●リプレイ本文
●彼の者は‥‥
「私もそう思います。あの虎太郎君が悪事を重ねているとは、とても考えられません」
「そうですわね。あんなに優しくて真っ直ぐな子が、一方で修行に明け暮れ、一方で悪事を働くなんて‥‥ とても信じられません」
きっぱり言い放つ陸潤信(ea1170)に神有鳥春歌(ea1257)が頷く。
「俺もそう思う。大百足を倒して倒れた皆の側で泣いていた‥‥、あの姿が嘘だとは思えないしな」
「私もです‥‥」
ミハイル・ベルベイン(ea6216)と陸潤信の2人は、あの光景を見ているだけに特にそう思えた。
「彼は心優しき者です。彼が何者であっても、彼の心は信じ続けてあげたい」
潤信の言葉に迷いも澱みもない。
「虎太郎君には何か事情があるんじゃないかな。人には言えない‥‥何かが」
「それなら町にいるっていう虎太郎を捕まえればいい。あなたたちが会ったという虎太郎くんが寺にいる虎太郎くんなら、2人を会わせればどちらかが本物でどちらかが偽者ってことです。どっちも本物、どっちも偽者って可能性もありますけどね」
山王牙(ea1774)は虎太郎のことを知らない。それだけに、この中では一番冷静に見えた。
「信じたくはないけど、町で悪さしている虎太郎くんが本物という可能性もあります‥‥」
クリス・ウェルロッド(ea5708)の表情は冴えない。
「その通り。ところで、町では、さっき会った方に不自然な出会い方をすることがあるのですよね? 変化の術か何かでしょうか?」
この男‥‥ 虎太郎の記述のある報告書を読んで以来、何か考え込んでいるようだった‥‥
さり気なく話題を振る山王の本意は‥‥
「さっき振りとはよく言ったもんだよな。誰が最初に言ったか知らねぇが、良い味出してるぜ。
兎に角‥‥ 見てみないことには始まらないと思うぜ」
「前回の反省も兼ねて謝りたいと思っていましたが、これはまた妙な事になっていますね‥‥
さっきぶりの噂に2人の虎太郎くん、多分関係ある事件なんでしょうが、狐にでもつままれているみたいです‥‥」
佐竹康利(ea6142)もクリスも虎太郎本人を知っているだけに、どことなく割り切れていないようである。
それに加えて‥‥
大百足2体相手に戦いを挑んでやられてしまったという現実。
手負いの大百足とはいえ2体の強敵を倒したのが彼であろうという予測‥‥
「お酒でも飲ませて酔い潰して捕えるというのはどうでしょう?
町で悪さをしている虎太郎くんが古狸や古狐なら何か反応があるはずですよ」
山王の心の中には別の答えが渦巻いていた。しかし、誰も口に出さない以上、自分の口から話すことは躊躇われた。
もしかしたら、誰か同じ答えに辿り着いてるかもしれない‥‥ だとしたら‥‥
周りの表情を窺うが、心意まではわからない。
「親仁さんの話だと、俺が前に会ったのは寺にいる虎太郎くんの様です。
助けてもらった礼も言ってないですし、自分の勘を信じてそっちに行きたいのですが‥‥ 皆さんはどうします?」
迷いを吹っ切って片桐惣助(ea6649)が見渡すと、既に心中では各々決していたようである。
「それじゃあ、分かれましょう」
冒険者たちは寺と町の2手に分かれて調査を開始した。
●噂なるもの、須らく‥‥
「さて、どこから探しましょうか」
「虎太郎くんがどこに出るかはわりませんから、手分けして歩くしかないでしょうね」
神有鳥とクリスは、町人の姿に変装していた。
「俺は山王と一緒に聞き込みを始めるよ。2人も頑張ってな」
「では、また後で」
4人は街中へ散って行った。
‥‥と言ったものの、ミハイルたちにも当てがあるわけではない。
道行く人々に虎太郎の人相など話してブラつくが、当てもなくではどうにも‥‥
時間だけが過ぎていく。
ふと、山王の目に酒場の看板が目に入った。
「噂の生まれる場所といえば‥‥」
「そうだな。当てもなく歩くよりは確実か」
酒を酌み交わし、他愛もない世間話をしているうちに、それなりに情報が入ってきた。しかし、目立って真新しい情報はなく、意外に捜索は難航しそうだった。
「悪ガキのことは、よく知らねぇけどよ。あれは違うのかい?」
声をかけられて覗いてみると、表ではちょっとした騒ぎが起きていた。
「虎太郎‥‥」
ミハイルは目を疑った。子供っぽさの残る顔‥‥ ついこの間、印象的な出会いをした彼を見間違えようがなかった。少年が暴れるたびに小物屋の商品が地面に散乱し、女主人が泣きわめいていた。
「あいつ」
「待ってください。ここはクリスさんが」
止めに入ろうとしたミハイルの腕を神有鳥が掴んだ。
「いろいろと聞き込みをしていたのですが、偶然出くわしたんですの。
騒ぎを大きくしても誰のためにもなりません。人外の者なら町の人たちのためにも‥‥ そして、虎太郎さんのためにも‥‥」
「どうするんだ?」
「ここで虎太郎さんが変化して、寺にいる虎太郎さんにまで迷惑がかかったら‥‥と思うと。後をつけて様子を見ましょう」
ミハイル、山王、神有鳥が見守る中、クリスが虎太郎に近づいていく。
「虎太郎くん?」
少年は振り向かないが、とりあえず暴れるのを止めた。
「人違いならば、聞き流してもらって構わない‥‥
私はジャパン出身ではないし、仏の道はあまり分かりませんが‥‥最初から万能な人間など存在致しません。
完璧ではないからこそ、人は助け合えると思うのです」
沈黙したままの少年は身を翻(ひるがえ)すと走り去っていった。それを3つの影が追う。
(「確実ではないけれど、あの虎太郎くんは私たちの知る虎太郎くんではなさそうですね」)
クリスも仲間たちを追った。
●いたいた
「此方(こちら)で虎太郎という若い僧が修行していると聞き伺いました。彼とお話させて頂けますか?」
寺にいるという虎太郎に会うのは簡単だった。だが、別の意味で難しい訳で‥‥
「本当に行く気はないのか?」
佐竹は念を押した。事情を話しても虎太郎の決心は変わらない。
「たまには息抜きが必要だろ」
「でも、修行中だもん。大変じゃないよ」
そう言って軽くかわされる始末。
「身につまされる御言葉、いっそ私も共に修行致したい程。
しかし、まずは先日の非礼のお詫びを。己の力を弁えぬ過ぎた言葉でした」
「慌ててたけど、オイラの方こそ、あの時は乱暴なこと言ってごめんなさい」
佐竹の言葉に動かされることなく修行を続けようとする虎太郎に朱鷺宮朱緋(ea4530)は感心した。
同時に、この子が悪事を働くわけがない、自分たちを助けてくれたのは彼だと直感した。
「この前は悪かったな。油断していたわけでもないし、過信していたわけでもないんだが、結局真っ先にやられちまった。
お前さんも俺らが助けるつもりだったんだけど逆になっちまったしな。すまん」
「僕らがこうしていられるのも君のお陰です。
ただ‥‥知ってもらいたい。俺達は皆で相談し、己の力量を図った上で、まず村人の安全と虎太郎くんの救出を優先したのです。
俺たち冒険者は多少頑丈で、一般人とは違います。救える人は救う‥‥ 虎太郎くんも、だからこそ囮になったのでしょう?
4人、そして6人で足止めはできませんでしたが、村人と虎太郎くんが無事であったのなら俺たちはそれでいいんですよ。
己の力量不足で力及びませんでしたが‥‥ だから気にしないで明るい顔でいて下さい」
佐竹と片桐が頭を下げた。穏やかに真摯に‥‥
「うん‥‥」
虎太郎は複雑な表情で微妙な照れ笑いを浮かべていた。
「村の招待を何故断るのか、理由を聞かないと村の人たちも納得できないですよ。話せる分だけでも良いですから」
優しい笑みを湛(たた)えて、陸潤信が虎太郎の頭を撫でた。
「実質、村人を避難させたのは我々だけど、村人を救うきっかけを作ったのはキミであって、キミが居なければ、私達は村へ救出に出向くこともなかったと思いますよ」
「でも、大切な約束を破ってしまったんだ。オイラ‥‥」
「どんな約束かは知りませんが、それは村人たちには関係ないことです。
感謝の気持ちを素直に受けられなくて、修行しても意味はないと思いますよ」
「せっかくのお礼を断るのは良くないことと思わないか?」
陸潤信を見る虎太郎を、佐竹は自分のほうへ向けた。
「そうだけどさ」
「そうだけどさじゃない。お礼がしたいのにさせてくれなかった人たちのこと考えたか?
あの村の人たち、早くお礼しとけばよかったって、きっと後悔が残っちまうぞ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
佐竹の言葉に後押しされて虎太郎の顔にフッと笑顔がよぎった。
「例えどんなに万能であっても、人は一人では生きていけない‥‥ この意味が分かりますか?」
「何となく‥‥」
「そのうちにわかるようになります。その意味を知るためにも村人たちのお礼を受けるべきです。
あなた自身の修行にもつながるとおもいますよ」
「うん‥‥」
どことなく納得していない雰囲気だが、陸潤信の言葉に頷いた。どうやら村へ行くことには同意してくれたらしい。
「大百足と私たちが倒れている中で泣いておられたとか。命が失われることを悲しんでおられたのですか?」
「うん‥‥ よくわからない。
でも、オイラは‥‥ オイラの力で誰かを傷つけたくないんだ。だから癒しの力を身に付けたいと思ってる」
「それが例え人に仇なす、御仏が邪悪とする存在だとしても‥‥ですね。
それゆえ御仏の御心に適わず魔法が使えない‥‥とお考えですか?」
「わからない。だから修行してるんだ」
虎太郎の瞳には真摯なものが感じられた。
「私も叶うならば命の灯は消したくありません‥‥
ですが、生きる事は命の犠牲を糧とすること。
命を等しいとするならば、草も魚も人も‥‥妖怪さえもその重みは変わらぬのでしょう。
生き続ける以上、僧侶の私にできることは礎となった命の成仏を祈る事、そして感謝を」
「うん」
「私は『生かされている』ことを忘れません。同様に皆様の感謝の心を無駄にしないことも大事かと存じます。
大切なものは虎太郎様の御心、そして村の方々の御心‥‥
大百足の供養も兼ね、村へ共においで頂けませんでしょうか?」
「わかったよ。自分のことばかり考えていたような気がする。まだまだ修行が足りないね」
虎太郎がペロッと舌を出して、恥ずかしそうに下を向いた。
「経読みのお努めが残ってらっしゃるのでしょう? 私もご一緒してもよろしいですか?」
「勿論さ! 行こう」
朱鷺宮の手を引いて仏像の前に座った虎太郎は一緒に経を読み始めた。
●彼の者の正体‥‥
「どこ行った?」
筋を曲がったところで、ミハイルたちは虎太郎を見失った。路地の先へ駆け出すが、虎太郎の姿は見当たらない。
「どうしたんですか? わっ!」
路地へ飛び出してきたクリスが、思わず町人にぶつかる。
「ごめんなさい。急いでるんです」
「お〜」
町人がクリスを指差してビックリしている。
「何ですか? 美しすぎて言葉にならないとか?」
「いやいや、そうじゃなくて。これが噂に聞く『さっきぶり』ってやつなんだなぁって」
「どこで会いました?」
「向こうだけ‥‥ど」
言葉を最後まで待たず、町人が指差す方向へクリスが駆け出す。もちろん他の3人も一緒だ。
「ホントにそっくりですね‥‥」
「確かに。やっぱり変化する能力でしたか」
山王と神有鳥が小屋の影から偽クリスを見張っていた。別の方向からはミハイルとクリスが回り込んでいる。
「私の姿を盗むなんて‥‥ でも、ちゃんと美しく変化してくれてるんで満足です」
回り込んだクリスがビシッと指を差した。
「おとなしくなさい。訳くらいは聞いてあげますから」
クリスの言葉を無視して踵を返して逃げようとする偽クリスへ、ミハイルが縄を投げた。
「逃がしません」
しかし、ミハイルの言葉とは裏腹に、偽クリスを捕まえたはずの縄はブヨブヨとした肌になった彼女(?)からずり落ちていく。
「!!」
偽クリスの顔や体が崩れていき、ブヨブヨな人型へと姿を変えた。
あっけにとられている間にブヨブヨ人型が姿を変えつつ人ごみのある通りの方へ消えていく。
「尻尾でも出すかと思いましたが、少し違ったようですね‥‥」
山王は1人呟いた‥‥
●お礼
村へと訪れた虎太郎たち。村人たちは本当に喜んで彼を迎えてくれた。
村は復興を始めたばかり。こんな持て成しをする余裕があるとは思えなかったが、手放しの喜びようは村を明るく包んでいた。
「本当にありがとうございました。あの時、もしそのままなら私はここには居ないでしょうからね。命の恩人です」
隣村の僧を訪ねてお礼参りを済ませていた神有鳥は、村での宴席で虎太郎に改めて礼を言った。
「オイラ、別にそんなに感謝されることしてないよ。生きとし行ける者は、全て助け合い、感謝しあうものだもん」
虎太郎の顔がパァッと明るくなる。神有鳥たちは、そんな様子にホッと一安心するのであった。
暫くして‥‥
お礼の集中攻撃をくらい、虎太郎は少しだけと退出して夜気にあたっていた。
「虎太郎くん、良いお酒が有るのですが飲みませんか」
「オイラはいいよ」
「寺は禁欲的ですからね‥‥ こんなところにいるときくらいは少しくらい羽目を外しても罰は当たりませんよ」
「でも、いいよ。修行中だからね。あんまり飲んだことないし」
差し出した杯を虎太郎の側に置いて、山王は手酌を始めた。
「虎太郎くんは恐らく‥‥ いや、何でもありません。月が綺麗ですね」
言葉を飲み込んだ山王は、杯を虎太郎のほうに差し出すと映った月ごと一気に飲み干した。
「あの怪物‥‥ 何とかしないとね。私の姿で悪事を働かれては困ります」
大勢での酒の席は苦手と、クリスは月を肴に杯を傾けていた。
さて、『さっきぶり』の話の行方は‥‥