●リプレイ本文
●楽しい宴へ向けて
「よろしければ宴の仕度を手伝わせていただけませんかしら? もしご迷惑でなければ、ですけれど」
「ご迷惑だなんてとんでもないです。でも、お客様に申し訳ありませんねぇ」
早くに顔を出したクリステル・シャルダン(eb3862)の言葉に、お藤は頬に手を当てながらそう言いますが、宴会の仕込みが始まるとクリステルはさくっと作業の中へと入り込み、食材やお皿などを運ぶお手伝いを始めています。
「宴会って、いっぱいおいしいものが食べられるんですか!」
徐々に集まり始め、部屋に通され休憩中だった大宗院鳴(ea1569)が驚いたように声を上げ、嬉しそうににっこり笑いながら菓子や料理を上げていくのに、お藤も何やら嬉しそうに頷き。
「お藤さん、ちょっと炊事場使わせてもらって良いか?」
「え? はい、良いですよ、私も料理の希望を伝えに行きますし、ご一緒しましょうね」
御神村茉織(ea4653)に声をかけられてすと頭を下げて立ち上がると、御神村と連れだって奥へと戻っていくお藤。
「それは?」
「あぁ、蜜柑と林檎。ちょいと聞いた異国の食べ物を真似てみようと思ってな‥‥」
「異国のもの、ですか? それはなんだか楽しみですねぇ」
「まぁ、代用できる物での再現だから、どうなるかは保証できんが」
そんなことを話しながら、2人は炊事場へと向かうのでした。
「どうも、逆に待っているだけですと落ち着かなくて‥‥」
そう言って、盛り付けが終わったものを席へと運んでいたのは嵯峨野夕紀(ea2724)。
「なんだか悪いわねぇ‥‥私がお呼びしたんですのに」
クリステル共々いそいそと立ち働いているのを見てしみじみ言うお藤ですが、ふと夕紀の髪をまじまじと見つめたお藤は自分の部屋へと引っ込んだかと思うと暫くして何かを手に乗せて出てきて夕紀に手招きをします。
配膳中に髪が入っては、と纏めていた夕紀の髪何かを当てて、お藤はそれを眺めると満足そうに頷きます。
「やっぱり。前のときに似合うのじゃないかしらと思っていたのよ」
そう言って、お藤はなにやら上機嫌にそれを再び手に取ると袱紗に包んで夕紀に渡します。
「‥‥なんでしょうか‥‥?」
夕紀が首を傾げてその袱紗を開けると、中には鼈甲の櫛が入っているのでした。
●振り返る一年
「ふむ、常連客としちゃ、宴会ばっかり開いてもらっていて頭があがらねぇんだがなぁ」
微苦笑どちらとも取れるような表情を浮かべて言う嵐山虎彦(ea3269)は、くすくす笑うお燕に酌をしてもらいながら言うと、ふと思いついたのか口を開きます。
「そうそう、門松とか作るのって‥‥あれ、坊主がやっていいのかねぇ? この綾藤にも世話になったし、一つ豪華な飾りでも♪」
「あれ、そこまでして頂いたら、私の方こそ頭の下がる思いですよ」
笑いながらお藤は入り口の木の看板とか、と追加の徳利を手に歩み寄り言います。
「早いもので、もう年の瀬ですね・・いろいろありましたね」
夕紀がそう言ってよく味のついた煮大根に醤油で炒った蛤を乗せたものを端で切り分けて口へと運ぶと、直ぐそばで鍋を取り分けた小鉢を突きながら山本建一(ea3891)も頷きます。
「本当に‥‥ダンディドッグと戦ったときは辛かったですね」
「へぇ、どんなだったんですか?」
山本がしみじみ言うと、サラ・ヴォルケイトス(eb0993)が興味を持ったのか聞き返し、興味をそそられたお藤を交えてしばし依頼話に花も咲きます。
「私は‥‥やっぱりあの時かなぁ、三人の男の人に求婚された若い娘さんがいたんだけど、可愛い女の子を持つ壮年の人のところに嫁いで、今3人で幸せに暮らしているはずだよ」
「冒険者が取り持つ仲、といったところか」
御神村がそういって頷くと、サラが『年が変わる前に挨拶に行かないと‥‥』と思い出したことがあったようでふむ、と腕組みをしています。
「俺の方は本当に手が少し空いたからな‥‥詳しいこたぁ言えないが、いくつもの事件が起きてなかなかに骨が折れてな」
「今は江戸も京都もなかなかに大きな事件が多発しているようだな」
御神村が骨休めだ、と口元に笑みを浮かべると闇目幻十郎(ea0548)も頷きながら杯をゆったりと傾けます。
「それにしてもこう、鍋を突きながら一年を振り返るてなぁ悪かぁねぇな」
にと笑いながら嵐山は、御神村の連れてきたヴァルフェル・カーネリアンに取り分けた小皿を渡して言う横では、既に幾度目かのおかわりをお藤によそって貰ってパクパクと食べまくる鳴が。
『所用でこちらへと寄ったのだが‥‥日本食とは不思議な味わいがあるものだ』
宴へと誘った御神村に笑みを浮かべて頷くヴァルフェルに、彼も誘った甲斐があったのではないでしょうか。
「それにしても‥‥改方の‥‥」
「あぁ、木下の旦那でしたら宴に参加したくてもしたいといえない様子で庭であの通り」
御神村が言うのに、中庭に面した廊下が円型の窓から窺え、そこにはちらほら降りしきる雪の中で寒そうに縮こまりながらもいじけている忠次の姿が。
「まぁ、大事なお役目中だしな」
そう微苦笑を浮かべて立ち上がった御神村は、先ほど自身が作った、まだほのかに暖かい菓子といくつか小皿に取り分けた料理や茶を盆へと載せて忠次へと歩み寄ります。
「よ。何か動きはあるかい? 一服してくんな。菓子は俺の手作りだぜ?」
「寒い以外は密偵の誰の出入りもなくて、一人寂しく宴会の様子を見ているのだよ」
じと目でいう忠次ですが、盆を受け取り上に載った料理の数々に機嫌を直したのか頬を緩める忠次。
「しかし、今年の後半は、まさしく激動であったなぁ」
「本当に。改方の役目は過酷で忙しいことが多いからな。‥‥まぁ、あの方の下ではのんびりゆったりの仕事は無縁だな」
「全く持ってその通り。‥‥それにしてもこの、鍋物や刺身もさることながら、蜜柑や林檎を甘く煮詰めるとこのようになるのか‥‥異国の様子の衣の、このなんとも言えない‥‥あぁ、これは堪らん、美味美味♪」
すっかり上機嫌で御神村の作った菓子に舌鼓を打つ忠次に、御神村も思わず笑いを噛み殺すのでした。
●お酒は楽しく酔った者勝ち?
「ん〜‥‥っ♪ 何だ、この水ぽっかぽかして美味し〜♪」
サラが上機嫌でお猪口を開けている横では、食事も進み、旨い料理や菓子にこれまた酒も進み‥‥気が付けばかくし芸大会なぞが始まっています。
「宴会芸とは縁の無い生活でしたが、ちょとやってみましょう」
そう言ってちゃっと指に一文銭を挟んでみせるのは幻十郎。
ちらりと一行に目を向ければ、『ネタ晴らしはせんから安心しろー』との声も上がりぱたたたた、と器用に指の間をひっくり返し転がされる銭。
「聞く所によると、コレは基本の技だそうですよ?」
幻十郎がそう言って甲を相手側に向けつつ両手の指を広げれば、そこにはずらっと並ぶ一文銭。
御神村が準備に隣の部屋へとお藤と共に行っている間に、料理を持って来たお燕がサラに捕まって気が付けば鳴とサラのお酌をしながら見ていて、吃驚した様に見て拍手を送っています。
「スリの手管を利用したちょっとした手品ですよ」
そう言う幻十郎ですが、お燕はよっぽど驚いたようで、一瞬で一文銭を消してしまったのにどうやるのかと首を傾げていました。
「さて、皆様、次は御神村様の宴会芸ですわ」
悪戯っぽく笑って言うお藤が続き部屋の襖を開ければ、そこには島田に結った御神村が、薄化粧を施されゆったりと女物の着物に身を包み、しゃなりと入って腰を下ろすと、つと頭を下げて見せます。
「へぇ、意外と化けたなぁ」
嵐山が笑うとにやりと笑ってみせる御神村に、なぜか女装がつぼに嵌ったのか、ご機嫌で笑うサラに無言で黙々と酒を呷るクリステル。
「わたくしは、神楽を舞わせてもらいますね」
「おぅ、景気良く行ってくれ。ところでなぁ、女将。お前さん鬼平ってぇ旦那のことは聞いたことねぇか? これがまた立派な御仁でなぁ‥‥」
「あら、ほろ酔いでお忘れですか? 嵐山様はこちらで何度も長谷川様とお会いになってるじゃあありませんか」
すっくと立ち上がって鳴が言うのを頷いて笑いつつお藤へと口を開く嵐山に、お藤もくすり笑って言いますが、なにやら事態が転がり始めたのは、この辺りからです。
「わたくし、建御雷之男神の巫女なのですよ〜」
そう言いつつ雷光を纏い、すらっと日本刀を抜く鳴に、流石に一行の視線が集中、神楽殿で見られればかなりの見物なこの舞、宴会を行う一室ではかなり過激なもの。
「おーい!?」
嵐山の頭の上を掠めていく刀に首を引っ込めるその時、部屋の一室でも騒ぎが。
「う〜〜ん、ちょっとこの部屋暑くない〜ぃ?」
声の主はサラ。ちゃっかりお燕に絡んでたっぷり酒を飲ませた挙句に、自身も暑さで熱暴走を始めた模様。
「もー窓開けてよ〜」
言いながらシャツの上をひょいと脱いで、ぽいっとばかりに部屋の隅に投げ捨てるサラ。
「お、お〜い、サラ〜?」
「ね〜、お燕ちゃんも暑いよね〜?」
「ほぇ‥‥?」
雷光纏って乱舞する鳴と、酔っ払ってうとうとし始めているお燕に絡みつつちゃっかり帯を解いているサラとで、別の意味で賑やかに盛り上がる宴席。
「ん〜、これ邪魔ぁ〜」
サラが言ってシャツを脱ぎ捨てたその瞬間、いきなり飛んできたホーリーが問答無用で――決してサラと鳴が邪悪というわけではありませんが――直撃してぱったり倒れる二人。
「皆様が楽しんでいらっしゃるのに、水を差してはいけませんわ」
にっこりと優しい笑みを浮かべたクリステルの目を見て、その場の誰もが思ったようです、酔った彼女に逆らってはいけない、と。
山本が羽織をサラにかけてやっている間に夕紀が脱ぎ捨てられた服を纏めてやり、倒れたままぐっすり寝入った鳴を幻十郎が隣の部屋に寝かせると、年長者たちは顔を見合わせ、改めて宴会を再開するのでした。
●残り僅かの年を惜しみ
「お藤さん達と顔見知りになって半年か。時が経つのは早いもんだ。すっかり気に入ったぜ、ここ」
「本当に、御贔屓にして頂いて‥‥来年もよろしくお願いしますね」
気が向いたときにいらしてくださいね、と軽くお猪口をあけるような仕草を見せて微笑むお藤。
「ま、今年は偉くお世話になっちまったな♪ またこれからもよろしく頼むぜ♪」
「こちらこそ、すっかりお世話になってしまいましたわ」
嵐山が描いて差し入れた日の出の掛け軸へとちらりと目を向けお藤は笑うと、幻十郎と山本へと酌をし、ゆったりと料理を突いている夕紀と目が会うとにっこり笑います。
「本当に、うちはお客様に恵まれて幸せですねぇ」
お酒でほんのりと染まった頬に手を当てながら、お藤はしみじみとそう呟くように言うのでした。