【Insanity】秘やかな狂気

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月19日〜06月28日

リプレイ公開日:2006年06月27日

●オープニング

●それは騒々しく
「じゃじゃーん♪」
 勢いよくギルドの扉を開けて飛び込んで来たのは、ギルドが再開した後、頻繁に出入りするようになった少女だった。
「なんだ? また来たのか」
 眉を寄せてみせても、本心から疎んではいない。
 それが分かっているから、少女も軽口で応える。
「当たり前でしょ! ここにはあたしの芸術的詩歌への霊感が充ち満ちて‥‥」
「つまり?」
 聞き飽きたと、男は肩を竦めた。
 顎に指を当てて、視線を上向けると、少女は一瞬だけ考え込む素振りをみせる。あくまで「素振り」だ。
「つまりは、ご飯のタネが転がってるって事!」
 ぽんと男の肩を叩いて、少女は奥まった卓へと駆け寄った。そこには、寛ぐ冒険者達の姿がある。依頼を終えて戻った冒険者から、その武勇伝を聞く事が彼女の日課なのだ。
「ねえねえ! 今回は何の依頼を受けたの? ドラゴン退治? それとも、デビル? 世界中を荒らしてまわる大盗賊かな?」
「あのなぁ‥‥。そんな大事、そうそうあって堪るか。俺達の仕事は地味〜な物も多いの!」
 エールを飲み干した冒険者の呟きに、あははと笑ってみせて、彼女は椅子を引いた。卓に肘をつき、好奇心に目を輝かせながら冒険譚を聞き出す。いつの間にか、それは賑やかなギルドの、いつもの光景となっていた。

●狂気
 床で小さく音が跳ねる。
 一定の間隔をあけ、湿った音を響かせているのは卓の上から零れ落ちるエールと、そして温かな‥‥。
「だって、父さんが悪いのよ」
 狂気を孕んだ小さな笑い声が静寂の中を虚ろに流れていく。
「いつだって、あたしの事を馬鹿にして、陰気な娘だって冷たくあたるんですもの。母さんだって」
 かまどの前で倒れ伏した母の元へと歩み寄り、その傍らにしゃがみ込むと首を傾げる。
「グズで、何の取り柄もない娘だって、村の笑い者だって、アタシにはいつも怒鳴ってばかり。でも」
 引き裂いたばかりの腹へ腕を伸ばす。何かを確かめるかのように、しばし手で探ると女は嬉しそうに微笑んだ。
 べっとりと赤く染まった手を、頬に押し当てる。
 頬から顎へ、顎から返り血に染まった服へと滴る血を、女は満足そうに何度も頬へと擦り付けた。
「血はこんなに温かい。あの人が言った通り、父さんも母さんも本当は温かかったのね。きっと、あたしを無視する村の人達も‥‥」

●ポーツマスからの依頼
 それなりに身なりの整った男が、青褪めた顔でギルドを訪れたのは、夜半近くになっての事だった。
「夜遅くに申し訳ないが、依頼を受け付けてはくれないだろうか」
 懐からずしりと重そうな袋を取り出して、男は受付台にそれを置いた。
「私は、ポーツマス領主ウォルター・ヴェントリスの臣下、アーノルドと申します。本日は、我が主に代わり、ポーツマスをおぞましき者共から解放して下さった冒険者ギルド‥‥冒険者の皆様方に依頼を出させて頂きます」
 ポーツマス。
 数ヶ月前まで、貴族階級と呼ばれるバンパイアに支配されていた場所だ。
 今は、バンパイアの手にかかった前領主の最後の血筋となる青年が領主として立ち、復興の途上にある。
「サウス丘陵の一角に、3、4世帯だけの小さな集落があります。先日、その村の者達が全て死に絶えるという事件が起こりました。他の村へ嫁に行った娘が、親の元を訪ねてあまりに凄惨な光景を発見したのです」
 アーノルドと名乗った男が語り始めた内容に、冒険者達は知らず身を乗り出した。
「村人の死因は?」
「分かりません。死後、何日も経過していたようですので腐敗も進んでおりましたし、その‥‥獣に食い荒らされたらしく‥‥。今、遺体の数と村人の数とを確認させている所ですが‥‥」
 僅かに言い淀んで、だが、彼は続ける。
「獣の仕業かもしれません。しかし、1つだけ気になる事があります。生後半年にも満たない赤ん坊がいたと、発見者の娘は言うのです。その赤ん坊の揺りかごには、血のついた掛け布が残っていました。誰かが血だらけの手で、掛け布を捲ったようです」
「母親が、子供を助けようとしたんじゃないのか?」
 冷静な冒険者の言葉に、アーノルドは首を振った。
「私も、そう思いました。しかし、村から少し離れた沢で赤ん坊の服が発見されたのです。外は血で汚れていましたが、内側に汚れはほとんどなく、獣の牙や爪の跡もありませんでした」
「赤ん坊を連れて、沢まで逃げた?」
 彼の難しい顔が、別の可能性があると告げている。
「赤ん坊の家は、さほど荒らされてはいませんでした。‥‥他の家に比べての話ですが、その家には2遺体が残っており、恐らくは赤ん坊の父親と母親かと思われます」
「じゃあ、誰が赤ん坊を?」
 再び、アーノルドを首を振る。今度は重く、ゆっくりと。
「分かりません。街道沿いの村々には通達を回したのですが、赤ん坊を連れた血塗れの者を助けたという話も、見かけたという情報すらも、今のところは入っておりません。周辺の村も、次は自分達ではないかと恐れ慄いております」
 そこで一旦言葉を切り、アーノルドは冒険者達を見回した。
「ご存じの通り、守護騎士団は壊滅し、我がポーツマスには事件の調査に割く手がありません。そこで、主はあなた方にお願いする事を思いつきました。狡猾なバンパイアさえも阻んだ冒険者の皆様方ならば、この一件、必ず解明して下さると信じております」
 深々と頭を下げられて、冒険者達は互いに頷き交わす。
「分かった。その村で何が起きたのかを突き止めればいいんだな」
 そして、更に禍いが及ぶようであれば、それを食い止める。
 言葉にすれば簡単だが、非常に困難な依頼だ。
「頑張って! でもって、帰って来たらあたしにも話を聞かせてね」
 いつもの通り、ギルドの片隅で笑っていた少女が依頼を受けた者達の肩を力一杯叩いて激励した。
「あたしの芸術の為に、皆、無事に戻って来てくれなくちゃ嫌よ? ね?」

●今回の参加者

 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3397 セイクリッド・フィルヴォルグ(32歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●Scene1:村
 不自然な静寂が満ちていた。
 依頼人代理であるアーノルドが語った通りの小さな集落で、きっと以前も静かな村だったに違いない。だが、今のように声を発するのも躊躇われるような静けさではなかっただろう。器が触れ合う音や笑い声、ごく当たり前に聞こえていたはずの音達。
 それらが全て消えてしまった代わりに、未だ消えない血の跡と死臭とが村を満たしている。
「ひどい‥‥」
 一言、それだけを呟いてネフティス・ネト・アメン(ea2834)は顔を背けた。
 凄惨な光景は冒険者として幾度か見て来たが、まだ慣れない。
 そんなネティを見つつ、セイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)は扉に残る赤味を帯びた染みをなぞった。
「ここは死に満ちた場所だ‥‥」
 感情を抑えたかの低い声に、天霧那流(ea8065)も「ええ」と同意を示したきり、言葉を詰まらせる。この惨劇は、ようやく復興へと向かい始めたこの地に、再び恐怖をもたらすのだろうか。
「どうぞ‥‥安らかに‥‥」
 手を合わせ、瞳を閉じた御法川沙雪華(eb3387)に、仲間達もそれぞれに黙祷や祈りの言葉を捧げる。
「それでねぇ、アーノルドのおっちゃん」
 袖をくいと引っ張り、遊士天狼(ea3385)はアーノルドの意識を自分へと向けた。
「死んじゃった人は何人だったの?」
 見上げて来る天の大きな瞳に、動揺したアーノルドの表情が映る。
「‥‥冒険者は幼くとも冒険者、か」
 天のような幼い少年に、この惨状を見せる事を躊躇し渋っていた彼の感嘆に、扉を検分していたセイクリッドが口元を引き上げた。最初は、冒険者の中に混じる幼い少年の姿に不信感を顕わにしていたアーノルドも、これから後は何の異も唱えまい。
「遺体の数は12、この村に住んでいた住民の数は14」
「えっと、赤ちゃんがいなくなっちゃってりゅからぁ〜‥‥えーと‥‥」
 両の手を使って、天は考え込んだ。
「え〜〜〜とぉ‥‥」
 セイクリッドがそっと片手を差し出す。
「住んでいた人が14で、見つかったのが12‥‥えーと」
 借りた指も折って、1、2と数えていく天の姿に、セイクリッドは内心で涙を拭った。
 依頼人代理は、今後も異を唱えるかもしれない。
「居なくなったのが誰なのか、分かっているの?」
 那流の問いに、アーノルドは首を振った。
「家の中で見つかった遺体と、家人の数が一致しているとは限らないようで」
「それじゃあ、ネティの魔法でも探せないわね」
 那流の視線に、ネティが力無く笑う。
「‥‥このような事をお尋ねするのは酷かもしれませんが」
 突然に話題を振られ、沙雪華の背後に立っていた娘が体を震わせた。アーノルドに頼んで連れて来て貰った、第一発見者の娘だ。
 少し離れた場所にある村へと嫁いだ娘は、久々の里帰りで家族や村人達の無惨な姿を発見してしまったらしい。彼女が受けた衝撃は如何ばかりだろうか。尋ねる沙雪華の言葉に、気遣う響きが混じる。
「何でも構いません。何か、お気づきになった事とかはございませんか?」
「気がついた事‥‥ですか? いえ、私‥‥もう、何が何だか分からなくて‥‥どうやって人を呼びに行ったのかも覚えていないんです」
 涙ぐむ娘の背を撫で、那流は沙雪華と目を見交わした。
 可哀想だが、今、村の事情を知るのは彼女しかいない。
「じゃあ、質問を変えましょうか。村の異変に気づいたのはいつ? 家の中に入ってから?」
 那流の問いかけに、娘は首を振った。
「いえ、どこにも村の人の姿がなかったので、おかしいと‥‥。それから地面に獣の足跡があって」
 釣られるように沙雪華が足下を見る。しかし、そこは幾つもの足跡が踏み荒らした地面があるだけで、獣の足跡など見つからない。
「なるほどね。それが何の獣の足跡だったか分かる?」
「大きな犬のような‥‥」
 沙雪華の視線が、村の周囲を囲った柵へと向かう。壊された跡はない。柵が壊されていたならば、娘は村に入った時点で異変に気づいていただろう。
「だが‥‥」
 扉を開けたり締めたりを繰り返していたセイクリッドが眉を寄せた。
「だが、村人を殺したのは獣ではない」
 彼が先ほどから調べている扉の把手には、べったりと血がついている。誰かが血のついた手で把手を握ったに違いない。だが、誰が?
 この家の者ではないだろう。何故ならば‥‥。
 セイクリッドは村の中を見回した。
 僅か数軒の小さな村だ。彼の探す家はすぐに見つかった。
「‥‥やはり」
 扉へと近づき、把手へと手を伸ばす。軋んだ音と共に扉が開いた途端、中から凄まじい血臭が押し寄せて来た。遺体を運び出した後、締め切った状態になっていたせいか。
「セイクリッドー! どうかしたのー?」
 駆け寄って来たネティに、彼は無言でそれを示す。
「何? 血の跡?」
「ああ。気がつかないか? この家だけ、血の跡が内側にのみ付着している」
 あ、とネティが息を飲んだ。
「恐らく、この家が惨劇の最初の舞台だ」
 言葉を無くしたネティと黙り込んだセイクリッドと。
 風が死臭を払う数瞬の間、彼らの間に沈黙が落ちた。
「ねえねえ、にーちゃ」
 その沈黙を破ったのは、無邪気な天の声だった。
「‥‥どうかしたのか」
「えとねぇ‥‥」
 うんしょうんしょと、半ばセイクリッドの体をよじ登るかのように一生懸命に背伸びして、天は手を伸ばす。
「?」
 不思議そうに体を傾げたセイクリッドの顔を覆う仮面に、天の指先が触れる。彼が意図する事を悟って、セイクリッドは体を退いた。
「‥‥仮面は取るな。頼むから」
「どーして? あっ、天とおんなじさすらいのせーぎの味方だから?」
 振り払われても、天はめげない。興味津々といった様子でセイクリッドを見上げる。
「ねえねえどーして? どーして?」
「そっ、それは‥‥その‥‥色々あってな‥‥恥ずかしい」
 足にしがみついて離れない天と、天にしがみつかれたまま逃げるセイクリッドの姿を見つめて、ネティはぽつりと呟いた。
「‥‥見かけによらず、恥ずかしがり屋さんだったのね」

●Scene2:沢
 日増しに強くなって来る陽射しも森の木々が遮って、湿った空気はひんやりと心地良い。
 鳥の鳴き声、沢のせせらぎ、葉ずれの音。
 村であれほどまでに凄惨な事件が起きたというのが嘘のように、森は静けさを保っていた。
「村は血で染まっているのに‥‥」
 だから、余計にこの静けさが不気味に感じるのか。
 セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)はそっと唇を噛む。喉元まで迫りあがって来る不安は、村を染めた血のせいだ。
「木や石が口を聞けるならいいのにねぇ」
 戻って来た犬のパウルを撫でて、逢莉笛鈴那(ea6065)は溜息をついた。
 赤ん坊の服が捨てられていたのはこの辺りのはずだが手掛かりはない。パウルに赤ん坊の匂いを辿らせようともしたのだが、いくら鼻のよい犬でも、さすがにそれは無理のようだった。
「水で匂いが消えちゃったかなァ」
 清らかな流れに小石を投げ入れ、鈴那はセラフィーナへと苦笑を向ける。
「でも、変なの〜」
 岩の陰を1つ1つ確認していたガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が首を傾げた。
「何か気になる事でも?」
 傍らまで歩み寄ると、セラフィーナは眉を寄せるガブリエルの顔を覗き込んだ。
「どうして、赤ちゃんの服だけがここに捨ててあったのか分からないなの」
「それは‥‥」
 ガブリエルの言葉に、セラフィーナは虚を突かれて口籠もった。
「それは‥‥確かに」
 赤ん坊の揺り籠には血の付いた掛け布が残されていた。赤ん坊の服も。
 誰かが血塗れの手で、赤ん坊をここまで運んで来たのは確かだ。では、何故、ここに赤ん坊の服だけが落ちていた?
「赤ちゃんの服だけをここに捨てて〜、でも、自分の服は〜?」
 血塗れの服を着た者が目撃されたという情報はない。
 いくら人目に付かない道を選んだとしても、目撃情報が全くないというのは不自然だ。この沢を抜けた先には村もあるし、街道も通っているのだから。
 セラフィーナの頭の中で、何かが形となりかけていた。赤く‥‥赤く血に染まった服、もしも、自分ならば‥‥。
「‥‥ここは‥‥身を隠す場所がない」
「え?」
 パウルの頭を撫でていた鈴那がセラフィーナを振り仰いだ。
「セラフィーナ、何か分かったのなの?」
 覗き込んで来るガブリエルの青い瞳に映る自分の姿が、血塗れの服を纏う。辿り着いた沢で赤ん坊の服を脱がして、それから、自分。服に手を掛けた所で、躊躇する。
「‥‥ガブリエルさん。貴女、ここで着替えられる?」
 きょとんとした顔で瞬きを繰り返したガブリエルは、猛然と首を横に振った。
「無理! そんなの無理なの! 絶対に出来ないなの〜っ! お嫁に行けなくな‥‥あ!」
 鈴那も、セラフィーナが言わんとしている事に気づいたようだ。
 周囲の岩場を見渡して、表情を険しくする。
「そっか! 着替えたくても、ここじゃ着替えられないよね!」
 叫ぶよりも先に、鈴那は駆け出した。
 彼女の後についてパウルも走り出す。
 セラフィーナとガブリエルも頷き合った。
「でも、もしそうなら赤ちゃんを連れ出したのは女の人って事になるなの」
「可能性は高いわね」
 可能性は、それだけではない。
 セラフィーナは胸中で呟いた。
 着替えが無かった場合と、他に誰かがいた場合だ。後者であるならば、もう1つ、最悪の事態が予測される。唇を固く引き結んでセラフィーナは2人の跡を追った。

●Scene3:血に飢えた獣
 赤ん坊の服が見つかった場所から更に下流で、パウルが大きく一声鳴いた。
「何か、焼いた跡みたい」
 燃え残りを指先に取ると、鈴那が振り返る。
「布みたい。多分、服」
「ここで、服を焼いたなの?」
「‥‥死体はなさそうね」
 セラフィーナから漏れた言葉に、鈴那とガブリエルがぎょっと動きを止めた。
「それって、もしかし‥‥」
 突然、唸り始めたパウルに、ガブリエルは言葉を切ると素早くスクロールを広げた。意識を研ぎ澄ませ、地面から伝わる震動を感じ取る。
「‥‥多分、4本足なの。パウルよりちょっと大きい感じの足音‥‥5つ、ううん、6つ‥‥囲まれたなの」
 ガブリエルの囁きに、鈴那が忍者刀を引き抜いた。
 囲まれたとなると、断然不利だ。どこから襲い掛かって来るか分からない敵を警戒しつつ逃げ道を探して周囲に目を走らせる。
「ちょっとまずいわね」
「伏せて!」
 聞こえた鋭い叫びに、ガブリエルは頭を抱えて地面に身を伏せた。その頭上を越えて炎が走り、濁った鳴き声が周囲に木霊する。
「無事!?」
 木々の間から姿を見せた仲間達に安堵の息を吐いたのも束の間、炎に弾き飛ばされた獣が再び襲って来る。
「狼!」
 叫び声が引き攣れるのは、そう遠くない日に狼を従えた魔物の記憶が蘇ったから。まさか、と青褪めたネティの耳に、シルバークルスダガーを構えた沙雪華の声が届いた。
「真ん中の‥‥一番大きな狼、あれがこの群れを率いる頭のようですわ」
 襲いかかって来た狼をダガーの一閃で退けて、沙雪華は1歩、後ろへと退った。彼女と入れ替わるように、セイクリッドが前へ出る。
「‥‥この辺りを縄張りにしている群れか」
「それだけではありませんわ。恐らく、人の味を覚えた群れです」
 言い切った沙雪華の表情が厳しい。
「村を襲った獣!?」
 刀を閃かせ、道を開いた那流に、沙雪華が頷く。
「恐らくは」
 唸り声をあげる目の前の獣達が、村人の遺体を食らったのか。
 嫌悪感が一気に押し寄せて、那流は眩暈を感じた。
「がぁくん! わりゅい子、めっ!」
 天に召喚された蝦蟇のむちむちとした体が狼の上に降る。
 新たな敵の出現に怯んだ狼の群れをセイクリッドの剣が薙ぎ払うと同時に、沙雪華の放った炎がその退路を断つ。
「今です」
 それを合図としたように、霞刀を握り直した那流の気合いを込めた一撃が、素早く走り抜けた鈴那の刀が、セイクリッドの重たい剣撃が、灰色の体を切り裂いたのだった。

●Scene4:その行方
「赤ちゃんの名前はニック」
 太陽を見つめて、ネティは呪を唱えるかのように呟いた。村から消えた赤ん坊の名前だ。
「‥‥村の生き残り」
 ネティのこめかみに汗が伝う。
「見つかった服の持ち主。‥‥どうして?」
「何か分かった?」
 那流の声に、ネティは首を振った。
「分からない。何も、分からないの」
 つまりは、赤ん坊は太陽の光が照らし出す事が出来る範囲にいないという事か。それが何を意味するのか。浮かんだ悪い考えを振り払って、ネティは次の問いかけをする。
「村人を殺した犯人」
 太陽は何も答えてはくれない。やはり、惨劇の犯人というだけでは特定出来ないのだろう。
「‥‥ケイト」
 最後に小さく付け足したのは、惨劇の始まりとなった家に両親と共に住んでいたはずの娘の名。セラフィーナ達の話から
 固唾を呑む仲間達へと、ネティはゆっくりと振り返った。
「あの村に住んでいたケイトは、生きてるみたい。でも‥‥ニックは一緒じゃないと思う。だって、ニックの事は何も分からないんですもの」
 ネティの目に、みるみると涙が浮かぶ。
 惨劇を免れた者は2人。
 1人は、自分では立つ事も出来ない赤ん坊だ。
 そして、もう1人は太陽の下にいる。
「ニックを誰かに預けたのかもしれないわよ?」
 慰めるように、鈴那がネティの肩を叩いた。けれど、慰める鈴那の胸のうちにも嫌な想像が急速に拡がっていく。
「‥‥それで、ケイトは今、どこに?」
 硬い声で尋ねたセラフィーナに、目元を拭ってネティは顔を上げた。
「北東。ちょっと遠いみたいだから確認は出来ないけど間違いないわ」