【鮮血の村】そして幕は上がる

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月06日〜12月15日

リプレイ公開日:2005年12月16日

●オープニング

 冒険者ギルドの一角は、どんよりと重たい空気に包まれていた。
 その中心となる卓に居心地悪そうに座っているのは、アネットという少女だ。エルヴィラと名乗るバンパイアの存在にいち早く気づき、冒険者に助けを求めた彼女は、今はキャメロットで働きながら村へ帰れる日を待っている。
 そして、厳めしい顔で黙り込んでいるのは、彼女の村からさほど離れてはいない街の自警団員達。
「モレスティドの村にバンパイアが居着いたというのは、どうやら事実のようだな」
 再三に渡る冒険者の要請に、彼らも事実を認めてようやく重い腰をあげたらしい。
 しかし、それは少し遅すぎたようだった。
「まったく、ウィンチェスターだけでも頭が痛いというのに、どうしてモレスティドのような何も無い村に‥‥」
 じろりと睨まれて、アネットは身を縮込ませる。
「彼女が悪いわけじゃないだろ。彼女は危険を察して俺達に知らせに来てくれたんだ。今も、村を救いたいという一心で慣れない仕事をして頑張っている」
 すかさずアネットを庇った冒険者に、自警団の団長メイヤーは鋭い視線を向けた。だが、冒険者は怯まなかった。
「俺達は、あんた達にも連絡をいれた。こんな状態になるまで無視をしていたのはあんた達だろ」
 事実であるが故に反論出来ず、メイヤーは言葉に詰まった。
 モレスティドに居着いたバンパイアの害は、既に近隣の村々にまで及んでいる。1つの街をまるごと支配したウィンチェスターのバンパイアは、街から出て来る気配がない。勿論、一斉に化け物どもが飛び出して来る可能性もあるが、それでも近隣の者達は落ち着きを取り戻しかけていたのだ。
 自分達には害が及ばないと。
 いずれ来るべき時に備えて逃げるなり、防御を固めるなりすればいいと考えていた。
 しかし、小さな村に居着いた1匹のバンパイアの為に、今や近隣に住まう人々は恐怖に怯えながら日々を過ごしている。
「そもそも、お前達がバンパイアを始末していたら、こんな事にはならなかったのだろう」
 開き直ったのか、全ての責任を冒険者に転嫁してメイヤーは怒鳴り出した。激高し、唾を飛ばす彼を、冒険者達は冷ややかに見つめる。
「最初に、この娘が依頼した時にお前達が仕留めていたら、我々が迷惑を被る事はなかったんだ! それが見ろ! 夜が来る度に震え、小さな物音にも怯える毎日だ! もう、貴様らに任せてはおけぬ! さっさとあの村に居着いたバンパイアの情報を寄越すがいい!」
「勝手な言い草だな」
「あの」
 一触即発な冒険者とメイヤーとに声を掛けて来たのは、裕福な身なりの男だった。
「私は、オブソルベリー村の代表、ワイアットと申します。先日、私の村の者がバンパイアに襲われた所を助けて頂きましてありがとうございます」
 ワイアットは、冒険者達に向けて丁寧に礼を述べた。
「お陰様で、すっかり元気になりました。本当にありがとうございます」
 再度頭を下げられて、冒険者達は逆に慌て出す。
「い、いや‥‥。我々は‥‥」
「モレスティドの近辺が危ないと言う噂が広まっていたにも関わらず、我々は何の手も打っておりませんでした。村の者が襲われて、初めて事の重大さに気づいたのです。貴方達にばかり負荷をかけてしまって申し訳ありませんでした」
 安心させるようにアネットに向けて微笑んで、ワイアットは言葉を続けた。
「今更と思われるでしょうが、私どもの村と、近隣の村々で皆様方の支援をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
 憤然と怒り出したのは、それまで唖然としていたメイヤーだ。
「待て! 支援だと!? ふざけるのも大概にしないか! これほどの事態、冒険者などに任せてはおけぬ! 我が街の自警団が‥‥」
「貴方がたが本当に役に立つのならば、今頃はとっくに動いているはずですが」
 やんわりと、だがばっさりとメイヤーの言い分を斬って捨てて、ワイアットは冒険者達に向き直る。
「さしあたり、依頼料金の支払いと皆様の活動の支援を。他に、何か必要な事がございましたら、申しつけて下さい」
 それまで浮かべていた微笑みを消し、ワイアットは表情を険しくして語り出した。
 旅人が襲われるという事件は、もはやそれだけに留まらなくなっている。
 バンパイアどもは姿を隠す事もなく、村々を襲い、餓えを満たして仲間を増やしていく。モレスティドの村を中心として、バンパイアが跋扈する魔の地帯と化してしまったのだと。
「エルヴィラ‥‥」
 だん、と卓に拳が叩きつけられる。
 これまで闇の中で蠢いていたエルヴィラが、自分の存在を誇示するかのように動き出した。
 恐らくは、冒険者を挑発する為に。
 彼女の嘲笑が聞こえて来るような気がした。
「この異常事態に、我らは対抗出来る術を持ちません。どうか、皆様のお力をお貸し下さい」
 いくら防御を固めても、バンパイアが襲って来た時には何の役にも立たない。ニンニクや十字架を周囲に張り巡らせても、まるで効果がない。彼らに出来るのは、冒険者の対応に倣い、バンパイアに襲われた者を昼間のうちにキャメロットへと運び、浄化の魔法をかけて貰う事ぐらいだ。
「スレイブ達にさほど知恵はない。裏で操っているのはエルヴィラだ」
 そのエルヴィラは、モレスティドの村から出てこようとしない。
「村の者達は、まだ無事のようです」
 彼らの身を案じたワイアット達が村を訪れると、彼らは普通通りに畑を耕し、家畜の世話をしていた。村の外では大混乱が起きているというのに、何を暢気なと叱りつけてみても、怪訝そうな表情を浮かべるばかり。
 エルヴィラは、村人に対して善人を完璧に演じきっているようだ。
 その周囲を固めているスレイブが家族であるのも、彼女を信じさせる一因であると言えよう。
「母の身を案じた息子が薬草を分けて貰ったと家に戻って来る、隣の家の娘が、お裾分けだと言って果物を届けて来る‥‥誰も、息子や隣の娘がバンパイアの仲間だなんて思ってはいません。だから、我々の話も他人事なんです」
 ワイアットは足下へと視線を落とした。
「それでも、村の外で起きている事件については、彼らも危機感を抱き始めたようです。次は、この村が襲われないだろうかと心配していましたよ」
 彼らの村こそが、その中心だというのに。
「近隣の村をバンパイアが襲って来るのは夜だけ。昼間に襲われた者がいないから、これは確かだと思いますが、村に近づくのは無理かもしれません」
 ワイアットの言葉に、冒険者達は頷いた。
 村人を説得しようとしたワイアットを牽制するかのように現れた「館」に勤める者達。
 それは、昼間でも関係ないのだというエルヴィラの警告だろう。
 エルヴィラの命があれば、スレイブ達は太陽の光も恐れる事なく攻撃を仕掛けてくるに違いない。
「ですから、どうかお願い致します。バンパイアに怯える事ない日々を、安らかに眠れる夜を取り戻して下さい。そして」
 ワイアットは、メイヤーに手を差し出した。
「貴方がたも、どうか力を貸して下さい。これはもう1つの村だけの話ではありません。我々は、一致団結して事に当たるべきなのです」

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●説得
 キャメロットから出てすぐに、ヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)と滋藤柾鷹(ea0858)は仲間達と別れた。
 彼ら、冒険者を快く思っていないであろう自警団のメイヤーと腹を割って話をする為だ。こうしている間にも、バンパイアは数を増やしているのかもしれない。下僕と呼ばれるスレイブが1匹存在するだけで、瞬く間に増殖していくのだから。
「あいつらに対抗するには、人間同士の団結が絶対に必要なんだ」
 メイヤーの住む街に到着して、何度も門前払いを食わされた。
 だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「あんたは、よそ者の俺達がこの件を任された事で面子を潰されたと思っているかもしれない。だが、俺達にはあんたの力が必要なんだ!」
 閉ざされた扉に向かって、ヴォルフは叫んだ。
 街の人々も何事かと遠巻きに様子を見ている。
「メイヤー殿、村はやはり貴殿ら自警団の力無くしては護り抜けぬと存ずる。孤立しては、勝てる戦も勝てぬ。皆々、手を携えて挑む事が肝要! メイヤー殿!」
 柾鷹の呼びかけにも、扉が開く気配はなかった。

●君の名は
「すまないねぇ、ワイアットの旦那」
 モレスティドへと向かう道すがら、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は申し訳なさそうに同行のワイアットへと言葉をかけた。冒険者が銅鏡を買い集めていると知った彼は、すぐに援助を申し出たのだ。
「いえいえ、そんな。こちらこそ、色々と教えて頂いて助かっています」
「なんの! バンパイアは確かに恐ろしい相手だよ。でも、慌てず騒がず、きちんと対処すりゃ大丈夫だからね。ま、その辺りはアタシなんかより光の坊主が詳しいんだけど‥‥おや? 光の坊主は?」
 きょろと周囲を見渡して、ベアトリスはぴきりと固まった。
「‥‥君の名前は?」
 通りすがった犬を見つけて手を差し出した沖田光(ea0029)の姿に、仲間達も歩みを止める。
 淑女に対する騎士のように恭しく、光は犬の手を取った。
 どこからどう見ても「お手」なのだが、当の光はそう思ってはいないらしく。
「白い手袋みたいですね。可愛いです。でも、名前は‥‥。あ、そうだ」
 にっこりと、光は犬へと微笑みかけた。
「僕がつけてあげます。タロウ。いかがですか?」
「‥‥ぴかりん‥‥何してるの?」
 遠慮がちに、カファール・ナイトレイド(ea0509)が尋ねる。いきなり犬を相手に会話を始めた光の事が心配になったのだろう。
「え? 何って犬の名前を覚えてるんです。今度、エルヴィラがあんな事を言ってきたら、絶対、すらすらと答えてやるんです」
 あんな事。
 それが何を指しているのか、彼らには分かった。
『通りすがりの犬の名を、そなたはいちいち覚えておるのかえ?』
 あの時、エルヴィラが光や冒険者を嘲った言葉だ。だがしかし。
ー‥‥だからと言って、犬の名前を本当に覚えるか?
 眩暈を感じて、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)は額に手を当てた。
 光は、至って真面目な様子だ。
「ぴかりん‥‥壊れちゃった?」
 うるうると涙目になったカファの頭を、ミュール・マードリック(ea9285)は不器用な手つきで撫でると深く溜息をついたのであった。

●備え
 彼らが最後に訪れたのは、バンパイアが巣くうモレスティドの村だった。
 村人達は、最初に訪れた時よりも幾分不安げではあったが、以前と変わりない生活を送っている。冒険者達に対する猜疑心も消えたわけではなさそうだ。
「我らに信が置けぬというのであれば、彼の言葉はどうだ?」
 オイル・ツァーン(ea0018)がワイアットを振り返る。
「オブソルベリー村の代表だ」
 近くの村の名に、村人達はざわざわと囁き交わす。そんな村人達に畳みかけるように、オイルは続けた。
「この周辺でバンパイアの被害が出ている事は確かだ。周囲の村々は団結し、バンパイアの脅威に備えている。この村とて、いつ襲われるか分からない」
 かのバンパイアが気まぐれを起こせば、今すぐにでもこの村はスレイブ達の餌場となるだろう。
 その呟きは心の中だけに留めてオイルは視線で仲間達を示した。
「我々は、バンパイアに対する備えを固める手伝いをしている。バンパイアの見分け方、襲われた時の対処方法を覚えて欲しい」
 ひょいと、カファは戸惑う村人達の前に飛び出すと、小さな人差し指を立てて片目を瞑ってみせる。
「あのね、おいら、村と村の連絡がすぐに取れるよう、シフールの皆にお願いしてるの。この村にシフールの仲間がいれば困った時、すぐに連絡が取れるよ! それからね」
 カファが言葉を続ける前に、ミュールは老婆の手に銅鏡を押し込んだ。
 彼が疲れて見えるのは、夜毎、自警団と行動を共にしてスレイブ達の動きを見張っているからだ。
 ミュールと銅鏡を交互に見る老婆の肩に降りて、カファが鏡面を指差した。磨かれた表面に映るカファと老婆の姿。
「あのね、バンパイアは親しいヒトの姿で‥‥やって来るの」
 表現をぼかしたのは、知らぬ間に家族がスレイブとなった者達を慮っての事だろう。
「バンパイアは鏡には映らない。訪ねて来た者の姿が鏡に映るかどうかをまず確認して欲しい」
 村人達に鏡を配りながら、ルクスがカファの言葉を補足する。
「そして、万が一にもバンパイアに襲われた者がいるなら、キャメロットへと運ぶ事。安全なルートは確保してある。発熱していても慌てなくていい。すぐにバンパイアになったりはしない。適切な処置をすれば助かる」
「その通りです。怖がったり、自棄になったりしないで下さい。それこそ、奴らの思う壺なんです。僕達を信じて下さい。必ず、この事件は僕達が解決してみせますから」
 曇りない笑顔を向けた光に、村人達の困惑が大きくなった。
 そんな村人達の動揺を冷静に見ながら、オイルは唐突に切り出した。
「この村に、旅人達を受け入れている館があるだろう? そこに旅人に紛れたバンパイアが入り込んでいる可能性がある。彼らにも、バンパイアの対処方法を伝えたいのだが」
 村人の反発があるのは予想の範囲内だ。オイルに続けて、ルクスが村人達を見回す。
「心配なら、共に来て欲しい。館に勤めている家族の事も心配だろう?」
「お、間に合ったようだな」
 不意に掛けられた明るい声に、ルクスは弾かれたように顔を上げた。
 割れた村人の囲いから姿を現したのは、メイヤーの説得へと向かったヴォルフと柾鷹だ。
「土産を持って来たでござる」
 彼らが抱えた武器やら道具やらに、ルクスは目を見開いた。
「これは‥‥。ヴォルフ殿と柾鷹殿が買われたのか?」
 はは、とヴォルフはぽりと頬を掻いて柾鷹と顔を見合わせる。
「いや、俺達じゃない。俺達じゃないんだが‥‥」
「おい、こっちでいいのか?」
 どかどかと大きな足音を響かせて現れたのは、ギルドでさんざん冒険者に絡んで来たメイヤーだ。思わず身構えた仲間達に、ヴォルフがひらひらと手を振る。
「や、そんなに警戒しなくてもいいぞ」
 現れたメイヤーも、腕にシルバーナイフやシルバーアローを抱えている。
「これで足りるか?」
「足りるか‥‥って、ええっ!?」
 素っ頓狂な声を上げた光に、ヴォルフが頷き、メイヤーが豪快に笑った。ギルドでの態度を知る者には、すぐには信じられない光景だ。
「俺達は、お前達みたいにバンパイアと渡り合えるだけの力がない。その代わりといっちゃなんだが、これを受け取ってくれ。バンパイアには銀の武器が効くそうじゃないか。だから、ありったけを掻き集めてきた」
「メイヤーの旦那」
 普段ならば、ばんばんと背を叩いて謝意を示すベアトリスだが、今日は様子が違った。
 ゴツゴツとしたメイヤーの手を取り、感極まってぐしゃりと顔を歪める。
「嬉しいよ、メイヤーの旦那。色んな確執を越えてアタシ達が団結する事を、きっと聖なる母はお喜び下さるよ」
 どこか照れた様子で頭を掻くと、メイヤーは冒険者達を見回した。
「これから乗り込むのだろう? 我らも共に行くぞ。何も出来ぬかもしれんが、村の者達の盾ぐらいにはなれるだろう」

●残酷な真実
 陰気な顔をした男が扉を開けた。
 心配そうに駆け寄ったのは、彼の母だろうか。
「申し訳ないが、こちらのお嬢様に取り次いで頂けるだろうか」
 丁寧に告げたルクスを一瞥すると、男は何も言わずに館の中を振り返り、そのまま動きを止めた。
「‥‥お嬢様はご気分が優れず、お休みになっています」
 どこかに対応例でも貼られているのではないかと、柾鷹は館の見える範囲に目を走らせてしまった。だが、その類のものは何もない。
「重要な事なのだ。ぜひともお会いしたい」
 ルクスは言い募る。
「‥‥しばしお待ち」
 男の言葉は、つんざくような悲鳴にかき消された。彼の母らしき老女が半狂乱で取り乱している。その手にあるのは銅鏡。老女の嘆きに動揺したのは、同じように家族が館で奉公している者達だ。
 銅鏡をしっかりと胸に抱え込み、震えているのはお腹の大きな女性。その隣で、老人が呆けたように座り込む。
「ダニエル! ダニエル!!」
「ミリー!」
 口々に家族の名を呼び、館の中へと押し入ろうとしたその時に、彼女が姿を見せた。
 途端に村人が動けなくなったのは、呪縛されたからではなく、つい先ほどまで良き隣人だった少女への親愛と疑惑、そして得体の知れぬものに対する恐怖からだろう。
「この騒ぎは何事じゃ」
 不機嫌そうに細められた目が、村人達を一睨する。
 それだけで、村人達は無意識のうちに一歩後退していた。
「ここのところ、凶悪な化け物が出没していてな」
 怯えた村人達を、少女の視線から庇うかのようにオイルが歩み出る。憎悪に満ちた少女の視線を真正面から受け止め、オイルは平然と言葉を続けた。
「この館は旅人を招き入れる事も多いと聞く。化け物が紛れ込んでは困るだろう?」
「ほぉ、化け物とな?」
 笑みさえ浮かべて受け流した少女に、光も友好的な微笑みを見せて頷く。
「ええ、人の血を啜って糧とする凶悪な、ね。でも、その化け物に弱点がないわけじゃないんですよ」
「見分け方もな。‥‥こんな風に」
 手にした銅鏡を突き出したオイルに、少女‥‥バンパイア、エルヴィラはその艶やかな髪をさらりと掻き上げた。
 鏡の中の世界に、彼女の婀娜めいた仕草は存在しない。ただ、館の内部が広がっているだけだ。
 固唾を呑んで見守っていた村人達が絶望の吐息を漏らす。彼らの愛する家族、隣人がアンデッドと化した悪夢が、本当に悪い夢であったならという一縷の望みが費えた瞬間だった。
「それが、いかが致したのじゃ?」
 笑みを湛えて、エルヴィラが問う。
「先ほどから聞いておれば、化け物化け物と‥‥下等な家畜の分際で、身の程を弁えぬ事を申しおって。その代償、そなた達の血で贖うて貰おうかのぅ?」
 周囲の空気の色が変わった心地がした。
 彼らを取り巻いた殺気は、エルヴィラのものか。それとも彼女の周囲を守るように現れたスレイブのものか。
 だが、その程度で冒険者達が怯むはずもない。
 襲い掛かって来たスレイブを、オイルは蹴り上げた。ざくりと肉を裂く感触。靴の中に仕込んでいたシルバーナイフが、スレイブの腹を抉ったのだ。
「ダニエル! ダニー!!」
 甲高い叫びは、スレイブの家族のものだろう。
 心が痛んだが、オイルは容赦しなかった。
「ダニエルとやら。お前の魂をバンパイアの支配から解き放ってやろう」
 するりと袖口から滑り出たシルバーナイフを構えるやいなや、オイルはスレイブの喉笛を掻き切った。崩れ落ちていくスレイブに、悲鳴は嗚咽へと変わっていく。
「今のうちに外へ!」
 退路を確保したヴォルフと柾鷹に頷きを1つ返すと、ベアトリスは村人達を促した。先導するカファに従って、彼らは館の外、森の外を目指して駆けだしていく。
「落ち着いてゆっくりカファの嬢ちゃんについてお行き。あいつらは、アタシの仲間が絶対に食い止めてくれるからね」
 妊婦に手を貸しながら声をあげたベアトリスに、我に返ったワイアットとメイヤーも誘導を手伝い始める。
 何度も何度も館を悲痛な表情で振り返る村人達の姿が完全に消えた事を確認して、ルクスはシルバーダガーの切っ先をエルヴィラへと向けた。
「お前の正体は村人の目にも明らかになった。もはや彼らがお前を庇う事はない」
 ルクスの宣告に、エルヴィラは口元に手を当てて高らかに笑う。
「面白い事を申すのぅ? 妾が村の者達に庇われていたとな? あのように無力な者達に?」
 にぃと吊り上げた唇から鋭い犬歯を覗かせて、手にした扇を一閃した。
 銀の武器の脅しを気にする素振りも見せず、スレイブ達がじりと冒険者との距離を縮めてくる。
 背を向けたエルヴィラに、光は叫んだ。
「逃げる気ですか! エルヴィラ!」
「ほほほ。馬鹿を言うでない。何故に妾が逃げねばならぬ? そなた達の相手は、妾の可愛いお人形達で十分じゃろう?」
「エルヴィラ! お前は‥‥お前は辛いのではないのか!?」
 突然、掛けられた言葉に、エルヴィラは足を止めた。
「辛い?」
 首を振り向けて、エルヴィラは細い眉を寄せる。
「辛いとは、どういう意味じゃ?」
 スレイブを牽制しつつ、ミュールはエルヴィラを見据えた。
「俺はある人に人として生きる事を、夜空に煌めく星の掴み方を教わった。だから、人として生きている」
 剣を持った手で、彼は深く被っていたフードを取り去った。
「そなた、ハーフエルフか」
「そうだ。生は、俺達のような人とエルフ、どちら付かずの者でさえも生き難い。死者であるならば尚更だろう」
 小刻みに肩を揺らしたエルヴィラは、やがて堪えきれぬように笑い出した。
「これまたおかしな事を言うものじゃ。妾達がどうしたと? この世がそなた達のものであると勘違いしておるようじゃな」
 笑いを納めると、エルヴィラは心胆を寒からしめる目でミュールを睨んだ。
「思い上がりも甚だしい! そなた達は生かされておるだけじゃ。妾達の餌としてな。その事をよぉく覚えておくがよい。妾のお人形達、その愚かな者達をさっさと始末するのじゃ。こやつらの血は、そなた達にやる故」
 言い捨てると、振り向きもせずに館の中へと消えていく。
 後を追おうにも、スレイブ達に行く手を阻まれて先へは進めない。


 そして、館の扉は閉ざされた。