【谷の風様】包み込む優しき風、荒ぶる風神

■シリーズシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:07月29日〜08月05日

リプレイ公開日:2006年08月15日

●オープニング

 江戸から徒歩で2日ほどの谷間(たにあい)の麓にある小さな平野部。
 優しく肌を包み込むような山風に育まれる村にあって、冒険者の助力と村人たちの努力によって、最近、村人たちが頭を悩ませていた2つの問題の内、1つが解決された。
 それは、村の者たちに『風切り』と称されていた鎌鼬は退治されたこと。
 冒険者たちの指示に従って経過を見守った結果、風切りは現れることなく、村人たちも、もう安心だろうと胸を撫で下ろしている。
 残る問題は、規則性は感じられないが数日に1回、『谷風様』と呼ばれる谷からの山風が、妙な様子で吹くこと‥‥
 谷の入り口に位置する神殿の境内に作られた祭壇を用い、神主によって行われた風鎮の儀式を行うと少しの間は収まるのだが、少し経つと、また妙な風が吹き、村人たちを不安にさせていた‥‥
 曰く、「何故、谷風様は荒れるのだろう‥‥」
 曰く、「もしや、風切りを退治したことを怒っておられるのではないか?」
 曰く、「我らの願いは聞き届けてくれぬのだろうか‥‥」
 曰く、「空から3つの影が村の方を見下ろしておった。風切りが退去して攻めて来るのではないか?」
 谷風の神殿の神主は、これに対して対策を考えると確約するものの‥‥

「古に、我らの祖先は人と人の戦いを避けるために、人のあまり踏み入らぬ、この地に住み着いたと伝えられておる。
 森を切り開き、丘を削り、川を堰き止め、懸命に人の住める土地にしたのだそうだよ。
 その間に飢えや寒さで多くの者が死んだそうだ‥‥
 しかし、この地には神が住まっておったそうな。
 風に乗り、嵐を呼び、雷を身に纏う、一つ目の巨神が二柱‥‥
 谷を破壊されたことに風の神は怒り狂い、村人を喰らったと伝えられておる。
 そこへ、我らの助けとなる稀人が現れたのだ。
 その御方は剣を佩き、凛々しい顔つきの巫女様でな。青い髪の守護剣士様を連れておられたそうだ。
 巫女様は、どうか鎮まるようにと申し入れたが、売り言葉に買い言葉、いつの間にか剣を交えていたそうな。
 討ち合うが決着がつかず、激戦は十日にも及んだという。
 そしてついに、巫女様と守護剣士様は二柱の巨神を打ち負かした。
 しかしながら、二柱の巨神が討たれることはなかった。
 仮にも、この地を守護してきた神々を討ってしまうことは、村人たちのためにならないとな。
 降参した二柱の巨神は、谷へ良い風を吹かせること、結界を越えないこと、この2点を巫女様に制約させられたと聞く。
 村人は村の外れに神殿を作り、注連縄を結界として門のような岩に張った。
 それ以来、村は谷風に守られ、今日に至る‥‥」

 このような伝説に基づいて谷への立ち入りが禁忌とされている以上、神主と言えど村人の一員であり、それを破ることは躊躇われた。

 そんなときのことである‥‥
「禁忌の結界を越えて、穏やかな風が吹くように谷風様と交渉してほしい」
 件の村からの依頼であった。
 交渉の相手は『神』‥‥
 受付をした江戸ギルドの親仁でなくとも腰が引けて当然である‥‥
「風鎮の儀式は、谷風様との何かしらの取り決めに因るものなのだろうが、神殿の口伝でも、その裏側まで伝えられていないのだ」
 依頼を持ち込んだ神主は、深刻そうに溜め息をついた。

 実は、先の風切り退治の折‥‥
 精悍な顔つきに長い髪、腕は太く、しなやかな筋肉が精悍な雰囲気を増し、獣の皮を着物のように合わせ、荒々しさの中に飄々とした風の雰囲気を漂わせる一つ目の神の1柱らしき存在と、冒険者の1人が邂逅を果たしている。
 谷風様と呼称される、その神は、神主の着けているものと同じような意匠の頭冠を付け、棍棒の如く巨大な石剣を佩き、宙に浮いていたという‥‥

「悩みに悩みぬいた末に考えついたのが‥‥ 稀人である冒険者に風谷様を打ち倒していただき、再び制約を結ぶ方法だ」
 神主は、決意を新たにしたかのように言葉を搾り出した。
「冒険者たちが受けてくれるかは、わかりませんよ?」
「承知している。しかし、村人が結界の中に入ることはできぬ。村人も承知しているし‥‥ 考えつく‥‥最後の方法なのだ‥‥」
 神主の溜め息に釣られて、ギルドの親仁も溜め息をつくのだった‥‥
「そうだ。忘れるところであった。
 実は神殿に祀られている2柱の谷風様の像なのだが、改めて良く調べたのだが、男と女の姿を映しているように思えるのだ。
 些細なことでも役に立てばと思い、是非伝えようと思っていたのに」
 今度は2人して苦笑いするのだった。

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2478 羽 雪嶺(29歳・♂・侍・人間・華仙教大国)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5930 レダ・シリウス(20歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7755 音無 藤丸(50歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

真幌葉 京士郎(ea3190)/ ジェームス・モンド(ea3731)/ 白井 鈴(ea4026)/ 雪守 明(ea8428)/ 火乃瀬 紅葉(ea8917)/ ラーフ・レムレス(eb0371)/ ブロード・イオノ(eb5480

●リプレイ本文

●想い
 風切りの騒動の後、谷からの風の様子が時々おかしい以外、事件らしい事件は起きていないと聞いて、とりあえず一息。
 冒険者たちは村人たちと新しい約定について細かい打ち合わせをすることにした。
「村人たちには伏せて、秘かに禁を破るべきと思っていたのだが?」
「いえ、村の大事なればこそ、神主様や私だけで事を進めれば、後に禍根を残すこともありましょう」
 音無藤丸(ea7755)の問いに、村長は、そう答えた。
「ところで、一つ目巨人の風の神様‥‥ 一体、何者なのでしょう? 見下ろす3つの影も何か関係があるのでしょうか?」
 正体が分かれば対処のしようもあるのに‥‥と瀬戸喪(ea0443)は頭を悩ませている。
「一つ目というところがわからないが‥‥」
 そう前置きして、ランティス・ニュートン(eb3272)は欧州に伝わるランプの精霊の伝説を語り始めた。
「一つ目の巨人と呼ばれている風精の巨人なのではないか‥‥とも思いますが」
 この辺、魔物に詳しく、実際に見た志乃守乱雪(ea5557)ならではの強みだが‥‥
「風の神様かぁ‥‥ なんだか、物凄く強そうだねぇ〜。あんまり闘いたくはないなぁ」
「それが本当なら、戦って勝利するのは奇跡的なことです‥‥」
 太刀を手にするミネア・ウェルロッド(ea4591)に、志乃守は苦笑い。
「そんな神様と10日戦って組み伏せた伝承って‥‥ ホントに人なんだろうか?」
 羽雪嶺(ea2478)は、伝説の稀人の強さに興味があるようだ。
「そうじゃ。谷風様の頭冠と神主様の物が似ていたと聞いたの」
「これは、約定の証として村に伝わるもの。同じものを谷風様もお持ちになられていると聞いております」
 レダ・シリウス(ea5930)は、交渉や戦いの助けになれば‥‥と伝説について根掘り葉掘り聞き込んでいる。
「冒険者殿、なぜ、谷風様は治まってくれぬのじゃろう?」
 ほとほと困ったという体(てい)の村人を見て、志乃守らは思わず溜め息をついてしまう。
「ところで、本当に神様との約定を変える気はないんだよね?」
 羽の問いに、神主以下、村人全員が同意を示した。
「正直な話、戦いになれば、谷風様は口伝だけの未知数の相手です。誰も戻らぬ時は、最悪、村を離れることをお勧めします」
「仕方ありませんな」
 村人は、音無の申し出を受け入れた。
 さて‥‥
 新しい約定に関して、村人たちの総意は、従来どおりを望んでいる。
 彼らにとって谷風は村と共にあり、良き神であったのだ。今更、信仰を変える方が、余程問題なのだと秘かに神主が話してくれた。
 その辺を堅持すれば、後は任せると明言している。
 まぁ、彼らにとって伝説は尊ぶべきものであったし、新たな伝説は冒険者たちによって作られるものという認識があるのだろう。
「新しい約定を、今のものと同じ様なのにするのには賛成ですね。下手に変えるよりは、いいでしょうから」
 瀬戸ら、冒険者たちも、それに納得した。

●結界を越えて
 冒険者たちは、一直線に谷の奥を目指した。
「やっぱり、売り言葉に買い言葉‥‥ 発展するのかな」
「妙な風の原因が谷の風様によるものかはハッキリしていないけれど、村に良い風を吹かせるという約束が、ここで少し崩れている気もするしね。そういう可能性もあるだろうな」
「なるべくなら話し合いで解決したいものですが‥‥、そう簡単にはいかないでしょう。
 向こうがどのような条件を出してくるかわかりませんので。まずは相手の話をよく聞くことですね」
 結界を越え、羽やランティス、瀬戸も少々、緊張の面持ちだ。
 谷風様の像の額に飾られていた頭冠を借りてきたレダは、適度な広さの場所を見つけると風鎮の奉納舞を躍り始めた。
 冒険者たちが周囲に注意を払っていると‥‥
『この谷より疾く立ち去れ』
 出た‥‥
 志乃守の報告にあった通りの猛々しい巨人だ。その声は谷全体が発しているかのように響く‥‥
 隠密に長けた音無は、谷風様とは別の方向から響き、その声が女の声色のような気がして仲間に耳打ちする。
「強い敵意は感じぬのじゃ」
 リヴィールエネミーの効果にあったレダが呟いた。
「お騒がせしたことは陳謝いたします。私たちは稀人として、村の代理として来たのです」
 システィーナの声に、一瞬、視線を流した谷風様は、目を細めた。
『お前には二度と立ち入らぬように言いつけたな』
「御怒りを買ったのなら謝りますが、村人より言伝を頼まれた身、簡単に退く訳には参りません」
 谷風様の無視を、志乃守は黙認の答えととった。
『お主が今の神主か』
「神主の代理として来たという証なのじゃ」
 堂々としたレダの受け答えから、少し間を空けて‥‥
『話だけは聞こう。これは、永く約定を守った村人への敬意だ』
 交渉の余地があったかと、冒険者たちはホッと息をついた。

「村人たちの不安の、そもそもの原因は‥‥」
 システィーナたちは、谷風の様子がおかしいため、また、鎌鼬が現れたことが谷風様の怒りなのではないか、と村人たちが不安に思っていることを伝えた。
『鎌鼬のことは我の知らぬこと』
 谷風様は端的に答えた。だが‥‥
「谷の風が荒れているのは、なぜでしょうか。何かの警告か、なにか約定が違えられたか‥‥」
 システィーナと音無の2人は、志乃守の質問に対して谷風様が僅かに息を呑んだのを見逃さなかった。
「時を経て、村では伝承が薄れています。約定が違えられたのだとしたら、どうかそのことを酌量していただきたい」
「もしかして、生贄なんか必要だったのかな? そうだったら、牛とかで納得して貰えないかなぁ‥‥」
「牛か‥‥ 暫く食べておらんな。だが、自分で食べるものくらいは、自分たちで何とかする」
 顔一杯の笑みで、ミネアは小首を傾げるが、至って真面目な神様らしい。スルーされてしまった。
「そう言えば奥様の御姿が見えませんが、いかがなさいましたか?」
「あれを危険なところへなど出せようか」
 志乃守らは簡単にカマに掛かってしまう谷風様に意表を突かれながらも、さっきの生贄の件と言い、悪い存在ではないのだななどと不遜なことを感じていたり‥‥
「奥様のためにも、隣人同士、もっとよく知り合えるような約定に変えてはいかがですか?」
「そもそも相容れぬ存在であるからこそ結界を引いたのだ。交われば、いらぬ衝突を生む」
 志乃守は定期的に谷風様を招いて祭りを催すことを提案してみたが、これは逆効果だったようだ。
「谷風の変事は‥‥ まさかとは思いますが夫婦喧嘩なのですか?」
 続くランティスの言葉に眉を顰めた。
「姿を見せてくれれば村人たちも安心するかもしれないのじゃ」
 レダたちの言葉で決定的な決裂には、ならなかったようだが‥‥
「良き風を運ぶ事と結界を超えぬ事を古の約定で伝えています。それに間違いございませんか?
 もしかして、こちらに伝わらぬ約があるのでしょうか。お聞かせください。
 それに、山風の原因が谷風様の意志でないのなら多少調べたいのです。自然は壊しません。御約束します」
 音無の言葉に、谷風様は決意の篭った視線を返した。
「良かろう。我と手合わせして、物申す実力があるならば答えよう」
 そういえば‥‥ 音無は途中から谷風様が自分で喋っていることに気がついた。
「私も戦います。谷の大事ですから」
 予感を裏付けるように現れた石剣を抜いた谷風の女神に、男神は口元だけ微笑んだ。
「来るが良い」
「やれやれ、俺は平和的に行きたかったんだが‥‥ まぁ、ならば剣を交えよう。この、ナイト・オブ・フォーチュンの腕輪にかけて!」
 ランティスたちは得物を抜き、詠唱を始めたが、谷風様たちは宙に浮いて、白兵の距離ではない‥‥
 2柱の神は同時に詠唱を始めた。
「させないもん!」
 ミネアのソニックブームが谷風様を撃つが、頑強な体躯の前では傷は浅い‥‥
(「このままじゃ、まずいな‥‥」)
 ランティスはオーラパワーに集中しながら心の中で呟いた。そうこうしている間に、轟音と共に閃光が冒険者たちを襲う。
 重傷ではないが、傷は思ったよりも深い‥‥
 交渉の中でタイミングを見越してウェザーコントロールすれば相手の初手を無効化できたかも‥‥と、レダは痛みの中、思った。

●決着
「ここは我慢です」
 足場になるような木や岩も相手には届かず、音無は歯噛みした。
 ライトニングサンダーボルトで傷を負い、システィーナのリカバーで回復するという地道な消耗戦に突入していたが、谷風様たちもミネアの衝撃波やレダのサンレーザーで多少の傷を負っている。
 過去の戦いも、これと同じような感じになったのか? と耐えるだけの羽などは舌打ちしている。
「まさか圧されているのか?」
 それは勘違い。システィーナは、ダークの短剣の結界に因るものだと呟くが、それは作戦を立てた冒険者なればこそわかること。
 谷風様たちは冒険者たちからの反撃やリカバーによる回復に、痺れを切らしてきたようだ。
「行くぞ!」
 谷風様たちは、地面に降りてきた。
「手足さえ届けば負けるものか」
 このときのために冒険者たちは耐え忍びながら補助魔法を唱え続けてきたのだ。殆んど万全の魔法支援を受けて飛び出す羽たち。
 ごう‥‥ ぶおん‥‥
 風を切る石剣を際どくかわし、瀬戸の刀が谷風様の体を捉えた。
「効かぬわ」
 傷は浅い。急所を狙ったはずなのに‥‥
 おまけに谷風様の帯電した体から電撃のしっぺ返しが来る。
 更に驚くべきことは、これだけの巨剣を2度、3度と振り下ろしてくること。
 夫婦で連携してくる相手に、受け主体の者たちは、手が足りるはずもない。
 それだけではない。体の周囲の嵐に巻き込まれると前後左右上下からの不意の風に体の動きを乱されてしまう‥‥
「くっ‥‥」
 背後から斬りつけてくる女神の一撃を何とか凌いだが、予想外の集中攻撃に吹き飛ばされた。回避が高めの瀬戸でさえこうなのだ。
「倒れたら後は頼むよ!」
 捨て身の羽が飛び込み様に蹴り! 蹴りっ!!
 それ自体は掠り傷にしかならないが、爆虎掌を討ち込むための囮だ。
 気合一閃、渾身の一撃を放つが、うぐっと軽く息を詰まらせ、表情を歪めさせた程度‥‥
「くらえ!」
「馬鹿なっ‥‥」
「その程度のパワーで俺たちの勇気を打ち砕くことはできない!」
 羽を狙った石剣をランティスは不敵な笑みを浮かべている。
 そこへ襲うミネアの脛シュライク! 流石に、これは効いたようである。

 消耗戦を制したかのように見えた冒険者たちであったが‥‥
「うわっ」
 竜巻で巻き上げられた音無は、何とか着地しながら不意を突かれたことに驚いている。
 疾走の術を使っていなければ多少の傷は負っただろう。
 それは兎も角‥‥
「父と母に助太刀する」
 声に振り向くと背の丈は音無と同じくらいだろうか。体は小さいが、谷風様たちに似ている‥‥
「成る程、谷風が荒れたのは御子様のせいだったのですね」
「いかにも」
「だとすれば、これ以上、戦う必要があるのですか?」
 志乃守が語りかけると、双方、どちらからともなく得物をしまった。

 さて‥‥
 その後のギルドへの手紙により、谷と村との関係は正常なものになったと知った。
 今でも時折、妙な風が吹くそうだが、原因が分かっていればこそ、微笑ましく思っているようである。