地獄に続く穴 弐の巻
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■シリーズシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月12日〜07月17日
リプレイ公開日:2007年07月20日
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●オープニング
あれから、二ヶ月近くが経った。
百地蔵村の怪異は音沙汰無く、冒険者ギルドでも、事件の存在を忘れかけていた。
重大なものから取るに足らぬものまで、依頼はそれこそ毎日のように舞い込んでくる。担当の者は仕事に忙殺され、未解決な事件の一つなど忘れかけていた。
それを思い出したのは、傷だらけの男がギルドに駆け込んできた時の事。
彼は、「百地蔵村で、事件に巻き込まれた」とつぶやいたのだ。
彼は語った。それは、新たなる百地蔵村での怪異だった。
彼の名は、小堀三郎太。下級武士の出なれど、剣士としては中々有能。その腕を更に上げんと、ジャパン諸国を旅しつつ剣の修行をしている若者。
三郎太は江戸の家族を尋ねんと、街道沿いの村へと旅路を急いだ。やがて日も落ち、彼は一晩の宿と、旧友との再会を求め、百地蔵村へと足を運んだのだった。
炭之助との再会を楽しみに、彼は百地蔵村に入り込んだ。
この村については、色々と噂を聞いている。なんでも、盗賊団がどうこうとか。やがて彼は、炭之助の小屋へと歩を進めた。
「‥‥?」
が、彼は違和感を覚えた。確かに日は落ちた。日が落ち、周囲は暗くなった。ではあるものの、あまりに人の気配が無い。
夕食の支度で、小屋には灯が灯っていてもおかしくは無いのに、それすらない。あるのはただ、不気味な静寂。夜とはいえ、人の気配がここまで希薄なのはどういう事か。
「‥‥いやな気配だ」
炭之助の家がどこにあるかは知っている。以前に一度、泊まった事があったのだ。小さな小屋だが住み心地は良く、うまい山菜粥をご馳走してもらった。空腹を覚えた彼は、それを口に出来ないものかと期待しつつ、小屋へとたどり着いた。
小屋は誰か、もしくは何かに、扉をめちゃくちゃに壊されていた。
中も荒らされ、無事な物は何一つ残っていない。そして肝心の住民の姿も、やはり見当たらなかった。
「どういう事だ? 一体‥‥?」
炭之助の人柄は、彼も知っている。言動のみならず、お人よしなところは騙されこそすれ、恨みを買うなどまず考えられない。
小鬼か何かが襲いかかったか? だがその割には、あまりに非効率的すぎる。小屋をここまで壊す必要など無いだろうし、何より小銭が散らばったままで放置されている事が、小鬼が犯人である可能性を低くしていた。
では、獣? それにしては、死体を食い散らかした痕跡が無い。別の場所で食べるために、引きずっていったか?
その時になって、彼は血の臭いに気づいた。すぐさま、手近の太い枝にぼろきれを巻きつけ、手製の松明を作る。
炎を燃やすと、松明の光は血痕を照らし出した。それは、村の奥へと続いていた。
不安が更に強まるのを感じつつ、三郎太は剣の柄に手をかけつつ血痕を辿っていった。幸い、今宵は月夜。月の光が、村を淡く照らし出している。相変わらずの静寂と気配の無さ。生命感と生活臭の無さに、彼は村ではなく墓場を歩いているのではないかという錯覚におちいった。
「!」
血痕は、三郎太を石仏寺に導いた。
やはりここも、人の気配は無い。‥‥訂正、何かのうめき声が聞こえてきた。続き、足音。まるで引きずるような歩み。何かが歩いている音に、まず間違いは無い。その感情が、漂ってきた強い腐臭へと注意を払わせなかった。
「炭之助? お前か?」
彼は友人の姿を求め、不用意に寺の境内、ないしは本堂内へと足を踏み入れた。
そこで彼は、見てしまった。おぞましき光景、酸鼻窮まる地獄そのものを。
松明をかざし、光に照らされた本堂内。最初に浮かび出たのは、炭之助の首。
否、彼のみならず、村人たちほとんどの首。それがまるで、収穫された西瓜や瓜のごとく積み上げられ、山となっていたのだ。
山は一つではなかった。その近くには切断された手足が薪の束のように、さらに奥には胴体が積み上げられていた。
松明の明かりは、本堂の奥にまで届いていなかった。おそらくそれは、幸運だったのだろう。もしも内部の様子を全て見てしまったら、彼はその時点で気が狂っていたに違いない。堆く積み上げられた内臓や脳などを直視したら、悪夢に苛まれつつ次第に狂気という深遠に落ち込み、二度と正気に戻れなくなった事だろう。
三郎太は決して臆病ではない。20匹近い化け猫の群れにたった一人で囲まれても、大木を背にして何とか戦い生き延びた事もあった。生ける屍の群れとも戦い、全てを切り倒した事もあった。
が、目前に蠢く怨霊の群れの前には、恐れと冷や汗を禁じえない。怨霊が手にする錆びた剣より滴り落ちるは、赤黒い血潮。視線そのものにすら憎しみの気配が漂い、さながらそれは毒気がごとく。
『悔しや‥‥盗賊ども‥‥』
『憎しや‥‥悪党ども‥‥』
『この恨み‥‥晴らさでおくものか‥‥』
『彼奴らの死をもって‥‥この恨み晴らさん‥‥』
怨霊どもがつぶやくは、そういった恨みの口調。怨念の言葉。
そのあまりの情念に気圧され、三郎太は退却した。否、せざるをえなかった。なぜなら、多くの死人憑きに怪骨が、三郎太へと襲い掛かってきたからだ。
腐臭漂う腐肉をしたたらせつつ、腐った骨と腐った死体は動き回り、無関係の三郎太をも八つ裂きにせんと、もしくは仲間にせんと、つかみかかってきたのだ。
剣を振るい、三郎太は悪夢を切り開き、悪夢にもまれ、悪夢につかみかかられ‥‥悪夢から逃亡した。
三郎太は、全く幸運だった。早朝に、街道を急ぐ旅人‥‥僧侶たちが、道端で震えている三郎太を見つけたのだ。
彼は手に折れた剣を持ち、がたがたと震えていた。傷だらけの彼は手当もそこそこに、なかば脅しつけるように江戸への道を急がせた。
かくしてそのまま、江戸に入り、ギルドに直行し‥‥この事件が明るみに出た、というわけだ。
「石仏寺ですが、確かにあの寺にはおかしな点がありましたね」と、三郎太を助けた僧侶たちの長、一光僧侶が言った。
「ええ、あの寺の念石和尚。ここしばらくはどこか人が変わったかのように威張りちらし、あたりちらす事が多かったようですね。まるで、人が変わったかのように」
一光は、石仏の製作を念石らに頼んでいた。が、以前は二週間ほどで仕上げたのを、今は一ヶ月以上経っても「まだ出来ていない」。ようやく完成しても、その出来は明らかに劣ったいいかげんなもの。
「昔、彼は確かに盗賊だったそうですが‥‥もう更生したはず。なのにこれは、どう考えても納得がしがたいです」
落ち着きを取り戻した三郎太もまた、言葉を続ける。
「拙者の依頼は、炭之助の敵討ち‥‥もあるのですが、もう一つ。百地蔵村に、一体何が起きているかを調べて欲しいのです。山の内部に怨霊が封じられていたのは事実としても、そしてそれが出てきたにしても‥‥どうにも腑に落ちません」
怨霊たちは、盗賊を恨んでいた。ならば昔に、念石らを恨んでいた者か? だとしたら、なぜ今頃?
この事件を担当した者としては、棘丸が謎の死を遂げ、それを念石らが隠そうとしていた事も忘れてはならない。不可解な状況に、深まる謎。
村で、何が行なわれていたのか。その謎を解けるか否かは、依頼に参加するか否かにかかっていた。
「念石殿は、拙僧も知らない者ではありません。どうか、この謎を解いてはいただけませんか?」
「拙者からもお願いしたい。報酬はこちらから払おう。どうか‥‥この謎を、解いてはもらえぬだろうか?」
●リプレイ本文
「時に、少々質問があるのじゃが」
マハ・セプト(ea9249)、シフールの僧侶が、同じく僧侶の一光へと疑問を投げかけた。
「和尚から念石殿は、どの様な人物に見えたかの?」
「石仏がおかしくなった頃より、どうも以前と異なる様相を見せていました。具体的にどこが、とは説明できませんが」
一光の答えは、釈然としないもの。もっとも、本人もできれば知りたいとは考えているようではあったが。
「ふむ。では‥‥過去の盗賊話と、洞窟についての話は何か知らぬかの?」
「拙僧も、それほど詳しくは。ただ‥‥」
「ただ?」
一光が話した事は、更なる謎をマハに、そして他の皆に投げかけるもの。
謎を解かんと得た答えは、更なる謎であった。
「噂ではありますが、念石はかつて、盗賊のような人相の悪い者たちと一目を避けて会っていたようなのです」
一光が話したのは、次の通り。
旅人の噂ではあるが、時折念石らは主だった僧侶たちを引き連れ、森の中や山の中など、人気の無い場所で妙な連中と何かを話し合っていた、とのこと。
その「妙な連中」も、人によって証言が異なるものの、共通する意見が一つ。全員が、どこか堅気のものではなさそう。つまりは、犯罪者と言っても良さそうな凶悪な面相だというのだ。
「そういえば、念石さんも元は盗賊だったそうだね?」
佐伯七海(eb2168)が問いかけた。
「拙僧も詳しくは知らないのですが‥‥念石殿はかつて盗賊であったことは事実らしいのです。更生し、過去の罪を償うと誓い、実際それを実践してきました」
事故に巻き込まれた旅人たちを助け、手当てするなど、そういった善行を行なってきた。それは間違いない。
「しかし‥‥念石殿にも家族や兄弟がいたはず。ひょっとしたら‥‥」
「ひょっとしたら‥‥その家族が生きていて、何かを?」シャーリー・ザイオン(eb1148)が、一光の言葉を次ぐ。
「然り。拙者も同じことを考えました」
今度は三郎太が、シャーリーの言葉を次いだ。
「拙者、炭之助に村の事を色々と聞いてみたことがあり申した。どうも念石殿は何かを隠しているらしい‥‥ことは間違いないかと」
「念石さんは、過去盗賊だった。そして、家族や兄弟がいて、過去に死に別れた‥‥って事よね」ぽつりと、牧杜理緒(eb5532)がつぶやく。そのつぶやきに、三郎太はうなずいた。
「ともかく、拙者も一光殿もこの事件解決のため、知っている事は出来るだけお話する次第です。どうか皆々様、改めてよろしくお願い申す」
臭いが漂っていた。死臭が。グリフォンに乗り空中を行く大蔵南洋(ec0244)にも、その死臭は漂ってくる。死体が腐っていく腐敗臭のみならず、悪意そのもののような悪臭が、大蔵の鼻腔を刺激していた。グリフォンの羽衣も同じなのか、鼻息を荒くしている。猛禽の嘴と翼、爪を持ち、獅子の力強さと逞しさを有する獣でも、不安は隠しきれない様子だ。
空中から臨む村は、まさに狂気の様相。葬られるべき死者がうろついている。その数は‥‥。
「かなりのもの、か。まずいな」
殲滅させる事は不可能ではないだろう。しかし、十名前後の人数で挑むのは、無謀以外の何物でもない。
以前の依頼は受けてはいなかったが、他の仲間たちより詳細は聞いていた。件の穴の上空へと飛行し、旋回する。
そこには、縦穴が開いていた。それを見て、大蔵は前回の依頼を受けた者たちの度胸に感心した。‥‥あの中に入るのは、仕事であっても御免こうむりたい。
村の地理、生ける屍どもがうろつく中を、どこをどうやって進むべきか。その答えを求め、大蔵は空中からの観測を続けた。
「で? どうだったんですか?」
シャーリーが、大蔵に質問する。
峠を越えたあたりにある、隣村。そこで冒険者たちは今後の事を話し合っていた。
「状況は良くない。思った以上に死人憑きや怪骨の姿が多い。それに、居るだろう怨霊の姿が空中からは見られなかった。当然、生存者の姿もな」
大蔵の言葉は、希望ではなく絶望を与えるもの。それをなかば覚悟はしていたものの、やはり改めて聞くと気が滅入る。
「韋駄天の草履で、先行して軽く調べてはみたけど‥‥こちらも芳しいものではないわ」と、牧杜。
「村の中は、あちこちに死人憑きがうろついてる。もしも村の中に誰かが居たとしても‥‥すでにやられている可能性が高いわ」
「自分も、牧杜殿と調べてみました。が、確たる情報は得られてない」残念そうな陰守森写歩朗(eb7208)の顔を見ずとも、調査がうまくいかずに終わった事は容易にわかった。
「ともかく、一つだけ分かった事がある」
鷹碕渉(eb2364)が、立ち上がった。
「これ以上は、ここで何を言ってても仕方が無い。虎穴にいらずんば虎児を得ず、俺たちも実際に切り込んで、事実を確かめる時だ。そうだろう?」
村の様子は、まさに聞いていた以上。
彼、シグマリル(eb5073)は不快な雰囲気と空気に、胸が押しつぶされそうな状態であった。
「カムイよ、我らに加護を。この村に住まう悪の存在より護りし力を与え給え」
彼は弓とともに神に祈りを捧げ、天を仰ぎ見た。
空は晴天。清々しさをも感じるくらい。地上の陰鬱さが、まるで嘘のようだ。嘘のなかを、冒険者たちは進んでいた。
村にたどり着いた冒険者たちは、早速調査を開始した。手分けして、百地蔵村を調べにかかったのだ。
冒険者八名中、前に来た者が七人。大蔵のみが新たな参加者。まさに勝手知ったる仲。
そして、その地理もまた既に頭に入っている。
牧杜が、韋駄天の草履で先行し、歩く死者たちを陽動しておいてくれる。その隙に、ほかの仲間たちが村に入り込み、内部を探索する‥‥と。
果たして、それはうまく行っていた。村には、不死の怪物の姿は今のところ見られない。‥‥目に付いていないだけだろうが。
ならば、ぐずぐずはしていられない。早速、彼らは事にあたった。
『聞いた話では、過去にこの村では、襲ってきた盗賊たちを洞窟におびき寄せ、入り口を塞ぎ、閉じ込めて退治したらしい』
三郎太が話してくれた、知っている事。それは、陰惨なる内容。
『炭之助が言うには、ふさいだ洞窟の入り口は、かつて石切り場として使っていたところの一つらしい。祠を立てて、村人も近付く者はあまりいなかった』
一光もまた、話してくれた。
『拙僧が聞いた話では、盗賊の頭と念石殿は、なんらかの通じるものがあったそうです。それが具体的に何かまでは、わからないのですが』
『ただ‥‥又聞きの又聞きですが、二人の姿形は、そっくりだったとか』
「‥‥怪しいな。二人の姿形がそっくり? ‥‥盗賊にしてみれば、罪を擦り付けたり、あるいは追っ手を陽動したり、悪用し放題じゃあないか」
シグマリルとともに調査にあたっている佐伯が、思うところをつぶやいた。
「俺もそう思う。念石は、何かを隠していた。俺が、あの時炭之助を無理にでも連れていけば‥‥、カムイよ、不甲斐ない自分に罰を」
「後悔するのは、後にしよう。今は、すべき事に集中するときだよ」
二人は、村の端、森の方へと向かって行った。
シャーリーと鷹碕は、ともに石切り場の周辺を探索していた。シャーリーが携えているのは、ボロ布をやじりに巻いた火矢をつがえた弓。油をしみこませており、これに火を付け打ち出したら相手は間違いなく燃え尽きるだろう。
「琥珀? ‥‥そうか、人の気配は無いようだな」
鷹碕のペット、風のエレメンタラーフェアリー・琥珀が、主人のために尽力してくれる。ブレスセンサーをもって調べてみても、やはり何もない。
「こちらも、何も見当たらないですね‥‥って、これは!?」
「? 何かあったのか?」
シャーリーの声に導かれ、駆けつける鷹碕。
そこには、穴があった。地獄へ続く穴が。
そこには確かに、あの地下の洞窟へと続く穴があった。が、それは内側から破られていた。内側から、閉じ込められた存在が‥‥おそらく素手で‥‥掘り進み、自力で脱出したのだろう。
「鷹碕さん、あれを!」
光が届く範囲ではあるが、洞窟内部。そこには、おびただしい数の、砕けた骨や乾いた死体の山が。その数は、十や二十では無いだろう。これだけの執念と、これだけの数が、洞窟内に閉じ込められていたわけだ。
その執念の一派が、二人の後方から近付いてきた。
三人は、寺の内部へと入り込んでいた。酸鼻極まる、おぞましい中に。
「これは‥‥!?」芝丸とぶる丸がこの光景に怖気づいているのを、陰森は知った。
「くっ‥‥」大蔵も、思わず顔をしかめる。
「‥‥なんという事だ、南無!」マハも、空中に漂いつつ合掌した。
積み上げられた、死体、ないしは部品に分けられたその山。本堂内部は、地獄絵図を実際に再現しているかのよう。
それらは腐敗が進行し、悪臭とともに蛆がわき、蝿がたかっていた。蝿の数も半端ではなく、その羽音もやたらとやかましく耳障り。
「よほどの恨みが無い事には、これだけの事はできないだろうな」
大蔵が、損壊された死体の山を見つつ、つぶやく。正視に堪えぬそれらの山を横目に、本堂奥へと三人は向かった。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
牧杜は、自身とも戦っていた。息がきれそうで、走りすぎて足も痛い。
大蔵の空中からの調査と、周辺の地区と地形とを調べた地図。それによると、この先には森があり、森は切り立った崖に囲まれている。
そこには、人ひとりがようやく上れる道があるようだ。死人憑きたちをおびき寄せ、その道を昇って逃げて、道を塞いでしまえば。
かなりの距離も稼いだ、陽動はまずまず成功だろう。自分が死者たちに襲われない事が必要だが。
目的の場所が見えてきた。立ち止まり、息を整える。すぐに、歩く死者たちのうめきが聞こえてきた。
「‥‥みんな、うまくやってるわよね?」
うめき声が、ますます近付いてきた。それから逃れるように、彼女は再び走り出した。
「! あれを! カムイよ、感謝します!」
シグマリルと佐伯は、森の中、ないしは巨木の上にある姿を見た。
念石の姿が、そこにはあった。なんとか巨木の上によじ登り、事なきをえたらしい。
「どうやら、生き残ってくれていたか!」
佐伯が、その姿を見てつぶやいた。が、助けるならば急がねばならないだろう。この距離からでも、彼が血みどろで、弱りきっているのがわかったからだ。あの様子では、助けたとたんに事切れてもおかしくは無い。
が、助けるにしてもその前に、木の周囲に蠢く死人憑きを片付けねばなるまい。数体はいるが、森の奥からますます沸いてきている。
「弓に宿りしカムイよ! 自然ならざる不浄の者を、その力もちて今一度眠らせよ!」
即座に弓を構えたシグマリルは、すばやく矢筒より取り出した矢を構え、それを放った。
『ソウルクラッシュボウ』。用いる者の心が乱されるも、それと引き換えに生ける屍への威力を増す力を有する弓。
カムイラメトクの偉大なる射手が放ちし矢は、たちまちのうちに数体の歩く死者を歩かぬ死者へと戻した。
「佐伯殿、俺が死人憑きをひきつける! その間に、念石を!」
「わかった! 頼むよ!」
シグマリルに援護を頼みつつ、佐伯は木に登り始めた。
「くっ! 数が多すぎます!」
火矢を打ち込みつつ、シャーリーは後退した。鷹碕もまた、日本刀を振るい、近付いてきた死人憑きを斬り捨てる。
「逃げよう! 体勢を整えて出直したほうがいい!」
その意見に、反対する必要などあるまい。シャーリーは即座にそれに従い、逃げの一手をうった。
が、二人は逃げる前に見た。
怨霊が、洞窟の内部から出現したのを。
その怨霊の姿は、念石のそれだった。
「早く! 惑いのしゃれこうべが鳴っている、すぐ近くまで来ているぞ!」
「分かっておる! これと、これと、これが必要じゃろう。出来るだけ、持ち帰れれば良いが」
陰森が焦り、マハを急かす。マハは小さな身体で、多くの書物を取り出していた。‥‥念石の日記だ。
「! はっ!」大蔵が、壁を破ってきた怪骨の腕を切断した。
「急げ! 不死の怪物がどうやら戻ってきたようだ!」
合切袋に日記を詰め込み、その場から逃げる。が、引き戸を開けたとたん、そこに死人憑きと鉢合わせてしまった。
腐りかけた顎で、噛み付こうとする死人。マハと大蔵は、武器を構える暇はなかった。
が、陰森は武器を用意していた。清めの塩、ないしはそれが入った包みをそいつの顔にぶちまけたのだ。
声鳴き悲鳴とともに、そいつの顔が腐食し、浸食された。倒れるも、別の方向から別の死人憑きが迫る。
「早く! 一旦逃げよう!」
新たな清めの塩をもちて、死人憑きを倒す。二人は陰森に感謝した、彼の清めの塩のおかげで、なんとか死線を潜り抜けられたのだから。
「念石は‥‥死んだよ。いや、あれは念石であって、念石でなかった」残念そうな声で、そして怒りをにじませ、佐伯はつぶやいた。
全員が安全な場所に避難し、落ち合ったところで、皆は判明した事実を付き合わせた。
「結論から言おう。僕たちが念石和尚と思ってたのは、岩鉄‥‥念石の、双子の弟だ」
マハらが持ち帰った日記もあわせ、事実が判明した。
念石と岩鉄、二人は盗賊団の頭だった。そして念石は岩鉄の影武者として、僧侶となってとある小さな村(百地蔵村とは別)に居たのだ。寺の僧侶の多くも、同じく盗賊団の者たちだった。
二人は時折入れかわるなどして、盗賊の仕事をうまくやっていた。
が、岩鉄は次第に盗賊をするのに嫌気がさしてきた。そして念石と入れ替わり、僧侶として働いているうち、それに対し生きがいとやりがいとを感じていた。
しかし、念石や多くの仲間は、引退など許さない。そこで、僧侶として平穏な日常を過ごす事に賛成な者たちと策謀し、岩鉄は後の百地蔵村となる小さな村を見つけ、新たな根城と偽り念石らを呼び寄せた。
そして、洞窟に閉じ込め、入り口を崩し生き埋めに。以後、岩鉄は自分が念石を名乗り、この村に堅気の人間を集め、ちゃんとした村にして、いままでやっていたわけだ。
「けどそれでも、何人かはこの事実を知り、時に脅したりしていた。そこで、縦穴から中へと突き落とし、口封じをしていた、と」
マハが、日記から判明した事実をもって補足する。
「石仏の出来が悪かったのも、この事で不安になり、手先が鈍ったせいらしい。ともかく、棘丸が殺されたのも、この事実を知ったからじゃな」
「‥‥けれど、かつての仲間たちが洞窟から現れ、復讐を遂げた」
牧杜が、現状に到る結果を口にした。
だが、この復讐はこれで終わらないだろう。復讐は遂げた、だが怨霊はまだ居る。
これが、新たな災いを呼ぶ前に、なんとか手をうつ必要があるだろう。それを思い、冒険者たちは気を引き締めるのだった。