●リプレイ本文
●1人浮かれモード
「足1本だけでもこんなに大きいんだ。凄かったぞう」
道中の慰みにと仕事で眺めることのできた象という珍しい生き物の話をする鷹見仁(ea0204)の身振り手振りに、フィーは目をキラキラとさせている。隠れ里の近くに出る大型動物とは比べ物にならない大きさに興味津々だ。
「そういえばそろそろじゃないのか? もう、海が見えてきても良い頃だが」
鷹見は象の鼻に見立てた腕をうにゃ〜んと持ち上げると、額に手を当てて遠くを眺めた。
「海、海! 海ならばお任せを!」
おおっと‥‥ いつもの優しいお父さん松浦誉(ea5908)とは、ちと雰囲気が違い、今回はどこか浮かれ気味だ。
「磯遊びに舟遊び、投網漁も楽しいですよ♪」
やっぱり少し変♪ でも、フィーは楽しそうだから、それはそれで良し。
「漢の浪漫とかってやつなのか?」
「ハハ、海はいいですよ。あ、見えてきました」
走り出す松浦に、いつもはムードメーカーの平島仁風(ea0984)も今回ばかりは苦笑い‥‥
「フィーちゃん、いつも元気やねぇ。流石に‥‥ 暑いなぁ‥‥」
北国ロシアの生まれであるコユキ・クロサワ(ea0196)にとって、ジャパンのこの蒸し暑さは相当に堪えるようだ。
いつもなら松浦を追いかけるフィーと一緒に走り出しているところだろうが、その元気はないらしい。
一行は海岸近くにお泊りの拠点を築くと、早速というか磯遊びの準備を始めた。
岩場を少し降りると、そこには波が打ち寄せている。
「ふふっ、ホント何処までも広いな。見てて飽きないよ‥‥ どうした、フィー?」
1人クールに決めていた雪切刀也(ea6228)の足元にフィーがやってきて、波打ち際をじっと見ている。
「飲んでも大丈夫かな? 喉渇いちゃった」
初めての場所での生水には気をつけなさいという隠れ里の皆の言いつけを守っているらしい。
「フィーさんは海が初めてなんですね? 海の水は塩辛いんですよ。飲むのは止めた方がいいですね。
海底で海坊主が石臼で塩を挽いているのだとか、水神の亀竜の涙で塩辛いのだとか、色々謂れはありますが‥‥
本当は何故か、残念ながら私にも分かりません」
「ホントだぁ」
松浦の1人舞台に感心しながら指先につけた海水をちょびっと舐めて舌を出したフィー。
「それならこれじゃ。甘瓜。沢山買ってきたから少し食べるのじゃ」
緋月柚那(ea6601)が荷物をポンポンと叩いている。その中には途中で買った真桑瓜が入ってた。
「そうですわね。ちなみに華国では甜瓜というのですよ」
ちょっとした潤美夏(ea8214)の豆知識にホゥと皆が頷いている間に、手際よく俵型の瓜を切り分けていく。
はむっと頬張ると甘さが口の中に広がって、汁気が喉を潤す。
美味しいか美味しくないかは、皆の笑顔を見れば一目瞭然。疲れた体には大御馳走だ。
「何か顔に付いてるか?」
マジマジと見つめる潤に雪切が困ったような表情をしている‥‥
「いえ、海に来ると男は叫ばずにはいられないと言った方がおられまして、本当にそうなのかを見ていたのですわ」
どこから聞いてきたんだと笑う雪切や平島たちに潤は口を尖らせた。いや、一瞬キラ〜ンと笑ったか‥‥ ご愁傷様‥‥
さてさて、どんなことが起きるのか‥‥
●蟹で浮かれモード
「ふむふむ‥‥ ほぅ‥‥ なるほどね〜‥‥」
イギリスの博物誌をめくりながらドクターことトマス・ウェスト(ea8714)は研究用の動植物を採取している。
もっとも普通に持ち帰っては腐ってしまうので断念しなければならない物の方が多いのだが‥‥
「けひゃひゃひゃ、これがジャパンのクラブかね。成る程、このようになっているのだね〜。ふむふむ」
ジメジメした暑さに辟易しながら雲間の透扇でパタパタ扇いでいると、急に日陰ができて不意に暑さが和らいだ。
「日が翳ってくれると少しは違うものだね‥‥」
振り向いたその先にあったのは泡を吹く岩のような物‥‥ しゃくしゃくと動く鋏‥‥
「この辺り、大蟹が出るらしいぞ。気をつけないとな」
潤に『食う分は自分で取ってこい、ですわ』と言われて食材探しに来たのだが、何故か鷹見は嬉しそう。
「蟹はんたーに任せとけ」
魔物ハンター平島の腕が鳴るのか、こちらもかなり浮かれモードだ。
「行くか」
「おう」
2人は、それぞれに得物を手に取ると不敵な笑みを浮かべて磯へと繰り出していく。
お約束のように波に足をすくわれてこける平島に微笑みながら、潤はパタパタと手で扇ぎながら座り込んだ。
「それにしても暑い、まったくもって暑いですわ‥‥」
「ほんとやねぇ」
日陰で腰掛けて海水に足をつけてパシャパシャさせている潤の隣にはコユキの姿が‥‥
いつもなら率先してフィーの手を引いているのだが、流石にお疲れのようだ。
少し離れたところではフィーと松浦、緋月と柴わんこたちが、わいわい騒いでいる。
「磯には沢とはまた違った生物がいるでしょう?」
「小っちゃ〜い」
潮の満ち干きで岩場に取り残された海の生物たち、小魚や小海老をフィーがじ〜っと見つめている。
それを一々説明しているのは水を得た魚、松浦父だ。
「磯巾着に藤壺‥‥ 怪我をしないよう気をつけて。ほらほら、海鼠(かいそ)もいますよ」
うにょーん、ぷにぷにとした海鼠‥‥ナマコをツンツンしながら、川では見られない生物たちに3人と2頭も御満悦だ。
「蟹もいますよ。ほら」
捕まえようとして鋏まれるが、鋏まれたまま蟹をぷら〜んとぶら下げた手を松浦は笑顔のままヒラヒラと振る。
「あ、蟹さん♪」
「そうですよ。ホラホラ」
「そうじゃなくって後ろ」
へ? と振り返った松浦は、巨大蟹とそれを追いかける仲間たちの姿を目の当たりにする。
「飯の種〜♪」
「蟹鍋〜♪」
嬉々として追いかける鷹見と平島。そして追いかけられている蟹に追いかけられているドクター‥‥?
「ぼさっと見てないで助けるのだよ〜」
ドクターは博物誌をしっかと抱えて逃げる、逃げる。
大蟹の鋏がドクターを捉えようかという瞬間‥‥
石礫が飛んできた。硬い甲羅に阻まれてしまったが、一瞬動きが止まった瞬間にドクターは多少の距離を稼ぐことができた。
「大丈夫ですか!」
「助かったよ〜、けひゃひゃひゃ」
いつもの笑いが出るなら大丈夫と雪切は胸を撫で下ろす。
「さて‥‥」
バーニングソードの炎を宿した日本刀を構えると大蟹に斬りかかっていく。
「蟹じゃ〜♪」
「鍋〜♪ ドクター、動きを止めてくれ!!」
「言われなくても、そうするのだよ〜」
平島や鷹見も斬りかかるが、硬い甲羅相手では、ちと分が悪い。
「フィーさん、緋月さん、離れないでくださいね」
「うん。でも‥‥」
「大丈夫。2人は私が護りますから」
松浦は自分の体の後ろにフィーと緋月を隠すと日本刀を抜いた。
「フィーさんは任せておくですわよ。しっかり、晩御飯を仕留めてくるのですわ」
「あれを?」
「そうですわ」
駆けつけてきた潤が松浦の隣にやってきて、しれっと言う。ていうか、なぜ自分で行かない‥‥
「あ、逃げます」
しかし、逃げようとしていた蟹の動きが一瞬鈍る。
「今やねん」
コユキのプラントコントロールで操られた海草が大蟹の足に絡みついていた。
「けひゃひゃ、思い知るのだよ〜」
「悪さは止めるのじゃ」
ドクターと緋月が淡く白い光に包まれた瞬間、大蟹の動きを止めた。
「何にせよ、後で研ぎに出さないと駄目かな‥‥」
甲羅で刃こぼれした刀を見つめて雪切が溜め息をつく。
「それより、これ。食べるんだよな?」
「蟹だぜ。食べるに決まってるだろうが」
雪切の疑問は一瞬で却下。平島は食べる気満々である。
「そりゃ当然食べられるよな? 潤料理長」
鷹見もそのつもりで追っていたのである。
「任せておくのですわ。大きくても所詮は蟹。何の問題もありませんことよ。それよりも止めを差さなくて宜しくて?」
潤の言葉に慌てて止めを差し始める一行。
「「蟹〜〜〜!!」」
平島と鷹見が腕を大きく突き上げて叫んだ。
「やはり海に来たら叫ぶというのは本当だったのですわ」
1人得心する潤をよそに、兎も角、晩御飯GETである♪
●皆で浮かれモード
素潜りなどで貝などを食材に加えるなど一行は晩御飯の準備に余念がない。
バーニングソードを付与した釣り針を垂らした雪切の釣果がゼロだったのはご愛嬌。
「お盆はご先祖様が帰ってくる時期なんやってね‥‥」
コユキはフィーたちと胡瓜の馬や茄子の牛を作って手を合わせている。
「先祖を迎えて御祭りするのは御霊祭りという儀式、この供え物は神の乗り物で別の祭りのものじゃ。
時期が近いからどこかで混ざったのかもしれぬの」
「小姫ちゃん、物知りなんだね。フィーもいっぱい勉強しないと」
緋月に触発されてやる気を出しているフィーが可愛くてコユキは思わずギュッと抱きしめた。その腕の片方には緋月も‥‥
どうやら、いつものコユキに戻ったようである。
「コユキもいつもの調子に戻ったか‥‥」
筆を休めた鷹見の手には手を合わせるフィーたちの絵。そして、海での思い出として、裾をたくし上げて波打ち際でぱしゃぱしゃとはしゃいでいるフィーの姿を描いた絵が、鷹見の傍らにあった。
「おろ? なんじゃこりゃあ」
顔だけ残して埋められているのに気づいて慌てる平島を見て、鍋の用意をしながら遠くで潤がくくっと小さく笑う。
「こうしてると体にいいんだって。華国に伝わる秘儀なんだって言ってたよ」
フィーや緋月たちが近寄ってきて、平島を覆っていた砂のひび割れたところを砂で御丁寧に補強してペシペシ叩いている。
(「潤のネェちゃんの仕業かぁ‥‥」)
「あはは‥‥ 人気者だな。オヂさん‥‥」
柴わんこたちに顔を舐められ、平島は涙ながらにそう漏らすのだった。
そうこうしているうちに料理ができてきたようで‥‥
「うめぇ! 潤ネェちゃん、『料理は』流石だねぇ」
掘り起こしてもらえた平島が声を上げた。一部分だけ強調されてるのなんか潤にはどこ吹く風だが‥‥
「すごいのじゃ。沢蟹とは比べ物にならぬの」
緋月は握るほどの太さの蟹の身を掴んで頬張っている。
塩水を沸かせた昆布出汁に酒と追加で少々の塩、それに辛子を入れた汁がブワブワッと解れた身に絡んで食欲をそそる。
「こちらもあがりましたよ。熱いので気をつけてくださいよ」
松浦が担当した浜焼きも美味しそうな香りを漂わせている。
「う〜〜む‥‥ どうも箸というのは苦手なのだよ」
悪戦苦闘するドクターにフィーが箸の使い方を教えている。潤特選の掴みにくい物ばかりなので余計に苦戦中なのである。
見本を見せるように器用に貝を箸で挟むと、フィーは汁気タップリのプリプリの身を口に運んだ。
「すご〜い。お塩なんてかけてないのに。塩味がする〜♪」
「海の水が辛いですからね」
「そっかぁ。海ってすごいね」
嬉しそうなフィーを見て、松浦も嬉しそうに笑う。
「どうぞですわ」
来たっ‥‥ 松浦は椀をジッと眺める。
「焼け石なんて入ってませんわ」
「そうですか‥‥」
安心したように箸を伸ばし、息を吹きかけて汁を啜った松浦が大量の辛子に火を噴いた。
「鍋はやっぱり熱い物なのですわ。油断大敵ですわよ」
水、水と言って手を伸ばしたのは浜焼きに使った塩水の入った水筒。泣きっ面に蜂‥‥
「大丈夫?」
悶絶する松浦に水の入った水筒を優しく渡すフィーに、それどころではない松浦を除いて一行は、ほやんと温かい気持ちになるのであった。
さて‥‥
恒例行事が終わって一段落。料理を楽しみながらも話をするくらいの余裕はできたようである。
蟹の身を解して温野菜を冷ました物を合えた付け合せに、蟹鍋の出汁に御飯をぶち込んだ豪快な蟹雑炊が装われている。
「ジン、蟹との戦い、凄かったね♪」
もっと褒めてと言いたげな鷹見の表情に、コユキたちも苦笑いするしかない。
「江戸の武闘大会で優勝するくらいの腕前なのじゃ。当たり前なのじゃ」
「そうなんだ。ジン、凄〜い」
こうしてこう‥‥などと武闘大会のときの戦いを丁々発止説明する鷹見に、場から笑いが巻き起こる。
「今回も楽しかったな」
「うん♪」
フィーの頭を撫でる雪切に自然と笑顔が浮かぶ。
「美味しい物もいっぱいだったしの」
真桑瓜を美味しそうに頬張る緋月にも笑顔。だが、約1名、少しばかり晴れぬ顔の仲間がいる‥‥
「そや。ほんとは、皆とず〜〜〜〜〜っと一緒にいたかったんやけど‥‥ 少し、京都で用事があるねん。
同じジャパンやし、フィーちゃんにだって会おうと思えば、すぐにでも逢えるよね‥‥」
「うん♪」
やはりフィーの笑顔は女神のそれだ。コユキの少し心残りだった部分も、その太陽のような笑顔で解けさっていく。
おかげで泣いてしまうかもと思っていたコユキは笑顔で『またね』と言うことができた。