●リプレイ本文
起伏が激しいケンブリッジ郊外の荒野を轟々と風が吹き抜ける。
雪混じりの風は身を着るような冷たさ。
まばらに見える木々も精彩を失い、冒険者たちの眼前にはどこか静けさを感じさせる景色が広がっていた。
最近新たに遺跡が発見された場所から程近く、しかしまだまだ未調査の場所が多い広大な自然のなかで、冒険者たちは準備を進めていた。
それは強大な敵を迎え撃つための準備。単純な戦闘力においての劣勢を跳ね返すために必要なのは知略である。
そのために、様々な策と技術を駆使するのだが‥‥流石に今回は分が悪そうであった。
「流石に間に合いませんね。これだけ巨大な相手だと、すり鉢状に掘るだけの時間が‥‥」
地形を見据えてそういったのはバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)。
当初の案ではすり鉢状に地面を掘り、そこに氷や油ですべり落とす罠を設置しようと思ったのだが‥‥
「全長8メートル以上あるのだぞ? 地を這う蛇のような移動方法の場合、体長より巨大な穴が無ければ滑り落ちまい」
アラン先生の言うように相手が大きすぎるうえに、巨大な蛇がその程度の薄い氷や油でそうそう滑るとも思えない。
「それでも頭を使って何とかしないといけませんね。人の都合で退治するのは好みじゃありませんが、自分は遺跡の方が重要ですし」
周囲の地形を見て作戦を練り直すバーゼリオであった。
「この場所なら、周りはある程度見回せますね。あとは天気ですね‥‥」
曇天を見上げながらそう言っているのはキラ・リスティス(ea8367)だ。
場所は丘の頂上。なだらかに広がる荒野が見渡せる位置で、おそらく魔法を主戦力とする者たちの定位置となる場所だ。
「それでは準備に入りますね、アラン先生」
頷きで答えるアラン先生を見上げる弟子のキラ。思慕の情で少し和らいだ表情をきりっと引き締めると彼女はスクロールを取り出す。
魔法使いの少女が広げたのは天候制御、ウェザーコントロールのスクロール。雷の魔法を使うために雷雲を呼ぶのである。
順調にスクロールがその力を発揮し、薄曇の空はさらにその暗さを強め、しんしんと雪が降る。
キラが空を見上げたその時、遥か遠くから地鳴りのような音が響いてくるのに彼女は気付いた。
魔法使いの弟子が見あげる中、彼女の隣に立つ師は答える。
「そろそろ来るようだな‥‥」
「歴史的価値のある遺跡は守らないとね。ちょっとかわいそうな気もするけど‥‥」
丘の上で遠くを見据えて、そういうのはジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)。
知りうる精霊の知識を元に調べた結果、エレメンタルビーストは魔法全般に対する耐性は高いことが分かった。
しかし特に効きづらいのは地の魔法だけであることを調べてきた彼は、得意とする水の魔法で戦う心積もりである。
「前衛がいないのは心配ですけど‥‥頑張るしかありませんね」
エレナ・レイシス(ea8877)が言えば、
「これだけの敵が出てくるなんてアラン先生もついてませんね」
こっそりと先生に聞こえないところで呟いたのはエリス・フェールディン(ea9520)だ。
そしてバイブレーションセンサーを使って敵を捕捉した彼女は一同に告げる。
「‥‥来ました」
丘の向こうから鎌首を持ち上げてこちらを睥睨する岩の大蛇。ついに一行の眼前にスモールヒドラが現れたのだった。
「ヘブンリィライトニングッ! 雷の一撃を受けなさいっ!」
強烈な閃光と共に天空を覆う黒雲から一条の雷光がスモールヒドラに直撃する。少し遅れてから雷鳴が轟き、大蛇は怒りの咆哮をあげた。
しかし天からの雷撃が穿ったのはわずかに岩の鱗数枚。
「‥‥っ! まだまだ行きますっ!」
あまり効いた様子も無いが、キラは次なる稲妻を降らすため再び精神集中に入る。
「マグナブロー! 灼熱ならどうです?」
エレナが唱えた魔法により地面から吹き上げた灼熱のマグマが大蛇を一撃。
しかしマグマの柱を突き破ってスモールヒドラは進み続ける。
「抵抗されてしまいますね‥‥強敵です」
じりじりと下がりながらも、詠唱を続ける一同。そして彼我の距離はおよそ15メートル。
「アイスブリザード!」
ジェシュファがかざした掌から吹雪が巻き起こりスモールヒドラを飲み込む。
「止まらない‥‥蛇なら大人しく冬眠してればいいのに」
唸りを上げてのたうつ大蛇に思わずジェシュファが言う。
吹雪によってマグマや雷撃によって赤熱していた鱗がひび割れ剥がれ落ちるも、大蛇は響きをあげてさらに進む。
すると前方で今度はバーゼリオが魔法を発動させた。
「ファンタズム! 幻影でも、この大きさならどうですか?」
作られた幻影は三メートル四方の翼を広げたなドラゴン。スモールヒドラを威嚇するような様子の幻影が形成される。
その幻影に気付いたスモールヒドラは鎌首をもたげて、牙の一撃を幻影の竜へと振るう。
「よし、かかりました!」
もちろん大蛇の牙はただただ空を砕きのみ。そのままスモールヒドラは頭から丘の斜面に突っ込み動きを止める。
「今がチャンスですね。不本意ですが‥‥ローリンググラビティ!」
錬金術至上主義のエリスもイヤとは言っていられない状況で、重力逆転の魔法を発動。
体全部を巻き込むわけには行かなかったが、動きを止めたスモールヒドラを持ち上げ叩きつける。
しかし、スモールヒドラもやられてばかりではない。大きく身を震わせると、牙で斜面を削りながら起き上がる。
ばらばらと岩石の破片が飛び散るなか、再びキラの雷撃が落ち牽制。
キラは視線でさえ敵を補足できれば雷を落とせるため最も距離を取ることができたのだ。
しかし、幻影の魔法を唱えるために近づいていたバーゼリオはそうは行かなかった。
降り注ぐ岩が危うく彼に直撃しようと言うときに、動いたのはキラの横に居たアラン先生。
「やはり世話が焼けるな‥‥」
中に掲げた五指は、サイコキネシスの魔法の力の先を示す。
達人クラスのサイコキネシスで岩を弾き、そのままバーゼリオとジェシュファの体を強引にこちらに引き戻す。
再び仕切りなおしということで、マグナブローにアイスブリザード、サイコキネシスの投石が大蛇の鱗を穿ち‥‥。
「これで眠ってください! ヘブンリィライトニングッ!!」
1度失敗してから再チャレンジの専門クラスでの発動。
今までの雷光に倍する稲妻がスモールヒドラの頭部を穿つと、ついに大蛇は動かなくなるのだった。
「これでやっと落ち着いて探索ができますね。最後の探索、がんばりましょう」
のんびりと継げるのはエレナ。壁画を清掃するための刷毛を手にしながら、一同に告げる。
「中心部では、たぶん儀式が行われてたんですね。こうして我々が遺跡を発掘して調査する事で、忘れられた歴史がよみがえるんですね‥‥」
祭壇の様子をメモしながら、感慨深げに言うバーゼリオ。
「それにしても遺跡を残した人はどこにいったんでしょうね?」
「案外僕たち誰かのご先祖様かもね♪」
長い年月の間に剥離した破片や調度を磨いているのはジェシュファ。
彼は磨いていた何かの破片を綿を敷いたちいさな木箱に戻すとひょいっと立ち上がって。
「さ〜て、そろそろ晩御飯に良い時間だし、そろそろ休憩しない? それになんせ今日は聖夜だからね」
こうして最後の探索行でささやかな聖夜の打ち上げも行われたのだった。
「それにしてもスモールヒドラはすごかったですね」
和やかに料理を手にしてエレナが言えば、
「まぁ、強敵でしたけどうまく倒せてよかったですよね。こうやって僕たちのしたことも伝えられていくんでしょうねぇ」
発泡酒をちびちび飲みながら火を囲む輪の中でバーゼリオが答える。
「早く古代魔法語が読めるようになるといいんだけどな〜」
遺跡から持ち出した文字の刻まれた石片の一部を眺めながら、ジェシュファが言う横で、
「おっほっほ! 錬金術の知識があったからこそ、遺跡探索が成功したのですわ!」
と狂化してしまったエリスがみんなのひんしゅくをかいながら騒いでいたり。
そして、珍しい光景もあった。
「あ、あのっ。これをどうぞ‥‥そ、それでこれから先も先生のお手伝いをしていけるように頑張ろうと思っています!」
珍しくなんともいえない表情のアラン先生を前にしているのはキラ。
アラン先生の手にはどうやら何かのプレゼントが渡されているようで、しばしアラン先生も呆然としているのだが‥‥。
本当に本当に珍しく、アラン先生はふっと笑みを浮かべると、なにかキラに言葉を返し、これまた珍しくキラの頭を優しくなでたのであった。
思わずじわっと目を潤ませたキラがアラン先生に飛びついたので、アラン先生はキラを首にしがみ付かせたまま目を白黒。
他の面々はこの突然の出来事に仲間という気安さもあってかやんやの喝采。
そして、たぶんいまだかつてないアラン先生の赤面がみられたとか‥‥。
そしてケンブリッジに戻り最後の資料収集。
「とりあえずこれで大体の翻訳作業は終わりましたね」
幸せそうな笑顔のキラがそういう。彼女はなにやら先生から指輪をもらったとの噂だとか。
「そうですね。なんだか学校の方もいろいろあったみたいですが、これからの研究の助けになるといいんですが」
苦労して集めた資料を愛でるようにそっと手で撫でながらエレナが言う。
「‥‥遺跡発掘で役立つ錬金術‥‥もっと広められないでしょうか?」
そんなものがあるかどうかはさておいて、エリスは満足げに頷いて、
「また消えぬように伝えることができましたね」
バーゼリオが古代に思いを馳せれば、
「また、こういう勉強ができるといいな」
ジェシュファがそういって、楽しげに笑みを浮かべた。
こうして冒険者たちの遺跡探索は幕を閉じるのだった。