【船宿綾藤・繁盛記】若い同心
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■シリーズシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月01日〜11月06日
リプレイ公開日:2005年11月09日
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●オープニング
その日、綾藤の一室、今日賊盗賊改め方長官の長谷川平蔵が詰めるその部屋には、ふっくらとした顔立ちで白い、どことなく恍けた顔の男が、妙に畏まった顔つきで座っていました。
「‥‥あのう、御頭‥‥わたくしめは別に、その‥‥そう言うつもりではなく、その‥‥」
なにやらしどろもどろになりながら平蔵へと言葉を伝えようとしながらも、それが言葉にならずに、たまりかねてちらりと目を向けるのに、平蔵は見向きもしないで煙管を燻らせていたようです。
そこへギルドの受付の青年が通されると立ち上がり、ついに平蔵はその若い男に一瞥も与えずに先に立って別室へと受付の青年を促して出て行ってしまいました。
「さて‥‥わざわざ済まなんだな」
「あ、あの浪人の方は?」
「ん? あぁ、木下忠次と言うて俺が部下だ。ああ見えて、改方の同心を勤めておるが‥‥とてもそうは見えぬであろう」
そう言って低く笑う平蔵は、先ほど忠次の前で見せていた憮然とした表情ではなく、さも面白いとばかりに受付の青年を見ます。
「実はな、あやつは少々改方としての自覚も覚悟も足りんようでな‥‥盗賊相手の仕事とはまた別にちとあれを預かってもらいたくてな」
「‥‥預かる、といいますと、冒険者としてですか?」
きょとんとした様子で言う受付の青年に首を振って笑うと、平蔵は煙管盆を引き寄せて置き口を開きます。
「これ、あれでも改方同心ぞ。出来れば少々手荒にあやつに同心としての心構えを叩き込んでやってくれぬか?」
「はぁ‥‥」
「幸いにもお藤に言うたら、女将は面白がって離れ座敷のうち1つを貸してくれるそうでな」
「つまり、綾藤に暫く留まって、この若い同心を鍛え直すと‥‥」
「うむ、手段は問わぬ、実戦でも良いし‥‥後はあれだ、冒険者はどういう物かというのを、身を持って体験させるも良かろう」
そう言ってさも可笑しいとばかりに笑うと杯を差し出す平蔵に、杯を受けながら受付の青年は首を傾げて先程の男のとぼけた顔を思い浮かべるのでした。
●リプレイ本文
●極楽? それとも‥‥
その日、お役目に不真面目というわけではないけれど、どうにもしゃっきりとしない木下忠次と言うふっくら色白の若い同心は、凶賊盗賊改方長官の長谷川平蔵に代わり船宿・綾藤にて繋ぎを勤めることになったため、上機嫌で歩いていました。
その真意も理由も気が付かないままに。
そして、それから半時あまり後‥‥。
「よっ。オレは浪人の嵐天丸。宜しくな。ところでさ、お前泳げるか?」
「は? ‥‥いや、まぁ、私とて改方の同心、泳ぎぐらい‥‥」
着いた先で平蔵に引き合わせられた一同に不審そうに首を傾げる忠次ですが、緋邑嵐天丸(ea0861)が聞く言葉に何を当然とばかりにちょっと強気に言ったりしています。
因みに、嵐天丸は既に平蔵から『犬かきぐらいは出来ようが泳ぐと言うにはほど遠いわ』と笑いを噛み殺しながら言われたりしています。
「よし、じゃあ明日からびしびし扱くからな」
にんまり笑って退席する嵐天丸の言葉に顔をしかめて見送る忠次ですが、嵐天丸が出て行ったのを見計らうと女将を呼んで早速お酒と料理を頼むのですが。
「おう、お前さんが兎忠か、宜しくな」
「‥‥見ず知らずにいきなり兎忠とは少々無礼が過ぎるのではないですかな?」
「鬼平の旦那にそう呼ばれていると聞いたもんでなぁ」
呵々と笑って言う嵐山虎彦(ea3269)に、悪い人間とは思わなかったようで『兎よ兎と可愛がられている』などと自慢げに言う忠次は、意味ありげに部屋の中を見てからまた後でなと去っていく嵐山を見送って、面白い御仁だ等と呟きつつそわそわと部屋のお膳へと目を戻します。
「ここのお料理はとても美味しいのですね」
むぐむぐと、最後の御飯粒まできちんと完食して手を合わせてから、唖然としている忠次に不思議そうにきょとんと見返している娘さんが1人。
大宗院鳴(ea1569)は見事なまでに出されたお膳を綺麗に平らげて、何事もなかったかのようにぺこりと忠次に頭を下げてご挨拶です。
「わたくし規則正しい生活をしてもらえるようにと頼まれましたので、依頼の間宜しくお願いしますね」
そうにこにこと言う鳴に言葉もなく項垂れてしまう忠次なのでした。
「よし‥‥今なら‥‥」
暫くして鳴の目を盗んだつもりでこっそりお藤に言伝を頼み色町へと繰り出そうとする忠次。
ですが、しっかり見つかってしまっていたのか女性の部屋に転がり込んだときにはちょんと鳴が出された菓子をぱくつきながら座って2人を見比べて居るため気まずい沈黙がおります。
『この辺でこういう男が‥‥』
「あ、緋邑さんの声ですね。皆さん、こちらですよ〜」
「あ、あ、ちょっと鳴殿!?」
忠次が止める間もなくかけられた声にぞろぞろと入ってくる男3人。
「おう、兎忠、駄目じゃねぇか繋ぎの最中に抜け出しちゃあよ」
「そうですよ、大事なお仕事なんですから」
嵐山が言うとブロッサム・イーター(eb3348)も頷いてぱたぱたと部屋に入ってきます。
狭い部屋にジャイアント1人、シフール1人に人間4人という状況下、忠次はただただがっくりと項垂れているのでした。
●特訓、また特訓
ふかふかの立派な布団で、転がって菓子を食べる出もなく酒に酔っても白粉の匂いも付けずに久々に健康的な朝を熟睡で心安らかに迎えた忠次。
「おっきろー! 朝だぞ〜!」
「ぐぉあっ!?」
それも、布団を剥いで起こそうとして、布団ごと力一杯転がした嵐天丸が現れるまでの平和でした。
「な、ななな、何をする‥‥ふわ、ふわわぁ‥‥」
転がってぶつけた腰をさすりつつも、眠気には勝てないのか大欠伸をする忠次ですが、ちゃっきり追い立てられて眠い目を擦りつつ着流しに編み笠で、何やら包みを抱えた嵐天丸の後を付いていけば、当然鳴もそこにはついてくるわけで。
「やっぱり朝は気持ちいいですね、忠次さん」
にっこりと笑いかける鳴と打って変わってどんよりと気持ちいい朝を暗く過ごしていた忠次は足取りも重く綾藤近くの橋へと差し掛かります。
「さて‥‥じゃあ取り合えずどんぐらい泳げるか見せて貰うぜ」
「はぁ?」
嵐天丸の言葉に首を傾げる忠次ですが、次の瞬間スタンアタックが打ち込まれ、崩れ落ち、それを嵐天丸はいそいそと服を剥いで腰に差していた刀は鳴へと預けると、忠次を下帯一つにして箸の手すりに乗っけてぺちぺちと突いて起こします。
「‥‥は、は‥‥!?」
目を覚まして慌てる忠次を、下に舟がないのを確認してからとんと突き落とす嵐天丸。
「ぎゃぁぁぁぁ‥‥‥‥ぶくぶくぶくぶく‥‥」
心の準備のないままに突き落とされて犬かきも何も沈んでゆく忠次に、参ったなぁとばかりに鳴と顔を見合わせる嵐天丸。
「浮かんでこねぇな?」
「沈んで行ってますね? ‥‥あ、泡が消えました」
この後嵐天丸によって引き上げられた忠次は、綾藤で湯船に放り込まれてなお、暫くはがちがちと歯をならして震えているのでした。
●1日冒険者体験
地獄の特訓も3日目を超えると、意外と人間のろくはありますが泳げてくるようになってきます。
お弁当を頬張ってから午後は剣の稽古を付けてやると、これが必死にかかってくる気構えは良いのですが、打ち込みを軽く払えばへっぴり腰でよろける忠次。
「まぁ、初日に比べれば、多少? 進歩はあったかもって言う気がしないでもないんだけどなー」
4日目の朝食の席で嵐天丸がそう言うと、ちっとも褒められていないのですが当然ですとばかりに白い御飯に焼き魚をのっけてむぐむぐと食べる忠次。
初日には何も食べられなかったのですが、そこは天性の食いしん坊、意外と早くに持ち直してきた様子。
「今日は私から‥‥1日冒険者を体験していただこうと思いまして」
そう言うブロッサムに頷いて人相書きもとい猫の絵姿を見せる嵐山。
ブロッサムが女将に絵師を紹介して欲しいというと、嵐山が改方の人相書きを描いていたことがあったと伝え、嵐天丸と鳴が特訓をしている間に猫を愛でながら嵐山が用意したのでした。
「猫捜しぃ〜?」
「何を言います、猫を探すのだって立派なお仕事ですよ。何より、ギルドの正式なお仕事なのですからきちんとこなしていただかなくては」
明らかに不満そうな忠次ですが、きっぱりというブロッサムに渋々といった様子で受け取ると、分かっていることを聞いてそれを書き出す辺りは腐っても改方同心と言うことでしょうか。
「では、この猫を探してくる、と言うことですか?」
「ええ、頑張ってくださいね」
そう言って送り出すブロッサムに、早速目撃されたという道順を辿り始める忠次は、初めのうちは順調にブロッサムの愛猫のお散歩の道順を辿っていくのですが‥‥。
「ここから一目散に走っていって‥‥」
「そこから先は流石に‥‥吃驚してしまって一目散に逃げていってしまいましたからねぇ‥‥」
言われる言葉になんだかしょんぼりと肩を落としてとぼとぼと綾藤へとの道を歩き出す忠次は、綾藤で信じられない光景を見て唖然とします。
「あ、木下様お帰りなさいませ」
そう言いながら綾藤の座敷女中であるお燕が、何やら猫を撫でながら御飯を上げているところで、その側ではお茶を啜るブロッサムの姿が。
「わ、私では途中から見失って見つからなかったというのに‥‥」
何だか落ち込んだ様子の忠次は、酒を女将に頼むことも忘れてその日をしょんぼりと終えるのでした。
●一息付けたと思ったら‥‥
「ま、なんだな、期間中頑張ったからなぁ」
そう言って忠次を連れ出して上手い店へ案内して貰っているのは嵐山。
忠次の行きつけという隠れた小さな酒屋へと向かうと、昨日のことで落ち込んでいた忠次は気を取り直してやれ豆腐が良いだ、酒が上手いだという話がぽんぽん出てきます。
「酒がね、とにかく安くて良いんですよ、とにかく美味くてもう! ここはもう揚げ出し豆腐がこの時期にはもう堪りませんな」
そう言ってその酒場に入っていく忠吾と嵐山。
されてた酒は確かに旨くそして安く。
そしておつまみとして出された揚げ出し豆腐は、刻み葱をかけて甘辛のとろみがかったたれが何とも言えない絶品です。
そんな酒と肴に楽しんでいると、安くて美味い店の宿命というか、風体の良くない浪人が連れ立ってやって来て、すぐに酒と揚げ出しを口にしながら大声で笑ったりと店の雰囲気を壊します。
「全くだぜ、忠次。野良犬みてぇな浪人がいると飯がまずくなるよなぁ」
「なな、何を突然言い出すんですか!?」
慌てる忠次に目の色を変えて立ち上がる男達。
「おい、てめぇ、文句があるんだったら表へ出ろやこらぁ!!」
襟首を掴まれて表へと引きずり出される忠次は、1人の男が忠次を蹴り倒し、もう一人が刀に手をかけるのを見て無我夢中で掴み掛かりもみ合いになり‥‥一人の男と相打ちになってお互いに目を回してしまいます。
「このっ‥‥」
そう言って転がる忠次に相手に逆上しかけた浪人の手を、ぐいと掴んでにやり笑いかける嵐山は、青い顔をして酔いを覚まし、仲間を引き摺って走り去るのを見送ってから忠次を起こしてやるのでした。
「‥‥はい、はい、もう‥‥もうあんな情けないやら惨めやらな思いをいたしまして‥‥」
「ふふ、さしもの兎も少しは真面目にこちらの方を磨く覚悟が出来たという訳か」
そう笑って煙管を持った右手で軽く左腕にちょんと触れて笑う平蔵。
「はい、なにとぞ‥‥なにとぞお口添えをお願いいたします」
ただただ平伏して頼む忠次に笑って平蔵は、後ほど道場の方へ共に挨拶に行こうと告げて忠次を下がらせます。
「いやいや、これほどに上手く行くとは思わなんだ。皆、例を申すぞ」
煙管盆を引き寄せてそう言うと、平蔵は改めて一同に食事を振る舞いつつ、期間中の忠次の話を聞いてはさも可笑しそうに笑うのでした。