滅びの群れ 夜明けの章
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■シリーズシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:8 G 68 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月25日〜12月29日
リプレイ公開日:2010年01月03日
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●オープニング
男がいた。
男の素性は今となっては定かではない。だが、彼は幼少の頃から裏切られ続け、人を信じることが出来なくなっていた。
しかし、彼の事を信じてくれる女性が、彼の前に現れた。彼女はとある組織の長であり、組織はある町を、裏から牛耳っていた。
彼女は彼にとって、大きく、強く、彼を信頼し、彼を愛してくれた。彼女のおかげで、生まれて初めて彼は人を信頼し、やがて二人は結ばれた。
だが、二人には安息の日は訪れなかった。ある日。組織に敵対している者たちが、二人を殺した。彼の妻となった女性は、あまりにも権力を持っていたため、危険視されていたのだ。彼女とともに、夫もまた殺された。
残されたのは、二人の間に出来た娘。皮肉な事に彼女もまた、父親と同じように裏切られ続ける人生を歩み始める事となった。
彼女の名は、鬼百合と言った。
「‥‥御堂殿と刀子殿の調査により、今回の騒動の犯人、そしてそのねぐらが明らかになった」
土浦の役人、田村拓乃新守。その顔には、疲労が色濃くにじみ出ている。
土浦近くを治める領主・坂田刀子。その兄、坂田銀次郎の手により、禁断の技である「死人憑きを作り出す毒」が持ち出され、坂田家の領地内で死人憑きが発生する事件が過去に発生した。
銀次郎はつるんだ仲間たちともに、洞窟内にて果て、そして「毒」に関する書付や現物は全てが焼却され、失われた。全て終わった、そのはずであった。
しかし、今回の小漬村での事件で、刀子は思い知らされた。終わっていなかったと。
「あれから、刀子殿とわしは協力して調査し、実態が明らかになった。推測も入るが、その結果を皆に伝えたいと思う」
先日の、筑紫町の出来事。町民が脱出した後、町には火矢が大量に射掛けられ、死人憑きごと燃やされて終わった。
そして、回収された書付。これの汚れて判然としない部分も、解析する事に成功したのだ。
しかし、そこも既に引き払っていた。どうやら本拠地は別にあるらしい。そこで、土浦周辺の事後処理に忙しい田村に代わり、刀子と御堂とが調査を引き継いだ。
その結果。銀次郎が洞窟で果てる前、彼は土浦市内部で『鬼百合』と接触していた事が明らかとなった。
彼女‥‥鬼百合は筑紫町にて、表向きは薬問屋をしていた。が、彼女の真の顔は盗賊団の頭であり、禁制品をやり取りする情報網の顔役でもあったのだ。敵対するものは殺し、自分は決して尻尾をつかませない。女性ながら、女子供にも容赦は無い。
そんな中、彼女は銀次郎に出会っていた。彼女はやがて、彼を気に入り、二人は夫婦となっていた。
銀次郎は生前に、この「毒」を鬼百合の元に持ち込んでいた。おそらくは、書付をもとに大量生産し、それで金をもうけるために。
しかし、それが行われる前に銀次郎は、己の作り出した「毒」により、そして「毒」により生み出された死人憑きの手により、己が命を奪われた。
それを知った鬼百合は、手元に残っていた断片的な書付や書簡、そしてわずかに残っていた「毒」の現物から、新たな「毒」を作り出す事に時間を割いた。それを完成させ、彼女は最初に小漬村を、そして次に筑紫町を実験場として、「毒」の効果を見たのだ。
飲み水や食べ物に、ひそかに「毒」を混ぜるだけでいい。知らない間に水や食料を口にしたら、そのまぬけは苦しみつつ死亡し、死人憑きになって甦る。
調合を変化させることで、怪骨に、そして死食鬼になって甦らせる事も可能。これを敵対する相手の領地や町にばらまけば、どんな結果をもたらすかは想像にかたくない。まさに滅びを呼ぶ、悪魔の武器。
「毒」の宣伝は、小漬村と筑紫町を壊滅させた事から十分。次の狙いは、おそらく土浦。「毒」により生まれた不死の怪物が、土浦を席巻し、次第にジャパン全土にこれが広がる事になるだろう。そんなことになれば、この世界は確実に滅ぶ。
夫を殺した世界を、今度は妻の自分が殺してやる。おそらくはそのような狂った考えが、彼女の胸中にはあったのかもしれない。
「ともかく、鬼百合の悪巧みを突き止めた刀子殿たちは、この事をわしに知らせ、自分たちで鬼百合の本拠地へと殴りこんだのだ」
鬼百合と、彼女が率いる鬼百合組の本拠地。それは、筑波山の山腹に存在する地下迷宮。
「どうやら、筑紫町を捨てる前に発見し、本拠地として使用する腹積もりだったらしい。で、我々も刀子殿たちを助けんと思って、その場所に赴いたのだが‥‥」
助け出せたのは、御堂のみ。彼が入り口で死掛けていたのを発見した。
「御堂殿は刀子殿とともに、十数人ほどを引き連れて乗り込んだらしい。これだけの数ならば、なんとかなると踏んだのだろうが。しかし‥‥」
時はある意味、既に遅かった。
御堂はかろうじて一命をとりとめた。が、未だに意識が戻らない。彼の手には、刀子の手による書付が握られていた。
『現在私は、地下迷宮内部にて篭城している状態です。かつてこの迷宮には、山鬼や小鬼どもが何匹も入り込んでいたようですが、鬼百合はそいつらにも『毒』を与え、死人憑きにしていました。そして、それを飼っていたのです。
鬼百合組の連中は、せいぜい二十人前後。ですから三十人も引き連れていけば、すぐにでも制圧できると考えていました。その考えは、浅はかでした。連中は、百体以上の死人憑きや死食鬼を作り出し、それをけしかけてきたのです。そして私は、御堂以外の部下を死なせてしまいました。己の無能さが情けないばかり。
しかし、するべき事は最後までやりぬく所存。田村殿、もしもこの書付を読んだならば、迷宮の入り口を全てふさいでいただきたい。内部の大まかな見取り図も持たせてあります。
そして、鬼百合も内部にいるはず。作り出した死人憑きや死食鬼に、逆に連中も襲われて食い殺されたのです。私のいる場所から離れていますが、鬼百合を含めた生き残りは、食料と水がある場所に立てこもり、なんとかして脱出しようと焦っているはずです。
残された「毒」の現物と書類は、連中が持っているはず。鬼百合を問い詰めた時、残る全ての「毒」は、この迷宮内部に保管してあると言っていました。やつらごとこの迷宮に閉じ込めて、今度こそ誰の手にも渡らぬようにしてください。
御堂が目を覚ましたら、私の事は助けないようにお伝えください。わが領地と土浦の、ジャパンの平和のために、そして私の兄が起こした不祥事の責任をとるために、私はこの地にて果てる所存にあります‥‥』
手紙は、ここで終わっていた。
「さて、ここまで言えば、わしの依頼内容も分るだろう? 地下迷宮から刀子殿を助け出し、鬼百合が持つ『毒』とその書付を処分して欲しいのだ。彼女を見捨てるのは、武士どころか人として風上にも置けぬ。しかし、残念ながらこの数日の騒動で、割ける人材が土浦には残っていないのだ」
無念そうな口調で、田村は続けた。
「『毒』とその書類についても、もう二度と、このような危機を起こさないように完全に処分してほしい。どうか、よろしく頼む」
そう言って彼は、深く頭を下げた。
●リプレイ本文
その地下迷宮は、かつては地下に建設された「城砦」であり、「寺院」であり、「町」であった。
山岳の内部には、縦横無尽に通路が行きかい、人々が住む空間を形成していた。山頂には小さな湖があり、それが山の内部にしみ込み湧き出る事で、生活用水はまかなわれていた。
しかし、いつしか人は居なくなった。残っているのは、暗い通路と遺物、そして後から住み着いた邪悪な存在。冒険者たちは、邪悪な存在が待ち受ける穴の前に立っていた。
「さてと、出入り口はみんな埋め終えた。いよいよ、地獄の穴の中へと入り込む頃合、だな?」
新撰組一番隊士、浪人・氷川玲(ea2988)。
「肉体労働ご苦労さん。そうね、それじゃ行くとしましょうか。サラ、用意はできてる?」
竹之屋従業員にして、ノルマン王国のナイト・リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)。
「も、もちろんだよ姉さん!」
金髪碧眼の弓使いにして、リーゼの妹、そして姉と同じくノルマン王国のナイト・サラ・ヴォルケイトス(eb0993)。
「よっしゃ! とっとと終わらせて一杯飲りたいもんだぜ。な、エレン?」
新撰組一番隊組長代理にして、愛妻家の侍・鷲尾天斗(ea2445)。
「ええ、こんな事はもう二度と起こさせない。絶対に!」
ノルマン王国の優しき謡い手、鷲尾の妻にして美しきエルフ・エレオノール・ブラキリア(ea0221)。
「うむ、いずれにしても、これでケリをつけたいところだ」
神楽舞の志士・月代憐慈(ea2630)。
「ふん、まったくつまらんものを作ったものだな。外法は闇に葬るが世の慣わし、ここで朽ちてもらうとしよう」
冥譴の白刃にして、美しき浪人・霧島小夜(ea8703)。
「みなさん、手を出してください。『ホーリーライト』で光球を作りました」
フランク王国のクレリック、青き瞳を持つハーフエルフの美少女・ユキ・ヤツシロ(ea9342)。
「効果がある間は、この光球を明かりと死人避けに使って下さい」
誠実なる美丈夫、僧侶・賀茂慈海(ec6567)
二人の手には、聖なる光を放つ球があった。それらは絶望を斬り希望の道を拓く剣のように、ほのかに優しい光を放っていた。
「どうか、御武運を」
田村とその部下たちから垂らされた綱を用い、冒険者たちは迷宮内へと降り立った。内部はかび臭さとともに、得体の知れないいやなにおいが漂っている。
「セーラ様、死してなお彷徨える者達にどうか救いを‥‥」
だが、ユキはその悪臭に憐憫の情を覚えた。死しても、真の死が訪れぬ事による哀しみを。それに対し、彼女は祈りを捧げ、冥福を祈った。
「‥‥では、参るぞ?」
氷川の言葉に、全員がうなずいた。
前衛は、鷲尾、リーゼ、氷川、霧島。
後衛は、エレオノール、月代、ユキ、サラ、賀茂。
呪文を使える者たちは『ディテクトアンデッド』の呪文を用いて、使えない者は「惑いのしゃれこうべ」などのアイテムを用いて、それぞれ死人憑きの接近を知り、そして回避しつつ行動していく。
なるべく戦闘を避けつつ深部へと進み、刀子を救出する‥‥それが、冒険者たちの計画であった。
「しかし、ダチの顔を見ようと土浦に来てみれば、こんな事になっていようとはな」
ホーリーライトの光が、迷宮内を照らし出す。それらに鋭く目を向けながら、氷川は軽い口調で話しかけた。
迷宮の主道は、二頭立ての馬車が楽にすれ違えるだけの幅と高さをもって作られていた。おそらくは、ここに人が住んでいた頃の名残であろう。
主道から離れた狭い枝道にも目を向けつつ、鷲尾とエレオノールの夫婦が氷川の言葉に相槌を打った。
「ああ。俺とエレンも驚いているぜ。なんせ地元を救うつもりが、今じゃあ世界を救うって話になってんだからな。もっとも、その鬼百合っつう奴を野放しにしていたら、土浦どころか江戸も、ジャパン全体も大変な事になっちまう」
「ええ、そんな事にならないように、私たちは全力でこれを阻止するつもりです」
夫婦の言葉を聞き、リーゼが感慨深い口調でつぶやいた。
「ふうん‥‥考えている以上に、厄介な事になってそうだね」
そんな厄介な仕事を、サラはやり遂げようとしてるわけか‥‥と、心の中で付け加える。
当の本人は、姉の背中を見つつ、緊張と高揚とが入り混じった精神状態で、皆に歩を合わせていた。
『‥‥姉さんに護られてばかりだった、あの頃の私じゃあない! 成長して、少しはできるようになったってところを、姉さんに見てもらわなきゃ!』
サラの隣には、ユキがいた。エルフの血が半分入っている彼女は、目を見張るほどの美少女。しかし、その胸中には不安もまた混ざっていた。
『狂化』。
ハーフエルフならば、避けて通れない宿命。彼女の場合、発動する条件は『大量の流血を目にする』事。
そのような事態が起こり、周囲の足を引っ張らぬように。そして、この任務をやり遂げて、不死とされた命に安らぎを与えん事を。
ユキは静かに目を閉じて、そっと祈った。
その様子を、賀茂は横目で見ていた。見つつ、静かにつぶやいた。
「誰一人、この迷宮内でこれ以上死なせはしません。誰一人として」
「‥‥来るぞ」
言葉だけでも、何かを切り裂ける。そんな霧島の鋭き口調が、仲間たちの耳へと届いた。
冒険者たちが、迷宮の探索を始めて数時間。彼らは呪文やアイテムを用いて死人憑きの存在を感知し、それにできるだけ接近しないように努めていた。
そのせいで、かなりの遠回りを余儀なくされてしまったが。
そして、月代の『ブレスセンサー』が反応した。冒険者たちの前方の通路、ないしは奥にある部屋に、生きている人間の気配を感じ取ったのだ。
しかし問題は、その通路が長く、幅も広い事。そして、脇には横道がいくつもあり、そこから死人が続々と集まってきている。
「憐慈、反応したそいつは、助け出す刀子さんで間違いないのか?」
「反応は一人だけだ、おそらくはそうだろう。しかし、徐々に弱ってきている。急がねばなるまい」
氷川の問いかけに、月代は答えた。
「見たところ、死人憑きだけ‥‥のようだな。少なくとも、死食鬼らしい姿は無し‥‥ならば!」
「うむ、ここで喋ってる事はない。‥‥行くぞ」
「承知!」
鷲尾、リーゼ、そして霧島が、その手にした得物を握り締める。悪夢を切り裂かんと、冒険者たちの刃が群れへと切りかかった!
先陣を切るは、鷲尾の剣。右に長曽根虎徹、左に新藤五国光。双刃がホーリーライトの光を受けてきらめく。
「我に立塞がるものを引き裂け、虎徹!」
鷲尾の虎徹が、空を裂き、迷宮内のよどんだ空気の中に飛燕がごとき一撃が打ち込まれる。
迷宮内にひしめいている死人憑きの群れに、「切れ目」ができた。それがふさがらぬうち、前衛の冒険者たちはそれを更に広げんと突撃する。
「かの者の刃に、力を与えよ!『オーラパワー』!」
リーゼが、前衛の皆が持つ武器へ呪文を唱える。
多数の死人憑きが、つかみかからんと迫る。だが、霧島と氷川にとって、それらを回避するのは造作ない。
「‥‥ふんっ!」
霧島の村雨丸が、新たに烈刃となりて切り込んでいった。
「はっ! はっ!」
氷川のリベットナックルと軍配も、それに負けじと振るわれる。
シュライクによる攻撃を受けた死人憑きは一体、また一体と崩れ落ち、ただの死体と化していった。腐肉の臭いが、吐き気を催すほどに強くなる。
が、後衛のサラは見た。新たな死人が、横穴から迫り来るのを。
「!? ‥‥しまった!」
それに気づくのに、リーゼはいささか時間がかかってしまった。防御体勢を取ろうとするが、間に合わない。腐った手の鉤爪が、リーゼの肌に食い込もうとする‥‥が、その寸前にリーゼの妹が動いていた。
「姉さんっ!」
サラの強弓から、ダブルシューティングにて矢が放たれた。二本の鋭いやじりは、一本が死食鬼の手に、そしてもう一本が即頭部へと突き刺さり、貫き通す。
汚れた不死の命を貫かれ、死食鬼は足を止め、倒れた。
「‥‥ふっ、サラ‥‥昔とは違うね」
自分を救った、妹の弓さばき。それを見たリーゼは、一人つぶやいた。
そして、すぐに立ち直り‥‥彼女は、最後の一体を切り捨てた。
死人憑きの群れを片付け、通路の奥へと向かった一行。そこには大きな両開きの扉があり、そしてその中には、虫の息の一人の女性がいた。
彼女は、倒れた大きな本棚の下敷きになっているために、身動きがとれなくなっている。意識が朦朧としているようで、冒険者たちの事もあまりよく見えない様子。
「刀子さん、ですね?」
リーゼが、問いかけた。
「皆様、かたじけない」
ユキのリカバーにて回復した刀子は、冒険者たちへと礼を述べた。憔悴してはいるが、それでも闘志は衰えていない様子。
「ご無事で何より。お疲れでしょうし‥‥ここは一旦、外に出ては?」
「いや、この目で全てが破棄されるのを見ない事には、ここまで来た意味が無い。例えこの迷宮内で倒れるとしても、私は見届ける義務がある」
そう言って立ち上がろうとするが、身体に力がはいらないのか、よろけてしまい立ち上がれない。
「ほら、俺が背負ってやる」
「これは‥‥重ね重ねすまない」
「何、気にするな。だが‥‥」刀子を背負いつつ、氷川は前を向いたままで言った。
「それと一個だけ言っとくが、命を軽く考えるな。あんた仮にも領主だろう。領民のためにも果てるだの簡単に言うんじゃねぇ」
「む‥‥」
刀子は、すぐには返答しなかった。が、彼女は静かに、口を開いた。
「そうだな。私も、まだまだ未熟という事か‥‥」
刀子を背負った氷川が、陣形の真ん中へと移り、冒険者たちの迷宮探索は再開された。書付や残された毒のありか、それらは鬼百合が知っているとの湖と。それゆえ、刀子を連れてその探索をする事となった。
刀子の目方は、年相応のそれだった。が、彼女が背負っているのは、もっと重いものなのだろう。それに少しでも、彼女なりに応えんとして、あえて無茶をしたのかもしれない。部下を失った事が許せないというのもあっただろう。
この嬢ちゃんも、自分なりに命の重みを感じているって事か‥‥。
「しっ! 静かに!」
氷川の物思いは、月代によって中断した。それとともに、悲鳴。
「今度は、間違いなく鬼百合一味だ。だが、あの様子ならば‥‥」
それ以上の言葉は、必要なかった。彼らはすぐに、悲鳴の源へと駆け出していった。
それはまさに、追い詰められた状況。広い洞窟内で、傷だらけになった数名の者たちが、必死になって死人憑きの群れと戦っていたのだ。しかし、数が多すぎて防ぎきれない。見ているうちに、一人、またひとりと、死人憑きに掴み掛かられて噛みつかれ、食い殺されていた。
その中心にいるのは、刀を握った一人の女性。全身を引っ張られ、ばらばらにされそうになっている。のどぶえに牙を沈められ、悲鳴をあげることすらできない。
生きる事をあきらめたかのように、彼女の手から刀が落ちた。
「はーっ!」
だが、それと同時に、烈風のごとき一撃が死人憑き、ないしはその群れへと放たれた。
鷲尾の剣によるソニックブーム。それは、腐りかけた怪物どもの注意を引き、数匹を同時に切り裂いた。
「‥‥なぜ、あたいを助けた」
鬼百合は、縛り上げられて冒険者たちに囲まれていた。他の手下たちは皆、死人憑きにより引き裂かれ食い殺されていたのだ。
「ま、俺としてはお前の所業は自業自得ゆえ、放っておくつもりだったがな」月代が、それに答える。
鷲尾が、月代に続き言った。
「お前は、お天道さんの下で裁かれ、罪を償うべきだ。それに‥‥」
「それに? 自分の手であたいを殺そうってつもりか?」
鬼百合の言葉に、鷲尾は苦笑した。
「もしそのつもりだったら、助けずにそのまま放置しておくぜ。少なくとも、お前を助けないのは後味が悪い。俺は、俺の士道に従ったまでのこと」
「そうです。命を助けるのに理由など要りません」夫の言葉に、エレオノールが続けた。
「私も、我が兄と同じく、お前を葬ろうと考えていた。だが、彼らに言われて考えを改めたのだ」
刀子が、最後に付け加える。
「彼らに感謝するんだな。死して罪を逃れるより、生きて罪を償える機会をもらえた事に、な」
その言葉に、鬼百合はただ黙っているだけだった。
「よし、みんな飲むぞ!」
氷川が、杯をかざす。
地下迷宮内で毒とその書付全てを発見した一行は、それに火を放ち全てを灰と化した。その後、脱出し入り口をふさぎ終わり、皆はようやく安堵のため息をつくことができたのだ。
全てが解決し、鬼百合もまた然るべき場所へと引き渡した。「私のせめてもの礼だ」と言い、彼女は酒の席を用意。そして、それに同席していた。
「ま、お前らも腕が鈍ってないようで安心したぜ」
「なーに、そっちも変わらずのようで何よりだ。それより、今度は飲み比べで勝負ってのは?」
「おう、乗ったぜ!」
「ちょ、ちょっとあなた。飲みすぎは身体に毒ですよ‥‥」
妻の言葉に耳を貸さず、強い酒を徳利ごとあおり始める二人。それを見て、周囲はやんやの大喝采。
「サラ、さっきのアシスト、見事なものだったよ」
別の場所では、リーゼがサラと杯を酌み交わしている。
「私が護っていた頃とは違う、もう一人前だね」
「そ、そんな。まだまだ姉さんにはかなわないよ」
また、別の場所では霧島がユキへとちょっかいを。
「へえ、きれいな髪をしてるじゃないか」
「あ、あの‥‥恥ずかしいです‥‥」
そして、別の場所で静かに酒に口をつける月代と賀茂。
「やれやれ、にぎやかな事だ」
「でも、皆さんに何事もなくてよかったです」
つぶやきつつ、杯をあおる賀茂。
「見てください、夜が明けますよ」
昇る朝日。それは、全ての人々を見守るかのような光を放っている。
それは、ジャパンの危機を救った冒険者たちを、祝福しているかのようだった。