《那須動乱・蒼天十矢隊》神田城評定

■シリーズシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月17日

リプレイ公開日:2005年03月20日

●オープニング

 那須の動乱は、百鬼夜行の後の八溝山の騒動からその収束へと予想の範囲内で理想的に収束していったかに思えた。
 しかし、茶臼山での白面金毛九尾の狐の復活によって那須藩の戦勝気分は一気に払拭されてしまった。傾国の大妖怪の出現の報は急速に近辺諸藩に広がり、士族はおろか士族以外もその影響に感化されているように感じる。今すぐとはいかないまでも、誰かが何かを起こすのは必然だろう。それを那須藩がなすのが世間にとって最も良い結果を生みそうなのだが、そうなるとは限らないというのが事態を難しくしていた。恋の行方より少し複雑なだけさ‥‥ そういう皮肉を言う者がいても笑うしかない。
 現在のところ近隣諸藩の介入の気配はないが、いつ始まってもおかしくはない。当事者たちの好むと好まざるとに関わらず緊張状態にあるのは確かである。この方面においても、やはり事態は難しいと言わざるを得ない。那須藩に好意を持たない藩よりも‥‥ むしろ好意を寄せている者たちにとって‥‥と言った方がいいだろうか。下野国、つまり那須藩とその統治下勢力以外の権力の介入は、その如何に関わらず一気に事態の激化を招く恐れがある。親藩と言われている武蔵国を中心とした諸藩、つまり源徳家康公の介入が引き金になってもおかしくないというのが見識者たちの間でのもっぱらの噂‥‥なのである。八溝山での騒動の折の政治的問題の構造は、未だ好転していないと言って良い。
 そして、商人たちを筆頭に那須藩へ援助を申し込んでくれている者たちに関しても頼りきりになるわけにはいかない。好意の下に悪意が隠れていることもある‥‥とは言い過ぎではあるまい。識者たちもその点を与一公に献策しているため、無秩序な人員や物資、なにより資金の流入は最低限に抑えられていた。

 ※  ※  ※

「何者か!!」
 八溝山包囲網の那須軍本陣近くに、その小柄な男は姿を現した。周囲を武士たちに取り囲まれても無言で動こうとはしない。
「名を名乗れ。回答如何によっては斬り捨てる」
『我が名は烏丸‥‥ 与一公への直訴は無理そうなのでな。筋を通しに来た』
 槍を数本突きつけられた時点で山伏姿の小男はようやく口を開いた。懐から書状らしきものが取り出される。
『ご覧の通り丸腰だ。岩嶽丸を討ち払い、精強と名高い那須軍は武器も持たぬ俺1人にいつまで得物を向けているのか?』
「わかった‥‥ だが、私の不信は拭われたわけではない。多少の無礼は覚悟せよ」
『承知』
 鋭い目つきで指揮官らしき武士に視線をやると、小男は書状を懐にしまった。
「武具を収めよ」
 囲っていた者たちが得物を収めると、小男は武士たちに連れられて本陣へと姿を消した‥‥

 ※  ※  ※

 さて‥‥
 那須神田城と那須支局では蒼天十矢隊の要請により資料の整理が開始されていた。
 ただ‥‥ 専門の経験と知識を持った者がいないために作業は捗(はかど)っていない。書き留めて保管しておくだけの初期段階を終えたということなのだろう。何かしら手を打たなければ進展はないのかもしれない。
 それに‥‥ ない資料は探しても見つからない訳で、もっと色々と手を尽くすことが必要になるだろう。手間も時間もお金もかかるし、全てを那須藩に負担させるのは酷かもしれない。諸事に忙殺されている那須藩にとって懸案の1つである。

 ※  ※  ※

 一方、江戸では‥‥
「那須の今後の方針を計るために意見を聞きたいと蒼天十矢隊に御使命だ。
 あそことは結構付き合いができちまったからな。頑張ってくれよ」
 ギルドの親仁は笑って蒼天十矢隊の肩を叩いた。
「それでな‥‥」
 親仁は茶を出すと色々と話し始めた。
 江戸ギルドでのギルドマスターたちの話し合いの結果、那須支局の存続が決定したこと。本来なら八溝山での騒動が収束した段階で撤退するなり何らかの処置が取られるはずだったのだが、まだ使い勝手は十分すぎるほどあるということで現状維持となったのである。
 それ以外にも、暫くは那須藩と江戸を繋ぐ早馬便は、そのままにしておくことと那須藩から通達してきたそうだ。
 まだまだ、那須の動乱は続きそうな気配である‥‥
 八溝山の残党の処理もキッチリとはついていない。種まきや田植えの時期を考えると色々と先読みして動かなくてはならないだろう。 事態は簡単には収拾する気配をみせてはいない‥‥

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2473 刀根 要(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3899 馬場 奈津(70歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●茶臼山
「九尾と戦ったのはこの辺だな‥‥」
 龍深城我斬(ea0031)は、黒い染みを見つけてしゃがみこんだ。
「陳腐な言葉だが相手にもなってねえ‥‥ だが、俺達を見逃したことを必ず後悔させてやるからな」
 暫くそのまま動かず、染みを撫でると龍深城は立ち上がった。
「田吾作と茂助は水穂の護衛を頼む。あいつ結局、新しい部下を持たなかったからな‥‥」
 龍深城の視線の先には七瀬水穂(ea3744)の姿が‥‥
 いつもの死地にあっても太陽のような笑顔を浮かべている彼女はなく、目の周りを真っ赤に泣き腫らし、目の下には隈(くま)を作った‥‥ いわば薄暮の微笑とでも言おうか‥‥
「うぅっ‥‥」
 七瀬は、声をかけようとした風御凪(ea3546)の手をすり抜けて膝から崩れ落ちた。
 彼女は自らの油断と慢心が失策を生み、幾度となく戦場を共にした足軽やエルフたちを死なせてしまったと後悔していた。自らが無力だと悟り、亡くしたものの大きさに立ち直れずにいた。
「何がしか手がかりになるようなものがあると良いのだが‥‥」
 龍深城たちは九尾との戦場に何か役に立つ痕跡がないか調べた。しかし、特に役に立ちそうなものはなさそうな感じである。
「魔法には反応がありませんでした。この辺りには、もう潜んでいないのでしょう。隠れるにしても難しいでしょうし」
 風御は落ちていた血染めの端切れや組紐を大切に袋に入れた。
「安らかに眠ってくれ・・・・ 必ず仇は取るから・・・・・」
 黒く固まった塊から生えた金髪‥‥ おそらく九尾に引き裂かれたエルフのものだろう‥‥
 金髪の束を握り締めて項垂(うなだ)れると、涙は地面に吸い込まれて消えた。
「僕は風御さんに医術の心構えと基礎を教えてもらいました。それを那須のために役に立てます」
「ボクだって気持ちは草太と一緒。背中が頼りないから‥‥ あたしが護ってあげる」
「うん‥‥」
 幸彦の台詞に微妙な本音を感じ取って風御は笑みを浮かべた。
 一生尻に敷かれそうだが、草太なら幸彦を護るだろう。それは風御の確信に近かった。
「まずは生き延びること。その先に何かがある。忘れないことです」
 2人に向けた言葉は彼自身の戒めでもあった。
「はぁっ!!」
 西園寺更紗(ea4734)は長巻を殺生石があったと思われる場所に叩きつけた。
「申し訳‥‥ あれへんわ」
 その場に落ちていた小さな石の欠片を手に取ると握り締めて抱いた。
 死んでいった足軽やエルフのことを思うと自身に対する怒りと不甲斐なさで一杯になる。
 忸怩たる想いを抱いていたのは七瀬だけではなかった。
 頬に伝う涙を拭うと、振り向いて那須の地を見下ろした。
「強うなりとうおす」
「そうだな。必ずアレは討伐してみせる。仇とかそういう事ではなく、これ以上彼らのような人を増やさぬ為に」
 龍深城が西園寺の肩に手を当てると、彼女は頷いた。

 形のいい石を探して磨き上げ、七瀬たちはそれを墓とした。
 墓の周りには七瀬が荒地に強い薬草の種を撒いている。
「彼の者たちは我らの隣人であり、友人であった。
 生死を共にした仲間であり、戦友であった‥‥」
 十字架を胸の前に掲げて、カイ・ローン(ea3054)は彼らのために祈りの言葉を捧げている。
 風御たちは線香と花を供えて手を合わせた。
「思い切り、泣いていいんですよ」
 風御は七瀬の背中を優しく抱いた。
「明日からまた笑えるようにがんばるです。だから‥‥」
 血に染まった2つの『蒼の腕章』を握り締めて、七瀬は風御の胸に顔を埋めた。
「みんなごめんね‥‥ ごめんね」
 あーっと搾り出すように声を上げて泣き叫ぶ七瀬の髪の毛を柔らかく包んで、風御もまた手の平を濡らしていた。

「すまん。回復魔法が使える俺が真っ先に倒されたばかりに」
「違いますよ。皆の力が足りなかったんです」
 仲間たちに頭を下げるカイの肩を掴んで、刀根は彼の顔を上げさせた。
「そうです。
 それにしても末蔵が倒れた時には胆がつぶれた思いがしましたよ」
 刀根要(ea2473)は傍らの足軽に語りかけた。
「あの時は体がバラバラになって死んだんだと思っていました‥‥ エルフの方々が言うには幻覚を見せられたのだろうと」
「九尾の使う術はあれだけではありませんから何とかしないといけませんね。それ以外にも色々と手を打たないと‥‥」
「はい」
 刀根に付き従って墓に手を合わせる末蔵の心中には新たな決意が芽生えていた。
「殿は、戦うつもりなのですか?」
「当然です」
「ならば私もお供しましょう。あ、何を言っても無駄ですからね」
「全く‥‥」
 互いの苦笑いが、刀根にはどことなくこそばゆかった。

「昔の人が封印したんだ。何か手があるはず」
 封印の要でもあればと龍深城は気になる岩などを調べているが、どうやら空振りになりそうだった。
「長老さんが言ってたです。殺生石の存在を隠すために九尾の狐の存在自体をなかったようにしているようじゃって」
「どういうことだ?」
 風御が七瀬の涙を拭きながら聞いた。
「金毛とか九尾とかそういう言葉の出てくる伝承が少ないって言ってたですよ。阿紫って名前の出てくる記録も少ないって。
 白面とか妖狐とかは結構出てくるらしいですけど」
「どういうことなんだ?」
 七瀬の言葉に龍深城が首を傾げる。
「つまり、記録からも伝承からも名前を消すことで、封印された九尾、つまり殺生石をなかったことにしたかったんだろうって。
 仮に残っていたとしても阿紫の仕業に転嫁してしまえるように策を弄したんじゃないかって‥‥」
「そうすることで復活させようなんて考える者が出ないようにしたかったってことなんでしょうか?」
 風御が考えを言葉にしたが、なんとなくしっくりとこない。
「それにしては間抜けな話ですね。口伝で誰か知っていてもおかしくなさそうなものですが」
「何百年も前の話だから口伝が途絶えてしまったとも考えられますね」
 にしても、しっくりこないのは相変わらず。
「兎に角、今のままじゃだめだ。態勢の立て直しも必要だな」
「その通り。亡くなった方に誓うですよ。必ず一矢報いるです♪」
 カイの背中を叩きながら、七瀬はグジッと鼻を啜った。
「俺ができるのは、お前達の命、無駄ではなかったということを証明するだけだな」
 カイは墓に向かって騎士の礼に則って誓いを立てた。
「風水都市・江戸‥‥ 結界‥‥ 封印‥‥ 地脈の乱れ‥‥
 那須での大妖の出現は江戸での事件に発端してますからね。原点に返ることも必要でしょうか。
 何にせよ頭を冷やして情報を整理しなければ、どうしようもなさそうですね」
 涙などでグショグショになった着物に苦笑いしながら、風御は溜め息をついた。

●神田城
「先生、いつも御世話になっています」
 鷲尾天斗(ea2445)の声に那須藩医が書き物の手を止めて振り向いた。
「おぅ、天斗殿。また、怪我をしたのかな?」
「ハハハ、実は珍しく無傷。それよりこれ、見てくださいよ」
「もしかして半裂の肉か?」
「そう。那須のために使ってほしいって風御さんの知り合いが譲ってくれたんだ」
「それは助かるな。それで風御と七瀬の姿が見えぬが」
 藩医は鷲尾の後ろを覗き込んだ。
「あいつらは茶臼山に供養に行ったよ」
「優しいからな。あの2人は‥‥ 兎も角、有難う。これは使わせてもらうよ」
「じゃあな、先生。評定に顔出さないといけないんでね」
「あぁ」
 半裂の肉は、未だ戦いの傷が癒えぬ者たちに使われることとなった。

 神田城の広間に評定の場が設けられていた。
 そこには有力藩士と隠れ里のエルフの代表を上座に、高僧や神主、他にも識者なども顔を並べている。
 蒼天十矢隊はというと結構いい場所に席を与えられていた。茶臼山の戦いでは一敗地にまみえたと言えど、一番槍は彼らであったし、一連の動乱での活躍を評価されてのことだった。
 尤も、先の戦いでの論功公賞が満足いく結果で終わったかというとそうではない。立身出世を夢見て参加した浪人や冒険者たちには手当てが出ただけである。それを不満に京へ上った者も少なくないと噂には聞く。
 さて‥‥
「それでは蒼天十矢隊から何か申し述べることはあるか」
 小山朝政殿の声が評定の場に響いた。
「茶臼山での敗戦の原因は、那須藩が疲弊していたこと、これにつきます。
 あの戦いのみを語れば妖狐に手玉に取られたからとなるでしょう。
 しかし、那須藩にもっと余力があれば、対処は可能だったかもしれないのです。
 よって、現状では金策が最も重要であると進言致します。
 一に『街道を整備し他藩との交易を盛んにする』
 二に『エルフの協力を仰ぎ、エルフ製の工芸品を名産品化する』
 三に『温泉街の整備』
 四に『馬の品種改良や安定供給を目指し、越後屋を通じて商売する』
 五に『那須藩医局に力を入れてより良い薬を調合、交易品とする』
 最後に『新たな金山、銀山の発掘』」
 ガチガチになりながらも鷲尾は何とか言い切った。
「馬だけでなく弓を卸せば良いのではないか?」
「なるほど、那須の矢篠(やじの)であれば高い値が付くであろうな。滋籐の弓も然りじゃ」
 合いの手が入り、議論の価値ありと声が上がった。
「待たれよ」
 隠れ里のエルフの長老が場を制した。
「思うに、江戸にはもともと風水が施されておったのではないだろうか。大過を封じるためにな。
 そして、その風水の上に江戸が開闢(かいびゃく)した。
 それが風水に影響を与え、阿紫の復活を許し、九尾の復活をも許してしまった。
 要は風水を乱さなければ良いのじゃから方策はあるじゃろうが‥‥」
 評定は数日をかけて行われた。

●与一公
 評定での討論の合間、十矢隊の3人は与一公との会席を得ることができた。
「『藩士の士郎さん』ではなく、『藩主の与一公』に会うのは初めてとなりますね‥‥ 御久しゅうございます」
 限間灯一(ea1488)は、新参ながら蒼天十矢隊として与一公の前にいられることを嬉しく思った。
 収穫作戦からこっち、エルフの隠れ里との交渉で那須藩とは縁があったために一入(ひとしお)である。
 深々と頭を下げた。
「よろしく。忌憚ない意見を聞かせてください」
 与一公は限間に会釈した。施政者らしからぬが、そこが与一公らしいと言えよう。
「誠に遺憾ながら、しばらく九尾の遊びに命を賭けて付き合わねばならないようでございますね」
 白羽与一(ea4536)は料理に箸をつけながら話し始めた。
「全く頭が痛い」
 与一公は苦笑いを浮かべている。
「評定での献策は見るべきものがあったと思う。しかし、全てを話したわけではないのでしょう?」
「えぇ。足軽を動員できる間に茶臼山と八溝山の残党を討伐し、治安を回復して民の動揺を抑えるべきという意見も出ておりまする」
「動揺し、堅実な路を踏み外す事こそが妖弧の狙いではないかと考えますので‥‥」
「尤も‥‥
 爵禄百金を愛(おし)んで、敵の情を知らざるものは、不仁の至りなり。
 此度は思い知らされました」
「孫子の一説ですね」
 杯を置きながら鷲尾が言った。
「論功には十分な恩賞も出せず、敵には裏をかかれ‥‥ 全く不甲斐ないばかり」
「今後の恩賞に関しては、藩士の方々は藩の窮状を知っておられるのですから、内政に力を入れれば納得してくださるでしょう。
 その上で与一公はお気持ちを示せば、付いて来てくださると思いまする。
 敵情に関しては今にも増して鬼や狐の動向に注意を払い、領民の方々の通報もお願いしたい所でございます」
 与一公は大きく頷いた。
「ときに、小耳に挟んだのですが、鳥丸なる人物に会われたとか」
 与一公は驚いたように3人を見渡した。
「白狼と呼ばれる那須の天狗の長からの書状を携えていました。一度会って話がしたいと」
 そこまで言って与一公は3人があまり驚かないことに感心した。
「些細な妖弧の情報でも必要なのです。是非とも会ってみたいですね」
「自分もそう思いまする。
 外部からの情報を全て信じるというわけにはいきませぬが、もはや那須だけで解決できる問題では無いと思えます。
 今はただでさえ情報不足。裏付けさえ取る事ができれば、信じてみる価値はあるのではないでしょうか」
 鷲尾と白羽は箸を置いた。
「裏は取れているのです。何でも荒行を行う修験者や僧の守り神のような方だとか。
 評定に足を運んでくださった僧が、その名を知っておりました。
 古くから僧たちとの関係は親密のようです。
 配下の天狗たちはからは尊敬をこめて神君と呼ばれているとか。
 僧たちも敬意を払って白狼神君と呼んでいるようです」
「那須藩に合力してくださるののでしょうか?」
「会ってみないことには如何とも」
 限間の疑問に対して与一公の答えはなかった。

●それぞれの決意
 威力偵察がてら茶臼山へ赴いた蒼天十矢隊だったが、予想に反して九尾の一党は姿を見せなかった。それについて様々な憶測が飛び交ったが、統一した結論には到っていない。九尾一党が那須に留まっているのか、それとも別の場所で潜伏しているのか‥‥ その辺りを確かめるためにも更なる調査が必要となってくるだろう。

 さて‥‥
 蒼天十矢隊は自腹を切って、馬を3頭確保した。更には、残した予算で神田城に小さな家を用意して、そこで十矢隊足軽の末蔵を頭として馬廻りなどをすることになっている。
 また、これに付随する情報として蒼天十矢隊が正式に那須軍の編成に名を連ねることになった。これがあったからこそ屯所らしきものの設置が可能になり、末蔵たち足軽が公然と馬を所持し、乗り回すことが許されていた。尤も十矢隊の任務が変わったわけではなく、那須藩での権利が拡充されたに過ぎないが。

 ビュッ、ビュッ‥‥
 神田城の一画で空を切る音が聞こえる。
「西園寺殿も朝稽古でございましたか」
 その音が一区切りついたところで、白羽は声をかけた。
「白羽殿‥‥」
 西園寺は長巻を収めると梓弓を携えて漣と共に佇む白羽の許へとやって来た。
 西園寺は笑顔で白羽から手ぬぐいを受け取ると、汗を拭った。
「一と二をもって飛燕と成す‥‥ そろそろ極めんと金毛に届きまへんなぁ」
「今は精進あるのみでございます。急には強くなれませぬが‥‥ きっと‥‥」
 西園寺は静かに息を吐いて頷いた。
 2人が宿舎に帰ろうとしたとき、彼女たちの目に飛び込んできたのは汗を拭きながら笑ってこちらを見つめる仲間たちの姿だった。