子・丑・寅の三つの鍵:「子の弓」の巻

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月31日〜09月05日

リプレイ公開日:2006年09月06日

●オープニング

 人里から離れた場所に、その石窟はあった。
 かつてここはさる寺の修行場として、長い年月のうちに掘り進められたもの。壁には仏像が掘り込まれ、暗黒の中で己の内面を磨き、若き僧侶たちの瞑想と修行の場として用いられていた。
 が、運が悪い事に、その地方で戦が勃発。隣り合う領地にて、大名同士が小競り合いを続けていた。
 更に悪い事に、この石窟は戦の砦にぴったりであった。場所的にも、内部の構造も、ここを拠点として前線に陣営を広げれば、戦は有利になる。かくして片方の領主は、僧たちの意向を無視し、この石窟を乗っ取ってしまった。
 僧らは抗議したものの、血に飢えた狂える領主は、僧侶たち全員の首をはねる事で黙らせた。
 やがて、戦は両者の領主が互いが放った刺客によって命を落とし、ほとんどの者が死に絶える事で終結した。石窟を乗っ取った領主も、敵が放った忍者により、石窟内の自分の陣営にて喉を掻き切られて息絶えた。
 そして、そのまま石窟は忘れ去られた。

 時は移り、現在‥‥より少し前。十年ほど前の事。
 根津公太郎という名の武家が、この石窟の上に自らの屋敷を建てた。そして、石窟内へ入り込む出入り口のほとんどを崩し、何者も入り込めないように計ったのだ。
 石窟に入るには、屋敷内からの隠し扉、及び僅かに残された各所の小さな秘密の出入り口のみ。この改装は、石窟をある目的に用いるために行った事。広大な石窟内を、自分の欲望のために用いようと考えたゆえ。
 彼は、迷宮と化している石窟を宝蔵として利用していた。迷路と化している石窟の各部屋に、自らが入手した宝物を貯め込み、隠したのだ。
 番兵は必要ない。なぜなら、石窟内には大鼠が多く棲みついているために、入り込んだ生き物は即座に食い殺されてしまうからだ。根津はこれを利用し、共食いを防ぐには足りるが満腹にはとうてい足りないだけの餌を毎日投げ与え、石窟内を徘徊させていた。そうする事で、宝物を求めて入り込んだ愚か者どもは飢えた大鼠の群れに遭遇せざるを得なくなるわけだ。宝蔵の宝は、餌を求める大鼠に守られ、石窟内に眠り続けた。
 
 が、人の命はいつか尽きる物。当時から高齢だった根津は、抱えていた家来や使用人たち全員が、流行り病に倒れるとは考えもしなかっただろう。根津もまた、疫病に感染し、長い苦しみの果てにその命を落とすはめに。
 人が死に絶えた屋敷。以後、そこは死人憑きや怨霊などの不死の怪物が跋扈する呪われた地となった‥‥と噂されているが、定かでは無い。
 否、石窟内に宝が隠されているという話もまた、単なる噂でしかなかった。それも、かなり信憑性が低いといわざるを得ない。というのも根津の死後、お宝目当てに石窟に入り込んだ者が後を絶たない時期があったのだ。
 が、欲深な冒険者たちのほとんどは、その身を鼠の餌として供する結果に終わっていた。手練手管な冒険者が、石窟内で宝物らしきものを発見した物の、小判十両入りの千両箱が一つだけとか、そこそこの価値がある無銘の武具や道具が二つ三つのみとか、その程度の宝物しか持ち帰ってこなかったのだ。
 聞くところによると生前の根津は、かなりの虚言癖があり、多くの金や物を所有しているとハッタリを口にすることで有名であったらしい。
 まだ発見されていないだけかもしれないが、最初からそんな莫大な富などなかったのかもしれない。というか、その可能性が高い。欲深な者たちはもっと確実に儲かる話を求め、根津の屋敷に興味を失った。

「だが、俺はいまだ、この石窟に興味を持っている」
 豪胆そうな男が、ギルドの応接室にて依頼を持ちかけていた。体中が疵だらけで、若い頃には死ぬような思いを何度もした事だろう。顔にはいくつもの傷痕が残り、痛々しい漢の勲章として周囲に見せ付けているかのようにも見えた。更に男は、右足を膝下から失っており、松葉杖と義足でそれを補っている。
「この俺、大河原電三郎の残った脚にかけて誓おう。俺が追っている謎の一端は、根津の石窟の中にあるはずだ」
 大河原は、元は血気盛んな侍だった。仕官するよりも武者修行する事の方が好きで、冒険者として色々な危険と戦ってきた。イギリスをはじめとする海の向こうへも赴き、彼は危険に挑み、それを征服していった。が、彼は右足を失ったのを機に冒険者を引退。ジャパンに戻り、中くらいの商店を営みつつ、悠々自適の暮らしをしている。
 とはいえ、冒険に対しての興味や情熱はいささかも衰えず、剣と剛腕で無く、後輩たちが持ち寄ってくる学問や記録・記述を読み解くやり方で、冒険を行なっている。
「ま、無理はできん身体になっちまったからな。これではおいそれと死地へ赴くわけにはいかんし。これからは剣と力でなく、知恵で謎に挑む‥‥ってなところか。ともかくだ、これを見て欲しい」
 彼が取り出したのは、一本の鍵と巻物だった。鍵は大振りなつくりで、「丑の矢」と、何かの文章が刻まれている。‥‥文章は暗号なのか、わけのわからない内容だ。巻物の方は、ちゃんとした文章である。
「巻物の内容を、説明していいか? これは、俺の知り合いが持ち込んできたものだ。簡単に言うと、かつて石窟の坊さんの中に、自分の財産を寄付したやつがいたそうだ」
 が、石窟の僧たちの長は、それをどこかに隠し、しまいこんだ。そして、宝に至る道に三つの錠前を付けた堅牢な扉を作りつけ、三つの鍵を別々の僧侶に持たせた。
 宝は、重要なものであり、後世に残すべきもの。故に、人が人を殺すような現在は、隠し通すべき。‥‥巻物には、当時の僧長の手により、そういう旨が書かれていた。かくして、宝は隠されたままで現在に至る。
 で、根津は知ってか知らずか、僧侶の宝物を手にすることなく逝ってしまったわけだ。
「鍵には、文章が刻まれているだろう? 『子の弓』『丑の矢』『寅の的』。三つの鍵がそろった時、鍵の文章も全て揃い、宝の在りかがわかるってわけだ。で、ここからが本題だが」
 この鍵と巻物は、年老いた僧侶が死の間際に、大河原のかつての弟分、幸助が受け取ったものである。そして幸助も、瀕死の状態でこれを大河原の下に持ち込んできた。なんでも、根津の子供もまた‥‥どこから聞きつけたか知らないが‥‥この宝を狙っており、その手先にやられたとの事なのだ。
「幸助は、俺の檀家の寺に墓を作り、手厚く葬った。敵討ちしたい気持ちはあるし、宝に対する興味もある。が、それにも増して復讐したいって気持ちの方が強い。幸助は死の間際に、『「子の弓」の鍵は、石窟内にある』と言っていた。僧侶から『丑の矢』の鍵と巻物を託された時に聞かされたらしいな。
 俺の依頼は、石窟に赴き、『子の弓』の鍵を手に入れてきて欲しい、という事だ。石窟内の見取り図も、こっちに用意してある。これもまた、件の僧侶が幸助に依頼した時に渡されたそうだ」
 別の巻物が取り出された。そちらは若干、新しい紙で書かれている。
「幸助は、いい奴だった。老僧も、彼には世話になったらしい。幸助の無念を晴らしてやってほしい」

●今回の参加者

 ea6977 ヨシュア・グリッペンベルグ(47歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea7743 ジーン・アウラ(24歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
 eb4634 鎖堂 一(56歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4909 草薙 鰹雄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5532 牧杜 理緒(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

「あの屋敷が面白い建ち方をしてるので覗いたら恐ろしい声がしてね、怖くて逃げてきたんだよ」
 ひ弱な学者風の男が、大衆食堂のおかみに話しかけていた。
「ああ、あれですかい? あんなけったいなお屋敷に行くなんて、物好きも良いとこだよ。なあ、アンタ?」
「ん」おかみに話を振られ、亭主は相槌を打った。
 ヨシュア・グリッペンベルグ(ea6977)は、味噌汁と麦飯と焼いた干物の定食を受け取りつつ、おかみと主人から話を聞いた。向こうはもともと話し好きなのか、聞きもしないのに色々話してくれるので、ヨシュアとしては大助かりであった。
「‥‥で、昔にお宝を貯め込んだって噂が流れてね。色んな人たちがお宝目当てで入り込んだけど、ある物といったら壊れたがらくたばかりで。今じゃ、誰もあそこにお宝が隠されてるなんて考えもしないよ」
「お宝、ねえ‥‥」
「おおっと、お客さんもお宝が目当てのクチかい? 悪い事は言わんよ、アタシや亭主みたいに真面目に働いて稼ぐ事が一番さ。本当のお宝ってのは、金でもなけりゃ名誉や権力でもない、毎日毎日を真面目に働いて、良い人見つけてちゃんと子供を育てる。こういう毎日が本当のお宝ってもんさね。そうだろ、アンタ?」
「ん」
 仏頂面の主人は、もくもくと料理を作り続けつつ答えた。
 ヨシュアは、更に質問した。
「で、あの屋敷の武家‥‥根津、でしたっけ? その子供ってのは今はどうしてるんでしょう?」

「で、なんと?」
「それが、そのおかみの言う事には『いやあ、確かに子供はたくさん居たけど、ほとんど全員がいくさで死んじまった』と。けど『唯一、たった一人生き残った娘が、この周辺に来てると又聞きの噂で聞いた』とは言ってたね」
「娘か‥‥ふむ、幸助を殺したのがそいつの差し金だとしたら、とんでもない女だな」大河内はうめいた。
 それぞれ情報収集が済み、大河内の屋敷へと戻った冒険者たち。ヨシュアの仕入れた情報は、皆を驚愕させた。
「わいは石窟と、かつて存在した寺院の宗派などについての調査を行なったで」
次に口火を切ったのは、草薙鰹雄(eb4909)。
「寺院の宗派は、それほど有名とは言えない一派のもんやな。教祖はかつて書家として、色んな書画を描いたそうやけど、そのほとんどは散逸して行方知れずになったそうや。修行に関しても、あえて暗黒に身をさらし、自らを孤独に置く事で、他者との交流を逆説的に大切に思わせるって意図があったらしい。もっとも、わいとしてはそんな修行は御免被りたいけどな。あと‥‥」
 ぼろぼろの巻物を、彼は取り出した。微妙に下手な絵が、そこには描かれていた。
「近場の骨董品店に話を聞いたら、ただでくれたもんや。なんでも修行の一環として、修行僧たちには絵や文を描かせて、心の平穏を培う事に努めさせたって話や」
「‥‥なるほどな、ふむ」意味ありげに、大河内はつぶやいた。
「では諸君、そろそろ出発した方が良くは無いかな?」
 宝がどんなものか、興味がわいたのか。急かすように大河内は冒険者たちに言葉をかけた。

「この先だな、石窟とやらの入り口は」
 シグマリル(eb5073)、カムイラメトクの勇者でありパラの射手は、森の奥へ鋭い視線を投げかけた。
 冒険者たちは、一休みして鋭気を養っていた。森の中ほどにある広場、ないしは生えている大木を背に、歩きつかれた足をいたわっていたのだ。
「しかし、根津の子供‥‥というか、娘か。そいつらの根城や頭数はどのくらいのものなんだろう。遅かれ早かれ対決するだろうし、知っておきたいものだが‥‥」
 鎖堂一(eb4634)が、疑問を口にした。彼は大河内にその旨を聞いてみたのだが、「わからない」と返されたのだ。
「自分なりに調べてはいるそうだから、その情報待ちって事になるんだろうな。ややこしい事になりそうだ」
「ああ。にしても‥‥おいら許せないだな。宝のために幸助さんを殺すなんてな」
 鎖堂に続き、ジーン・アウラ(ea7743)が相槌を打った。
「根津の家来を見つけたら、そいつを逆につけて、敵の根城まで‥‥って思ってたけど‥‥残念だ」
 ジーンもまた、根津に対し憤りを感じていた。幸助にいたく同情した彼は、この依頼をなんとかして成功させんとやる気をみなぎらせていたのだ。
「カプリスは大丈夫かしら‥‥ちゃんと、大河内さんの事を守ってくれてるといいんだけど」
牧杜理緒(eb5532)は、置いてきた愛猫に思いを馳せていた。
冒険者たちは「万が一根津の一味が襲ってくるかもしれないから」と、大河内にどこかの長屋に避難するようにと進言していた。しかし彼は、それを断っていた。
『この屋敷は、それなりに防御に適したつくりになっている。それに、店の者たち全員にも戦いの技は仕込んである。かみさんは今、外出しているしな。だから心配は無用だ』
 かくして、牧杜は愛猫カプリスを預かってもらい、仲間たちとともに石窟へと赴いたわけだ。
 しかし、ここでちょっとした問題が起きた。
「屋敷までは、だいぶ離れているな。ここから向かったら、半日以上はかかるぞ。どうする?」
ヨシュアの言うとおり、現在地の石窟内への出入り口と、石窟の上部に建っている屋敷まではかなりの距離があった。最短距離は目の前の絶壁を登るしかないだろうが、それには時間がかかるし、それだけの装備も無い。遠回りしたら、なんとか上る事も不可能では無いだろうが、それでもかなりの距離があり、どう少なく見積もっても半日以上はかかる。
当初冒険者たちは、最初に屋敷に向かって、そこから内部への出入り口を封鎖し、然る後に‥‥と考えていた。が、それを行なうと遠回りになり、かなりの時間を食ってしまう。
さらに悪い事に、この石窟周辺には、最近山鬼や熊も出ると噂が立っていた。途中でそれらに遭遇し、無駄に痛手を負うわけにはいかない。
「‥‥しかたあるまい、俺と牧杜殿は別行動を取ろう。俺たち二人だけが屋敷に赴く‥‥という事でいいか?」
 シグマリルの提案に、草薙とジーンも賛同した。
「わいも、それがいいと思う。全員でぞろぞろ行ったとしても、ここに戻るまでに中に入られ、横取りされたらオシマイや」
「うん。屋敷から直接『子の弓の鍵』の場所へ‥‥という事も考えたけど、巻物にはその道順が記されていないしな。下手に入り込んで、迷ったりしたらコトだな」
 ヨシュアも、それに同意した。
「わかった。それじゃあ二人とも、気をつけて」ヨシュアは、牧杜とシグマリルに握手し、幸運を祈った。
「ええ、ヨシュアさんもね」
「皆に、善きカムイの加護があらん事を」

 四人に減った冒険者たち。
 一人は歩哨として、秘密の入り口に立たせておくべきか‥‥とも考えたが、これ以上の人員はさけられない。かくして、ヨシュア、ジーン、草薙、鎖堂の四人で、石窟内に入る事となった。
「‥‥ふん、空気はそんなに澱んでないようやな」空気を吸い込み、草薙がつぶやく。
 湿度もそれほど高くなく、むしろ過ごしやすい。外に比べて温度も低く、快適と言ってよいほどであった。
 ランタンを手に下げ、ヨシュアは仲間たちとともに暗黒の世界を進んでいく。曲がり角にあたるたびに、小石を投げては様子を見た。そして、鼠が出てきた。
「‥‥ほら、あっちに行くだよ。しっ!」
 小さな鼠は、冒険者たちの足元をちょろちょろと通り過ぎ、暗闇の中へと消えていった。
「鼠が入り込んでいる、という事は、動物が出入りする事ができる、という事でもあるな」
 鼠の足音を聞きながら、鎖堂もまたつぶやいた。
 遭遇するのは、この程度の小さな鼠であって欲しい。ロシュアは不安に苛まれつつ先へ先へと歩を進めて行った。

「牧杜殿、あれを!」シグマリルが促した。
 屋敷が臨める場所にたどり着いたシグマリルと牧杜は、木のかげに身を潜め様子を伺っていた。
 その情景は、十数名の侍たちが屋敷に火矢を放つ様子。油らしきものが撒かれ、屋敷には藁が積み上げられている。すでに火が回り始め、赤い炎の舌が屋敷をなめていた。
「どうしよう、止めないと!」焦る牧杜だが、シグマリルは残念そうにかぶりを振った。
「‥‥無理だ、もう遅い。それに、ここから出て行ったとしても、相手が多すぎる」
 どんな邪悪の意図のもとに、屋敷を燃やしたのか。シグマリルは悔しかった。
 せめて、情報収集だけでも‥‥そう思った二人は、そのまま彼らの元へと近付いていく。
 男たちの一団、彼らに出来るだけ近づいた二人は、耳を澄まし内容を聞き取る事に専念した。
「‥‥これで、忌まわしい家の血は断てたでしょうか‥‥」
「‥‥根津家は最後、そして宝を狙う愚か者どもも最後に‥‥」
「‥‥くだらぬ宝物など、欲しければ誰かにくれてやれ‥‥」
 聞き取れたのはそれだけ。あとは遠すぎて、ろくに聞こえなかった。
「聞いたか?」
「ええ、どういう事かしら? 宝はいらないとでも?」
 だが、シグマリルと牧杜の思考もそこまでだった。その場に一匹の熊が、のっそりと姿を現したのだ。

 地図に記された、最後の部屋。そこにたどり着くまでは簡単だった。駆け出しの冒険者ですら、難しくは無かっただろう。
 そこは、宝物庫。既に中身は空となった櫃があちこちに置かれているが、部屋の北側の奥の壁。そこに鍵がある‥‥と、巻物には記されていたのだ。
 壁には、何も無い。が、隅の石が緩んでいるのを、ヨシュアらは見逃さなかった。
「取れた!」
 草薙がレンガ程度の石塊を取り出した。そしてその奥の空間には、ぼろ布に包まれた金属の小さな塊があった。
「間違いない、『子の弓』の鍵だ!」
 大河内から聞いた、そして巻物に描かれていたのと同じ、子の弓の鍵。
 急ぎそれを背負い袋に納めたヨシュアだが、獣のうなり声とともに、喜びの感情は消えた。
「!?」
 南側の壁の奥から、獣の声。それも、甲高い鳴き声が聞こえてきたのだ。その数は、おそらく一匹や二匹ではないだろう。そして、その声の近付き方から、逃げるのには遅すぎる。
 すぐさま、四人は戦闘の隊列をとった。鎖堂は仕込み杖を構え、草薙も両手に小柄を握る。ジーンは魔力が込められた短弓「早矢」を構え、いつでも矢を放てるように整えた。ヨシュアもまた、呪文を唱え、それを放てるように集中力を高める。
 彼らが身構えた瞬間、いきなりそれは現われた。飢えた鼠の群れ。それも、逞しい狩猟犬と同じかそれ以上の、巨大な体躯の鼠。家で飼われているような鼠などではなく、鋭い目つきと全てを噛み砕かんとする凶暴さを有した、恐るべき獣たち。
 それが、南側の壁、ないしはそこに穿たれた穴から大量に湧き出てきたのだ。彼らが入ってきたのは、そのすぐ近くの扉。一戦交えぬ事には逃走も無理だろう。
 だが、部屋は戦うに十分の広さがあり、長柄の武器を有していたとしても、振り回すのに困らぬくらいの空間があった。つまりは、冒険者たちを制約する物は無いという事。すぐさま彼らは、その腕に有す戦闘能力を存分に発揮し始めた。
 ジーンの弓から、矢が放たれた。矢は弓の持つ魔力で、命中率が上がり、飢えた獣の眉間に突き刺さった。たちまちのうちに、数匹が引導を渡される。
 が、矢の一撃を逃れた大鼠が、接近して肉に食らいつこうと執念を見せていた。かつて共食いギリギリの乏しい餌しかもらえていなかった頃。常に飢え、侵入者を食い尽くすことを渇望していた鼠たちは、仲間が倒れようが意に介さない。中には仲間の死体にこれ幸いと食いつく者もいた。
 執念で接近した鼠には、二人の冒険者が立ち向かった。鎖堂の逞しい腕に握られた仕込杖が、鞘を払われた瞬間に強烈な斬撃を一閃させ、鼠を一刀両断していく。草薙も負けじと、両手の小柄を二閃させ、飢えた鼠どもへと刃を滑らせていく。
 更には、ヨシュアが詠唱し発動した呪文が、鼠に追い討ちをかけていた。
「燃ゆる紅の力よ! 我が言葉に応え、我が意に従い熱く踊れ!『ファイヤーコントロール』!」
 ランタンから噴出した炎が、鞭のように鼠に打ち据えられる。肉の焦げる臭いとともに、炎にまかれた鼠は命を焼き尽くされ、生命活動を止めた。

 十匹以上倒したところで、ようやく四人は一息つくことが出来た。
「‥‥はぁ、はぁ。どうやら、仕事は終わったと言う事で、良いのだな‥‥」
「つ、疲れた‥‥」
「やれやれ‥‥だな」
「ふう‥‥」
 草薙、ジーン、鎖堂、ヨシュア。それぞれがそれぞれの口調で疲労を表現し、彼らはその場に腰を下ろした。
 血みどろの中、大鼠の死体が石窟内に散乱している。この死体も、また別の生き物、もしくは別の大鼠が食い散らかすのだろう。
「‥‥では、戻るか。シグマリルたちの方でも、何か分かった事が合ったかもしれん」
 暫く休み、息を整えた後。ヨシュアは皆を促した。

「なんだと?」
「ああ、俺たちの後ろから、熊が出てきたんだ」
 再び、森の入り口で落ち合った冒険者たち。だが、シグマリルと牧杜から、意外な事実を聞いていた。
「その時に、あたしたちが居る事がばれてしまってね。熊と、根津の手の者たちとに囲まれ、絶体絶命の状況になっちゃったのよ」
 が、二人が熊と根津の手下たちのどちらかに攻撃を仕掛けようとした時だった。厳しい顔付きの若武者が刀を手にして、熊の前に立ちはだかったのだ。
「しばらく見つめ合っていたが、やがて熊の方が踵を返し、そのまま森の奥へと去っていった。そして、若武者は俺たちに言った」
「『我が名は、根津公太郎が嫡子、根津綾女。そなたらは何者か。我が父が残したという噂の宝を探しに来た者か』堂々とした様子で、そう聞いてきたわ。正体を明かすわけにはいかないから、通りすがりの旅人って適当に答えたけどね」
「そうしたら、彼女はこう言った。『ならば気をつけるがいい。この周辺には熊が多い。見たところ腕に覚えがありそうだが、命は大切にせよ』とな。そのまま、俺たちを放って去っていった」
 去り際、シグマリルはどうにも気になって聞いてみた。『なぜ、熊にすぐに切り付けなかったのか』と。
「彼女はこう答えた。『熊に敵意はなかった。戦う意思が無い者に対し、無駄な血を流す必要はあるまい? 命は大切にするものだ』とな」
 その言動に、ジーンは混乱に似たものを感じていた。
「どういう事なんだ? 幸助さんを殺したような奴らが、なぜそんな事を?」
 鎖堂と草薙も同様だった。
「腑に落ちないな。宝目当てで幸助さんを殺すくらいなら、シグマリルと牧杜も消そうとして然るべき。なのに‥‥なぜ見逃した?」
「宝を狙ってるのなら、誰かに知られる事は避けるもんや。なのに堂々と、自分が根津の娘である事を口にして、しかも目撃者を見逃す。わからん、まったくわからん」
「‥‥ともかく、依頼人に鍵を渡そう。どうもこの事件、単純には終わらないかもしれないな」
 ヨシュアの言葉に、皆はうなずいた。