屍を冒涜する悪鬼:弐 悪鬼の章
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■シリーズシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月12日〜10月17日
リプレイ公開日:2005年10月20日
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●オープニング
愛善寺での一件より現在、黒金一味の名は聞かれなくなった。
聞くところによると、「すでに一味全ての者は粛清された」と。
そして、愛善寺周辺の村々。
そこでは、数人の村人が、どこかに出稼ぎに出て、戻ってこないという事件が続発していた。
彼らはどこに行ったのか。「あいつらは地獄に行っちまった」という噂すらたった。
その地獄から、生還した者がいた。
廃人さながらの姿。生気を失った眼差しは、人間のそれではない。その男が、村に現われた時。誰もが彼を人と思わず、死人憑きか食屍鬼の類かと思った。
が、身体的な特徴‥‥大きな団子鼻から、とある村の農夫、馬造であることが判明した。彼はかろうじて、意識を保っていた。
村人達は、そして馬造の家族は、彼を介抱した。が、時すでに遅く、彼の命は尽きようとしていた。
そして、彼は死んだ。
が、彼は手紙を持っていた。それに書かれた内容は、恐るべきものであった。
「‥‥拙者が再び、ここの門を叩くとは、拙者自身も思わなかったでござる。しかし、もしもこの書付が事実を記しているのなら‥‥拙者はとんだ思い違いをしていた事になるでござる」
狭間武志郎。以前に依頼を持ってきた若武者である。彼は今、手足に包帯を巻いている。
「あの時、ギルドの方々より話を聞き、拙者は信じられなかった。愛善寺が、盗賊団『地獄組』の隠れ蓑になっているなどと。しかし、今は正直、疑いを持っておる。
きっかけは、拙者と拙者の子供が遭った事故だ。拙者は家族とともに江戸に住むが、先日に子供と川辺に遊びに行ったのでござる。が、途中の川を渡るところで、拙者たちは不意打ちを食らってしまった。拙者が乗っていた馬に、荷車をぶつけてきた者どもがいたのだ。拙者は、息子の草丸とともに落馬した。そして賊どもは、拙者たちに切りかかってきたのだ」
彼は、手足の包帯を見せた。
「その時にできた傷が、これでござる。ともかく、拙者はそやつらを切り捨てた。彼奴らは拙者に叶わぬと知ったが早いが、尻尾を巻いて逃げていきおった。が、草丸をさらっていったのだ。拙者は追った。が、あやつらは馬に乗っており、拙者の馬は橋から落ちて流されてしまっていた。
追いつけないと思ったその時、馬がいきなり暴れ、乗せていた者を落としたのだ。その時に頭を打って賊は死に、草丸は助かった。
そして、吹き矢を持った汚らしい少女が、道の脇から出てきた。その吹き矢で、馬を刺激させて暴れさせたのだと、後になって知った。
恩人の少女に礼を言おうと駆け寄ったが、少女は倒れた。助けようと抱き上げたところ、そやつは知った顔だった。
そうだ、そやつは小鉄という小娘。黒金一味の首領の小娘だ」
息を大きく吸い込み、武志郎は茶を飲んだ。
「拙者は最初、こやつを愛善寺に引き渡そうとした。が、どうにもひっかかる事があった。
それに、顔が赤いため、額に手を当てたところ、高熱を出しているのが分かった。このまま放置しておけば、こやつは死んでしまうだろう。
例え盗賊の小娘といえど草丸の、わが息子の命の恩人である事は間違いない。そして、こやつはまだ子供。拙者は単純な人間ではあるが、子供に冷たい仕打ちをする冷血漢の恩知らずではない。
故に、草丸とともに家に連れ帰る事にした」
「で、ひっかかる事でござるが。以前、こやつは『死体を切り刻むのは、愛善寺の連中が麻薬や禁制品を死体に詰めて運ぶのを阻止するため』と申しておった事は、ギルドの皆様方が報告されてると思う。拙者はそれを、罪を逃れるためのでまかせと思っていた。
が、そんなでまかせを口にする者が、このように他人の命を助けるものだろうか? 少なくとも、こやつにとって拙者は自分を罪人扱いした仇。その息子がさらわれるのを助けるなどと、放置しても構わぬはず。なのに、こやつは助けてくれた。
むろん、拙者の信用を取るために、わざとこのような事をしたのかもしれない。だが、わざわざ高熱を出してまでそんな芝居をうつものだろうか? 一歩間違えれば、死んでしまってもおかしくはない状態だというのに」
「病気にかかった事も、芝居の一部とも考えた。が、戻って下働きの女子に服を着替えさせたところ、そやつの身体には無数の傷があった‥‥まだ新しい、刀傷がな。
拙者の義理の父上殿は、医学を治めておられる。彼の治療のかいあって、小鉄はなんとか命を取り留めた。が、父上殿は『こんな状態になるのは、よほど酷い目に遭わされた為だろう』との事でござる。
そして、小鉄は上着の隠しに、このようなものを持っていた。これらを見て、拙者は自分の疑惑を確信した」
武志郎が差し出したのは、二つの書付。
ひとつは、丈夫そうな布に描かれたもの。それには、薬品の調合に関する事が描かれている。
「いや、薬の類ではござらぬ。義父は申すには、これは麻薬の調合法だと。それも、かなり純度の高いものが出来るだろう、との事でござった。
そして、もう一つ。こちらは、実際に読んで頂く方が良いでしょう」
それは、ぼろぼろになった手紙だった。
『小鉄へ。
お前の事だから、馬造の家族にかくまってもらってることだろう。だが、見る事も喋る事もできぬ俺は、お前に助けを求めるしかない。
俺たちが思っていた通り、愛善寺は地獄組の隠れ家になっていた。そして、馬造ら、行方不明になっていた者たちも捕らえられていた。馬造の声は、聞き間違いがない。
ともかく、愛善寺は地獄組に乗っ取られている。俺たちは今、周囲の臭いや声の響き具合から、地下で穴掘りをさせられているようだ。愛善寺の地下に、秘密のねぐらを作るつもりだろう。
俺はお前に対する人質として使うため、生かされている。だから心配はいらん。ここ毎日、穴掘りをさせられているがな。
先日俺は、地獄組の頭、毒斎の声を聞いた。かなり嫌ったらしい声だが、聞き間違いは無い。それに、臭いで分かる。愛善寺の住職は、協力してるかどうか知らんが、俺たちの前には姿を現していないようだ。
毒斎は、「麻薬をここで作り、村や江戸に売り出して、大もうけしてやる」と言っていた。懇意にしているのは、羅刹とかいう奴らしい。
俺は馬造にこの手紙を代筆してもらい、村へと逃がした。‥‥手紙をお前に届けてくれと頼んでな。
俺やお前では、もう何もできない。だが、お前一人なら、なんとか江戸まで逃げて、ギルドに駆け込むことが出来るかもしれん。
馬造たち以外にも、囚われている罪の無い人々がここにはごまんといる。そして、お前が持つ麻薬の調合法の書付を狙っている。
お前だけが頼りだ。江戸までなんとか辿り着いて、ギルドに助けを求めてくれ。黒金一味全てが殺された今、奴らの悪事を止める事が出来るのは、お前だけだ。
大鉄』
手紙には、詳細な絵図面が描かれていた。それは、愛善寺の周囲にある洞窟、その見取り図であった。
「‥‥これが事実かどうかは、拙者にはもう判断がつかぬ。だが、もしも事実だとしたら‥‥拙者は愚かしい思い込みにで、正しき怒りを秘め戦っていた者達を邪魔した事になる。
ここに、できる限りの金を用意させていただいた。愛善寺で悪が行われているのなら、どうかそれを正してほしい。これが事実なら‥‥拙者の手には負えぬ」
深々と頭を下げ、武志郎は依頼した。
●リプレイ本文
「武志郎さん、くれぐれもお願いするよ。たった一人の生き証人であり、重要な書類を持つ小鉄ちゃん。連中が何かを仕掛けてくると思うからね」
「ソウ、警戒シテクダサイ」
「心得た。拙者の名にかけて、小鉄殿はお守りいたそう。警備の費用は、拙者が出すので心配は無用にござるよ」
幽桜虚雪(eb3111)、理瞳(eb2488)の言葉を受け、武志郎は請合った。
「お願いします。きっと連中は、次に彼女を、そしておそらくはあなたを狙い、何か手を伸ばす事でしょうからね」
華道家のシフール、ブロッサム・イーター(eb3348)もまた、武志郎に言葉をかけた。
「それで、皆様。愛善寺へ殴りこむのはいつに? すぐにでも武装を整え、突撃をかけるでござるか?」
「いや、武志郎殿。正面から攻撃を仕掛けたら、人数に差がありすぎてかなわないだろう。それに何より、拉致された村人たちの救出を最優先にしないと。言うなれば、彼らは人質。罪無き彼らを助け出す事が先決だ」 群雲龍之介(ea0988)が、武志郎の言葉に答えた。
「ええ、その通り」と、桐谷恭子(eb3535)。「群雲殿が、小鉄の手紙に添えられた絵図面より、愛善寺への出入り口を検討した。この図面に従い、内部に潜入して人質を救出。内部を撹乱し混乱させたのち、可能ならば麻薬の工房を破壊して、愛善寺が悪事に加担している証拠の書類を手に入れる。で、逃走と。今のところ、これが精一杯の作戦です」
「ともかく、あいつらの見下した態度には、吐き気が出るほどむかついたぜ。絶対に尻尾をつかんで、全員を牢屋に送り込んでやる。絶対にな!」
若き志士、本庄太助(eb3496)は、先日の男の顔‥‥大鉄を連れ去った、寺に雇われた男の顔を思い出しながら言った。
愛善寺の周囲は、夜の帳が下りていた。が、次第にそれもあと数刻で終わる。
夜明け前のわずかな時間。ブロッサムと群雲は、愛善寺を偵察していた。
見たところ、正門や裏門には弓を構えたり、棍棒や薙刀を持った男たちが配置されている。多くはうとうとしているが、それでも中にはしらふで見張りを行っている者も少なくない。
立っている歩哨の後ろを、群雲が足を忍ばせて通り過ぎる。理より借りた「隠身の勾玉」が無ければ、気配を悟られた事だろう。
ブロッサムが、暗闇に紛れつつ宙を舞う。黒い布で身体を覆っているためか、なんとかその姿を見られる事はない。が、目を覚ましている歩哨がこちらに視線を向けるたびに、冷や汗が出るのを感じていた。
ふと、副殿のすぐ脇を見る。そこには、数々の遺体が山の用に積まれていた。
山鬼や熊など、大柄な生き物の死体もある。どうやら、まだ新鮮な様子だ。
「?」
ブロッサムは、鳥の鳴き声を聞いた。
それは、短く三回さえずっているように聞こえた。
枯れた井戸が、死体が積まれた脇にあった。
が、それは井戸ではない。集合した冒険者達は、それが井戸に偽装した出入り口であると見破っていた。
なぜなら、縄ばしごがそこにはあったからだ。今は上げられているため、下に誰かがいたとしても、外に出ることはできない。
「絵図面によると、ここから中に入り込むことができるそうだが‥‥」
さぼっているのか、縄ばしごをあげておけば誰も逃げられないとたかをくくっているのか。ともかく、見張りは立っていない。
「では、打ち合わせどおりに始めましょう」
うなずく皆に対し、ブロッサムは呪文を唱え始めた。
「‥‥かりそめの命よ、命無き死した身体に宿り、わが命を聞け‥‥『クリエイト・アンデッド』」
黒い光が、死体へと降り注いでいった。
「誰だ?」
地獄組の下っぱは、見回りの最中に大柄な影を見つけた。
背を向けているそいつは、声をかけられても何も答えない。どこかの誰かが、迷い込んだのか?
「おい、誰だてめえは。返事しろ!」
刀を抜くが、そいつは意に介さない。
「てめえ、何もんだ! 名を名乗れ!」
そいつが振り返り顔を見せた途端、下っ端は絶叫した。そいつは、山鬼、ないしは腐りかけた山鬼の死体だった。それが立ち上がり、歩いているのだ。
腰を抜かした下っ端は、後ろに後ずさりながら呼子を吹いた。
ぞくぞくと人が集まってくる。二体目と三体目の死体‥‥熊と狼の屍も、『近付くものを攻撃しろ』という指示を忠実に守っている。ブロッサムは、作戦がうまく行っている事を確信した。
大鉄は、目覚めていた。
疲れきっていたが、何者かが近付いてくるのを感じ取り、すぐに身体を覚醒させたのだ。目を奪われてから、彼はその他の感覚を研ぎ澄まし、僅かな音を聞きとり、僅かな臭いを嗅ぎ、僅かな気配を感じ取るように心がけていた。そして今、なにか騒ぎが起こっているのを感じていた。
それだけではない、何者かが牢に近付いてくる。
ここに連れ込まれ、幾日経ったか。大体一月かそこいらだろう。馬造やみんなが言うには、地下に広がる広大な洞窟、ないしはその行き止まりの洞穴の入り口に格子を取り付け、巨大な牢屋とした、との事だ。
体臭や声から、見張りや拉致された村人達がどこの誰かは覚えた。が、近付く者たちの気配や臭いは、彼らとは違う。どこかで、覚えがあるような‥‥。
その者たちは、牢屋の前まで来た。そして、見張りを殴りつける音に、何かを探る音。鍵が牢屋の鍵穴に差し込まれる音、それを回し扉を開く音。
聞きたかった言葉を耳にして、大鉄はようやく思い出した。その気配が、誰のものかを。
「助ケニ来マシタ」
理の声が、大鉄の耳に届いた。
捕まっていた村人達は、全部で二百人あまり。全員がひとつの牢に、まるで動物のように詰め込まれていた。皆が皆疲れきっていたが、それでも冒険者たちの声を聞き、希望を取り戻したかのようだ。
全員が、手ひどい怪我を負わされていた。中には大鉄と同じく、目を潰されたり、喉を切り裂かれたり、耳をそぎ落とされたり舌を抜かれたりした者もいる。娯楽でその様な傷を負わされた者もいたそうだ。
それを教えてくれた少年の両手の爪は、全て剥がされていた。地獄組が、退屈しのぎのために剥がしたとの事だ。
冒険者達は、怒りを抑えるのに若干の時間を要した。
「おい、村人が逃げたぞ!」
地獄組の下っ端の声が聞こえてくる。
群雲、幽桜、理は拳を握り締め、本庄は弓を、桐谷は日本刀を握り締めた。
迫り来る盗賊に対し、幽桜と群雲の拳が地獄組の下っ端どもを薙ぎ払い、ぶちのめす。弓を構えていた下っ端たちに、弦を引く暇も与えなかった。
本庄の弓が、次々に現われるザコどもに突き刺さり、重症を負わせていく。それでも向かってくる物は、桐谷の日本刀がものを言った。
目を細めつつ、理も戦いに加わった。毒蛇手が、まさに毒蛇のごとく宙を舞い、荒くれ者たちの皮膚を掠め、毒が自由を奪っていった。十二形意拳の達人は、瞬く間に数人の盗賊どもを片付けた。
拳と毒手、剣と矢は、蛆虫を貫く鳥の嘴がごとく、地獄組の盗賊どもを行動不能に、ないしは血祭りにあげていった。
最後の一人の首根っこを捕まえ、群雲は詰め寄った。
「すばやく答えろ。麻薬の工房はどこだ?」
熊、狼、山鬼の死体を見つつ、ブロッサムは周囲に目を光らせていた。暴れまわる生ける屍は、愛善寺を翻弄し、手下どもを蹴散らし、恐怖と驚愕で混乱させる事に成功していた。
屍の山鬼は、本殿の周囲で、拾い上げた柱を棍棒代わりに振り回している。弓兵が数名、矢を射かけたようだったが、棍棒によって薙ぎ払われた。
山鬼とともに、熊と狼の死体が牙と爪によって攻撃を仕掛けていた。地獄組の雑兵は、動く死体を前にたたらを踏む。
「陽動はこれで十分でしょうね‥‥ん? あれは?」
木の陰から死体を見守っていたブロッサムだが、本殿から出てきた二人の姿に、目を奪われた。
一人は、顔半分が火傷か何かでただれた男。彼は頭巾をかぶっていたものの、その恐ろしい眼差しは、視線だけで何かを殺す力を持つような恐ろしさを漂わせていた。
そして、もう一人。
その男は、鬼面を被り、寝巻きのようなものを着ている。が、彼から漂っている殺気と怖気は、火傷の男以上だった。視線どころか、存在するだけで気が弱い者は気絶するか、死ぬだろう。
「羅刹、熊と狼は始末しろ。俺は、山鬼で楽しむとしよう」
「わかりました‥‥頭」
ブロッサムは悟った。そして、驚愕した。
「あれが、幹部の羅刹! そして後ろの男が‥‥毒斎! 地獄組の頭ですか!」
毒斎と呼ばれた鬼面の男は、手にした刀を振り上げた。
口を割った盗賊の言葉通り、工房は別の洞窟の奥に存在した。その部屋は、江戸城下の港に泊まっている大きな船ですら入りそうなくらい、広く大きかった。白い粉を入れた陶製の鉢や瓶が、机の上や壁の棚など、そこかしこに置かれている。
聞くところによると、囚われた女性達や力仕事の出来ない者は、ここで植物やキノコをすりつぶし、粉にする作業をさせられていたという。そして、地獄組にとって重要な書類は、奥の部屋にある監督の詰所、ないしはそこの金庫に保管してあるそうだ。
「この先の通路は、外へ続く洞窟につながっています。ですが、太い鋼鉄の格子が降りて、いつも施錠されてて出られないんで」絵図面を描いた農夫が言った。
「心配ない。幽桜殿が鍵を開けてくれる。‥‥幽桜殿?」
群雲が声をかけた。幽桜は、すりつぶされた麻薬へ、憎しみの視線を投げよこしていた。
アヘンや大麻や、そのほか様々な麻薬。人を堕落させ、破滅に導く悪魔の粉。
「薬で人生狂わされるなんて‥‥あたしだけで十分だよ!」
彼女は机をひっくり返し、麻薬の粉を床にぶちまけはじめた。
「幽桜殿! そんなんじゃきりが無いよ。たいまつで焼き払おう!」
桐谷が壁の松明を取るが、群雲に抑えられた。
「待て! その前に書類だ! 本庄殿、詰所の金庫に行って、証拠になる書類を手に入れよう。ここを破壊するのはその後だ! 幽桜殿は、村人たちを連れて、先に逃げろ!」
「大鉄、先ニ行ッテ」
理が、今まで手を引いていた大鉄に言葉をかけた。その言葉にうめく事で、大鉄は否定の意を表したが、どやどやとやってくる下っ端たちの足音に気を取られた。
「早ク。ココハ俺達ニ任セテ」
大鉄を押しやり、理は盗賊たちの方へと向かっていった。
羅刹の薙刀が、狼の死体の頭を切断し沈黙させた。熊のゾンビも、劣勢になっているのは明らかだ。
そして、山鬼の死体も、毒斎に押されていた。
周囲ではその戦いを囲み、下っ端どもが歓声をあげている。
「いいぞ!お頭!」「やれ! やっちまえ!」「そんな死に損ない、もう一度殺しちまえ!」
歓声を聞きつつ、木陰のブロッサムは焦りを感じていた。
この戦いに、盗賊たちのほとんどが目を奪われている。それは良い。良いが‥‥あの死体が打ち負かされたら、悪党どもは次に仲間達へと向かうだろう。
別の死体を動かすか‥‥。そう考えた、その時。
山鬼の死体の腕が、毒斎の鬼面を弾き飛ばした。毒斎はすかさず、山鬼の腕を切断する。
「あれは!」
毒斎の顔は、白雲と呼ばれる僧侶のそれだった。
止めの一撃で、アンデッドは動かなくなった。動く死体は、再び動かぬ死体に戻ったのだ。
「お頭、大変です! 村人どもが誰かの差し金で牢から出され、麻薬工房に逃げ込まれました! 今、追い詰めてやす!」
「陽動‥‥されたのか? 侵入者は何人だ!」
「わかりやせん。四・五人はいるようですが、はっきりしないんでさあ。枯れ井戸の偽装入り口から侵入したらしく、はしごが下ろされてやした。今、はしごを上げて、逃げられないようにしてありやす」
「羅刹!」
「はっ!」
「すぐに工房の周囲を固めろ! おそらく、誰かに依頼された冒険者どもの仕業だろう。あそこには重要書類もあるのだ。周囲を固めて、やつらを逃がすな!」
が、鬼面を被りなおそうとした毒斎は、煙が地下からあがっているのに気づいた。
「まさか‥‥。奴ら、すでに火を!?」
毒斎の思ったとおりだった。
麻薬工房は、すでに火を放たれ、精製された麻薬は消し炭と化していたのだ。
炎と煙に守られつつ、冒険者達はその場から逃げ出す事に成功し、桜幽や村人が向かった先へと急いだ。
理、桐谷、本庄、そして群雲は、視線の先に、鋼鉄製の格子を認めた。それは開錠されて開け放たれている。
それを閉め、しっかりと施錠した冒険者達は、外へ、幽桜と村人達が逃走した通路を走り抜けていった。
「逃がすな! 奴らを逃がしたら、俺たちがお頭に殺されるぞ!」
しかし、彼らは格子から先には進めなかった。群雲が、格子の鍵穴を壊していたのだ。
「奉行所に、証拠の書類の写しを見せ、村人の保護を約束させました」
翌日。群雲ら冒険者たちが、武志郎の屋敷にて事の次第を伝えていた。
あれから冒険者たちは、当初の予定通りに洞窟から脱出。洞窟付近で武志郎が用意した数台の馬車に村人達を乗せ、江戸の武志郎の屋敷へと急行した。そして、ブロッサムと合流し、道中に写した書類を奉行所に持って行った。
書類を見た奉行所は、ようやく重い腰を上げ、愛善寺を取り調べる事となった。が、愛善寺では火災が発生し、奉行所の連中が調べに行った時には、すでに本殿も焼け落ちる寸前であった。
「その、貴殿らが起こした火災が、本殿まで回ったのではないか?」武志郎は聞いた。
「工房の火事が、本殿まで行ったとは考えられないわ。おそらく、手入れがあるとにらんで、毒斎‥‥いや、白雲が、自分で火を放ったんだろうね。そして、それに紛れ、自分たちもどこかに姿を消した‥‥そう考えるのが自然だよ」と、幽桜。
「火災で、何人かは焼け死んでいたようだけど、賭けてもいいね。おそらくその中には、毒斎も、羅刹って奴もいないだろうよ」彼女に続き、本庄も言った。
「奉行所の連中は、愛善寺の周囲を捜索し、数人の盗賊どもを捕らえはしたけど、肝心の毒斎は逃げたまま‥‥。武志郎殿、きっと毒斎は近いうちに、小鉄ちゃんを狙うと思う。だから、あなたも十分に注意が必要ですよ?」と、桐谷。
「おまかせあれ、桐谷殿。拙者も武士の端くれ、戦いに関しては素人ではない。大鉄殿と小鉄殿を含め、村人達は拙者の名において、全員を手当てし、しかる後に村へ送り届けよう。この事件が終わったあとでな」
「地獄組、マタ襲ッテクルデショウ」
ぼそりと、理はつぶやいた。
白雲僧侶こと、毒斎はまだどこかで逃げ延びている。地獄組は、憎むべき悪鬼は、まだどこかに潜んでいる。
再び、相見える時が来るだろう。冒険者達は来るべきその日を思い、心を引き締めた。