●リプレイ本文
●嵐の前の静けさ
「ギルドの依頼で来ました! 危険ですから早く避難を」
坂道を駆け上がる陸潤信(ea1170)たちは、荷物を纏めて歩いてくる家族に出会った。
「フネさんが、まだ村に残っとる。大丈夫かのぅ」
中年の男に担がれた老婆が坂を振り返った。
「母ちゃん、フネ婆ちゃんも後から来るから」
「私たちに任せてください」
息子の言葉に力強く頷き、潤信は拳を握ってみせた。
「後何人残っているかわかりますか?」
「オラたちの他に逃げた者がおらねば、あと6人だ」
坂道を降りてくる一団がある。年若い1人がこちらへ駆けて来た。
「老いた家族を抱えたもんが多い。村のすぐ近くで大百足の近づく音がしたんで、逃げられるもんだけで逃げてきたんだ。助けてくれ」
若者が額を地面にこすり付けると、追いついた村の衆も同じように土下座した。
「わかってます。私たちはそのために来たんですから」
潤信の言葉に村人が安堵の息を吐いた。
「ただ、虎太郎さんの救出も一緒に行わないといけませんから人手が足りません。力自慢の若い衆を何人かお借りできないでしょうか?」
「俺が行こう」
「オイラも」
数人の男が潤信の前に進み出た。
「皆を守る為に身を呈するなんて、虎太郎さんとは勇気がある方ですね。
素適だと思います‥‥ でも少々危険すぎるかと。必ず助けてあげたいですね」
神有鳥春歌(ea1257)は長弓の弦の具合を確かめた。村が近いなら、すぐそこにでも大百足が出るかもしれない。
「ここから速やかに撤退して下さい。今なら逃げられますので、速やかにお願い致します」
笑顔から一転、真剣な面差しで村人を見つめる。
「ワシらは隣村に行く。残った者を頼むぞ」
「それじゃ、行きましょう」
冒険者たちと若い衆は、村へ続く坂道を登り始めた。
村の中は意外に静かだった。
潤信とミハイル・ベルベイン(ea6216)は若い衆を連れて、すぐに逃げ遅れた家々を訪ねて行った。
残った者たちは猟師をしている若い衆に周辺の地形を教えてもらっていた。
風景を指差しながら、位置関係を地面に書いていく。
「上に逃げる馬鹿はいません。となると‥‥」
片桐惣助(ea6649)は、地面の上の1点を指差し、そこからサッと指でなぞった。
「川‥‥か。ありえるな。それなら沢伝いに逃げたとすれば、この辺か?」
若い衆が頷きながら指差した。そんなに上手くいけば苦労はしないが、漠然と捜すより格段に発見へと繋がるであろうことは確かだ。
「ならば早く行きましょう」
朱鷺宮朱緋(ea4530)が立ち上がった。
「虎太郎、助け出してくれよ」
猟師は片桐と朱鷺宮の手を握った。
「俺たちも行こう」
佐竹康利(ea6142)、クリス・ウェルロッド(ea5708)、胤奏柳傳(ea7084)、神有鳥の4人は大百足が出たという場所の近くを目指すことにした。
「百鬼夜行で取り逃がした大百足2匹が相手ですか‥‥ 取り逃がしは私たち冒険者の責任。
ここで撃退出来れば良いのですが、今回は避難を最優先させる故に難しそうですね‥‥」
弓の弦の張り具合を確かめ、矢筒の矢を確かめてクリスが立ち上がる。
「坊主も大した者だな。俺が初めて勝てんと思った時は、恐怖で体が動かなかった。
それを考えると、全く大したモンだ、その心意気に俺も応えんとな」
胤奏は両手にはめた金属拳の具合を確かめて、己の拳を見つめた。
「よっしゃ、百足退治。いっちょがんばろうじゃねぇの!」
「難しくとも、やれることは尽くさんとな」
「主よ‥‥ 全ては貴方の御言葉のままに‥‥」
佐竹と胤奏と神有鳥の後ろから、クリスが祈りを捧げながら歩き出した。
●遭遇戦
「枯葉の様子がおかしい」
グラッ。
クリスが注意を促した刹那、足元が揺れ、地面が浮き上がる。
無数の節足に平べったい頭、そして鋭い牙。2丈に達するであろう巨体は紛れもなく大百足である。
「こりゃまじぃな、逃げるぞ!」
不意の遭遇戦で佐竹たちは混乱した。
「この先に川がある。そこまで逃げるぞ!」
不意に胤奏は、片桐が示した虎太郎が逃げたであろうと予測した道筋を思い出した。
「こんなに速いなんて卑怯ですよ」
雑木をなぎ倒して迫る大百足を目の当たりにして、クリスが矢を番えた。
確かに移動を阻害しているが、それでもまだ冒険者たちに迫る勢いである。山間部では木々に遮られて、少しは足が遅くなるだろうという胤奏の予想は儚くも打ち破られていた。冒険者たちも移動を阻害されているので地の利などあろうはずもない。しかも馬連れである。
「止まりなさい」
2本の矢を同時に節の隙間目掛けて撃ってみたが、正面にもかかわらず矢はあらぬ方向へ突き刺さった。
「ここで止めなきゃ、マズいか」
胤奏は大百足の眼前に立ちはだかった。
鋏み込もうとする牙に合わせて動くが、かわしきれない。しかし、幸い体は動く。
低い姿勢から左の拳が体の芯と一直線になるように突き上げられ、一瞬浮いて落ち込んだ頭部に流れるように右の拳が放たれた。
体の勢いを殺さず、腰を支点に回し蹴りが大百足の頭部を揺らす。
「これで立ってられ‥‥るのかよ‥‥」
枯葉が舞い、その中から繰り出された牙が腕をスパッと割いた。グラッと倒れこんだ。
「おっしゃぁ!!」
木々を縫って馬を操る佐竹が、辛うじて大百足の前に出てきた。これまた辛うじて大百足の牙を受け止める。
「重‥‥」
馬を下りて胤奏を乗せようとするが、重すぎて持ち上がらない。
ビュッ! ダブルシューティングを諦め、大百足の節を狙って撃った矢は節の近くに命中したが、あるかないか判らない隙間である。至って平気な風で佐竹に迫るところを見ると傷を負わせられたかも怪しい。
佐竹は防戦一方である。元々回避は得意ではない。いつ麻痺させられてもおかしくなかった。
得意のスマッシュを打ち込むには大百足に隙が必要だった。
一瞬でもいい。隙があれば‥‥
そんな希望は儚くも打ち砕かれた。2度耐えた麻痺も3度目には、ついに耐え切れなかった。
「くっそぉ‥‥」
佐竹の視界が薄れていく。
●危険な囮
少し時間はさかのぼる。
「来たぁ!! 早く逃げろ!!」
粗方の避難が済んだところで、若い衆の叫び声が飛んだ。
ガガッ、バキバキッ!!
里山が地形を変え、雪崩れ落ちる土砂と一緒に巨大な百足がその姿を現す。
「急げ、急げ!!」
ミハイルが最後の村人を若い衆の背中に預けた。
「はぁぁあ!!」
吹き飛ばされる小屋の陰から飛び出した潤信は、大百足の頭の下に潜り込むと爆虎掌を叩き込んだ。
(「まずいですね‥‥」)
どっと汗が噴出してくるのを感じる‥‥ よろめきはしたが、大百足につけこむような隙はない。
「潤信!」
馬首を返したミハイルが叫ぶ。ミハイルの側を若い衆に背負われた老人たちが逃げていく。
「こいつ‥‥ 速い!」
一撃くらわせて離脱するつもりだったが逃げ切れず、潤信は防戦しながら爆虎掌を叩き込んでいる。
普段ならこのまま押し切るところだが、当たれば麻痺の可能性が待っている。
「!」
大百足の牙が潤信の頬を引っ掛けた。よかった。麻痺はしていない。
何とかしのいでいるが、いつまでもは無理だ。麻痺すれば、その先にあるものは‥‥
カキィン!
飛んできた縄ひょうが外骨格に阻まれる。大百足は馬に気を惹かれたのか、騎乗したミハイルへ接近してきた。
潤信が森に駆け込んだのを見て、ミハイルは安心して全速で愛馬を走らせた。体重の軽いエルフの騎士、しかも重い装備は積んでいない。おかげで何とかギリギリ大百足の足を僅かに上回っていた。
「こっちはなんとかなったか‥‥」
大百足を振り切ったミハイルが坂道で村の方を窺っていると、潤信が草を掻き分けて現れた。
「助かりました。あんなに速いなんて‥‥ 彼ら、大丈夫でしょうか‥‥」
山間の森の中を全力で走るのには、かなりの体力を有する。潤信は肩で息をしながら、細かい擦り傷を作っていた。経験豊かな潤信ですらである。
メキメキと音を立てて、大百足が森へ分け入るのが遠くに見える。
「心配しても仕方ない。俺たちが村人を隣村まで無事に届けると信じているから、あいつらは安心してあちらに専念できるんだ。行こう」
ミハイルと潤信は、坂道の先を歩く若い衆を追いかけ始めた。
●発見
「始まったかな?」
「私たちも急いで虎太郎様を捜しませんと」
片桐と朱鷺宮は、ほんの少し開けた場所へ登り、斜面の木が倒れるのを見ている。
「誰だよ!! あっ、お姉さんたち、早く逃げて! あっちには大百足っていう怪物がいるんだ」
少年が斜面を駆け上がってきた。
「虎太郎様ですか?」
「あぁ、オイラ虎太郎だけど‥‥」
少年は体重を後ろにかけて急停止した。息は速いが、朱鷺宮が思っていたほど少年に疲れは見えない。
「よく頑張られましたね。村人たちは大半が逃げ出しています。村に残った仲間が取り残された方々も逃がしたことでしょう。安心してくださいませ」
回復の術をかけてくれた朱鷺宮の言葉に虎太郎は胸を撫で下ろすように溜め息をついた。
「さて、あとはあいつか‥‥ 大百足が暴れているのが、仲間たちのせいでなければいいんだが‥‥」
呼子を鳴らそうとした片桐が呟いた瞬間、虎太郎が食いつくように裾を引っ張った。
「えっ? どういうこと?」
「大百足が村へ行かないように、虎くんを捜しやすいように囮になっている奴らがいるんだ」
「何人いるの?」
「4人だ」
「何でそんな人数で行かせたんだよ!!」
駆け出そうとする虎太郎の腕を片桐が掴む。
「放して!!」
「あなたを助けるために私たちは来たのですよ。
対峙なされた虎太郎様ならば、大百足相手に遅れをとるやもしれぬ事、其れが他者の足を引く恐れもある事お分かりで御座いましょう?
戦うのみが冒険者の役目では御座いません。どうか村の方々の元でお護り頂きとう存じます」
朱鷺宮は微笑んでいるが、その瞳には有無を言わせない迫力があった。しかし‥‥
「どんな達人たちか知らないけど! こんな場所で戦って、勝てるわけないじゃないか!!」
少年の瞳の奥には、獣が獲物を狩るときのような鋭い眼光と殺気が漲(みなぎ)っている。
一瞬、気おされた片桐の手を振り払って虎太郎は駆け出していた。
片桐は呼子を吹き鳴らしながら虎太郎を追いかけた。
●不運が重なる
「いけません‥‥」
射線を確保するために大百足の通った道へ踏み込んだその時、神有鳥は背後に地鳴りを聞いた。
目の前の大百足が暴れていたために気が付かなかったのである。
なぎ倒した倒木が大百足の周りを舞っている状況では、木々が邪魔で射線が取れない。神有鳥は大百足がこちらに向かってくるのを見て、術の集中に入った。
「きゃあ!」
間に合うか微妙だったアイスコフィンは、飛んできた倒木に肩を強(したた)かに打ちつけられて失敗した。
「いたっ‥‥」
肩を抑えた神有鳥が別の痛みを背中に感じて振り返ろうとした。それは再び襲った痛みによって叶わない。
パサッ‥‥
乾いた音を立てて神有鳥が倒れこんだ。
「遅かった!!」
息を切らせて現れた虎太郎が、六尺棒を構えて大百足を突き上げた。
「春歌様」
朱鷺宮が解毒剤を使おうとするが、大百足がいては近づけない。
「誰か早く春歌様を逃げてくださいませ」
朱鷺宮が聖なる光を放つが、あまり効いた様子ではない。
「くそっ、足止めにもならない」
飛び込ませた片桐の大ガマは表皮を切り裂かれ、動かなくなった。
再び集中に入った2人のもとへ大百足が突進してくる。
「なんて奴だ」
後衛の神有鳥がやられている事実に片桐が愕然とする。
「だから言ったじゃないか! こんな人数で、こんな場所で戦うなんて無茶だよ!!」
虎太郎が牙の一撃をくらって吹き飛ばされ、そのままの勢いで術が間に合わないと背中を見せた朱鷺宮へ牙が届く。
虎太郎は何とか立ち上がってきたが、朱鷺宮は動かない。
ズバァァン!!
倒木を巻き上げて2匹目の大百足が現れた。
「効いてくれ」
なんとか春花の術が成就した。間近にいた大百足が眠りにつく。
「よしっ」
しかし、喜びも束の間、倒木が大百足に激突して再び動き始めた。
「‥‥」
クリスが2匹の大百足に挟まれる格好で身を竦(すく)ませている。
背後に牙を受けて、そのまま枯葉の中に沈んでいく。
「俺1人でどうしろってんだ!!」
前衛の佐竹も胤奏もやられている。片桐の直感は不幸にも当たっていた。
「お兄さん1人でも逃げて!!」
「できる‥‥か‥‥」
片桐と大百足の戦闘力の差は歴然としていた。薄れ行く意識の中で片桐は獣の咆哮を聞いたような気がした。
●敗北の痛み
「これは‥‥」
潤信とミハイルは、愕然と立ちすくんだ。
そこらに倒れた仲間たちの向こうには、倒木に腰掛けて肩を落とした虎太郎と動きを止めた2匹の大百足‥‥
「どういうことだ?」
「お兄さんたち、この人たちの仲間?」
「そうだけど」
「これだけの人数じゃ戦えないって言ったのに‥‥」
少年の瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「1人倒れ、助けようとして2人、3人って‥‥ 最後には倒さなくちゃ‥‥どうしようもなくなって‥‥こんなことに‥‥」
声を震わせながら必死に話し始めた。
「オイラ、修行中の身だから、まだ術は使えないし‥‥」
潤信が少年の頭を胸に抱くと、激しく泣きはじめた。
運良く村人が避難した隣村の寺に解毒できる僧がおり、一行は解毒してもらい、その僧と朱鷺宮の回復の術によって傷を癒すこともできた。
「虎太郎さんは?」
「修行が足りないって言ってたよ。オイラが術を使えればって」
神有鳥は虎太郎を探したが、少年は回復の目処が立ったところで旅立ったのだと村人に聞かされた。
「そうですか‥‥」
助けるはずが助けられてしまった神有鳥は、礼を言うこともできなかった。しかし、また会う機会はあるだろう。