●リプレイ本文
●祭祀
神社の祭祀殿に祝詞の奏上が響き、狩衣衣装の出で立ちの与一公が弓矢の一具を奉納すると、巫女舞を終えた。
一段下がって上座に那須藩士団、そしてその末席には蒼の羽織を纏った蒼天十矢隊の姿も見え、対の上座にはエルフ族の一団が居住まいを正している。
「緊張しましたね‥‥」
刀根要(ea2473)の顔は心持ち青く感じる。
「あぁ、一区切りついたとはいえ、頭を潰したのみで小物は逃げおおせた者も多い。今しばらく、鬼の害が続くかもしれんなぁ」
馬場奈津(ea3899)が刀根へ視線だけを向けた。
「与一公直々の招待、粗相の無いようにこなせただけで一安心やわ」
西園寺更紗(ea4734)は、ホッと一息ついた。
「田吾作、茂助、地元なんだから温泉とか案内してくれな」
祭祀が終わるなり抜け出した龍深城我斬(ea0031)は、部下の2人と境内で落ち合った。
2人は渡された袋を覗き込んで目を丸くしている。
「折角の祭だろ? 小遣いだ」
「多い‥‥けど、遠慮は」
「無用だってことだべ」
「そうそう」
田吾作と茂助の肩に手を回した龍深城がニッコリ笑った。
「流石、那須藩‥‥」
急遽設置したとはいえ厩舎や馬廻りに抜かりがあるわけもなく、刀根はしきりに感心していた。
「それじゃ末蔵、行こうか」
「はい」
2騎が駆け出すと舞い上がった雪に光が反射する。
「上手くなったじゃないですか」
「先生がいいんですよ」
刀根が仕込んだ男である。まだ、素人くさい部分が残っているが、もう少し仕込めば馬廻りとしても十分に役に立つであろう。
馬の背が跳ねて、末蔵が体勢を崩した。
「乗り手が慌てたり不安に思えば馬に伝わります」
「はい」
2騎は雪を踏み分けていった。
茶臼岳の麓に湧く霊験あらたかな湯泉を祭るために社を建立し、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこのみこと)を祭神としてお迎えしたのが温泉神社、那須湯泉大明神の起源と聞く。境内に温泉が引かれていることもあり、毎年湯分けの行われる温泉祭りには参詣者が絶えない。
「分け湯が楽しみ♪」
「いや、湯殿に浸かって構わないですよ」
橘雪菜(ea4083)がうっとりしていると肩を叩く者がいる。
「本当ですかぁ♪ あ‥‥」
誰が話しかけているのか気づいた橘は赤面した。
「あの‥‥ 聞いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
橘は赤らめた顔を上げた。
「この度の鬼の騒動は、岩嶽丸さんに対する恐怖によるものだったのかもしれません。
彼らを許すと言うわけではありませんが、私は完全に『悪』とするのはよくないと考えてます。
話をする方法がないわけでもありませんし、和解というのは変かも知れませんが、そういう方向で話が進むと良いと考えます。
殲滅よりも時間がかかり、難しいかも知れませんが‥‥」
橘は与一公が笑みの中に寂しさを浮かべているのを見て、心苦しくなりつつも言葉を続けた。
「エルフさんたちとの方は上手くいきましたし、不可能と言う訳ではないので、考えていただきたいのです」
「鬼との共存は那須では難しきこと‥‥ 今は鬼に対する那須の民の気持ちを抑えつけることはできません」
しっかと見据える与一公に橘はそれ以上言うことはできなかった。
「与一公、どうなされたのじゃ?」
弓と十一矢を奉納してきた馬場が、カイ・ローン(ea3054)と一緒に近づいてくる。
「どうも息苦しいのは苦手で少し逃げ出してきました」
ハハと笑う彼は十矢隊の知る、いつもの与一公だ。
「与一公、この神社はどんな縁起を持つのじゃろうか」
馬場が温泉神社の社殿を見渡す。
「縁起ははっきりしないのですよ。神主の口伝が途絶えたとかで。そこらで聞けるくらいにしか私も知りません。
近頃は山を覆っていた毒の霧も晴れてきたと聞きますしね。良い兆しだと、皆、喜んでいるのです」
「それは良かったのう。神弓と矢を一矢も使わずに勝利を得られたのは僥倖じゃ。
此度の騒乱は、ただただ神弓の矢を消耗させる為だけに引き起こされたようにも思えるでの。
ほれ、あの妖孤・阿紫について書かれてあったと思しき古文書じゃ。阿紫の封印にも神弓は関係があった様じゃからな」
「あれですか。まぁ、阿紫は討たれ、八溝山の鬼たちには目処がついたのです。当面は安心でしょう」
「それはそうと、神弓はどうなるのじゃ」
「長老に返しました」
「そうか。岩嶽丸を起こし騒乱を図った者の正体も、鬼どもがしゃんとした武具を所持しえた理由も判っとらん。
一区切りであって、終わった訳ではなかろ。『勝って兜の緒を締めよ』じゃよ」
「えぇ。八溝山の対処についても考えなければなりませんし、難題は山積していますからね」
与一公が頷く。
「あの鬼が岩嶽丸だったのか探索できるようになったら確認したほうが良いと思う」
「そうですね。考慮しておきます」
カイが言上を続ける。
「もう1つ提案があるんだ。
せっかく作った医療体制を放置するのはもったいないし、騒乱が収まったといっても医師らはまだまだ必要だろう。
藩の薬師や医師を講師に、人を育ててはどうだろう?」
「それも考慮しておきましょう」
‥‥と、そこに白羽与一(ea4536)の姿。配下の足軽たちは小遣いを貰うと嬉しそうに散っていった。
「与一公、温泉祭りにお招き頂き、誠にありがとうございます。
思えば那須に来てもゆるりと観光を楽しむ機会がありませんでした。今はこの一時を皆様と存分に楽しみたいと思います」
与一公に挨拶をする白羽の隣を着飾った娘が歩いていく。
「自分も少しは年頃の娘らしく、お洒落でもしてくれば良かったでしょうか‥‥」
「白羽殿は綺麗ですよ」
他意はないのだろうが、不意の言葉に白羽の白い肌が耳まで真っ赤に染まる。
「あ、有難う‥‥ございまする」
「さ、皆さんも宴会に行くのでしょう? 行きましょう」
与一公に背を押されて白羽たちは宴会場へと向かった。
「幸彦、俺たちも入ろうよ」
「でも‥‥」
微妙に拒否の意思を示しているのに気づかない草太は、幸彦の手をとって引っ張っていく。
それを楽しそうに風御凪(ea3546)が見つめている。
「ほら、局長。行くですよ〜」
七瀬水穂(ea3744)に耳を引っ張られながら風御は宴会場へと引き摺られていく。
次の瞬間、パンッッッ‥‥と痛そうな音が響いた。
「草太〜、幸彦〜、宴会が始まりますよ〜!!」
頬を膨らませた幸彦の後を草太が慌てて追ってくるのを見て、風御はほくそ笑んだ。
●秘境温泉
「温泉はいいねえ‥‥ こういう所で呑む酒も、また乙なものよ」
御神籤や見世物やなど散々楽しみ、気持ちよ〜く散財した後、地元人しか行かないような険しい場所へ龍深城と田吾作と茂助の3人は訪れていた。温泉神社の出店で酒と肴をしこたま買い込んでである。
さてさて、徳利ごと湯に浮かべてキューッと。
「ガーさんって‥‥、何かこの呼び方って照れますね」
「アハハ」
吐く息は白く、夕焼けを臨む展望は趣があって結構雰囲気を醸し出している。
「これどうするんです?」
鬼の的当てという遊びができる出店で取った素焼きの人形だ。
「俺なんかこれだ」
龍深城が指差す先には大きな鬼の人形が‥‥
「那須の人たちが楽しそうに割ってるの見てさ、複雑な気持ちになったよ。何なんだろうな‥‥」
「ガーさんらしくないべ」
「確かに‥‥ 酒のせいだな」
龍深城たちは何を話すでもなく夕陽を眺めた。
●何故‥‥
「さてと、どんな店があるのかな?」
祭祀が終わるなり別行動を開始した夜十字信人(ea3094)は湯をかぶってチョロッと浸かると、境内を出て出店の立ち並ぶ一画へ繰り出していた。
「あら、綺麗な顔してるじゃない」
「へ? 何か用か、娘さん方」
明らかにゴツイ体躯、顎のジョリ髭、やたらバチバチする目元。明らかに娘さんではない方々だ。
「な、何をする!? 止めろ、離せ!!」
獲物を探してハッとする。こんなこともあろうかと持ち歩いていたはずの木刀は、さっきの浴場に忘れてきたみたいだ。
ヒョイと物陰に連れ込まれる。
「よ、酔っ払いだ!? 絡み酒だ!? ギャ〜ス!!」
騒ぐ声は祭りの喧騒にかき消されてしまう。
「那須って怖いとこだったんだぁぁぁぁ‥‥」
違う、違う‥‥ ここだけだって。
え、聞こえてるなら助けろって? 無理無理。
さて暫くして‥‥
「ふぇぇ‥‥」
女物の服を着せられユラリと現れると、泣き崩れながらハタリと座り込む男の姿があった。
●大宴会
「さぁ! この度の戦によってできたエルフとの交流、このまま途絶えさせず那須の地に根付かせましょう。
エルフと人、互いに戦うことが出来たんだ。だったらこれからも交流を続けて共存できるはずだ。
その為なら俺はいくらでも力になりたい。今、俺の一番大切な彼女の為にも!! お疲れさん」
鷲尾天斗(ea2445)の仕切りで与一公と那須藩士、そして隠れ里のエルフ族まで一緒の宴会が開かれた。
「ともかく末蔵もあの戦いで無事でよかった。たまには、ゆっくり雪見酒でもしましょう」
刀根は末蔵と縁側に出て杯を傾けている。
「しかし、豊後と違い寒いですね。こちらに来てかなり経ちますが、何年たっても冬の寒さに慣れませんね」
「私たちにはこれが普通ですが、やっぱり寒いものは寒いですよ‥‥」
2人は互いの故郷の話で盛り上がっているようだ。
藩士の誘いを潜り抜け、七瀬はようやく与一公のもとへ辿り着いた。
「魔物の活動が活発化し、また有力藩主間の緊張が高まる現在、お薬の需要は必ず高まります。
幸い那須藩では植物に詳しいエルフさん達の助力を得ることができるかもしれません。これは他藩には真似できない事です。
兵役から開放された農民さん達の労働力、医療の有効性への関心、勝利による藩への高い信頼など、今しかありません。
鬼騒動で傾いた藩財政を立て直すためには思い切った手段が必要だと思うです。
薬草園の大規模化と薬の特産品化について承認と援助をご考慮願うです」
『必勝』鉢巻で気合十分の七瀬が与一公に詰め寄った。拳を握り締め、鼻息荒くウンウンと頷いている。
「いいぞ〜♪」
酔った那須藩士から送られるヤンヤの声援に七瀬は手を振る。
「そうは言っても、これから冬だしさぁ‥‥」
与一公は結構ベロベロ‥‥ エルフの長老と肩組んで飲んでいる有様だ。
ここでも次から次に酌をされて、断りきれずに七瀬も結構飲んでしまっている。
「那須藩として薬草園の大規模化と薬の特産品化に取り組むです〜♪」
「ほらほら、飲み過ぎですよ」
風御の酔い覚ましの薬を飲んで七瀬が火を吹く。
「びずほは、さらだるやぼうのたべにつきずずむでず〜〜」
七瀬は倒れると寝息をたて始めた。
「このままにしときますか‥‥」
「そうだな」
風御とカイは、七瀬に羽織をかけてやると飲みなおし始めた。
「天斗、遅くなった」
「おぅ、楽しんでけ」
歌いながら振りをつける鷲尾の周りではエルフたちも上機嫌で踊りを合わせている。
ささやかな宴会にならなかったのは予想外だったが、まぁ悪くない。
西園寺と橘の酌で駆けつけ3杯。龍深城たちも笑い声の中で楽しそうに笑った。
軽く背中を合わせるように草太と幸彦が宴会場の隅に座って料理に箸をつけている。風御は酒と杯を持つと2人に近づいていった。
「草太、幸彦、のぼせた?」
草太の頬に紅葉が見えて風御が吹き出す。
「風御さん」
「‥‥」
幸彦は黙ったままだ。
「こいつ‥‥」
「女なんだろ?」
「気づいてたんですか?」
したり顔の風御に草太が溜め息をつく。
「気づかない方が鈍いんですよ」
「だって‥‥」
「それで、草太は幸彦のことをどう思うんですか?」
幸彦が、みるみる赤くなっていく。
「そんな‥‥ 急に言われても‥‥」
「ばか‥‥」
どうやら放っとくに限る。そう思った風御は席を立った。
「こういうのも、悪くはない。何はともあれ‥‥ 那須の月夜に乾杯‥‥」
夜十字は、月を肴に今までの戦いを振り返りながら1人でお茶を飲み始めた。
平穏な夜空に祭りの喧騒が流れて行く。
戸1枚向こうは飲めや歌えの大騒ぎであったが、彼にそれを超える勇気はなかった‥‥
●ひと時の平穏
白羽は、今日も今日とて日課である愛馬・漣と一緒の弓の稽古は欠かさない。普段と違うとすれば、温泉で汗を流せることだろうか‥‥
漣も温泉で体を流し、藁で綺麗に磨き上げると気持ち良さそうに声を上げている。
「自分も入って参りますね。少し遊んでらっしゃい」
漣が柵の中で嬉しそうに駆けるのを見て、白羽は温泉へ向かった。
「弓を引く際、邪魔にはならぬといえど‥‥ はぁ‥‥」
白羽が胸を押さえながら湯に浸かった。
「誰! でございますか?」
「うち‥‥」
湯煙の中に湯衣を着けた西園寺が手足を伸ばしている。
「ええ気持ちやねぇ。疲れもようとれますわぁ」
白羽が戸惑っていると西園寺が肩に手をやった。
「うちは白羽殿のこと綺麗や思うてますし、可愛いと思いますえ」
白羽が湯に浸かると、西園寺は首まで浸かった。
「そうでございますか?」
「そういうところが可愛い言いますんや」
白羽は楚々と膝を合わせて湯衣の前を押さえている。
「ずるいですわ、2人共」
橘が腰に手を当てて、流し目を白羽と西園寺に送った。フフンと鼻を鳴らす。
「もう誰も来ないでしょうか‥‥」
「大丈夫。酔い潰れてましたから」
夜降り積もった雪景を眺めながらの温泉。3人にだけ許された特別な空間だった。
結局、その日は皆使い物にならず‥‥ 翌日に出発することになった。
「ふふ‥‥ 温泉巡りはこれから。湯本だけではなく、塩原や鬼怒川も回らなければならないのです!!」
ガシッと腕を組まれた白羽と馬場は、湯本近辺の温泉を梯子した橘に引き摺られていく。
「俺を置いてくな〜」
「ですよ〜♪」
龍深城や七瀬も他の仲間の腕を引っ張っる。
「エレン、喜んでくれるかな」
宴会で仲良くなったエルフに彫ってもらった根付を握り締めた鷲尾も彼らの後を追った。
これから回る温泉でも買い足すと言っていたが、すごい量のお土産を買い込んだカイが馬の背に荷物を乗せている。
「馬の用意は済んでますよ」
刀根と末蔵が手を振っている。
彼らの表情は、雪に反射する光より眩しい。戦いの中で育んだ友情が、ひと時の平穏の中で更に育っていく‥‥