【Insanity】潜む狂気

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月23日〜08月01日

リプレイ公開日:2006年08月03日

●オープニング

「赤ん坊がいなくなるのです」
 ポーツマス領主、ウォルター・ヴェントリスの代理人として冒険者ギルドを訪れたアーノルドは、深刻な表情でそう切り出した。
「赤ん坊がいなくなる?」
 聞いた言葉をそのまま返して、冒険者は眉を寄せる。
 赤ん坊がいなくなる場合、どんな理由が考えられるだろうか。
 親が目を離した隙に揺り籠から這いだしたか。それとも‥‥と考えを巡らせていた彼らに、アーノルドは重く続けた。
「1人や2人ではありません。それどころか、いくつかの村で同じように赤ん坊がいなくなるという事件が起きているのです」
 報告がポーツマス領主ウォルターの元に入ったのは、つい先日の事だという。
 バンパイアによる災厄の後遺症の1つとして、ポーツマスは深刻な人材不足に悩まされている。腕の立つ者達のほとんどがバンパイアとの戦いで犠牲となり、領地を治めていた役人達は真っ先に解き放たれたスレイブ達の餌食となった。
 幸運にも難を逃れたのは、前領主から冷遇されたウォルターのように、ポーツマスの端っこで細々と暮らしていた者達ぐらいだ。
 その人手不足故に、第一報が届くのが遅れた。
 ウォルターの指示で赤ん坊が消えたという村の周囲を調査したところ、同じような事件が幾つも起きていた事が判明したのだ。
「先日の事件もあります」
 悲痛さを滲ませたアーノルドの呟きに、冒険者達ははっと顔を上げた。
 先日の事件。
 それは、小さな村で起きた惨劇だ。
 村人のほとんどが惨殺され、1人の赤ん坊が連れ去られた。手がかりという手がかりが残されていない状態での情報収集は困難を極め、分かったのは、赤ん坊の服が発見された沢の下流で服を焼いた跡が見つかった事と、最初に惨劇が起きた家の娘が生き残っているという事ぐらいだ。
「赤ん坊がいなくなったほかに、誰かが殺されたとか、そういう事件は?」
 静かに、アーノルドが首を振る。
 赤ん坊という共通点に、ウォルターもすぐに先日の事件との関連性を疑ったようだが、病死、事故死を含めて死亡した者はいなかった。
「関連は否定出来ないが、赤ん坊だけを狙った連続誘拐という線もあるか」
 赤ん坊は、親が目を離した僅かな隙に忽然と消えてしまったらしい。
 となれば、目をつけた赤ん坊を攫う機会を狙っていた者の犯行の可能性もある。事件が起きた村の位置と赤ん坊が消えた時期を調べてみなければ分からないが、状況によっては複数犯という事も考えられる。
「もう1つ、共通点があるな」
 ぽつりと漏らした冒険者の1人に、その場にいた者達の視線が集中した。
「もう1つ?」
「そうだ。もう1つ。どちらの事件も、手がかりが無さ過ぎる」
 確かに。
 どうやって情報を集めればよいのか。
 その方法によっては、徒労に終わるかもしれない。しかし、このまま終わらせるわけにはいかないのだ。冒険者の名誉にかけて、何らかの手がかりを掴んでみせる。
 表情を引き締めて、彼らは互いに頷き合った。

●今回の参加者

 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3397 セイクリッド・フィルヴォルグ(32歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●廃れた村
 短い間に、村はすっかり荒れ果てていた。
 凄惨な事件が起きた村ゆえに、誰も近づかないのだろう。人の住まなくなった村は、これほどまでに早く朽ちていくものなのか。
 物悲しい気分で、御法川沙雪華(eb3387)は空を見上げた。
 新たな起きた事件の手掛かりを求めて、前回の事件の舞台となった村を訪ねたのはよいのだが、この分だと徒労に終わりそうだ。
「あの」
 溜息をついた沙雪華は、掛けられた声にゆっくりと視線を戻した。
 惨劇の第一発見者である娘が、震えながら沙雪華の袖を引く。
「もう、戻りましょう?」
 恐ろしい記憶が蘇ったのだろうか。娘はひどく怯えた様子だ。仕方がない。
「そうですね。ここには、もう何もないようですから」
 寂しげに微笑んで、沙雪華は歩き出した。
 遅れまいと、娘も早足で沙雪華の後を追う。
「そういえば、ケイトさんから連絡はないのですか?」
 ケイト。
 この村の唯一の生き残り。
 恐らくは村の惨劇の始まりとなった家に住んでいた娘だ。彼女の生存は、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)のサンワードで確認されている。だが。
「何も‥‥。あの子、村を嫌っていたみたいだから、いい機会だと思って戻って来ないんじゃないかしら」
 娘の声に僅かな憤りが混ざっている。それを聞き逃す沙雪華ではない。
「まぁ。そうなのですか? でも、ご両親の事はご心配でしょうに」
「とんでもない!」
 村から離れて安堵した事もあるのだろう。さりげなく水を向けてやると、娘は年が近かったというケイトへの不信を次から次へと語り出した。

●繋がらない点
「そるちゃ、ちずの上に座っただめなの〜」
 一生懸命、描き描きした地図の上に座り込んだ猫を叱って抱き上げると、遊士天狼(ea3385)は傍らで厳しい顔をして黙り込んでいる天霧那流(ea8065)に首を傾げた。
「ぽんぽ、いたい?」
「え? ああ‥‥違うのよ。赤ん坊がさらわれた村がバラバラだなぁって思って、考えて‥‥」
 那流の言葉に、セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)も頷く。
「事件が起きた村が固まっているのかと思ったけれど」
 セラフィーナは、自分が調べて来た村の位置を書き込むと溜息をついた。
「法則性が全くないのよ。場所だけじゃなくて、事件が起きた日も」
 近くの村で続けて起きていたかと思えば、同じ日に遠く隔たった村で赤ん坊が消えている。セラフィーナの溜息がますます深くなった。
「犯人が複数いるとしたら、大変かもしれない‥‥」
「でも、赤ちゃんを早く見つけて、無事に親の所へ帰してあげたいなの‥‥」
 食い入るように羊皮紙を見つめていたガブリエル・シヴァレイド(eb0379)がぽつり呟く。その呟きに、仲間達は一瞬、黙り込んだ。親の元に戻してやりたい。それは、皆、同じ気持ちだ。しかし‥‥と、冒険者として色々な事件に関わって来た者としての勘が告げる。
 しかし、赤ん坊が無事でいる可能性は如何ほどなのか、と。
 暗く沈んだ仲間達に、セイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)は言葉に力を込めた。
「ともかく、手掛かりが少ない今は、足で稼ぐしかなかろう」
「そうですね‥‥」
 苦く笑んで、那流は髪を掻き上げた。セイクリッドの言う通りだとは分かっているのだが、情報を得る為に奔走しているのだが、こうして集まった手掛かりを照らし合わせてみると、自分達の調査の方向性は正しいのかと不安に思えてくる。
「案ずるな」
 そんな那流の心を見透かしたかのように、セイクリッドは力強く続けた。
「散った噂は時に1つの道を作る。噂の陰に真実あり、だ」
 一見、バラバラのように見える情報にも、何らかの手掛かりがあるはず。
 そう言いきったセイクリッドに、ガブリエルがぱちぱちと手を叩く。
「その通りなの〜。事件の線‥‥今は点だけど、繋いでいくと何か見えるかもしれないと思うなの」
「‥‥繋ぐ?」
 猫のそるちゃを横にどけて、天は描き込んだ村の点と点とを繋いでいった。
 その「繋ぐ」ぢゃないから。
 額を押さえた那流は、木陰に座り込んでいるネティに視線を向ける。ネティは仲間達の輪に加わらず、先ほどからずっと深刻な表情で何事か考え込んでいる様子だった。
「ネティ」
 そっと近づいて声を掛ける。
 ゆっくりと那流を振り仰いだネティの目は、不安を映して揺れていた。
「ネティ?」
「‥‥分からないの。皆が調べてくれた赤ちゃんの事、教えて貰おうと思っても、何も‥‥」
 前回、村から消えたニックと同じだ。
「それは、太陽の届かない場所にいるという事だな」
 問うたセイクリッドに返るの小さな頷きだ。黙り込んだ仲間達に、ネティは立てた膝に顔を埋める。
「今現在、太陽の届く場所にいないという事よね。もしかすると、夜に移動しているかもしれないし」
 そっとその肩に手を置いたセラフィーナがネティを慰める。世界をあまねく照らし出す太陽の力を借りても、全てを見通す事は難しいのだ。その上、光の中で起きた事象でも、太陽が過去を語る事はない。「見えない」からといって、ネティが落ち込む必要はないのだと、軽くその肩を叩いて伝える。
「そういえば、鈴那の姿が見えないな。それから沙雪華も」
 分散する前、ネティと何やら話し込んでいた逢莉笛鈴那(ea6065)が、まだ戻って来ない。セイクリッドは空を見上げると僅かに目を眇めた。
「彼女達が何かを掴んでくれればよいのだが」
 思案に耽るセイクリッドに、そぉっと手が伸ばされる。
 空を見上げたまま、セイクリッドは、好奇心に負けてねこじゃらしに飛びつくかのように、彼の仮面に手を伸ばした天の首根っこを摘み上げる。
「‥‥何度も繰り返すが、マスカレードには絶対に触るな」
「みゅう」
 天をぶらさげて、セイクリッドは仲間達を振り返った。
「2人が戻って来る前に、もう1度情報を確認しておこうか」

●情報を追いかけて
「そう。友達なの。ケティって言うんだけど、おばさん、知らない?」
 去っていく婦人が見えなくなるまで愛想よく手を振っていた鈴那は、疲れたようにその場へと座り込んだ。
 それまでと打って変わった主の様子に、2匹の犬達が心配そうに鼻面を近づけて来る。大きな瞳が潤み、眉もハの字に寄って本当に身を案じてくれているように見える。愛犬達の気遣いに、鈴那は微笑んでその体をぽんぽんと叩いてやった。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
 予め調べておいた容姿などの情報とネティのサンワードを頼りに、ここまで「ケイト」を追いかけて来たのだが、どうやら村2つ分ほど戻らねばならないようだ。どこで情報がずれてしまったのやら。
「だぁってねぇ、ケイトってばどこにでもいる、普通の女の子っぽいんだもん」
 青い目と茶色の髪の18、9歳。これといった特徴のない、内気な娘。「ケイト」という名をそのまま使うのはまずいと名前を変えてみたのだが、それも情報錯綜の原因となったかもしれない。
「でも、ケイトにこちらの動きを知られるわけにもいかないしねぇ」
 苦渋の選択だわ。
 ほぅと溜息をつくと、鈴那はよいしょと立ち上がった。
 仲間達との合流の時間も迫っている。
「とにかく! 追いかけられるだけ追いかけときましょ」
 2匹の犬達を励ましつつ、自分自身に発破をかけて、鈴那は来た道を戻り始めた。

●予感
 簡単な地形と点在する村の位置、子供の名前と消えた日付を書き込んだ羊皮紙に、また1つ新たな情報が書き加えられた。
「これで8人目‥‥」
 静かに告げる那流の声に、冒険者達は言葉なく地図を見つめる。
「もしかすると、本当はもっと多くの赤ん坊が消えているのかもしれない」
 情報が届いていないだけで。
 他の子供達も消えた事を知らない親達が、ただ嘆き、悲しみに耐えているだけで。
 那流は、細い指先で事件を辿っていく。眠っている両親の傍らから消えた子供、村人達が集まる広場で談笑していた母親が、一瞬、目を離した隙に揺りかごから消えた子供‥‥。まるで規則性のない場所と時間、消えた状況も共通する所がない。
「ここまでばらばらだと、人ではないものが関わっているような気がするわね」
「人外か。となると、アレの存在を無視するわけにもいかんだろうな」
 セイクリッドの呟きにぎょっとしたのはネティだ。
「そんな、まさか! でも」
 つい半年ほど前に、ここ、ポーツマスで起きた悲劇は人外の者‥‥バンパイアによって引き起こされた。ポーツマスを支配していた領主、まるで遊戯を楽しむかのようにウィンチェスターの人々を苦しめたバンパイアどもは冒険者の手によって倒された。
 だが、冒険者達は知っている。
 貴族と呼ばれる者よりも上位のバンパイアが、未だ存在している事を。
「そんな事、ないわよ。だって、彼女は‥‥」
「「彼女」が関わっているとは言っていない。だが、ここが、奴らの支配を受けていた土地である事に違いはない」
「そうですね」
 割り込んで来た声が、セイクリッドの言葉を肯定した。
「沙雪華さん、鈴那さん」
 それまで黙って成り行きを見守っていたセラフィーナが戻って来た仲間の姿に気付いて声を掛ける。だが、彼女はすぐに僅かな動揺を見せた。
 沙雪華、鈴那、2人の表情に憂慮の影を見たからだ。
「ケイトさんは、他人に馴染めない方のようで、それが度を越して魔的なものに憧れる傾向が強かったようですわ」
 人の輪に馴染めなかった彼女は、いつしか自分は人を超える存在に属する者だと思い込んでしまったらしい。人外に属する者が人に生まれてしまったが故に馴染めないのだと。そして、彼女はますます内に籠もるようになった。
 家族にすら心を開かない彼女は、異端を忌む土地で孤立したという。
「そして、彼女の村で惨劇が起きた‥‥。生き残ったのは彼女と消えた赤ちゃん‥‥。まさかとは思うけれど」
 セラフィーナは、その疑問を口にした。
「生贄‥‥とか」
 誰も、その単語を否定する事も出来ず、ただ凍り付いたように動かなくなった。
「‥‥さらに、それを否定出来なくなるお知らせ」
 眉間にくっきりと皺を寄せて、鈴那は羊皮紙を指さす。簡単な地形と事件が起きた村の位置とを記したその羊皮紙をつつぅと辿り、彼女の指先はある1点で止まる。
「彼女を見つける事は出来なかったけど、足跡を辿ってみて気がついたの。惨劇の起きた村から北東。彼女が目指しているのは‥‥」
 羊皮紙には描き込まれていない場所。
 ポーツマスの北、かの村の北東、そしてキャメロットの南。
 かつてバンパイアの王国があった場所。
「‥‥なのよ」
 鈴那の声が報告を締め括ると同時に、生暖かい風が吹き抜けた。
 それは、冒険者達の背筋を寒くする嫌な想像を呼び起こすのに十分な力を持っていたのだった。