達に違和感を感じなかったか。森に住むお嬢様とやらが昼間に出歩いているのを見た事があるか」
 村人達は、ミュールが抱えた病人に眉を寄せると、困惑した様子でひそひそと囁き交わす。
「心当たりがあるならば、私達の言葉に耳を傾けて欲しい」
「ミュール、ここは我らが。それよりも一刻も早く、彼の手当てを‥‥」
 説得をルクスに任せ、柾鷹はミュールを振り返った。これからキャメロットまでの道程、少しでも楽に移動させてやりたい。ミュールはベアトリスと頷き交わす。
「あんた達、どこか横になる場所を貸しとくれ。それから聖なる母の‥‥」
 テキパキと指示を出すベアトリスに村人達が動き出す。と、 
「何の騒ぎじゃ?」
 ぞくり、と悪寒が体を駆け抜けた。
 背後に感じる圧倒的な存在感と、そして認めたくはないが恐怖。本能が危険と叫んでいる。僅か数時間前にも感じた、この殺気。
「おお、エルヴィラ様」
 村人の声に、安堵が混じる。
「エルヴィラ様、旅人がひどい熱を出しておるようで」
 口々に訴えかける相手は、深くフードを被った女性。言葉に端々に込められているのは親しみだ。彼らは、この女が持つ禍々しさに気づいてはいないのか。背筋に伝う冷たい汗を感じながら、ミュールは1歩下がった。
 ここで、折角助けた旅人を奪われるわけにはいかない。
「なんと。それは難儀な事じゃな。よくなるまで、我が屋敷で休まれるとよかろう」
 フードから覗く赤い唇がにぃと吊り上がる。
 それを見た瞬間、光の中で何かが弾けた。
「結構です!」
 言いざま、光の手が女へと伸びる。女が被ったフードを弾き飛ばし、すかさず飛び退って剣の柄に手をかける。
 零れた艶やかな黒髪。
 村人達をいつでも庇えるように、ルクスが体の位置をずらす。
 女は眩しそうに目を眇めると、何事もなかったかのようにゆっくりとフードを被り直した。
「なんと乱暴な」
 喉の奥で、女が笑う。
「やっぱりお前だ! 僕は沖田光! お前のその顔を、僕は忘れてはいない! 村を瞬く間に壊滅させて、僕達の友人を死へと追いやったお前を!」
 ざわ、と村人の間に動揺が走り抜けた。しかし、それも一瞬のこと。エルヴィラと呼ばれた女が、ころころと笑い出したからだ。
「生憎と、妾には見覚えがないのぅ。ほんに会うた事があるのかえ?」
「なっ!」
 激高しかけた光に、エルヴィラはついと白い手を差し出す。
「会うた事があるのならば、思い出させてみよ」
 手を取れというエルヴィラの挑発を、光は受けた。差し出された手に手を重ね、引かれるがままに彼女へと近づく。
「どうすれば思い出しますか」
「さてのぅ」
 エルヴィラは空いた手を口元に当て、小首を傾げてみせた。無邪気な少女の仕草に見えるそれは、毒と瘴気を孕んでいる。
「通りすがりの犬の名を、そなたはいちいち覚えておるのかえ?」
 間近で囁かれた声に、体中の血が逆流しそうになった。
 白い手を振り払った光に、村人達が怪訝な顔をする。彼らの前で、この女の正体を暴かねば。最善の策を探す光をあざ笑うかのように、エルヴィラはふわりとローブの裾を舞わせて踵を返した。
「やはり人違いであろう。我が館で休まれぬのであれば、早う移動されるがよい。直に再び夜が来るぞえ?」
 自分達の時間が訪れる。次は容赦はせぬと。
 それは脅しであった。
 同時に、宣戦布告でもあった。
「妾に傷をつけた罪、そなた達には死ぬ程後悔して貰おうかのぅ」
 くつくつと含み笑ったエルヴィラに、冒険者達は唇を噛み締める事で、悔しさを堪えたのだった。