屍を冒涜する悪鬼:参 地獄の章

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 63 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月22日

リプレイ公開日:2005年11月24日

●オープニング

 ギルドに駆け込むは、二人の姿。否、二人で一人の、くろがねの心と身体を持つ者。
「お願いだ、あたいらの依頼、受けてくれよ!」
 着ていた長衣を脱ぎ捨てたそこには、大鉄と小鉄、二人の姿があった。

 愛善寺が消失し、しばらくが経った。冒険者達がもたらした書類や情報により、愛善寺が地獄組の隠れ蓑であった事が明らかとなり、地獄組に協力していた者どもは、良心的な奉行所の役人たちの手より裁きを受ける羽目に。
 かくして、そこから芋づるのように多くの悪党が釣れた。その中には、地獄組の構成員や幹部も含まれていた。
 しかし、毒斎と羅刹。そして重要な地位にいた者たちは、未だ行方知れず。
 大半が、あの火事で死んだのだろうという仮説を立てていた。が、一部の人間は、特に地獄組を知っている人間は、その仮説が楽観論に過ぎないことを十分に承知していた。
 そして、大鉄と小鉄は、平穏を手に入れるとともに、いささか警戒心を忘れてしまっていた。

「来い、草丸!」
「姉ちゃま! 行くぞ!」
 小鉄は、庭で武志郎の息子と竹の棒で打ち合っていた。
 その様子を見て、武志郎は豪快に笑い、その様子を聞いて、大鉄は微笑んでいた。
 愛善寺が消失してからここ数日。大鉄と小鉄の日常は、以前の用に食うや食わずの生活とはかけ離れたものとなっていた。
 狭間家のみんなを、小鉄は初めて信用した。裏切られ、傷つけられ続けてきた彼女は、他人を信用する事はきわめて難しい。が、狭間家の皆は、小鉄を、運び込まれた大鉄を親身になって看病し、怪我や病気を治してくれたのだ。
 かくまった村人達も、みな村に帰った(もちろん、地獄組の残党に十分気をつけるようにと注意して)。が、帰るべき家を持たない二人に対し、武志郎は「我が家でともに暮らさないか」と提案した。
 狭間家の他の家族も賛成していた。武志郎の義父は医師だから、大鉄の目や喉を治療できるやもしれないし、小鉄に関しては武志郎の妻が養子にしたいと希望していた。
 それに、ちょうど武術の稽古相手を探していた事もあった。武志郎の義理の弟、宗助は、屋敷の近くに道場を開いていた。彼は常々、『腕の立つ者が来て、道場生たちに稽古をつけて欲しい』と言っていた。
 大鉄は道場に赴いて棒術を披露し、更に宗助と模擬試合を行った。
見事に宗助に打ち勝った大鉄。彼を宗助は『すぐにでも師範代に、いや、師範に!』と誉めそやした。
草丸は、小鉄に命を救われた事を聞かされ、彼女に親愛の情を感じ、実の姉のように慕っていた。
武志郎の妻、節子も、女児を欲しがっていた事もあり、小鉄に自分の子供の頃の服を着せ、化粧をさせ、「女子として、色々教えてあげたい」といきまいていた(もっとも、女子の着る服は性に合わないと小鉄は嫌がっていたが)。
『大鉄と一緒に住むのなら、考えてもいいぜ』
 小鉄は照れながらそう答え、養子縁組を受けた。が、その晩。彼女は節子に甘えていた。実の母親が殺され、育ての母でもある老婆を殺され、それからというもの小鉄は誰にも甘える事が出来なかったのだ。
節子の子守唄を聞き、彼女の腕の中で眠る小鉄。その様子は、年頃の女子のそれ以外、何物でもなかった。
 大鉄と小鉄。闇に閉ざされていた二人の人生に、希望の光が見出され始めた。
「‥‥色々あったが、これも何かの縁。小鉄殿はわが娘として、責任持って面倒を見ます。大鉄殿も、どうかよろしくお願いしたい」
『こちらこそ、よろしく』
 声の出ない喉で、大鉄はそう返答した。

 が、その希望の灯を打ち消さんと、地獄に住まう外道の影が差し始めた。
 その影は、襲撃という形で最初に襲い掛かった。まず最初に、夜中に屋敷へと火矢が打ち込まれた。
 屋敷は全焼したものの、家族は外に逃れ、大事に至らなかった。が、次に襲ってきたのは毒矢だった。
 それは武志郎に節子、屋敷の皆に打ち込まれた。矢の傷のみならず、毒が彼らの身体を傷つけ、昏倒させる。
「姉ちゃま、父上と母上が!」
「草丸! 大丈夫か!」
 草丸を助けようとした小鉄と大鉄の前に、矢文が突き刺さる。
「へっへっへ、そいつを読んでおいた方が良いぜ」
 それを打ち込んだ射手は、すぐ近くにいた。大鉄はそいつの声と体臭に覚えがあった。
 冒険者により、黒金一味が捕らえられた時。その時に他の者たちを射殺し、大鉄を愛善寺へと連れ帰った、あの時の射手。
 あとで分かった事だが、そいつは赤羽。弱いものいじめが好きな、盗賊に身を落としたたちの悪い浪人との事だ。
 赤羽を捕まえようとしたが、その前に武志郎たちが苦しみだし、こん睡状態に陥ってしまったため、それどころではなくなった。

 武志郎たちは、すぐに節子の父、すなわち医師の松乃輔の医院に匿われた。が、毒にやられていたのは分かったが、その毒がどんなものかは検討がつかない。
「おそらくは犬鬼が使うような、鉱物から取った毒だろう。解毒剤の持ち合わせが無い今の状態では、どう見積もっても一週間以内には‥‥」苦悩の表情で、彼は自分の娘夫婦を診た。
 矢文には、以下の文が描かれていた。

『おれは、お前らに絶望と恐怖を与えてやらなければ気がすまない。お前らが雇った冒険者に、おれの一味をつぶしてくれた礼はたっぷりとしてやる。
 まずは、お前らに絶望を味合わせてやる。あの馬鹿な武家に打ち込んでやった毒矢は、殺した犬鬼から奪った毒をたっぷり塗ってある。
 解毒剤が欲しいか? なら、お前が持っているものと交換だ。麻薬の調合の書付と、大鉄の命とな。
 おそらく、愛善寺によこした冒険者どもを雇うんだろ? 良いだろう、一緒に来たところで構わん。おれたちはやつらも苦しめて殺したいと考えているからな。ちょうどいい。
 解毒剤なんか最初から無いと思ってるな。安心しな、ちゃんとある。自分たちが毒に犯された時のために、赤い貝の薬入れに入れ、俺と羅刹と赤羽が肌身離さず持っているんだ。てめえらが約束を守る限り、おれたちも約束を守ってやる。
 
 悪いのはお前らだ。じっくりと、てめえらの愚かさをかみ締めな。一週間以内に、獄門鳥居に来い。分かってると思うが、おれたちはてめえらが来るのをちゃんと見ている。根城から近付くやつらが、ちゃんと見えるんでな。
 小鉄、大鉄に伝えておけ。今度はお前を、すぐに殺してやるとな。

                      地獄組党首 毒斎 』

「‥‥お役人たちに伝えたけど、『獄門鳥居』って聞いたら、みんな尻込みしちまうんだ。もう、ギルドのみんなしか、頼れる奴らがいないんだよ!」
 小鉄の言葉とともに、大鉄は懐から書付を取り出した。
「これは、狭間の爺さまが取っておいたんだ。麻薬を作るけど、改良を加えたら、よく効く麻酔薬を作り出せるだろうって言ってたんだ。そうしたら、難しい病気も手術して直せるかもしれないって」
 そこまで言うと、小鉄は懇願した。
「爺さまは、あんまり蓄えを持っていないんだ。だから、報酬もそんなに出せない。あたいらは、最初から一文無しだけど‥‥頼むよ! 地獄組をやっつけてくれよ! あいつらを倒し、あたいの新しい家族を救うために、あんたたちの力を貸しておくれ! そのためなら、なんだってやる! もう、家族を無くしたくないんだ!」
 物言わぬ大鉄が、沈黙とともに小鉄の言葉に同意した。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2488 理 瞳(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3111 幽桜 虚雪(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3496 本庄 太助(24歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「この解毒剤で、なんとか持たせられるか?」
群雲龍之介(ea0988)と幽桜虚雪(eb3111)は、武志郎の父親、松乃輔に解毒剤を手渡した。それを受け取り、処方する松乃輔。しかし、彼の口からはあまり希望的な言葉が出ては来ない。
「多少は効果があるようですが‥‥。この毒は巧みに調合されており、市販の解毒剤や、並みの医師が調合した解毒剤では、毒の進行を抑える程度です」
 自分の娘と義理の息子を看つつ、松乃輔は診断した。老いた医師は、その年齢以上にくたびれた様子だ。
「‥‥奴らの持つ解毒剤が、必要ってことか。とことん卑劣な奴らだ!」本庄太助(eb3496)が、拳を握り締めた。力を込めすぎて、関節の節々が白くなっている。
「でも、どうして毒斎ってこんな事をするんだろう? なにか過去にあったとか‥‥お金のため‥‥だけじゃないといいけど」
 桐谷恭子(eb3535)の言葉に、群雲はいきり立った。
「忘れたのか? あいつは以前から、罪の無い人間を拉致し、自分の私腹を肥やすためだけに働かせ、戯れに殺した奴だ。大鉄の目と言葉を奪ったのも奴だって事を、忘れるんじゃねえぜ」
 その様子を見て、理瞳(eb2488)は彼方へと目を転じた。
 地獄。毒斎が名乗る集団の名前。実際に、彼はそこに行くことだろう。その引導を渡すのは、自分たち。
 その光景を思い浮かべ、彼女は目を細めた。

 獄門鳥居に関しては、すぐ判明した。
 かつて排他的な村人達が旅の怪我人を追い返し、死人憑きと化した彼らに殺された逸話がある村。以後、近づく者はいない‥‥はずだった。
「ですが、患者さんから聞いた話では、最近鳥居に向かった集団があったそうです」と、松乃輔。
「行商人が遠目から見ただけですが、ガラが悪そうで、堅気の者では無さそう‥‥との事でした」
 おそらく地獄組の連中だろう。地獄の名にふさわしい根城だ。実際に鳥居を臨みつつ、群雲と理は思った。
「しかし、これは少々厄介だな」村と鳥居を一望できる場所で、二人は調査していた。村中央の丘は木々が生い茂り、隠れる場所には困らない。
 だが、入り込める場所は多くはない。丘の周囲には、丸太や板などで塀が作られていたのだ。おそらく村人達が、死人憑きたちが入り込めないように囲ったのだろう。東西の二箇所の扉以外に、出入口は見当たらない。
 そしてそれほど数は無いが、周囲には死人憑きがまだうろついている。先刻の行商人の目撃情報から、地獄組は遠くから矢を射掛けることで、死人憑きの数を減らしたそうだ。が、毒斎は数体の死人憑きをわざと残し、根城の守りにしたのだ。
いまや地獄組の総勢も減っている。数の少なさを、死人憑きと地形で補うのだろう。そしておそらく、取引の際にもどこかの陰に潜み、不意をついて矢を射掛けるつもりだろう。
「?」
 ふと見ると、廃村へと向かう人影が目に入った。その動きから、死人憑きではなさそうだ。荷物を背負っているところから、地獄組の誰かが、食糧の買出しか何かからかえってきたのだろう。
「行キマス」
 理の言葉に、群雲はうなずいて彼女を見送った。悪鬼どもを葬り去るために、冒険者達は立案した作戦の実行を開始した。
 数刻後、地獄組の見張り数人が、毒手をくらっていた。

 夕刻。
 冒険者たちと大鉄は、獄門鳥居を目前にしていた。といっても、冒険者は本庄に桐谷の二人だけ。あとは大鉄と小鉄のみ。
「どうした、大鉄。お前の頼みの小鉄はおろか、正義の味方気取りの冒険者どももいないようだな。たった二人か?」
 塀の内部からの、毒斎の声が響いてくる。周囲はまだ村の建物が残っており、死人憑きが潜んでいてもおかしくは無さそうだ。
 否、実際潜んでいる。見晴らしのいい今の場所にいる限り、物陰から襲い掛かられる事はないだろうが、それでもやはり夕刻の黄昏時。死人憑きのうろつく足音が聞こえてきそうだ。
「ああ、俺とこいつだけだ。情け無い事に、仲間達は怖気づいたようでな。だが、俺は違うぞ。お前を放っておくほど、俺の堪忍袋の緒は長くないんでな」
 大鉄と並び、本庄が答えた。
「いいだろう、入って来い! ‥‥おい、毒手使いはいないのか?」
「どこかに、隠れてるんじゃあないだろうな? ん? 前日に、部下数人に麻痺毒を食らわせただろう? ‥‥まあいい、上がってきやがれ」
 毒斎に続き、羅刹が言った。左半分が崩れた顔は、遠目からでも痛々しく、なおかつ毒々しい。
「へっへっへ、その毒手使いが隠れていたら、俺が出てくる前に射殺してやりやすよ」
 へらへらとした、気に障る口調で言う痩せぎすの男が請合った。弓を手にしている事から、そいつが赤羽だろう。
 他に、面子は見当たらない。おそらく、周囲の藪や木の陰から弓を手にして狙っているのだろう。‥‥群雲が言っていた『隠れていそうな場所』に目をやると、確かに何かが動いた。紛れもなく、黒い布を被った人間の姿だ。
 そのまま、大鉄、小鉄とともに、本庄と桐谷は石段を登っていった。
 その様子を、群雲と理、幽桜は密かに見守っていた。

「‥‥毒斎、教えてくれませんか? どうしてご禁制の薬を作ったりしたの? 悪党にだって悪党の仁義というのがあるって聞くよ」
 鳥居の真下、廃屋と貸した神社前。丘の頂上に登りきったところで、桐谷は問いかけた。
 鳥居の周辺は、木々もまばらで見晴らしがいい。枯れかけた大木が数本、神社を囲うかのように生えている。ちょうど射手が隠れ、狙い撃ちするにはもってこいの場所だ。
 毒斎は、神社を背に、赤羽・羅刹を両脇に従えている。桐谷の言葉を受け、毒斎は答えた。
「仁義? はっ! お笑い草だ、悪党に仁義などあるものか。この世には、二種類の人間がある。金を取られるばかどもと、金を取り上手く立ち回れるもの。おれは、後者の道を選んだ。それだけのことだ」
「それだけ? 罪の無い人々を傷つけた理由は、それだけか? 小鉄や大鉄にひどい事を散々した理由が、それだけなのか!?」
本庄の言葉を、羅刹は見下すような目つきで言い放った
「激昂するな、馬鹿が。お前だって所詮は金が欲しいだろう? 地位や名誉だって欲しいだろう? 時々、誰かを切り殺して力を誇示したいだろう? だったら、欲しいものを取れば良い。それだけの事だ」。
「欲しいものをとる‥‥そのためだけに、お前らは悪鬼になったって言うのかよ! あたいの家族を奪ったって言うのかよ! 毒斎!」
「そうだ、小鉄。おれたちが悪鬼になった理由か? 簡単だ、欲しいものを手に入れつづけていたら、こうなったのさ。麻薬を作ったのも、組織を作ったのも、金が手に入り、なおかつ力を誇示できるからだ。弱いばかどもを虐げるのも、退屈しのぎにちょうど良いからな」
「へっへっへ、毒斎様の言うとおり。ま、世の中は厳しいもんだ。その厳しさを俺たちが教えてやってるんだから、感謝されて当然だよなあ」
 赤羽の言葉が、いらだたしい騒音の様に響いた。
「おおっと、動くんじゃあねえぜ。お前ら、動いたら針刺しになるからな」
 武器を構えた本庄、桐谷、大鉄だが、周囲はすでに包囲されているのに気づいた。物陰からは、弓で狙いをつけた悪党どもがいたのだ。
「お前らは、すでに負けているのだ。ここにこうやって来ている時点でな。たっぷりとなぶり殺しにしてやるから、覚悟をしておけ」
 狂人めいた哄笑が、周囲に響いた。
 が、すぐにそれはおさまった。
「‥‥どうした!? 何があった!?」
 大木の一つから、人が一人崩れ落ちたのだ。
 変わりに出てきたのは、褐色の肌と茶色の瞳を持つ武道家。枝の上からぶら下がり、彼女は地面に降り立った。
「無駄デス」目を細めつつ、彼女は言った。
 続けて、神社の後ろの方からうめき声。
「大人しく寝ていろ‥‥ってね。って言うか、誰がすでに負けているって?」
 数人の手下を殴り倒した、幽桜が姿を表した。
「お前らの手下のほとんどは、俺たちがやっつけた。あとは、お前らだけだ。外道は、残さずぶっ潰す!!」
 静かな怒りに満ち満ちた表情で、別の木陰から群雲が顔を出した。
「や、やれ! 撃て!」
 羅刹の声に、木の上に控えていた二人の射手が矢を放とうとした。が、本庄の弓の方が若干早かった。
「隠れてる場所は、すでにお見通しなんだよ!」
 電光石火の弓さばき。放たれた二本の矢は、二人の悪漢を貫き、その命を奪い取った。
「くそっ、こうなったらお前らだけでも!」
 羅刹が、長大な槌を取り出し、振り回す。その隙に、毒斎は神社裏へと逃げ込んでいった。
 理と大鉄、小鉄が毒斎を追う。群雲と桐谷も追おうとするが、羅刹がその前に立ちはだかった。
「はっ!」
 羅刹の槌の一撃をぎりぎりでかわし、桐谷は鋭い刃で切りつけた。痛みに、羅刹は醜い顔をさらに醜く引きつらせた。
「畜生!」
 それを見た赤羽が弓を構えるが、幽桜に懐に入られ、躊躇した。
「!‥‥危ないとこだったよ、やるじゃないか」
 弓を捨て、両手に握った短刀で幽桜を切り裂こうとしたのだ。あわやでかわした幽桜は、にらみつけながらも不敵に微笑んだ。
「へっへっへ、おれは弓以外にも、こっちも使えるんだぜ!」
 両手で器用にくるくる回し、刃の動きで幻惑する。どこから刃で切りつけるか、予想がつかない!
「死ねっ!」
 勝利を確信した赤羽だったが、すぐにそれは敗北のそれに変化した。
 両手の金属拳で刃を挟み込んだ幽桜は、そのまま身体を回転させ、短刀の一本を手からもぎ取った。そして、がら空きになった懐にもぐりこみ、鳩尾に強烈な肘を食らわしたのだ。
「がっ‥はあっ!」
 思わず苦悶の表情を浮かべた赤羽だが、幽桜の強烈な蹴りを顎に暗い、後ろへと吹っ飛んだ。
「なっ、赤羽!?」
「隙あり!」
 味方をやられたのに気を取られ、羅刹は隙を見せた。その瞬間に、群雲の拳が、羅刹の身体に食い込んだ。喉・眉間・鳩尾・丹田・心臓に、群雲の拳が次々に叩き込まれ、悪漢は目を白黒させた。
「動かないで! ‥‥解毒剤、出してもらいます」
 倒れ、なおも向かおうとする羅刹に、刀の刃を首に突きつけた桐谷は言った。

 毒斎は丘を降りていた。
 あの毒手使いめ、俺の部下をよくも減らしてくれた。どうせ殺されるにしろ、少なくともあいつを道連れにしない事には気がすまない!
 丘を下りきって、塀の扉から出る。墓場にたどり着くと、そこには誘うように理が立っていた。
「逃がさないよ!」
 毒斎の後ろには、小鉄を肩車した大鉄の姿が。手には六尺棒を持ち、油断なく身構えている。
「‥‥三ッツ、選ベマス」
「選べ、あたいと大鉄に殺されるか、理に殺されるか、それとも死人に殺されるかをな!」
「ほざけ! その前にお前らを殺してやる!」
 ひるむことなく、毒斎は両腰の剣を抜き、二刀流で構えた。
 剣は鋭いだけでなく、長く、肉厚の重いもの。それを両手で軽々と扱っている。巧みな剣さばきに、理は防御するだけで精一杯だった。
 否、大鉄との二人がかりだというのに、いつしか押されている。
「こ、こいつ! こんなに強いなんて!」
「おれは免許皆伝の実力を持っているんだ! てめえらごときゴミクズと、直接やりあっても勝てるのさ!」
 大鉄の六尺棒が両断された。そして、真後ろからの理の攻撃を予測し、剣を振るった。理の髪の毛が、僅かに切り落とされる。
「死ね!」
 理に、二刀が襲い来る。一刀は防げても、もう一刀はかわせるか‥‥!
 理がそう思った瞬間、毒斎は片方の剣を取り落とした。
「なっ!」
 小鉄の放った吹き矢が、毒斎の片手に命中していたのだ。
 その好機を見逃さず、理は動いた。
「くそっ! 死ね!」
 毒斎が、一刀で切りつける。それを袖で巻き込んだ理は、懐に入る。
毒斎の目前でにやりと笑うと、彼女は毒手を、下から突き上げて顔面を鷲摑みにした。
「がはぁっ!」
「!」
 毒手を受けつつも、理を突き飛ばす毒斎。だが、大鉄の豪拳が、悪鬼のあばらを砕き、血反吐を吐かせた。
 ザシャアッという音とともに、死が匂う墓場の土にまみれる毒斎。すでに彼には、立ち上がるだけの力は残っていなかった。たとえ立ち上がったとしても、麻痺毒が回り動けないだろう。
「こ、ころ‥ころして‥‥やる‥‥」
 それでもまだ、憎々しげに毒斎は三人をにらみつけた。
 しかし、うつろな足音が響いてくるのが聞こえ、彼は動揺し、そして、恐怖した。
 大鉄と小鉄、そして理が見守る中、数体の死人憑きの足音が徐々に近付き、やがて倒れている毒斎の側で止まった。
 助けを求めたくとも、舌も麻痺して動けない。指一本動かせない。
 生ける屍どもが毒斎に噛み付き、身体の肉を齧りとる。生きたまま食われはじめた毒斎は、恐怖と痛みと混乱に気が狂い、笑い始めた。
 その哄笑は、立ち去った理たちの耳にも響いた。それはしばらく続き、なかなか消えることはなかった。

「最後ニ見タトキニハ、散ラカリハジメテイマシタ」
 戻った時に、群雲らに毒斎はどうしたかを問われ、理は答えた。
「少なくとも、似合いの場所に行ったって事だな。こいつらと同じく」
 群雲は、羅刹から手に入れた解毒剤を手にしている。羅刹と赤羽もまた、地獄へと旅立っていた。
「ともかく、悪鬼どもは退治した。終わったぜ、何もかもな」

「‥‥あんた‥‥あなたたちには、借りができた」
 後日。正式に武志郎の養子となった小鉄は、こぎれいな服に身を包んでいた。
「大鉄も、あたい‥‥わたしも、あなたたちの事を一生忘れない。もし何かあったら、わたしたちに知らせてくれ‥‥ください。できる限りの事はする‥‥させてもらいます」
 慣れない言葉遣いで、小鉄は言った。養母に、「女の子なら、言葉遣いをちゃんとしなさい」と言われ、苦労しつつそれを学んでいるところなのだ。
 解毒剤を処方し、武志郎たちは快方にむかった。そして、大鉄もともに暮らせると知り、小鉄は泣いた。悲しみでなく、喜びに泣いた。
「ナラ‥‥欲シイモノガアリマス」
 理が、にやっとしつつ見つめた。
「な、なんだ‥‥なん、ですか?」
「すまぬが、理殿。拙者たちは火事で屋敷を焼かれ、財産もほとんど失ってしまった。拙者が、そなたの名誉を称える称号を贈る事で、どうか勘弁してはいただけぬか?」
 小鉄に助け舟を出すかのように、武志郎が言った。
「そなたは、地獄組の毒斎を、大鉄殿とともに倒したと聞く。極悪な鬼を始末した『悪鬼始末人』という称号を贈る事で、拙者たちの感謝の印としたい。受け取って、いただけるか?」
「‥‥マ、イイデショウ」
 にこりとした彼女を見て、小鉄はほっとした。その様子を聞き、大鉄も微笑んでいた。彼は、道場の師範として、そして武志郎の屋敷近くにある寺の住職として、身を振るとのことだ。
 今まで、過酷な運命が降りかかってきた、大鉄と小鉄。
 これからは、明るい、幸せな人生を送ってほしい。冒険者達は、二人を見て、その未来に幸あれと願った。