●リプレイ本文
●月は出ているか
「油断しないように」
鳥仮面の女イェブは魔物ハンターたちを見渡した。
「任せておけ。これだけ舐めた真似をしてくれたんだ。何としても討つ!」
「そうだね。悔しい思いをしたのは僕だけじゃないさ」
「ようやくあの蛇女に雪辱を果たせるのね。今度こそ息の根を止めてみせる」
直接お宮との因縁のある加藤武政(ea0914)、羽雪嶺(ea2478)、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)の士気は高い。
彼らが襲撃時刻に選んだのは朝。蛇女郎が月魔法を使うのを経験上知っているからだ。
だからこそ少しでも使える魔法が少なくなるように朝を選んだ。月が出ていないのは確認済みだ。
椿屋を戦場に選んだのは、お宮を奇襲して下手な小細工をさせないため。
多少の被害は目をつぶってもらうことで話はついている。
これで仕損じるようなことがあれば魔物ハンターの名折れ。失敗は許されなかった‥‥
事前の偵察でお宮が椿屋を出ていないことは確認済みだ。宿の者たちも外出していない。そして何より昨日の腹下し騒ぎで、今日は客がいなかった。
奇跡的にこちらの動きを感知され、裏の裏でもかかれなければ先手はこちらのものだ。
また、宿の造りなども村長から教わっており、顔の割れていない者は無理しない範囲で事前に間取りを見に行ったりもしている。
「過去にメンバーが2度も取り逃がした相手か‥‥ 強敵だな。だが、まぁ、悪が相手ならやる事は変わらんさ」
「相手は、人の生き血を啜り、歴代の魔物ハンターを苦しめてきた妖女。
過去の因縁はわかりませぬが、紅葉も魔物ハンターとなった身。
その因縁浅からぬ相手とあれば、紅葉にとっても宿敵にございまするゆえ。お宮を討ちまする!」
天津蒼穹(ea6749)と火乃瀬紅葉(ea8917)も、今や魔物ハンターの一員として知られる身‥‥
魔物ハンターの雪辱は彼ら自身の雪辱であった。
「蛇の妖怪さんですか‥‥ 大変ですね」
以前、蛇使いを依頼で逃がしてしまったレヴィン・グリーン(eb0939)は緊張を解すように深呼吸した。
今度は逃がすわけにはいかない依頼だ。
魔物ハンターたちは椿屋を望む場所まで歩を進め、物陰に潜む。
「大丈夫です。人程度の呼吸が6つ。呼吸の大きさからいって起きているのは2人‥‥
動いていますね。仕事をしているのか‥‥ お宮は寝ているようですね」
レヴィンがブレスセンサーで椿屋の内部を探る‥‥
お宮の部屋の位置は頭に叩き込んである。宿の者たちの部屋の位置なども把握しているので大体の見当はついた。
それを宿の簡単な見取り図の上で説明する。
「それじゃ、この2人から無力化するよ。合図は忘れてないね?」
羽の合図に他の仲間も合図で答えた。イェブも安心したように笑みを浮かべると合図で応えた。
魔物ハンター6人はフレイムエリベイションなどの魔法をかけると無言で椿屋に近づいていった。
●音もなく
手信号を使い、殆んど音もなく魔物ハンターたちは椿屋に潜入した。
まずは玄関前を掃こうと男が出てきたところをレヴィンがアイスコフィンのスクロールで氷漬けにする。
音を立てないように、そっと横たわらせた。
アイスコフィン‥‥ 氷の棺の名を冠する魔法である。相当な打撃を加えなければ氷が溶けるまでは破壊されることはない。
このままにしていて戦闘に巻き込まれても犠牲にはならない。
レヴィンがいなければ、ここまでうまく事は運ばなかっただろう。
詠唱の必要がないスクロールを使うことで隠密性は高く、このような任務には、まさに持って来いだった。
『次に行こう』
レヴィンの手信号に従って、一行は宿1階の奥へと押し入る。
ブレスセンサーの効果は半刻もあり、呼吸の大きさから家人たちの居場所や動き、果ては起きているかまで推測可能なため、彼らの無力化は時間の問題だ。
今また、戸を少しずらして歌人を氷漬けにした。続いて台所で飯炊きの準備を始めていた女を‥‥
竈の火を落とし、次の部屋へ‥‥
かくして音もなく魔物ハンターたちは椿屋の家人たちを全て氷の棺に納めることに成功したのであった。
突入準備のための魔法準備が1分近く、アイスコフィンのスクロールを発動させるのにそれぞれ約10秒、部屋から部屋へ移動するのに1人分約30秒、ロスした時間がおそらく数十秒‥‥ 5人の家人を無力化するのに費やした時間はおよそ6分だ‥‥
『オーラセンサーでお宮の気配を感じなくなった‥‥』
決めてあった手信号を送る。普通ならば急げ急げと家人たちを眠らせてお宮の元へ向かい、魔法効果が切れているのもわからずに戦闘に入るところだが魔物ハンターたちは一味違う。アイーダのオーラセンサーがお宮の気配を感じなくなったところで、それぞれにかけたフレイムエリベイションやオーラエリベイション、オーラパワーの効果も消える。そこで、お宮の部屋から遠い部屋に一度集合し、魔法のかけ直しを始めた。
お宮に気づかれる危険があるのは、詠唱が必要な火乃瀬のフレイムエリベイションだけ‥‥
『呼吸に変化はない』
起きれば呼吸の変化でおおよその見当はつく。レヴィンの手信号で、お宮の動向が報告された。
元々小さな女郎宿だ。ここからならお宮の部屋まで1分掛からない‥‥
そこさえクリアすればお宮への奇襲は成功だ。
互いに無言で頷くと、静かに部屋を後にした‥‥
●椿屋決戦
す〜っと扉を開ける。
「ちょいと‥‥ まだ眠いよ。ちゃんと日が昇ったら起こしとくれ」
少しひんやりとした空気が部屋に入って女が寝返りを打った。
ズゴバババッ!!
空気を劈(つんざ)く音と共に女目掛けて稲妻が貫いた。
「うぼぁああ!」
髪の毛を逆立てながら女の身が跳ねる。
「冒険者か!!」
「違うわ! 魔物ハンターよ!!」
お宮の怨嗟の声を妨げるように、梓弓から放たれた矢は一直線にその肩に突き刺さる。お宮は構わずに、それを引き抜いた。
「そう。自己紹介がまだだったな。我らは魔物ハンター! 力無き者達に変わり、刃となりて戦う者だ!!」
天津は、そのまま突っ込んで斬りつける! 身を裂く穂先に、お宮も驚きを隠せずにいるようだ。
「お宮、死ぬがいい。大勢が迷惑している」
淡々と喋る加藤は、京での戦いで神皇家から下賜された太刀「造天国」を容赦なく咄嗟に庇おうとしたお宮の左腕に叩き込んだ。
上手く切り落とせれば印を組む手を奪えたかもしれないが無念。だが、それはそれで仕方ない。
「クク‥‥ 名乗りながら斬り付けてくるとは無礼な奴らだね。武士たちなど、小半刻も名乗りを上げてくれるんで好きなんだが‥‥」
お宮は血を流す腕を押さえながら立ち上がった。
夜着姿が艶かしいが、魔物ハンターたちには凶悪な魔物にしか見えていない。
「どうでもいい。大人しく討たれろ」
「言うようになったじゃないか。何人かは覚えてるよ」
あははと笑うお宮を見て失笑する加藤の隣で羽が微笑む。
「久しぶりだね、お宮さん。逢いたかったよ。長いこと思っていたんだ。奇妙な心境だよ」
「そうかい。それは嬉しいね」
お宮はニヤッと笑うが、一瞬の後、口の端が歪む‥‥
「お宮さん、もう操られるのはゴメンだよ。あれから僕たちが何もしてこなかったと思ったのかな? 今度こそ決着をつけよう」
羽は微笑みながら十二形意拳・虎の構えを取ってみせる。
それならばと火乃瀬を見つめるが‥‥
「申し訳ありませぬ‥‥ 紅葉の憧れと比べ、少々薹(とう)がたっておりまするゆえ」
と、にこやかにあしらわれる始末‥‥ 魅了に失敗したお宮は眉を顰めた。
「えぇい、捻りつぶしてやるわ」
着物の裾から蛇腹が覗き、蛇の形をとって大蛇となっていく。それに伴い、椿屋は崩れ落ちる。
何とか外に飛び出した魔物ハンターたちは無傷とはいかないまでも、何とか無事だ。
建物の倒壊する音が耳を劈き、盛大な埃によって辺りの視界はないに等しい。
「逃がすな!!」
加藤が叫ぶ。
「大丈夫、そこにいます! 気をつけて!!」
レヴィンが指差して叫ぶが、土ぼこりが酷く完全に目視はできない。
「そこよ!!」
オーラセンサーでおおよその位置を掴んでいるアイーダが意を決して放った矢がお宮の胴に突き刺さる。
「ちょこまかと! 見ておれ」
「ぐおっ!!」
加藤がお宮の胴に捉まり、そのまま一気に締め付けられる。
「ちぃ‥‥」
「そうさ。俺たちにやられるのさ。お前はぁ!」
巻きつかれる瞬間、柄の持ち手を返し、刃をお宮の胴へ向けたのである。
加藤自身、体が嫌な嫌な音を立てたのを聞いたし、刀身の背が体に食い込んで皮膚を裂き、左腕の感覚はない‥‥
刃を当てただけだから、お宮へのダメージは大したことないはずだ。しかし、このまま締め上げればお宮とて唯では済まない。
「加藤さん!」
盾を捨てた羽が、お宮の胴に取り付いて加藤を剥がしにかかる。
爆虎掌を討ち込むが、お宮は一瞬苦痛の表情を浮かべるだけで加藤を放さない。
「お前たちぃ!!」
これまでのお宮を火乃瀬は知らない。それでも、目の前の魔物が冷静でいるとは思えない。
このままの調子で攻め続けられれば‥‥
「魔物ハンター・烈火の紅葉、参る! 妖女、討つべし!!」
晴れてきた土煙を割いて見えたお宮の上半身にマグナブローをくらわす。
「このぉ!」
大蛇の胴をズルズルとうねらせたお宮から加藤に肩を貸した羽が離脱し、刹那の静寂が瓦礫と化した椿屋に訪れる。
ジロリと睨むお宮の傷がズブズブと蠢く様に消えていく‥‥
「手を休めてはなりません! 天津さん‥‥ 本当によろしいのですね?」
「あぁ、やってくれ! 一筋縄ではいかない相手だ! 俺だって覚悟はある!!」
レヴィンが印を組んで詠唱に入ったのに合わせて、天津が長槍を腰溜めに突っ込む。
「悪を切り裂く正義の刃! 天津蒼穹いざ参る!! 行雲流水‥‥」
「小賢しい!」
「させませんよ」
胴の一撃で跳ね除けようとするお宮にレヴィンのライトニングサンダーボルトが直撃! そして、それは天津も巻き込んだ。
「私も忘れてもらっては困るわ」
アイーダの矢がお宮の胸に突き刺さる。気を取られた一瞬の隙が胴の一撃を遅らせた。
「震・天・駭・地!! ちぇぁああ!!」
気合で痛みに耐えた天津の髪は乱れ、逆立ち、怒髪天を突く‥‥ そんな形容が的を射ているか‥‥
踏み込み様に助走の勢いと槍の重さを乗せて示現流の必殺の一撃が、お宮の胴を切り裂く。
「いやぁああ!!」
バクリと開いた胴の傷から体液が流れ出すのを見て、お宮が恐怖の表情に歪んだ。
「やるじゃないか‥‥ これくらいで、へばってられないな」
自由の利く右腕で太刀を構える。痛む体に鞭打って加藤がお宮との間合いを詰めた。
その間にも胴を裂いた一撃は塞がるが、全ての傷が消えたわけではない‥‥
「何故‥‥ 何故体が動かないの‥‥」
レヴィンのアグラベイションのスクロールが効いているのだが、それがわかろうはずもない。
必死に防戦し、反撃し、逃げ出そうとしているが、動きを鈍らされたその体では死に体となった石も同然‥‥
これでは圧倒的な武の前に屈服するしかない。
「これにて縁を絶たせてもらう」
加藤の渾身の一撃が‥‥
「僕は、魔物ハンター・闘虎の羽雪嶺だよ。お宮さん、さようなら」
羽の爆虎掌が‥‥
「ようやく終わりね」
アイーダの一矢が‥‥
「止めにごさりまする」
火乃瀬のマグナブローが‥‥
「詰みです」
レヴィンのライトニングサンダーボルトが‥‥
「色々と触りがあるかもしれんが‥‥敢えて言おう。俺が正義だ!!」
天津の必殺の突撃が‥‥
お宮の命を奪った‥‥
その後、騒ぎを聞きつけ駆けつけた村人たちはイェブに一部始終の説明を受け、瓦礫を取り除いて椿屋の家人たちを助け出した。
お宮騒動と呼ばれた事件は、遂に幕を下ろしたのである‥‥