【船宿綾藤・細腕奮闘記?】降って沸いた話

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:10人

冒険期間:09月03日〜09月08日

リプレイ公開日:2006年09月13日

●オープニング

 その日、ふとこの二人が道で行き会わなければ、ああ、逸れこそ本当にこんな羽目になることはなかったのだ、とギルドの受付の青年が遠くを眺めながら世の無常を恨んでいました。
「えーっと‥‥すみません、もう一度、詳しくなくていいので、むしろ詳しい事情は省いて説明頂けないでしょうか?」
 ゆっくりと溜息をつきながら受け付けの青年は、それが空耳であって欲しいと願いつつ、その二人へと向き直り。
「ですから」
「上手くわたくしの兄上を遊びに連れ出して」
「うちの女将さんと上手く引き合わせていただきたいんですよ〜」
「‥‥‥‥」
 夢なら醒めて欲しい、そんなことを考えながら受付の青年はがっくりと卓に突っ伏して深く溜息を吐くのでした。
 事の発端はつい半刻程前の事、若侍・彦坂兵庫と船宿綾藤の看板娘・お燕がばったりと出くわしたところから始まった様子。
 兵庫は鼻筋の通った若侍でいかにも剣術者とでも言うかのような落ち着いた色合いの袷に袴、今日は凶賊盗賊改方長官代理の彦坂昭衛と自身の母に呼ばれてなにやら難題を吹っかけられたよう、ちょっと頭を抱え気味に道を歩いていました。
 と、そこへ道を向こう側からやってきたのがお燕、お燕はどうやらお藤が少し暑さでまいっていて、舟遊びをしつつのんびりとしたいと思い冒険者へのお誘いを出してきてくれないかと頼まれたよう。
 改方の兄の手伝いなどをちびちびと始めるようになった兵庫なので、お燕とは既に顔見知り。
 ついつい立ち話を始めてみて、その話が意外な方向へ。
「兄が狙われたこともあるからと、『跡取りもいない、嫁も来ないのは放蕩な弟のせい。彦坂家の立派な跡取りとして、好きにやっている兵庫様からも、少しは跡取りについて考えるように伝えることこそ、御家へのご奉公』これだけでもう二刻ですよ」
「お武家様は大変なのですね」
「まぁ、母上は早く孫の顔が見たいのでしょう、しかし、あの兄上のこと、上手く手のひらで転がせるほど上手な女性でなければ‥‥まぁ、兄上には早く身を固めてもらえれば‥‥仕事で女性に接することが多くなって、少し丸くなった気もしますし‥‥」
「なるほど‥‥そういう話を聞いていると、うちの女将さんも再婚されればいいのに‥‥旦那様が亡くなられてから早十年‥‥女で一つであの宿を‥‥表面上引っ張っていくような男性でしたらぴったりなんですけどねぇ‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「つかぬ事をお伺いしますが、お藤さんは今‥‥」
「えっと、もうそろそろ30が見えてきたとか‥‥昭衛様って、おいくつでしたっけ?」
「ええと、確か兄は‥‥6‥‥いや、27、ですかね‥‥ふうむ、よく年上の女房はとか聞きますし‥‥」
「‥‥‥‥」
 道端で見つめあい、こっくりと頷く二人、まっすぐにギルドへと連れ立って向かう二人を、町の人々は怪訝そうな様子で見送ります。
「‥‥で、えぇと、その、お二人の意思は‥‥」
「あぁ、だから兄には内緒です」
「女将さんにも内緒です」
「‥‥‥‥はぁ、そうですか‥‥あの、それで、お藤さんの依頼というのは‥‥」
「‥‥‥‥あ」
 ぐったりと疲れた様子の受付の青年に書状を渡すお燕、見れば暑さに負けないように船や宿で宴会でもして、気分転換しませんか、というもの。
「じゃあ、頼みましたよー」
 帰っていく二人を見送りつつ手元の依頼書へと目を落とす受付の青年。
「‥‥お藤さんはお店第一だから、再婚なんて考えないだろうし、昭衛様は‥‥怒られる、そんな差し金をしたと分かれば、きっと烈火の如く怒られる、主に私が」
 依頼書を前に、頭を抱えて受付の青年は突っ伏すのでした。

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3269 嵐山 虎彦(45歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea5927 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8922 ゼラ・アンキセス(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

カイ・ローン(ea3054)/ 以心 伝助(ea4744)/ アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)/ レウラ・ソラス(ea7292)/ システィーナ・ヴィント(ea7435)/ 天風 誠志郎(ea8191)/ 霧島 小夜(ea8703)/ ポーレット・モラン(ea9589)/ 天馬 巧哉(eb1821)/ レイムス・ドレイク(eb2277

●リプレイ本文

●人、集う
「結婚は、人生の華、お二人には幸せになって貰いたいですが、まずは、親しい友人になって貰う事が重要かと‥‥」
「いや、正直なところ、あの2人がってなぁ‥‥なぁ?」
「なんだか依頼人さん達が勝手に縁談を進めたがっているように見えるのですが‥‥」
 真面目に対策を考えている様子のルーラス・エルミナス(ea0282)が言うのに、思わず目を見合わせるのは嵐山虎彦(ea3269)とリノルディア・カインハーツ(eb0862)。
 場所は綾藤、宴会やら船の用意やらを手伝いながら話す一行、妙にそわそわしているお燕に、お手伝いをしながらもやんわりとネム・シルファ(eb4902)が『いきなり一足飛びに2人が親しくなるとは思わない方が良い』と言うことを遠回しに言って説得してみたり。
「恋愛や結婚は水のように掴み所がないもの、周りが無理にせっつくと上手くいかないのよ」
「そういうもの、なのでしょうか? 結構並んでみたらお似合いな気もするんですけど‥‥」
 ゼラ・アンキセス(ea8922)が諭すように言えば、うーん、と首を傾げながら座布団を運ぶお燕。
「恋の行方なんて、すぐにどうなる、というものではないですから」
 なんだかしょんぼりとした様子を見せるお燕に、にこりと笑いかけるネム。
「ですから、今日はまず、お二方に知り合って頂くことが重要だと思いますですね」
「そ、そうですよね! これから良い雰囲気になったりする事だって考えられますよね?」
 ネムの言葉に少し元気を取り戻してお仕事に戻るお燕、そんな様子を眺めながら、ゼラは小さく呟きます。
「‥‥人の縁と天気は分からないものだけど‥‥ねえ」
 昭衛もお藤も良く知るゼラだけに、なんだかちょっぴり不安がよぎったよう。
「そういうのは当人の気持ち次第なんで手を出すトコじゃないだろ」
「そうは言っても、こちらは母の突き上げも厳しいのですよ‥‥それに、お藤殿のような方が義姉上ならば、さぞかし兄上も余裕と言いますかしっかり管理をしてくれそうでといいますか‥‥」
 やれやれ、とばかりに大きく溜息をつくリフィーティア・レリス(ea4927)に、朝から宴会の準備で右往左往祖ていた彦坂兵庫は困ったように頬を掻き。
「とりあえず茶でも飲んで少し冷静になったらどうだ」
「あー‥‥はい‥‥」
 素直に休憩を取れというはずもなくさっくりと厳しく言うリフィーティアに落ち着き無くおろおろとしかけ、とりあえずは浮き足立っている自分に気がついたのかへたっと座って突き出されるお茶を受け取る兵庫。
「無駄に暴走したって本人達にその気がなければどうにもなりはしないんだ」
「それは‥‥そうですが‥‥」
「まずはお互いのことを知ることからでいいだろ。あまりに話を飛躍させるのもどうかと思うぞ。それで揉めたりしてみろ、それこそ目も当てられないぞ」
「う‥‥」
 考えもしていなかったのかはたといわれた言葉に固まる兵庫を見て、やれやれ、とばかりにリフィーティアは盛大な溜息をついて見せるのでした。
 何はともあれ、宴会をと盛り上がる綾藤はいつも以上の活気に溢れています。
「昭衛殿とお藤殿? 意外な組合せでござるの」
 そして、2人を知っていて軽く首を傾げながら料理人と並んで仕込みを行う沖鷹又三郎(ea5927)。
「へ? 何かあるんですかい?」
「いやいや、昭衛殿と女将のお藤殿はどうでござろうかと、こう、盛り上がっているのでござるよ、一部で」
「‥‥‥へぇ‥‥そりゃまた、不思議な組み合わせで‥‥女将はもっとこう、芯はしっかりしていても、穏やかな感じの‥‥そう言うお人が合うんじゃないかって思いますがねぇ‥‥」
「ふむ‥‥」
 言ってその料理人の様子を見る沖鷹、少し動揺しているようにも見られる料理人にもしかしたら、と此方もなにやら思惑があるようで。
「ご招待したお客様なのにごめんなさいねぇ」
 困ったように頬に手を当てて笑う、渦中の一人、船宿綾藤の女将・お藤が笑って言えば、お膳を出して運んでいた鑪純直(ea7179)は首を振ります。
「何、手伝うのに吝かではない」
 頷き言う純直にくすりと笑ってまだ積まれたままのお膳を手に取り。
「いや、そちらは某が‥‥」
「せっかく久々に顔を出してくださったんですもの、鑪様だけに働かせるのは、ねぇ?」
「や、覚えておられるか、少し不安であったのだが」
「それはもう、なかなかいらしてくれませんでしたので‥‥『私のお客』は大歓迎と申しましたのに。鑪様こそ、うちをお忘れかと思いましたわ」
 笑いながら並んで膳を運ぶお藤に少し顔を赤くする純直。
「そういえば、料理の希望は料理人のほうへと伝えられました?」
「いや、まだであるが。食べたいものといえば‥‥秋茄子と秋刀魚かな。脂の乗り切らない初秋が旬と聞いている故」
「そうですわね、どちらもこの季節は格別ですし、きっとご期待に添えると思いますわ」
「宴会も始まっておらんのに、何や楽しそうやなぁ」
 アルンチムグ・トゥムルバータルがそんな様子を見送っているのでした。

●宴、始まる
 一方、凶賊盗賊改方の役宅。
 難しい顔をして中年同心の荻田と共に積み上げられた御調書を捲るのは、改方長官代理の彦坂昭衛。
「彦坂様、少しは休まれてはいかがですか? 大分に調べ物も進みましたし、後は手の空いている当番の者と‥‥」
「いや、後もう一区切り‥‥少し気になることがある故、後もう一区切り確認しておきたい」
「いえ、その一区切りが既に‥‥おお、ゼラ殿に嵐山殿、お二人からも言って下され」
 荻田に声をかけられ、昭衛がこちらにいると聞いてやってきた二人は思わず顔を見合わせます。
「あー‥‥昭衛の旦那、ちょっと良いかねぃ?」
 来たは良いものの、昭衛になんと言って良いのか言葉に迷い、なんだか妙に怪しい笑顔を浮かべて声をかける嵐山に、顔を上げた昭衛はぎょっとした表情を浮かべます。
「嵐山‥‥何か悪い物でも食ったのか? 厄介事は兎だけで‥‥」
「あ、ああ、いやいやいや、そういう訳じゃなくってな」
「ちょっと‥‥ここでは言いづらいので‥‥」
 救いを求めるようにゼラを見る虎彦に、どこか言いづらそうに辺りに目を彷徨わせて言うゼラ。
「む‥‥何かあったのか?」
 長官である長谷川平蔵が順調に回復しているとはいえ、昭衛は現在の責任者、なにやら深刻な様子の二人に手に持った調書を荻田へと渡すと立ち上がります。
「で、どこならば話しやすい」
「その、綾藤辺りならば色々と‥‥」
「そうそう、昭衛の旦那にゃ、これからのことも含めていろいろとゆっくり相談に乗ってもらいてえんだが、やっぱりそういうことにゃ、綾藤が一番重宝するからな」
 なにやらどこか遠くを見つめながらいう嵐山に首を傾げるも、良かろうと羽織を身につけ、与力・津村武兵衛に後のことを任せて出かける昭衛。
 なにやら話は通じているのか僅かに笑いを含んだ顔で、武兵衛は三人を見送るのでした。
「―――で、話というのは‥‥」
「まぁ、なんだ、そういうことなんで」
「待て嵐山‥‥後で覚えておれ」
「俺だけっ!?」
 気が付けば綾藤についた途端、あれよあれよという間に船に乗っけられ、事態についていけない昭衛が目を瞬かせている間に船はさっさと岸を離れてしまいます。
「相談は昭衛さんに休養を取って欲しい、ってことよ。いい仕事には適度な休養、根を詰めすぎると駄目だもの」
 ゼラに問いかけるような目を向ければ、しれっと何事もなかったかのような表情でお膳お前に腰を下ろし言うと笑うゼラ。
「ほら、目の下にクマが出てるわよ?」
「む、まだいくつか、未解決の盗賊事件があってな」
「駄目駄目、少しは気分を切り替えないと。第一、それじゃ荻田さんたちを信用してないみたいじゃない」
「む‥‥」
 さらりと切り返しごまかしてしまう辺り、流石女性というべきでしょうか。
「んで、昭衛の旦那。旦那は酒はいけるほうで? ここの酒は上手いですぜ♪」
「嗜みはする。が‥‥お主と飲めというのは死ねといっているようなもの。親父殿のように人外を求められても困る」
「だーかーら、あまり気張らずのんびりのんびり、ね」
「む、わ、わかった。‥‥‥ん? そこで何をこそこそしておる、兵庫。お前も、非番じゃないだろう、兎」
「か、変わって貰ったのですよ、別に怠けていたわけではなく‥‥」
 こそこそと嵐山の後ろに隠れようとしていた弟・兵庫と同心・木下忠次は昭衛に見つかり慌てて言い訳がましくわたわたと言い返したりしています。
 そんな中、竪琴の澄んだ音色が響き、ふと注目を浴びる、霧島小夜に着付けて貰った紫陽花の浴衣に螺鈿の櫛が清しいネム。
 辺りは日も沈みかけ、空が藤色と茜色の混じり合う幻想的な情景の中、静かに指を弦の上で踊らせれば、ゆったりと流れ出す音に合わせるかのように涼やかになりつつある風が通り抜けるのでした。

●策、滑る?
 穏やかな時間、ふと気がつけば、竪琴の音色に合わせ、微かに、そして徐々にしっかりと聞き取れるようになってくる、異国の歌。
 船の縁に腰を下ろして神秘的とも言える歌を紡ぎ上げるリフィーティアに、何だかどたばたしていた雰囲気も少し落ち着き。
「少し伺いたいのだが、昭衛様には性別に限らず幼い頃から心の許せる友などはおられたであろうか?」
「む‥‥裏切りの恐れも無しにと言うのであれば、学問を師事していた先の、弟弟子ぐらいであろうか。気の許せるというのではないが、今の改方の在り方は良く居心地も良い」
 酌をして回っていた純直がやって来て昭衛の杯へと酒を注ぎつつ聞けば、珍しく表情を和らげて杯を口元へと運ぶ昭衛。
「では、男女の仲に友情は成立するか否か‥‥それについては如何であろう?」
「悩み事か誰かの差し金か? まぁ良い、今宵は機嫌が良いのでな‥‥友としての信頼は、異性同性限らずにあるものと思う。が、そう割り切れる者同士が合う率は、如何ほどであろうか‥‥実証するにはそれが一番の弊害であろうな」
 小さく笑みを零して答える昭衛は、純直に軽く肩を竦めて見せます。
 一方では沖鷹がシスティーナ・ヴィントからお藤の元亭主が、穏やかで純粋な感じの人であった等という話を聞いたりして、何とはなしに昭衛を見れば、明らかにそれと対極に位置するように見える昭衛。
 それでなくともお燕を交えて先程お藤から好みを聞き出せば、長谷川様のような懐の広さか、穏やかで素直で可愛い人がいい等と聞き出し、思わずお燕と顔を見合わせた後だったり。
「お燕殿、拙者思ったのでござるが、昭衛殿やお藤殿はむしろ表面は相手を立てて後ろから支える様な方が似合いなのではござるまいか」
「う‥‥確かに、支え合うと言うよりは、色々なお客をあしらう強さのある女将さんや仕事が今一番楽しいという様子の昭衛様では‥‥」
 言って2人でその2人を見れば、2人を対面させたは良いものの、何やら色恋やら男女の機微やらというよりは、2人で酒をぐいぐいあけながら、宿の隠し部屋に手を入れるには、などの方向に話を弾ませている2人。
「あれはどう見ても、色々と企む者達の談合と言った風情でござるよ‥‥」
「な、なんだか微妙にあの辺りが黒く見えますね‥‥」
 ついつい溜息ばかりが零れる2人。
「お二人とも、せっかくの宴です、楽しみましょう?」
 ネムが声をかけ宴の輪に戻れば、上機嫌に鰻を摘み嵐山や忠次と酒を飲みながら次の仕事が近く、大捕物の予感に逸る気持ちを語る昭衛。
 料理人が沖鷹と作った茄子と秋刀魚の煮物やお団子を渡すの様子が見えたり、その側でルーナスが異国よりこの地に降り立った時のことを語ったり、飲まされそうになって慌ててお猪口を手に取り酒を勧め返す純直の姿。
 そして、何か企んでいるかのようにお燕と兵庫の様子を窺いつつお水の入ったお椀を頑張って抱えているリノルディア。
「まぁ、皆楽しんでいるようでござるし、それはそれで‥‥」
 ゼラがリフィーティアの舞を微笑を浮かべてみる様が最後に目に入れば、沖鷹は笑って呟くのでした。

●話、合う?
「きゃっ」
「あ、だ、大丈夫ですか?」
 リノルディアがお水を床に零してしまうと、綺麗に言葉が揃う兵庫とお燕。
 思わず顔を見合わせる2人に、リノルディアとネムが、方や興味津々、方やおずおずと目に好奇心を浮かべて、早生の林檎をワインで煮込んだ甘味を手に2人を覗き込み。
「私としてはー昭衛様とお藤さんより、兵庫様とお燕さんの方が、何だかちょっと‥‥」
「気になりますね」
「え、あ、やあだぁ、自分よりも女性らしい美人さんとは付き合えませんよ、ねー兵庫様」
「‥‥特別な感情はありませんが、それは意外と胸の深淵を鋭く抉る一言ですよ、お燕殿‥‥」
 なにやらぱったり倒れている兵庫、少し年の離れた兄妹のような感覚なのかも知れない2人のあいだに、特に今のところは脈はないよう。
「さて、そう言えば忘れていたな‥‥兵庫、ちょっとここに座れ」
「!!」
 びく、と背筋をぴんと伸ばしがたのきた戸のようにぎぎぎと首を兄の方へと向ければ、何とも言えないあり得ないほどの笑顔で自身の目の前を差し示す昭衛。
「ここにお前がいた時点で、想像は付いたが‥‥」
「まぁまぁ、彦坂の旦那、せっかくの素敵なお月見船。お説教は後で良いじゃありませんか」
 なんだかすっかりと気さくに話せる友人と言った風情で言うお藤は、沖鷹の差し入れた気に入った様子の餡のお団子を手に船縁から月を見上げ。
「ねぇ、お燕?」
「は、はい、そうですね、女将さん!」
 話を振られて察しが付けられていると感じたのか、あわあわと慌てるお燕。
「そろそろ山場だがお互い頑張らねぇとな」
「そうね、ここでゆっくりと骨休めをして‥‥お仕事もあと一踏ん張りだものね」
 セラと虎彦は湯引きした鱧と梅肉の和え物を口にしながら次の仕事への気持ちも新たに。
 綺麗に夜空に浮かぶ月に照らされながら、月見舟での宴はもう暫く、続くのでした。