【石川島人足寄場】死の足音

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月28日〜11月04日

リプレイ公開日:2006年11月11日

●オープニング

 その日、なにやら考え込むような表情を浮かべた旗本・彦坂昭衛がギルドの受付の青年を呼び出したのは、風が冷たくなってきた、曇り空で辺りも暗い、とある秋の昼下がりのことでした。
「えっと、今日は改方の方で? それとも?」
 恐る恐ると言った様子で口を開けば、首を軽く振って顔を上げる昭衛。
「いや、改方の方は津村が来るだろう。私の方は、石川島で少々気になることが起きてな‥‥」
 歯切れが悪く言う昭衛に首を傾げる受付の青年は、昭衛が話し始めるのをじりじり待ちつつ、あれやこれやと勝手な想像を働かせていたのですが。
「‥‥石川島の人足寄場は元々無宿、浮浪人達の為の授産・更正施設。それによる治安回復を狙ったものであり、先の大火で考えれば十分その役割を果たしているだろう。それとは別に‥‥」
 そこまで言い少し声を落とす昭衛。
「それとは別に、島送りになるほどではない、見込みのある者も石川島で従事し、更正させていくことも今現在は行っているのだが‥‥その中に、決してこの男は凶賊ではないが、元盗賊で1人、見込みのある人間を置いてあったのだが‥‥」
 そう言うと、やはりなにやら得心がいかないように首を傾げる昭衛は、受付の青年が促すのに頷いて続けます。
「‥‥その男・稲太と言うんだが、こいつは寄場送りになったとき、きっと真っ当になって罪を償い場合によっては働かせてもと親父殿が思っていた男でな。稲太も親父殿に好感を抱いて居たようで、人足寄場でも始めは表情も明るく一生懸命であったのだが‥‥」
 そう言って溜息を吐く昭衛、聞けば稲太は寄場作りにも貢献し、一生懸命に働き暮らしていたのですが、つい半月ほど前から様子が可笑しくなったとか。
「おかしく?」
「あぁ。『聞こえてくる、俺が死ぬ足音が』と言い出したかと思うと、塞ぎ込んだり怯えたり‥‥」
「死ぬ、足音?」
「ああ。‥‥‥石川島はそれなりに警備もいるし、なにより手に職付ければ、仕事が有ればという者や、焼け出されたが為に来ている者達もいる。あえて中を乱そうというのはないから、血の気が多いのが喧嘩をするぐらいはあるが‥‥」
 今までは問題がなかったが、これからないとも限らない、と表情も堅く言う昭衛に考えるように依頼書に目を落とす受付の青年。
「では、その稲太さんの護衛、ですか?」
「そこが難しいのだ。内部で問題が起きていれば、もしくは何者かが紛れ込んでいればそれを見つけねばならぬが、逆に言えば感付かれないように既にとうに入り込んで今頃になって動き出しているのであれば、また気配を隠されるだけやもしれん」
「‥‥では?」
「人足に紛れてでも、新たに加わった寄場の警備でも良い、護衛という形ではなく内部を調べていって貰いたい」
 そういう昭衛の言葉に頷くと、軽く首を傾げる受付の青年。
「これは、実際に内部の問題を見つけた場合は‥‥」
「後ろに何が繋がっているかも分からぬ。極力騒ぎは起こさぬよう頼む」
 昭衛の言葉に依頼書へと目を落とすと、受付の青年は筆を走らせるのでした。

●今回の参加者

 ea0392 小鳥遊 美琴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2806 光月 羽澄(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3220 九十九 嵐童(33歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea3269 嵐山 虎彦(45歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

鷹瀬 亘理(eb0924

●リプレイ本文

●寄場へ向かう前に
「一番気になるのは‥‥気配だけ出して何も行動を起こしていない、って所だな。『動かない』のか‥‥それとも『動けない』のか?」
 小さく呟くのは九十九嵐童(ea3220)。
 場所は船宿・綾藤の奥の間、そこで互いに確認していたり仕事をしていたり‥‥。
「顎の線は‥‥」
「こう、思わず‥‥ごほん。眉は細く目は細めで流し見るような‥‥」
 実際に人相書きの女を見たことがある同心・木下忠次が説明する様を聞き取り筆を走らせる嵐山虎彦(ea3269)、それを横目で見つつ彦坂昭衛がそれぞれ人足寄場に入る身分などの確認を行っており。
「寄場に臨時増員と言うことで入るため、多少の移動に融通が利くようになっている。これはどの者が入っても同じ、不自由があったり気になることが有れば直ぐに申し出るようとの方針で行っておるゆえ」
 この人足寄場は、大火があったため初期の計画より急速に作られた事もあり、江戸市中の復興に合わせて焼け出されていて行き場がなかった人々が戻り、現在は本来の意味での浮浪達が徐々に入ってきている状況です。
「俺は新しい警備で‥‥で、問題ないかな?」
「俺は前と同じく船頭として渡し場に詰めることになるな」
 エグゼ・クエーサー(ea7191)が昭衛の用意した石川島の見取り図を覗き込みながら聞けば頷く昭衛、レンティス・シルハーノ(eb0370)は大火の復興時期の手伝いで石川島に来ていたことがあるため、今のところは順調に動いている寄場ににと笑みを浮かべて。
「その足音と稲太さんの死が結びつく心辺りがあるのかしら?」
「稲太の場合は幾つか誘われた仕事をにべもなく断ったり、流れ盗めで紹介された先で血を見る働きだと知って派手にやらかして姿を眩ませたこともあるそうだ。有るとすれば、そういった恨みの線ではないかとのことだが‥‥」
 聞けば答える昭衛の言葉に光月羽澄(ea2806)は考え込むように口元に手を当て目を伏せ。
「不気味よね‥‥彼の不安を取り除いてあげたいわね」
「せっかくの石川島なのになんかまたきな臭いねぇ‥‥姿も確認できていないって事は、よっぽどに気をつけないと」
 リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)が唸って言うその奥では、なにやら道具を鼻歌交じりに準備している姿があったりして。
「便をばらけさせて入島した方が良さそうだな。いっぺんに移動すりゃ流石にちぃとばかし怪しいやな。‥‥ところで天斗、さっきから何やってんだ?」
 先程から出来上がった人相書きを複製するために筆を走らせつつ、何か気になったのか嵐山が聞けば、鷲尾天斗(ea2445)は答えずににっと笑って見せて。
やがて、小鳥遊美琴(ea0392)が戻ってくると一同は手筈通りにばらばらに人足寄場へと移動していくのでした。

●寄場の日常
「虎の親分、勘弁してくれよー」
「おう、それぐらい持てねぇでどうする」
 こちらは人足として入り込んだ嵐山と嵐童。
 予てからの打ち合わせで建具を作る方へと回された2人、嵐童は総髪に無精髭で嵐山の側でちょろちょろと動き回っている風を装い、それなりに身体を休ませていて。
「‥‥すっかりと可笑しくなって診療所で役人について貰って療養中はな」
 ちらりと耳に入る言葉、それまで積極的に寄場に協力して働いていた稲太が徐々に可笑しくなりつつあったと言う話を聞き、先程も酷く怯えて移動してしまっているのだとか。
「奴さん、常に誰かに見られてるって言い出してなぁ。んなこと言い出したって、俺なんかはさっぱり感じねぇけどな」
 そんな話を横で聞きつつ作業を続ける2人、時折他の人足達と世間話程度に言葉を交わせば稲太と良く仕事が一緒になっていた男が虫の声のような小さな音を聞いていたことが分かるのでした。
「いやぁ、別嬪さんが2人も入ってくるなんざ嬉しくてたまらねぇなぁ」
 笑いながら言う客、髪結いとして入った美琴と羽澄は髪を梳き結い直している間に色々と聞こえて来るようで、大分前から入ってきていた人足でも、稲太とはほとんど顔を合わせない人足のうち、寄場が始まってから全く周りと親しく付き合わない男が居ると耳にします。
「まるで喋れねぇように全く口をきかねぇのさ」
「でも、それじゃあ本当に喋れないのかも知れないじゃない?」
 あくまで話を合わせるようにしながら答える羽澄に小さく笑う客の男。
「いやいや、どうしても口をきかなきゃならねぇときはぼそぼそと短く口をきいて終わりでな。何にせよ気味の悪ぃ男でな」
 羽澄がそんな話を耳にしている頃、美琴は一緒に休憩中の他の髪結いから話を聞いていて。
「稲太さん、いい人だったのに最近じゃあ診療所から出てこないのよ」
「どうしたんですか? 身体でも壊したのですか?」
 それとも怪我? そう尋ねる美琴に首を振る髪結いの女、話を聞けばそれまでは周りに好かれる良い人だったそうですが、半月ほど前から急に『あの音が聞こえる』と言い出してどんどん憔悴していったとか。
「偉いお医者様のお弟子さんが詰めていてくれるのだけど、どういう物かも分からなくて匙を投げているとか‥‥お医者様が来るのは何も起きていなければ10日かそこらにいっぺん‥‥」
 詳しく聞けば稲太は診療所の医者なら大丈夫、と言って酷く怯えながら1人にしないで欲しいと懇願し始め、結局の所診療所で手先の仕事を少しこなすのが精一杯となってしまったとのことなのでした。
「ん〜♪ 良い調子だ」
 飯場の近く、裏手にある海に面したその場所で、警備として入り込んでいた鷲尾は釣り糸を垂らしていました。
 魚籠にはぴちぴち何かが跳ねている影。
「じゃあ俺は見回りに行ってくるけど‥‥ほどほどにね」
 真面目に昼見回りで流すエグゼを見送ると釣り三昧、大きな当たりは今のところ無い者の、さっと上げれば美味しそうな魚たちを釣り上げては魚籠に放り込んでいた鷲尾。
 ふと鷲尾の背後から影が差したかと思うと、ふわっと浮き上がった鷲尾の身体がそのまま勢いよく海へ飛翔‥‥。
 どぼーん、派手な水音を立てて海へと飛び込む鷲尾に上から降りかかる声。
「さぼってないで仕事しなさい!」
「酷ぇなー俺だって‥‥あ、あれ? リーゼさん? あ、太助君連れて行っちゃ駄目ー」
 魚籠と太助君を連れて飯場へと向かうリーゼを見送った鷲尾、微苦笑を漏らしてレンティスに拾って貰うと、念のためと診療所へと送り込まれるのでした。
「お手伝いに来ましたリーゼです、よろしく」
 その一言を交わして戦場とも言える飯場の手伝いで入ったリーゼ。
 仕事の合間に鷲尾への突っ込みは欠かさずてきぱきと立ち働いていると、どうも聞こえてくる話と各人に渡された情報の木札をそれぞれへと回すことを続けていれば、やがて手伝いと言われて入ってきた町人に思わず吹き出しかけ。
「忠次さん? 見事に‥‥」
 町人にしか見えないわね、と笑いたくなるのを堪えれば、資料は昭衛の部屋に纏めてあること、昭衛の部屋に人に見られないように行くには診療所から行けるようにしてあることを伝え、飯場の配膳の手伝いに入ります。
「‥‥今回は炙り出す必要はないから‥‥上手く当たりを付けて彼を守らないとね‥‥」
 忠次の姿を横目で見やると、改めて稲太を守らないとと呟くようにリーゼは言うのでした。

●診療所の夜
 それは既に4日目の夜中、見回りをしていたエグゼは診療所の側を通りかかれば妙な気配に立ち止まります。
「?」
 一瞬のことなので直ぐに気を取り直したかのように診療所へと入れば、怯えたように詰めている医者の弟子の腕に取り付くように掴まる稲太の姿があり。
「せ、先生、こ、ここにまで音が‥‥」
「!」
 聞こえてくるのは本当に小さな虫のような声。
 ですがそれは明らかに人が何かの合図に使うかのような音で、それが稲太に『警告』をしているのが分かります。
「‥‥そうやって警告して脅して‥‥」
 呟くエグゼですが、どうも稲太がここに3日の怯えようと比ではない様子に断ってはいると稲太の側の寝台に腰を下ろして辺りを見回し。
 直ぐに気になることがあると愛犬・太助君と途中釣りをしていた付近を調べていた鷲尾が診療所へと戻ってくれば、ふつっと消える音。
 その音と主を、天井裏へと潜んでいた嵐童と床下に潜んでいた羽澄がはっきりと確認しました。
 そして、その陰が鷲尾が現れたのと同時にすと離れていくのを、物陰に潜んでいた美琴が後を追い‥‥その陰は飯場の側まで来て、鳥の鳴き声を小さく発し、怪訝そうな表情でしきりに首を傾げ。
「残念だったなぁ‥‥船は正規の物しか利用できねぇきまりでな」
 そこに聞こえる嵐山の声。
 見れば海に船はある物の、そこに浮かび上がるのはレンティスの巨体で。
「俺も船頭仲間に顔は利いてな」
 いつの間にか男の後ろはリーゼと嵐山が立ちはだかり、咄嗟に海へと飛び込もうとした男に飛びついて足を噛み付く太助君。
「ちぃと逃げるのは難しいと思うぜ」
 嵐山が低く笑って言えば、リーゼが男を引き立て、大声を上げないように嵐山と猿ぐつわを嗅がせ縛り上げます。
「一晩二晩閉じこめる房は有るが牢となると厳しい。気付かれぬように役宅へと運んでは貰えぬか?」
 昭衛が言うと、リーゼは頷いてレンティスの出す船で夜のうちに密かに改方役宅へと運び込んでしまうのでした。

●鵺の松七
 その日のうちに役宅から捕らえた男が樋上の作助という名であることを知り、徐々に追い詰めながら稲太を縊り殺すつもりで寄場に入ってきたことが分かります。
 口数が少ない作助ですが、急ぎ割り出さなければと夜半に知らせを聞いて起き出した平蔵自らが取り調べを行ったとか、四半時と持たずに泣き出したほどであったとか。
 船に一緒に乗り込みその様を見ていた忠次とリーゼが少し青ざめていた様子からも取り調べはかなりの物だったよう。
「稲太の様子は‥‥?」
「落ち着くまではまだ掛かるだろう、診療所にいることにし、明日中にでも運び出して役宅で引き取ることとなった」
「それなら安心ね‥‥」
 昭衛の言葉に揺るく息を吐く羽澄。
 少し落ち着けば直ぐに島に戻るそう。
 樋上の作助がどんなに無惨な殺しをしてのけるかを知っていた稲太が、始めは何のことはない捨てた命だ、と思っていたものの、毎日、それも片時も離れないかのように作助の得意な生き物の音を聞き続けているうちにだんだんと追い詰められていたよう。 
「確かに、そのような声が聞こえてきても気のせいと思いかねないほどの音だ、言い出せもしなかったろう」
「尻尾を掴めてから、そう思って居うるうちに追い詰められてしまったんですね」
 美琴が頷いてそう言うと、各人はそれぞれの持ち場に戻ります。
 臨時増員とのことですが、何も言わずに消えては怪しまれるとのことで、日数を区切られて来ている日にち分は、とのことなのでしょう。
「どうも天風からの報告を聞く限りでは他にも怪しい茶屋からこの寄場に出入りする者がいるとの事」
「でも、捕らえてしまって良かったのかな?」
「殺れないと分かった時点でさっさと逃げに掛かったのだ、成功しても失敗しても姿を眩ますつもりだったのだろう」
 嵐童の言葉になるほど、とエグゼは頷き。
「結局、俺が見つけたあの船の船頭は‥‥」
「身元は押さえてあるが、大金を積まれてつい乗ってしまった、普通の船頭だ。怪しまれるといけない、脅しをしっかりと効かせて返したから喋りもすまい」
「でも、樋上の作助は何の変哲もなかった男だったということは‥‥」
「怪しいと睨んだあの男は‥‥」
「それらしい特徴の顔が知れていない盗賊が4、5人はいる。ほとんどが凶賊の手の者ゆえ続けて監視していくこととなるな」
 昭衛の言葉に小さく溜息を吐くリーゼ。
「厄介なことは厄介だけど‥‥根が深くならなきゃいいけど」
 リーゼの言葉に、一同は思い思いに小さく息をつくのでした。