●リプレイ本文
●宴に向けて
「天風、其方に曳田の卯之助の調べ書きは行っているか?」
「いや‥‥荻田殿?」
「ああ、伊勢さんの、こちらにありますが、もしかして其方に鶴助のが紛れていませんか?」
「何で此方に紛れるはずがあろ‥‥済まん、来ている」
淡々と仕事をこなしている様子ではありますが、実のところやることが多すぎて目の色を変えている様子の同心たちの姿。
凶賊盗賊改方の同心、天風誠志郎(ea8191)も例外ではなく、むしろ午後に控えた用事で皆が手分けをして仕事をこなすのと同じく、誠志郎自身も書類に各所連絡にと駆けずり回っていたりします。
「ああ、忠次、今日はもちろん顔を出すよな?」
「そりゃあもう、今から楽しみで楽しみで‥‥」
「あれ? そういや‥‥朝から見ていないのがいるが、お前一緒じゃなかったのか?」
「あぁ、綾藤に手伝いに行っている人たちもいますしね。大丈夫ですよ、今日のことを知らない同心のほうが少ないですから」
にまにま笑って言う忠次、そこへ数枚の人相書きを手に嵐山虎彦(ea3269)がリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)と共に顔を出します。
「みんなお疲れ様。さっき昭衛さんが『今日はきりが良いところ切り上げておけ』って言ってたよ」
笑いながら言うリーゼに頷く一同。
「おう、俺は一足先に向こうに行ってるからな」
嵐山が言えば口々に返ってくる返事。
「どれ、俺もそろそろお頭に御準備いただくよう‥‥」
「私も行こうかね。じゃあ虎、それにみんなもまた後で」
誠志郎とリーゼが奥の方へと足を進めれば平蔵の居るはずの部屋にはその姿はなく、首を傾げ手分けして幾つか心当たりを見て回る2人。
「さっきそこで密偵の人が皆直接ばらばらに向こうに入っているはずだって言ってたよ」
「我々もそろそろ仕事を終わらせ向かう。‥‥や、奥方様に時永殿、これは失礼を。先程からお頭を捜していたのですが‥‥」
リーゼが途中であった密偵のことを話していれば、不意に聞こえてくる小さな笑い声、通りかかれば障子は開け放たれており、平蔵の奥方・久栄夫人と貴由の姿があります。
「長谷川様でしたら、先程昭衛様と牢の前でなにやら話されていたが」
「そっか、じゃあ私が2人とも呼んでくるよ」
リーゼが庭へと降り牢の方へ足を向けるのを見送りつつ、久栄と言葉を交わしてから綾藤へと向かうことを誠志郎へ言っておいて貴由が玄関へと向かえば、そこで待っていた光月羽澄(ea2806)。
「ご挨拶は終わった?」
「ああ。それに密偵達もそれぞれもう向かっているそうだし、そろそろ綾藤へといかなければ」
微笑を浮かべて言う貴由に羽澄も目を細めると連れ立って綾藤へと向かう2人。
「それは‥‥」
「お酒だけでもないでしょうし、落雁とか胡桃餡でお餅とか、そういうお茶菓子を作ってきたの」
「落雁は長谷川様が喜ばれそうだな」
ああ見えて甘いものがお好きだから、そう笑いながら羽澄と貴由は小さく笑い合うのでした。
「あ、羽澄さんいらっしゃいっ♪」
船宿綾藤で二人を出迎えたのは襷がけに前掛けで座布団を抱えている所所楽石榴(eb1098)。
「二人とも遅かったな」
そんな声がして振り向けば、御神村茉織(ea4653)が積み重ねた予備の物らしきお膳を抱えて立っています。
「本当に、お客様ですのに申し訳ありませんわ」
「良いって良いって。どうせ何もしないんも落ちつかねぇし、いつも厄介になってる礼だ、配膳やら設営やらこき使ってくれや」
御神村の後ろから重ねた朱塗りの杯を運びつついうお藤に笑って答え、早速羽澄たちもお手伝いに加わるよう。
「ね、ね、役宅のほうはどうだったかな?」
「もうなんだかとても慌しかったわ」
「やっぱり、ここの所僕たちも忙しかったし、同心さんたちももっと大変そうだよね。‥‥それにしても、羽澄さん器用だね」
準備をしながら和やかに交わされる会話、にこにこと話しかける石榴に羽澄も笑みを浮かべます。
「そういう石榴さんも手際が良いわね」
「これでも既婚者だもん、家事は普段からやってるしねっ♪」
「あら、ご馳走様。ところで、これはどこに置けばいいのかしら?」
「あ、こちらです」
ふと羽澄が首を傾げているところに小鳥遊美琴(ea0392)が微笑を浮かべて声をかければ、3人はしばし準備の間楽しげに言葉を交わすのでした。
●宴、開始
「では、お頭、そろそろ‥‥」
「うむ‥‥皆、本当に良ぅやってくれた。まだまだ我々の仕事は有るが、今はゆるりと休んで欲しい」
微笑を浮かべ言う平蔵に静かにその言葉を聴いている一同、3間の襖を外して広く部屋を取っているその場所で、各人の前にはお膳が、そして側に料理が盛られた皿とお酒で一杯になった卓が。
「今宵は無礼講。まぁ、遺恨が残らねぇ程度に‥‥では、皆、今宵は存分に楽しんでくれ」
口々に応え掲げられる杯、わっと瞬く間に盛り上がる席、早速嵐山が徳利を手に呑もうぜ、と声を上げ。
「こう賑やかなのは久しいね」
苦笑混じりに呟く風斬乱(ea7394)、一歩引いた場所でのんびりとお銚子を手に取り宴の様子を見ていますが、その口元はどこか嬉しそうで。
「おう、呑んでいるか?」
「いろいろと面白い酒があるね、異国の酒とか。まぁ、しっくり来るのはこいつだが」
軽くお猪口を振ってみせれば、ちょこんと腰を下ろしてある妖精・水漣が『アホウ』と呟いてみたり。
「身内同士の多少のいざこざはあったがそれも乗り切ってここに来た。そして今こうして分かり合えたのは全て平蔵さんのお陰だよ」
「何を‥‥皆の頑張りが有ればこそ」
「何、謙遜することなかれ‥‥俺もアンタだから手伝った」
風斬の言葉を聞きにと笑う平蔵に、苦笑を浮かべてお銚子の首を持ち軽く振って見せ。
「まずは何はともあれお互いお疲れ様」
「おう、お互いに今日はゆっくりしようじゃねぇか」
笑いながら杯を受けくぃと飲み干すと、お銚子を手に風斬へとっさ
酒を注ぎ返して、平蔵はにっと笑うのでした。
「お疲れ様。これからも平蔵さんの右腕としてやってくんでしょ? 気合入れるのはいいけど、気合入れすぎて倒れないようにね」
「そうやってからかうな。それにしても‥‥」
リーゼが笑いながら声をかけるのに答える誠志郎、ふと宴の席を見回して緩やかに息をつきます。
「本当に一連の件で世話になった方々が増えた。一層、江戸の治安を守って行かねば」
「本当だね‥‥あ、サラ」
しみじみ、と言うように頷くと、妹の姿を見いだして声をかけるリーゼ。
「サラ、結構向こう側でも頑張ってたみたいだけど、怪我はなかった?」
「大丈夫だよ。姉さんもお疲れ様。こっちよりそちらの方が多分厳しかったと思うけど、何か活躍してたみたいじゃないの?」
言葉を交わしながら互いに嬉しそうに微笑み合う姉妹。
「あなたもちゃんとできるようになったんだよね。あなたもお疲れ様。‥‥もしかしたら今度は私からお手伝いお願いするかもしれないから、そのときはちゃんと受けてね?」
「もちろん、姉さんから頼られて断るわけがないじゃない! そのときにはよろしくね、姉さん!」
誠志郎さんも、とにこにこしながら言うサラに、誠志郎も頷いてみせるのでした。
「はい、昭衛さんどうぞ。‥‥それとも、お藤さんの方が良いのかしら?」
「頼むから勘弁してくれ」
お銚子を持って羽澄が昭衛へと歩み寄り膝を突いて軽くお銚子を振ってみせれば、ここでもかとばかりに溜息を吐く昭衛。
「昭衛様、人足の加役おめでとうございます」
そんな昭衛の様子にくすりと笑いにこやかにお祝いを告げているところに平蔵が戻って来て。
「今回は丸く納まって何よりです。彼女は貴方様の事を素晴しい方だといつも誇らしげに話しておりますの。話通りの方で納得がいきました。どうか、彼女を宜しくお願いします」
「いやいや、俺の方から頼みてぇぐれぇだ」
目を細めて言う平蔵に微笑む羽澄は小さく溜息を吐いて頬に手を当てます。
「後は、いい人が出来ればいいのだけど‥‥」
「男なら余って居るんだがなぁ。おう、お前ぇはどうだ? 昭衛」
「ぶっ‥‥お、おやじ殿までそういう話を振るか!?」
思わず咳き込みながら言う昭衛、笑う平蔵にじと目を投げかければ、御神村とかは? などとあながち話し逸らしだけでもない様子で首を傾げてみたり。
「まぁ、こういうこたぁ焦っても仕方ねぇ。本人にその気がなきゃな? なぁ、御神村」
「へ? 呼びましたかい? 旦那」
先程からあちこちの密偵や同心達に酌をしたり酌を返されたりと回っていた御神村が平蔵の側に歩み寄ると軽く首を傾げ。
「しかし、旦那。ほんとに良くなって何より。あんま無茶はなさらぬよう気をつけては下せぇよ? ‥‥又誰かを泣かしちまう事になりやすからね」
「おう、あれは堪えた」
「? 泣かせる?」
御神村が言う言葉に怪訝そうに首を傾げる昭衛、怪我の時に抜け出そうと目論んでいたことが知れて貴由に泣かれた話を聞けば、それは堪えるな、と笑いを含んだ声で言い。
宴は賑やかな様子で進んでいくのでした。
●盛り上がる宴
「はわ〜〜」
いつの間にやら芸の始まる宴の席、レーラが手品をしていて最後の大きな扇の下敷きになりじたじたしてどっと笑いを誘ったり。
振袖にかんざし、香をまとい化粧姿も艶やかな美琴が三味線を奏でれば、なにやら紙で幾らか包んでずいと出る嵐山。
「さぁて、こいつぁ俺の虎の子の金子! 俺に飲み勝てたらもってぃけぃ!!」
『いや、無理だから』
どきっぱりと同心密偵、そしてリーゼ達冒険者の声が揃ってなんだかしょんぼりの嵐山。
「どぅれ、じゃあ俺が‥‥」
「‥‥お頭」
名乗りを挙げかける平蔵を溜息混じりの誠志郎が止めてみたり。
「茉織、捕り物の時、助けてくれてありがとう。そして、おつとめご苦労様」
「ん、貴由か。前回の礼なんて良いぜ。どうしてもってなら、酌の一つでも頼むとするかね」
頬を染めて微笑むと礼を言う貴由ににと笑う御神村。
「美人と呑む酒は又格別に美味いんでな。なぁ、平蔵の旦那もそう思うだろ?」
「おうよ、いい女の酌で飲む酒は堪らねぇもんだからな」
御神村の言葉に笑いながら杯に口を付ける平蔵。
「五番! 扇舞の石榴、リーゼさんの調にあわせて踊りまっす♪」
扇を手にびっと名乗りを挙げればおお、と楽しみにしていた者達の視線が集中し、一瞬皆が目を丸くします。
「‥‥‥ね、猫?」
「猫、だなぁ‥‥」
見れば赤みがかった強い茶の丸ごとねこかぶりを身につけてばーんと立つ石榴に一瞬度肝を抜かれたようで。
ちなみに、リーゼとのネタ合わせにもねこかぶりを着て踊るという話には一瞬驚かれたとか。
「緋猫の舞、とくと御覧あれ♪」
ぱちん、扇を鳴らして緩やかに開いていけば、響き渡る笛の音、静かに強く、蕩々と流れる曲に合わせ舞う姿がしなやかさを加えて猫を模す姿に驚きや感嘆の声が漏れ。
「奇抜かと思えば、そうでもないですな‥‥何というか、猫とはああいうものですよなと」
頷いている同心まで居たとか。
最後のぴたり止まり、ぱちんと一際大きな音を立てて扇を閉じれば、わっと喝采。
そんな姿を見回して、いつの間にやら男2人が紙に筆を走らせていたりしてました。
「絵は人の心を写すと聞く‥‥果たして俺の絵は人にどのように写るのだろうね?」
苦笑混じりに呟いて、風斬が手元の紙へと目を落とせば、平蔵を中心に仲間達が周りを取り囲む姿が。
「やっぱりなぁ、全員を描いておきてぇしな」
方や楽しげに笑い酒を飲み交わす宴の様子を納めた紙を乾かしながら、気がつけば嵐山の方はそれぞれが思い思いに宴に関わる姿を書き付けていきます。
芸の一つでも、そう言って御神村が人遁で、衝立を使い早変わりの芸を披露すればやんややんやと大いに盛り上がるのでした。
●それぞれの想い
「本当にお世話になりました。といっても、まだまだ終わらないですよね」
密偵達が集まる中、お酌をして回る美琴に笑いながら杯で受ける密偵達。
「あぁ、俺たちも世話になった、礼を言う。これからも宜しくな」
「これからも、本当に。よろしくお願いします」
密偵達とそんな談笑の中で、丸ごとねこかぶりを脱いだ石榴がおずおずと中年女性の密偵の隣へ座れば、にっこりと笑ってお茶を差し出す女性。
「お疲れ様。綺麗な舞だったよ。あたしらじゃ普通はお目にかかれないような素敵な舞が見られて嬉しいねぇ」
「えへへ‥‥ありがとっ♪」
照れたように笑って言う石榴に目を細める中年女性。
「情報提供とか協力とか、互いの信頼もあるけど‥‥心配とか、もっと人間的なものって言うのかな‥‥」
うーん、難しい、そう頬を掻いて続ける石榴。
「そういう忘れちゃいけない事とか再確認して、みんなと一緒にお仕事できて幸せだな〜って‥‥当たり前のことじゃないんだもんね」
「‥‥信頼関係って言うのぁそうだね、当たり前じゃないかもしれないけど‥‥そう言うものを気付けて、尚かつ‥‥誰かの心配が出来るって言うのは、嬉しいもんなんだねぇ」
娘を見るかのようにどこか嬉しそうに微笑んで言う中年女性、石榴も照れたように、まるで母に甘えるかのように楽しげに言葉を交わし。
「改めて『ありがとう』っ♪」
「あたしの方こそ、ありがとうね」
目を細めると、女性はそうっと石榴の頭を撫でるのでした。
風斬が振る舞う御神酒「トノト」や石榴の振る舞った神酒『鬼毒酒』、それに秋の味覚をふんだんに使った料理に舌鼓を打ち、宴は盛り上がり盛り上がり‥‥。
そうして、いつの間にか静かに、のんびりとしたものへと移り変わっていきます。
「また何かあった際は呼んでくれ」
平蔵にこれが有れば十分、とくいと酒を飲む仕草を見せながら言う風斬に平蔵に頷いて。
「旦那、この俺の力が必要な時はまた暴れさせて下せェよ。ま、似顔絵もちゃんとやりますがね。とと、昭衛の旦那、最近調子はどうでぃ? 石川島の方も大変らしいですが頑張ってくだせぇよ」
忠次を捕まえて飲み比べに強制参加させていた嵐山が平蔵と昭衛に笑いながら声をかけ。
密偵達と楽しげに談笑し合う美琴と石榴は互いに感謝を告げ合って。
御神村と羽澄は貴由と言葉を交わしあい。
リーゼは妹のサラの、仲間内へと戻って羽目を外す姿に心配そうだったり微苦笑を浮かべたり。
そんな中、同心達と酒を酌み交わしていた誠志郎はふと外を見れば、すっかりと暗くなった辺りに、ぽっかりと浮かぶ月は欠けてはいるのですが、一瞬見事に満ちた月を見たような気がして。
「良い月だ‥‥この先も、この月夜のように明るい物であるといいな」
美しく輝き見守る月を見上げながら、改めて誠志郎は噛み締めるように呟くのでした。