子・丑・寅の三つの鍵:「寅の的」の巻

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月06日〜11月11日

リプレイ公開日:2006年11月15日

●オープニング

「お前さんたちに依頼したい。二度目の依頼‥‥って事になるな」
 ギルド、ないしは応接室。依頼人が冒険者たちを冒険に誘う入り口。
 おりしも片足の男、それも満身創痍の男が、包帯に包まれた痛々しい体で、荒々しい吐息とともに発していた。冒険への誘い、すなわち依頼を。
 ギルドはすでに、彼の名を知っていた。そして彼の依頼内容も、ある程度は予想できた。
 大河原電三郎、彼は脇から支えられつつ椅子に腰を下ろし、脇の女性‥‥根津綾女も、ともに腰を下ろした。
「まずは、この俺がいかにして逃げてきたかを話すとしようか。それが俺の、依頼内容にもつながるからな」

 大河原は、赤四番坊ら闇道寺の者たちに囚われていた。
 彼らの目的、それは石窟内の宝をもとに、闇道寺を再建する‥‥というもの。しかし彼らは、そのためにはどんな悪逆にして残酷な事を行おうがかまわないという、狂信的な一派でもあった。
 実際、闇道寺の僧侶には「再建のためならば何を行なってもかまわないだろう」、そういう思想のもとに行動する者もまた多かったのだ。赤四番坊はその一人であり、中心的人物であった。
 そして、彼らは徒党を組み、宝を奪取して再建を誓ったわけだ。
 が、三つの鍵の謎はどうしても解けず、行き詰っていた。三つの鍵はどこにあるのか、そしてその鍵を用い、どうすればいいのか。
 頭を抱えている時、三つの鍵について調べている者の存在を見つけた。それが大河原だったのだ。
 が、大河原に正直に言ったところで協力するはずもない。もとより彼は、このような企みを嫌うような人間であると聞いていた。
 そこで、彼はまず最初に半ば協力するようなそぶりを見せ、そして頃合を見て大河原を拉致、鍵の謎を解かせようとしたのだった。
「もっとも、三本目の鍵をお前さんたちが渡さなかったため、そいつは適わなかったがな」
 大河原は、行方不明になったとき。赤四番坊の手下たちは、大河原の弟子たちを殴り倒し、そして大河原だけを連れ去った。そして、大河原が有していた鍵と今までの研究資料、それらの書物や書付も奪い取り、自らの元で研究させた‥‥というわけだ。
 が、三本目の、「寅の的」。その鍵を冒険者たちが渡さず、根津が事実を伝えた為に、闇道寺再建の計画が狂い、明るみに出た‥‥というわけだ。
 それだけではない。腐っても元冒険者の大河原。片足ではあったが、棒状の義足には、緊急時に用いるための短刀が仕込まれており、彼はそれを用いて脱出したのだ。
 そして、彼の脱出を助けたのは根津綾女だった。自らの行為に責任を感じた綾女は、弟子たちと協力して大河原を探し、助け出そうと助力していたのだ。
 かくして大河原は、脱出する事に成功した。無論、「子の弓」「丑の矢」の鍵も携えて。
彼はギルドに赴いて、保管してあった「寅の的」、更に「兎の巻物」を受け取り、解読したのだった。
「兎の巻物」には、闇道寺石窟内の、とある部屋へ向かう道のりが描かれていた。そして、三つの鍵を合わせた暗号だが、奇妙なものだ。
 鍵の柄の部分はそれぞれ組み合わせるようになっており、組み合わさった時点で初めて文字が浮かぶように作られていたのだ。その文字を解読した結果、以下のような一文が判明した。

「巻物に記された、『龍の間』へ向かえ。
その中心に立ち、子と丑の中間に存在する寅を射よ、そこに真なる的があり、的を開くと巳が在る。
巳を用い、午を解き放つ事で、宝への道が開かれん」

「‥‥と、こういう一文だ。おそらくこの三本の鍵は、『実際に錠前に差し込む鍵』ではなく、この暗号を記した『隠された宝そのものに迫るための鍵』なんだろう。
『兎の巻物』に記載されていた内容では、『龍の間』は十二の壁に仕切られた大きな広い部屋である‥‥とだけしか書かれていない。これ以上は行ってみない事には分からないだろう。しかし‥‥」
「昨夜の事だが、大河原殿の奥方が誘拐された」
 大河原に続き、綾女が言った。
「大河原殿は、見ての通りろくに傷を治さぬままで暗号解読をしてしまった。で、昨晩に発熱し、奥方の大河原淑乃殿がつきっきりで看病していたのだ。私は、弟子たちとともに二人を守らんと寝ずの番をしたのだが‥‥その甲斐なく、襲撃を受け、奥方を人質として奪われてしまった」
 すぐその後に、矢文が打ち込まれてきた。
「奴らの要求は、『暗号を解いたのなら、それに従って宝までの道を案内しろ』というものだ。奴ら、石窟内の『龍の間』の周辺で待っているそうだ。そして、宝を手に入れたら淑乃殿を帰す、と」
「でだ、俺はすぐに向かおうとしたが、綾女殿に止められた。『このような状態では、宝の場所まで案内したら、奴らに殺されるだけだ』とな。それに、悔しいが‥‥無理を重ねたせいか、この足が痛み出してろくに移動できん。代理として弟子たちを向かわせようとしたが、彼らも襲撃を受けた時に多く負傷して、行ける状態では無くなってしまった」
「何より、未来ある大河原殿の弟子たちに対し、危険な目にあわせるわけにも行かない。そこで、私が代理として行く事になった。依頼内容は、貴殿らに大河原淑乃殿を助け出す手伝いをしていただきたいのだ」
 綾女の言葉に、大河原は熱に浮かされつつ言った。
「ああ、まずは女房を取り戻す事を優先してくれ。くそったれな宝など、場合によっては奴らにくれてやってもかまわない。綾女殿も同意してくれた。それに、もう一つ‥‥その『宝』の事だが」
 
 大河原の言葉によると、
 昔、闇道寺の僧侶たちは外国を旅しては、異国の宗教を学び、その教義も自分のところで取り入れよう‥‥と考えた者が多く居た。で、囚われの大河原は、赤四番坊らが石窟内で集めた膨大な資料や古文書を調べ、『宝は、外国から持ちこんだもの』かもしれない‥‥という仮説を立てた。
 なんでも何人かの僧侶は、『外国を旅しては、そこからいろいろと古い品々を持ち帰った』というのだ。具体的にどんなものかは分からないが、宗教書などの書物が入った櫃ではないか?‥‥と、大河原はその時に立てた仮説を伝えた。少なくとも闇道寺の僧侶の中には、過去にエジプトやイギリスに赴き、貴重なものが入った箱をいくつも持ち帰ったのは確からしい。が、その箱の中には『恐ろしい知識』が入っている‥‥とも言われていたが、具体的になにが恐ろしいのかまではわからないが。
 
「ここまで伝えれば、もうお分かりだろう。報酬は前払いする。私とともに、大河原淑乃殿を救って欲しい。そして『宝』の正体を暴き、それが危険なものならば、可能なら封印したい。大変な仕事になるが、引受けてはくれないだろうか?」
 綾女は、大河原とともに頭を下げ、懇願した。

●今回の参加者

 ea6977 ヨシュア・グリッペンベルグ(47歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea7743 ジーン・アウラ(24歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
 eb4634 鎖堂 一(56歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

「綾女殿。話が」
 出発の前日、根津綾女に対し、シグマリル(eb5073)が声をかけた。
「シグマリル殿か。何か?」
「俺はあなたを仲間だと思っている。だから、正直に話しておこう。‥‥自らの命を、大事にしてほしい」
「な‥‥いきなり、何を‥‥」
『言い出すのだ』という綾女の言葉を遮り、シグマリルは言葉を続けた。
「俺の思い過ごしならば良いのだが、あなたからはどうにも感じられるのだ。責任を果たす為に、己の命を賭してでも救い出す、という雰囲気をな」
 図星をつかれたかのように、綾女はぎくりとした。
「家臣を失い、大河原殿の妻は拉致された。その責任を取ろうと尽力するその姿勢は、敬意に値する。が、己の命を粗末に扱う奴に、人の命が救えようはずもない。あなた自身の命も粗末にせぬようにと、伝えたく思った次第だ。なにより‥‥」
 言葉を続けたシグマリルは、綾女に微笑んだ。
「あなたは、俺と牧杜殿の命の恩人だからな。恩人の命を失うところは見たくは無い」
「シグマリル‥‥殿‥‥」
 柔らかい表情を見せた綾女は、厳しい顔付きに戻った。
「かたじけない。しかし‥‥最初に会った時は、私が貴殿を助けたというのに、それ以後は助けられてばかりだな」
「いつか、返してもらう事もあるだろう。それに‥‥」
 彼もまた、口元を緩ませ、そして引き締まった表情に戻しつつ言った。
「俺は、カムイラメトクとしての務めを果たしているに過ぎない。悪しきカムイを射るという、我が務めにな」

 冒険者たちが集まり、作戦を練り始めた頃。再び、矢文が打ち込まれてきた。
「奴さんたち、かなり焦っているようだね」
 矢文を広げつつ、ジーン・アウラ(ea7743)が彼方へと視線をやった。
矢文に記されていた内容。それは「石窟内の『龍の間』付近にて待つ」「人質は無事」「宝への道程と我らの身の保障を約束するなら、こちらも約束を守る」といったものであった。
「全く、毎度毎度、いやな渡世だねえ。まあ、お宝を掠め取れれば、ちっとはマシってなもんですがねえ」
 乗り気でない鎖堂一(eb4634)の言葉を聞き、ヨシュア・グリッペンベルグ(ea6977)が非難するかのように視線を向けた。
「赤四番坊たちは、宝を手に入れるための謎解きは出来なかった。そして我々は、宝を手に入れるための方法にめどがついた。となると‥‥」
「ヨシュア殿、一つ言っておく。優先すべきは妻の、淑乃の命だ。場合によっては宝をくれてやっても構わない」
 ロシア王国のウィザードの言葉を遮ると、大河原は包帯に巻かれた体を起こしつつ言った。
「綾女殿は責任を感じておられるようだが、それは俺も同じ。責められるべきは、宝を調べようと首を突っ込んだ俺だ。既に弟子を失っている。淑乃を、その犠牲者の中に加えたくは無い」
「心配する事はないですよ、大河原さん。私たちが、淑乃さんを助け出してみせます」
「おいらもさ。大切な人を侮辱するやつは、絶対許さない!」
 ヨシュアとジーンの言葉に、多少は元気付けられたかのように微笑んだ大河原だが、それでも不安を払拭はできない様子だった。

「よく来たな。このような再会になったのは、些か残念ではあるが、人質は解放する事を約束しよう。こちらを害さないと約束したらの話だがな」
 暗く、かび臭い石窟内。
『兎の巻物』に描かれた地図によると、『龍の間』は、以前に大ネズミたちと戦った大部屋からすぐの場所に位置していた。
 ヨシュア、ジーン、鎖堂、シグマリル、そして綾女。
『龍の間』への扉を臨む、巨大な扉の前。松明の炎をかざしていた両者は相対し、にらみ合っていた。
 後ろ手に縛られた淑乃、そのすぐ脇に立つ赤四番坊。彼は、淑乃の首筋に匕首の刃を当てている。
そして、その四方にぴたりと寄り添う僧侶四人。それぞれ、青十二番坊、黄二十七番坊、緑三十一番坊、桃四十三番坊。四人とも、それぞれ武装を‥‥薙刀、双刀、剛弓、金剛杖を携えており、全員が山鬼も羨むような大柄な体躯であった。まるで赤四番坊が、子供のようにも見える。
気丈にも、淑乃は凛とした様子であった。
「淑乃殿!」
「綾女さん? 大丈夫、私は大事ありません」
 その声には、些かの怯えも見られない。勇気あるその声に、鎖堂は些か感心し、感嘆の声を上げた。
「さて、それでは冒険者たちよ。宝を手に入れるために、やってもらおうか?」
 この期に及んで、まだ宝か。良いだろう、すぐに手に入れてやろう。ただし、その所業にふさわしい最後も、同時に貴様らにくれてやる。
 シグマリルは、その思いを新たにしつつ、弓を持つ手を握り締めた。

「シグマリル君、大丈夫なんですね?」
「ああ、心配ない。おそらく、俺たちの考えているもので間違いはないだろう」
 ヨシュアの心配をうけつつ、シグマリルは『龍の間』へと入って行った。
「‥‥ここは‥‥」
 ほぼ円形の、十二の壁によって囲まれた部屋。東西南北の西側からのみ入れるその部屋には、十一の扉がずらりと囲んでいた。
一つの壁は2mほどで、それぞれの壁には扉がついていた。が、扉についてあるのは鍵穴が一つだけ。取っ手も付いていない。
壁と壁との間には、小さな虎の彫刻があった。虎の口部分には穴が穿たれ、何かを差し込むようになっている。
「なるほど、やはり‥‥」シグマリルはつぶやいた。
 中心部に立ち、子と丑の方向の中間点。つまり、その中心部に存在する虎の彫刻に鏃を放てばいいのだろう。そして、放つべき方向は、子と丑。その中間点。即ち‥‥。
「子と丑の中間に存在する、虎の彫刻を狙えばいい!」
 皆を下がらせ、カムイコタンの射手は弓を引き絞り、鋭き矢の一閃を放った。
 虎の彫刻の、口の部分。それは的としては小さく、的としては狙うのは難儀な目標。だが、シグマリルの確かな技量は、その目標を難なく射抜く事に成功した。
 おそらく、内部に何らかの仕掛けが内蔵しているのだろう。矢が完全にそれに吸い込まれると、かちりという音がして、その彫刻のすぐ下が開いたのだ。
「どうやら、おいらたちの推理は正しかったようだよ!」ジーンの言葉に、ヨシュアと鎖堂、それに綾女もうなずき微笑む。赤四番坊らですら、感心した表情を浮かべていた。
「見てくれ! 今開いた場所に、何かがあるようだが‥‥」
「‥‥ありましたよ、綾女さん。これが『巳』でしょう」
 ヨシュアの言葉どおり。蛇の彫刻がなされた大振りな鍵が、そこにはあった。

「やれやれ、どうやら予想が的中したと見てよろしいでしょうなあ。あとは、これを使って『午』を解き放てば良いわけですが」
 鎖堂が、『巳の鍵』を取り上げた。赤四番坊はもちろんだが、宝を封じようという考えだった綾女ですら、興奮の色を隠せない。
「それでは‥‥鎖堂君、ジーン君。頼みます」
 ぶつぶつ言いつつ‥‥鎖堂は真南の方向、即ち、午の方向へと、ジーンとともに歩み寄った。
 真南にある扉、その中央にある鍵穴に鍵を差込み、ひねる。がちゃりと音がすると、重々しい巨大な石の扉は、きしみつつも内側に開いた。かび臭い、ひどい臭いが内部からは漂ってくる。
 内部に入り込もうとした矢先、赤四番坊が言った。
「よくやった。もう下がって良いぞ。あとは我らだけでいい。もちろん、人質も返そう」
 もはや、ごちそうを目の前にした飢えた犬の様。彼だけでなく、他の四人も同様の状態であった。
「そうだ、我らを傷つけず、ここで待ってくれると約束してくれるのなら、宝の何割かをやってもいい。闇道寺の再建の際には、そなたらの名を刻んだ記念碑を作っても構わん。だがそれをする前に、皆武器を床において、我らを宝の部屋まで行かせてくれ! 何度も言うが、人質は返す!」
「‥‥良いだろう。ただし、そちらも約束して欲しい。人質を傷つけることなく、返すことを」
 綾女が、複雑な表情で、腰の刀を抜くと‥‥床に置いた。
「ちっ、是非も無し!」舌打ちし、鎖堂もまた仕込み杖を床に置く。ジーンとシグマリルもまた、弓を置いた。
「‥‥淑乃さんの確保が最優先、仕方ないですね」綾女同様に複雑な表情で、ヨシュアも杖を置いた。
 自分たちから人質を返すと言っているのだ。そして自分たちの目的は、宝や敵の殲滅ではなく、淑乃の保護。彼らの気が変わらぬうちに、人質を取り戻しておくべきだろう。
「ヨシュア殿、あんたは魔法を使うって事は知っている。だから我らが部屋に向かうまで、口に布か何かを咬んでおいてもらおう。そうしたら全員、龍の間の隣に行くんだ!」
 こっそりと呪文を唱えて‥‥という目論みも、これで崩れた。
 言うとおりにすると、四人は次々に『午』の扉から向かっていき、最後に赤四番坊が淑乃を放すと、一目散に『午』の扉から内部へと入って行った。
「淑乃さん! 大丈夫だったか?」
 ジーンが心配そうにかけよったが、見たところ外傷も何も無く、彼女自身も元気そうだ。
「大丈夫ですよ。少なくともあの人たちは、私を丁重に扱ってくれました。ただ‥‥せっかくの宝物が奪われるのは、残念といえば残念ですが」
「出し抜く機会が、この後にあればいいのですけどね‥‥」
 ヨシュアが、彼女の戒めを解いたその時。『午』の部屋から、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
「!?」
 全員が、まず床に置かれた各々の武器へと手を伸ばす。
 そして、『午』の部屋へと向かって行った。

「!」
 その部屋は、予想に反し、様々な宝が置かれていなかった。ただ一つ、中央に巨大な石棺が置かれているだけだった。
 が、石棺の周囲には、ずたずたになった四人の僧侶、すなわち赤四番坊の仲間たちの成れの果てが転がっていた。手にした得物を振るう暇がなかったのか、あるいはそれすら役に立たなかったのか。
 その両方だろう。赤四番坊に死を与えていた存在が、部屋の中央にて吼えていたのだ。
「これ‥‥は!」綾女が呆然とそれを見つめ、
「主人が言っていました、これはマミー、木乃伊という乾燥させた呪われし屍です!」
 淑乃が言うが早いが、マミーは手にしていた二つの物体を、強烈な勢いで投げつけてきた。一つは赤四番坊の頭、一つはそれの胴体。
 頭は鎖堂に、胴体はヨシュアとジーンへと命中し、彼らを昏倒させた。
「来い! こっちだ、化物め!」
 カムイラメトクの勇者は、とっさに自らへと不死の怪物を誘う。仲間たちは見たところ、打ち倒されはしたが怪我はしていない様子だ。なんとか、彼らから引き離さないと!
ふと、僧侶たちの一人が持っていた剛弓の矢筒が、シグマリルの目に入った。まだ数本が残っている。足元のそれをすばやく拾いあげ、彼は更に矢を射かけ続けた。
 淑乃は綾女とともに、そしてシグマリルに守られつつ、『龍の間』へと出てきた。それに誘われ、ボロボロの包帯に包まれたマミーが追ってくる。その巨体が迫る様は、まさに狂乱する悪夢。
 淑乃を更に外へ逃がした二人は、マミーの両側に展開し、左右から攻撃を仕掛けた。
 綾女の剣が何度も切りつけるが、マミーの包帯がその威力を削ぐ。握りこぶしが振るわれ、綾女の剣が折られ、打ち倒された。
「悪しきカムイよ、我がユッケルヤンぺの前に倒れるがいい!」
 シグマリルの弓から、激しい矢の雨が放たれる。綿が水を吸い込むがごとく、マミーの邪悪なる乾燥した体へと、次々に矢が吸い込まれていった。
 振り向いた怪物の顔へと、彼は更に三本の矢を打ち込んだ。両目と額に、シグマリルの矢が突き刺さる。両目を潰されたマミーは、痛みに吼えるかのように、その周辺をよろけた。
「これまでです、無に帰すがいい!」
 回復したヨシュアが唱えたファイヤーコントロール、ないしはランタンから放たれた炎が、マミーを包み込み、燃やし尽くした。

「みんな、ありがとう。なんと礼を言ったらいいか」
 大河原は、淑乃を再び抱きしめつつ、何度も礼を言った。
 宝とは、闇道寺に持ち込まれたマミーの事だったのだ。エジプトの神秘を持ち込もうと考えて、大金をはたいてマミーの入った石棺を手に入れ、寄付するも、その僧侶は死去。そのまま、宝の話が一人歩きし‥‥というのが真相らしい。
 あれから調べたが、石棺周囲の品々はマミーが壊してしまっていた。値打ち物はまったく残っておらず、鎖堂は不満だったのはいうまでもない。
「でも、よかったよ。みんな無事に終わってさ」
「そうですね。それが大事です」
 ジーンの言葉にヨシュアも微笑みつつうなずく。
「私からも、礼を言いたい。これで我が家の汚名が、少しでも減らせたらいいのだが」
 綾女もまた、冒険者たちへの礼を述べた。
「シグマリル殿、貴方の言葉、嬉しかった。いつかまた出会い、語り合いたいものだ」
「俺もだ、綾女殿。あなたの未来に、善きカムイの加護があらん事を」
 全ての謎が解かれ、しがらみも解かれた。平和と平穏という宝を手に入れた今、何事も無く過ごして欲しい。そう思うシグマリルだった。