●リプレイ本文
●怒り
「守り神を何じゃと思うとる!!」
イェブの予想通り老人たちの怒りは、かなりのものである。
本来は若い者たちに対する言葉なのだろうが、彼らの手先となった魔物ハンターたちにも当然のようにその矛先は向く。
「しかしよぅ、あれじゃ漁にも出られないし食ってけねぇ!」
若者たちも売り言葉に買い言葉、かなり熱くなって引くに引けなくなっていた。
「どうするんだ、イェブ?」
加藤武政(ea0914)が終わりそうにない論戦に辟易した顔でイェブを見る。
「どうもこうもないよ。この混乱に自分から踏み込んでしまったら交渉にならない。
戦いの駆け引きに似てるって誰かが言ってたね」
そんなもんかねと加藤はイェブの傍らでジッと座って依頼人たちの混乱ぶりを眺めている。
そして、その時が来た。
「それであんたらはどうなんだ?」
詰め寄る依頼人たちを前に、加藤は仮面の下のその裏側でイェブがニヤッと笑ったような気がした。
「討伐することも、退けるだけにすることもできますよ。私たちにどうこう言われて双方の意見が変わるのかしら?」
イェブの正論に双方とも言葉もない。
いざとなれば寄らば斬るの覚悟で来ていた加藤も一言で場を制してしまったイェブの手並みに感心しきり。
「知り合いは、人が世界の主ではないと言っていたよ。
水龍は神じゃない。そもそも龍でもない。あれは蛟。人に害をなす。『魔物』と呼ばれる存在なんだ。
僕からしてみれば海の眷属ではあるけど、その辺を泳いでいる魚と何ら変わらない。
魔物だから、僕たちはそれを倒しに来た。ハンター‥‥ 狩人だからね」
しかも畳み込むようなファラ・ルシェイメア(ea4112)の言葉にグウの音もでない。
「神様に会ったことはないけれども海の神は他にいると思う‥‥ 見えないだけだよ」
流石に宗教観についてはジャパンの者と異国の者とでは大きな隔たりがあるが、これはこれで正論だった。
そして、しかしと反論しようとした老人の言葉を火乃瀬紅葉(ea8917)が遮るように身を乗り出した。
「民に悪さをする蛟を懲らしめまする!
確かに人の身勝手かもしれませぬが、それでも紅葉は民が苦しむ姿を見たくありませぬゆえ」
どことなく可憐な雰囲気に依頼人たちはハッと引き込まれた。
「水神様が荒ぶる神になったのなら、それを鎮めるために立ち向かうこともまた、人に課せられた試練だと紅葉は思いまする‥‥
信仰を大切に思うのなら、ここは人が人としての力を神様にお見せする時ではありませぬか?
大丈夫、必ず紅葉たちが水神様を大人しくして見せまする!」
誠心誠意話す火乃瀬に起こりかけた反論も消え入っていく。
「その前に水龍をちゃんと祭っていたのか? 元は共存できていたというのに‥‥悲しいことだ。
自然を敬う心を忘れればいつの日か、うぬらも自然に淘汰されることになるぞ」
静かだが天津蒼穹(ea6749)の語気は荒い。
「それではこうしよう」
イェブはスッと立ち上がった。自然と全員の注目が集まる。
「我らが水神を倒せたら水神は守り神としての役目を終えていたということさ。
また、退けるだけに終わったのなら今回の件は水神に分があったと信心について考え直し、原因を探る。
水神様に決めてもらおうじゃないか」
これがイェブのやり方かとファラは内心感心していた。
退治できてもできなくても魔物ハンターに落ち度はないし、それさえも水神の思し召し次第とさり気なく依頼人たちに選ばせようとさせている。
そもそも自分たちで結論を出すことができずにイェブに振ってきたのだ。結局、依頼人たちはイェブの申し出を受けることにした。
さて‥‥
「親方の許可があればっていう条件付だけど船乗りたちの協力は取り付けたよ。そっちはどうだった?」
「こちらも上手く収めてきたさ。依頼人たちから邪魔は入らないから安心して戦っておくれ」
作業の手を休めて羽雪嶺(ea2478)がイェブたちの許へ駆け寄ってくる。
「幸い湊は遠浅みたいだから誘き寄せられればマシに戦えると思うけれど、船の上で戦うことになるのは拭えないようね。
供物を供える習慣もないみたいだし、そういうのを囮にする作戦は無理そうね」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)が苦笑いした。
それは兎も角、依頼人たちの全面的な協力が得られることになったお陰で棚上げされていた細かい交渉も一気に解決した雰囲気だ。
魔物ハンターたちが、ここに来るまでに考えてきた作戦は1つではない。
船主たちに迷惑をかけてしまうからと最後の策として考えていた直球勝負をかける以外なさそうであった。
「船主の地回りが、どうせこのままじゃ宝の持ち腐れってね。何艘か借りられることになってる。
他の船主も借りは作れないと挙(こぞ)って協力を申し入れてくれてね。思ったように作戦を立ててくれて構わない。ただし‥‥」
イェブは魔物ハンターたちの顔をゆっくりと見渡した。
「勝つこと。これだけは最低条件だよ。わかってるね?」
当然と魔物ハンターたちが返してくるのを見て、イェブは静かに一度だけ頷いた。
●出陣
魔物ハンターたちを乗せた船団が湊を出て暫時‥‥
船乗りたちの潮目がおかしいという声に一団は緊張を強めた。
囮を船団から切り離し、無人で先行させると波を分けながら青い鱗の大蛇が姿を現す。
「水神様じゃ‥‥」
「紅葉たちがついておりまする。安心して打ち合わせ通りにお願いいたします」
火乃瀬の言葉に船乗りたちの意気が上がる。
「アイーダの指摘通り、流石に無理があるね」
フライングブルームで囮の船から飛び立って上空から魔法攻撃を加えようとしていたファラがバランスを崩しかけて体勢を立て直す。
仲間たちが待っている決戦の地に誘き寄せるまでに幾らかでも傷を負わせておきたかったが、無理は禁物だ。
おそらく使ってくるだろうと魔法の射程を警戒しながらファラは箒を操る。
そしてついに囮の1艘が蛟に絡め取られるように巻きつかれていく。
「静まれ荒ぶる神よ、これが人の力にございます!」
その時、船から炎が吹き上がった。火乃瀬があらかじめ仕掛けておいたファイヤートラップだ。
「今のうちに狙えるだけ狙わせてもらうわ」
目を狙ったアイーダの矢が何かに阻まれるように逸れた。
「また? 精霊龍って厄介ね!」
次の矢を構える。
突然のことに暴れる蛟に船は木の葉のように揺れ、揉まれた海水で引火した火が一瞬で消えた。
「今のうちだ! 船を寄せてくれ!!」
天津が船頭たちに檄を飛ばし、揺れ動く海面を蛟めがけて突き進む。
「これなら!」
アイーダが願いを込めて放った矢は蛟の胴に突き刺さった。
さぁ、湊といっても小船が停泊する程度のもの。全長10mはあろうかという大蛇が完全に水中に逃れるほどの深さはない。
戦場をここに設定したのも、それを見越してのことだった。
それでも不安定な足場で、しかも移動力を殺して戦わなくてはならず、魔物ハンターたちの不利が多少拭えた程度に過ぎない。
魔力を込めたライトニングサンダーボルトで蛟を撃つが、その傷すらも矢傷や火傷と共に一瞬で消えてしまう。
「戦況は不利だね。どうする‥‥」
ファラの眉が僅かに歪む。
「魔物狩り、両手利き(ダブルハンド)・加藤武政! 行かせてもらう!!」
イェブに手伝ってもらって考えた口上を叫びながら両手で構えた造天国の太刀で辛うじて一撃を浴びせる。
だがやはり、足場がグラグラするのは戦いにくいし、波に揉まれて間合いが取れない。
「船頭! もっと寄せてくれ!!」
しっかと踏ん張って攻撃の機会を待つが、なかなかそうもいかず気ばかりが焦る。
船ごと捻り潰すように蛟の牙が羽に迫った。
「よくよく龍との対決に縁があるよ、僕は! だが、負けやしない! くらえ、爆虎掌ぉ!!」
小船の前半分を持ってくように噛み砕く蛟に腕を裂かれながらも、残る片手で鼻面を一撃。
うねる蛟に船はそのまま沈んでしまう。
「折角、船に足場まで作ったってのに、これか!」
「焦ったら負けだよ。相手が倒れるまで叩き続ける。それしかないいんだから」
フライングブルームで海に投げ出された羽と船頭を救い上げたファラは、羽を天津の船に降ろすと自分の船に舞い降りた。
湊の入り口付近には何艘かの船が出て、浮きと重石を付けた網を海中に沈めているのがチラッと見えた。
果たして効果があるのかわからないが、やらないよりはマシという理由で船乗りたちも危険を冒してくれている。
陸を船を担いで移動し、港の外から駆けつけてくれているあたり彼らの逼迫した願いが見て取れた。
それだけ魔物ハンターたちの働きに期待しているのだ。
「なんとぉ!」
船頭は兎も角、羽や天津も蛟の放つ吹雪を防ぎきれない。羽が慌てて盾を構えるが後の祭りだ。
「ファラ、吊り上げてくれ! 奴に取り付く!!」
「了解」
吊り上げられた羽は、蛟の真上で手を放した。
「援護します」
アイーダの矢が容赦なく蛟の体に突き刺さる。
「龍神よ! なぜ荒ぶられる? 訳を聞かせ給え!」
殴っておいて、それはないだろうという感じだが天津の想いは1つ。
奇麗事にしか過ぎないかもしれないが、彼が護たいものは『生きとし生けるもの全て』なのだ‥‥
できれば戦いたくないという想いは心のどこかにある。
しかし、この大蛇を討たなければ‥‥
「うぉおお!!」
更なる吹雪を羽は盾をかざして防いだ。
「攻撃が散漫なお陰で何とかなってるが、いつまでも保たんぞ!」
牙を太刀で受け止めた加藤が反撃に転じるが戦場が戦場である。そううまくはいかない。
「今です!」
「わかってる!!」
ファラが網を落としてうまく蛟の首にかけたのと同時に天津が手を放して飛び降りた。
「行雲流水‥‥ 一刀両断!!」
いつものチャージングはできない。その代わり十分に日本刀の重みを載せた斬撃を振り下ろす。
蛟もそれをかわそうとするが網が絡んで一瞬動きが鈍った。
「お前さんに恨みは無いが‥‥ すまん!!」
網ごとザックリと蛟の身を切り裂く。
身をよじって網を破ると、蛟は一目散に海に消えていった。
「逃がしてしまいましたか‥‥」
ファラが静かに息を吐いた。彼1人なら少しの追跡は可能だろうが、おそらく止めはさせまい。
「これまでの行いについては人間たちも十分反省している。いま少し見守ってくれ」
「水龍は最近になって暴れたんだよね?
昔と今どこか違うのか老人達と話して海を綺麗にした方がいい。同じ事をすればいずれまた。水神の怒りに触れるだろう」
天津と羽の呟きに若い船頭は考えさせられたのか押し黙ったままだ。
「何を信じるのかは人それぞれですが考えさせられまする」
「そうね」
火乃瀬とアイーダは蛟の姿を見送る。
「さて、イェブと釣りでもして帰るとするか」
加藤の軽口に笑いが起こった。
今のところ、この湊に蛟が帰ってきたという噂は聞かない。