《那須動乱・蒼天十矢隊》絡み合う思惑
|
■シリーズシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 65 C
参加人数:10人
サポート参加人数:10人
冒険期間:03月29日〜04月08日
リプレイ公開日:2005年04月07日
|
●オープニング
茶臼山から消えた白面金毛九尾の狐の行方は杳(よう)として知れず、静けさを保つ八溝山の鬼たちの動向も知れない‥‥
諸処の衝撃から那須藩は立ち直りつつあるが、問題は山積し、一部は那須藩だけの問題ではなくなっているのも実情‥‥
果たして那須の明日はどこへ向かうのか‥‥
『 師に近き者は貴売(きばい)す。貴売すれば、即ち百姓の財竭(ざいつ)く。財竭くれば、即ち兵役(きょうえき)に急なり。
力屈し財殫(ざいつ)き、中原の内、家に虚し。百姓の費え、十に其の七を去る。 』
戦争をすれば物価は上がり、民の貯えが尽きる。国庫尽きれば戦になるのは近い。国力が衰えれば、民の財産も7分が失われる。
諸説あろうが、およそこういう意味である。
那須藩の懸念は、まさにこの状態へと移行することだった。
よって国庫を開き、民に負担をかけないように配慮しながら、兵を養っているのである。
しかし、こんな状況がいつまでも続けられる訳はない。
幸いにも神田城で行われた評定で国庫財政に関する打開案がいくつか上がっていて、いくつかは実行可能である可能性があった。
まずは、蒼天十矢隊の献策の四にあった『馬の品種改良や安定供給を目指し、越後屋を通じて商売する』である。
先に問題点を挙げておくと、越後屋が各地への販路を持っているわけではないということ。さらに、精強な弓騎兵を持つ那須であるし、元々馬の産地で馬廻り衆の技術も確かなものであるが、売れば売るだけ那須軍が弱体化するということだ。加えて親藩にしか売れない。現実問題として敵対国に自国の武具を売る馬鹿はいないからである。
生産体制を確立し、下級鬼や下級妖怪の退治も兼ねて軍馬の調練して、それを売ることで戦費の足しにもなるだろう。これについては、那須藩士より那須の矢篠(やじの)や滋籐の弓も売り物に加えれば良いのではないかと意見が出ている。蓄え、余剰を売り、必要な分は己の藩の戦に用いる。軍備と平行して生産も可能である。実際には簡単にはいかないだろうが、一石二鳥と言えるだろう。
献策の中で、これが一番即効性があるといえるだろう。現状で那須軍の一部弱体化を招く危険性はあるが、ある物を売ることは商いの鉄則の1つとも言える。藩の体制として供給体制が整えば、言うことはないだろう。ただし、今のままでは画(え)に描いた餅である。
この件に関しては、まずは喜連川家が数頭を放出して国庫に入れることで、策を献じた蒼天十矢隊にそれを任せて売ってみようということになっている。客の食いつき如何では先行投資が無駄になるかもしれないから慎重にいこうという訳である。この策を用いるかは諸事問題が解決できるかに掛かっている。
更に献策の二『エルフの協力を仰ぎ、エルフ製の工芸品を名産品化する』と五の『那須藩医局に力を入れてより良い薬を調合、交易品とする』が次善の策として挙げられるであろう。
特筆すべきことがある。九尾襲来の折には目に留まらなかったのか、薬草園には被害は出ていないのだ。ただ、単価が低いことと薬師が足りないこと。特産にするほどに他に抜きん出て薬学知識が発達していないことなど、諸事問題さえ解決できれば産業として成立する可能性はある。しかし、今のところ薬草の量も大きな益を産むほどではない。体制を整えるのに刻がかかることも問題の1つと言えよう。
幸いなことにエルフたちからは協力要請に対して限定付きで『是』と返答が得られている。これに関しては、今後の交渉次第と言えよう。薬草・植物知識や地の精霊魔法など様々な技術が期待できるが、状況を把握するのが先決であろう。
尚、補足しておこう。
一『街道を整備し他藩との交易を盛んにする』、三『温泉街の整備』、六『新たな金山、銀山の発掘』に関しては、風水や結界との兼ね合いからどうするか現在議論中である。先行投資が必要であり、見返りは早くて数年、実際には数十年という見通しが必要である。現状では危険が大きいと言える。それゆえに保留の意見が多い。
また、道が通り、人が集まれば気の流れを変じ、乱す。重要な風水の上に作られた都市群であると推測されている現状では、うかつに手を出すべきではないと言うのが評定での総意であった。
これら献策を見ると軍事関係の指針がしっかりと決まらなかった不安はあるが、事態の長期化が予想する者が多いなか、まずは地歩を固める方針で動き始めたことは意義があると言えるのかもしれない。
さて‥‥
京での動乱が噂に聞こえてくる今日この頃、那須の動乱は新たな展開の兆しを見せていると与一公は言う。
白狼と名乗る天狗たちからの接触‥‥
彼ら那須の天狗たちは、各地で妖たちが蠢動を始め、社会との軋轢を生み始めたことに懸念を抱いていた。
大妖・白面金毛九尾の狐の復活が引き金になって無差別な妖怪退治が始まることを、独立独歩で荒行に明け暮れる那須の修験者たちを含め、彼らは望んでいない。詳細な交渉は、面と向かって腹を割らなければならないだろうが、現在のところ敵対する気はないということだけは烏丸と名乗った男の所持していた書状から感じられたという。
彼らとの折衝も始めなければならない。与一公は蒼天十矢隊にそう洩らしていた。
※ ※ ※
ここは江戸ギルド‥‥‥
「蒼天十矢隊に那須藩からの依頼だ。
どうやらこの前の評定で献じた策に関する仕事らしいぞ」
ギルドの親仁は笑って蒼天十矢隊に茶を勧めた。
「那須の弓や馬か‥‥ 手に入るなら俺も手に入れてみたいな。昔を思い出すよ」
ギルドの親仁は思い出し笑いを浮かべた。
●リプレイ本文
●江戸
「那須の弓‥‥ 物は良い故に上手く売りこんで行きたいものだが‥‥」
龍深城我斬(ea0031)の懸念通り、馴染みの鍛冶屋は一般の流通に乗せると親藩以外にも渡るだろうと言われてしまった。
「那須の鬼騒動の前後に那須藩の方に朱槍や大鎧が大量に発注されたとか言うことはないか?」
「さぁな‥‥ 俺たちにはわからないし、聞かれてハイそうですなんて言う間抜けがそんな危ないことをしてるとは思えないけどな」
確かに‥‥ 龍深城たちは礼を言うと馴染みの鍛冶屋を出た。
「オラたちも色々気にはしてたんだが、鬼に武具を売ってる商人なんて聞かねぇな」
馬場奈津(ea3899)の連絡で一足先に江戸に出てきた茂助と田吾作たちが答えた。
「天狗たちも気になりますしね‥‥」
方々手を尽くして演舞会を準備していた限間灯一(ea1488)たちも、色々と気になることは気になるのであった‥‥
●那須神田城
「自分の献じた策だからな。責任もって頑張るか」
与一公を待つ緊張からか、鷲尾天斗(ea2445)は大きく息を吐くとアハハと笑った。
「1人で気負うんじゃありませんよ。私たちは全員で蒼天十矢隊なのですから」
隣で姿勢を正したまま刀根要(ea2473)が座っている。
声がかかり、蒼天十矢隊が平伏すると与一公が部屋に入ってきた。
「顔を上げてください」
与一公が上座から声をかけるのに合わせて全員が顔を上げた。
「ご苦労です。此度は他でもありません‥‥」
少しでも財政を助けることになるのならと喜連川家が藩の財政に入れた馬と武具が本当に売れるのか‥‥
そして、販路は用意できるのか‥‥
その辺を踏まえたうえで十矢隊は隊としての意向を伝えた。
「先に弓技大会を開いたあの場所で演武会を催し、買い手を探そうと考えておりますのじゃ。
そこで与一公に書状を書いてもらえぬじゃろうか? それと勘定方を同行させてほしいのじゃ」
馬場の願いは受け入れられた。鷲尾が続けて言上する。
「京も噂では魔物が跋扈していると聞きますし、何より九尾の事もあります。
京に出向くような事がありましたら那須の弓矢職人と陰陽師が協力して妖怪に対抗するための矢を作ってはどうかと」
「うむ‥‥
朝廷に働きかければあるいは‥‥とは思うが、そうなるとこちらも何かしら身を切らなければならないだろうな。もしくは朝廷内に互いに利害の一致する者が現れるか‥‥
藩の建て直しを第一に考えなければならない時期に無理は禁物です」
「しかし、また大妖怪が現れた場合に何の対策もとってなかったでは」
鷲尾が食い下がる。
「それについては多少なりとも考えています。
冒険者ギルドに智恵を借りたところ、全てに効く訳ではないとの注釈を受けていますが銀が有効だということでしたので、数は少ないですが、銀を被せた鏃を作らせているところです。
何にしろ始まったばかりですからね。態勢が整うまでに時間がかかるのは仕方ありません。
なに、問題は山積しているのです。ぼちぼち片付けるしかないですね」
与一公は微笑みながら静かに頷いた。
「与一公、薬草園の件ですが」
「あれが上手くいく目処はついたのですか?」
話が一区切りしたところで七瀬水穂(ea3744)が与一公に話題を振った。
「栽培地を開拓する時間はないです。なので既にある畑を転用するです。
許可をもらえれば、お城周辺の農家に話をつけるですよ」
「許可します。しかし、年貢の代わりに作るというのであれば考えなければなりません。
藩の財政に響きますし、何より民が食べるのに困るでしょう」
与一公の言葉に、七瀬は次の言葉を継げなかった。
「薬草を作るにしても城の薬草園を任せている薬師も暇な身ではないしな。
七瀬殿も年中那須に滞在しているわけでもなし‥‥ その辺はどう考えているのですか?」
「それならばエルフに協力を求めてはいかがかと」
沈黙を保っていたカイ・ローン(ea3054)が口を開いた。
「そうです。教師役は私も行いますが、エルフさんたちにもお願いするですよ。人を育れば、『那須』の薬が作れるようになるです」
「それには資金が必要です。新たに薬師を招く方が簡単だと思いますが」
「今はいいかもしれないです。でもでも、雇うお金で那須の民を育てた方がいいと思うです。
資金が問題なら50両ほど私が出すです。死んでいった足軽さんやエルフさんのためにも、私には私にできることをするです」
息を切らしながら反論する七瀬に与一公は短く溜め息をついた。
「収入が減るのを懸念なさるのなら、田畑をそのままにして、例えば集落で少しずつでも作ればよろしいのですよ。
皆で育てて自分たちのために使う。藩が買い取れるのならばそれでも良し。年貢の代わりにしても大丈夫ならそれで良し。
手付けは七瀬殿が出すと言っているのですから、試されてはいかがですか?」
七瀬の案を補うようにカイが語った。
「わかりました。戦いになれば薬草は必要な物です。戦時でなくとも需要はあるものですから試みに始めてみましょう」
「有難うです」
七瀬は自然と頭を下げ、再び上げた顔は上気していた。
「お譲ちゃん、そう猛り狂っても長続きはせぬよ。戦で命を落とすは理(ことわり)じゃ。
深く悲しんでくれるのはありがたいが、深く悩み、深く引き摺るのはお止めなされ」
「おぉ、長老。お着きですか。ご苦労様です」
与一公が腰をずらして同じ上座に席を勧めると隠れ里のエルフの長老は隣にちょこんと座った。
「わしらにも薬草の知識は多少なりともあるのでな。協力はおしまぬよ。
ただ、薬の調合ということになると、我らよりも華国の者の方が詳しいじゃろうな」
「そうだ‥‥ 接触してきた天狗たちは、どうなのでしょうか?」
ふと思い出したようにカイが口にした。
「ふむ‥‥ 修験者たちと信仰のある者たちじゃと聞いておるからのう。薬草の調合など詳しい者がいるかも知れぬな」
「その線で彼らと利害関係が結べれば、我らお上が彼らを攻めぬ理由となりましょうや?」
閃いたように与一公が身を乗り出した。
「ふむ、良い考えかも知れぬ‥‥
詳しい方策次第じゃが、相手にその能力があり、納得させられればあるいは‥‥交渉の道具の一つには使えるかも知れぬな」
長老は、ゆっくりと頷いた。
事態が複雑に入り組んでいる以上、解決策も一筋縄ではいかないのかもしれない‥‥
蒼天十矢隊の正装を見て、百姓たちは彼らを歓迎した。
七瀬とカイの百姓への交渉は、与一公のお墨付きと那須藩士としての地位と蒼天十矢隊の名声を最大限に利用したという点において反論の余地を与えなかったが、百姓たちが一方的に苦を背負うのではないという点で比較的好意的に受け入れられていた。
男手の少なくなった家に重点的に頼もうと考えていたが、それでは年貢が払えないと断られた以外は‥‥
「田畑は皆で手をかければえぇ。男手がねぇくらいなんだ」
「続けての戦だったってのに、殆ど年貢を上げなされねぇ。殿様のためだ。頑張らねば! な?」
村長(むらおさ)の言葉に村人たちが応と応えるのを聞いて七瀬たちは逆に力づけられた気がした。
さて‥‥
2人の指導の下に各地の村で共同の畑が作られ始め、後に神田城の薬草園から苗が届けられたと言う。
それらの村をエルフたちが訪れ、様々に力添えしてくれたと聞く。
●演舞会
与一公からの書状を携え、那須藩勘定方らと那須藩御用達商人を連れた蒼天十矢隊は江戸へと帰還した。
演舞会の開催に特に問題はないとお墨付きが出たが、急な話であったために家康公自ら足を運ぶことはなかった。それでも、地位の高い藩士を赴かせているという配慮を見せてくれている。
さて‥‥
努力の甲斐あって演舞会へはかなりの人が集まっていた。
「そろそろ始まります」
招待客を天幕内の席へと案内し、そのまま限間は客の応対を始めた。
ズダダッ! スダタッ!!
逞しい体躯の軍馬が場内に駆け込んでくる。
馬上には蒼天の羽織の男。
「我こそは那須藩士、蒼天十矢隊が一矢、刀根要と申す。まずは那須の軍馬をご覧あれ」
視線はそのままに、片手で構えていた長槍の穂先を下ろすと末蔵が傘を引き抜いた。
数歩進ませてブンブンと風を切って槍を構えた。
軍馬は観衆の声に臆することもなく、落ち着いた様子を見せている。
『右に進め』
普段使っている操馬術に加えて、オーラテレパスで軍馬に確実に指示を出す。
騎乗に関して達人級の腕を持つ刀根ならば、そんなことをしなくても殆ど手足のように扱えるのだが、今日は愛馬ではない。
演武を確実なものにするための一工夫であったが、これが効果的だった。
疾駆する馬上で足だけで体を支え、ブンブンブンと槍を振り回し、すごい勢いで突っ込みながら藁の束を真っ二つにした。
どよめくように感嘆の声が響く。
「流石ですな。馬も素晴らしいが、あれが蒼天十矢隊の手並みか‥‥」
「褒めていただき有難うございます。馬の方はいかがですか?」
感心する家康公家臣に鷲尾は聞いた。
「馬もなかなか落ち着いていて良い。わしも買って構わないのかな?」
「はい、源徳公への那須藩への尽力の口添え、お願いいたします」
鷲尾は即決した。らしいと言えば、らしい‥‥
「後は勘定方とお話しください」
限間は那須藩勘定方を連れてくると、他の招待客へと近づいていった。
「色目は得意やけど、お澄ましは苦手やわぁ‥‥ 何ぞ体でも動かすことせぇへんやろか」
微笑みを浮かべて場内に佇んでいた西園寺更紗(ea4734)は、ニコッと笑って一画へと進んだ。
「静かに見ておくれやす」
喧嘩をしている男たちの肩をポフポフと叩いた。
「うっせぇ。黙ってろ!!」
西園寺を払いのけようとした手を取り、そのまま滑るように肘を当てると、男は苦悶の表情を浮かべて、くの字に折れ曲がった。
「何だよ。全部取らないでくれよ?」
妙に気だるげな夜十字信人(ea3094)が、西園寺に殴りかかろうとしていた2人の男の手を掴んだ。
そのまま握る力を込めていくと男たちが声にならない悲鳴を上げた。
「あ、卓袱台に負けた兄ちゃんだ」
観衆の心ない一言に夜十字がガックリ項垂(うなだ)れる。気にしているようだ‥‥
力が抜けた隙に男たちが夜十字の手から逃れた。
「さて、騒動を起こさないで見られますよね」
夜十字が笑い、胸元で結んでいた帯を解くと、背中に背負ってたクレイモアの切っ先がギャリと音を立てて地面に当たった。
「聞き分け悪いと怪我しますえ」
腰に手を当てた西園寺。笑顔とは裏腹に視線は冷たい。
「わか、わかったって‥‥」
男たちは人込みに消えていった。
駆ける馬上から弓射一閃。正確に要を射られた扇がヒラヒラと宙を舞って落ちる。
観客が溜め息にも似た歓声を起こすたびに、限間は招待客の顔色を窺って安心した。
「あれは‥‥」
「良い、見ればわかる」
確かに相手は武士。一々詳しく説明しなければならないような相手に売っても宝の持ち腐れ。なかなか気苦労の絶えない役目であった。
「白羽殿であったな。見事な腕前」
「いえ、弓も馬も見事な物ですゆえ」
那須の滋籐の弓を携えた小柄なパラの女性は、軽く汗を拭くと声を掛けてきた招待客に寄ってきた。
彼女の引く手綱には、黒い馬が引かれていた。
「那須藩士、白羽与一と申します。よろしくお願いいたします」
白羽与一(ea4536)が深々と礼をすると、武士も礼を返した。
「黒矢と申すのですよ。与一公の鵜黒とは兄弟だと聞いております。公の鵜黒に劣らず中々の名馬でございます」
「ほぅ、手が届くなら欲しいものですな」
興味を持った武士は馬体の張りを確かめながら言った。
「もし買い取って頂けるのなら、馬を友とし愛情を持って頂ける方にと願っております。
馬は刀や弓ではありませぬ。感情を持ち、主の心を敏感に読み取ります。
この子の力を最大に引き出せるかは乗り手次第である、と‥‥心に留めて頂きとう存じます」
「成る程、確かに。私では乗せてもらうようなもの。またの機会にしましょう」
武士は名残惜しいように黒矢を眺めると、展示してある弓を見に行ってしまった。
「このような調子ですから、自分には商才が無いのでございましょうね」
白羽が苦笑いを浮かべていると、黒矢が心配そうに顔を近づけてきた。
「有難うございまする。大丈夫でございますよ」
その顔を白羽が撫でると、黒矢は気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
さて‥‥
演武会の一方で金属製の盾の需要を聞いてみたが、捌き・鍔迫り合いなどを用いる日本の剣術にそぐわないという尤もな理由で芳しくなかった。
それとは別に気になることが‥‥
「危機感はあるみたいですが、さすがに本音を口にするほど浅はかではないようですね」
限間は静かに溜め息をついた。
九尾の狐のことに話を振ってみたが、現れたら我が槍の錆にしてくれるなどとはぐらかされることが多く、商人にしても儲かるか儲からぬかは恐らく五分より悪いと首を振る始末‥‥
結局のところ、馬や武具の評判は良かったものの売買が成立したのは家康公だけであった。
それよりも気になるのが‥‥というよりも懸念と言うべきだろうか‥‥
尽力してくれている家康公についての商人から受けた助言が限間の胸に妙に引っかかった。
『虎視眈々と狙いを定め、自らの血筋を引いた神皇様をお立てになった方ですぞ。
那須藩が弱体化すれば、それを自らの内に取り込むこともあり得なくはないとは思わないのですか?
尤も‥‥ 那須藩が独力で危機を回避できればそれで良し。そうでなければ‥‥などと考えていてもおかしくはありますまい?』
‥‥と。
確かに今回の那須騒動に家康公が表立って介入してこなかったのは、微妙な政治的な力関係によるものであったし、他国に兵を送る大義名分がなかったからに過ぎない。
限間は商人の言葉を思い浮かべ、溜め息をついた。
「あの話じゃな?」
「えぇ‥‥」
「気にしても仕方ないじゃろう。それよりも鬼への武具の横流しがなかったということがわかっただけでも良しじゃ」
噂話としてではあるが、馬場たちは商人の荷が襲われて朱槍や胴丸が奪われたことがあったと聞きこんでいた。
真偽は定かではないが、少なくとも嫌疑は相当に薄れたように思えた。
「それはそうと‥‥ 商人の手を借りるのは、よくよく考えなければいけませんね‥‥」
「うむ、ただ同然の値で品を運んだり、留め置いてくれると言うが‥‥ 勘定方にも迂闊に返答せぬようにと釘を刺されてしもうた」
はてさて難しい問題のようである‥‥