【オモイロンド】1・その日、全て集う日

■シリーズシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月28日〜09月04日

リプレイ公開日:2005年09月09日

●オープニング

 海戦騎士のダリクは冒険者ギルドではある程度顔が通っていた。ドラゴン襲来の始め頃から、ドラゴンや遺跡に関する一連の問題に関する依頼を、冒険者に流す役割を担っているせいだ。この日もいつものように受付に経った彼を見上げて、係員は気安く挨拶をした。
「今日は機嫌がよろしいですね。調査に進展でもあったんで?」
「分かるか」
 そういうダリクは、少年のような生き生きとした笑みを浮べていた。抑えても内側から溢れ出て、嫌でも嬉しそうなのが分かる。
「揃ったんだよ、書簡が、全部!」
 係員は思わず聞き返した。遺跡の島に行ったと思われる僧侶の書き記した書簡であり、イグドラシルを示す壁画を読み解くと思われる十二枚の書簡。いまだ半数しか集まっていなかったはずである。
「いや、語弊があるな。正確には、今日持ってきた依頼の成功を以って、書簡全てが集まるのだ」
「そりゃ随分景気の良い依頼だ。この依頼に雇われた冒険者も光栄ですぜ」
 返せば、ダリクは感慨深げに頷き、視線を係員の頭上遠くに投げやった。心の中の記憶のあれこれがよみがえってきたようだ。
「全く長かった。ハーラルは最初口割らないは、割ったら割ったでもうその場所から人手に渡ってるは、上から早くしろとせっつかれるは、連絡待ちばかりで暴れにいけないはで大変だったが‥‥その苦節もようやっと終わるのだ」
 どれだけ辛抱してきたのか、聞かれもしないのに海戦騎士はとうとうと喋り続ける。係員が本題を聞くまでには、しばらく時間が掛かった。

 事の始まりは、ダリクを責任者とする書簡・壁画を担当する騎士達の元へ届いた、一通の手紙である。
 差出人は、黒クレリックのシャトンと言う女性。北方へ一人布教に踏み込んだハレイスの書簡。彼のひたむきな信仰に感銘を受けをて買い集めたが、途中噂で海戦騎士団が同じものを探していると聞いた。個人でなく騎士団が、何故これを集めておられるか存じ上げないけれども、何かしら理由があるのだろう。不躾を承知でお願いする。その書を見せては頂けないだろうか。先達の歩みを自らの励みとし、また、神の国を目指す多くの兄弟へ語り継ぎたい。しかと心に刻んだ後は、こちらの書簡も騎士団にお預けする。
 美しい筆跡でつづられた、熱意のある文章だった。
 確かに騎士団は、書簡を探している行程で女性のクレリックが買い求めたと言う証言を幾つか得ている。彼女が書簡の持ち主である事は疑いないと思われる。しかし同時に、ならず者じみた男が捜し歩いていたという話も行く先々で聞いた。売り手が断ったり、既に転売していたりで彼らに書簡が渡る事はなかったようだが――。

「そもそもこの書簡は、保管していた村の人間すらよく分かってないものだった。そんな物をわざわざ集めたがるなんてのは、信仰心の篤いクレリックか、俺達か、でなきゃ俺達に集めて欲しくない誰かかぐらいだろう?」
「‥‥ロキですかい?」
「考えすぎだといいが。どうあれ、そういう人間が居るという情報が入っている以上は気をつけるべきだろう。それで、何人か活きのいいのを欲しいという事だ」
 ダリクはそう言って、希望する冒険者の腕の程度などに幾つか注文をつける。
「シャトン氏には、俺のほうから修道院に出向くと返事をしてある。迂闊に書簡を持って出られて、襲われてしまってはいかんからな。冒険者達には道中の護衛を依頼したい」
「分かりやした。早速張っておきまさ。‥‥ところで」
 係員は慣れた手つきで早々と書類に書き込みを終え、ダリクの顔を眺めた。そして人差し指で自分の頬をなぞり、訊ねる。
「猫にでもやられたんで?」
 ダリクの頬に、生々しい引っかき傷が残っている。
「フォークさ。口で咥えた」
 忌々しげに指で触り、まだ痛そうに顔をしかめる。
「あんの山賊小僧。喋ったかと思ったら今度は外に出せって煩くてな。もうそろそろ、俺もあんな悪ガキとはオサラバしたいよ」
 愚痴っぽく零しているような声ではあるが、彼の表情はやはり、どこか嬉しげで誇らしげだ。子の成長を喜ぶ父の様でもあった。
「いい機会だ。アイツが真っ当にやってけるかどうか、この冒険で見させてもらおうか」
 誰にともなく、騎士はぽつりと呟く。


 そして冒険者と、騎士と元盗賊少年は旅立つ。
 警戒していた何者かの襲撃もなく、もうすぐ修道院が姿を見せる。

●今回の参加者

 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8221 シエロ・エテルノ(33歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea8537 ナラン・チャロ(24歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 ea9513 レオン・クライブ(35歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 冒険者達が修道院へたどり着くと、修道服に身を包んだ女性が出迎えた。手紙の送り主、シャトンだ。わざわざ足を運ばせてしまった事をねぎらいながら、すぐに宿舎へと彼らを案内する。
「さぞお疲れでしょう。ゆっくりお休みになって‥‥」
「いえ、すぐに警戒を始めたいと思います。賊がこの書簡を狙っている可能性がありますので」
 ダリクは柔らかに断ると、旅の荷を降ろしてきたばかりの冒険者達を促す。
「俺達は、我らが父の御心に沿うべく、この場と書簡を守る為に来たんだ。気にしないでくれ」
 ヘクトル・フィルス(eb2259)は気遣う風のシャトンにさりげなく言葉を掛ける。そして、賊の侵入を防ぐ為に修道院の周囲に鳴子を張らせてもらえるように頼んだ。
「あ、後ね。礼拝に来てる人も、今日は早めに帰ってもらえるように、お願いしても良いかな? 危ない事、あるかもしれないしね」
 ジャイアントであるヘクトルの後ろからひょこりと出てきて、エルトウィン・クリストフ(ea9085)も頼む。
 シャトンはヘクトルの腰に下がったクルスソードを見て取り、胸の前で十字を切った。
「感謝いたします。皆様のお心に、我らが父も祝福を下さる事でしょう」
「シャトンさんには、書簡のことでお話を伺いたいのだが。よろしいかのぅ?」
「私でわかる事でしたら」
 シュタール・アイゼナッハ(ea9387)にシャトンは神妙に頷く。冒険者がそれぞれの仕事に赴くと、シャトンは他の修道士にエルトウィンの提案を言付け、シュタールとダリクを宿舎の食堂へ案内した。
 食事時を過ぎた食堂は、静まり返っている。
 ダリクは改めて自分の素性を明かして挨拶をし、書簡がいかなる状況下にあるかを再度説明する。
 ある村の修道院で発見された壁画にまつわるものであろう事。
 壁画にはドレスタットを騒がせたドラゴンの絵が記されてあった事。
 その他事件と重なる記述や、壁画に関する情報を含むため、ドラゴン騒ぎの元凶を断つための重要な資料になるかもしれない事。
「確かに、壁画の話が出てまいりました。海賊が奪ったものとか‥‥それで、これを集めていらっしゃったのですね」
「この書簡や著者について、何か知っているかのう?」
 シャトンは深刻な表情で答える。
「私がハレイス様を知ったのがこの書簡でした。知っていることと申しましたら、書簡の内容と同じものだけです」
「ハレイス・ネグイスは高名なクレリックではないのかのう?」
「はい‥‥真の神を知らせんと蛮族の地を目指す伝道師は多くおりますが、伝えられる話はとても少ないのです。私達も後に伝える為、彼の偉業を知りたい思いで集めていたのです。‥‥お役に立てず、申し訳ありません」
「いやいや。これも重要な情報の一つだ。書簡の内容だが、何があるとも限らぬゆえ、写させていただいても宜しいかのう?」
 シュタールは柔和に微笑み、彼女に不快感を与えぬよう勤めた。
「分かりました。人払いがすみましたらお呼びしますので、お待ちいただけますか?」
「では、その間にこちらの写しを取ってきて、その場で受け渡しましょう」
 ダリクはそう言って、椅子から立ち上がった。

 シュタール達が宿舎を出ると、菜園の近くで他の冒険者達がそれぞれの報告を行っていた。
「怪しい奴が何人か、移動しているように見せて、修道院の様子を伺っているようだった」
「鳥の姿を借りて空から見回ってきましたが、同じような風の男達が二、三人で幾つかのグループを組んでいました。総数は十人前後かと思われます」
 シエロ・エテルノ(ea8221)と白銀麗(ea8147)がそれぞれ偵察の結果を口にする。リオリート・オルロフ(ea9517)が賛同の意を込めて頷く。
「礼拝に来た人も、ここいらでは見かけない人間が最近うろついていると、言っていた」
「ま、入り込める場所と言う場所に、あたしとヘクトルとで鳴子と鈴をつけたから、あっちがよっぽどプロでない限り、侵入はばっちり判ると思うわ♪」
 自信たっぷりにエルトウィンは胸を張った。その上から、ダリクの顔が覗く。
「で、盗賊坊主は冒険者にくっついて回っただけか?」
「んなワケねーだろ! 山賊なめんなよ!」
 からかい口調のダリクに、ハーラルはむきになる。
「あいつら、プロなんかじゃねぇぜ。獲物のある所を見張るなら、もっと上手く隠れらぁ」
「ほう?」
「ハーラルの情報は確かだ。注意深く見ていたと思う」
 伺うような口ぶりのダリクに、シエロが付け加える。ハーラルが山賊の頃からずっと見守り、成長を望んでいた彼としては、冒険者やダリクに心を開き、協力してくれている様はとても嬉しいものだ。
「ハーラル。この依頼、無事に成功させてお前の居場所をきっちり示してやろうぜ」
 偵察の折、ハーラル愛用のチェインヘルムと叩いて言うと、
「任せときなよ。プロが一人残さず捕まえてやるぜ!」
 と意気込んで、元気良く笑った。その時は、微笑んで頷いたのだが‥‥
 彼は一度も、自分から『山賊をやめる』とも『冒険者になる』とも言ってはいないのだ。
 シエロは、それが僅か気に掛かっていた。
「あたしが尾行してたのは、ちっとも気付かなかったけどね〜☆」
 ハーラルの変な悲鳴に、シエロははたと我に返った。ハーラルの後ろから抱きついて、肩越しにナラン・チャロ(ea8537)が顔を出した。
「何で味方から隠れんだよ!」
「いやーん、怒った顔が見たかったの♪」
「殴るぞ!」
 ライバルとして意識している相手に茶化され、ハーラルは拳を振り上げるが、M気のあるナランをますます喜ばせるだけである。
 追いかけっこを始めた二人を尻目に、銀麗はシュタールに視線を投げた。
「シャトンさんの様子はどうでした?」
「ふむ。特に不審な物言いはなかったがの」
「俺も巡礼客の様子を伺ったりしたが、妙な様子はなかったぞ。内部に手引きはないと考えるのが妥当だろう」
 ヘクトルは同じ宗派を信ずるシャトンを疑うなど、考えてもいないようだ。
「その割には、話が上手い気がしなくもないがな‥‥」
 今まで静かに佇んでいたレオン・クライブ(ea9513)が自分の意見を告げる。
「人の善意は素直に受け取るべきでも、まず警戒するのは冒険者の性分だ。何処かに嘘が混じっていたり、重要な事実が隠されている可能性は常にある」
「じゃあ、どこまで疑えばいいって言うんだ」
 どこか感情の抜け落ちたような、冷静な物言いに、ヘクトルが詰め寄る。
「リードシンキングを、シャトンさんに試してみたいと思います‥‥使うことにならなければいいと、思っていましたが」
 銀麗が二人を制し、提案する。ナランもハーラルの拳をすり抜けて、銀麗に並ぶ。
「あたしも‥‥ムーンアローでロキの手下かどうか、試してみるつもり」
 ナランも銀麗と同じく気が引けたが、決定的な証拠がないという不安を、ぬぐわなければならない必要性を感じていた。
「そうだな。念の為ダリクは、これを」
 レオンは持っていた包みを差し出す。ダリクの持っている書簡を入れた包みと同じもの――偽物だ。
「ふうむ、こう、策略ってのはこそばゆくて好まんが、そうも言ってられんか」
 海賊上がりの騎士は、大きな肩を狭そうに回して、偽の包みを受け取る。本物はばれない様、服の中へと突っこんだ。
「では、警戒に当たるという事でナランは外から。銀麗は呪文が悟られんように、俺がひきつけよう。どうだ?」
「――お待たせいたしました」
 修道院のほうからシャトンと修道士が近付いてくる。冒険者達はお互い頷きあい、作戦の決行を確認した。
 ダリクは何名かが警備に当たるとして外に残し、他の冒険者達と修道院に踏み込んだ。
「もっともここが堅牢ですので」
 人気のない修道院は、がらんと静まり返っている。
「しっかりとしたつくりの修道院だ。ここならばちょっとやそっとでは盗みに入れまい」
 ダリクは適当な世辞を並べる。もとより大きな声は、堂内に反響して空気の振動となる。
 声を隠してくれるのだ――銀麗はすぐさまそう気付く。

「ここがいいかなぁ?」
 修道院の裏手。ナランは持ち物の中からスクロールを取り出すと、びらんと広げる。
「何でお前と一緒なんだよ」
 ハーラルはまだふてくされて、ナランと距離をとっていた。
「だって、二人で一人前なんだもの」
「誰だよ、そんなこと言ったの」
 ナラン自身の見解が、そこは言わないでナランはにっこり微笑んだ。
「誰か来ないか、見張っててね」
「言われなくても」
 その答えに満足して、ナランはスクロールを読み始める。ハーラルにはそれが面白くない。何しろ自分は書くどころか、読むことさえままならないからだ。
 ぶーたれた表情で柵の向こうへと視線を移す。

 シャトンは祈祷台の近くに置かれた物入れから、質素な木箱を取り出した。
「やっともう半分のお目見えか。何だか、わくわくしてきたな」
「ええ。私も」
「では交換と行こう」
 ダリクも持った布包みを差し出す――
 お互いの手に互いのものが渡る直前、黒い光がさした。驚いたシャトンの表情が、銀麗の視線と絡む。
「銀麗様‥‥何を」
「アルヴィースの石とは、何ですか?」
 シャトンの思考は喜びを湛えていた。
――これで、もうすぐ、アルヴィースの石の封印が――
 シャトンの驚愕に僅か開いた口が、笑みに変わっていった。徐々に。ヘクトルは思わず一歩踏み出した。
「それはお前達の知らなくて良い事。父の定められた道を行く、ロキの前にはだかる者には」
「シャトン――」
 鈴と鳴子がけたたましく響き渡る。

 鳴子なんぞはお構いなしに、雄叫びをあげてならず者達は修道院へ踏み込んできた。
 ローブ越しにそれを確認し、レオンは印を組む。
「死ぬ程痛いだろうが…、一度や二度では死なんだろうから安心しろ」
 その瞬間、レオンは印から爆ぜる雷を放った。詠唱なく成就された魔法にたじろぎ、入り口からなだれ込んできた者達はまともに食らう。
「くそっ‥‥」
 再度印を組もうとするレオンに、一人が斬りかかる。しかし刃は、別の刃によって受けられた。
「俺はせめて、痛くないようにしよう」
 リオリートは自然な動きでならず者の剣を払って、体勢を崩させる。つんのめった敵の背が見えた所で、柄をその首に落とし、気絶させる。
「あと視認する限り五人! ファイトよッ」
 と、力のないエルトウィンは木の陰に隠れて、完全応援モードである。

「く‥‥!」
 どこからか放たれたナイフが、ダリクの腕を掠めた。その隙を逃さず、シャトンが包みを奪い取る。
「待て!」
 ヘクトルがクルスソードに手をかけるが、すぐさま修道士がシャトンとヘクトルの間に入った。同じ剣を構えている。
 一つ、また一つ、堂内の物陰から現われる、武器を携えた人間の姿。
 入り口や宿舎ですれ違った、巡礼の客であった。しかし今は只ならぬ雰囲気を纏っている。ハーラルが居れば『プロだ』と判じたかもしれない。
 銀麗は一歩ずつ下がるシャトンに食い下がる。
「書簡は確かに、ジーザス教伝来以前の精霊信仰‥‥イグドラシルについても書かれていますが、それをなぜ今更ロキが」
「写しだけでは役不足。欲しいのは本物か、『本物の在り処を知る人物』」
 ダリクははっとした。シャトンは目を閉じ、胸で十字を切る。
「もう少し、外の者どもに気を向けてくださるかと思ったのですが‥‥これも神の与えられた試練」
 シャトンは四人の冒険者を見やる。警戒心をはらんだ厳しい目が、彼女を見据えていた。
 威圧するがごとく、シャトンは高らかに声を上げた。
「行きなさい、賢しき者たちよ。あの者を連れ来る事こそが、神の国への扉の鍵となるでしょう」
 修道士がヘクトルの顔をめがけ切り上げてくる。手をかけたままだったクルスソードを半ば引き抜いて受ける。そのうちにもシャトンは身を翻し、修道院の奥へと姿を消す。
 巡礼者たちは狂気めいた瞳で、冒険者達に襲い掛かってきた。
「ダリクさん、これを!」
 シュタールの手から、透き通った水晶の剣が現われる。力強く柄を握り、不敵にダリクは笑う。
「俺を攫うだ? 面白い冗談だ」
「くそ、あいつら、大丈夫か‥‥?」
 シエロは様子の伺えないナランとハーラルを思い浮かべる。
「早く応援に行ってやらきゃな」
 闘気を込めた縄ひょうが、ぶぅん、と低く鳴く。

「ナラン!」
 ハーラルに突き飛ばされ、訳もわからずナランは転ぶ。
「どうし‥‥?」
 言葉で訊ねかけるよりも早く、ナランの頬に滴り落ちた滴が状況を雄弁に語っていた。
 ハーラルの腕から、血が流れている。血のついたナイフが地に転がっていた。
 決して良い風体とはいえない男が、柵を乗り越えてくる。鳴子が鳴ったが、他から聞こえる鳴子と鈴の大合唱に幾つか音を増やしただけだ。
 そして、その後ろから修道服の男が続いてきた。
「やっぱり、グルだったんだ!」
 ナランが指摘すると、修道士は渋面を作る。
「私は、大いなる父に選ばれし者です。このような悟らぬ者たちと一緒にするとは」
「悟ろうが悟るまいが何でも良いがよ、これでちゃんと約束どおり払ってくれるんだろうな」
 ならず者は信仰には余り興味がないらしく、即物的な質問をする。
「ええ。そして、滅びの日を後悔をもって迎えるが宜しいでしょう」
 修道士は冷たく返す。よほど聖職者には見えぬ、冷酷な表情。
「悪いな。この依頼人を無事逃がす『依頼』なんでね」
 雇われただけのならず者は、無慈悲な笑みを浮かべ、ナラン達にナイフを構える。
「‥‥フギ」
 背後から聞こえた。呼びかけるような女性の声に、気付いて振り向く。
「まさか冒険者に引き込まれていようとは。山賊の中に居ないので、探したのですよ」
 シャトンだ。銀の髪に冴える青の双眸が、真っ直ぐハーラルを見据えていた。
「‥‥はあ?」
 ハーラルは、顔をしかめつつも、疑問と嫌悪を態度に表す。
 それでもシャトンは態度を変えない。
「フギ、あなたは知っているはず。そんな所に、あなたの納まるべき場所はどこにもないことを‥‥」
 そういった瞬間、ハーラルはびくりと肩を震わせる。
「あなたは常に考えている。なぜ山賊は自分を手放した? なぜ冒険者は自分を手元に置いておく? そうやって、四六時中見張りをくっつけて」
「変な言い方しないでよね!」
 意気込んだナランだが、すぐにハーラルがかがみこみ、激しく震えている事に気付く。どこか恍惚の響きを持った、シャトンの声が振りそそいだ。
「今は去りましょう。ですがすぐに思い出すはず‥‥あなたの使命を」
 シャトンが走り出すと、修道士も付き従う。ならず者達はナランとハーラルが動かない事を確認して、シャトンを追っていった。

 戦いを終え、外へ出たダリク達が見たのは、震えるハーラルと傍に佇むナランの姿だった。
「ねえ、ハーラル君。大丈夫、大丈夫だから‥‥」
 ナランは励ます以外に、出来る事がなかった。