《那須動乱・蒼天十矢隊》那須蒼天記
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■シリーズシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 17 C
参加人数:11人
サポート参加人数:8人
冒険期間:07月19日〜07月29日
リプレイ公開日:2005年07月28日
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●オープニング
江戸百鬼夜行から時間も経ち、京都での黄泉人の騒動もあって関東は比較的に平穏な雰囲気が漂っている。
阿紫の真の目的であった九尾の狐復活の舞台となった下野国那須藩でも八溝山の悪鬼を討ち、逃がしたとはいえ九尾の狐との一合戦の後、那須軍が総力を挙げるような乱は起きていない。那須藩初代当主からの同盟者である隠れ里のエルフたちを味方として自国の安定を図った那須藩主・喜連川那須守与一公の手腕、いや人柄に因るところが大きいだろう。ヒト社会に敵対心を持たない一部の妖をも庇護下に置く修験者一党・那須の天狗たちとの衝突を防いだことも、その1つと言える。
そして、冒険者集団でありながら那須藩士を名乗ることを許され、那須の正規軍遊撃部隊に名を連ねる蒼天十矢隊の活躍も忘れてはならない。
その蒼天十矢隊の馬頭巡察で物議を醸したのが彼らが遭遇した男の存在である。
妖だ忍者だと様々な意見が上がっているが、何しろ遭遇した際の情報が少なく、忍者ではなかろうかという意見が有力といった程度にしか特定できてはいない。
その後の調べで判明したのは、男が毒を飲んでいたことと舌を噛み切っていたことである。それが、その男が忍者であることを示しているかのように思えるが、つまりのところ決め手に欠ける。
鷲尾副長の言葉ではないが、あまりにも時期を狙いすましているのが気になるという意見も那須重臣たちから挙がっていた。この件に関しては、いかにも情報が足りないということで保留事項になっている。
さて‥‥
七瀬計画の本格発動に伴い日陰の存在となった武具の生産や軍馬の増産であったが、藩の政としては鋭意継続中である。
それ自体は日常的に行われてきたことなので、売買目的という縛りがなければ装備の充実は順調に進行中と言えよう。
七瀬計画は初期投資と差し引きして、いいとこトントン。武具生産は黒字、軍馬増産は赤字といったところ。
なお、軍馬増産は那須兵の代名詞でもある騎馬弓兵の補充のためにも軍馬増産の赤字は数年覚悟しなければならないという補足が付いている。
これが那須藩勘定方の現状報告だ。
ここでそれぞれの懸案について補足しておこう。
銀の鏃の矢の一部は朝廷への献上品として京に送られたという。
元々那須の矢は正倉院に収められるほどの物であったし、黄泉人たちの起こした動乱に合わせて需要の高い物であったため、概ね好評であるようだ。
軍馬売買に関しては、やはり採算が採れないという判断がなされている。
まず、供給が追いつかないというのが1点。
これでは商売として成り立たないというのが御意見番として評定に呼ばれた御用商人たちの意見であった。
次に他藩から馬を預かって軍馬に育てて金を得るという案もあったが、これは軍備の中核を他藩任せにする所がないために宙吊りとなっている。視点を変えて子馬を購入して育て、売れるものならば売れば良いという意見が主流になりつつあるが、こちらは薬草園以上に予算が掛かると言うことで、これまでの藩としての軍馬育成を旨としつつ懸案事項となっている。
とはいえ那須軍が着実に力を回復しつつあるのは確か。関八州の北の押さえとしての実力を取り戻しつつある。
そして藩を挙げての事業となった七瀬計画は、ガンガン作るですよ〜という責任者・七瀬水穂の思惑に反して地道〜に成果を挙げている。
やはり、エルフや修験者たちに協力を求めたのは正解だったと言えるだろう。
彼らの協力で地道に株数も増えているし、神田城周辺では薬草畑の開墾が着々と進んでいた。
少々問題があるとしたら薬師の質と数であろうか‥‥
規模が大きくなるにつれて、現行の薬師の負担が増えていることが問題になっている。
薬師の育成は応急手当術の浸透のように一朝一夕にはできなく、無いもの強請(ねだ)りはできない。
ともあれ、順調なのはいいことである。
※ ※ ※
さて‥‥
蒼天十矢隊最大の関心事であろう馬頭の『要石』のその後‥‥
未だ発見には至っておらず密偵の一部が捜索中であるが、那須軍が演習を装って駐留しており警備にも万全を期している。
当面は状況が動くのを待つしかないようだ‥‥
那須藩の中央都市・神田。政の中枢である神田城の一室では2人の男が話をしている。
「馬頭の要石の事実を突き止めたのは十矢隊。彼らなりの視点であれば新しい発見もあるやも知れぬ。どう思う、朝政」
「成る程、彼らであればあるいは。とは言え、彼らの功績は膨大な物でありますな。尤も公表できぬものが多々ありますが‥‥」
「本当に彼らには世話になった。この半年の那須の平穏も彼らの協力があってこそ」
「那須家臣団も頑張っておりまする。殿があの者たちのことを好いているのはわかっておりますが」
「わかっているよ。那須藩士だけではない。民たちの支えもあってこそだ」
苦笑いする那須藩重臣・小山朝政殿に与一公は優しい笑みを浮かべた。
「それでは馬頭の件はその旨、那須支局に使者を送ります」
小山殿は一礼すると退出した。
●リプレイ本文
●江戸での調査
「兄貴、これ差し入れの愛妻弁当ね。皆の分もあるから」
「有難い。皆さん、休憩にしませんか」
欠伸をしながら風御凪(ea3546)は弁当の包みを解いた。
「グーで殴ったぁ‥‥」
「からかうからです。それにこの隙間は‥‥つまみ食いですね。全く」
「ま、いいじゃないの。さて、飯にしよう」
微笑ましい兄妹の光景に笑いながら鷲尾天斗(ea2445)たちは作業を中断した。
友人らに手助けしてもらったはいいが、彼らの調査は結果として空振りに終わっている。
ぶちまけられた茶を拭きながら鷲尾は、ちょっぴり溜め息をつく。
那須の『馬頭』という地の括りでの調査は完全に失敗だった。
既に以前に那須で入手した情報の方が圧倒的に質は良い。
去年の妖狐襲来の折に被害にあった寺社に関する『要石』という括りでの調査も同様。
役に立ちそうなのは、要石というのは言葉通り石を差すとは限らないということくらいか‥‥
『要石といえば大鯰の頭を押さえる岩の伝説などが有名だが、要石と廃石というような囲碁の言葉を表しているのならば局面を表しているのだから岩である必要はない』というのが、ある住職の言葉。
兎も角、鷲尾と風御は食休みをして那須へ向かうことにした。
●要石
「天狗が密かに鬼を‥‥ 目に見えぬものにも日頃から感謝の気持ちを、という事でしょうか。
歴史に名は残さねど、人知れず影ながら平和を守る‥‥ 自分もそうありたいものでございます」
『陣中見舞いと遺跡調査』を名目に白羽与一(ea4536)率いる蒼天十矢隊は馬頭入りを果たした。
「愛想の悪い兵隊さんたちなのです〜」
七瀬水穂(ea3744)がブゥと頬を膨らませている。
カイたちと酒を差し入れたのだが、何となく雰囲気がピリピリしていたのが気になる。
「馬頭の迷宮か‥‥ 虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが‥‥、虎子が要らない場合は如何すれば良いんだろうな‥‥」
夜十字信人(ea3094)は要石を見つけてしまった後のことを思っていた。
「ま、要石って言うくらいだから普通に考えれば石だと思うんだけど、違う可能性も出てきた訳だ。
馬頭の迷宮を封印していた神社は破壊されたとか言ってたよな‥‥
封印と要石が同じなら、やっぱどっかの神社そのものが要石なのかね?
それとも封印自体はもっと小さい物で移動させることもできるとか‥‥」
龍深城我斬(ea0031)は鷲尾の調査結果から思案にふける。
「何が要石を示すのかわからないのが厄介か‥‥」
鷲尾は苦笑いした。
「馬頭寺と遺跡、大きく2手に別れて調べた方が良さそうやねぇ」
西園寺更紗(ea4734)は暑気払いにと住職が出してくれた胡瓜を齧っている。
「馬頭寺は住職の護衛も兼ねた方がいいでしょうね」
「そうじゃな。早く要石を見つけ、守らねばな」
那須軍による周辺の警備状況を確認してきた限間灯一(ea1488)と馬場奈津(ea3899)も汗を拭いながら席に着く。
「馬頭を封じたという遺跡では要石が見つかっておらぬ上に護法の社は神君の導きで移転。
もしかして、この地下に馬頭を封じた遺跡があったりしてのぅ」
「そんな馬鹿な。私たちが守ってきた伝承が嘘などと‥‥ ご先祖様に騙されていたというのですか?」
馬場は住職のセリフが微妙に震えたのを聞き逃してはいなかった。
「これは申し訳ない。ところで、この寺の本尊は、この馬頭観音像なのかのう?」
「そうですよ」
馬場のねめつけるような視線に住職の目が泳ぐ。
「要石みたいなものは通常、封印の地を移動させる事は可能なのですかね?」
「どうなのでしょう? 私は詳しくないですので」
刀根要(ea2473)の問いに住職の額に汗が浮かんだ。
「何にしても馬頭寺を中心として警備を万全にしてもらえるよう頼まねばならんのう。伝承を知る者を狙う者がおらぬとも限らぬのじゃ」
「わかりました。それは私から那須軍に掛け合ってまいりましょう」
白羽は馬場の意図にそれとなく気づいたようである。
「住職、何ぞ思い当たる詩なり祝詞みたいなもん、あらしまへんの?」
首を振る住職に成る程と頷いて、西園寺は風の入ってくる戸口近くに腰を落ち着けた。
「個だけでなく全も見とかんと、落とし穴にはまるやもしれへんなぁ」
西園寺が、ふと漏らす。
「兎に角、もう1度調べなおしてみよう。調査しきれてないことも考えられる。
要石を見つけないと安心できないからね」
カイ・ローン(ea3054)に同意の声が上がり、蒼天十矢隊は馬頭調査を開始するのであった。
●神田城文庫
馬頭で仲間と落ち合う鷲尾と別れた風御は、神田城の資料室に篭って文献調査を続けていた。
「皆が帰ってくるまでに全部読み切る勢いで調べないと。さぁ! もう一息頑張るぞ!」
風御は寝る間も惜しんで精力的に調査を続けている。
明らかに江戸での調査とは情報の質が違っており、結界や要石に関する記述こそなかったが、馬頭の地に悪鬼が眠るという口伝はあるらしい。
気になったのは『空駆ける狼、馬頭の地で悪行の限りを尽くす』という件(くだり)だ。
以前の調査で馬頭寺住職に聞いた話とは食い違っているのが気になる。
その時だった‥‥
どやどやと足音がして部屋の前で止まると、間髪入れずに戸が開いた。
男たちは既に得物を抜いており、思わず護身用の十手に手をかけた。
「風御凪、神妙に縛につけ。手向かえば容赦はしない!」
「どういうことですか? 一体何なんですか」
一方的な言いように風御は反論した。
「蒼天十矢隊には謀反の疑いがかかっている。隊士は全員捕縛して取調べを行う」
「そんな‥‥」
「言い訳は後で聞く」
愕然とする風御の十手を取り上げて腕を掴むと、そのまま連行された。
●蒼天十矢隊謀反
その日、那須藩の中枢である神田城は喧騒に包まれていた。
「他の那須藩士の方々は、蒼天十矢隊がどれ程真剣に考えているのか知らないんだ‥‥
七瀬計画にしても、お膳立てしたのは彼らで藩は美味しいところを持っていっただけじゃないか」
那須医療局の藩医が憮然と呟く。
「人手が足りないなら江戸から薬師を招いてみてはどうかと名簿までもらったのに」
彼自身、最近の那須藩士たちに蒼天十矢隊への不満が募りつつあることは知っていた。
表面上、那須藩士たちと蒼天十矢隊の関係は良好であった。
重要な作戦を任され、達成してきた彼らの功績を疑う者はいない。それほどに功績は大きかった。
平時の英雄は疎まれる。それは古今東西、歴史を紐解けば枚挙に暇がない‥‥
それが藩医の目前で起きていた。
「時間がないな‥‥ 間に合えばいいが‥‥」
藩医は急ぎ、その場を離れた。
「嬢、雰囲気がおかしくはないか?」
「信人はんも、そう思います?」
控え室にいた夜十字と西園寺がピリピリした雰囲気でキョロキョロしている。
ババンと戸が開かれる。
「何の騒ぎだ!?」
龍深城は咄嗟に小太刀を抜いた。
開いた戸の向こうには数名の藩士。庭には軽装の足軽がズラリと並んでいる。
「青き守護者の名にかけて、このような仕打ちを受ける覚えはない。何事だ!」
立ち上がろうとしたカイの喉許に小山殿の太刀が軽く触れた。
「手向かえば討ち取る」
小山朝政殿の視線は鋭い。
「小山殿、本気なのか? 不肖剣客、夜十字信人。5人や10人は黄泉の道連れにするが」
「冗談でこのようなことはせぬ」
夜十字の突き刺すような視線にも小山殿は動じる様子はない。
「そうか‥‥」
夜十字は抜きかけた小柄と銀の短剣を収めた。
「どうしたのでございますか?」
白羽が、毅然とした態度で小山殿の目を見据えた。
「蒼天十矢隊に謀反の疑いがある。同行願おう」
静かだが有無を言わせぬ小山殿の言葉に蒼天十矢隊の思考が停止した。
「どうしてこんなことになるのじゃ‥‥」
「抜け抜けと‥‥」
愕然とする馬場を若い那須藩士が小突く。
「止さぬか。彼らの罪状は取り調べで明らかになる」
小山殿の声に十矢隊隊士が我に返ったのは周囲を藩士たちに囲まれた後だった。
那須藩家臣筆頭である小山朝政が不平藩士たちを引き連れて、このような暴挙に及んだことに藩主与一公は心乱されていた。
最近、若い藩士たちを中心とした蒼天十矢隊に対する不満や悪評は与一公も承知していたが、これほどの事態だとは思っていなかった。
『十矢隊は藩政に食い込み、牛耳ろうとしている』
『十矢隊が藩金を横領していると聞いた』
『八溝山決戦の折、十矢隊は略奪を働いたという』
『十矢隊は藩主与一公を傀儡として藩を牛耳り、あまつさえ下克上を企んでいるに違いない』
『九尾の狐と裏でつながり、復活に力を貸したのは十矢隊だ。主要な隊士全員が生還したのが証拠』
ちなみに、これらは噂の一部でしかない。
●十矢隊屯所制圧
那須医療局からの手紙が送られてきたのが、蒼天十矢隊の身柄が確保された丁度その頃‥‥
「2通入ってる‥‥」
1通は『冒険者ギルド那須支局の講堂で恒例の講演を行うため、人手を借りたい』という申し入れ。
そして、もう1通は‥‥
「蒼天十矢隊に謀反の疑いがかけられている!?」
十矢隊足軽頭目の末蔵の顔面が蒼白になった。
「近頃変な噂が流れてると思ってたけど‥‥」
足軽たちが一様に動揺する中、末蔵は手紙の指示通りに片方を燃やす。
「幸彦、お前たちは逃げろ」
「やだ! ボクだって蒼天十矢隊の一員だよ」
「だまれ!!」
末蔵の一喝に幸彦はビクッと身を固くする。
「取調べでも行われれば、お前が女だということはすぐに明らかになる。
今回のことは何か変だし、心配なんだ。お前は暫くどこかへ身を隠していろ!!」
「でも‥‥」
「そうだよ。蒼天十矢隊が謀反なんて嘘なんだから。だからさ、疑いが晴れるまで君だけでも」
「馬っ鹿野郎、誰が『八瀬雪子』を守るんだ! 草太、お前も行くんだ!!」
末蔵の怒声が草太を叩きつける。
「さすがに何人も抜けたらまずいけどよ。所帯を持って隊を抜けた奴が1人や2人いたって疑われないべ」
「そ。それにこいつを任せる奴も必要だべ」
「藩からの禄の分はキチッと別にしてある。何だかんだ言わせやしねぇ」
田吾作たちが不敵な笑みを浮かべて荷物を纏めている。屯所用にと隊士が置いていった運用金や馬などだ。
「事実無根ということになれば何食わぬ顔で帰ってくればいいだけの話」
「本当に暫く身を隠してろよ。心配させんな」
「もしかしたら、こちらは解き放ちになっても暫くは自由に動けないだろうからな。何かあったら頼むぜ」
他の足軽たちも草太と雪子に視線を送る。
「急げって」
草太と雪子は、後ろ髪引かれる思いで屯所を後にした。
直後、藩士率いる部隊が十矢隊屯所に踏み込み、その場にいた蒼天十矢隊の足軽たちは一網打尽にされた。
●蒼天十矢隊解散
一通り藩士たちの意見を聞いた与一公と彼らの首班である小山殿が奥の部屋に消えて数刻。
夜を徹しての騒動は、与一公の口から直接事態の収拾に関する方法を伝えることで、ようやく鎮火の様相を見せた。
『彼らに謀反の意図はなしと判明したが、今回の騒動の責任を問い、那須軍の正式編成から遊撃部隊・蒼天十矢隊の名を抹消』
この命によって蒼天十矢隊は解散を命じられ、屯所も没収された。
噂を漏れ聞いて十矢隊屯所に駆けつけた民たちが十矢隊解散の報が真実であったのだと不安そうな顔で、その様子を眺めている。
「どうなってしまうのかのぅ‥‥」
那須に大きな波紋がたったのは間違いなかった‥‥
さて‥‥
一連の処置が終了して蒼天十矢隊は解き放ちになった。
何故こうなったのかわかる者は、この中にはいない。
うなだれて江戸への帰路に着く彼らの前を1人の男が遮った。
「このような結果になって申し訳ない」
長い沈黙の後、ただ一言そう言った。
再び長い沈黙が訪れる‥‥
「馬頭調査の報告が、まだで御座いましたね」
白羽は男の前に進み出ると深々と礼をした。間を合わせるように他の隊士たちも深々と礼をした。
「川を堰き止めたり、汚さないようにと口伝が伝わっており、エルフの長老の言葉通り馬頭の土地そのものが結界の役目を果たしている可能性は高うございます。警備のための那須軍の駐留によって寺社や土地が汚されることのないようお気をつけくださいませ」
「白狼神君の悪い噂について一言。今回の十矢隊の件を考えると悪意を持って流された可能性があります。お気をつけください」
白羽の報告を風御が補足する。
「それにじゃ‥‥ 確証は得ておらぬが、要石の正体はおそらく馬頭寺の本尊・馬頭観音像じゃろう。
住職が秘密にしたがっておるようじゃったから、その辺りにも気にかけておいてほしいのじゃ」
「もしかしたら要石というのは血脈とも考えられますし、馬頭寺の住職に護衛をつけるのが肝要だと思います」
「しかと」
馬場とカイの言葉に、男は一言だけ答えた。
「九尾には借りがあるからな。那須藩遊撃隊・蒼天十矢隊として動けないなら勝手にさせてもらうかもしれない」
夜十字はクレイモアを抜いて歯噛みする。
「私も力は尽くします。それで許してくれ」
男の言葉に、夜十字はクレイモアを収めた。呻き声の混じった吐息に血が滲む。
「与一公、自分たちは公のお気持ちを知ることができただけで十分で御座います。
此度の件は不幸な行き違いがあっただけのこと。
これからも可能な限り助力いたしますゆえ、何かあれば御声をかけてくださいませ。
殿との誼がなくなったとは考えておりませぬゆえ」
白羽の言葉に蒼天十矢隊が一斉に頷く。
「蒼天十矢隊の力を借りなければならないときは‥‥
いや、そうならぬよう‥‥しっかりと治めなければならないのですね‥‥」
男の口の端に血が滲んでいるのを、その場の全員が見てしまった。
さてさて‥‥
風の噂によると那須医療局を中心として『那須薬学教本』の初級編の編纂が開始されたという。
1000年冬を目処に初級編を完成させる意気込みらしいが、中心人物が抜けてしまったとの言われており、完成は遅れる気配が濃厚なのだという‥‥