屍を冒涜する悪鬼:壱 屍の章

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月14日〜09月20日

リプレイ公開日:2005年09月20日

●オープニング

 小高い山の上に寺がある、その村。
 皆が素朴で素直で、働き者ばかり。
 しかしなぜか、柄の悪い者も時折、その村にやってきては、寺に向かう。

 村のお寺は「愛善寺」。そこへと向かう人々は、皆一様に荷車を引いている。
 荷車に積まれているのは「死体」。
何の死体か? 人間はもちろん、熊や犬や馬、小鬼や茶鬼、豚鬼に山鬼。ありとあらゆる生ある者‥‥もとい、あった者。
 彼らの遺体を、皆は遠方より運んでくるのだ。

 遺体も色々なものが集められる。時間が経ったもの、生乾きのもの、腐りきったもの。たくさんの死体が、寺には集められ、荼毘に付された。
 読経するのは、寺の住職、白雲。愛と善とを解く、村の人々にはそれは評判の僧侶。
「全ての生命は、尊いもの。例えそれが、残酷な怪物のものであったとしても」
 白雲はいつもそのように解き、そして願わくば「不幸にして死した存在に、拙僧は手を合わせてやりたい。誰にも省みられず亡くなったり、殺されたりした者たちの魂を、拙僧は成仏させてやりたいと思う」
 かくして、白雲僧侶は村の周辺にこのような報せを出した。

『行き倒れた人を、成仏いたします。当寺に、遺体を運びください。丁重に葬らせて頂きます。人のみならず、人にあらざる存在、動物でも、小鬼でも、怪物でも構いません』

 それを知った人々は、愛善寺で成仏させてもらおうと、無縁仏の遺体を多く運び込んできた。そしてそれとともに、動物はもちろん、怪物や小鬼の死体を持ち込む者も徐々に増えてきた。
 愛善寺はこの事で次第に有名になり、白雲もまた慈悲深い僧侶として知られるようになっていった。

 村近くの宿場町、その酒場でその事を知った旅の侍がいた。
 彼、狭間武志郎は、それを聞いて感心した。
「人のみならず、畜生や鬼の類に対してまでも、殊勝な心がけをするとはな。まこと、感心な事だ」
 酒場の人々も、白雲の事をほめたが、一人だけは違っていた。
「へっ、あの糞坊主が殊勝? 笑わせるな、あいつは悪党よ!」
 武志郎が問いただすと、その酔っ払いは答えた。
「俺も、自分が飼ってた猫を持っていったんだ。なのにあいつ、ろくに読経する様子見せないんで、俺は頭にきて寺の裏に行った。そしたら、そこでなにやら話してやがった‥‥地獄組の親玉とな!」
 その男は、今は足を洗ったのだが、昔は盗賊団の一味に入っていたそうだ。その時の頭が、親しげに白雲と言葉を交わしていた、との事だ。 
「あの糞坊主は、自分を善人に見せかけてるだけの大悪党よ! きっと、なにかとんでもない悪事を企んでいるに違いない! ‥‥おい! 何しやがる!」
 そこまで言うと、酔っ払いは酒場の者により、外に放り出された。
「申し訳ありませんねえ。あやつはいつも、酔っては嘘ばかりつくどうしようもない奴でして」と、その場はそのままで済んだ。
 しかし、その翌日。酔っ払いは殴られ、死んだ状態で発見された。

 酔っ払いの名は捨吉。彼の遺体は愛善寺へと運ばれ、そこで荼毘に付される事になった。どのみち彼には、家族も帰る場所もないのだ。
 それと同時に、武志郎は自分の知り合いの遺体も一緒に運んでもらうよう頼んだ。
 それは、宿場町の飯屋のおばあさん、鶴江。武志郎は、かつて孤児だった頃に彼女の店「赤馬亭」で何度もごちそうになり、飢え死にせずにすんでいた。
 武家に養子にもらわれ、「一人前になったら戻ってきて、つけを払う」と約束し、江戸へと行った。
 その約束を果たしに、今日戻った。が、鶴江の死に目を看取る事はできたものの、つけを払う事は叶わなかった。
 誰にでも優しかった鶴江は、子供や孫を早くになくし、一人ぼっちだった。故に、友人は多かったものの、肉親はいなかった。
 かくして、鶴江もまた愛善寺で葬られる事に。

 そして次の日、鶴江と捨吉の遺体は、愛善寺へと運ぶべく、荷車に乗せられた。
 が、武志郎はその二つの亡骸に、多少の違和感を覚えた。

‥‥なぜ、腹が、こんなに膨れておるのだ?

 二人とも、腹の部分が妙に膨れているような‥‥?
 きっと死装束が大きいせいだろう。侍はその違和感を、無理に押さえ込んだ。

 しかし、その道中。盗賊団が襲いかかった。
 荒くれ者が十数人。その頭領らしき者は大男。
 そいつはなぜか、少女を肩車し、その指示に従って動いている。
「黒金一味! この辺りを荒らしまわっている、悪質な盗賊どもです」
 愛善寺の下男が、彼らの姿を見て言った。
 盗賊たちは、投網を放って武志郎たちを動けなくすると、死体を乗せた荷車ごと持っていってしまった。
武志郎はなんとか身体をねじって網から抜け出すと、盗賊たちを追った。
すぐに彼らを見つけ、物陰からこっそりと様子を伺う。
「‥‥ありやした。二人とも、かなり無理していやす」
「‥‥こっちの婆さんにも、無理やり押し込んでるみたいだ。ひでえ事しやがる」
 なんと残酷な事をしているのか。盗賊たちは、遺体の腹を切り開いていたのだ。そして、手には血まみれの何かを手にしている。
 それを見た武志郎は、激怒した。世話になった鶴江の遺体を切り刻むとは、許せない!
「貴様ら! 覚悟しろ!」
 が、刀を抜いて斬りつけたものの、先刻の大男が立ちはだかった。やはり、子供を肩車している。
「大鉄! 前方に一人、刀を持ってるよ!」
 男は、どうやら盲目のようだった。子供が目となり、指示を下していたのだ。
 武志郎は、大鉄という大男の敵ではなかった。手の六尺棒により刀を弾かれ、地面に組み倒される。刀を取り上げられ、彼は縛り上げられた。
「この悪党ども! その老婆は、わが母親も同然! その遺骸をよくも!」
 大木に縛り付けられた武志郎は、憎しみを込めつつ吼えた。が、大男が肩車してる少女が、憤慨したように言った。
「あたいたちも怒ってるのさ。こんな事をした奴らをね! 遺体は返すよ。ここに短刀を置いておく。足を伸ばせば届くはずさ。あたいたちがいなくなったら、逃げるがいい。それと‥‥。もしあたいがあんたなら、大切なお婆さんを、愛善寺なんかに葬らないね」
 そのまま、彼女達は森の木々の中に消えていった。

「というわけで、白雲殿からも許可をいただいた。あの黒金一味を捕まえるか、退治して欲しい! 死者を弄ぶあやつらに、正しき裁きを下していただきたいのだ」
 ギルドの応接室。武志郎が怒りつつ、依頼していた。
「あやつら、愛善寺やそこの僧侶までも悪党と言っていた。自分たちの悪行を棚に上げて、なんという事だ!」
 調べてみると、確かに黒金一味は盗みを働いていた。が、金持ちばかりを狙い、その金を貧乏な者に分け与えているため、義賊と思っている者も少なくないようだ。
「そんなものは、見せかけだけだ! そうでなければ、遺体を切り刻む悪質な行為をする必要は無い! あの大男さえ倒せば、おそらく一味はまとまりを無くすだろう。白雲僧侶も、誘き出すため罠を用意してくれるとの事。また、特別に報奨金をそなた達に与えるとも聞いている。あの悪人どもに、しかるべき罰を食らわせていただきたい!」
 武志郎は頭を下げ、依頼した。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1083 国定 悪三太(44歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2488 理 瞳(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3111 幽桜 虚雪(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3348 ブロッサム・イーター(27歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 eb3496 本庄 太助(24歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「死体を切り刻んだ『だけ』?‥‥何か、他に取られたモノとか無かった?それか、襲われる前後で死体に何か変わり無かった?」
 武志郎は、幽桜虚雪(eb3111)の質問に、かぶりをふった。彼は今、幽桜に呼び出され話し合っていた。
「詳しくは分からぬが‥‥拙者の見たところ、なにも変わったところなどなかった。死者を冒涜するためだけに、あんな事をしたに相違あるまい!」
 が、武志郎の憤慨とは別に、幽桜は頭の中で考えていた。
 そんな事をするためだけに、わざわざ襲撃したというの? 死体が欲しいなら、葬列を襲わずともやりようはある。それでわざわざ襲うってコトは‥‥『死体以外の』目的があるんじゃない?
「幽桜殿、もしも手が足りぬのなら、拙者が助太刀いたそう」
「あ、いえいえ。それには及ばないわ」多少媚びが入った口調で、幽桜はさえぎった。
「仕事は仕事。ちゃんとやるからさぁ‥‥後はあたし達に任せ、待っててくれない? あなたがいると‥‥仕掛け、バレちゃうかも知れないしぃ‥‥」
「そうでござるか? ならば待たせていただこう」あまりにあっさり承諾した事で、彼女は拍子抜けした。
「では、こちらを手伝ってはいただけませんか?」二人のところに、国定悪三太(ea1083)がやってきた。
「皆は、まず聞き込みを始めるそうです。拙者も、愛善寺にて白雲殿に少々伺いたいので、同行してほしいのです」
「左様で? では国定殿、微力ながら同行させていただくでござる」
 国定はうなずき、幽桜に目配せした。
「では武志郎殿、こちらへ」

 群雲龍之介(ea0988)、ブロッサム・イーター(eb3348)、本庄太助(eb3496)、桐谷恭子(eb3535)の四人は、愛善寺の近くの村にて、聞き込みを行っていた。
『黒金一味? ああ、何度も死体を運ぶのを襲撃してるよ』
『ええ。生活費を無くした時、あの方々からお金を恵んでいただきました』
『俺は、山鬼に襲われた時、助けられたよ。俺の女房も、一緒にな』
『彼らは金や食べ物を盗るだけで、抵抗しないと危害を加えない。殺された奴らは、それだけの理由を持つわね』
『愛善寺へ運ぶ遺体? 大体は愛善寺の下男、牛乃助ってのが遺体を拭ったりしますが‥‥。いつも人払いをしますね』
『んー、こないだ、口を縫い付けてた遺体を見たで? なんか詰め込んだみたいやったわ』
「‥‥って事か。貧しい層の人間には、黒金一味を悪く言うのはいないね。彼らが殺した奴らも、悪党ばかりだったし」
「子供に淫らな事をした商人、奥さんを売り飛ばした男‥‥悪評ばかりです」群雲とブロッサムが、聞き込みから戻ってきた。本庄と桐谷は、既に戻っている。
「地獄組は、まさに極悪だね。娯楽で、七歳前後の女の子を犯した‥‥てのを聞いたよ。そして、連中は金目のものは奪い、必ず惨殺するとも言っていた」
「桐谷殿。地獄組は、今はどうしていると?」群雲が尋ねた。
「それが、三〜四年前に江戸から奉行所の連中が来てから、姿を見せないんだ。どこかに逃げたか‥‥とか言われてるけど」
「酔っ払いの捨吉は、確かに昔、盗賊団のパシリしてたそうだ。が、それが地獄組とは確認できなかった」と、本庄。
「仮に、黒金一味は庶民の味方‥‥としたら、なぜ白雲を嫌う? それに、捨吉が事実を言っていたとしたら、なぜ白雲僧侶は地獄組の頭と話していたのか?」群雲が疑問を口にした。
「捨吉の話が妄想だとしても、黒金一味には、白雲僧侶を憎む理由があるはず。それが一体何なのか、分かればいいんですが‥‥」
 ブロッサムの言う事はもっともだが、誰にも、その理由は分からない‥‥今のところは。
「‥‥直接、彼らに聞くしかないか」
 彼らは、作戦を立てていた。黒金一味を誘き出す作戦を。

「‥‥というわけで、常に他者には慈しみと思いやりを持つべき。故に拙僧は、それを踏みにじる黒金一家を憎みます」
「全くです。彼らの仏道に反する非道な行いは、憤慨しますな」
 穏やかな笑顔を浮かべているのは、白雲僧侶。愛善寺の住職。武志郎とともに、国定は客間に通されていた。
 非常に礼儀正しく、物腰も低い。が、国定は心の底から信用できない‥‥というか、信用したくなかった。
 彼には、絶対的に油断ならない何かが漂っていた。武志郎は能天気に、白雲の言う事に賛同していたが、国定はその逆だった。信用すると、あとで危険な目に合う予感がしてならない。
「おや、どうかなされましたか?」その疑惑に気づいたのか、白雲は国定に問いかけた。
「いや、失礼。この客間、かなり豪華なもので見とれていたところです」
しかし、そこにあるものはみな、きらびやかに飾り立てたものばかりだった。

「国定殿。いかがでしたか?」
 群雲の問いかけに、彼は答えた。
「寺の地理だが‥‥少々厄介だ」
 国定が知りえた事は、以下のようなものだった。
愛善寺は、山の斜面に建っている。周囲のなだらかな斜面を切り開き、その一帯を墓場にしていた。そこに遺体を葬っている。
寺の周囲は木々が密生し、麓から行き来できる道は一本きり。長い石段と山道を登り、ようやく本堂へと辿り着ける。
周りには洞窟が点在し、そのあたりの詳しい地理はよく分からない。
「寺にも、かなり顔つきの悪そうな男を数人見かけた。下働きにしては、悪党面だったな」
「後すべき事は、黒金一味を捕らえる事ね。準備は?」
「ああ、桐谷さん。ばっちりだ」
 本庄は請合った。が、皆はどうも釈然としなかった。

 街道を、荷車を引いて進む者たちがいる。
 周囲は木々が生い茂り、盗賊が襲撃を仕掛けるのにはもってこいの場所。
 荷車には死体が積まれ、それを引きつつ進んでいる冒険者たちの姿があった。
 桐谷が荷車を引き、本庄と幽桜がその遺族を装い歩いている。その周囲を、国定、ブロッサム、群雲、そして愛善寺下男の牛乃助が、護衛するかのように進んでいた。
「‥‥気づいてますか?」宙を舞っているブロッサムが、国定と牛乃助に小声で言う。
「ああ、わかってる」
「黒金一味ですだ。旦那方、お気をつけて!」
 その言葉が終わるが早いが、突如道の両脇に生えた木の上から、網が投げつけられた。それは、冒険者達を包み込もうとする。
「はっ!」
 本庄がすばやく小柄を抜き、早業で投擲した。
 狙い過たず、刃は網を投げつけた一人の腕を切り裂く。与えた手傷は軽いが、網の狙いは外れ、包みこまれる事なく済んだ。
「大鉄! 前方に荷車! 周囲に六人! 一人はシフール!」
 そして、少女を肩車した大男が、仲間を引き連れ現われた。男は少女の指示に従って動いている。
 男の目は、盲人のそれだ。おそらくは拷問を受けた結果だろう。喉元にも傷痕が残っていた。その様子から、彼は光のみならず言葉も奪われたのだろう。
 しかし、少女の指示が正確なせいか、勘が良いのか、あるいはその両方か。男はつまづく事無く歩いている。
 肩車させている少女も、幼いながら厳しい顔付きだった。見たところ、年の頃は十歳前後だろうか。少なくとも十三歳より上ではなさそうだ。
 そして、彼とともに十数人の男たちが出てきた。
 見たところ、彼らはほとんど素人のようだ。国定や幽桜が見たところ、町のチンピラ程度の実力しか無さそうだ。
 彼らは刀や鋤、クワを手にしている。
 荷車に近付いた大鉄が、手の六尺棒で荷車の布を取り去った。
「下がって! 生きてる、罠だ!」
 大鉄は、その言葉を聞くと同時に後ずさった。どうやら小鉄という少女、目や耳のみならず、勘もかなり良いようだ。
 荷台には、横たわった理瞳(eb2488)がいた。死体に扮していた彼女は、起き上がった。
「荷台に一人! 素手! 格闘術使いらしい! 来るよ!」
理は慌てることなく、盲目の大男へと臆せず向かっていった。
 理の拳と蹴りが大鉄を襲うも、大鉄は六尺棒でそれを防御する。理がすばやく動く一撃必殺の毒蜂なら、大鉄は鉄壁の守りを有す怪力無双の熊であった。
 理は、足元を狙う。が、それを予測していたかのように、大鉄は六尺棒で防御した。
「‥‥思ッタ以上ニ手ゴワイデス」
「理殿!」
 冒険者達が、助太刀に向かおうとする。しかし、黒金一味がその前に立ちはだかった。
「小鉄さんは、俺たちが守る!」
「お前ら! 愛善寺から依頼受けたな! あの人でなしのために働くなど!」
「くっ…!」本庄は、アイスチャクラの呪文を唱えようとした時、桐谷と幽桜が問いかけた。
「待って! 私たちの話を聞いて!」
「そうだよ、あなた達‥‥死体を切り刻むって聞いてるけど、何のつもりでそんな事を!」
「!」
 大鉄と小鉄が、その言葉に躊躇した。その隙を突き、理が攻撃を仕掛ける。
 大鉄の膝を狙ってバランスを崩した瞬間、跳躍した蛇の如く、理の一撃が決まった。
「‥‥蛇毒手」
 離れた理だが、その必要が無い事を実感していた。
「大鉄! しっかり!」毒手の毒が回り始める。膝をついた大鉄は、麻痺してしまう寸前、小鉄を下ろした。
「小鉄さん! 大鉄さんはわしらが助ける!」
「そうじゃ! あんたまで捕まったら、復讐は成し遂げられない!」
「大鉄‥‥! みんな!」
 彼女は逃げようとしたが、ブロッサムと国定、群雲が立ちはだかった。すぐ後ろには理がいる。
「待ってください! 話を聞かせて!」
「そうだ。少々、おぬしらの話を聞きたい」
「ひょっとして‥‥愛善寺と地獄組、何か関係があるのか? 悪いようにはしない、教えてくれ」
「‥‥くっ!」
 彼女は、大鉄と、周囲の皆を見る。やがて、観念したように、言葉を放った。
「みんなの安全を保障しろ‥‥。そうしたら、全部喋る‥‥」
「させるか!」少女がそこまで言いかけた時、愛善寺の下男、牛乃助が、懐から小柄を投げつけた。
「‥‥牛乃助さん、何のつもり?」
 桐谷が、小柄を刀で弾き飛ばす。
「やめろ! 殺すな!」
 小鉄の言葉むなしく、牛乃助は黒金一味の男たちより刃を受け、絶命した。

「愛善寺は、地獄組のねぐらだよ。あそこは、難を逃れようとしていた地獄組の、いわば中枢部さ」
 丸腰になった黒金一味は、荷車を背にして、尋問を受けていた。
「地獄組は、毒斎って奴が仕切ってる。けど、そいつの顔は誰も見た事が無いんだ。なもんだから、子分の羅刹って奴が、いつもは頭の代理だよ。白雲は、きっと愛善寺の表の顔として、毒斎の結託してるんだろうね。
 ともかく、羅刹は毒斎の命令で、あるものを仕入れているんだ‥‥麻薬をね」
「麻薬だって?」桐谷が、驚きの声をあげた。
「そうだ。やつらは麻薬を愛善寺へと運ばせてるんだ。俺もかつて、脅されて手伝ってた」黒金一味の一人が、それを補足した。
「麻薬は、遺体の腹の中に入れて運ぶ。普通、そんなところに何か入れるなど思わないだろう。あんたらの依頼人の婆さんにも、やつらは同じ事をしていたのさ」
「そうやって、誰にも気づかれずに運び、愛善寺の秘密の工房で加工するって寸法さ。だが、まだ麻薬は売り出されていない。足りないものがあるからね。けど、麻薬が売り出されたら‥‥どうなるか、分かるだろ?
あたい達は、できるだけ届けないように、死体から麻薬を取り出し捨てていたんだ。冒涜? はっ! よくもぬけぬけと!」
 武志郎の事を思い出し、小鉄はうめいた。
「やっぱり、死体以外の何かが目的だったわけね。けど‥‥なんて奴ら!」幽桜が、吐き捨てるかのように言った。
「小鉄殿、それでは黒金一味のみんなは、地獄組と戦っているのだな?」と、群雲。
「そうさ。大鉄は、愛善寺の正式な次期住職だった僧兵。けど、地獄組の乗っ取りに気づいた時、捕まって両目を潰され、喉をえぐられたんだ。
 苦しむ姿を見たいって毒斎の命令で、そのまま放置されていた。けど、大鉄はなんとか脱出し、あたいと、あたいの婆ちゃんのところに辿り着いた。
 あたいの婆ちゃん。優しい人だった。殺された両親の前で、乙女を奪われたあたいを助けてくれた婆ちゃんは、大鉄も助けたんだ。あたいはそれから、大鉄の目になった」
「‥‥そのお婆さんも、ひょっとして‥‥?」本庄の言葉に、小鉄は辛そうにうなずいた。
「そうさ。あいつらは大鉄を誘き出すためだけに、優しい婆ちゃんまで殺した! 婆ちゃんだけじゃない。ここにいる皆は、大切な人たちを地獄組に殺された奴らばかりさ」
「でも、だったらなぜ、奉行所に助けを求めたり、ギルドに依頼なりしないんです?」
 ブロッサムの言葉に、小鉄はかぶりをふった。
「愛善寺がそんな事をって、みんな信じちゃくれないのさ! それに、地獄組の息がかかった奴らは、江戸に向かう途中にたくさんいるんだ。ギルドに着く前に見つかって、何人も殺された。村の奉行所にも、仲間がいる様だし」
「だが、もう俺たちが知った。一度江戸に戻って、体勢を立て直してから‥‥」
「皆さん!」群雲の言葉を、ブロッサムがさえぎった。しかし、すでに遅かった。
 矢の雨が降り注いだのだ。そしてそれらは、冒険者達を掠めて黒金一味へと突き刺さった。
「うわっ!」「がっ!」「ぐふっ!」
 矢は一味に突き刺さり、その命を奪っていった。
「!」
 大鉄が立ち上がり、小鉄を矢から守った。背中に矢を受けるも、彼はびくともしない。大鉄は顎で、小鉄に促した。
冒険者達が混乱した一瞬の隙をつき、小鉄は逃走した。
「大鉄! 必ず助ける!」
 そして、小鉄は森の中に消えた。

 矢を射かけたのは、愛善寺に雇われたという者たち。しかし、どう見てもかなり怪しげで油断ならない連中。
「ま、あんたらは利口だ。あんな盗賊どものでまかせを信じはしないでしょう? あんな小娘の戯言を、本気にするような者じゃあないと思いますがね」
 にやにやしつつ、彼は言った。
「ま、この大鉄とか言う奴は改心させるとか白雲様が仰ってるんでね。愛善寺に連れて行きます。じゃ、そういう事で」
「待て! 勝手な事は‥‥」
 男の部下が、群雲の言葉を止めた。彼らの数はざっと三十人。全員が構えた弓が、冒険者達を狙っている。この状況では、逆らったらただでは済むまい。
「俺の部下は短気でね、何も言わずに弓を射かける事があるんですよ。ま、ここでは何も聞かなかった。そういう事にしときましょうや」
 断る事は出来なかった。大鉄と、黒金一味の死体を運ぶのを、冒険者達は黙って見ているしかなかった。

 その後、愛善寺では「多忙」という理由から面会を断られた。
 報酬を受け取る際、冒険者達は武志郎に小鉄の事を話したが「そんな小娘の戯言など」と、一笑に付された。
「‥‥拙者、正義は幻想と考えていましたが‥‥悪の実体を知りました」
 ギルドの休憩室で報酬を手にしつつ、国定はつぶやいた。
 多かれ少なかれ、皆はやりきれない気持ちを抱いていた。
「‥‥このままで済ますものか、そうとも、絶対に済まさない!」
 群雲が、その気持ちを言葉にして、静かにつぶやいた。