悪が棲む屋敷 前編

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 24 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月27日

リプレイ公開日:2006年06月29日

●オープニング

お里は、貧乏な家に生まれた。
 経済的な状況から、過労で父親を失い、母親も倒れ亡くなり、兄弟も散り散りになった。
 彼女もまた、一人ぼっちで、とある商店の下働きに出された。
 お里にとって、一番つらいのは孤独だった。誰もいない。誰も自分を気にかけてくれない。世界から自分がいなくなっても、誰もなんとも思わない。
 そんな彼女を見初めた者がいた。彼は聡明で優しく、お里に限りない愛情を注いだ。
 しかも彼は、金持ちだった。商店「若菜屋」の若旦那、桜島鉄五郎。彼は、武具を商って財を成した家の者だった。
 鉄五郎と同じくらい、お里も彼を愛した。二人は夫婦となり、たくさんの子供をもうけるのにそれほど時間はかからなかった。
 桜島の両親や親戚一同、商店の従業員一同は、みなお里を心より歓迎し、お里を愛した。彼女は、ようやく掴んだ幸せをかみしめ、夫と子供、家族を愛する良き妻として生活していた。

 しかし、幸せを手に入れたはずのお里に、次々に新たな不幸が襲いかかってきた。
 鉄五郎の両親が、事故に巻き込まれ死んでしまった。
 鉄五郎も、京都にて商品を仕入れた帰り道、盗賊に襲われて亡くなった。
 そして子供達も、病にかかったり、事故にあったり、盗賊や怪物に襲われたりして、全てが彼女と死に別れてしまった。まるで、子供の頃に家族と引き離された時のように。
 店の者たちは、みな彼女を気の毒に思った。が、その感情は薄れつつあった。
 悲しみのあまりにお里は、奇癖を繰り返すようになったのだ。そして、救いを求め、あやしげな占い師に伺いを立てるようにもなった。
 そして、ある占い師より告げられた。
「そなたの店の武器によって命を落とした者達が、そなたの家族を奪ったのだ。これは呪いだ。呪いを解くには、江戸の郊外にある屋敷を買い取り、金と命ある限り増築しつづけよ」
 この言葉を真に受け、彼女は言うとおりにした。ガタガタの屋敷を買い取り、増築し始めたのだ。

「うちの商品は武具。それが理由で呪いがかかる‥‥ならばまず、私や従業員たちが先に死ぬべきでしょう? けれども、奥様は聞く耳を持たないのです」
 ギルドの応接室で、若菜屋の番頭、綾先小鉄はつぶやいた。
「問題は、ここからです。その屋敷なんですが、奥様は数人の下働きの者たちと移り住み、占い師の紹介した大工によって、増築を始めました。ですが、その日から怪異が数多く起こり始めたのです。
夜中に変な物音がして、ある日とうとう台所の包丁が空中に浮き、襲い掛かってきました。それだけでなく、家具が動いたり、地震が来た時のように揺れたり、毎晩のように何かが聞こえたりもするのです」
 綾先は、自分の手の甲を見せた。痛々しく包帯が巻かれている。
「私も刃物に襲われて、この通り怪我をしました。奥様自身も怪我を負いましたが、それでも奥様は占い師の言葉を疑いもしないのです。『これは、呪いを解くための試練だ』とか言われたそうで」
 疲れきったため息が、綾先の口から漏れる。
「もちろん、我々も占い師を尋ねましたが、『神のお告げ』『仏のお告げ』などとわけのわからない事ばかりで、話になりませんでした。気が触れているのかとも思ったのですが‥‥どうやら、そうでもなさそうです。
 どうも怪しいと思い、店の者にちょっと調べさせてみました。すると屋敷の前の持ち主はその占い師で、増築を手がける大工とグルのようなのです。なんでも、家鳴りが出た屋敷を高値で売り飛ばす目的で、こういう事を行っているとかで。で、増築にかこつけて、現在は支払った屋敷の代金のみならず増築代もとっている有様です。このままでは奥様が死ぬまで、金をむしられ続けるのと同じです」
 しかし、なぜお里はそんな占い師にこだわるのか。
「最初に占ってもらった時、『あなたは、家族を失って悲しみを覚えている』といわれ、その言葉ですっかり信じ込んでしまったようです。‥‥ええ、確かにそれだけでここまでの事をしてしまうのは、普通ではありません。が、どうかお察し下さい。それだけ、悲しみにくれていたという事を」
 綾先たちは、お里をむりやり屋敷から引き離そうともしたが、無駄だった。包丁を自分に突きつけ、もしくは舌を噛もうとして、この屋敷から離れることを拒んだのだ。
 そして、今日も無駄な増築が行われている。高額な工事代金とともに。
 お里は、家鳴りが潜む危険な屋敷に、今日も住み続けている。下働きの者たちは、怖がって屋敷には近づかず、江戸市内の屋敷に戻っている。
「今、屋敷には奥様と、住み込みで働いている大工の下働きたち‥‥彼らは、事情を知らずに働いているだけです‥‥しかいません。彼らも、家鳴りにびくびくしながら働かされているようです。私からの依頼は、この屋敷に潜む家鳴りを退治していただくこと。そうすれば、奥様の安全は保障できます。もっとも‥‥」
 綾先は、ため息をついた。
「占い師と大工を、奥様から引き離す事もしていただければ、言うまでもありませんが。占い師・遠目露見と大工の棟梁・大城九朗は、毎日のように屋敷に来ては、自分の家のように飲み食いしていくという有様です。家鳴りを退治したとしても、奥様が亡くならない限り、あやつらは金をむしり続けることでしょう。こちらも何とかしていただけたら‥‥」
 彼は、手にした背嚢から、金の入った包みを取り出した。
「難しい仕事ですが‥‥どうか、奥様のために、よろしくお願いします」
 出した金を差し出し、依頼人は頭を下げた。

●今回の参加者

 ea7447 楊 苺花(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

「銀貨‥‥ですか?」
 綾先は二人の武道家、楊苺花(ea7447)と藺崔那(eb5183)の意外な申し出に、目を丸くした。
「ええ、もしも本当に物の怪がいるなら、対抗策が必要と思ってね」
「僕と楊さんとで倒せるように、それを拳にくくりつけるつもりなんだよ。調達、できないかな?」
「出来ないこともありませんが、‥‥そうだ、少々お待ちを」
「若菜屋」の店舗。その奥に引っ込んだ綾先は、しばらくしてから出てきた。
「当店専属の鍛冶屋が『見習いに、銀を埋めた護拳と靴を作らせても良い』、との事です。もっとも、即席ゆえに、脆く壊れやすいとの事ですが」
 なんでも、鍛冶屋は別用で精一杯。さらに、お里の使い込みのために店の経済状況も悪く、銀はわずかしか在庫が無かった。
「では、お願いしますね。大丈夫、家鳴りに対して使えれば十分です!」
 豊かな胸の前で、楊はバシッと拳を打ちつけた。
「お金をむしりとるようなサイテーなやつらは、あたしがこの手で直接殴ってやらないと気がすまないわ!」

「‥‥何か?」
「い、いえ、別に」
 おどおどしつつ、見習い大工は佐伯七海(eb2168)の前から姿を消した。
『部屋に仏壇を入れ、そこに納める仏像を彫っていただく』という名目で、佐伯らは屋敷へと入り込んだ。
 屋敷は市街地から離れた場所に、ひっそりと建っている。増築部分の木材が新しいため、屋敷の元の部分を見分けるのは難しくは無かった。
 が、無軌道に増改築されつづけ、屋敷内はさながら迷宮だった。奥へ進むにつれ、隠れた悪意が露になるようだ。
 音無鬼灯(eb3757)は佐伯の助手という名目で屋敷内に入り、偵察していた。その間、佐伯も仏像を彫りつつ屋敷内を見て回る。
 大工たちは二人を横目に、増改築作業を行なっていた。
 しかし、棟梁の大城や見習い達の監督は見当たらない。彼らは酒盛りし、酔っ払って寝ていたのだ。他の連中、特に遠見の姿は見えない。聞くところによると、どうもあちこち遊びまわっているとか。
音無は、罠の仕掛けが無いか否かを確かめるが、全く見当たらなかった。
「‥‥やはり、こうやって改築させ、その工事代金を取っていこうって腹か‥‥?」
 だとしても、問題は解決したわけではない。
 家鳴りが存在する、という裏付けが取れたに過ぎないのだから。つまり、この家に取り付いた化け物と戦わなければならないわけだ。

「‥‥それじゃあ、調べた事をまとめよう」
 五人の冒険者のうち、四人は「若菜屋」にて作戦会議を立てていた。
「『大城と遠見は何時も共に家に現れるのか』ってコトだけど、いつもは屋敷で酒盛りし、それに飽きたらどこかで遊び歩いてるようだね。『怪現象は2人がいるとき以外にも発生するのか』ってのも、見習い大工さんたちに聞いたら、遠見と大城に対しても起こったって証言があったよ。ちなみに遠見は、ここ数日は姿を見せてないって」
 音無の報告に続き、佐伯が口火を斬る。
「僕も自分で調べてみましたけど、怪異が起こる刻限は夜が多く、起こる場所は元屋敷の中央部分である居間と、そのすぐ隣に位置する台所で、見境なく襲い掛かる、とのコトです。お里さんは腕に切り傷を受け、あの二人もまたかすり傷をいくつかうけた、とか」
 そして、遠見と大城らは、屋敷に来たら怪異の起こらぬ新築部分で酒盛りをしたり好き放題振舞っている、とのことであった。
「本当に家鳴りが取り付いてる屋敷を売りつけるなんて、何て連中よ! ますますムカ付いてきたわ!」
 義憤に駆られた楊が、思わず声を荒げる。
「最初の事故に関しては、奉行所などで調べてみたけど、遠見たちとは関係無さそうだよ。旦那さんの鉄五郎を襲った盗賊ってのも、もとは別の旅人を襲ってたんだけど、鉄五郎さんが止めようとして割って入り、ついうっかり殺しちゃったって話だし」
 藺が、調べた内容について皆に伝える。
「むしろ、遠見と大城、こいつらが一番の問題ですね。どうもこの二人、不幸があった人間に近付き、都合のいい予言をして大金をせしめるという行為を、いくつも行なっているみたいなんです」
「それは、こういう事かな。『貴方の不幸は、何々が原因。解消するには、これを買え』というような? そのカモとして、お里さんと若菜屋さんを狙ったってわけか」
「これは、僕の予想だが‥‥」自分の考えに怒りを滲ませつつ、音無は言葉を放った。「連中は、屋敷そのものを買わせて、そのお金を手に入れる。そして、その屋敷を増築させ続ける事で、その工事代金をお里さんからしぼり取り続けている、と」
「‥‥工事を続けてさえいれば、金が入り続ける。依頼された仕事だから、お咎めも受けない。つまり、お里さんが断らない限り、連中は合法的に金を得る事ができるわけだ」
 音無に続き、佐伯が補足した。
「ねえ! 早いところやっつけましょうよ! そうしたらすべて解決でしょ!」
 我慢できず、叫ぶ楊。が、佐伯はそれをたしなめた。
「仮にあの二人を排除したところで、また別のペテン師が近付いたら、同じ事の繰り返しです。お里さん自身に、断る勇気が無い事には‥‥」
「酒井さんが、うまいこと勇気付けてくれたらいいんだけどね」
 この場を外している仲間に、藺は望みを託した。

 その酒井貴次(eb3367)は、お里その人と対峙していた。
 増改築を行なっている屋敷。その一室にて、お里は生活していた。そこで、酒井は占っていたのだ。
「‥‥試練の卦が出ました。ですが、あなた自身が不幸を呼ぶ、とも」
「‥‥やはり、私は呪われるべきなのですね」
 お里は、疲れきった表情を浮かべていた。塞ぎこみ、下を向いて上を見る事を忘れた、そんな印象を与える。
「それはありません。僕は魔法も心得ていますが、貴方に呪いはかけられていません」
「ですが、私の愛する家族が死んでいくのはなぜです? 店で売った武器で傷つき死んだ人たちの呪いでしょう? でもなければ、鉄五郎さんや子供達が亡くなるはずはありません! 間違いなく、私が悪いんです!」
「‥‥確かに、偶然にしては重なりすぎてはいますね」
 辛抱強く、酒井は言葉を続ける。
「ですが、変ではありませんか? 呪いなら、旦那さんの方が生き残る側だと思うし、奥様が生きておられるのですから、別な要因ではないかと思いますが」
「いいえ、夫の罪は、私が背負わなければならないんです! だから、子供も死んだんです! 遠見先生は、私が悪いという事をご指摘されました! 私は、贖罪に屋敷を増築し続けないとだめなんです!」
「‥‥それについて、質問したいのですが」
「?」
「もしお店の武器が原因で呪われたのなら、なぜお店の人間は呪われてないんですか?
それに、もし僕が呪う側なら、旦那さんを生かして奥様を呪い殺します。今まで武器を売っていたのは旦那さんで、奥様はただの結婚相手。恨む側としては、そんな人間よりも旦那さんの愛する人、つまりは奥様を殺す事で苦しめます。少なくとも、そう考える方が理にかなっています」
「‥‥偶然で、呪いなど関係なく死んだと!? いいえ、運命で決まっているんです! 私が犯した罪を償うために、夫と子供達は‥‥これが呪いでなくて、なんだと言うのです!」
「それに答える前に、三つ言わせてください。
 ひとつ。あなたは悪くない。あなたは、夫を愛し、子供を愛した。人を愛する事が罪ならば、それを罰する方が悪です。
 ふたつ。決まった運命などありません。僕は占い師で、運命を垣間見ます。ですが、それはあくまで可能性の一つ。己が道を切り開く事に尽力するならば、運命は変えられます。今まで僕は、そういう人を多く見てきました。
 みっつ。人の死は、辛いものです。ですが、あなたの心の中には、旦那様や子供さんたちの思い出があるはず。それはあなたの命とともに、生き続けます。旦那さんや子供さんを大切に思うのなら、あなたが幸せになって長生きしなければならないんですよ! でなければ、あの世で旦那さんや子供さんたちが、悲しむだけです!
 戦うんです! 悲しみの運命に対して! あなたの中に共に生きている、旦那さんや子供さんたちのためにも!」
 思わず熱くなり、声を荒げてしまった事に気づくと、酒井は息を整えた。
「‥‥酒井さん、と、おっしゃいましたね?」
 お里は、小さくつぶやき、顔を上げた。
「私は、弱い女です。それでも‥‥戦えますか?」

 家鳴りは、どの部屋で事が起きるのか、回数と状況は?
 改築される前の、屋敷中心部分。即ち、屋敷内の広い居間と、台所として用いられた場所。
 そこに置かれている、数々のガラクタ。それらが動き出し、空中を飛び回り襲い掛かる‥‥というのだ。昼の間には何も起こらないが、夜になると周囲の部屋にもそれらが飛び交い、怪我を負わす事が多々ある。
 昼の間にガラクタを動かそうとしても、あまりに量が多く、また同じように襲い掛かってくることも少なくない。ゆえに、昼も夜も近付く者はいなかった。音無に佐伯、他の面々も事前にその部屋を偵察したが、あまりの邪気と殺気に息がつまりそうだった。
 なんでも、その居間の床の間の柱は逆柱で、作った大工もかなりいい加減だったらしい。五人の冒険者達は、家鳴り退治と繰り出した。
 五人とともに進むは、藺の仲間であるティナス。翼ある白馬は、真の悪に対して怒りの一撃を食らわせたいとばかりに、鼻息荒く蹄を鳴らしていた。
 佐伯と音無の手には、魔力を秘めた桃の木の木刀が握られている。酒井は丸腰だが、サンレーザーの呪文がある。
 武道家の少女二人の両拳には、即席の護拳と靴を装着していた。拳と踵・爪先には銀が縫いつけられ、超自然的な妖怪にも対処できる物にしてある。が、いかんせん急造のせいか、かなり脆く壊れやすい。戦いに用いる事が出来るのは、一度だけの使い捨てと心得て欲しい‥‥とは、鍛冶屋の言葉。
 その言葉を噛み締めつつ、五人と一頭は部屋に足を踏み入れた。

 いきなり、おぞましい殺気がかび臭さと共に冒険者達に襲い掛かった。
 部屋は広く、ゴミやガラクタが散乱している。奥の方に居間があり、床の間が、更に奥には台所に続く廊下がある。そこは、構造上どの方向から向かったところで距離的に同じ場所に存在していた。
 そして、部屋そのものが悪意を持ったかのように、攻撃を仕掛けてきた。‥‥錆び折れた刀に短刀、櫃や、家具だったもの。それらが空中に浮くと、待ち構えていたかのように強襲したのだ。
 が、冒険者達もそれは同じ。準備は万端整っている。
 楊は、風になびく草木のように攻撃を見切ると、強襲したガラクタの攻撃をかわした。
 錆びた短刀が、思わぬ方向から突き刺さらんと迫る。が、藺の強烈な蹴りがそれを叩き落し、危険なガラクタを無害なそれへと変えていった。
 箪笥や櫃が押しつぶさんと迫るも、佐伯と音無の木刀がそれらを文字通り木っ端微塵にしていく。
 ティナスもまた鋭く嘶くと、しなやかな四肢と堅い蹄で、それらを叩き落す。
 志士と忍者、ペガサス、そして二人の少女武道家の活躍を目の当たりにして、酒井は彼らが味方で良かったと安堵し、頼もしさを感じた。
 が、その直後に怖気が強くなった。
 薄暗く良くわからないが、奥の居間の太い柱‥‥あとでわかった事だが、それは逆柱だった‥‥が、悪意をまとわせているかのように薄黒い霧をまとっていたのだ。
 その中心部に、邪眼が如き眼差しが垣間見えたのは、気のせいか。
 否、気のせいではあるまい。間違いなく、あれが家鳴りの本体! 全員がそれを悟り、理解し、為すべき事を為さんと敏速に行動した。
 即ち、突撃をかけたのだ。
 が、その出鼻を挫かんと、冒険者達を転倒させるために畳をうねらせ、激しく揺り動かした。
「くぅっ! 負けるかぁぁぁーーーー!」
 転倒した一行だが、楊は転がって受身を取り、両足をバネを生かして跳躍した。
 羽ばたき、空中へと舞い上がったティナスの首に捕まると、そのまま突撃をかける。そしてとうとう、霧のように見える家鳴りの本体と、それが取り付いている逆柱を目前にした。
「食らえ! 必殺、鳥爪撃! ハイヤァーーーーーッ!」
 烈風ですら貫きとおす、猛禽の爪が如き両足の瞬撃! 靴に埋められた小さな銀塊が、強烈な攻撃と共に家鳴りが憑依した逆柱にめり込み、激烈な痛手を与えた。
 まるで触手か腕のように、床の間に飾られたぼろぼろの掛け軸が伸び、楊を巻き取ろうと迫る。が、既に彼女の仲間も攻撃射程距離内に入り込んでいた。
「良くやったよ、ティナス!」
 次の攻撃は、藺。
「双龍爪! セィヤァーーッ!」
 彼女の両腕から放たれたのは、双頭の龍が、鋭き牙をつきたてるかのごとき双撃! 護拳の銀塊が拉げる程の痛烈な猛攻は、逆柱を砕いた。
 止めとばかりに、佐伯と音無の木刀、そしてティナスの蹄が逆柱を更に砕く。
 邪悪なる霧は、叫ぶかのように、痛みに打ち震えるかのようにねじれ、やがては霧散した。
 それと共に、部屋全体を覆っていた邪気が嘘のように消え去り、まるで最初から何もなかったかのような、静かな佇まいを醸し出しはじめた。
 勝利の雄たけびとばかりに、ペガサスが雄々しくいなないた。

「あのごろつき大工の悔しそうな顔、みなさんにも見ていただきたかったですよ」嬉しそうに、綾先は言った。
 家鳴りを退治した後、お里は店の皆に相談をした。
 その結果、「屋敷の増改築は中止するので、これまでにして下さい」と、大工達にお里は自分の言葉で断りを入れた。
 見習い大工達は喜び、飲んだくれていた大城は悔しげに顔をゆがめ、大声で怒鳴り散らしながらケチをつけた。
 が、お里がどうしても引かなかったため、しぶしぶ引き上げていったのだ。
 だが、その様子を遠くから見ていた者がいた。大城はその者‥‥遠目露観の元にたどり着くと、なにやら話し合い、見習いとともに去っていった。
 問題は一つ片付いた。が、まだ黒幕までが罰せられたわけではない。
「お里さん。用心棒を雇うなり、奉行所に訴えるなりして、身の安全を確保した方が良いと思います」
 藺の言葉に、お里は弱々しいが、はっきりとうなずいた。
「見ず知らずの私に、こんなにしていただいて‥‥皆さん、ありがとうございました」
「遠見は、どうやら一時的に手を引いたようです。ですが、奴は多分、またちょっかいを出してくるに違いありません。その時になったら、また皆さんのお力をお借りしたく思います」
「任せてください! あの悪党が仕掛けてきたら、私たちがやっつけてやります!」
 楊の言葉に、冒険者達もうなずいた。罪を犯した、罰を受けるべき者。そいつの占いの店に向かった冒険者達だが、遠見は既に逃亡していた。
 が、再び若菜屋に、そしてお里に魔の手を伸ばす事だろう。その時には必ず、相応の罰を受けさせる。
 決意を新たに、気を引き締める一行だった。