【鮮血の村】終焉への序曲
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 97 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月21日〜12月30日
リプレイ公開日:2006年01月02日
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●オープニング
●決着への誓い
バンパイア、エルヴィラの存在が明らかになったモレスティドの村を巡り、周辺の地域では意見が様々に分かれているという。
ギルドに訪れたワイアットとメイヤーから聞いた話に、冒険者達は互いに顔を見合わせて黙り込んだ。
「村は、現在、我々の仲間が昼夜を問わず見張っている。勿論、奴らに襲われても対抗する手段はないが」
それでも、襲われる事を覚悟で見張り役に名乗りをあげる者達が増え、彼らもその対応に追われているらしい。
冒険者達が伝えた対処法が、村人達の間に浸透し、例え、バンパイアに襲われてもすぐに死ぬ事がないと分かったからだとメイヤーは苦笑していた。
ただ、すぐに死ぬ事がないと頭では分かっていても、バンパイアに襲われる苦痛と恐怖は別物だ。怖いと思いながらも、立候補者が後を絶たないのは、家族や隣人達を守りたい気持ちと、これ以上バンパイアの害を拡げてはならないという使命感によるものだろう。
「皆を守りたい。ですが、その気持ち故に暴走する者達が出て来てしまって」
ワイアットの笑みには色濃い疲れが見え隠れしていた。
「モレスティドを封鎖して、村ごと焼いてしまえと言う馬鹿どもがおる。村人も、皆、バンパイアだと思い込んでいる。‥‥いや、まだ人だとしても、バンパイアを擁護していた連中だから、バンパイアめの仲間なのだと言う者も」
「そんな! 皆、騙されていただけなのに!」
思わず叫んだアネットに、メイヤーは苦々しく吐き捨てる。
「分かっている。だが、そうは思わぬ者もいる」
メイヤーの言葉に同意を示し、ワイアットは冒険者達へと向き直った。
「村人達の何人かは、既に村から離れているようですが、例え、村人が全ていなくなったとしても、村を焼きたくはありません。しかし、バンパイアをこのままにしておくわけにも参りません。我々は、あのバンパイアの屋敷を焼き払おうかと考えております」
それは、アネットからの依頼を受けた時に、冒険者達が取ろうとした手段だ。
寸でのところで村人に止められてしまったが。
だが、今回は村人も反対はすまい。
「炎から逃れたバンパイアを確実に討つ為に、我々にお力をお貸し下さい」
今度こそ、エルヴィラにトドメをさす。
決意を込めて、冒険者達はワイアットへと頷きを返した。
●凍月
羊皮紙を床へと落として、彼女はふいに立ち上がった。
何か主の機嫌を損ねる事をしたのだろうか。見上げてくる下僕へと冷たい視線を向けて、彼女は口を開いた。
「新たな都が出来るそうじゃ」
窓際へと歩み寄ると、雲のない夜空へと目を向ける。空に浮かぶのは冴え冴えとした光を放つ月。
「長も戻られるとあらば、妾もすぐにでも馳せ参じるべきであろうが」
きゅっと、彼女は眉を寄せた。
「じゃが、妾に恥をかかせた者どもに礼をせねばのぅ?」
ねっとりとした笑いを口元に張り付けて、彼女は室内へと視線を戻す。
「そなた達も、そう思うであろ?」
部屋の隅で、ガクガクと震えているのは、数名の村人達。
「何をそのように怯えておる。そなたら側におるは、家族であろう? 怯える必要などないではないかえ?」
「エ‥‥エルヴィラ様っ」
押さえつけている者達の手が冷たいのに、村人達はとうに気付いていた。飢えた獣のように自分達を見つめる赤く光る目は、既にバンパイアのそれだ。もはや、自分達を家族だと認識していない。
彼らにとって、エルヴィラの言葉だけが絶対だ。
彼女が命じさえすれば、彼らは即座に襲い掛かってくるであろう。
ほほほ、と扇を口元に当てる。
「心配せずともよい。そなた達は妾の親しき隣人故、この者達も襲いかかったりはせぬ」
傍目に分かる程に安堵した村人達に向けて、冷ややかに言葉を続ける。
「じゃが、妾の言葉に逆ろうたりしたら‥‥分かっておるの?」
村人達は、ただ頷くしかなかった。
彼らの返事に満足したのか、彼女は艶やかに笑ってみせた。村に訪れた時、彼らを魅了した笑みだ。あの時、どうして気付けなかったのだろう。その笑顔の裏に、これほどまでに毒が滴っていたのに。
「さて、あやつらの事じゃ。このまま大人しゅうしておるはずがない」
屋敷の周囲を囲んでいる愚か者どもはどうでもいい。
だが、彼女を傷つけた者達だけは‥‥。
小鳩が鳴くような声を漏らして、彼女はいつまでも笑い続けた。心底から楽しげに。
●リプレイ本文
●人同士の諍い
モレスティドの村を焼き払うと主張する者の数は、メイヤーとワイアットがギルドに依頼を出した時よりも更に増えているようだった。
バンパイアへの対処法、噛まれた時の処置の仕方を教えた冒険者達の姿を認めるやいなや、自分の主張の正しさを証して貰おうとわらわらと集まって来る。
「スレイブが1匹でも残っていたら、またそこから増えて同じ事の繰り返しだ。村ごと焼いちまうのが一番いいよな?」
「バンパイアが血を啜っていた村なんて、気味が悪いだけだし」
口々に訴えかける者達に、沖田光(ea0029)はオイル・ツァーン(ea0018)と顔を見合わせた。
バンパイアを根絶やしにしたいという彼らの気持ちは分かるが、それはやり過ぎだ。
焼き討ちを主張する者達と、反対する者達との対立も深まっている。
皆が一丸となってエルヴィラを囲い込まねばならぬというのに、こんな状態では奴を追いつめるより先に村人達がバラバラになってしまう。
「落ち着いて下さい! 僕達が争ってどうするんですか? それこそ彼奴らの思う壺ですよ!」
「俺たちは、確実にバンパイアを滅ぼしたいんだ! もう、夜が来る度に怯える生活はごめんだからな!」
声を張り上げた光に、焼き討ちを主張していた青年が不満をぶつけ、青年に同調した者達が騒ぎ立てた。このまま、モレスティドの村に火を放ちかねない勢いだ。
「待ってよ! ねぇ!」
血気に逸る青年の顔にべったりと張り付いて押し止め、カファール・ナイトレイド(ea0509)は訴えかけた。
「今回は偶然モレスティドの村だっただけで、もしかすると皆の村にバンパイアが棲みついていたかもしれないんだよ? 騙されるのも、家族が襲われるのも皆の村だったかも。それでも、自分の村でも燃やすって言えるの?」
青年の頬を引っ張り、うるうると瞳を潤ませながら言い募るカファに、彼らは気まずそうに視線を交わし合う。
「焼き討ちは悪くない案だ。だが、火をかけるだけでは、スレイブはともかく、エルヴィラは討ち取れまい」
それまで黙って彼らの言葉を聞いていたオイルがぽつり呟いた。
「そうでござるな」
滋藤柾鷹(ea0858)も頷いて、青年達を見回した。
「それに、まだ吸血鬼でない者まで焼くわけにはいかぬ。村ではなく、エルヴィラの屋敷だけにするべきでござろう」
モレスティドの村人達全てがスレイブと化したわけではない。恐怖と焦りとに駆られ、モレスティドの全てが悪いのだ、仕方がないのだと自分達を正当化して来た事を、暗に柾鷹に指摘されて、彼らはようやく思い至ったのだ。
「皆がこの状況を危惧する気持ちは分かる。我々とて、一刻も早く解決したいと思っているのだ。だから」
言葉を切って、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)は項垂れた青年達に微笑みを向けた。
「我々に協力して貰えないだろうか」
「やる事はいっぱいあるんだからね。仲間同士でいがみ合ってる暇なんざ、ありゃしないんだよ」
集まった有志達の間に流れる気まずい雰囲気を、豪快に笑い飛ばしたベアトリス・マッドロック(ea3041)が、テキパキと仕事を割り振って行く。
ある者は延焼を防ぐ為に屋敷を取り囲む木々の枝を落とし、またある者はモレスティドの住人の確認、そして、ステラ・デュナミス(eb2099)や光と共に屋敷の窓や出入り口を塞ぎと、それぞれに動き始めたのだった。
●館の中
ばびゅんと館から飛び出して来た小さな影が、1人、黙々と準備をしていたミュール・マードリック(ea9285)にぶつかって落ちる。
「‥‥」
咄嗟に手を差し出して、ミュールは溜息をついた。ぶつかった額も痛かったが、目を回したカファには彼以上の衝撃があったことだろう。素早さに定評のある彼女が、避ける事も出来ずにぶつかるとは。
よほど慌てていたに違いない。
「カファちゃん、大丈夫かしら?」
ミュールの手の中を覗き込んだステラが指先でカファの頭を撫でる。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
気持ちばかりと、聞きかじりの呪文を唱えたステラに、ミュールが奇妙な顔をする。
「聞いた事のない呪だな‥‥」
「そうでしょうね。ジャパンの民間療法の呪文らしいわ。前に、聞いた事があって」
ステラの呪が効いたのか、カファは小さく身動ぎするとゆっくりと目を開けた。
「あ、カファちゃん、気がついた?」
「おいら‥‥壁が壁で壁に‥‥」
記憶が少々混乱しているらしい。
しかし、彼女はすぐに正気に戻った。
「あのねっ、お屋敷に‥‥ッッ!!」
がつん、と。
響いた音に、ステラは顔を顰めた。
顎を押さえたミュールと頭を抱え込んだカファは声もなく悶絶している。
出会い頭の不幸な二重事故であった。
「‥‥やれやれ。何をやっているんだか」
ベアトリスの呆れたような声音に、カファは涙目になりながらもミュールへ謝罪の言葉を述べた。
「みゅるりん、ごめんね」
「いや‥‥。ところで、屋敷の中はどうなっていたのだ?」
舌を噛まなかったのは幸いだ。
苦笑しつつ、ミュールが尋ねる。
「あ、うん、あのね、お屋敷の中にいるの、スレりんだけじゃないの!」
「それは、どういう事でござるか?」
支度の手を止めて問うた柾鷹に、カファは羽根を広げて高くまで飛び上がると館を指さす。
「泣いてる人達がいたんだよ」
スレイブは泣かない。
上位のバンパイアに命じられ、生ある者のふりをして泣き真似をする事はあるかもしれないが。
「泣いている者、か」
柾鷹は光と顔を見合わせた。視線に込めた言葉に光が頷きを返す隣では、ルクスが木の枝で地面に見取り図を描いている。
「ステラ殿、逃げ道を塞ぐ手はずは?」
枝を受け取って、ステラは窓に印をつける。
「ばっちりよ。でも、ちょっと予定を変更しなくちゃならないかしらね」
そうだなと頷いて、ミュールはふと気づいたように顔を上げた。
「‥‥そういえば、みゅるりんというのは俺の事か?」
●火の手
シルバーナイフに裂かれたスレイブの頭上に壺が落ちる。零れた水を浴び、亡者はもがき苦しみつつ地面へと倒れ伏した。そこへ、ベアトリスが投げつけた油壺から零れた油を追った炎が這い寄る。
「スレりん、ヒトに戻れたかなぁ」
清らかな聖水が入った壺を次々とスレイブ達の頭上へと落としたカファに手を伸ばして、ルクスはその小さな頬に自分の頬を寄せる。
「大丈夫だ。彼らはもう、エルヴィラの支配を受けることはないのだから」
いつか、朽ちた彼らの上に花が咲くだろう。
その魂が安からんことを、と祈りながら、ルクスは先へと急いだ。
「ステラ殿、村の人達は!?」
「メイヤーさん達に預けて来たわ。それより、火のまわりが早いみたい。急がないと、私達まで火にまかれちゃうわよ」
追いついたステラは、険しい表情のままで周囲を見回す。
いざとなれば、クリエイトウォーターとウォーターコントロールで脱出路を確保するつもりだったが、この調子ではそれでも間に合わないかもしれない。
「急ぎましょう」
硬い彼女の声が、あまり時間がない事を告げていた。
●塵へと還る
屋敷の一番奥で、バンパイアはゆったりと長椅子に体を預けていた。その表情に焦燥の類は一切浮かんでいない。
「もうおしまいだ、エルヴィラ」
宣告したオイルに、少女は笑む。
「愉快な事を申すものじゃな。妾がそなた達如きの手に掛かると思うてか?」
喉を鳴らし、扇で風を起こすエルヴィラを警戒しつつ、オイルは背後へ視線を走らせた。聞こえていた戦闘音が止んでいる。代わりに聞こえて来るのは、荒々しい足音だ。正面から乗り込んだ者達が、スレイブの壁を突破したのだろう。
「その余裕もここまでだ。俺達の力を侮った事が貴様の敗因だな」
蹴飛ばす勢いで扉を開け、部屋へと雪崩れ込んで来た光や柾鷹の姿に、エルヴィラは目を細めた。
「‥‥そなた達、妾のお人形達をいかが致した?」
「お前がアンデッドに変えた者達のことならば、既にお前の支配の軛から逃れているでござるよ」
感情を抑えた柾鷹の言葉に、エルヴィラは肩を震わせた。
「観念するでござる!」
刀を上段に構えた柾鷹に、エルヴィラの肩の震えが大きくなる。
と、彼女は体を揺らして哄笑した。
「ほほほほ! 斬ったか、妾のお人形を。よぅやったと誉めてやろうぞ」
閉じた扇を冒険者へと突きつけ、唇を吊り上げたエルヴィラに柾鷹は刀を構えたまま眉を寄せる。その反応をどう取ったのか。エルヴィラは白い指先で彼の刀を指し示した。
「その刀で斬ったのか。妾が館に招いた村人を。まだ、人形ではなかったのに」
邪な笑みが深くなる。
しかし、彼らは動揺を見せなかった。
「ほぉ、驚かぬか。なるほど、そなた達は覚悟の上であったのじゃな。同胞を殺す事も厭わぬと‥‥」
「残念だが」
戸口から、凛とした声が響き渡る。
光や柾鷹から遅れてやって来たルクスだ。
「拘束されていた村人達の退避は既に完了している」
「それから、逃げ道は塞がせて貰ったわ。火が回り切れば溶けちゃうでしょうけど、その前に、貴女が灰になっているでしょうね」
現れたステラの宣告に、エルヴィラの表情が強張る。だが、それも一瞬のこと。
「世迷い言を」
言うが早いか、エルヴィラは扇を閃かせた。
「そなた達の攻撃など妾に‥‥っ!?」
扇を貫通した礫が、エルヴィラの肩にめり込んだ。肩を押さえた彼女に、天井近くに浮かんでいたカファがべっと舌を出す。
「それは、おいら達シフールにぱわーをくれる石だもん! エルりんにだって勝てるんだもん!」
「小賢しい」
しかし、エルヴィラは不敵に微笑むと、肩を押さえた手を外した。
シフールの礫の傷が、みるみる薄くなっていく。
そんな、と声をあげるカファ。
オーラの力を纏った柾鷹の刀と、オイルのシルバーナイフを素早く躱したエルヴィラはちらりと視線を天井へと投げた。そこには、五行星符呪を燃やそうとしているカファの姿がある。
小さく唱えられた呪。術の標的がカファと気づいて、ルクスが振り返る。
「カファ殿! 避けろ!」
だが、呪が完成するよりも早く、エルヴィラに剣が振り下ろされた。
駆け込んで来たのはフードを深く被った男。
「そなた‥‥ハーフエルフの‥‥」
フードを掴んだエルヴィラの手が、彼‥‥ミュールの姿を顕わにする。
「みゅるりん!」
カファへと頷いてみせると、ミュールは崩れ落ちたバンパイアの少女を静かに見下ろした。
「先に逝っておけ。いずれ俺もいく。繰言はその時に聞いてやろう」
隙なく、素早く冒険者達が周囲を囲む。
「おのれ‥‥おのれ、妾にまたしても傷を‥‥! 許さぬ!」
血の色をした瞳を沸騰させて、エルヴィラは冒険者達を見据えた。逃げ道は断たれている。囲む冒険者達を凄まじい形相で睨め付け、エルヴィラは片手を上げた。だが、彼女の意に従う者はいない。
「お前の人形とやらも、全て無に還った。貴様も消えるがいい」
突きつけられたノーマルソードの切っ先に、エルヴィラは唇を戦慄かせながら1歩、後退った。彼女の動きが鈍いのは、カファが焼いた符の効果だろう。
「余裕の仮面が剥がれたようだな、エルヴィラ!」
「餌の分際で、妾を愚弄するか!」
朱の唇が捲れて、鋭い牙が覗く。だが、もはや光の目には傷を負った獣が威嚇してくる姿にしか見えなかった。
「お前には分かるまい。大切な誰かを守りたいという思いの力が」
光は、ゆっくりと周囲に立つ仲間達へと視線を巡らせる。幾度も傷つきながら、決して挫けることなくバンパイアという強敵と向かい合った頼もしく、誇らしい仲間達。
「これが、お前が取るに足らないと言った人間の力だ!」
彼が1歩、歩み寄ればエルヴィラが下がる。
「これが人なら、聖なる母は癒しの御手を伸ばして下さるんだろうけどねぇ。因業娘にゃ、慈愛深き母もお怒りなんだろうさ」
ベアトリスの唱えたピュアリファイに、エルヴィラが床へと倒れ伏した。しかし、憎悪に満ちた眼差しだけは力を失わず、冒険者達を睨み付けている。
「おのれ‥‥おのれ!」
縺れた長い黒髪を振り乱し、エルヴィラは身を起こすやいなや、ベアトリス目掛けて躍りかかる。だが、その腕がベアトリスを捉える寸前、オーラパワーを付与されたミュールのソードが彼女の体を貫いた。
そして、柾鷹の刀が、オイルのナイフが彼女に打ち込まれる。
「かはっ」
零れた声は掠れ、弱々しい吐息のようで。
「塵に返れ、エルヴィラ‥‥」
静かに、光はクリスタルソードを振り下ろした。
エルヴィラの細い首が透明な刃によって切り落とされ、ごとりと床に落ちる。
幼い少女と変わらぬ小さな体、小さな頭。これが、人々を恐怖のどん底に陥れたバンパイアだとは‥‥。
深い悲しみを湛えた眼差しを向ける光の肩に手を置いて、ベアトリスは油の壺を傾けた。
巻き起こった炎に、オイルが手を振って退却を指示する。
全ては終わった。
家族や隣人を喪った悲しみを思えば、依頼を成し遂げたと手放しに喜べる状態ではなかったが、忌まわしいバンパイアは屋敷と共に焼け落ちた。村は解放されたのだ。
「‥‥‥‥」
「行くよ、光の坊主」
炎に包まれた少女へと小さく囁きかけた光は、ベアトリスに促されてゆっくりと歩き出した。
●鎮魂の祈り
太陽が沈みかけていた。
けれど、もう夜に怯えることはない。
「アネット‥‥」
焼け落ちた館の前で泣き崩れるのは、最初の依頼者であるアネットだ。
スレイブとなり、冒険者の手によって解放された犠牲者の中に、彼女の兄がいた。最後まで無事を信じていたアネットだったが、囚われていた村人の言葉により、兄が館の奥深くにいたと確認されたのだ。
「アネットの嬢ちゃん」
突っ伏したアネットの顎を上げさせて、ベアトリスはその額に小さく十字を刻む。
「これは、聖水だよ。モレスティドの皆は清められ、主も祝福したもうた。‥‥悪夢は終わったんだよ」
村人の間から漏れる嗚咽の中、ルクスは土を掘り起こし、手にした苗木を植えた。周囲の木々を伐採している最中に見つけた若木だ。
「もう、このような悲しみがないようにと私は祈る」
土で汚れた指先を組み、低く祈りの言葉を唱え始めたルクスに、村人達の声が重なって流れていく。
鎮魂の祈りが響く中、ステラは「そうね」と呟いて煙がたなびく空を見上げた。