●リプレイ本文
●準備は慎ましく
「ああ、もっと礼儀作法を勉強しておけばよかったわ!」
パーティーに御呼ばれするなんて、と地団駄踏んでいるのはアクエリア・ルティス(eb7789)だ。
そんな彼女はせめて言葉遣いだけでも、とゲルマン語の教本とにらめっこ。
しかしパーティーは待ってくれない。
結局どの服がローズダガーに合うかしらと衣装選びにも余念が無いアクエリアであった。
「ここが会場‥‥広いのね」
人気のないホールに一人たたずむのはイリスフィーナ・ファフニール(eb4859)。
イーゴリ大公の側近からもらった見取り図を見ながら会場の確認。
古城をそのまま使っているというイーゴリ大公の別宅。
古びてはいるものの質実剛健な城、そのホールはところどころが影となり死角となる。
「明日の本番、刺客を探すなんて大変そう‥‥」
晩餐会への緊張と依頼への緊張、二つの緊張感を抱きながらイリスフィーナは天上を見上げ、呟くのだった。
一方、明日の晩餐会に向けて仕込みをしている厨房を覗きながら、いろいろと偵察中の2人がいた。
従者姿に扮しているのはガラハド・ルフェ(eb6954)。
そして知り合いの小鳥遊 郭之丞からの礼儀作法指導を終えたサイーラ・イズ・ラハル(eb6993)である。
2人は毒草の話をしながらも厨房を覗うのだが‥‥料理はどれも大皿料理。
「料理に現時点から仕込むのは‥‥来客皆が毒で倒れちゃいますねえ」
ガラハドの言うとおりである。
ということで、毒に関しては当日イーゴリ大公の杯や皿を直接狙うのを警戒することに変えたようで。
「それじゃ、私は明日の準備が‥‥とその前にイーゴリ公にお願いしに行かなくちゃ♪」
紫水晶の瞳に笑みを浮かべてサイーラは言った。なにやら遠大な野望があるようで。
それじゃあまた明日と2人は別れ、サイーラは前言の通りイーゴリ大公の所へ向かう。
そして数分後、なんだか大分がっかりしている様子のサイーラ。
にべ無く協力を断られたというか。
「野心の有る部下より、優秀な部下が欲しいのう」
とさくっと切られてしまったようで。イーゴリ大公といえば長きに渡ってこの乱世を生き抜いた策謀の主。
あまり野心とかはお気に召さなかったようである。
ともかく晩餐会前日の夜はあっというまに更け、刻一刻と晩餐会は迫り来る。
今回は、護衛も主であるがイーゴリ公の厳命が冒険者たちを縛る。
それは、パーティーの雰囲気を妨げてはならない、ということ。
無頼でならす冒険者、とはいえ今回の面子は礼儀作法ならばそれなりだろうが、何が起こるかわからない。
酷く窮屈な思いをしつつ冒険者たちは礼服を身にまとい、刻限を待つのであった。
いよいよ晩餐会の開始である。
●晩餐会にて
「いまのところ怪しい動きは無し‥‥と」
晩餐会会場をゆっくりと歩きながら、周囲に視線を向けているのはクレア・サーディル(ec0865)。
凛々しい女騎士も今日は剣を下げずに礼服姿。
彼女が向ける視線の先は、穏やかな空気が流れている晩餐会会場である。
招待客の数は20数組。パートナーを連れてくる若手貴族もいれば、一人でご来場の貴婦人の姿も。
それぞれにはイーゴリ大公からの招待状が行っているのだが、そのパートナーや従者の姿も入れるとなかなかの数になっているようだ。
穏やかながら絢爛豪華、それぞれの衣服を見ればどれほど金がかかっているか一目瞭然。
そんな風景を見て、緊張に身を硬くするクレア、いつものように剣を取って戦うほうが気が楽だな、と思ったのも一瞬。
彼女は再び背筋をしゃきっと伸ばして、ゆっくりと晩餐会の人々を間を進むのであった。
一方、必死にぼろが出ないように頑張っている姿も。
「あたしは壁の花‥‥だれも話しかけてきませんよーに‥‥」
きょろきょろと周囲を覗いつつどきどきしているのはルイーザ・ベルディーニ(ec0854)。
周りの人たちも、何かを感じ取っているのか壁際にぽつりと立っている彼女には近寄る様子が無い。
というのも彼女は男装、やはりなんだか近寄りがたいという雰囲気がでているようで。
「ああ、やっぱりあたしは根っからの庶民だなぁ‥‥」
クラッカーに乗ったなんだか高級そうなクリームを齧りつつ、ぽそっと呟くルイーザであった。
そしてホールの奥の方に一人どさっと椅子に陣取っているのがイーゴリ大公。
その横には護衛のようにして2人の人影が。
一人は黒い衣装の男性でもう一人は白いドレスの女性である。
イーゴリ公に誰かが話しかけに来たときはすいと引いて、しかし誰もいないときは周囲に目を光らせる。
そんな護衛をしているのはエマニュエル・ウォード(eb7887)とエイリア・ガブリエーレ(eb5616)だ。
そしてそんな2人は、イーゴリ公がとある老貴族と話込んでいる折にこそっと情報交換をしつつ。
「ふむ、こういった場ではやはり護衛は信用の置ける側近がやるのが道理ではないだろうか?」
エイリアがそういうと、遠くを少々寂しげに眺めて、そーか、人間の盾かぁ、と呟いていたエマニュエルも答える。
「たしかに‥‥本来なら護衛団なんかがいてもおかしくはないだろうな」
さりげなくエイリアをエスコートして護衛だとさとられないようにエムは呟く。
「まあその辺りが、イーゴリ大公の懐の深さなのかもしれんな」
と話を切るエイリア。ちょうどイーゴリ大公も話が終わったようで、くるりとこちらを向くと。
「ふむ、わしとしては自由度の高い遊軍として召抱えてるつもりじゃからのう?」
どうやら聞こえていたようで。思わずエイリアとエマニュエルは苦笑を浮かべるのだった。
●そして晩餐会は躍る
各自が席についての会食も終り、再び会場では飲み物や軽食そして音楽が満ちる優雅な時間となった。
「あの‥‥ところで皆様、あちらの緑のドレスの方は‥‥」
イリスフィーナは年かさの貴婦人たちから可愛がれつつ、聞きこみをしていた。
このドレスはどこで仕立てて、これがどこの最新の刺繍で。といった話題の中で、ふと浮かび上がる所属不明の人物。
「仕立てのよろしい服を御召しになっている方ですけど‥‥どこの方かは記憶には無いわね」
こうして、冒険者たちの調べも進んでいくのだが、こうした中でつまずきも。
「イーゴリ大公って立派な方ですわね‥‥、でも凄い厳しそう‥‥、周りの方に同情してしまいますわ‥‥」
ふと口にしたのはアクエリア。潜む刺客たちへの揺さぶりの意味もあったのだろうが、この発言は良くなかったようで。
周りの貴族たちは決まり悪げな顔をして不意に彼女の周りから去って行く。
どうやら流石に主催者の悪口は悪かったようである。
ともあれ、幾人か怪しい人物が浮かび上がる。
それは誰の知り合いか分からないものだったり、または挙動がわずかに妖しいものだったり。
そして冒険者たちはいよいよ彼らの行動に備えて動き出すのだった。
不意に湧き出す気配、イーゴリ公の背後のテラスと柱の影に潜む人影。
不意に漏れ出す気配、イーゴリ公を見やる視線にわずかに混じる緊張とわずかな反応。
そしてその気配を逃さぬように冒険者たちはそっと忍び寄り‥‥。
「そこの格好いいお兄さん」
不意に投げかけられた声に、ぎょっとして振り向く青年。その前にはイリスフィーナが。
まだ幼さの残る少女と見て、その青年が何か言おうとするのだが、対する彼女はにっこりと微笑んで。
「それ以上動いたら、魔法で凍らせるわよ? 私、ウィザードなの」
青年はこっそり手にしていた鋭いナイフをからんと地面に落として降参のポーズ。
「“ガラハドさん、怪しい人がいるようなのでルイーザさんと一緒にこっそり取り押さえて”」
連絡役のサイーラがガラハドに伝えれば、ガラハドはルイーザのところにやって来て。
「お客様、どうかなさいましたか?」
不意に給仕姿のガラハドが声をかけると、取り乱すその貴族姿の中年男。
見れば手には怪しげな小さな包みが。
それを見て、ガラハドががっしりと肩を掴んだ瞬間。
どすっと背後から拳を叩き込むルイーザ。その手にはナックルがいつの間にか嵌められていた。
そしてそのままぐったりと気絶した男をルイーザとガラハドが、介抱しているかのように連れて行く。
これで二人目。
アクエリアのアイコンタクトが示す先には誰かの従者と思しき男が。
しかしどうもその様子がおかしい、というか運び出される中年貴族をじっと見ているのである。
そんな従者の背後にそっと忍び寄ったのはクレアだ。
気配に気付いたのかびくっと振り向く従者姿の男に対してにっこりと笑みを浮かべるクレア。
毒気を抜かれたようにきょとんとする男だったが、慌てて踵を返そうとして‥‥。
一瞬早く踏み込んだクレアは周りから見えない角度でナイフを抜き取ると突きつけていた。
そして一言。
「私としても血を見たくはありませんので、大人しくしてくださいまし」
こうして3人目。
そして最後はイーゴリ公背後に二つの気配だ。
その前に立ちふさがっていたのは、直で護衛していたエイリアとエマニュエル。
若い貴族と思しき青年の手には一瞬前には何も無かったのだが次の瞬間、オーラの刃が。
それでテラスの方からイーゴリ公の背後に近づいた瞬間、立ちはだかったのはエマニュエル。
刺客のオーラソードはレジストマジックに阻まれ、返す刃でエマニュエルは短刀をぴたりと刺客の首に。
「‥‥大人しくしてもらうか」
同時に会場が見えない柱の影にいたのは太った中年男。こちらもオーラソードを手にしているのだが。
前に突然出てきたエイリア、そのオーラソードを短刀で弾き。
「もしこの襲撃が我々を試すための狂言だとしたら‥‥すまんな」
ぐっと握り締めた左拳には魔法のグローブ。その拳は見事その中年男の鼻っ柱に叩き込まれたのであった。
「‥‥そこまで!」
にんまりと笑みを浮かべたイーゴリ大公の言葉が響く。
どうやらエイリアの言う言葉があたっていたようで、刺客たちは抵抗をやめ、両手を上に。
実は彼らはイーゴリ大公の部下たちだとか。
「ま、おぬしたちが考えてる通り今回はわしの狂言で、ちと試してみたのじゃがな‥‥」
実は招待客も全員今回偽の襲撃があると知っていたとか。
ともかく、こうして襲撃は無事乗り切ることができたのだが‥‥。
数刻後、解散した晩餐会の後イーゴリ公は冒険者たちに告げる。
「ともかく、なにやら陰謀があることは確かだからのう」
手紙が来たことは変わらぬ事実であり、何ものかが裏にいるのは確実である。
「しかし、陰謀というのは隠れているから陰謀なのであってな、今回のようにどこからか漏れているということは‥‥」
イーゴリ公はじろりと冒険者たちを見回して。
「何ものかがわしをはめようとしている、と考えられなくもないしのう」
そしてイーゴリ大公は、もう一度冒険者たちを眺め。
「まぁ、次こそは本当の刺客が来るはずじゃ。そのときは今回みたいな制限は設けんし、存分に腕を振るってもらうことになるからのう。期待しておるぞ」
こうして晩餐会は無事に幕を下ろしたのであった。