●リプレイ本文
●長閑な道行き
「良い天気ですね〜‥‥晴れて本当に良かった」
肌寒さが感じられるようになっては来たものの、この日、ブロッサム・イーター(eb3348)は上空から周辺を見渡しながら、ふと心地良い陽気に目を細めてそう呟きました。
ブロッサムが見下ろすと、長閑な街道に移動する一行の姿があります。
時折見上げてきながら辺りの物音をも警戒している女性は嵯峨野夕紀(ea2724)。
その後ろをそれぞれがついて行き、
「可愛いですね」
「お、俺の方見て笑ったぞ」
職人夫婦の抱いていた赤ん坊を受けとって抱いている大宗院鳴(ea1569)とその赤ん坊を覗き込む嵐山虎彦(ea3269)。
なんだかでこぼこな2人を見ながらきゃっきゃと笑い声を上げている赤ん坊に、嵐山は相好を崩し、鳴はにこにこしながら赤ん坊をだっこしています。
「もう昨日の晩から楽しみで‥‥」
「いや、実はあっしらも楽しみで楽しみで‥‥」
織神春日(eb3801)と職人が笑って言うと、その奥さんはなんだか微笑ましげに2人を見ています。
「染み渡るような温泉の暖かさ‥‥湯煙に栄えるモミジの葉‥‥きゅっと飲む熱燗ののど越し‥‥」
「旨い酒、熱い温泉!」
「はぁ〜楽しみです‥‥」
「はぁ、極楽だなぁ‥‥」
なんだかうっとりとした様子で、2人は同時に溜息をつくのでした。
「はぁ、温泉に酒、きっと美味い物も一杯でしょうなぁ」
「あはは、なんだかよだれが出そうな顔つきをしているな、忠次殿は」
菊川響(ea0639)に言われてぺろりと舌を出してから楽しそうに笑う忠次は、何気なく後ろにいるお藤へと目を向けます。
菊川は荷を預かって愛馬ふたえごに乗っけています。
鑪純直(ea7179)と穏やかな様子で話しているお藤は、時折浪人夫婦とも言葉を交わし。
「それにしても見事な‥‥」
「まっこと、鮮やかな‥‥秋の短い間とは惜しいのぅ」
言いかけて大火を思い口を噤みかけるのに、浪人が微笑を浮かべて赤く色づいた山々を見回します。
純直も始めはどこか遠慮がちに話していましたが、穏やかな人柄の浪人夫婦に次第に道中の会話を楽しみ始めたようです。
最後に辺りを警戒しつつ進む闇目幻十郎(ea0548)が付き、秋の長閑な道中を続けると、やがて日もとっぷり暮れたころ、その宿、白華亭は見えてくるのでした。
●白華亭
「はぁあ、大事な用件とはいえ、せめて手渡しでなく人に頼んでも良かろうに‥‥」
そうやってぼやく忠次の声が聞こえてきて、ちょうど忠次のところへと顔を出そうとしていた鳴と菊川は目を見合わせてからその部屋のふすまを開けて中を覗き込みますと、ちょうど羽織を身に着けていた忠次が首を巡らせて目を向けます。
「これは菊川殿に鳴殿、いかがなされた?」
数瞬後、忠次と共に鳴と菊川、それにブロッサムがわいわい話しながらお使いの先へと向かっていました。
「左様、お頭の知人へお役目柄の大事な手紙と言われて預かってきておるのだが‥‥まぁ、そこまで急ぐ手紙でもなかったようではあるが」
「きちんとお役目を終えてのんびりした方が落ち着けますしね」
「それに、心地良い天気だから先方宅まで散歩と洒落込むのもいいかなと」
忠次はブロッサムと菊川が言うのに、のんびりした様子で頷きますが、目的地らしき屋敷が見えてくると書状の入った懐を撫でています。
「1人で大丈夫ですか?」
「な、なんの、私とて改方同心‥‥」
鳴が軽く首を傾げて子供に言うかのように聞くのに、むと不貞腐れたような表情で言うも、立派な構えの屋敷を見て途中で言葉を引っ込める忠次。
「い、一緒に行きましょう、お頭も駄目とは言っていなかったはず‥‥」
菊川が苦笑を浮かべて屋敷の門番に用件を告げると、一同は茶と菓子のお持て成しを受けながら、忠次がそこの屋敷のご隠居さんにびくついた様についてこってりと油を絞られるのを眺めているのでした。
一方白華亭では、純直が浪人夫婦に手習いを受けているのを、幻十郎とお藤がのんびりとお茶請けを前にして眺めていました。
職人と嵐山は先ほどからいくつか先の庭に面した部屋でしゃこしゃことなにやら削っては、ああでもないこうでもないと盛り上がっているようで、時折紙や布、それに筆が飛び交います。
「ふむ、そうそう、そこでゆっくりと筆を上げて‥‥うむ、大変に宜しい」
先ほどからどこか上機嫌にも伺える様子で純直の手元を見ていた浪人は、やはり嬉しそうな様子でにこにこと見ている妻女へと微笑を浮かべて頷きました。
「せっかくお休みのところを申し訳ありません」
「いやいや、わしらにしても嬉しいでな、のう」
「ほんに、まるで息子が戻ってきたかのようで‥‥」
「ご子息が?」
「昔はやり病でねぇ」
「それは‥‥申し訳も‥‥」
「いやいや、そう言う運命だったのだろうねぇ」
言われる言葉に一瞬言葉に詰まる純直ですが、息子のように接するこの浪人夫婦に気が付けばまめまめしく妻女の肩を揉んだり、浪人と将棋をして楽しんだり。
「あらあら、袖の所、引っかけてしまったの?」
「え? あ、誠に‥‥」
「繕ってあげましょうね」
少し赤くなる純直ですが、穏やかに流れる時間がとても心地好く感じられるのでした。
●湯で紅葉
日が落ちかけ、辺りが茜色に染まった頃。
男湯、女湯とは、流石に風俗の関係上分かれてはいるものの、温泉が売りの一つでもある宿、いくつか引いてある露天風呂に分かれて入浴していました。
「良いわねぇ、綺麗な髪で」
春日が言うのに、丁寧に髪を洗って櫛を使って手入れをしていた夕紀が振り返ります。
「本当に、綺麗な髪ですね」
「そう‥‥?」
温泉に浸かりつつ夕紀を見てにこにこと頷く鳴に、自身の自慢の髪へと櫛を入れて表情は変わらずともどこか嬉しげな響が含まれたかのような声で夕紀は小さく呟くように言いますが、ふと視線が庭の隅へ。
「そこっ!」
「痛っ‥‥熱っ!?」
びしりと鋭い音がしてどこか間抜けな声を上げて植え込みの壇を転げて落ちる影が。
「あ、あわわ、何も手桶を投げずとも‥‥」
言いつつこそこそと場所を移動して覗ける場所が見つからないかと懲りずに四苦八苦しているのは忠次。
「はてさて、次は気が付かれぬように‥‥」
そう言いかけた忠次ですが、文字通り湖心の術で音もなく背後へと回った幻十郎の一撃が入り、どさりと崩れ落ちると目を回します。
「さて‥‥暫くそうして反省しているのだな‥‥」
意識のない忠次には聞こえなかったでしょうが、幻十郎の呟き通り忠次は、すっかり被ったお湯が良い具合に冷えて、目が覚めると逃げるように部屋へと戻っていったのでした。
相変わらず女湯では湯に浸かり、美味しい食事の話など、すぐにお藤も加わり更に盛り上がりを見せている模様。
「ささ、お一つどうぞ」
「頂きます。‥‥‥あぁ、この熱い喉越しが堪らないわ。お藤さんもどうぞ」
「ふふ、有難く頂きますわ」
女性2人が熱燗で差しつ差されつしている横では、
「あなた、お風呂でお酒は‥‥」
「ちょびっとだけなら良かろう、ま、少しどうだな?」
「む‥‥では、その、一口だけ‥‥」
そして、一つの露天風呂では紅葉を眺めながら浪人夫婦と、何となく成り行きのままに一緒に温泉に浸かっている純直の姿があります。
とは言ってもお酒をしっかり付き合うというのではなく、ほんとに一口頂いて、後は2人と話し、紅葉を眺めて湯に浸かっている状態。
湯にまで赤や黄金色で輝く紅葉が映り、そこへ桶を浮かせて燗をしたお銚子と猪口を乗せ、夫婦は家族水入らずな雰囲気を楽しんでいるよう。
「ささ、身体を冷やして風邪を引いても行けない、肩まで浸かりなされよ」
そうのんびりとした空間を楽しんでいる隣の露天風呂では、菊川と嵐山、それにブロッサムが各人のんびりと湯に浸かって色付く山々を眺めていました。
「しっかし、見事なもんだ」
「お、そう言えば虎ちゃん、若い方の旦那さんと盛り上がってたな」
「おうよ、ちいとばっか秋で何か作れねぇかと。しかし、さっきすれ違った他の客、驚いていたな、ブロッサム見てそそくさと脱衣所から出て行った、ありゃ‥‥」
「まぁ、慣れてはいるのですが、また間違われたのですかねぇ?」
ちょんと壇になっている所に腰を下ろしてのんびりと湯を堪能していたブロッサムは軽く首を傾げて答えます。
「あぁ、それにしても、温泉って言うのは良いものですねぇ‥‥こう、ぽかぽかしてきます」
うっとりと目を細めるブロッサムに菊川と嵐山は同意を込めてうんうんと頷くのでした。
宴会前の軽いお茶とお菓子を皆が食べてのんびりしている頃、辺りも既に夜となり、庭に点された灯りで浮かび上がる紅葉を見上げつつゆっくりと湯に浸かる者が1人。
「気を抜いて寛げる‥‥極楽極楽‥‥」
すと目を細めて湯に浸かりながら呟いた幻十郎は、軽く首筋に手を置いて肩を交わすと緩やかに息をつきます。
「たまにはこうして身体を休めるのも良いものだ‥‥」
微かに聞こえる宿の中から聞こえる楽しげな笑い声を聞きながら、幻十郎はゆるりと貸し切りになった露天風呂を楽しむのでした。
●のんびりゆっくり骨休め
「おお! かぁいい〜♪」
赤ん坊に丸ごと猫かぶりをかぽっと被せて悦に浸るのは嵐山。
「夜の灯りに浮かび上がる紅葉はとても素敵ですねぇ」
「‥‥‥‥」
見てない癖に、そう言う声が聞こえてきそうな空間内で、山菜料理などの山の幸に海の幸、そして甘いお菓子などがずらりと並ぶそこで、もしゃもしゃと素敵な勢いで消費していく鳴の言葉。
「だ、だぁ〜」
「はい、私は名前の通り折り方が得意なんですよ。これは鹿で、こっちは奴」
春日が見せる折形の数々に手を伸ばして小さなもみじの手できゅっと握ってにこぉと笑う赤ん坊。
「お、俺もこれを上げよう」
綺麗に赤と黄金色の混ざった紅葉の葉を一葉、折り方の鹿と重ねて持たせる菊川は、ちょうど戻ってきた幻十郎と嵐山が話している姿を見てそちらへ歩み寄ります。
「おぅ、お帰り〜。さ、冷えねぇうちに呑もうや」
「ご相伴に預かろう」
近しい歳とのことで、ゆったりと酒を飲みつつ手すりに寄ってはらはらと舞い落ちる葉を眺めながら、暖かく酒が回ってくる感覚に幻十郎も口元に笑みを浮かべます。
「そうですか、そんなに危険で凶悪な盗賊達と渡り合っているのですか‥‥」
「そう、それというのもうちのお頭が‥‥これが時折死んだ親父のように思えて‥‥厭々、とんでもない、とても恐ろしい方でな。その、お頭の元でもっとも信頼されているのがまぁ、私というわけで‥‥」
ブロッサム相手に酒が入って大きな心持ちとなった忠次が得々と語るのに、にんまりとそれを背を向けつつ聞いている嵐山。
「沢山食べてくださいましねぇ」
隣の席になった純直ににこりとお藤は笑いかけ。
幻十郎の杯が空いていれば、手酌はなさるものではないですよ、と微笑を浮かべてお酒を注いだりしています。
「某の様な若輩が常日頃通える場ではない事は百も承知だが‥‥」
「そんなに気負わず、いつでも遊びにいらして下さいね」
船宿のお客でなくとも『私のお客』は大歓迎ですよと笑って言うお藤に茶を淹れて貰いつつ、純直は小さく頷きました。
「いやしかし、これは江戸に戻ったらまた頑張らねばなりませんなぁ、お互いに」
「ほんと、そうでございやすね」
二組の夫婦達の楽しげな声を聞きながら、夕紀はいつまでも、庭を舞う紅葉を見つめているのでした。